アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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誤字脱字報告に感謝。


Apocryphaでしたこと【17】

 

 

「マスターに何を吹き込みやがった」

 

赤のセイバー(モードレッド)はアサシンに誘われて、大回廊の最奥へと足を運んでいた。

 

目の前に広がるのは魔術的な光源か、あるいは人工の太陽のような光が照らす一面の青々とした平原。地下であることを考えると無風であるはずなのだが、なぜか心地良いそよ風が吹いており、それによってただ一本そびえ立つ大樹の枝葉を揺らす。

 

大樹の側からは広い湖を一望でき、その幻想的な空間は万民が思い浮かべるような理想郷の如き光景であった。

 

ただ一点、悍ましき本性を宿した魔女が、大樹に寄りかかり湖を眺めていなければ。

 

セイバーがこの美しくも穢れた女の言葉に従うことはない。気を許すこともない。本来ならば、工房の奥の奥に来いなどという提案を切って捨てるところである。

 

だが、彼女がここに来たのは、ひとえにマスター獅子劫からの勧めがあったからだ。

 

『お前さんに何かくれるらしい。貰えるもんは貰っとけ』

 

あれほど魔女は信用するなと忠告したはずなのに、あっけらかんとそう言うマスターを見てセイバーは額に青筋を浮かべつつも、しぶしぶここへとやってきたのだ。

 

「……来ましたか、モードレッド」

 

「来ましたかじゃねぇよ。てめぇが呼んだんだろうが。……妙な真似すれば、残る令呪二画使ってお前をぶっ殺しても良いってマスターから許可されている。分かったらさっさと、用件を話せ」

 

鎧を纏い、完全武装したままセイバーは剣をアサシンに向ける。対し彼女は何を思ってか、穏やかな表情のまま向けられた剣先を見つめていた。

 

セイバーからすれば、それは奇妙で、いっそ不気味だった。悪寒を感じつつも、彼女は焦れたように鎧を鳴らす。

 

「ボケてんのか、早くしろって言ってんだよ」

 

「……モードレッド」

 

「だぁ、うるせぇ! オレはてめぇと長々と話なんてするつもりはない!」

 

魔女と会話すると、碌なことにならないのだ。その言葉一つ一つが呪詛を孕み、聞いた人間に狂気を吹き込み、その魂を狂わせていく。

 

その艷やかな唇が奏でる淫蕩なる音色で、一体どれだけの人間を陥れ、利用し、消費してきたか。あの時代のブリテンを生きた人間ならば誰もが知っている。それに加えて、この魔女は夢魔マーリンの直弟子なのだ。精神干渉系の魔術もお手の物。高い対魔力スキルを持つセイバーとて、その技にかけられてしまう可能性を否定できなかった。

 

「……そうだな、長々と話す必要もない。さっさと渡して、別れた方が互いの精神衛生上良いだろうな」

 

妙に物分かりの良い母親に毒気を抜かれつつも、セイバーは悪態をつくのをやめない。どうせ何か、その黒い腹の中で何か企んでいるのだろうと勘繰る。

 

彼女は警戒を怠らず、いつでも目の前の母親の首を切り落とせるよう、柄を強く握りしめた。

 

「……んで、渡すものってなんだ、次の戦いの役に立つものなんだろうな」

 

「ええ、それはもう」

 

そして、アサシンが取り出したのは布だった。いや、正確に言うならばその布に包まれた何かが本体だろう。

 

「なんだこれ」

 

「開けてみなさい」

 

“開けたら呪いがかかるとかじゃねぇだろうな”と訝しげに布を解いていくセイバー。

 

はらりと、ソレを包んでいた聖布が地面に落ちた。中から現れたのは、剣のようなもの。

 

長く湖の底に沈められ、茶褐色の鉄錆がこびりついた剣。鞘がはめられているため、かろうじて刀身は無事だろうか? いや、これほど錆びついているのだ。刀身そのものもきっとボロボロだろう。一振りするたびに刃毀れするに違いない。

 

「嫌がらせか。ゴミじゃねぇか。いらねぇよこんなもん」

 

渡された朽ちた剣を返品しようとアサシンに押し返すセイバー。だが、アサシンはそれを無理やり押し付けて、彼女の手に受け取らせた。

 

「お前が持っていなさい。それはもう、私たちには使えないものだから」

 

「使えないだぁ? なんかの聖遺物かコレ。ん、よく見たら微かに神秘が──ぁ?」

 

