アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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Apocryphaでしたこと【19】

 

 

「お手! お座り! それからそれから、ぐるっと回って決めポーズ!」

 

快活なエレインの声が響く部屋、そこには声の主たる彼女以外にもう一匹の住民が。大きな犬──いや、もはや狼と呼べるほど大きな獣がいた。

 

“ワン”と狼は一声返事をするかのように鳴くと、エレインの指示の通りに行動する。

 

「よしよし、良い感じですね」

 

エレインが何やら“うんうん”と上機嫌に頷いていると、部屋をノックする音が聞こえ、来訪者が現れる。

 

「こんにちはエレイン、今は一人ですか? でしたら少しお話が……あら、何をしているのですか?」

 

「あ、フィオレさん。こんにちは。今日も何か用事ですか?」

 

現れたるはフィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。何やらエレインに用事があって来た様子である彼女は、部屋に入るなりエレインの前に立つ狼に目を丸くした。

 

「犬……いえ、狼ですか?」

 

「一応種族的には狼、なのかな? 多分犬ではないと思うんですけど」

 

「そうなのですね、その子はエレインの新しい使い魔なのかしら?」

 

栗色の毛に真っ赤に染まった茜色の瞳。どこか見たことあるような配色の狼からは、まるで知性を宿しているかのような雰囲気が伺える。

 

フィオレは犬が好きだ。幼い頃に犬を飼っていて……まぁ、その犬は彼女の父が黒魔術の生贄にするために飼っていた犬であり、最終的には死んでしまったのであるのが。当時幼かったフィオレは、苦しんで亡くなった小さな家族に対し涙したのである。

 

そんな経緯もあって彼女は猫派よりも犬派だった。やはり飼うなら犬だ。賢い上に忠実で頼りになる。一方猫はふてぶてしい上に自分を上位存在だと信じて疑わない。どちらが優れているかは言うに及ばないだろう。

 

それに猫より犬の方が可愛い!

 

あくまで、フィオレの個人的な意見であるが。

 

そんな犬好きの彼女が、目の前の狼のふわふわな毛並みを撫でようと手を伸ばしたとき──。

 

「使い魔じゃなくてカウレスくんです」

 

エレインが衝撃の事実を暴露した。

 

ぴたりと、伸びていたフィオレの手が止まる。

 

「……はい?」

 

「その狼、カウレスくんが変身した姿なんです」

 

“ねー?”と問いかけるエレインを見て、狼が“バフ……”と鳴いて頷いた。

 

吸血鬼──魔術師がよく知る死徒ではなく、人が幻想の中で語られるその存在には様々な能力があるとされ、その一つに変身能力がある。闇に潜む吸血鬼はコウモリや狼に化け、人の生活圏に入り込むのだとか。

 

つまりはまぁ、そういうことである。フィオレが今しがた撫で回そうとしたこの大変優れた毛並みの持ち主は、どうやら弟だったらしい。よく見れば首に例の環十字も下げている、むしろなぜ気づかなかったのだろう。

 

「ど、どどどどうして狼に変身を!?」

 

「カウレスくんが吸血鬼としての能力を十全に扱えるようになるための訓練、みたいな? 私は反対したんですけど、カウレスくんはやりたいって言うので。それに、いざというときに暴走しても困るし……」

 

そして再び“ねー?”とエレインが問いかけて、“ワフ……”と狼が頷く。

 

「それよりフィオレさん、さっき撫でたそうにしてたけど良いんですか? 撫でなくて。すっごく毛並みが良いのにもったいな……ちょ、ちょっとフィオレさ──?」

 

バタン、と扉が閉まる音。今の一瞬のうちにフィオレは何かに急かされるように部屋を出ていってしまった。

 

「あ、行っちゃった」

 

部屋に残されたエレインはカウレスを抱えたまま、“どうしたんでしょう?”と不思議そうに首を傾げる。狼となったカウレスはその疑問に答えず、ただされるがままにエレインに抱かれていた。

 

人語を介するには人に戻るほかなく、そして今人に戻ればちょっと絵面的にまずい。幼馴染の胸に抱かれているという異常事態も、狼の姿を象っていることで落ち着いて受け入れることができているのだ。故に彼が選ぶ選択は沈黙、現状維持の一択であった。カウレスは紳士なのだ。

 

……そしてこれからも紳士であり続けるために、顔を背中に押し付けて犬吸いするのは是非ともやめて頂きたい。

 

