アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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Apocryphaでしたこと【18】

 

 

早朝、目を覚ましたエレインは大回廊にある地下教会を訪れていた。今日は日曜日、一応正教徒であるエレインはそこまで熱心な信徒ではないものの、安息日くらいは祈りを捧げる習慣を持っていた。

 

それに日課である血抜き──カウレスの食事を用意するためでもある。

 

吸血行為は、本来吸血鬼化を早めてしまう行為だ。だが完全に断食……つまり吸血行為を控えてしまっては、やがてその抑えていた吸血衝動の反動が来てしまう。

 

故にエレインの血を飲んでもらっているのだが、どうにも教会で祈りを捧げながら血を抜いた方がその抑制効果が高まるらしい。不完全ながらも秘跡を受けた血液であれば、吸血鬼化を抑制しつつも吸血衝動を抑えることができるのだろう。

 

なので週課のお祈りついでに、日課の血抜きをしようと礼拝堂を訪れたエレインなのであるが。

 

「あれ、誰かいる?」

 

そこにはすでに先客がいたようだ。

 

礼拝堂の中央に跪き、頭を垂れて熱心に祈りを捧げる姿はまるで聖書の物語に挿絵された神聖な絵画のよう。それもそのはず、そこにいるのは紛うことなき主の声を聞いた聖女その人であるのだから。

 

たとえ、本人が聖女と呼ばれるなど烏滸がましいと否定したとしても。

 

「おや。あなたは確か、エレインと言いましたか。アサシンのマスターの……」

 

礼拝堂の入り口に立つエレインの気配に気づいたのか、ルーラーが立ち上がり振り返った。

 

「はい、エレイン・A・ドラクルです。ルーラーさん」

 

「あなたも、主に祈りを捧げに来たのですか?」

 

「そうです、日曜日なので。ルーラーさんほど、熱心に祈るわけじゃないですけど」

 

「いいえ、信仰のあり方と言うものは人それぞれの内に宿るもの。比較して優劣を語るものではありません」

 

それから“主は仰せになりました──”と始まる説法をエレインは辟易しつつも苦笑いでやんわり遠慮した。すると“そうですか……”と残念そうに、しょんぼりとどこか悲しそうな表情で肩を落とすルーラー。

 

エレインは地上の教会に行くときもシスターの話を聞くことはなかった。“誰々の書で、神様が何々とおっしゃった。それはこのような意味で〜”なんて長くて難しい話は苦手なのである。

 

「……」

 

彼女はルーラーの隣に並び、膝を折って両手を組んだ。祈るのは聖杯大戦が何事もなく終わりを迎えること、知り合いが全員無事でいてくれること、それからカウレスの健康のことだ。

 

現状の聖杯大戦は小休止期間にある。誰も戦争をしているなんて思えないほど、ルーマニアには平穏が訪れていた。それをエレインは嬉しく思う。きっとこれもアサシンが彼女の思いに応え、召喚されてくれたおかげなのだろう。

 

仮にアサシンがあのアサシンでなければ、もしかしたら町の被害はもっと凄惨なことになっていたかもしれない。まずエレインは赤のセイバーに殺されていただろうし、その後だって──。

 

「よし、お祈り終わり」

 

エレインは悪い妄想にふけりそうになってしまったため、祈り終えて立ち上がった。

 

それから日課を済ませるために、バッグから機材一式を取り出す。注射器と、まだ魔力の込められていない宝石。

 

「それは?」

 

突如として机上に見知らぬアイテムを広げ始めたエレインに首を傾げたルーラー。彼女は不思議そうにその作業を隣から覗き込む。

 

「今から日課をするんです。聖女様からすれば礼拝堂で血を流すのはちょっとアレかもですけど、そこは目を瞑ってください」

 

「聖女様だなんてそんな、私のことはルーラーと。それに私も戦場を駆けた英霊、そこまで血に忌避感はありませんよ。これから何をするのか聞いても?」

 

「えっと、私の幼馴染のカウレスくんは分かりますか? 吸血鬼になっちゃった男の子です」

 

「あぁ、彼ですね」

 