ゴシゴシと、鞘を擦る。そこから現れたのは、かつて輝きを誇ったであろう褪せた黄金の模様だった。その模様に、輝きの面影にセイバーはたじろぐ。

 

忘れるはずもない。それは彼女が生前憧れ、求めた剣。父王アーサーが握り、戦場で勝利を飾った伝説の品。

 

「おま、これ──」

 

「……モードレッド。お前が聖杯に掲げる願いは選定の剣に挑戦することに相違ありませんね。さて、お前が生きた汎人類史ではどうか知りませんが」

 

大きく目を見開き、言葉をなくすセイバーの代わりに、アサシンが言葉を紡ぐ。

 

「選定の剣、『勝利すべき黄金の剣(カリバーン)』は失われてなどいません。それは名前を変えて、王の手に舞い戻りました。星の内海で打ち直され、儀礼用ではなく、光を示す、神造兵器として」

 

アーサー王が引き抜いたとされる選定の剣『勝利すべき黄金の剣(カリバーン)』、それはアーサー王がペリノア王との一騎打ちの際に折られ、永遠に失われたとされている。その後アーサー王に与えられたのがかの聖剣、『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』なのだ。

 

だが、原典によってはこれを別のものとせず同一のものとすることがある。そもそもアーサー王が握った聖剣は全てエクスカリバーであり、そこに区別は存在しない。カリバーン、カリブルヌス、エクスカリバー……それらはすべて、呼称が異なるだけに過ぎない。

 

「『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』──打ち直された(EX.)、カリバーン。生前、アーサーが湖に捨てた正真正銘の聖剣と、その鞘です。それがあれば、ライダーアキレウスやランサーカルナの神性の鎧も打ち砕くことができるでしょう」

 

アーサーは死後、聖剣を返還するという契約を湖の乙女と結んだ。それは絶対の法則であり、本来聖剣が現存することはない。

 

だが、この地には一人、地上に残った湖の乙女がいた。聖剣は星の内海に帰ることなく彼女の手に返還され、その鞘とともに、地下深く湖の底に沈んでいたのだ。

 

セイバーの手には今、憧れた聖剣が、聖杯に挑戦させろと願った選定の剣──星の聖剣がある。だが、彼女が心に抱いたのは喜びではなく。

 

「なんのつもりだ……!」

 

混乱と、困惑、そして怒りだった。

 

激昂したセイバーが目を釣り上げてアサシンに迫る。胸倉を捕まれ、大樹に押し付けられたアサシンは背中に受けた衝撃で小さく呻いた。

 

「なにを──」

 

アサシンは戸惑うように、怒りを示すセイバーを見た。怒らせるようなことをした覚えはないと困惑する。

 

「オレにとってこれは、勝ち取るべきものだった。決して、誰かに与えられるべきものではない……ッ!」

 

「ぐ……!」

 

首を絞め上げられ、アサシンが苦悶の声を零す。

 

「屈辱の極みだ……何故コレをオレに寄越した。お前と袂を分かったクセに、ついぞ父上に認められなかったオレへの憐れみか? それともまさか、今さら何かを償おうとでも言うのか? 答えろ、母上。返答次第ではてめぇを今ここで、殺してやる」

 

これをやれば、自分が懐くだろうと思ったか。魔女に靡くだろうと思ったか。貴様らに付くだろうと思ったのか。

 

舐められた、侮辱された、虚仮にされた、甘く見られた。セイバーはそう受け取ったのだろう。でなければこうも軽々とあの(・・)母上が自分に聖剣を譲り渡すはずもないと。なにか良からぬことを考えているに違いないと。

 

そんなセイバーの怒りは、ある種の子どもが抱く癇癪にも似ていた。余計なお節介に反発するのは、第二次性徴期を迎えた子にありがちな反応と言えよう。

 

──ああ、やはり、私ではお前を怒らせるだけだったか。

 

そんな諦観がアサシンの胸に広がる。男のアサシンならば、もっとマシな渡し方ができたのかもしれない。きちんと前置きをして……いや、そもそも信用が足りないのだ。アサシンがモルガンである以上、何を言っても無駄なのだろう。いっそこのまま、その怒りを受けて死んでやろうか。そうすれば、胸のしこりも多少は取り除けるかもしれない。

 