狼の鋭敏すぎる嗅覚が、彼女の肌の熱や、使っている石鹸の淡い香りをダイレクトに拾い上げてしまうのだ。食事を終えたすぐ後ということもありそうそう暴走することはないだろうが、それでも彼女という個体の匂いに酔いそうになってしまう。思春期の青年の理性は有限なので勘弁してほしいというのがカウレスの本音だった。

 

「ねぇ、カウレスくん」

 

そんな敏感になったカウレスの耳に、己の毛皮に顔を埋めたエレインの声が響く。

 

「本当に次の戦いに参加するんですか? ここでお留守番してくれてても良いんですよ。だってカウレスくんは病人みたいなもの、ほんとは戦うべきじゃないのに」

 

“またカウレスくんが傷つくのは嫌です”と、切なそうな声とともにカウレスを抱くその両腕がより強く締め付けられた。

 

言わんとすることはカウレスにも理解できる。だが、カウレスとて同じ思いだった。彼もまたエレインが傷つくことは容認できない。互いが互いに傷つくことが容認できないというのなら、互いが互いを守るために共に戦場に赴くほかあるまい。

 

それに、カウレスはこの聖杯大戦を引き起こしたユグドミレニアの一員であり、マスターだったのだ。今はもうサーヴァントたるバーサーカーはおらず、すでにマスターとしては脱落しているが、だがその責任まで消えたわけじゃない。ここで戦を放棄することは受け入れられない。

 

それに悪いことばかりではない。黒のランサー、ヴラドⅢ世の心臓とその能力を限定的に受け継いだカウレスはジークと同じく擬似的なサーヴァントとも言える。副作用は当然重いだろうが、しかし本来は戦いに巻き込まれた側のホムンクルスである彼が戦っている手前、カウレスとしては自分だけ安全圏にいるなどできるはずもなく。

 

故に、カウレスは“クゥーン……”と鳴いてエレインを慰めることしかなかった。

 

「ふふ、ならしょうがないですね。だったらせめて少しでも能力を扱えるように、もっと訓練を頑張りましょうか」

 

カウレスは返答代わりに“ワン!”と鳴いた。エレインとカウレスはアサシンのおかげでメキメキと戦闘力を伸ばしつつある。短期間の付け焼き刃、しかし神造兵器すら生み出してみせた湖の乙女による付け焼き刃だ。二人合わせてなら対サーヴァント戦すらこなせて見せよう。

 

「むふー、狼のカウレスくんはもふもふふにふにですねぇ」

 

『……ワフ』

 

そう意気込むカウレスであったが、それはそれとしてエレインにひと言申したいことがあった。耳に甘噛みしたり肉球を触るのはやめろと。

 

目の前にいるのは文字通りの狼だというのに、どうしてこの幼馴染はこうも無防備なのか。朴念仁め、テルマエで言われたことをすっかり忘れてしまったようだ。

 

いっそ男として見られていないのかもと思い、耳を垂らして凹むカウレスであった。

 

果たして、乙女の内心やいかに。

 

 

 

 

逃げるように部屋を出たフィオレが勢い良く扉を閉めたことで、その音が回廊に響いた。繰り返すデジャヴ。そしてやっぱりローマン・コンクリートでできた地下道には音がよく響いた。

 

「 悪 化 し て ま す ! 」

 

そして玄関前で車椅子から転げ落ち、地面に膝をつくフィオレ。

 

「エレイン、狼になったカウレスにどんな感情で接しているのよあなたは。それからカウレス、あなたもそれを受け入れてないで拒否しなさい! 黙って撫でられてちゃいけません!」

 

吸血プレイの次は主従プレイか。人間関係を犬とその飼い主に置換する倒錯した性癖の持ち主はいるかもしれないが、実際に犬になる奴はいまい。いや、犬ではなく狼なのだが。

 

「マスター、どうか落ち着いてください」

 

地面を叩いてこの世の乱れを嘆くフィオレの隣に、彼女のサーヴァントであるアーチャーが姿を現す。

 

「これが落ち着いていられますか! 弟と幼馴染の関係が日を追うごとにどんどん歪なものになって行くのですよ!」

 

どうしてこうなってしまったのか。まるで自分一人だけが置いて行かれているような気持ちになるフィオレであった。

 

あるいは置いていかれているというより、あの二人が先を行き過ぎているというのが正しいのかもしれない。

 

「安心してください、大丈夫です。ギリシャでは割と普通のことでしたから」

 

「それは……いえ、ギリシャはそうでも現代は違いますからね!?」

 

