アーサー王(史実)がしたこと【1】
ブリテン島、コーンウォールのとある村に一人の少年が住んでいた。名をアルトリウスと言う。
養父のエクターと義兄のケイと共に暮らす彼は生まれながらにして優れた才能、優れた容姿、優れた頭脳、そして
本人のあずかり知らぬところであるが、前者の能力は彼がすでに亡きブリテン島の王ウーサーとその魔術師にして予言者マーリンによって生み出された理想の王の器から来るものであり、いわば人為的なものである。一方、後者の異能とは器ではなく、彼が持つ魂から来るものだ。
それは明日の天気が分かる。その日の夕食の献立が分かる。村に魔獣が出ることが予見できるといった未来視に近い能力であり、長じれば全知にもなり得る力。
なのだが、アルトリウスはそれを積極的に使うことはせず、唯一と言って良い活用方法としては前述した通りに天気予報だとか、そのくらいである。
というのも、アルトリウスという少年は意志が弱い。心ここにあらずと言うか、魂ここにあらずと言うか、とにかく受け身な性格なのだ。周囲から“白痴なのでは……?”と誤解されるくらいには。なので自発的に何かをすることはあまりなかった。
だって仕方がない。こんな世界の端にある島国の片田舎での暮らしに、刺激なんてものはないのだから。アルトリウスにとっての毎日の楽しみと言えば食事、養父から受ける騎士としての訓練、そして義兄との釣りくらいなものである。
だが、そんな日常が変わる日が来た。マーリンによって予言された新たなブリテンの王、それを選ぶ『
◇
「アルトリウス、剣を宿に忘れちまったから取ってきてくれ」
「
“自分で取りに行きなよ”とか、“騎士の息子のくせに剣を忘れるなんて”とか、そんな言葉が心に浮かんでくるが、アルトリウスはそれを飲み込んで渋々と宿に向かった。
選定の剣、王を選ぶはずのそれを引き抜くものはついぞ現れず、結果的に試合をして勝った者が王になることになった。らしい。そして義兄上はそれに参加するために剣をご所望のようだ。
「まさか義兄上がそんなものに興味があったなんて」
まぁ、男ならば誰しも憧れるものだ。かく言うアルトリウスも、叶うならば王になって諸国に覇を唱えてみたい。という気持ちは欠片なりとも持っている。
「そんな日々を送れたら、きっと楽しいだろうに……ん?」
ところで、騎士はその試合に参加するため、町民はその試合を見物するために広場に集まっている。つまるところ宿には誰もいないわけで。
「うわ、鍵が閉まってるじゃないか。裏口は……なさそうだ。窓も開いていないか、仕方がない」
仕方がないので、アルトリウスはちょっとそこに刺さっている上等そうな装飾の施された剣を引き抜いた。
「大丈夫、借りるだけだ。ちゃんと後で返す」
誰に聞かせるわけでもなく言い訳を言いながらアルトリウスは家族の元へと戻る。それは実に彼が義兄に散々叱られ、養父より出自を明かされるほんの少し前の景色だった。
◇
成り行きで王になることが決まったアルトリウスはアーサーと名前を変え、その後はこれまでの消極的な性格が嘘のように野望を胸に宿し、自身の目指す覇道を邁進した。
旅路を阻む魔獣、従わない王侯貴族、北の蛮族、島の外より来たる異民族、そしてそれらを呼び寄せていた卑王にして魔竜ヴォーティガーン。それらすべてをなぎ倒し、旅の道中に聖剣、その鞘、聖槍など強力な武装も手に入れた。頼りになる仲間も集った。
白亜の城キャメロットに居を構え、魔術師マーリンの薦めに従い自分と同じくコーンウォールで育った姫ギネヴィアを娶り、彼女が嫁入り道具として持ってきた大きな
「さて、ブリテン島は統一した。次は
アーサーは一人、地図を目にしながらうんうんと唸っていた。
「無理もない。隣に強大な勢力が生まれるのを阻止しようとするのは当然のことだ。カルタゴの故事にあるように。もっとも、この場合ローマは
ヒベルニアを獲れば次は東だ。
アーサーは玉座にて夢を膨らませる。これまでの旅路はとても楽しかった。これからもきっと、最高に面白いに違いないと。
無論、ブリテン島を統一したとは言え辺境の島の王は全ヨーロッパを従えるなど夢のまた夢だろう。だがアーサーの異能は、そこに可能性さえあれば掴み取る幸運と未来視とも言えるレベルの直感、否、啓示とも呼べるそれはアーサーの夢を肯定していた。
“