『モルガン、会話を諦めようとするのは君の悪い癖だ。君は賢いが、それ故に思考を己の内で完結させてしまう。ちゃんと言葉にしなさい。せっかくのチャンスなんだから』

 

だが、彼女は踏みとどまった。筋力Cの貧弱な力で万力の籠もった叛逆の騎士の腕を解くのは難儀であるが、一呼吸、言葉を紡ぐ程度には抵抗できる。

 

「……憐れみでは、ありません。お前は憐れまれるほど弱くない。償いでもありません。私はそう宣えるほど、傲慢ではない。それは、報酬。ただの等価交換なのです。お前を貶めるつもりも、下に見たつもりもありません。そう見えたとすればそれは……私の態度が、悪いのでしょうね」

 

「何──?」

 

違和感。いまだかつて見たことのないほど覇気のない、萎んだ母の様子にセイバーはたじろぐ。そしてその腕に持ち上げられていたアサシンの体が地面に落ちた。

 

締められていた気道が開放されたアサシンは、木にもたれかかったまま深く息を吐いて整える。

 

「……お前は、アーサー王を否定しました。彼の王が築いた国は容易く滅び、そこには何も残らなかった。ログレスの歴史すら、お前は消した。私がお前に、望んだ通りに」

 

モルガンはセイバー(モードレッド)をそのために創り出した。そして、過程や思考に差はあれど、結果としてセイバーは彼女が願った通りにそれを成したのだ。

 

「違う、オレはお前の意思に従ったわけじゃない。オレはオレの意思で、父上に反旗を翻した」

 

だが、セイバーはそれを否定する。国を滅ぼしたのは、己を顧みない父に思い知らせるためだった。道傍の石のように見ていた己は、王の国すら滅ぼせる存在なのだと証明した。

 

息子として目に入らぬのならば、敵としてその目に映ってみせようと。

 

しかし結局、ついぞアーサー王は彼女を見ることはなかったが。

 

「……少なくとも、この世界のモードレッドは、私が狂気を吹き込んだ結果として叛逆を成しました」

 

「なんだと?」

 

「この世界は、お前の知る世界と少し位相が異なります。ここはお前が知る世界とはズレがあるのです」

 

この世界には数多の並行世界がある。並行(・・)、と呼ぶからにはそれぞれの世界に対した違いはない。過去を置換したところで、現在が書き換わらない程度のズレでしかない。

 

アーサー王が、モードレッドが男性でないことなど、そんな些細なズレに過ぎないのだ。

 

「……だとしても、それがどうした。お前がオレに聖剣を譲り渡すことに、何の関係がある」

 

少なくとも、自分を下に見て施しをした訳ではないことが分かったセイバーは剣呑な雰囲気を手放した。

 

気持ちが悪い。やはり違和感がある。目の前のアサシンが、自分の怒りをただ受け止めてまるで抵抗しなかったという事実が、セイバーにはどうも腑に落ちない。

 

「……ですからどんな形であれ、平行世界の存在であれ、それはお前が私にしてくれたことへの正当なる報酬に過ぎません。決して施しではない。対等なる受け渡しなのだから、拒む必要はないでしょう?」

 

「はっ。母上はオレを道具としてしか見ていなかっただろう。そんなお前が、報酬だと? 笑わせる。道具に報酬を与える者がいるかよ。納得がいかねぇ」

 

「納得……ですか。なら、これは必要なことなのです。敵は強く、古い神秘を宿した英霊たち。聖剣を腐らせておくにはあまりに惜しい。そしてそれを引き抜ける可能性があるとすればお前だけ。今の私たちはブリテンの英霊ではなく、ビザンツの英霊であるのだから……」

 

「……言ってる意味が欠片も分からねぇ」

 

鎧を解き、現代の軽装を纏ったセイバーは苛立つように頭をかいた。

 

「一から十まで、ちゃんと全部説明しやがれ」

 

「今ので十分説明したつもりですが」

 

「何も説明されちゃいない。そもそも母上は何でルーマニアなんかにいる? その霊基はなんだ? どうして『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』がここにある? いつからてめぇはその真人間ぶった気色悪い態度をするようになった? なぜ、今さら理由をつけてオレに聖剣を渡そうとする。かつての母上なら、決してしなかったはずだ」

 

セイバーは問うているのだ。アサシンが、ブリテンの魔女がこうなるまでに歩んできた過程がどのようなものであったのか。それを聞かなければ到底理解できない。

 