ルーラーは頭の中でエレインの言う人物のことを思い浮かべた。ルーラーが気にかけているジークと同じく、稀人たるサーヴァントの、それも吸血鬼の心臓を受け継いだ青年である。ルーラーが最初に見たとき、思わず出会い頭に浄化してしまいそうになった人と吸血鬼の混ざりもの。

 

「彼にあげる血を採るんです。それから弾の補充もしないとですから──ん」

 

ぷすりと腕に注射器を刺すと、鮮血でシリンダーが満たされる。そして素早く針を抜かれると、二人の鼻腔を消毒用のアルコール剤の香りが刺激する。

 

「これの半分はカウレスくん用で、後の半分は宝石に染み込ませます。血を媒介とせず直接魔力を注いでも良いんですけど、私あんまり細かい作業得意じゃなくて、それだと成功率が下がってしまうんですよね。で、用途に応じて術式を刻むんですけど……」

 

「……」

 

「ルーラーさん?」

 

突然静かになった背後の人に違和感を覚え、後ろを振り返るエレイン。そこには何かを真っすぐに見つめ黙り込んだルーラーの姿があった。

 

「……あの?」

 

彼女の視線は、どうやらエレインが持つ魔石化した宝石に釘付けになっているようだ。宝石を持った手を上に持ち上げれば視線が上に、下に下げれば視線も下に下がる。

 

「じゅるり……」

 

「る、ルーラーさん?」

 

まるで餌を求めて口を開く雛鳥のような態度にエレインは困惑する。魔力石を見つめる視線は獲物に狙いを定める肉食獣のようで……まさかこの人、主食が石なのか?

 

「──はっ! す、すいません。つい目が奪われてしまって……欲に溺れて我を忘れるとは未熟ですね。お恥ずかしい」

 

「いや、別に良いんですけど……た、食べたいんですか?」

 

「良いんですか!?」

 

「ほんとに食べるの!?」

 

まさか嬉々として石を食べると言いだすとは思わず、逆にびっくりしてしまった。

 

「いえ、その、私は憑依サーヴァントとして非常に魔力の消費が激しくてですね」

 

誤解されたことに気がついたのか、ルーラーが慌てて取り繕おうとする。

 

彼女はフランス人の少女レティシアを依り代にしたサーヴァントであり、エーテルで作られた仮初の肉体を持っているわけではない。つまり常に現界しているようなものだ。そのようなイレギュラーによって、彼女はアメリカ車のような燃費の悪さを獲得してしまったのである。

 

別に生前から食いしん坊だったわけではない。

 

「良ければそのとーっても潤沢な魔力の塊を分けていただけると、大変助かるのですが」

 

「た、托鉢みたいな? 流石信心深い聖女様……」

 

とりわけ厳格に清貧を重んじる聖職者は、民衆からの寄付だけでその日の糧を得ていたとか何とか。

 

「どうかお願いします! 私たち(・・・)のためにも!」

 

「“私たち”?」

 

私たち、と言うからには依代となった少女の意思も関わるのだろうか。

 

ルーラーからすれば、潤沢なエーテル補給があればそれだけでありがたいものだ。だが、その依代となっているレティシアという少女まで頼み込むとは何事か。

 

「……そのですね、(ジャンヌ)が食べ過ぎたせいで、聖杯大戦が終わった後の(レティシア)の体重が大変なことになる可能性が」

 

「あぁ……それは大変ですね。分かります」

 

体重はいつだって乙女の敵であった。

 

「そう言うことならあげます。ぜひ召し上がって、いや石を召し上がってと言うのも変な気がしますが……貰っちゃってください」

 

「恩に着ます。主がくれたこの巡り合わせとあなたの優しさに感謝を」

 

ルーラーは仰々しく祈りを捧げ、拳より一回り小さい程度の大きさの宝石を三、四の破片に砕きそれを飲み込む。

 

そして彼女は。

 

「うぅ、なんて潤沢で濃い魔力なのでしょうか。量もさることながら、質がずば抜けて良い。こんな美味しっ……優れた魔力を供給してもらえるなんて、アサシンが羨ましいです」

 

「そ、そんなにですか?」

 

「一つの宝石で一日分の魔力を賄えそうな点もトレビアン(Très bien)──素晴らしい。兵糧として百点満点でしょう」

 