一瞬、森の賢者が放つその説得力に屈しそうになったが、フィオレは“はっ”と我に返りなんの慰めにもならないアーチャーのフォローに思わず声を上げた。ギリシャでの普通ってそれつまり現代での異常ってことだろう。流石は半人半馬たるケイローン、大神クロノスが妻にバレないように馬に姿を変えて浮気した結果生まれたケンタウロス、説得力が段違いである。

 

ギリシャ人はイっちゃってるよ。あいつら未来に生きてんな。

 

「くっ、私はどうしたら……! 早く二人の関係性をもとに戻さないと。なにせ二人はもう婚約者(・・・)になったのですから!」

 

そう、フィオレがここに来たのはそれを伝えるためだった。エレインとカウレス、二人が全く預かり知らぬところで、外野では話がどんどんと進んでいたのである。

 

と言っても、まだ確定ではない。実際にユグドミレニア一族全体に周知するのは聖杯大戦が終わってからの話になるだろう。まぁ、そうは言っても内々には確定したも同然だが。

 

そのことを伝えに来たというのに、なんだあれは。あの状況で二人は婚約者だと言えばなんだか別の文脈が生まれそうではないか。

 

この調子では、戦後まで婚約のこと自体を告げられないのかもしれないなと、フィオレは深くため息をついた。

 

さて、これから扉を開けて二人を叱りつければなるまい。それが姉として、義姉としてフィオレができる最善の行動だろう。

 

「そもそも、こういう情操教育はアサシン(保護者)の仕事だと思うのですけれど。彼は今何をしているのでしょうか──?」

 

己のマスターを放ったまま、どこかで何かをしているだろうアサシンに思いを馳せつつフィオレは魔窟の扉を開いた。

 

ガチャリと、ドアノブの捻る音。

 

そして犬吸いしてるエレインを見てフィオレが絶句するまで、残りあと三秒──。

 

 

 

 

頭のてっぺんから足の先までを隙間なく覆う銀の全身鎧(フルプレート)を鳴らし、叛逆の騎士が舞う。

 

相対するは形なき双頭の竜──足も翼も持たず、海蛇のように宙を泳ぐそれは竜よりも龍と呼んだ方が適切だろうか。

 

「このやろっ……!」

 

一体の噛みつきをすんでのところで躱し、もう一体が尾を振り払うのを見て剣で受ける。錆びた剣、固く鞘ごと一体化したその剣は己の宝具たる叛逆の剣と比べるまでもないほど全くもって手に馴染まず、振るうことさえ億劫と言えよう。

 

「どうしたモードレッド、貴公の実力その程度か!」

 

「──るせぇッ!」

 

二対の龍を退けたと思えば、今度は人が降ってきた。隙を与えぬ三段構え、徒手でありながらアサシンは彼女と渡り合う。

 

かつて地上にありて多くの剣闘士が死闘を繰り広げ、市民を熱狂させていたコロッセウム。今はもう地下に埋もれ、大回廊の一部として忘れ去られたその場所で赤のセイバーはアサシンと試合を行なっていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

地面を削りながら攻撃の勢いを殺し、距離を取る。息を荒げながらも、セイバーは疲労を欠片も感じさせぬほどの熱が籠もった視線でアサシンを睨んだ。

 

宿した聖剣、本来の己の手の内にあるはずのなかった剣の柄を血が滲むほどの握力で強く握り締める。

 

「クラレント、フラレント、双頭の竜よ、我が手に舞い戻れ!」

 

休む暇を与えまいと、大地を蹴ったアサシンが竜と共に肉薄する。彼が一度竜へと語りかければそれは姿を変え、二対の剣として彼の両手に収まった。

 

風を纏った双剣が大地を裂き、セイバーへと迫る。この闘技場のなかで高まる魔力から、敵が宝具を再度放とうとしていることがセイバーには『直感』を介さずとも明確に感じ取れた。

 

「『帝都抱きし(クロスカリバー)──」

 

敵が宝具を開帳すると言うならば、こちらも宝具を開帳するほかあるまいと、セイバーは胸の前に聖剣を掲げた。

 

「──双頭の竜(ビザンティーン)』ッ!」

 

千年都市の威光を示す光が、再び竜となってセイバーを襲う。

 

束ねるは星々の息吹、繋ぐは人々の理想(おもい)。父が握ったその剣の彼女は真名()を叫ぶ。

 

「『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』ァァァ──ッッッ!!!」

 

 

 

 

「うん、1500年もの間湖底に沈んでたんだ。ちょっとばかり錆びついてても仕方ないさ。だからそう気にするな、モードレッド卿」

 

「うるせぇよ、嫌味か!」

 

