アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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冬木でしたこと【3】

 

 

冬木市、未遠川(みおんがわ)流域に繋がる地下水路の中。一人の青年が退屈そうに、べっとりと血糊がついた刃物を握っていた。

 

「聖杯戦争ってすっげえよなぁ。映画みたいなスーパーパワーを持った奴らがドンパチ殺し合うなんて最高っていうか、もうホント『COOL』っていうかさ。でももっと真っ昼間に、ド派手に殺し合いとかしてくれれば良いのに、なんでこそこそやっちゃうかなぁ。正直、もったいないって思うんだよねぇ、俺」

 

ぽたり、ぽたりと水滴が滴る音とともに、男の声が闇の中で響く。

 

「なぁ、君もそう思うだろ?」

 

男──雨生龍之介はまるで誰かに語りかけるように、しかし応えが返ってくるはずもない独り言を漏らす。

 

もはや物言わぬ骸と化した、かつて少年だったものに向けて。

 

雨生龍之介は聖杯戦争に参加するマスターである。

 

彼は何の因果か先祖に魔術師の血が混じっていたらしく、その身に宿る|魔術回路──彼に言わせればオカルトの才能というものがあった。そしてたまたま実家の土蔵に転がっていた魔術書を読みとってしまったのだ。

 

それによって悪魔召喚の儀式を行った彼は七騎のサーヴァントの一騎、魔術師(キャスター)のサーヴァントを引き当てた。

 

呼び出されたサーヴァントは背信者ジル・ド・レェ。龍之介が殺人者の先達として『青髭の旦那』と呼んでリスペクトする、子供殺しの達人である。

 

彼の殺し方は凄まじい。まず、攫ってきた子どもたちに優しく接するのだ。そして“自分たちは大丈夫だ”と安心させ──そして殺す。

 

彼の持つ魔導書が呼び出す、異界の怪物たちを使って惨たらしく殺す。生きたまま四肢を引き千切ったり、頭に食らいついたり、外側から酸でドロドロに溶かしたり、体の内側から破裂させたり、生き残った方を生かしてあげると言って子ども同士で殺し合わせて、生き残った方も殺したり。

 

もう血が飛び散って(スプラッタ)飛び散って(スプラッタ)飛び散って(スプラッタ)、龍之介に言わせればそれは最高の『COOL』であり、咲き誇る死の花はまさに彼が目指す芸術の一つの完成形であった。

 

「だから旦那の真似して俺も内側から破裂? とかしてみたいんだけどさ。やっぱり人間だとどうしても無理なことってあるよなぁ……あーあ、俺が悪魔ならもっとキレイにできるのにさ」

 

龍之介は自分が人間であるという事実を、至極残念そうに受け止める。もっとも、殺された人間たちからすれば、彼は悪魔に違いない。

 

雨生龍之介は探究者である。

 

彼は死の美しさに魅入られ、殺すことでその芸術を探求する者である。

 

そのためならば手段を選ばない。これまでも、優に十を超える人間たちを殺してきた。主なターゲットは女性であったが、キャスターの影響を受けてか今では子どもをメインにその探求に勤しんでいた。

 

子どもは良い。純真無垢だから、攫ってきた男に“助けてやる”なんて言われてもすぐに信じてしまう。だから簡単に裏切られてくれる。そしてその断末魔を聞いたときの幸福は、ヌラヌラと赤黒い光沢に彩られた臓物を見たときの光悦は筆舌に尽くし難いのだ。

 

「まぁ、だから旦那に色々とコツ? を教えて貰おうと思ってたんだけどさ。旦那、“聖処女を迎えに行く!”なんて言ってどっか行っちゃって。いやいや、旦那ってあんなのがタイプなんだとびっくりしたもんだよ。まぁ、確かにキレイな(なかみ)をしてそうな女の子だったけど」

 

