アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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Apocryphaでしたこと【23】

 

 

緑の疾風が駆け抜けて、紅き霧を払っていく。暴風が耳を打ち付け、瓦礫の崩落の音すらかき消していく。

 

「どうした、こんなものかっ! 吸血鬼!」

 

だが、不思議とその声ははっきりと耳に届いた。良い戦士とは、戦場で良く声が通ることが条件のひとつでもあるのだろう。ギリシア最高の戦士の一角たるライダーの声は、韋駄天(かれ)が生み出す嵐の中でもしかと敵へ言葉を伝えた。

 

「鮮血よ、刃となれ!」

 

străpunge de eter(エーテルよ、敵を穿て)!」

 

そしてその返事と言わんばかりに、言葉とともに形を成して刃となった鮮血が、竜の血を啜った魔石がライダーへと投じられる。

 

だが、ライダーは“洒落臭ぇ!”とひと言叫ぶと眼前に迫っていた飛翔物の全てを卓越した槍術により弾き飛ばした。

 

鮮血は槍の穂先で切裂かれ、再び霧となって消える。エーテルは、槍の石突で殴られて霧散する。

 

「「再結晶(recristalizare)──ッ!」」

 

だが、ただでは終わらない。カウレスとエレインの二人はライダーに向けて互いに手を伸ばし、視界の中にある彼を握り潰すような仕草をした。

 

「──あ?」

 

瞬間、霧散したはずの鮮血とエーテルが再度固形化する。ライダーを傷つけず、しかし確かにその戦闘能力を阻害するように、まるで凍てついた氷が氷柱を出すように、ライダーの体に結晶が付着していく。

 

「ちっ……小賢しいッ」

 

血とエーテルで凍っていく体を振って、ライダーは張り付いた結晶体を割る。だが肉体の都合上、どうしても体の節々に結晶体が残ったままになってしまった。

 

そしてそれは、ライダーの神速を人の域まで貶める。船底にへばりついたフジツボが船速を著しく低下させるように、赤い霧と空の霜はライダーの足を引っ張った。

 

ライダーはそんな海中を進むかのような抵抗力を感じながらも、ただ目の前の敵を殺すために槍を振るう。だが、一歩遅い。カウレスとエレインの妨害策が功を奏し、ライダーの槍は宙を切り裂いた。

 

エレインは大きくバックステップして距離を取り、カウレスは切られた瞬間から霧化して攻撃を無効化する。

 

上手く行っている。人の力でも、目の前の半神は食い止めることができている。この調子でいけば、黒のアーチャーが来るまで持ちこたえられるかもしれない。

 

決して勝つ必要はない。二人はただ持久戦に徹し、援軍を待てば良い。それだけを目的とするならば、目の前の英雄に渡り合えるのだ。

 

一撃、二撃と槍を避け、常に一定の距離を保つことができている。お互いをカバーし合うことで、その距離を詰めようとするライダーの思惑を挫くことができている。

 

ライダーはギリギリのところで、敵との間にあるこのコンマ数秒で届いてしまいそうなあと少しの距離を踏破するに至らない。戦車を使えば別かもしれないが、肝心のライダーの戦士としてのプライドが、サーヴァントでもない現代の人間相手にそれを使うことを許さない。

 

「はっ、上等──!」

 

その気持ちの良いくらい溌剌とした瞳は“テメェらはこの身一つで下してみせる”と雄弁に語っていた。

 

エレインにはそう分かった。分かることができた。分かってしまった。

 

彼が戦車を使うことはないと。

 

だからほんの少し安心して──油断が生まれてしまったのかもしれない。

 

戦法が固定化され、考えることをやめてしまったのが命取りとなった。

 

「まずはテメェからだ女──その腕、貰うぞ」

 

「──ぇ?」

 

音もなく、何かが彼女の隣を通り抜けた。弾丸の如きその一投、宝具たる槍の投槍であった。

 

「ぁっ……がぁ……っ!」

 

「エレインッ!」

 

紅の鎧の内側から己の名を呼ぶ幼馴染の声を聞きながら、エレインは痛みと絶望で顔を歪ませる。

 

視線の先、体の右側を見下ろせば、そこにあるべきものはなかった。地面には神速の槍により痛みなく一瞬で斬り落とされた、かつて腕だったものが転がっている。

 

「あああ──っっっ!!!」

 

腕を抑えて、蹲る。叫びを上げてみっともなく転げ回る。陸に上げられた魚のように、己の血だまりの上で跳ねる。

 