「説明をすれば、受け取ってくれますか」

 

「説明次第だ」

 

アサシンは大樹に体重を預けたまま“はぁ……”と嘆息すると、セイバーとなるべく目を合わせないように顔を逸らした。風が吹き、揺れるフードの内に宿した湖を映す瞳が揺れている。

 

「……私は、あまり、言葉にするのは得意ではない。それでも良いのなら」

 

「良いから話せ」

 

「……座りなさい。誰かを見上げて話すのは趣味ではありません」

 

 

 

 

「お前は私の母──コーンウォール公妃にして王妃たるイグレインのことを知っていますか?」

 

しばらく静寂が続いた。話すと言っておきながら一向に黙りこくったままのアサシンにしびれを切らし、再びセイバーが剣を抜き、その微動だにしない口を動かそうとしたそのときにようやく彼女は口を開いた。

 

「……その話関係あんのか? 伝聞程度ならな」

 

アサシンの母、イグレインは当時ブリテンで最も美しいと言われた女だ。その優れた容姿故にコーンウォール公ゴルロイスの妻であったが当時の王にしてアーサー王の父ウーサーに見初められ、その後マーリンの奸計によりウーサーの子を成した。

 

「母は、哀れな女でした。私のように魔術の才能があったわけでもなく、持っていたのは美しさだけ。母はまるで戦利品の如く、自分の意思が介する余地もないまま男たちの間で奪い合いの的になった」

 

「……」

 

「その上、子にも恵まれなかった。コーンウォール公との間に孕んだ子は、母の容態を診ていた魔術師(ドルイド)曰く三つ子として生まれてくるはずだった。だが、産まれたのは三つの人格を持つ人ならざる妖精。人と妖精は本来交わらぬ種族。心を見抜く異形の精神を持った娘と心を通わせることもできるはずもなく、私と母との関係は、およそ母子の間にあるようなものではなかった」

 

アサシンは気づいていた。自分が周囲から疎まれているということに。三重人格を宿した、生まれながらにして魔術を操る妖精の子だ。危険視されることはあれど、人の社会に受け入れられることはない。

 

だが見ないふりをしていた。見える世界と、見たい世界が違っていたから、そうすることで現実を誤魔化してきた。

 

「そしてブリテンの王との間にできた二番目の子は、マーリンの手により竜の子として産まれてきた。だが、外殻はともかく精神は人の子だ。もしかしたならば、私と異なりその子とは母子として関係を築けたのかもしれない。だが、その子は母の腕に抱かれる前にマーリンに取り上げられた」

 

宮廷魔術師マーリンは、ウーサー王の子が白き竜の化身ヴォーティガーンに対抗する赤き竜の化身として生まれ出ずることを予言した。

 

彼は、ウーサー王と取引したのだ。美しき女と一夜を過ごすことを引き換えに、その女が孕んだ子は自分に預けるようにと。

 

かくして、この世に生を受けたアーサーは家族を知らないままマーリンに引き取られ。蚊帳の外で全てを決められたイグレインは息子を抱くことを許されなかった。

 

「私は、そんな母を哀れんだ。母を哀れみ、その力になろうと……王妃の連れ子、王の義娘としてその血でロット王を繋ぎ止めるべく北に嫁いだ」

 

ハドリアヌスの長城の向こう側、北の大地は過酷な土地であり、ピクト人に対する防波堤である。その地の王ロットの心を繋ぎ止める駒として、アサシンはかつてその身を捧げた。

 

「やがてウーサー王が死に、私は母を迎えにロンディニウムへと向かった。だが、彼女は既に修道院へと隠居した後だった」

 

あのときの失望、あのときの失落、あのときの……北の大地を吹きすさぶ嵐のように冷たい感情を思い出し、アサシンは膝を丸めた。

 

「母からは、何もなかった。行く先は告げられなかった。出した文の返事は一通もなく、はるか北からの旅を労う言葉すら残されておらず」

 

その後のイグレインがどうなったのか、アサシンは知らない。記録にも歴史にも刻まれることのない、すでに伝説の舞台を降りた人間の最後。だが、おそらくはそのまま修道女としてその生涯を閉じたのだろう。

 

そして彼女と入れ替わるように舞台に上がったのが二人の子ども。すなわちアーサーとモルガンであった。

 

「……私はきっとあの時から、己の中の天秤の釣り合いが取れなくなってしまった」

 