キャスターは現在この拠点にはいない。彼は生前見殺しにしてしまったフランスの聖女、己と共に戦場を駆け、しかし裏切りによって魔女として火炙りにされたはずの彼女を見つけたのだ。

 

何たる僥倖、この罪深い我が身にこれほどの幸運が舞い降りるとは、やはり神などこの世には存在しないらしいと、キャスターは嬉々として外に出て行ったのだ。

 

“もしその聖処女? とか言う女の子を連れて帰ってきてくれるんだったらさ、俺にヒラかせてくんねぇかな”と、龍之介はぼやいた。

 

雨生龍之介は殺人鬼である。

 

殺人という行為に真摯に向き合い、真面目にコツコツと進歩することを日々の幸福とする人間。つまるところ、単に生まれながらに殺すことに幸福を感じるだけの、ただの殺人鬼(ふつうのひと)なのであった。

 

「ねぇ、聞いてんのボク? もしもーし……って、あ、なんか喋らなくなったと思ってたら死んでたのか。良い声あげるから好きだったんだけどなぁ、この子。あーあ、勿体ない。次はもっと大事にしなきゃだな。反省反省」

 

そして龍之介は、興味を失ったようにグチャグチャになった肉塊を蹴飛ばした。

 

彼は死に興味があり、死を美としているのだ。既に死んだモノを弄くったところで、それは殺人ではなく単なる破壊に過ぎないのだ。

 

「──ん?」

 

そのとき。

 

カツンと、水路の中に足音が響いた。

 

「ああ、そろそろ旦那が帰ってきたかな。おーい、旦那ぁ! 貯蓄(・・)がなくなったからそろそろ補充(・・)しに行こう……って」

 

カツン、カツン、と足音が近づいてくる。龍之介はその足音の主が自分のサーヴァントであるキャスターのものに違いないと判断し、弾むような足取りで足音のする方向へと歩み出した。

 

その腕に刻まれた、マスターの証たる令呪がもはや消えかかっていることも知らずに。

 

「ん……? 旦那じゃ、ない……?」

 

暗がりの向こう側に人影が見える。それは一歩近づくごとにはっきりと像を結んでいき……そして、龍之介はその正体を正しく認識した。

 

「──お、()……?」

 

そこには、文字通り雨生龍之介が立っていた。

 

「うっわぁ、すっげえ。ドッペルゲンガーじゃん! これも旦那の魔術ってやつ? もう、こんなのがあるなら黙ってないでもっと早く教えてくれればよかったのに」

 

虚空に向かって、龍之介は呼びかける。だが返事はなく、あるのはただ自分と全く同じ姿、同じ仕草をする影法師だけ。

 

「……旦那ー? おーい?」

 

やはり返事はない。そこにあるのは、雨生龍之介の姿だけだ。

 

また、何か自分には考えつかないことでもしようとしているのかと龍之介は考え、頭をかいた。

 

すると自分の行動に呼応するように、目の前の自分も頭をかく。

 

「あー、魔術のことなんて俺にはさっぱりなんだけどな。んー、埒があかないし、取り敢えず──殺してから考えるか!」

 

ニッコリと朗らかな笑みを浮かべ、龍之介はナイフを持って、自分と同じ姿をした何かにそれを突き立てようとし。

 

「──ぁ?」

 

それが、単なる鏡であることに気づいた。

 

いや、正確にはそれは水面だ。波が立たない凪いだ水面は、光を反射し鏡のように空を映すことがある。龍之介が、見ていたのは、そんな宙に浮かぶ水面に映った自分自身だったのだ。

 

「なんだよぉ、ただの鏡かよぉ」

 

鏡の向こう側の自分と一緒に、龍之介は落胆して肩を竦めた。

 

それから、その鏡に映った自分に興味をなくし、引き返そうとしたところで。

 

彼は、自分の四方が鏡に囲まれていることに気づいた。

 

「え、なんだこれ」

 