コロッセウムの観客席にて座るセイバーが、不貞腐れたようにあぐらを組み肘をつく。まるでいじける幼児のようだとアサシンが笑うと、セイバーはさらに不機嫌そうに“ふん”と鼻を鳴らした。

 

セイバーは未だに聖剣を抜くことができていない。朽ちた剣は朽ちたまま、かつての輝きを取り戻すことなく沈黙を続けている。先の試合でセイバーが真名を叫んだところで、それが変わることはなかった。

 

「結局、オレが聖剣に認められてないだけってことだろ……」

 

打ち直された選定の剣、それは姿を変える前の、すなわち持ち主を選ぶ性質を受け継いだのだろう。セイバーはそれに認められなかったのだ。

 

選定の剣を抜いてみせると、王としての価値を示してみせると息巻いていた彼女として非常に受け入れがたい現実であった。

 

かつて彼女の父があの丘で告げたように、自分には王の器がないのだろうか。

 

『一度や二度失敗したくらいで諦めるなど貴公らしくない。幸い柄に手をかけ挑戦する機会は何度でもあるんだ。足りない分は今から身につければ良いだろう?』

 

『それにこれはあくまで君が求めた選定の剣だった(・・・)ものであって、選定の剣そのものじゃない。だってほら』

 

それを否定し、試合と称して無理やりここに連れてきたのがこの世界のアーサー王らしい目の前のアサシンである。彼はセイバーの目の前で聖剣を抜こうとして、そして自分すら引き抜けないことを見せつけた。

 

『かつてアーサー王であった私が抜けないんだ。これが王の器質を測るものだとは限らないさ』

 

そうあっけらかんと言うアサシンにセイバーは呆れたものだ。どちらかと言えば彼から王の器質が抜け落ちたと考える方がまだ納得できるのだが。

 

「……なぁ、アサシン。お前はオレの父上じゃないが、一応この世界のアーサー王、なんだよな?」

 

「そうだとも」

 

セイバーにはとても信じられたものではない。彼女の知る公正無私な理想の王たる父とは違い、とても人間らしい……朗らかな人物だった。顔も性格も似つかない、まったくの別人と言ったほうが納得できる存在である。

 

まぁ、顔は性別が違うことで説明できるかもしれないが。とはいえ平行世界というだけでこうも性格が変わるものだろうか。もしかしたらセイバーの母が旅の最中に己のあり方を変えたのと同じように、彼もまた何らかの変革を経たのかもしれない。

 

「……一つ言わせろ。母上を娶るとか女の趣味悪いなお前」

 

「辛辣だね……まぁ、否定はしないけれど」

 

“それはどういう意味ですか!?”と脳裏に響く声を聞きながら、アサシンは苦笑いする。その評価は妥当と言えよう。なにせ彼の一人目の妻はあのギネヴィアなのだから。

 

「あー、参考までに聞きたいんだが、お前ってどうやって選定の剣を抜いたんだ」

 

それが聞ければ、セイバーは己に足りないものが何か分かるかもしれないと思った。未だ聖剣を抜けぬこの状況を脱却するための手がかりになるかもしれないと。

 

「あーうん、『勝利すべき黄金の剣(カリバーン)』抜いたときか。実を言うと何も考えてなかったよ。たまたま抜いたようなものだったからね。だからあまり参考にならないと思うよ」

 

「はぁ? なんだそれ」

 

「君の知るアーサー王がどうだったかは知らないが──」

 

もともと、アサシンには選定の剣に挑戦する気力なんてなかった。当時の彼はこの世のすべてに無関心で、自我の薄い人形のような存在。自ら王となろうなんて意思は持っていなかった。

 

誰も剣を抜けるものがおらず、最終的に試合の勝者がその剣の持ち主に相応しいと選定の剣を差し置いて騎士たちが騒ぎ始めて、その試合に参加しようとした義兄のケイのために宿まで剣を取りに行ったことで全てが変わった。

 

宿が閉まっていたので、仕方なく目の前に刺さっていた剣を引き抜いたのだ。それがたまたま選定の剣だった。

 

若きアルトリウスはその剣を引き抜いた時に初めて、人間らしい感情を、野望を抱いたことを覚えている。剣を引き抜き人であることをやめた平行世界のアーサー王とは、おおよそ真逆であった。

 

「たまたま……選定の剣をたまたま引き抜いただと? 全然参考にならねぇ」

 

その話を聞いたセイバーは当然ながら頭を抱えた。

 

「まぁ、選定の剣はマーリンが予言したものだったから、それが定められた運命であった可能性も否定できない。アレならば細工を施して私が剣を引き抜くよう因果を固定するくらいできるだろうし」

 