世界は、等価交換の法則でできている。魔術師はそのことをよく知っている。あらゆる魔術には魔力という代償が必要であり、あらゆるものにはそれに見合った対価が必要である。

 

モルガンは苦労を買った。対価を支払った。だが、モルガンが得たものは、期待したはずの成果は何もなかった。

 

「不均衡に傾いた天秤の、中身を欠いた器に注ぐように。私は憎しみに身を焦がし、アーサーを恨んだ。妄執に囚われ、彼の築いた国のすべてを破滅に導こうと……その過程でお前を作り出した。私の血を引くアーサー王の生き写しであれば、彼を打倒せしめるだろうと」

 

足りない分は、奪うしかない。それがこの世の理である。神秘の枯れた大地を逃れ、飢えを逃れてブリテン島に流れ込むサクソン人たちと同じように、アサシンもまた、アーサーから欠けた部分を埋めるために、すべてを奪い取ろうとした。

 

「だというのに、お前はアーサーに懐くばかりで、ほとほと困り果てましたものです」

 

「……誰がてめぇの言いなりになるかよ」

 

「……思えば、私が間者として送り出した息子たちは皆アーサーの下へ行ってしまいましたね」

 

“ん? もしや私は敵に塩を送っていたのでは……?”と、アサシンは訝しんだ。まぁ、人格も思考回路も破綻していた頃の話だ。今となっては粗が目立つ作戦ばかりである。もう少しまともに成功しそうな策は思いつかなかったのか。

 

「私の知るお前は、その後も一向にアーサーと敵対する気配がなかった。故に、ローマ遠征の隙をついて私はお前の心の隙間に狂気を埋め込んだ」

 

“何やってんだそっちのオレは……”とセイバーは呆れる。魔女に隙を晒すなんてとんでもない。その上操られるなんて無様、自分ならば首を切って自害をするほどの屈辱である。平行世界多しと言えど、よっぽど出来の悪いモードレッドであったに違いない。同じ存在だとは思いたくなかった。

 

「あとの流れは、そちらの世界と大して違いはないでしょう。お前の叛逆によってアーサーの国は滅び、二人はカムランの丘にて最後を迎えた。それが私の知る世界の歴史……モードレッド、お前は自分の意思で叛逆したと言いましたね」

 

「当たり前だ。オレはオレの意思で道を定めた。てめぇに操られた雑魚と一緒にするんじゃねぇ」

 

「ふむ──アーサーに疎まれましたか?」

 

「──ッ!」

 

銀の大剣が抜かれ、一瞬のうちにアサシンの首へと添えられた。鋭い刃先に触れた皮一枚削がれ、一滴の血が首筋を伝う。

 

「だと思いました。むしろ疎まれて当然でしょう」

 

「いいや、父上のあれは……無関心だ。あの王は、オレを見てすらいな──待て、今なんて言った? 当然だと?」

 

「ええ、当然です。どうせお前は、アーサーに“自分は息子だ”とでも言い寄ったのでしょう? そしてその言葉を受け入れられなかった……待て、剣を押し付けるな。最後まで聞きなさい」

 

“死にてぇならそう言え、今すぐそうしてやる”と言いたげな目で睨みつけてくる己の息子(むすめ)に辟易したように肩をすくませる。言葉の選び方が致命的に、ことごとくセイバーの地雷を踏み抜いているという自覚はあるが、それはそれとして会話を続けるたびに剣を向けられればたまったものではない。

 

「私の知るモードレッドは男でした。ですがお前はおん……ええはい、分かりましたよ。言いませんから。ですが心の方はともかく肉体はそうなのは理解していますね」

 

「ふん、だったらなんだ」

 

不機嫌そうに鼻を鳴らし、剣を下ろして同意するセイバー。

 

「なぜ自分が女として生み出されたのか、考えたことはないのですか」

 

「どうせオレへの嫌がらせだろ、母上は性根が腐ってるからな」

 

「人格破綻者だったとはいえ、そんな無駄なことはしません。良いですか、モードレッド、私はお前をアーサー王の生き写し、完全なる複製体として生み出しました。つまり、お前が女ということはアーサー王も女ということです」

 

「……は?」

 

“はぁ──!?”と、セイバーの情けない悲鳴のような大声が墓地に響いた。

 

「て、適当な嘘こいてんじゃねえぞ! あり得ないだろうが!」

 