上を見ても、下を見ても、左右に首を振っても、振り返っても。

 

鏡。

 

 

かがみ。

 

カガミ。

 

「あれ、というか」

 

そして鏡の中の自分には。

 

「俺の腕、どこいった?」

 

あるべき筈のものがなくなっていた。

 

「黒魔術、という魔術系統がある」

 

不意に、鏡の世界の中で女の声が響いた。

 

それは龍之介が知らない人物の声。こんなところにいてはいけない部外者の声。そして、きっとその声の主はさぞ殺しがいがあるだろう、蕩けるような美しい声だった。

 

「命は価値あるもの、という概念を前提として、その命を対価に神秘を為す魔術だ。要は生贄を差し出し、その等価交換として現象を引き出すものだな」

 

“命は価値あるもの、ね。それには賛成できる。なにせ命があるから、死はこんなにも美しいんだ”と、龍之介はその声に賛同を示そうとして。

 

己の喉に、ナニカ(・・・)が詰まっていることに気づいた。

 

「この黒魔術に従事する魔術師は皆、最初にある一つの事柄を学ぶことになる。それが何か、貴様には分かるか?」

 

“んー、キレイな殺し方とか? それとも証拠隠滅の方法? それなら得意だから、もしそうなら……すぐに黒魔術師になれちゃったりする?”と言おうとして、やはり喉にナニカが詰まっているせいで言葉がでなかった。

 

「答えは──呪詛(・・)への対策(・・)だ。キャスターの()マスター」

 

鏡の向こう側に、美しき魔女が姿を現す。雪のように白い肌、銀のように美しくも気品のある髪に、澄んだ湖のような青い瞳。

 

“うっわぁ、めっちゃ美人。お姉さん、俺に殺されてみない?”と言おうとして、龍之介はやはり、喉に詰まったナニカのせいで言葉を出せなかった。

 

「死を扱う以上、それは必ず呪詛が伴う。生贄に差し出した素材からの呪詛を真に受けないように、黒魔術師はまず真っ先にそれへの対抗策を学ぶのだ」

 

カツン、カツンと、龍之介を囲む鏡のなかで歩む魔女の足音が水路に響く。

 

「そして貴様は、自分がその呪詛への対策ができていると思うか?」

 

ずるりと、龍之介の喉に詰まったナニカが、外に這い出ようとした。

 

雨生龍之介には、天才的な才能があった。社会に紛れる才能、殺しの才能、そして証拠を隠滅する才能。

 

だがしかし、生まれてこのかた魔術師としての教導を受けたことなんてない彼は、死者から身を守る術は持ち合わせていなかった。

 

「話が変わるが、時に表現の一つとして、人は『殺す』ことを『命を奪う』と言うだろう?」

 

くつくつと魔女の笑う声が響き、龍之介の喉から這い出た何かが“ぺたり”と肉肉しい音を立てて地面に落ちた。

 

「実に的を射た表現だ。全くもってそのとおり。殺された人間の魂──呪詛は、彼らを殺した者の内側に宿り続ける」

 

龍之介は、己の喉から生まれ落ちたそれを歓喜とともに見つめていた。

 

それは肉の塊だった。彼の内側にあるべき、臓器の集合体だった。それが子どもぐらいの大きさの人型を取って、龍之介の前に立っていたのだ。

 

「お前を囲うこの鏡は、増幅器だ。延々と続く合わせ鏡は不吉なものとされ、負の要素をひたすら膨れ上がらせる。私はそうして膨れ上がった呪詛に、肉を与えてやったにすぎません。どうです? 男の身で子を産む感覚は」

 

龍之介の内から生まれた呪いは、もといた場所に帰ろうと、空っぽになった龍之介の腹をヒラき、暴いていく。腕を差し込み、噛みついて、咀嚼していく。

 

そんな中、常人であれば、悲鳴を上げて泣き叫ぶような状況にも関わらず。狂人(りゅうのすけ)は声を上げて笑っていた。

 