無論、アーサーの野望とは別に現実的な問題もある。ブリテン島は資源に乏しく、豊かな土地ではない。民を飢えから救うには他所から奪うか、優れた農法を手に入れる必要がある。そしてそのどちらも大陸にしかない。
「それにサクソン人たちの流入を止めるには水際作戦だけでは駄目だ。キリがない。こちらから打って出なければ……」
やることは多く、そして困難である。だが辛くはない。目指すべき場所があるというのは幸福だった。コーンウォールの片田舎で燻っていた頃よりずっと。
だが、アーサーの予感とは裏腹に、その覇道は阻まれることになる。
ブリテン島統一を境に、突如として国中に困難が襲った。疫病、災害、それにとどまらない。巨人、竜、妖精、魔獣に神獣……地上から姿を消すはずだった幻想種たちがアーサーに牙を剥く。
そしてアーサー自身全く身に覚えがないが、彼を憎む
アーサーが時計の針を進め、それが早すぎると押し戻そうとするような反動。アーサーがそれが運命的であると確信するのに、時間は要らなかった。
「さすがにこれはおかしい!」
全てモルガンが元凶かとも考え、直感に従うまま彼女の居場所を特定し捕縛しようともした。だが毎回直前で逃げられ、そしてその後を追おうとすればどこからともなく魔獣が現れ邪魔をするのだ。アーサーは何者かの作為を疑わずにはいられなかった。
そしてこれを解決するために、遺憾ながらもアーサーは彼女……否、アレに頼るほかなかった。
その相手とはつまり、例のひとでなしである。
◇
「それはきっと抑止力によるものだ」
「抑止力とは……? あぁ、いや説明しなくて良い。今
アーサーは目の前にいる美しい女性が口を開こうとするのを遮った。
マーリン、魔術師にして予言者であり夢魔の混血。
時には美麗な男性、時には妖艶な女性の姿を型取り、男女関係なく、異性だろうと同性だろうと誑かす色狂い。
アーサーは過去に“夢魔の混血だから情事が好きなのか? それとも特性上必要不可欠でやっているのか?”と聞いたことがある。
『色恋沙汰が引き起こす愛憎劇が面白いから』
そして帰ってきた返答は上記の通りだった。
人の夫や人の妻、果てはその両方に手を出しその後の展開を楽しむクズ。それがコレである。答えを聞いて以来、アーサーはコレとの接触を最小限に控えるようにした。関わると碌なことにならないからだ。既に実害も出ている。
王に即位して領地を見回っていたある日のこと、宿で休んでいるとマーリンが夢の中に入り込んで来たことがあった。それ自体は良い。コーンウォールにいた頃からコレが夢に入ってくることはままあったからだ。
なお、初めてコレを見たときに自分の母親ではないかと勘違いしたことがある。黒歴史も良いところだ。
夢の中に現れたマーリンは聞いてもいないのに今カノの愚痴とやらを聞かせてきて、
そして目を覚ました時にアーサーは命よりも大切な聖剣の鞘、『
「“識った”、ねぇ……不思議だなぁ。私は君にそんな機能は付けなかったのに、一体どんな理屈でそんな能力が身に付いたのだろうか。気になって仕方がないよ」
マーリンがしつこく身体を魔術で調べようとしてくるので、アーサーは鬱陶しいとばかりに彼女を押しのけた。
抑止力、世界のあるべき道を逸脱しようとしたときに作用する時代の監視機構。守護者と呼ばれる存在をその時代に派遣し直接的に干渉するほか、その時代の者を後押しする形で間接的に干渉する存在。
アーサーがたった今授かった知識によると、そんなところらしい。
「──は? つ、つまり私のやることなすこと全てが、決まりきった結末から逸脱しないように干渉を受けると?」
「うん、その通りだとも。ちなみにだけど、最終的にこの国は滅びる運命にある」
“することなすこと全部無駄”。マーリンが言うことはそれに等しかった。すでに歴史は開拓されていて、自分たちはその後を歩む者に過ぎないのだと。この時代を生きているはずのアーサーには、可能性を刻む権利など無いのだと。
「もっとも、固定されるのは結果だけであって過程は問わないのだけれどね。君の国がこの島の内側に収まろうが外側に広がろうが、最終的に滅びればそれで良かったはずなんだが……」
“君の異能がそれを許さなかったみたいだ”と、マーリンは続けた。曰く、抑止力はアーサーの異能に人理定礎──あるべき歴史を破壊する可能性を見出したらしい。
「さてアーサー、これを知って君はどうする?」
「どう、とは?」
「私だって君の覇道を見てみたかったんだ。でもその可能性は否定されつつある。君はそれに抗うのか、従うのか」