「嘘ではありません。事実、五年前隣国で起きた亜種聖杯戦争では女性のアーサー王が確認されています」

 

「いいや、ぜってぇあり得ない! 父上が女ならオレの父上は誰なんだよ!?」

 

「……女のアーサー王ですが?」

 

“何を言っているのです”と不思議そうに頭をひねるアサシンの頭を、セイバーは引っ叩いた。

 

「女同士じゃ子はできねぇだろうが、頭沸いてんのかこのクソ魔女!」

 

「ぐ、た、たしかに女同士では子を成せませんが……」

 

殴られた側頭部を撫でながら、痛みに顔歪めたアサシンが言う。彼女の霊基はアーサーと同一化しており、伝承によれば側頭部はアーサー王の死因なのだ。本当に痛いのでやめてほしい。

 

「一時的に男女を入れ替えるくらいは可能です。むしろその手の魔術はマーリンが得意としていたのを忘れたのですか? 私はアレから魔術を学んだのですよ」

 

「……あのクソ野郎そんな魔術使ってたか?」

 

セイバーは仮に女体化したマーリンを想像し、そして身震いした。男でさえああも性に奔放なのに、女となれば──。

 

「……違うのですか? ああ、もう、平行世界の話はどうにもややこしいですね。ともかくその程度の術、私には容易いことは確かです。一晩だけ女を男にして、子を成す程度」

 

「でも、そんな、父上が、女──?」

 

確かに、男性にしては高い声だった。聖剣を引き抜いたときから肉体の成長が止まっているため、少年としての姿を保っているという話であったが、まさか、本当に?

 

思い返せば思い返すほど、妙に納得がいく。むしろ逆になぜ気づかなかったのだろうか。

 

「おおかた男装に加え、認識阻害でもかけていたのでしょう。どうせマーリンの仕業だろうな」

 

「だな、うん。オレもそう思うわ」

 

珍しく母娘の意見が一致した。

 

「そういうわけだから、お前が疎まれるのも当然なのです。アーサー王が男ならば、外で知らぬ間に子ができたとしても“そういうものか”と受け入れることもできたでしょう。だが、女にとってはそうもいかない。なにせ子は己の(はら)から産まれてくるものなのですから」

 

「──────」

 

「産んだ覚えのない子が突然振って湧いたように現れた……その上女である自分を父と呼ぶ……不気味で仕方なかったでしょうね。……もしやそちらの私は精神攻撃のためにわざわざ男体化なんて面倒な真似をしたのか──?」

 

セイバーにはもはや、母の言葉が聞こえていなかった。

 

気づかなかった。あれほど王の姿をみてきたというのに、まさかその心身が女であったなんて──。

 

「モードレッド、聞いていますかモードレッド?」

 

「あ、あぁ。なんだよ母上」

 

「話の続きです……大丈夫ですか?」

 

気遣うような視線を向けられて、セイバーは思わず動揺する。通常であれば“うるせぇ! てめぇに心配される筋合いはねぇ!”と反発するだろうが。

 

「……良い、続けろよ」

 

今はそんな気力もないほど打ちのめされていた。

 

王に疎まれたのは、己の血筋が原因だと思っていた。宿敵たる魔女モルガンの血筋が疎まれたのだと。

 

だが、最後の死合に聞いた言葉は“貴公を認めなかったのは、貴公に王の器がないからだ”……であった。そんなはずはない、己はアーサー王の息子。正統なる後継者、そんな自分に、王としての器がないなんてあり得ないと反抗心を抱いた。

 

そして、聖杯の寄る辺に従い現代へと仮初の命を持って復活を遂げて知った可能性が、これだ。父上だと思っていた人は女で、そもそも父と子という関係だと認知されていなかったのかもしれないという事実。

 

どれが真実で、どれがセイバーが疎まれた原因なのか。セイバーが知るアーサー王本人に確認するでもなければ知りようがない。あるいは、今挙げたすべてなのかもしれない。

 

ただ今は。

 

自分が、王としての父しか見ていなかったという事実が。

 

『オレを見ろ! アーサー──ッッッ!!!』

 

己を見ろと叫んだ自分もまた、人としてのアーサー王を何一つ見ていなかった(・・・・・・・・・・)という事実が。喉に突き刺さった小骨のように、ほんの少し胸を突いた。それだけのことである。

 

「話をカムランの戦いの後へと戻します。あの戦いのあと、私はアーサーの死体を回収するべく戦場跡へと赴きました」

 