「利き腕がなけりゃ、投石もできんだろ。それに令呪……は、使い切ってやがったのか。ま、どちらにしても脱落同然だ。女、二度と戦場に面出すんじゃねぇぞ。俺はこの槍で女は殺さんと誓ったが……次はない」

 

そして、切り落とした腕に令呪がないことを確認したライダーは、興味を失うとそれをエレインに向けて投げ捨てた。出血が多いが目の前の女は魔術師だ、すぐに止血すれば死ぬことはないだろう。

 

(こいつは黒のアサシンのマスター、殺してしまうのが一番だろうが……ま、黒のアサシンの方は女帝さんがなんとかするだろ。今はまず──)

 

投げたはずの槍が、ライダーの手に舞い戻る。

 

宙駆ける星の穂先(ディアトレコーン・アステール・ロンケーイ)』、それは地面に突き刺すことで、不死性すら無視した身一つでの一騎打ちを強制する結界を張ることができる宝具だ。

 

だが、その効果はライダーアキレウスが編み出した魔術(・・)が元となっており、この槍そのものの効果ではない。

 

それは文字通り、宙駆ける(・・・・)槍。イリアスの伝説において語られる一節に、こうある。

 

間一髪でアキレウスの槍を避けたヘクトール。しかしその槍は彼が気づかぬうちに、女神アテナの手によってアキレウスの手に舞い戻った。

 

つまり、アキレウスは投槍の名手でもあったのだ。己から逃げるヘクトールの背中に向かって何度この槍を投げたか分からない。そして投げるたびに何度も避けられたが……たとえ外したとしてもそれはすぐに、己の手に舞い戻る。

 

そうして常に肌身離れず、手元にあるという性質を宿す愛槍を手にしたライダーは、迫りくる一撃を柄で受け止めた。

 

「──先にテメェの相手からだ。吸血鬼ッ!!!」

 

「──ライダーァァァッ!!!」

 

愛しい人を傷つけられたことで、激昂した吸血鬼が血爪を振るう。霧になって逃げているだけじゃ、守りたいものは守れないと。形を成した怒りが彼女を傷つけた敵へと向かう。

 

「ようやっとまともに戦う気になったか! 良いねぇ、霧を裂くのも飽き飽きしてきたところだ!」

 

「黙、れぇ……ッ!!」

 

「安心しろよ、闘技場は展開しない。テメェはその力なしじゃ只の人だ。俺に身一つで渡り合うなんて真似はできねぇだろ。だがその代わりと言っちゃあなんだが」

 

ライダーは槍先を踊らせるように回転させ、好戦的な笑みを浮かべてそれを構えた。これから起こるだろう心躍る怪物の戦いに目を輝かせ、英雄は叫ぶ。

 

「せいぜい俺を、楽しませて見せやがれッ!」

 

 

 

 

彼が一度槍を振るえば、己の血肉が引き裂かれる。

 

二度槍を振るえば、五体のどれかが泣き分かれて。

 

三度槍を振るった時には、己の命はもうそこにない。

 

「それでも……ッ!」

 

カウレスは己の中の人間性が徐々に崩れていくのを自覚しながらも、その力に手を伸ばす。

 

人々の幻想が生み出した吸血鬼、母なる星の精霊とは真逆の過程でもって生まれてソレは……徐々に死徒(彼ら)と同じモノへとその姿を変質させていく。

 

それは進化論で語られる収斂進化──同条件、同環境に適応することで根本が違えど同じ機能を得る過程。

 

英霊を殺す(否定する)ための能力。

 

カウレスは今、ライダーとの戦いの中で己のなかにある色々なものを削ぎ落とし、それを獲得しようとしていた。

 

そして不幸か、それとも幸運か。羽化(そのため)に必要なエレインの血(栄養)は直ぐ側に大量に流れていた。

 

より強く、より速く、より大きく、より頑丈に。

 

「もはや人間の域を超えるか!」

 

「──────ッ!!!」

 

言語能力すら失った。もう、敵が何を言っているのかさえ分からない。

 

それでも、お前を倒すという心は忘れていない。

 

切られた腕は時間が巻き戻されたかのように即座に再生し、元に戻る。それは『英雄がいるならば、それに相対する怪物がいるはずだ』という人理の認識を利用した事象の固定化だった。ライダーが生きている限り、カウレスに死は訪れない。

 

そして切り落とされた腕は血の塊と化し、蠢いたかと思えば魔狼へと姿を変えた。

 

次の瞬間、統率された獣たちが敵へと襲いかかる。カウレス自身も背中に生えた血の翼で(くう)を蹴り、眼前の英雄へと迫る。

 