「どんな感覚、だって? あは、あっははははは──! ああ、まったくもって最高さ! あんたに感謝したいくらいに!」

 

「……は? ……チッ、真性の狂人だったか」

 

求めていたものとは真逆の反応を受け、魔女は不機嫌そうに舌を鳴らす。

 

「これが、俺の中身だって? ああ、ああなんて美しい! 一番キレイな(モノ)が俺の内側にあったなんて、そりゃ気づかないよなぁ。神様も、どうせなら教えてくれれば良──」

 

そして、恍惚とした笑みを浮かべながら、雨生龍之介は己の中身に食い尽くされて死んだ。

 

その様子を魔女はただじっと、腐った廃棄物でも見るような目で見つめていた。

 

「……心底気色が悪い。このような汚物が聖杯戦争のマスターなどとは、世も末だな」

 

生まれた怪物を迅速に処理し、残された死体を全て燃やしていく。神秘の隠匿、それが現代に呼び出された彼女の仕事の一つである。

 

「私なんぞに弔われたところで、救われることはないだろうが……貴様らの仇は取ってやった。それ以上を現世に求めるのはやめて、大人しく向こう側へと還るが良い」

 

魔術によって燃える死体は煙も出さず、灰も残さず、恨みも残さず、まるではじめからこの世に存在しなかったように虚空へと消えた。

 

「さて、キャスターは始末したが……しかしまったく、とんだ呪物を残したものだな。あの狂人も」

 

魔女の手の中で、キャスターの宝具──『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』が燃やされ消えて行く。湖の乙女の徒弟たる狂人が残したその本は、師によって跡形もなく現代から消え去ったのだ。

 

キャスターのサーヴァント、ジル・ド・レェは名ばかりの魔術師であった。彼は全く魔術を使えず、しかしそれでもキャスターのサーヴァントとなったのはこの本が原因である。

 

故に──令呪一画で魔導書を奪い、残る一画で自害を命じてしまえば、かの狂人はその魔力に逆らうこともできずあっさりと自らの首をねじり折ったのである。

 

宝具を盗む、という行為は彼女にとって得意とする事柄であった。

 

「本来なら交わることのない世界から異形の怪物を呼び出す魔導書、か。間違いなく『世界の存続を脅かす代物』だな。しかし、抑止力の言う危機がこの程度とは。何とも味気ないものですが、契約は果たされた。あとはのんびりと、この聖杯戦争の趨勢を見届けさせてもらいましょう」

 

それから魔女は一言呟くと、地下水路から姿を消した。後に残された痕跡は何もなく、ただほんの僅かに血の臭いが漂うばかりである。

 

「──『妖精妃に玉座なし(ロードレス・キャメロット)』」

 

 

 

 

【2004】

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……っ!」

 

嵐の中で、美しい黒髪を濡らしながら遠坂凛は肩を激しく上下させて息を吐く。

 

土塊の獣(ゴーレム)に魔石を叩きつけること数回、そこにあったはずの解体予定のビルはものの見事に粉々になっていた。

 

「これだけバラバラにすれば、さすがにもう再生はできないでしょう……!」

 

「ふーん、結構やるのね」

 

キッと睨みつける凛と相反するように、冬の妖精──イリヤスフィールは涼し気な、そしてつまらなさそうな表情を浮かべながらゆっくりと地上に舞い降りた。

 

「うーん、潰されててくれれば、愚かにもこんな嵐の中で外出した少女が建物の倒壊に巻き込まれて死んだっていうカバーストーリーが作れたんだけど。あーあ、せっかく後処理のことを考えてあげたのに、私の優しさを無駄にしちゃって」

 

「はっ、お生憎様。私が死ぬとしたらそれはハリウッドスターばりの大爆発の中でよ。そうやってせいぜい世の中にその死を刻みつけるくらいは、してやるんだから」

 

