冬木でしたこと【1】
それは、何かが足りない世界の話。
人知れず起きた戦争に、重要な誰かがいなかった世界の話。
故に、世界の存続を願う意思はこう考えた。
この世界に足りないものがあるのならば、それを補うものを他の世界から連れて来てしまえば良いのだと。
──契約を。契約を。
かくて1994年、極東の地冬木にて。
僅かな期待と希望を抱いて、魔女はその地に舞い戻ったのである。
◇
【2004】
◇
“カツン……カツン……”と、暗い階段を登る音が響く。外はとっくに日が暮れ、この非常用階段を登る彼女の足元を照らすのは蛍光灯の僅かな光しかなかった。
(思ったよりも
一歩、また一歩と階段を踏みしめながら彼女は思った。昨夜に
(……いいえ、これは戦場全体を把握するための重要な
彼女は今も霊体化し、自身の側に控えているのだろうサーヴァントのことを思う。
昨日の深夜……いや、とっくに二十四時を過ぎていたことを考えれば
(思ってたのとは少し違ったけど。狙ってたセイバーじゃなかった上に)
そんな召喚されたサーヴァント──赤い外套のアーチャーには少し問題があった。
まず、自分が何者であるか分からないと言う。これは召喚に際し大ポカをかました凛の責任であるので仕方ないとはいえ……サーヴァントとは過去存在した英霊のことを指すのに、自分のことが分からないとはどういう了見であろうか。敵を知り、己を知れば百戦危うからずと言うが、敵も己も知りませんでは勝てる戦も勝てまい。
それともう一つの問題は、その召喚された男がとんでもなく皮肉屋であったことだ。その言動一つ一つが神経を逆撫でし癇に障るものだから、凛は貴重な令呪を自分の言うことを聞け、なんて曖昧な内容で無駄打ちしてしまったのである。
反省はしている。だが後悔はしていない。悪いのは言うことを聞かず、のらりくらりと自分の立場を曖昧にしていたアーチャーだ。ワタシ、ワルクナイ。
まぁ、そんなこともあったその翌日。凛は体調不良と称して学校をサボり、今日一日アーチャーを連れて冬木の街を案内していたのだ。
今日は同級生に会わずに済んで良かったと、凛は心の底から思う。せっかく学校では優等生で通っているのに、サボって街を散歩しているところなんて見られた日には最悪だ。魔術師として記憶処理の類の術は当然身につけているが、それはそれとして誤魔化すのは面倒なのである。
……いや、正確には約一名、その知られてはならない一般人とやらに会ったのだが。
『遠坂、お前学校休んだのになんで
と、呆れたように言う同級生の男子の顔を思い出す。しかし凛は。
(まぁ、あいつには大分前から私の本性知られてるし、別に良いか)
と、心の中で開き直った。
そして“カツン……カツン……”と、ずっと一定のリズムで響いていた足音が止むと同時に、凛はドアノブに手をかけた。
扉の向こうに躍り出ると、視界の上に広がる夜空と、眼下に広がる現代的な街並みが見えた。
「どう、見えるかしら。アーチャー」
高層ビルの屋上を突風が吹き抜け、凛の黒髪が揺れる。そして彼女は実体化したアーチャーに向かって振り返った。
「ここが聖杯戦争の舞台であり、そして私の一族である遠坂が代々管理してきた土地──冬木よ」
◇
ビルの屋上から人差し指を向けて、“あっちの橋の向こう側が深山町、それから橋を渡ってこっち側が新都”と、今日辿ってきた道を凛はこと細やかにアーチャーに説明する。
しかし、不思議と返事はなかった。口を開けば皮肉しか吐かないので、静かな分には凛としても別に構わないのだが。しかし、それにしては静か過ぎる。思えば家を出て街の探索に出て以来、凛はアーチャーの声を聞いていないことに気づく。
「それとあのお山が柳洞寺ってお寺がある円蔵山ね。……ねぇ、アーチャー。あなたちゃんと聞いてるの?」
「……あぁ。聞いているとも、マスター」
「そう? なら良いんだけど」
どこか酷く動揺しているような彼の様子に首を傾げつつも、凛は説明を続けていく。
「新都は結構歪でね、比較的新しい区画もあれば、まだ開発の済んでない区画もある。
「……マスター。一つつかぬことを聞くが、構わないかね」