「は? なんで母上が父上の死体を回収しに行くんだよ」

 

「……当時は“アーサーの死体がブリテンに埋まるのが不愉快”とかどうとか言っていたような気がしますが……アレです。妖精としての私が、アヴァロンの九人姉妹の長女としての私が、アーサーの死体を理想郷に安置すべく動いたのでしょう。たぶん……」

 

自信なさげに言葉尻を濁すアサシンに、セイバーは呆れたように言った。

 

「ほんとにボケてんのか、母上」

 

「失敬な。混濁する三つの人格の記憶を見分けるのは至難の技なのですよ。……それに今の霊基では、当時の記憶は曖昧で」

 

「ボケてんじゃねぇか」

 

残念ながら、人はそれをボケと言うのだ。

 

「んんっ、それから私は──」

 

ボケボケ言われるのが嫌なのか、アサシンが咳払いをする。

 

「アーサーとブリテン島を出て、旅をしました」

 

「……? ……ん!? 待て待て、だいぶ端折ったよな今!? そもそも父上はカムランの戦いで死んだんだろ!?」

 

「いいえ、生きていました。モードレッドの死体とすり替わり、私に死んだと誤認させて……こう、背中からぶすりと」

 

剣を胸に突き立てるような仕草をし、“一ヶ月地下牢に放り込まれましたね、あれは痛かった”と感慨深そうに頷くアサシン。

 

「そこからどうすれば一緒に旅に行くことになるんだよ!?」

 

「始まりは同一の目的を持つ者同士の、呉越同舟に過ぎなかったのです。互いが互いの願いを叶えるため、聖杯が降臨するだろう極東を目指し、私たちはブリテン島を出た」

 

大陸に渡り、ガリアの地を縦断し、壊れゆく帝国の名残を目撃しながら、地中海を渡ってアサシン──アーサーとモルガンは東を目指した。

 

そして。

 

「美しいものを見ました」

 

アサシンはようやく、自分の居場所を見つけたのだ。

 

「この墓地の上に君臨した世界都市。そこはいたずらに尊厳を奪われることもなく、誰もが求められ、尊重され、職を全うし、糧を得て、飢えることがない。朝目覚めれば良き隣人に囲まれて、日が沈めば愛する人と閨を共にし一日を終える。過ぎし日に思いを馳せ、満ち足りた今を感じ、明日を希望する。そんな世界が、確かに存在した。私たちが生きたブリテン島と、同じ時代に」

 

アサシンはそこで、人を知った。心を持った。愛を得た。傾いていた天秤が、空っぽだった器が満たされて……己の理想郷で、その一生を終えたのだ。

 

「私は、第二の人生を得ることができた。ブリテンの島にいた頃の神秘の妖精でもなく、悪辣たる魔女でもなく、ただ一人の人間として、過去の妄執から解放された」

 

そうなることができたのは。

 

「お前のおかげなのです、モードレッド」

 

「……はぁ?」

 

「お前が、すべて破壊してくれたから。国も、運命も、あるべき役割も、伝説も、全て全て、お前が終止符を打ってくれた。あんなものに意味はないと、すべて否定してくれたから、今の私がある。お前が意図したものではなかったとしても、あなたは……私に機会を与えてくれたのです。私はお前に、何も与えなかったのに」

 

“それでは、天秤が釣り合いません”と、丸めた膝に顔を埋めながらくぐもった声でアサシンは言った。

 

「だから、剣を受け取ってはくれませんか」

 

セイバーは、己の手にある朽ち果てた聖剣を見た。聞くところによると、自分の手にやってくる前にはそのような数奇な運命を辿ったらしい。

 

「そうか──」

 

話を聞き終えたセイバーは。

 

「その説明だと、確かに、施しでも憐れみでも償いでもないかもな。だが、報酬でもないだろ。そう言って言い訳してるだけで、その本質は自己投影(・・・・)だ」

 

「……」

 

「母上、あなたはオレに、過去の自分を重ねてる。かつて自分が報われなかったから、自分を慰めるように、自分が自分にしてやりたかったことをオレにしている。だから、報酬だなんて嘘はやめろ」

 

顔を上げたアサシンは、ぽかんと目を丸くして固まった。まったくもって、気づいていなかったと言わんばかりに。

 

「……ああ、お前の言う通りのようです。どうして気づかなかったんだろう。私は、確かにお前を重ねていたようです。母から、何も受け取ることができなかった私を……」

 