それに後処理をするエセシスターのことなんて、いちいち気にしてやるもんですか。せいぜい神秘の隠匿に奔走してれば良いのよ、あの性悪は──などと心の中で悪態をつきながら、凛は虚勢を張るように敵に向かって吠えた。

 

二人の実力の差は隔絶していた。遠坂凛は息も絶え絶えだと言うのに、イリヤスフィールの方はまるで遊んでいるかのように手加減している。

 

(それに、なんなのあの()は! たしかに女の魔術師にとって髪は重要なものだけど、それにしたってあんなふうに物を切断したり、準備もなしに魔術の触媒としてその場で利用するなんてできっこない!)

 

「何考えてるか知らないけど、全部無駄だからやめたほうが身のためよ」

 

「く──ッ!」

 

イリヤスフィールが僅かに腕を振れば、それに呼応するかのごとく髪が伸びた。鋼の如き硬度を誇るそれは容易くアスファルトの地面を引き裂いて、凛の真横を通り過ぎる。

 

「あ、いけない」

 

そして路駐されていた一台の自動車が真っ二つに切断され、爆発とともにこの嵐の中では奇妙に思えるほどの業火が舞い上がった。

 

その切れ味に凛は思わず息を呑む。ほんの少しでも横に跳ぶのが遅れていれば、真っ二つになっていたのは彼女だったのだろう。飛び散るのはガソリンと炎ではなく、鮮血と乙女の悲鳴になっていたはずだ。

 

「あんまり暴れ過ぎたら、普通の人たちに迷惑よね。もう、あなたが避けるから車を一台壊しちゃったじゃない」

 

「ふざけ──!」

 

凛は懐から虎の子の宝石を取り出し、返す刀にそれを投げつける。年単位で彼女の魔力を吸った強力な魔弾が、少女の命を刈り取ろうと殺到した。

 

もはやヤケクソと言わんばかりに風、火、水、地、そして空の五大元素の力を宿した魔石が爆裂する。並の人間を跡形もなく消し去る程度の威力。並の魔術師では防御も間に合わず四肢を吹き飛ばされる程度の威力。優れた魔術師であれば命は守れても、戦闘不能を余儀されなくなる程度の威力。たとえサーヴァントであろうと直撃すれば腕の一本や二本は持っていけるだろう威力のそれは。

 

「──うそ……」

 

しかし鉄壁の守りを前に霧散した。

 

絶句する凛の前では、繭から羽化する蛹のように、銀糸の塊の中から現れるイリヤスフィールの姿があった。

 

彼女の髪は魔術回路そのものであり、それはもはや核融合炉とも呼べる彼女の心臓と繋がっている。言うなればそれ自体が特級の魔術礼装──幻想種の革や鱗に匹敵する素材だった。

 

故に瞬時に己の身体を囲い、そして硬化の魔術を施してしまえば、自慢の髪が多少焦げ付く程度で済んでしまうのである。

 

「悪いけれどパーマなんてごめんよ、遠坂凛。私の髪を手入れしたいなら、せいぜい英霊並みの(ほうぐ)でも用意しなさい」

 

「……なるほどね。今回のアインツベルンはよっぽど本気と言うことかしら」

 

「当然でしょう。第四次(ぜんかい)第三次(そのまえ)で犯した失敗のツケが回って、あと一歩のところで聖杯に手が届かなかった。けれどもう、聖杯を汚染していた泥は存在しない。となればあとは前回と同じサーヴァントを召喚して、同じように勝利して、聖杯戦争の歴史に終止符を打つ(まほうつかいになる)だけだもの」

 

“まぁ、前当主が死んで知識の継承が不完全なあなたには知らぬことでしょうけど”と、嘲るようにイリヤスフィールが告げる。

 

「そういうわけだから、これは消化試合なの。アインツベルンが勝つまでの出来レース。あなたがここで頑張ったところで意味なんてないんだから、さっさと死んでくれないかしら」

 

「言ってなさい、この冷徹幼女! 私だって、この戦いには必勝の覚悟で挑んでんのよ!」

 

「覚悟で勝てれば苦労しないわ。悪いけど、そういう精神論は嫌いなの」

 

言葉の応酬とともに、互いの魔術が飛び交っている。そして凛の体には傷が増えていく一方で、イリヤスフィールは髪が少し磨り減るだけであった。

 

(あーもう。悔しいけど、私ではあいつに逆立ちしたって勝てっこない……!)