「何かしら」
難しい表情を浮かべているアーチャーに向かって、凛は言葉を促すようにその目を見た。
「前に、この土地に
「
「──そうか、いや、なんでもない。単に興味本位で聞いただけだ」
“変なの”と妙に納得がいかない気分になりながらも、凛は説明を続けていく。
「それからあそこが昼間に行った教会、聖杯戦争の監督役の居城にして中立地帯ね。あんたが早々に敗北したら、私はあそこに駆け込むことになるわ」
などとアーチャーの癖が移ったのか、凛は皮肉げに言う。
「あぁ、やだやだ。私があそこに駆け込んでみなさいな。ぜっっったいにあのエセシスターにからかわれること間違いなしよ」
そして“あら、遠坂家の跡取りとあろうものが脱落してしまうだなんて、残念ね。……ぷっ”と、口に手を当てて凛を嘲笑うだろう幼馴染の姿を幻視した。うん、考えただけでも頭にくるな。
「教会……か。信用できるのか?」
「何を言ってるのよアーチャー。神秘の隠匿を担う教会が信用できないなら、聖杯戦争なんてやってられないわよ。まぁ、十年前の聖杯戦争のときは監督役が暴走したって話らしいけど……今の管理者は私の顔馴染みだし、信用できるわ。性格は終わってるけどね」
「……教会には孤児が何人かいただろう。彼らは、聖杯戦争に関わりがある人間なのか?」
「あぁ、あの子たち? あの子たちは教会が保護してるただの一般人……って、そうよね。教会に敗退したマスターが逃げ込むってなると、一般人がいるのは流石に不味いか。後でカレンに言っとかないと」
この街にある教会は、一人のシスターのもとで孤児院としても運営されている。身寄りのない子どもが何人か、そこで暮らしているのだ。
そしてかく言う凛も、何を隠そう教会にお世話になった経験がある。前の聖杯戦争で父が亡くなった後、父と親交のあった当時の神父──言峰璃正が後見人として凛の生活を支援してくれたのだ。
今教会にいるシスターは璃正の跡を継いだ孫で、凛と共に幼少期に寝食を共にした……まぁ、言ってみれば幼馴染のような存在だった。
「ありがと、アーチャー。流石にあの子たちのことまでは考えが回らなかったわ。意外と周りを良く見てるのね。もしかして、今日静かだったのはそのせい?」
「そうだな。私が置かれた状況をつぶさに見ていた、という意味ならば正解だ」
「む、何よその意味深な言い方は。もしかしてまだ私がマスターであることに納得がいかないわけ?」
「それはない。君がマスターであることは認めている。ただ……どうにもな、違和感が拭えない。それだけなのだ」
「はぁ、そう。その違和感って、もしかして他のサーヴァントの気配だったり?」
「いや、この違和感は私自身のものだ。聖杯戦争は関係ないさ」
「何よそれ」
違和感違和感って、あなたがそんなものを感じてる方が私にとっては違和感だわ。などと考えながらも。
「それじゃあ、説明は終わり。私はまだ本調子じゃないし、聖杯戦争は明日からが本番ってことで。今夜は帰りましょうか」
そう言って凛が踵を返し、登ってきた長い非常階段に続く扉へと手をかけたその時。
「一人、教会に来た小僧がいただろう」
アーチャーが口を開いた。
「やつは何者だ?」
「……私の同級生、心配しなくても、魔術のまの字も神秘のしの字も知らないただの一般人よ。マスター適性なんて欠片もないし、魔術回路自体も……まぁ、一般人にしてはそれなりのものを宿してるみたいだけど、一度も使われてないから励起してないし」
「そうか」
ここは、何かが足りない世界。
「あの小僧の」
何かが足りないからこそ、別の何かで補って。
「名前は──?」
その結果として、誰かが歩むはずだった運命が、変わることだってあるのだろう。
「はぁ? 変なこと聞くのね、アーチャー。あなたがそんなこと気にする必要はないと思うけど……はいはい、興味本位ってやつでしょ。教えてあげるわよ。別に渋るような情報でもないし」
胡乱な目でアーチャーを見つめながらも、“分かってる分かってる”と凛は手を振って、そして口を開いた。
「あいつの名前は士郎よ。■■士郎。ごくごく普通の、守るべき一般冬木市民。どう、この答えで満足した?」