報酬だなんて、ただの言い訳だった。必要だなんて、ただの言い訳だった。アサシンは気づく。結局、自分がそうしたかったのだ。

 

私はお前に、聖剣を渡したい(・・・・・・・・・・・・・)

 

口にしたその言葉は、ストンと心に収まった。思いが言葉を紡ぐのとは逆に、先に言葉が出た格好である。

 

「……そうかよ」

 

アサシンの話は終わった。あとは、それをセイバーがどう受け取るかだ。

 

「……オレはお前を憎んでいる。たとえどのような背景があったとしても、あんたと分かり合うことはない。けど、少しは母上のことを理解した。ほんとに少しだけだけどな」

 

「……ふふ、凄いですね。私でさえ自分のことなど欠片も分からないというのに、お前はもう少し()理解してしまったのですか」

 

セイバーは大樹から背を離し立ち上がった。布に包まれた剣の骸を手に持って、しばらく瞑目し、やがて決意したように目を見開いた。

 

「この剣は貰っておく。強力な武器であることには違いないからな」

 

そう宣言したセイバーはその剣を背負い、きつく布ごと体に縛り付けるとアサシンの返事を待たず、己のマスターが持つであろう墓地の外、地下教会の礼拝堂へと進むべく足を踏み出した。

 

アサシンは遠ざかり、徐々に小さくなるその背中を黙って見送った。風が吹き、不思議と穏やかな心地で心が満たされる。彼女の心を縛り付けていた何かが少し、取り除かれた気がした。

 

「──母上!」

 

赤い革のジャンパーが揺れ、翡翠の瞳が振り返る。そして遠くからでも、その声は風に乗って彼女の耳に確かに届いた。

 

“あなたは、オレがこの剣を、抜けると思うか?”と。

 

 

 

 

「さぁ、分かりません。でも、今は。お前に聖剣を抜いて欲しいと、そう思っていますよ」

 

目を閉じて、思いを馳せる。

 

決戦の時は近い。準備は万全で、秘策もある。座の記録にある東京の聖杯戦争のような、大規模な戦いにはならないだろう。上手くいけば、一瞬でコトが終わるかもしれない。

 

「……辛いですね、苦しいですね、アーサー。お前が私を、こんなにも弱くしてしまった。かつてのように、人の心を解さぬ魔女であったなら。涙を流すなんて無様を、晒すことはなかったでしょうに」

 

アサシンは胸に手を当て、そこから放たれる二人分の鼓動を感じ取った。エーテルの肉体と言えど、命を宿したそこは確かに温かい。

 

『昔の自分に戻りたいかい?』

 

こうなった元凶たる男の声が、アサシンの脳裏に響く。

 

「いいえ、まさか。たとえ弱くても、この弱さを忘れたくない。それだけは死んでも嫌だと、断言できます。不思議なことです」

 

『そうか……帰ろうか。マスターのもとへ』

 

「はい」

 

彼女は静かに立ち上がり、別れを惜しむように大樹を撫でた。1500年前、遥かなるブリテン島から死体を運び、その根の下に眠らせた、二人の最初の息子に思いを馳せながら。

 

「モードレッド、少しはお前に繋げられたでしょうか」

 

 

 

 

「おう、セイバー。良いもんは貰えたか?」

 

墓地を離れたモードレッドを出迎えたのは、罰当たりにも教会のなかで煙草を吹かすマスター、獅子劫界離だ。

 

「……あぁ、とびっきりの聖遺物をな。それよりマスター、お前ここでずっと待ってたのかよ」

 

時間にして小一時間程度だろうか。よくもまぁ、信仰心もないくせに、こんな場所でじっと待っていられたものである。きっとセイバーならば我慢できずに墓地に突撃をかましていたことだろう。

 

「仕方ないだろ。お前を放って帰るわけにもいかない上、お前を迎えに墓地に入ることもできないときた。神さんに祈りながら不味い煙草を味わうしかすることがないのさ」

 

「……あの許可証だか何だかで入れるんじゃねぇのか?」

 

「無理だな。アサシンが言うには、墓地に入れるのは」

 

“ふぅー”と、獅子劫の吐いた煙が螺旋を描いて虚空に消える。

 

「“一族の者だけ”……らしいからな」

 

 





円卓組は生前アルトリアが女性だと気づいていたのか、いなかったのか……。
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