腕を振るえば、そこに数十の口腔が出現し、英雄の血を啜らんと殺到した。

 

「ちっ……マジか。こりゃちょっと想像以上か──?」

 

迫りくる猛攻、分裂した腕と使い魔たちによる大軍を相手するかのような連撃にさすがのライダーも冷や汗を流す。少しばかり、挑発が過ぎたかもしれない。

 

傷はない。この吸血鬼は神性持ちではない上、敵意を持った攻撃を放っている。かつて吸血鬼化した黒のランサーが放った種の増殖を目的とした吸血行為のようなものでなければ、ライダーの肌を傷つけることはない。

 

(だというのに、この妙に激しい消耗はなんだ──?)

 

ジワジワと、継続的に体の内側から魔力が抜かれていく感覚。それは例えるならば攻撃によるダメージは受けないけれど、持続的にヒットポイントが減少しているような感覚に近い。

 

「そうか、テメェ、存在するだけで俺の生気を吸ってやがるな? 面白れぇ。この俺を餓死させるつもりか!」

 

そのからくりは、周囲を見れば一目瞭然だった。

 

大広間一帯が、カウレスの肉体と一体化したように脈打ち、動いている。血の流れが一つの生命のように網目状に張り巡らされ、血管を形成している。

 

そう、それは黒のランサーヴラドⅢ世のスキル、『護国の鬼将』が持っていた領土を作り出すという能力。それが変質したもの。

 

今、正しくこの空間は吸血鬼の腹の中にあった。そこにあるだけで、人理の英霊たるライダーは魔力を吸われていく。

 

神性の鎧を纏った絶対不落のライダーを落とすための、唯一の方法。それは城攻めで例えるならば所謂『兵糧攻め』であった。

 

「ははっ、認めよう、テメェは俺が全力で戦うに値する怪物(そんざい)となった! 故に──」

 

手加減はもうやめだ。黒のアーチャーというメインディッシュを前にした前菜にしては食べ応えがありすぎる。手を抜けば胃もたれしてしまうに違いない。

 

それは血の滾る闘争を味わい尽くさんとするライダーとしては、本意ではない。

 

「悪いが前言撤回だ吸血鬼! 宝具を解放する! 今のお前なら合格だろう、互いに殴り合い(インファイト)と洒落込もうぜ!」

 

そしてライダーは“『宙駆ける星の穂先(ディアトレコーン・アステール・ロンケーイ)』!”と愛槍の名を唱え、それを投擲した。

 

それはすわ投げ槍かと身構えるカウレスの頭上で弧を描き、緩慢な軌道で地面へ向かう。

 

そしてかつてヘクトールを戦場に引きずり出した、まるでライダーの性格そのものを現したかのように純粋たる戦士の拳と拳のぶつけ合いのみが許された闘技場がたった今顕現──しなかった。

 

「は……? いや、お前それっ」

 

投げた槍は緩慢(・・)な速度で放物線を描いたのだ。それはエレインの腕を吹き飛ばしたときとは程遠く、カウレスが視線で捉え、防ぐことが出来る程度の速度でしかなかった。故に。

 

「それは流石に無粋が過ぎねぇか──?」

 

槍は地面に突き刺さる前に、地面から植物のように伸びた血腕によって受け止められた。地面に突き刺さなければ、領域は展開されない。誰かに握られてしまえば、それはライダーの手に舞い戻ることもできない。

 

今、正しく彼は無手だった。

 

■■■■■(アキレウス)──ッ!!!」

 

そして、理性を失った吸血鬼が号令をかける。瞬間戦場全体が蠢動し、不死の軍勢となってライダーに襲いかかった。血によって生み出された狼の怪物が、蝙蝠の怪物が、蛇の怪物が、あるいは蟲頭の怪物が。吸血鬼の伝承に組み込まれた怪物たちが、ライダーの神秘を宿した血を求めて、半神たる彼を己らと同じ吸血種へと堕とそうとして牙を剥く。

 

「……っ、『疾風怒濤の不死戦車(トロイアス・ドラゴーイディア)』!」

 

四方八方、360度からの面攻撃だ。身一つでそこから逃げること能わずと悟ったライダーは、宝具たる戦車を解放し強引に戦線を突破する道を選んだ。

 

敵軍の中央突破、それは機動力を持つ騎兵ならではの戦法である。

 

だが、それは諸刃の剣でもあった。

 

「クソッ、ペーダソスが持っていかれたか……!」

 