ルーラーは生前のことを思う。突撃しか能のない彼女であったが、それでも一軍を率いた身。そんな彼女を悩ませたのが食糧問題である。腹が減っては戦はできぬ……とはいえ、フランスを取り戻すための戦いなのに解放した土地や村から無理やり食料を徴発して干上がらせるわけにもいかない。気を抜けば腹を空かせた兵士たちが略奪を働くであろう状況で、信仰心だけで綱紀粛正を保つのは至難の業だった。これがあれば、もう少し行軍も楽であっただろうに。

 

「あと、カロリーゼロで心も嬉しい!」

 

「そりゃあ、石なんですからカロリーはゼロでしょうけど」

 

腑に落ちないような気分になりながらも、エレインはとりあえずあげられる分をルーラーに譲った。喜んでくれるならまぁ何でも良いやと、彼女は次なる工程へと進む。

 

お次はカウレスに渡す血に秘跡……祈りを捧げる工程である。とはいえ、秘跡を授けるなんて素人教徒であるエレインにできるはずもない。

 

「うーん、お祈りかぁ。とりあえず──美味しくなぁれ、美味しくなぁれ」

 

よって、そんなトンチキ祈祷を聖女の前で披露してしまうのだった。自分から抜き取った血に向かって“美味しくなぁれ”とは、むしろ魔女の所業ではないだろうか。

 

「あの、それ絶対に違……いえ、愛を注ぐのはまさに祈りの根幹だとは思いますけど! 流石にそういうことではないのでは!?」

 

横で見ていたルーラーからツッコミが入るのも当然だった。

 

「えっ、だめですかね?」

 

無言でルーラーは頷く。

 

「吸血鬼化を抑制するのが目的なら、きちんと洗礼詠唱を唱えるのが良いかと。よろしければ先ほどのお返しとして私に任せてくれませんか、エレイン。」

 

「わわ、聖女様直々のお祈りなんて絶対効果テキメンですよ。ぜひお願いします!」

 

「では僭越ながら……主の御名(みな)のもとに、私、ジャンヌ・ダルクが告げる。吸血鬼、悪魔の徒、その迷える魂を私が癒し、私が──」

 

そして。

 

「「……」」

 

二人の目の前には血球が完全に死滅し、中に薄黄色で透明な血漿だけ残ったシリンダーがあった。

 

「あ、あれれ? おかしいですね……どうして洗礼で細胞が死滅してしまうのでしょうか」

 

「多分、私のせいかもしれません。私の心臓は(ドラクル)の心臓らしいので、ルーラーさんクラスの聖職者パワーだと浄化されちゃうのかも……」

 

竜とはキリスト教において悪魔の意味を持つ。あくまでその要素を持つだけであり、本来ならエレインの細胞を死滅させるまでに至るはずもないのだが……つまるところ、ルーラーではオーバーパワーであった。

 

「また血を採り直さなきゃ……えっと、ルーラーさん。一応聞きますけど手加減とかできたりしますか?」

 

そんな伺うようなエレインの視線から、スッと彼女は視線を逸らした。英軍相手に突撃しかできなかった女が、そんな器用な真似をできるはずもない。

 

だいたい、洗礼詠唱に手加減ってなんだ。ところどころに意味のない単語でも差し込めば良いのか。それとも“私が癒したりするかもしれないし、やっぱりしないかもしれない”みたいに言えば良いのか。どうなのだろう。

 

「……無理です」

 

「……ですよねぇ」

 

「はい、なので私があなたに洗礼詠唱を教えましょう」

 

「それでお願いします」

 

流石の啓示も、これにはノーコメントらしい。

 

かくしてルーラーによるエレインへの指導が始まり、血を抜くだけのはずがかなりの時間がかかってしまった後。

 

「ふぅ、よし。じゃあ私はこれをカウレスくんに振る舞ってきますね! ありがとうございましたルーラーさん、助かりました!」

 

そう言って元気良く礼拝堂を飛び出して行ったエレインを、ルーラーは軽く手を振って見送った。まるで意中の相手に手料理を振る舞おうとする少女のような……しかしその手に持つのは聖別された血液という、なんともゴシックホラー的な光景に微妙な表情を浮かべつつ。

 

「愉快で面白い()だろう、彼女は」

 