抗う、つまり人理定礎を破壊するのかどうかをマーリンはアーサーに問うていた。
「私としては是非とも君に抗ってみて欲しいかな。そっちの方が面白そうだ」
「……それが無駄であったとしても?」
「うん。だって私はそもそも結末まで見る気はないしね! 面白い瞬間があるならそっちを見てみたいとも!」
異なる可能性、異なる世界において男性のマーリンは人類のハッピーエンド、人類の織りなす一枚絵が好きだと言った。また女性のマーリンは人類の織りなす物語、それが永遠に続けば良いと言った。
だがこの世界のマーリンには分かりきった終わりなど興味ないし、終わりのない永遠も似たようなシーンの連続で冗長だと切って捨てる。
ソレは刺激的で面白いシーンを切り取って眺め、飽きたらまた次を漁ってを繰り返す。インスタントな快楽を享受する、永遠に満たされることのない存在であった。
かくして、マーリンは言いたいことは言ったとばかりに去っていった。部屋に残されたアーサーは一人思案する。
「私は……僕は……」
その日アーサーが味わったものは、紛れもない挫折であった。
◇
コーンウォール。アーサー王が生まれ育ったその地は、同時に彼の終末の地ともなった。
アーサー王によるローマ遠征は成功し、劣勢の中ブリテンは勝利を収めた。これによりブリテン島を取り巻く情勢は好転し、いよいよもって島は平穏を取り戻す、そのはずであった。
だが、世界はそれを否定する。本来あったが消された不和を再び生み出し、魔女の狂気を後押ししてブリテン島の勢力を二分した。すなわちアーサー王の内々の子、モードレッドの挙兵である。
ローマを下したアーサー王は反乱を予知していたかのように返す刀でドーヴァーへ強襲、すぐさまキャメロットを奪還したが反乱軍の逃亡を許し、西へ西へと戦場を転々とした。その過程で、国土の多くが荒廃した。
そしてブリテン島の南西、コーンウォールにおけるカムランの丘に舞台は移る。とはいえ、既に全ては終わっていた。丘には騎士たちの死体が積み重なり、流れる血は川となって跡を残す。屍肉を啄むカラスたちの他に生きているものは見当たらない。
「無様な」
やがて一人の人間がこの丘にやってきた。本来王の最期を看取るはずだった隻腕の騎士ではない。アーサー王の不倶戴天の敵、妖姫モルガンである。
モルガンは並ぶ死体の中で、憎き弟のソレを見つけ足蹴にした。うつ伏せに倒れる憎悪の対象であったソレの手には光を失った聖剣が握られている。
「
憎しみの中に僅かに憐れみの籠った声でモルガンは吐き捨てた。
「我が母イグレインを辱めたウーサーの子にしてその罪の象徴たるアーサー。我が
そう言ってモルガンはアーサーの死体を腕に抱いた。
「──?」
そのとき、彼女は違和感を抱いた。アーサーを殺せる可能性があるのはモードレッドただ一人だ。モルガンはそのために彼を作り上げたのだから。
そして、モルガンは彼にキャメロットの宝物庫より盗み出した宝剣、『
宝剣、そう、剣である。だというのに、なぜこの死体には
疑問に思ったのも束の間のこと、モルガンは背後から何者かによってその胸を貫かれた。
「久方振りの再会にこんな挨拶で申し訳ない、姉上」
「アー……サー……ッ!?」
「今回ばかりは貴公に感謝しよう。私そっくりの息子を生み出してくれたことに」
胸を貫く冷たい金属の塊、それは紛れもなくモルガンがモードレッドに与えた宝剣『
「貴様。モードレッドの死体を弄び、成り代わった、のか──ッ!?」
「真実を見抜く妖精眼は死体には使えまい。それと、同意の上だモルガン。弄んでなどいない。勝手な邪推は辞めて頂こう。貴公が思うよりずっと、私とモードレッドの関係は良好だったのだから」
肺に血が侵入し、モルガンの呼吸に異音が交じる。
「馬鹿な、今更私を殺してなんになると言う、のだ。貴様の国はもう、とっくに終わったのだぞ……ッ!」
「さて、別に貴公を殺すことが目的ではないのだが。まぁ、変に言葉を取り繕う必要もない、単刀直入に言おうかモルガン。『
アーサーは識っていたのだ。モルガンがアヴァロンを携えて、自身の死体を回収しに来ることを。
これが彼の選択、抑止力への抵抗、その第一歩である。
さて、アーサー王(史実)は何をするのでしょうか。
読者の皆様は蒼銀のフラグメンツを
-
履修してない(完全に知らない)
-
履修済(小説)
-
履修済(ボイスドラマ)
-
履修済(マンガ)
-
なんとなく知っている