「それ、余計にオレが引き抜ける可能性が減っただけじゃねぇか」

 

“まぁまぁ”と宥めるアサシンをよそに、セイバーは肩を落として己の手の内にある聖剣を見た。ただ持っているだけでは、やはり真の持ち主とは言えまい。引き抜かなければ始まらないのだ。それなのに、セイバーにはどうすればこれを引き抜けるのか、サッパリ見当もつかなかった。

 

それから休憩がてら、セイバーがアサシンから分け与えられたブロック栄養食を口に含み、水分が奪われてもぞもぞと唇を動かしているとき。

 

「使い続けたものには意思が宿る、という話を聞いたことあるかい」

 

不意にアサシンがそのようなことを言い出した。

 

「なんだそれ」

 

「呪いの武具、聖別された聖遺物、それから魔術的な概念付与(エンチャント)……道具には、自然と使い手によってそのような効果が付与されることがある。例えば貴公の『燦然と輝く宝剣(クラレント)』もその類いだろう?」

 

「……まぁな」

 

モードレッドは朽ちた剣を布地に包み懐に仕舞うと、己の宝具たる銀の大剣を出現させた。王の威光を示すその剣は、生前にセイバーに奪取されたことでその性質を変化させたのだ。王を殺す、叛逆の剣へと。

 

「それと同じように、道具自体に意思が付与されることもある。具体例を挙げれば私の宝具である双剣がそれだ」

 

今度はアサシンがその手に剣を出現させる。二対の剣は双頭の竜の化身を表し、剣でありながら意思を宿す。

 

「『燦然と輝く王剣(クラレント)』と『燦然と輝く帝剣(フロレント)』……この世界においてモードレッドが握った剣と、剣帝ルキウスが握ったその兄弟剣」

 

それから“握ってみると良い”と言ってセイバーの前に差し出された剣を、彼女はおずおずと受け取った。手に持った瞬間、その使い手が込めただろう想念が流れ込んでくる。

 

「これは……」

 

「『燦然と輝く王剣(クラレント)』はこの世界のモードレッド。『燦然と輝く帝剣(フロレント)』はルキウスの人格がベースとなってその意思を形成しているらしい」

 

燦然と輝く王剣(クラレント)』から流れ込んでくるのは、この世界のモードレッドの記憶である。意図せず父の国を滅ぼした罪悪感と、それを仕組んだ己の母に対する憎悪。それらすべてを飲み込んで、双頭の竜の一柱となり一族を守護するという決意。

 

燦然と輝く帝剣(フロレント)』から流れ込んでくるのは、かつてアーサー王と敵対したローマ皇帝ルキウスの記憶である。かつての敵であるが、しかし共にローマを抱きし同胞となった一族。ならば双頭の竜の一柱となり、共に帝都(ローマ)を守護しようという決意。

 

剣帝に振るわれたその剣は一度アーサー王に敗北した後、宝物庫にて長らくの間眠りについた。しかし東ゴート王国治世化のローマにおいてその剣は再び日の光を浴び、東ローマ皇帝ユスティニアヌス大帝へと献上され、それが巡り巡ってドラコニオスへと下賜されたのだ。

 

「『燦然と輝く王剣(クラレント)』単体だけならともかく……私はこの双剣を生前に直接振るったことはない。しかし宝具として昇華された彼らはまるで長年扱ってきたかのように問題なく私の手に馴染んでいる。言うならば人馬一体ならぬ人剣一体だろうね」

 

「人剣一体……」

 

「あるのかないのか定かではないが、そこに意思があると仮定するならば、貴公は聖剣そのものに認められる必要があるということだね」

 

「……結局オレが聖剣に認められてないって現状は何も変わってないじゃねぇか」

 

「王に相応しいかどうかなんて不確かな基準を考えるよりも、聖剣という意思に認められると考えたほうが分かりやすいだろう? 要はどんな形であれ、担い手として相応しい価値を示せば良いということなのだから」

 

“試しに聖剣と一晩添い寝してみるとかどうかな? 意思を通わせられるかも”と冗談なのか、本気なのか分からないことを言い出すアサシンに対しセイバーは呆れた。そんなサッカー少年じゃあるまいし。

 

……なんだか聖杯から余計な知識を吹き込まれているような気がした彼女は頭を振る。

 

「というか、添い寝つったってもうあと一晩しかねぇじゃねぇか。明日なんだろ、あの赤のアサシンの城にカチコミに行くの」

 