 

凛はおよそ自分の半分程度しか生きていないだろう年齢の少女を睨んだ。見た目の年齢は幼いが、しかしアインツベルンであるのならば彼女はホムンクルスだ。生まれながらにして完成された存在、成長という可能性を捨てた代わりに、最初から優れた力を持つ者。

 

時間があればいずれ凛とて目の前の彼女の実力に肉薄してみせよう。だが、彼女は未だ十七歳。成長という可能性を有しているが故に未完成である彼女では、今この場でイリヤスフィールに勝つことはできない。

 

故に彼女は、その手に宿る令呪を掲げて叫んだ。

 

「お願い、来て! アーチャーッ!」

 

サーヴァントはサーヴァントを抑え、マスターはマスターと戦うのがセオリーだが、ことここに至ってはそうも言っていられそうにない。

 

(作戦変更、セイバーは無視して、今は目の前のこの女に全戦力を集中させて──潰す)

 

そうして凛は真っ当な正面戦闘ではなく、マスター殺しへと方針を変えた。

 

そして。ここから数キロ離れたところで、人知を越えた戦闘を繰り広げていただろう彼の背中が凛の目の前に出現する。

 

「ごめんアーチャー、こっちがピンチだから呼ばせて貰った。先にアイツを倒して──」

 

二対一、数の有利を得た。ここから反撃開始だとばかりに凛は己のサーヴァントに声をかける。だが、彼から返ってきたのは。

 

「この大馬鹿者め!」

 

承諾の言葉ではなく、怒号であった。

 

「なっ、仕方ないじゃない! こいつハチャメチャに強いのよ! それにマスターさえ倒してしまえばこっちのもん、向こうも令呪でセイバーを呼ぶ前に決着をつけてしまえば」

 

「彼の王は令呪で跳ぶ必要なんてない、私がセイバーを引きつけていたというのに……! 分かっているのか君は! この距離ではまだ──聖剣の射程圏内だぞッ!」

 

「……え?」

 

自らが堕ちた穴の詳細も知らぬまま、しかし凛は優れた直感でそこに目を向けた。数キロ先のビルの上、アーチャーと戦っていただろうセイバーの碧眼が真っ直ぐに彼女を見つめている。

 

「──跳んだか、だが……『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』」

 

そして、彼はまるで気心の知れた友人の名を呼ぶかのような気軽さで、その聖剣の真名を唱えた。

 

(あ、やば)

 

眩い光の帯が眼前に迫るのを見て、凛は己が失策したことを悟った。

 

(私、また失敗した──)

 

「下がれ、凛!」

 

呆然とその光を見つめたままの(マスター)を庇うように、アーチャーが立つ。

 

セイバーに滾る魔力は、あれほどの威力を持った聖剣を連発(・・)できるほど潤沢である。

 

触れれば、英霊たるアーチャーの身をもってしても瞬時に蒸発してしまうだろう熱量を帯びた光。それを二、三度どころか、十を撃ってやっと目減りするほど宿した余りある超絶の神秘。

 

アーチャーはそんなセイバーを見て、瞬時に的確な判断を下した。あれをマスターに近づけてはいけないと。

 

故に彼はセイバーを引きつけながら、凛が聖剣の射程から逃れられるように行動していた。一対一でならば、たとえ聖剣を連発されようとも何とかその熱戦を避けて渡り合うことができる。