声が聞こえ、ルーラーの隣に誰かが現れた。

 

楽しげに柔らかな笑みを浮かべながら実体化したのは、先ほど去ったエレインのサーヴァント、アサシンアルトリウス(アーサー)である。

 

「アサシン、見ていたのですか? でしたら手伝ってくれれば良かったのに」

 

不満げに口を尖らせて言うルーラーに対し、アサシンはさらに笑みを深めて言う。

 

「年頃の娘たちの間にわざわざ入ろうとする親がいるかい? まぁ、私は親ではなくもっとずっと遠い先祖なんだが」

 

ルーラーも、その依代となっているレティシアも、そしてエレインも皆奇しくも同じ十代後半の少女だった。そして少女たちの交流の間に割って入るほど、アサシンは無粋ではない。あるいは、男親にとってそのような真似はハードルが高かったとも言える。

 

「それでも親みたいなものだ。故に願わくば、彼女にはもっと同年代の友人ができて欲しいと思っているよ」

 

「それは、その。もしかして(レティシア)に言っているのでしょうか。それとも──」

 

「両方だ。友は多ければ多いほど良いというものでもないが、多いとそれはそれで楽しいだろう?」

 

「ですが、私は……」

 

アサシンの語る未来は、まるでルーラーたる彼女が現世に残るような言い方である。しかし、彼女はサーヴァント。聖杯戦争が終われば座へと帰り、地上から姿を消す希人に過ぎないのだ。

 

「ルーラー、貴公は願いがないと言ったな。だが、本当にそうか? 地上に残り、してみたいことは一つもないと?」

 

「……ルーラーとして、私は願いを持ちません。気を使ってくれるのは嬉しいですが」

 

「あのホムンクルスの少年のことは、気にならないのかい?」

 

「……っ、それは」

 

ルーラーの脳裏に浮かぶ一人の少年の姿。

 

ホムンクルス、ジーク。ユグドミレニアによって鋳造され、本来は魔力を生み出す消耗品として使い捨てられるはずだった彼は何の因果か、黒のセイバーの心臓を継承し、さらには黒のライダーのマスターとしてこの聖杯戦争に参加している。

 

無垢で、善良で、まだ悪を知らない彼をルーラーは気にかけていた。その想いはルーラーとして巻き込まれた存在である彼を保護しようという責任感か、それとも依代となった少女のモノか。あるいは両方かもしれない。

 

「ちなみにライダーは“やっぱり受肉したい”と言ってきたよ。己のマスター、ジークの生きる先を見たいそうだ」

 

「んなっ……!」

 

なんて真面目に考えていたとき、突如として付け加えられた情報に彼女は狼狽えた。

 

「い、いつの間に自分一人だけ!」

 

そして“ごめーん! やっぱりボクはマスターと一緒にいたいから現世に残るね! じゃ、座に帰るのはルーラーだけってことで、バイバーイ!”と、何食わぬ顔でその後の人生をジークと過ごすライダーの姿を幻視する。自分と同じで聖杯に願うようなことはあんまりないと言っていたくせに、なんて意地汚い(違う)だろうか。

 

ジャンヌは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の(違う)をジークの側から除かねばならぬと決意した。具体的には聖旗による鉄棒制裁を。

 

「大聖杯は第三魔法の結晶だ。受肉くらいならば、少量の魔力で済むだろう。天草四郎がそうであったようにね」

 

アサシンは確信を持ってそう告げる。先日帰ってきたアインツベルンの返書からは、天草四郎が大聖杯に触れただけで受肉したという事実が確認できた。それほどまでに、大聖杯とは優れた性能を持っているのだろう。

 

「聖杯戦争の運用や願いの成就に使う魔力量と比べればそれこそ誤差の範囲だろう。そもそも私たちは世界の存続に使う魔力リソースを大聖杯ではなく小聖杯から抽出するつもりであるから、まぁ、なんだ。遠慮はせずとも構わないよ?」

 

「か、考えておきます」

 

それは甘美な誘惑であり、ルーラーの心を惑わせる。第二の生、受肉による擬似的な復活。それは神の子の奇跡にも等しい技であり、そうであるが故においそれと頷ける代物ではない。

 