凛の口から溢れたその名前を、アーチャーは上手く聞き取ることができず。
「そうか」
しかし、その名を聞いて彼は一言呟くと。
「そうか」
何度か見た皮肉げな嗤いではない、穏やかな微笑みをその顔に浮かべた。
「な、何よ気持ち悪いわね。士郎の話をしたらニヤニヤしだして……はっ、まさかあなた男色の気でも……!」
「待て、誤解だマスター。それは君の勘違いと言うもの」
「じゃあ説明してみなさいよ、今なんで笑ったわけ?」
「……」
さて、“きゃーっ”と目の前で黄色い悲鳴を上げているマスターにどうやって説明したものか。現界したアーチャーの今回初めてとなる敵は、サーヴァントでも世界の脅威でもなくそんな下らないことだった。
◇
『明日は学校があるから、よろしくねアーチャー。……はい? 聖杯戦争だろうとなんだろうと、私は自分の日常を曲げたりしませんわよ? 常に余裕を持って優雅たれが遠坂の家訓、有事の時こそ日常を保つのが優雅ってものでしょ』
などと自信満々に言い放ち、次の日の学校の準備を終えて眠りについた遠坂凛であったが。
その翌朝。
「……」
彼女はアーチャーが淹れてくれた紅茶を片手に、朝のニュースを視聴していた。機械音痴である彼女は滅多にテレビなんて使わないが……。
朝に弱い彼女はほわほわと曖昧な思考のままで、時計を見た。時刻は既に午前八時、本来ならばとっくに学校に到着している時間だ。しかし今日に限ってはそれは違った。
ガタガタと窓の揺れる音、びゅうびゅうと風が吹き荒ぶ音。外ではこの家が幽霊屋敷と呼ばれる原因だろう、庭に生えた背の高い木々がブンブンと頭を振ってるかのように揺れている。
魔術で防護しているため窓が割れることはないが、これは後の掃除が大変だろうなと内心凛はげんなりする。
「なんでよりにもよって今日なのよ……」
『異常気象! 台風直撃! 暴風警報発令!』
テレビから流れてくるのは、そんなインパクトのある単語ばかり。
『前触れも無く突如として冬木市に出現した台風は、そのまま移動することなく同市に留まっています。かつてない異常気象ですので、市民の皆様は警戒を怠らないように──』
「はぁ……」
ため息をついて、凛はテレビの電源を切った。
学校は休みだ。つい先程、担任の葛木からそう連絡があった。それもそうだろう、こんな暴風の中で授業なんてやってられまい。
そしてそれに呼応してか聖杯戦争も、雨天につき実質中止であった。こんな嵐のなかで戦うなんて、少なくとも凛はゴメンである。向かってくる敵を迎撃するならともかく、この嵐の中どこかの拠点を攻めに行くというのはある種自殺行為とも言えた。
サーヴァントからすれば神秘を宿さない現代の自然災害なんてどうということはないかもしれないが、現代を生きる魔術師としてはそうも言ってられないのである。
例えば凛であれば、その攻撃手段は魔術が刻まれた宝石の投擲であるため、理論上この嵐の中では命中率が一割低下するのであった。
(投げる弾丸全部に風除けの魔術とか、いちいちかけてらんないっつーの)
……しかしいくら九州とは言えまだ、二月なのだ。暖かい冬木と言えど、まだ二月なのだ。
だというのに──まさかの台風。
なんだそりゃ、悪天候で中断される聖杯戦争なんて前代未聞だろう。
「はぁ、今日は一日寝とくわ。それじゃあお休みアーチャー」
「待て待て待て待て」
「なによもう。せっかく休日になったんだから寝かせなさいよ。こんな暴風の中で攻めてくるマスターなんていないだろうし。家には結界だって張ってあるし……」
慌てて実体化したアーチャーが寝室に向かおうとする凛を呼びとめると、彼女は眠い目を擦りながら彼に抗議した。だが。
「君は本当に朝が弱いんだな。良く考えたまえ、突然前触れもなくこれほどの規模の暴風雨が発生することがあり得るのか? これは間違いなくサーヴァントの仕業だぞ」
「な、なんですって──ッ!?」
冷や水でもぶっかけられたかのように驚く凛を前に、アーチャーは“本当に気づいていなかったのだな”と呆れたように嘆息する。