 

しかし令呪で呼び出された今となっては、避けることなど不可能である。避けてしまえば、その後ろにいる彼女が犠牲になってしまうのだから。

 

「──I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)

 

彼は幾度となく戦場で口ずさんできた呪文(ことば)を唱える。

 

選ぶ手段は、彼の異能たる宝具の投影ではない。彼の手札にある防御手段、投影された『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』ではとてもあの光を防ぐことは能わないだろう。

 

回避を選択すれば、遠坂凛は死ぬ。

 

防御を選択しても、遠坂凛は死ぬ。

 

故に、出し惜しみはできない。

 

どうしてもそれが避けられないと言うのならば、その現実を塗り替えてしまえ(・・・・・・・・・・・・・)

 

「──『無限の剣製(アンリミテッド・ブレイドワークス)』!」

 

かくしてアーチャーは己の本領、固有結界使いとしての力を解放した。

 

英霊エミヤ。多くを救い、より多くを殺してきた抑止力の守護者。そんなとっくに擦り切れた正義の味方が生み出す、剣の丘に。

 

己とマスター、そしてイリヤスフィールだけを引きずり込んだ。

 

「こ、固有結界!? あなた弓兵(アーチャー)なのに、どうしてこんな大魔術を」

 

「話はあとだ。しっかりしろ、凛! 今すべきことは、敵のマスターを倒すことだろう!」

 

「……っ、そうね。あなたのおかげで、セイバーとあいつを分断できた。令呪でセイバー呼び出される前に決着をつけるわよ、アーチャー!」

 

反撃開始とばかりに、凛は意気揚々と宝石を握り締めた。

 

『君が呼び出したサーヴァントが、最強でないはずがない』

 

そして内心、そう大口を叩いていた皮肉屋の彼のことを見直す。自分が呼び出したサーヴァントは、本当に最強と呼べる能力を携えていたのだ。

 

(なのに私は足を引っ張ってばっかりか……って、そんなこと考えてる場合じゃない。今考えるべきは、敵を倒すことだけ!)

 

そして凛の手から放たれた宝石(だんがん)が、アーチャーの意思により現実に投影された幾つもの宝具が、ただ一人の少女を殺すためだけに向けられた。

 

 

 

 

「固有結界かぁ、へぇ、こんな隠し玉持ってたんだ」

 

一発二発を防いだところで、剣の雨は止まらない。遠坂凛の宝石魔術程度なら髪で防御できるが、さすがに投影された宝具では彼女の鋼の如き銀糸も断たれてしまう。

 

令呪でセイバーを呼ぼうか、とも考える。だが自分の命なんか(・・・・・・・)のために、貴重な令呪を消費する気にはなれなかった。

 

もっとも、聖剣の鞘を持ったアーサー王であれば、令呪などなくとも固有結界内に飛び込むことが可能かもしれないが。あれは異界に続く路であり、舟でもあるのだから。

 

「あはっ、けど流石にこれは」

 

銀糸が剣の形を取り、無限に投影される贋作へと投擲する。しかし宿す神秘のレベルが流石に違いすぎるためか、イリヤスフィールの生み出した銀の剣(デーゲン)はアーチャーが生み出した剣にヒビを入れることはできても破壊することはできず、あっけなく霧散した。

 

一本に対し(デーゲン)二つでようやく相殺、といったところだろうか。

 

(まぁ、無理かな。見たところ剣の数に限りがない。無限の剣のさらに二倍なんて用意できるわけもないし)

 

“はぁ”と諦めたようにため息をつく。そんな絶体絶命の危機にありながら、しかし少女は虚ろな笑みを浮かべていた。

 

その小さな体躯に、いくつもの剣が突き刺さる。

 

作り物の体に痛みはない。作られた精神に恐怖はない。幾度と経験してきた死を、拒むことはない。

 

なにせ彼女は、自分の命に価値を見いだしていないのだから。

 