だが、ルーラーとしてはライダーがジークの側に残るというのに一抹の不安があった。きっとあのアンポンタンはジークに多大なる迷惑をかけ続けることだろう。そう考えれば、彼をサポートしてあげる存在も必要ではないだろうか。あるいはライダーのストッパー役としての存在が。

 

だから、その為ならば受肉という選択肢を頭に入れておいても良いかもしれない。

 

考えてもみなかった未来の可能性。もし彼女がそれを選んだとすれば、今度は生前とは異なりその身を主に捧げるのではなく、一人の少女として生きるのだろうか。

 

 

 

 

「ところでアサシン、あなたに一つ聞きたいことがあります」

 

「なんだい?」

 

礼拝堂にて、互いに静かに祈りを捧げていた最中。不意にルーラーがアサシンに対しそう切り出した。

 

「あなたはもしやブリテン島のアーサー王、なのでしょうか」

 

「──驚いた。君の目にはそう映っているのかな?」

 

それはかねてから抱えていた疑問。大回廊にて初めて邂逅し、そのフードの奥の顔を目にしたときから生じていたものだ。

 

「“はい”とも言えますが、“いいえ”とも言えます。重なって見えるのです。『真名看破』と『啓示』、その両方があなたのあり方を示すのですが、なにやら食い違いがあるようで」

 

ルーラーの目には、アサシンの本質がぶれているように見えていた。アーサー(アルトリウス)なのか、ペンドラゴン(ドラコニオス)なのか。彼女にはその判別がつかない。ルーマニア人の英雄とブリテン島の英雄が同一人物などということは中々ないが、しかし事実ならば彼が持つある聖遺物を期待できるかもしれない。

 

「ううむ、説明が難しいな。一応、この世界においてアーサーとアルトリウスは同一人物なのは間違いない。私はかつてブリテン島を治め、そして国が滅んだ後に島を出た。紆余曲折あって東ローマに至り……まぁ、この地に骨を埋める覚悟を決めた訳なんだが」

 

なんとも面映ゆい心持ちになったアサシンは、思わずといったふうに頬をかく。まさか自分が聖杯探索を諦め、ただ人としての幸福を知りその一生を終えるとは思っても見なかったのだ。すべてを変えたのは彼の隣にいた彼女が、勇気を持って踏み出したことだろう。

 

それにしてもかつての敵であり、異父姉でもある彼女とまさか家庭を築くことになろうとは。根源接続者である彼をもってしても見抜けなかったらしい。まこと、人生とは不思議なものだなとアサシンはしみじみと感じ入った。

 

「アサシン……?」

 

「あぁ、すまない。それから話の続きなんだが、まず大前提としてこの世界にアルトリウスという英雄はいたが、英霊は存在しない。本来座から私を呼び出すことは不可能なんだ」

 

「……それは、どういう意味でしょうか」

 

「……私は抑止力が嫌いなんだよ。嫌悪しているし、かつては消してしまいたいとすら思ったこともある」

 

かつて王としてブリテン島に君臨した時代、アサシンは他の世界のアーサー王と比べて根源接続者という大きなアドバンテージがあった。それは伝説に過ぎなかったヨーロッパの覇者としてのアーサー王を歴史に刻み込む可能性を内包していたのである。

 

北欧を飲み込み、ローマを飲み込み、全ヨーロッパを支配する……そんなことを抑止力が認めるはずもなく、彼は徹底的に邪魔をされた。その上ブリテン島の滅びすらもまた抑止力によって定められた事象だときた。未来に築かれた歴史をまるまる否定するつもりはないが、それはそれとしてアサシンはその機構のことが好かんのだ。

 

「まぁ、私が抑止力が嫌いになった過程の説明は省くとして……そんな私が抑止力の走狗たる英霊の座に収まるかと言えば、答えは“ノー”だ」

 

故にこの世界において、アサシンを構成する二人は死の間際に魂を第四魔法によって『 』から解き放った。決してその魂が何物にも利用されぬように。

 

結果として二人の魂は座に登録されず、アルトリウスという英霊は存在しないこととなった。逃れた魂はきっと、大いなる壁の向こう側へと旅立ったことだろう。定められた運命のない、神秘の存在しない世界へと。

 