「そうだね。もう既に天草四郎は大聖杯への干渉を始めている。こちらが戦いを完全に放棄すれば大聖杯は起動せず、彼の願いは叶わない。地下に籠もったまま動きのない我々に痺れを切らし、強制的に起動するつもりなんだろう」

 

それはつまるところ、天草四郎が王手をかけていることを意味しているのではないか。セイバーはそう訝しむが、何か策があるのかアサシンは平然とした様子であった。

 

「それまでに聖剣を引き抜けるかどうか……まぁ、こういうモノは場が盛り上がってからと相場が決まっている。戦いの中で貴公が価値を示せば、聖剣は自ずと応えるだろうさ」

 

「んな適当な」

 

「もしくは聖剣を抜くまでもなく一瞬で片がつく可能性もあるけれどね」

 

楽観的なことを言って笑うアサシンの姿を見ていると、難しく考えている自分が馬鹿に思えてくるセイバーであった。それにつられてか、不思議と心も軽くなる。

 

父を超えるため、父に己を見てもらうため、セイバー(モードレッド)はこの聖剣を求めた。だがその程度の心持ちでは剣は応えてくれないらしい。

 

聖杯と同じで、父を超える明確な手段が己の頭の内にあれば、その価値を示せれば聖剣は応えてくれるのだろうか。

 

「考えても仕方ねぇ、か。よし、もう一戦付き合えよアサシン」

 

「構わないとも」

 

剣を取り、二人は闘技場へと飛び降りる。体裁を整える間もなく始まった剣戟の応酬。火花を散らしながら鍔迫り合う中で、セイバーはアサシンに問う。

 

「なぁ、アサシン。一つ聞いて良いか、お前だったらオレに……モードレッドに王位を引き継いだのか?」

 

そして互いが剣の間合いから離れたとき、小休止とばかりに立ち止まる。アサシンはその質問に対し一瞬思考を巡らせると。

 

「……この世界のモードレッドは王位が欲しいとまでは言わなかった。だが、そうだな。もし彼がそれを求めたとしても、私はそれを与えなかっただろう」

 

そう答えた。

 

「……っ。理由は?」

 

「私にはブリテンの終わりがとっくに見えていた。終わりが見えていた国を誰かに引き継ぐほど、私は無責任じゃない。それに──」

 

風を纏った双剣が迫り、赤雷を纏った朽ちた大剣がそれに応える。風が地を裂き、赤雷が地を焼いて、まるで荒れ狂う嵐の中にいるかのような二人は周囲の状況など意に介さずにまっすぐに相手を見つめている。

 

「──彼は、王の器じゃなかった」

 

「そうか、よっ……!」

 

セイバーはその返答を受け取ったあと、大きく剣を振り抜いてアサシンの剣を弾き飛ばす。分かりきった答えだった。平行世界といえど同じアーサー王。そこにセイバーの求める回答があるはずもなく。

 

「……そうだな、やはりどう考えても彼は王には向いていなかった。いや、そもそも騎士にすら向いていなかったのかもしれない」

 

「ああ? んだとテメェ……」

 

眉を吊り上げ、剣を肩に担ぐセイバー。あろうことか騎士にすら向いていないとはどういう了見か。ともすれば侮辱である。その言葉の意味するところを解そうとしてセイバーは。

 

「私の知るモードレッドは少年だった。どこにでもいる、本来なら親元で暮らすべき、守るべき民の姿そのものだった。だから……王だの騎士だのと言って彼が剣を取ってしまうのが、私にはどうにも受け入れ難いんだ」

 

先ほどの剣幕はどこへやら、フードの奥で悲しげに眉尻を下げ、肩をすくめるアサシンの姿を見た。

 

それはきっと、人としてのアーサー王の側面で。

 

そこにいたのがセイバーの知るアーサー王であれば、そしてそれを見たのが生前であれば。きっと自分は叛逆をなすことなく満足して死んだのではないかと、そう錯覚させるような奇妙な充足感が彼女の胸を突く。

 

「……んだよそれ。意味分かんねぇ」

 

この世界の自分はあのアーサー王の姿を見たのだろう。そりゃあ、叛逆なんてするはずもないかとセイバー一人納得しつつ。後頭部を乱暴にかき回し、仕切り直しとばかりに朽ちた剣を構え直した。

 

「そうだ、良いことを思いついた。この試合に負けたら剣を捨てないか、モードレッド卿」

 

「はっ、言ってろ馬鹿が。勝手にテメェの思想を押し付けてんじゃねぇぞ。オレはアーサー王を超えると誓った叛逆の騎士だ。テメェの世界の坊っちゃんとは違う。舐めてると痛い目見るぜ、アサシンッ!」

 

 

 

 