「ほ、本当だわ。何よこの膨大な魔力は。……あまりにも大きすぎて、まるでそこにあるのが当たり前かのように気づかなかったみたい」
かっと顔に熱が籠るのを自覚しながらも、凛は急ぎ外出の用意を整えた。これがサーヴァントの仕業だというのならば、止めねばなるまい。遠坂家は冬木を管理する一族なのだ。人の土地で好き勝手するなんて許される話ではない。
術式を刻んだ宝石を懐に入れ、レインコートを被り、風除けの魔術を自身にかける。
「よし、行くわよアーチャー。この元凶をとっとととっちめてやるんだから──!」
そう言って彼女が玄関の扉を開けると。
“ゴォォォォ──ッッッッ!”と、雪崩のような風の塊が周囲に吹き荒れている光景を目の当たりにする。家の中へと侵入する突風はそれこそ乙女の体を簡単に持ち上げてしまいそうな勢いで。
「……やっぱり明日じゃだめかしら」
『……これ以上放置していると、どんどんと悪化する可能性があるが?』
「でしょうね……はぁ、気が進まないけど。行くしかない、か」
そして彼女は一歩、家の外へと踏み出した。
◇
雨粒が体を打ち付け、突風が行く手を阻む。まるで水中を進んでいるかのような感覚を覚えながらも、凛は台風の目、この現象の中心となっているだろう新都にある解体途中の廃ビルへとやって来た。
「これほどの現象となると、相当名の知れた風使いか、それか嵐の逸話を持つサーヴァントでしょう。となると真っ先に思いつくのは」
廃ビルの中に入り、凛はレインコートを脱ぎ捨てる。帰るのはサーヴァントを討伐した後だ、そのときにはもう雨具は必要なくなっているだろう。
台風の目、この嵐を引き起こしている中心のためか、廃ビルの中は外と違って風が凪いでいた。
『嵐の王──ワイルドハントか』
凛の言葉を遮るかのように、脳裏にアーチャーの声が響く。
「ちょっと、私のセリフを途中で奪わないの」
『おっと、これは済まない』
「まったく……」
嵐の王、ワイルドハント。それは死者の国から蘇り、生者を狩り尽くす亡霊の群れだ。日本風に言うなれば百鬼夜行のようなものだろうか。
そのため、嵐の王は特定の個人を指す言葉ではない。死者であれば誰しもがワイルドハントの一員になる可能性があるからだ。しかし。
「けれど、その中でも有名どころ……それも英霊として昇華されるレベルとなると限られてくるわね」
嵐の王の統率者は、地域によって異なっている。災害が人格を持った現象ともいえるため、その地域でも名のある英雄──亡霊が、その代表者として表されることが多いのだ。
『格の高い例で言えば北欧の大神オーディン、ケルトの獣神ケルヌンノス、ギリシアの魔術と冥府の神ヘカテーなどが挙げられるが』
「詳しいわねアーチャー。けどそこまでの……神霊レベルの存在はありえないと思うわ。彼らはサーヴァントとして、人間程度に御せる存在じゃない」
故に考えるべきは、かつて存在しただろう人の英霊たちだ。
星の開拓者、嵐の船団を率いたフランシス・ドレイク。
フィアナ騎士団の長として戦士たちを率いたフィン・マックール。
原初の大罪人たる魔人カイン。
そして──。
廃ビルの屋上に躍り出た凛と、実体化したアーチャー。彼らを見下ろすかのように、解体途中の屋根に一人の男が立っていた。
銀の鎧に身をまとった、清廉なりし騎士の姿。陽光のような金の髪が風に揺れ、この星の大地を宿したかのような翠の瞳が二人を射抜く。
そこから立ちのぼる魔力の濃さに、凛は思わず口に手を当て吐きそうになった。
だが、そんな彼女を安心させるように赤い外套に包まれた背中が前に出た。彼の両手には黒と白の双剣が握られている。
「下がっていろ、マスター」
そしてそんな頼もしき皮肉屋の声を聞いて、彼女は冷静さを保った。常に余裕を持って優雅たれ、だ。
それから勢いを取り戻し、頭上に立つ男を睨みつけて啖呵を切るように指を差す。
「その騎士甲冑、それから見えないけれど剣を携えたかのような立ち姿。あなたはきっとセイバーのサーヴァントね。そしてその真名はブリテンの騎士王、伝説の聖剣の担い手にして、
「いかにも」
その見た目によく似合う、美しくも清らかな声が凛の推理を肯定した。真名を看破されたにも関わらず、彼には一切の動揺が見られない。