「しかし、現実として私はサーヴァントとなりここに現界している。その理屈はまぁ簡潔に言うと、並行世界から別の私を引っ張ってきて、その霊基に皮を被せているようなものなんだ。だからだと思うよ、私の霊基がぶれて見えるのは」

 

平行世界のアーサーとモルガンは口八丁の抑止力によって勧誘されて、この世界へとやってきたのである。

 

抑止の輪から世界の危機のために遣わされた、という意味で言えばアサシンとルーラーは同僚だった。

 

なお英霊という性質上、アサシンは召喚される寸前に抑止力とどのような取引をしたのかは覚えていないのだが、少なくとも詐欺に遭ったことだけは覚えている。

 

──姉上(アーサー)がいると聞いて来たのに同一霊基とはどういう了見か。やはり抑止力は死すべし慈悲はない。

 

「そんなわけだから今の私はアーサー王ではなくルーマニアのアルトリウスと説明するのが適切ではあるかな。納得してくれたかい?」

 

「はぁ、いまいち理解が及びませんが、何やら事情があるのですね。そのことは彼女には?」

 

「伝えていない。余計な情報を伝えれば伝えたら彼女だって混乱するだろう?」

 

『アーサー王ってなに!? ステータスにはアルトリウスって書いてあるじゃないですか!』

 

『また、また余計な遺産が増えちゃいます! 私管理とかできませんって!』

 

『待ってください、てことは私このバーサーカーよろしく野蛮人の赤のセイバーと親戚なんですか? え、いやだぁ!』

 

と言って、地面をのたうち回るエレインの姿を二人は幻視した。凡人精神の彼女では多くの秘密や秘匿すべき重大な真実を抱えられるほど器用ではないはずだ。

 

「あはは、確かに……しかし残念です。その、あなたがアーサー王なのであれば、伝説に語られる聖剣を持ち合わせていないかと期待したのですが」

 

伝説に語られる星の聖剣であれば、赤のライダーや赤のランサーの体に傷をつけることも可能だろう。ルーラーはそれを期待したのであるが、“ない”と言われてしまってはそれまでだと肩を落とす。

 

だが。

 

「ん? いや、あるよ。聖剣」

 

「持っているのですか!?」

 

まさに望外の喜び。それがあれば次なる戦いも楽になるだろうとルーラーは胸を弾ませる。が。

 

「もう赤のセイバーに譲り渡してしまったけどね」

 

既に彼はそれを手放してしまったらしい。

 

「あ、赤のセイバーにですか? どうして彼女に……?」

 

よりにもよって赤のセイバーとは。ルーラーからすれば圧倒的人選ミスを疑わざるを得ない。赤のセイバーは叛逆の騎士の名に相応しく乱暴な人間だ。伝説における聖剣を担うに相応しいかといえるかは疑問だし、そもそもアーサー王と赤のセイバー(モードレッド)は互いに殺し合った間柄なのだから、そんな相手に聖剣を譲ったとなればなおさら不可解である。

 

「今の私に聖剣は抜けないからね。持っていても宝の持ち腐れというものさ」

 

「それは彼女が持っていても同じことでは?」

 

「さて、どうだろう。少なくとも私よりは可能性はあるさ。彼女は平行世界の存在であるが、この世界のモードレッドは正しく私の──ふむ」

 

「アサシン?」

 

中途半端に言葉を切ったアサシンは思い立ったが吉日とばかりに礼拝堂の席を立った。頭に疑問符を浮かべながらそんなアサシンの背を見つめるルーラー。

 

「気が変わった。私も彼女を激励するとしようか」

 

この身はすでにアーサー王ではない。治める国も、王権の象徴たる聖剣も、家名も名前も捨ててしまった。

 

だが、ここに彼──彼女がいるならば。

 

「どちらに行かれるので?」

 

「アーサー王として、最後にできることをして来るよ」

 

余計なお節介の一つや二つ、やったって構わないだろう。

 

 






アンナ「アル、向こう側からまた記憶が流れ込んできたのですが。今度は幸福な終わりの記憶ですね……なんだか悔しいので私たちももっとイチャイチャしましょう!」

アルトゥールス「どうしてこちらの姉上はもう少しおしとやかになれないのか」
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