「時は満ちた」

 

夜空に浮かぶ神秘の城、逆さまの塔の最下層にて、かつて聖者と呼ばれた青年が謳う。天草四郎は大聖杯の内側から帰還し、自分を待つ仲間たちの元へと帰還したのだ。

 

「今宵が人類救済の始まりとなる。大聖杯は私に応え、その力を遍く人々へと行使するだろう。魂の固定化、不老不死の法、第三の魔法──天の杯(ヘブンズフィール)を」

 

一歩、また一歩と階段を下りながら満足そうに頷く。

 

──とは言ったものの。

 

「しかし、流石に完全に無視されるのは予想外でしたね……」

 

先程の仰々しい態度とは打って変わって、困惑したようにボソリと呟く天草四郎(シロウ)

 

ルーラー率いる黒の陣営と赤のセイバーがアサシンと接触したと見られる時刻から、ぴったりくっきりその足取りが掴めなくなったのだ。秘密裏にこの空中要塞に攻め入る準備でもしているのかと思えば、まったくそんなこともなく。

 

何だったら聖女がホムンクルスの少年と地上のレストランで呑気に食事を楽しんでいる始末である。シロウとしては呆れるほかなかった。聖杯戦争の最中にデート気分とは恐れ入る。昼とはいえ一般市民ごと攻撃されるとは思わなかったのだろうか。無論人類救済を志すシロウが無辜の民を巻き込んでまでそのような無差別攻撃をする可能性は低いとはいえ、それはそれとして警戒はすべきだろうに。

 

「……おそらく、向こうは私たちが回収できなかった小聖杯を抱えている。小聖杯は大聖杯を起動するための鍵のようなもの、それがあれば持久戦に持ち込めるとでも思ったのでしょうか」

 

生憎ながら、天草四郎時貞は生まれついての魔術使いだ。彼の奇跡を成した両腕は宝具となり、あらゆる魔術に対する万能鍵のような性質を持つ。小聖杯がなくとも、聖杯大戦が途上だとしても、無理やり大聖杯を起動することが可能だった。確率としては一か八かであったが……現にこうして大聖杯から帰還した以上、彼の干渉は成功したのである。

 

「つまらん。連中は腰抜けばかりか。これじゃ大聖杯が起動したところで慌てて攻めてくることすら分からんな」

 

赤のライダー(アキレウス)が壁に背をもたれながら、機嫌が悪そうに口を尖らせて言った。彼は勇士との対決を望んでこの戦争に参加しているのだ。まさかこう何日も戦いがない日が続くなんて思いもしていなかった。率直に言って暇で暇で仕方がなかったのだ。機嫌が急降下するのも無理はない。

 

そんなとき、大げさに腕を広げ、まるで戯曲でも演じるかのように声を上げる人物がいた。

 

「おお! (たけ)る戦士、しかし敵には未だ相見えず、その荒ぶる闘志を一体どこにぶつければ良いのやら! “Now is the winter of our discontent!”……左様、今は不満という冬の季節。だが案ずるなかれ、やがて来る戦いの夏が、我らを眩い光で焼き尽くす!  待つが良い、戦士よ。嵐の前の静けさこそ、血の祝宴に最も相応しい前奏曲(オーヴァチュア)なのですから!」

 

彼は赤のキャスター……キャスターと言っても魔術詠唱者(マジックキャスター)の方ではなく物書きの英雄、数多の悲劇を世に送り出してきた英国のウィリアム・シェイクスピアである。

 

大物揃いの赤のサーヴァントたちの中で、まるで釣り合いを取るかのように戦闘面において自他共に無能を誇るサーヴァントが彼であった。

 

「それといい加減コイツのけったいな仕草をみるのも飽き飽きしたんだが。ちょっと令呪で黙らせてみねぇか神父さんよ」

 

辟易した様子で舌を鳴らし、親指で“コイツどうにかならんのか”とキャスターの方を指すライダー。

 

「そんなご無体な! 吾輩から語りを取れば何が残ると言うのですか!?」

 

だが言われた本人は全く反省の色を見せず、やはり大きな声をハキハキと祭壇に響かせた。

 

「珍しく気が合ったなライダーよ。我も此奴を黙らせておくべきだと進言させてもらうぞ、マスター」

 

そしてライダーに同調するように、赤のアサシン(セミラミス)もまた心底嫌そうな目でキャスターを睨んだ。どうやら彼は二人から相当嫌われたらしい。

 

「女帝殿まで!? 吾輩何かしましたか!」

 

キャスターは心外だと言わんばかりに声を上げる。

 