「その通りだ、
本気なのか冗談なのか分からないことを口にしながら、男は地に突き刺していた不可視の剣を引き抜いた。
その剣を軸にした嵐が解き放たれ、激しさを増していく。
「嘘でしょ……これ、宝具じゃない。ただの魔術だ。キャスターのサーヴァントでもないのに、こんな大魔術が使えるなんて、なんてデタラメな存在なわけ……ッ!」
彼は汎人類史のアーサー王が持つような『
しかし生前彼に教えを授けたのはかつての大敵たる魔女であり、宿した才能は根源接続者として当然のもの。
それに加えて──。
「こんにちは、初めましてね遠坂凛」
現れたのは小さな少女だった。およそこの戦場に立つに相応しくないだろう、あどけない姿をした彼女は、凛の姿を値踏みするように見つめている。
雪のように白い髪を靡かせ、血に染まったような瞳。それはまさしく、遠坂と同じこの冬木の聖杯戦争の御三家の一つ、ドイツの錬金術師の一族が宿す特徴だった。
「アインツ、ベルン!」
アインツベルンの少女。生きる魔術炉心にして
「そして、さようなら」
無表情に、無慈悲に、無感動に。雪の精がそんな言葉を紡ぎ、彼女は五本の指に這わせた己の髪──岩をも切断する銀の糸を展開させた。
「生かす必要とか、ないから。やっちゃえ、セイバー」
「承知した、マスター」
「私はアインツベルンのマスターを、そっちはセイバーは任せたわよ、アーチャー。大口叩いたあんたの力、今ここで見せてもらうわ!」
「やれやれ、まさか初戦にかのアーサー王を相手取るとはな。些か
そして赤と銀の騎士が。赤と銀の魔術師が激突した。
「ばーか」
赤き瞳を愉快げに細めて、彼女は笑う。
「鞘を持ったセイバーは最強なんだから」
彼女が己のサーヴァントに嵐を呼び起こさせたのは、昼間にも聖杯戦争を執り行うためだ。
神秘の秘匿の原則にのっとり、聖杯戦争とは通常人目のつかない夜間に行われる。
であるならば、人目につかなければ昼間にやったって構わないのだ。
そうして彼女──イリヤスフィールは、なるべくこの愚かしい闘争を可能な限り手早く畳むべく行動を開始した。
華々しい戦果なんて要らない。手に汗握る闘争なんて要らない。戦場で織りなされる物語なんて要らない。
ただ、なるべく
遠坂も、
「あははっ、でもでも、もしかしたら」
決死の表情で迫りくる
「あなたは私を、殺してくれるのかな?」
遠坂家が得意とした転換の魔術──宝石魔術による弾丸を銀糸で生み出した鳥籠の如き壁で粉々に霧散させると、彼女は両手で地面に触れた。
「
それは錬金術の基本中の基本。物質の構成を理解し、物質の構成材質を原子単位まで分解し、新たなものへと再構築する技。
彼女の銀髪が伸び、廃ビルへと浸透していく。女の魔術師にとって髪は疑似神経──魔術回路そのものである。そうであるが故に、たちまちその建物は脈動し。
「ゴーレムは
仮初の命を宿し、創造主の敵へと襲いかかった。
「あはは──! 死んじゃえ死んじゃえ! 岩に食われて、ぐちゃぐちゃにすり潰されなさい、遠坂凛!」
大顎を開き、模造品の竜が遠坂凛に襲いかかる。材質は所詮そこらにある神秘を宿さない建築材であるため、それは彼女の宝石魔術によって容易く破壊される程度の強度しか持たないが。しかし、破壊された瞬間から直してしまえば、どうということはない。
イリヤスフィールはせいぜい敵の矢弾を減らしてくれることを期待し、岩の竜に仮初の生命を送り続ける。
そして高笑いで上下する彼女の胸に呼応するように、首にかけられたケルト十字のロザリオが静かに揺れるのだった。
五話分のストックができたので、一日一個投下していきます。
【注意事項】
この先魔術師に対するアンチ・ヘイトに該当するだろう描写と、イリヤスフィールの性格改変『的』な描写があります。最終的に納得できるような形で物語として収束させるつもりではありますが、地雷な人今のうちには精神防御としてブラウザバック推奨です。
てなわけでまた性懲りもなく続いたので、良ければ最後までお付き合いしてくれたら嬉しいです。
ではまた明日。