戦車を引く三匹の馬のうち、一匹が怪物の群れに飲み込まれ消滅した。今まさに生き残り戦車を引いている二匹、クサントスとバリオスは神馬であり死ぬことはないが、ペーダソスは彼らと違い不死性を持たないのだ。これによって戦車の速度、威力は実質的に低下した。

 

『召喚早々やられるとは、やはりペーダソスは我ら三馬の中で最弱ですね。解雇すべきでは? あいつ二軍にして外部から有力な選手連れてきましょうよ』

 

「うるせぇぞクサントス」

 

戦車を引く馬の片割れ、クサントスが“ブヒヒ”と下品に笑いながらそう言った。この馬は人語を解するのだが……如何せん性格が終わっている。常ならば槍でぶっ叩いて制裁するところなのだが、今は生憎槍がない。“どうせならコイツが死んどきゃ良かったのに”、なんてことを内心思うライダーであった。

 

──人の心がない馬の話は置いておくとして。

 

諸刃の剣と言った通り、戦車の解放はライダーに重い負担を強いた。それは馬を一匹やられたことだけではない。この宝具はすこぶる燃費が悪いのだ。

 

今や己のマスターである天草四郎の手によってライダーは大聖杯から魔力を受けており、加えて戦端を開いたあの場所で令呪を受けたおかげである程度魔力に余裕はある。だが、この吸血鬼の胃袋の中において魔力の大量消費は寿命を減らすのと同義であった。

 

ライダーは冥府の国の亡者のように、生気を求めて己に手を伸ばす怪物たちを蹴散らしながら思う。

 

(おいおい、急に一転してピンチじゃねえか。これだから戦場は面白れぇ……ッ!)

 

長々と戦車を展開してはいられない。そんなことをしていたら、いずれ魔力が枯渇して力尽きてしまう。となれば、選択肢は自ずと短期決戦に絞られた。すなわち、突撃からの一撃必殺。

 

先のように霧となられて逃げられ、持久戦を仕掛けられれば分が悪いが……今のあの理性を失った敵の様子なら、きっと真正面から己を受け止めるだろう。

 

怪物となった彼は、英霊を否定するという(さが)からは逃れられないのだから。

 

「ならば次なる一撃で終わりとしよう。テメェが死ぬか、俺が死ぬか。一か八かの一撃ってやつだ」

 

ライダーは求めていた闘争、命をかけた手に汗握る戦いに高揚を隠せず頬を吊り上げる。黒のアーチャーの戦いを前にこれほどの戦いを味わうことができるとは、予想だにもせぬ僥倖であった。

 

黒のランサーの能力を継承した現代の人間。戦士ではないが、怪物として己に立ちはだかった敵。最初は期待外れかと思ったが、存外腹の底には己が見るに値するものを抱えていたようだ。名は知らぬが、せめてその姿を覚えておこう。

 

だが、己の命までくれてやることはできない。彼は数千年を超えて巡り合った師に、その成長を見せねばならないのだから。

 

「クサントス、バリオス、あの吸血鬼目掛けて突っ走れ。肉片一つ残らず蹂躙するぞ!」

 

手綱を引き、上昇から一転、ライダーは急降下を繰り出した。目指す場所は一転、この大部屋の中央。領域の真ん中で羽化しつつある人理の敵だ。

 

「我が命は流星の如く──!」

 

紅の霧を切り裂いて、戦車が眩い光を放ち美しい軌跡を描く。黒く蠢く戦場の中にあって、その輝きは夜空に振り注ぐ煌星のように。

 

「『疾風怒濤の不死戦車(トロイアス・ドラゴーイディア)』──ッ!!!」

 

古代から現代まで語り継がれる人理の英雄の輝きが、夜を統べる王たらんと膨張する繭へとぶつかった。

 

 

 

 

耐える、耐える、ひたすらに耐える。

 

戦車の一撃など何するものぞと血の城壁が受け止めて、その質量、その速度、その力は血の海に溺れただ消費されていく。

 

光は儚く、風前の灯火のように消え去った。そして自我を失いつつあるカウレスは、ただ本能のままに戦車の上に立つだろう戦士へと手を伸ばす。

 

黒のアーチャーが来るまでの時間稼ぎ、などという理屈は忘れた。そして吸血鬼へと身を落とした憎悪の原因、傷つき倒れた彼女、守ろうとした彼女のことすら忘れつつある中で、“お前も、俺と共に堕ちろ”と、ただの怪物になってしまったカウレスがその(かいな)に英雄を抱こうとする。

 

だが──そこに、ライダーの姿はなかった。

 