だって、そうだろう。

 

「──次の私(コンテニュー)が必要かもね」

 

替えの効く命に、価値なんてあるはずもなし。

 

 

 

 

「──おはよう、セラ、リズ」

 

棺を塞ぐ蓋を蹴飛ばしながら、イリヤスフィールは目を覚ました。場所はビルの屋上、先ほどまで戦っていただろう戦場を見下ろせる位置だ。セイバーの生み出す嵐は未だ続いており、吹き荒ぶ風が雨粒を運んでイリヤスフィールの銀髪を濡らす。

 

「おはようございます、お嬢様」

 

「おはよう、イリヤ」

 

そんな彼女の側で、古めかしい貞淑なメイド服を着た二人が傅いている。二人は雨に濡れることも厭わず、ただじっと主の言葉を待っていた。

 

「これが一回目で間違いない?」

 

「はい、これが一回目の蘇生でございます」

 

蘇生、彼女たちが目指すおよそ魔法の領域にある奇跡を経験しながら、イリヤスフィールはまるでそれが当たり前であるかのように粛々と己の体がそこにあることを確かめた。

 

「そ、良かった。記憶の欠落はないみたいね。……流石に一回目ならまだ大丈夫か。日に三回とか四回とかになるときついかもだけど……」

 

棺から立ち上がり、彼女は己が死んだだろう、煙が立ち昇る戦場を睨む。遠坂凛とアーチャーの姿は見えない。まだ固有結界の中にいるのだろう。

 

「聞こえる、セイバー?」

 

『聞こえているとも、マスター』

 

「あいつらが出てきたら殺すわ。あなたはアーチャーを、私は遠坂凛を。あなたの直感なら、固有結界が解除される瞬間くらい分かるでしょ?」

 

『……承知した』

 

「煮え切らない返事ね。もしかして不満があったりするのかしら?」

 

『まさか、そんなことはない。敵であるマスターを生かしておけば、どこかで別のサーヴァントと再契約する可能性がある。ならば殺すのが一番安全……というのはもっともなことだ』

 

「そ、なら良いけど。言っておくけど私は聖杯戦争に参加したマスターを全員殺すわ。一人の例外もなくね。魔術師なんて破綻者、生かしておいても価値がないもの。変な期待とか、命乞いとか、騎士道がどうとかで私の邪魔をしたら許さないから」

 

『……重々理解した。その言葉を、私は胸に刻みつけておくとしよう』

 

氷のように冷たく、しかし燃えるように赤い瞳を閉じ、イリヤスフィールは己のサーヴァントの言葉を聞いて満足そうに頷いた。

 

「じゃあ私は行くわ。セラ、リズ、あなたたちはもう帰って良いわよ。この調子なら二回目はないから、次の棺も片付けておいて。あ、そうだ。帰ったらお風呂入りたいから、お湯沸かしといてね。それから晩ご飯は和食が良い」

 

「「かしこまりました」」

 

そしてイリヤスフィールは二人のメイドに見送られながら、ビルの屋上から飛び降りた。作り物の銀糸の羽根を広げ、ふわりと地面に舞い降りる。

 

それから胸に掲げたロザリオに触れようとして。

 

「……あ、そうだった。あれは私の体の一部じゃないもんね。後でちゃんと回収しなきゃ」

 

その手が空を切った。

 

あれは、大事な宝物だ。決して手放してはならないものだ。蘇生についてくることはできないけれど、確かに己の一部なのだ。

 

だから、早く取り戻そう。

 

ただでさえボロボロで、穴だらけなのだ。これ以上何か欠けてしまえば、彼女は本当に人ではなくなってしまうかもしれないのだから。

 

「にしても」

 

地面に着地し、少女はおぼつかない足取りで歩き出す。

 

「また死ねなかったなぁ」

 

残念そうに、そう、ぽつりと一言呟きながら。

 

 

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