「うるせぇんだよマジで」

 

「騒々しいことこの上ない」

 

だがその態度を一蹴するように、二人から厳しいお声が寄せられたのだった。なお聖杯の与える知識によれば、当世において隣人トラブルの原因の堂々たる第一位は騒音問題であるらしい。さもありなん。うるさいというのはそれだけで精神攻撃となりうるのだ。

 

「令呪をそんなことには使えませんよ」

 

「なら俺たちはまだまだコイツのセリフ回しに我慢しなきゃならないってことか。はぁ……なぁ女帝さんよ。防音の魔術とかねぇの?」

 

「音を防いだところで、こやつは念話で語りかけてくるぞ。良いのか、ライダーよ」

 

「最悪だ。余計に煩くなるだけじゃねぇか」

 

音で聞いただけでもうるさいのに、それが脳内に響く? そんな状況、ライダーからすれば死んでもごめんであった。神性の鎧には残念ながらノイズキャンセリングなんて搭載されていないのだ。

 

これから繰り広げられる英雄たちの闘争劇を期待しテンションぶち上げ中のキャスターとは対照的に、ライダーはげんなりした表情を浮かべた。本来ならば勇士たちとの対決は、特に己の教師でもあった黒のアーチャー(ケイローン)との対決は歓迎すべきことのはずなのにだ。戦場にキャスターの声が響かないことを願うばかりである。

 

「ところで姐さんとランサーはどうした」

 

「二人には外敵への警戒に当たってもらっています。大聖杯の起動に気づいた敵がすぐにでも攻め込んでくる可能性がありますから」

 

祭壇の間に姿が見えない赤のアーチャー(アタランテ)赤のランサー(カルナ)はどうやらこの空中要塞の外周にいるらしい。自分もそっちに行っておけばよかったと、ライダーは今さらながらに後悔した。

 

「外から馬鹿正直に攻めてくる敵など、我の魔術に任せておけば容易く落としてやると言うのに」

 

一方、アサシンは“自分の実力が疑うのか”と不機嫌そうに腕を組む。

 

「私は心配性なので、すいません。貴方を信用しないわけではないのですが」

 

「……ふん」

 

そう言って曖昧に笑って謝罪するシロウから顔を逸らす。

 

そう。飛行機だろうと魔術だろうと幻獣だろうと、外から近づいてくる敵ならばアサシンは尽く撃ち落とす自信があった。この『虚栄の空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)』は彼女の宝具であり、城であり、工房そのもの。魔術師とは己の居城にて本領を発揮するのだ。外敵など取る足らない些事である。

 

故に、彼女が対応できない敵がいるとすればそれは内側から湧く敵(・・・・・・・)なのだろう。

 

「──?」

 

微かな異常、違和感にアサシンは気づく。

 

大聖杯は起動し、地上の霊脈から(・・・・)魔力を吸い上げ始めている。だが、水槽の水をスポイトで吸ったときに決して藻と水液を区別できないように、それは異物すらも吸い上げてしまった。

 

天草四郎の『啓示』は機能しなかった。異教のとはいえ、冥府の神の遺物によって隠されていたから。赤のアサシンは気配を感知できなかった。祭壇に大聖杯が放つ魔力が満ちていたから。その魔力の中に紛れ込まれたら、誰であれ見つけることなど不可能だろう。

 

だが幸運なことに、アサシンはギリギリ気づくことができた。虚空から現れた輝き、黒い帯から伸びた剣がマスターの背中を突き刺すその直前に。

 

そして。

 

「──シロウッ!」

 

それが彼の胸を貫く前に、アサシンは身を投げた。

 

己に突き飛ばされ、驚いたように目を丸くしてこちらを見る姿はいっそ笑ってしまいそうなほど間抜けで。

 

「セミラミス……!?」

 

そして己を案じるような声を聞いたと同時に、彼女の胸に深々と剣が突き刺さった。

 

「かは……っ!」

 

苦痛に喘ぐ声とともに、口から血が溢れる。

 

「貴公の言うとおりだ、赤のアサシン。馬鹿正直に外から攻めるはずもなし。入るなら内側からだと相場が決まっている。私たちが仕えた帝国も、そのようにして滅びたのだからね」

 

双頭の竜が刻まれし外套を纏った暗殺者が、残るもう片方の剣を掲げて宣言した。

 

「さて、赤の陣営諸君。終幕の時間だ」

 

そして今宵、女帝の鮮血と共に開戦の狼煙が唐突に上がった。

 

 






もう何話かで終わりそうな気配。

Q.ここからアサシンが生き残る可能性、あります?

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