「あの神父が言ってたぜ。確か吸血鬼は──心臓に杭を刺されれば死ぬんだったよな?」

 

不意に、背後から声が聞こえた。

 

「それに、やっぱとどめは己の手で刺してこそだろ」

 

その手にあるのは、カウレスが奪ったはずの槍だった。ライダーは最後の一撃と見せかけて、戦車から飛び降り槍を回収していたらしい。目の前の攻撃に集中するあまり、カウレスはそれ以外への認識が疎かになっていたようだ。

 

「じゃあな、吸血鬼。存外楽しかったぜ」

 

そして血の壁を貫いて、それはカウレスの胸に宿る吸血鬼の心臓を貫いた。

 

吸血鬼には、弱点が多くある。

 

日光。聖なる日の光にその身を焦がし。

 

十字架。神の威光、信仰の前に悪魔はひれ伏し。

 

銀製の武器。聖別されたそれは地獄にかの敵を送り返す。

 

そして──杭。とりわけ、聖樹とされるものを素材とした木の杭を胸に打たれれば、吸血鬼は灰と成りてこの世を去る。

 

そしてライダーの槍の柄は、奇しくも聖樹トネリコでできていた。

 

「──がは……っ」

 

鮮血の鎧が解かれて、ただの液体となり足元に血溜まりを作る。心臓を貫通した槍が肺をも穿ち、気道を遡った血液が口から溢れた。

 

だが、吸血鬼は止まらない。

 

「まだ、だ……! 俺は、まだ──!」

 

『英雄がいるならば、それに相対する怪物がいるはずだ』という事象の固定化が、更に彼を怪物を超えた何かへと変質させていく。かろうじて保っていた人の形すら崩して、その魂すらも腐敗させていく。

 

もう、これ以上は本当に戻れなくなるかもしれない。

 

カウレスがそんな予感を感じたとき。不意に、胸に掲げた(ケルト)十字が揺れた。

 

それは狂気を打ち払う、祈りの聖遺物。

 

「……あぁ、そうだよなエレイン。これ以上はダメだよな。俺は、吸血鬼じゃなくて人間なんだから。だから……」

 

大きく目を見開き、観念したように項垂れたカウレスは、しかしすぐに顔を上げ決意の籠もった眼でライダーを睨みつけた。

 

その眼に、薄ら寒い何かを感じたライダーはすぐさま槍に込めた力を強めようとして。

 

「だから、後は頼んだ──やっちまえ、エレイン……ッ!」

 

その手を止めた。

 

(『エレイン』。これまでの戦いから察するに、俺が腕を切り落とした女だ。そう言えば──)

 

ライダーは気づいた。目の前の男が吸血鬼に覚醒したあと、その女の姿を見ていないなと。

 

(死んだか? いいや、死んだら死体が残る。あるいは吸血鬼になったこいつに取り込まれたか? それもない。大事な女を傷つけられた怒りで命張って俺に立ち向かったやつだ。そんなやつが、半ば理性をなくしていたとは言えあの女を喰うとは思えない。そもそも名前を呼んだってことは──)

 

そして、ライダーの疑念がはっきりと言葉として浮かび上がった。

 

(この部屋の中に、ずっといた──?)

 

そして。

 

彼女は転移の直前に、己のサーヴァントから引き継いだ長く黒い帯の中から姿を現した。

 

ハデスの『隠れ兜』。古き冥府の神の聖遺物。それはギリシアの知恵の園、アカデメイアを継承した竜の一族が持つ現存する宝具である。

 

「──その心臓、貰います」

 

まるで腕を奪ったライダーへの意趣返しかのような言葉。それを聞き取ったライダーは、迷うことなく行動した。

 

槍は、吸血鬼の心臓に突き刺さっている。この男はたとえ死んでも引き抜くことを許さないだろう。だとすれば、頼りになるのは己の拳のみ。

 

故に、彼は拳を振りかざし、己の背後へと振り返る。

 

そこで見たのは。

 

「力を借ります、お母さん──ッ!」

 

亡き母が残した、宝具未満の聖遺物。ギリシアの大英雄が番えた神をも殺す毒矢を、残された左腕で振りかざす娘の姿。

 

そんな必死の表情を浮かべた、かつて見たアマゾネスの女王が如き美しき乙女の頭蓋に向けて、ライダーは拳を振り抜いた。

 

毒矢と拳が今、交差する。

 

 









小説での戦闘描写ってぶっちゃけどうなのだろうか。やっぱり冗長かな。たぶんあと2話くらいでエピローグです。

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