アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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【警告】

『イリヤスフィール』が抱える闇の一端が垣間見えます。魔術師に対するアンチ・ヘイト描写があるので注意してください。

つ(4/5)




冬木でしたこと【4】

 

 

「ほら、起きなさい遠坂凛」

 

「──ぁぁぁッッッ!?!?!?」

 

気が狂いそうなほどの激痛で、遠坂凛は目を覚ました。いつの間にか気を失っていたらしい。

 

(なに、なにがあったの。私は──)

 

視界に集中すれば、自分が仰向けに寝そべっていることが分かる。相変わらずの嵐の中にあって、顔面に容赦なく雨粒が降り注ぐ。そして視界の端には、敵対していたはずのセイバーのマスターの姿があった。

 

「ようやく目を覚ましたわね、まったく、魔術師のくせに痛みに弱いんだから。だめよ、この程度で気絶なんてしちゃ」

 

「なにを、言って──」

 

雨粒で濡れて、視界が歪む。それが気管に入って咳込んでしまう。

 

それを避けようにも、レインコートは倒壊した廃ビルの下にあり、傘なんてありはしないので、凛は仕方なく自分の腕で顔を覆い、降り注ぐ天涙から逃れようとした。

 

そして。

 

「──────」

 

彼女はその事実を、気を失う直前のことを思い出し、絶句し、絶望した。

 

「──────」

 

腕がなかった。

 

肩から先、令呪を宿した右腕も、遠坂家が代々受け継いできた左腕も。

 

「さっきよりは痛まないでしょう? 眠っている間にわざわざ痛み止めを打って、止血だってしてあげたんだから、感謝しなさい」

 

「何を、言っているのよあなたは……! 殺すなら、一息に殺しなさいな! こんなことをして何の意味が……ッ!!!」

 

遠坂凛は思い出す。

 

アーチャーの生み出した固有結界により、凛は目の前の白い悪魔とセイバーを分断することに成功したのだ。そして、全力でもってこれを討伐した。

 

それからアーチャーが固有結界を解除し、そして彼は、その場にいたセイバーに霊核(むね)を貫かれ、一息のうちに消滅したのだ。

 

『アーチャ──ッ!?』

 

マスターを倒したのだから、サーヴァントも消滅していないとおかしい。いや、そもそも。

 

『ご機嫌よう遠坂凛。私を見事倒してみせたのね、おめでとう。お礼と言ってはなんだけど、脚は勘弁してあげるわ』

 

殺したはずの女が、目の前に立っていること自体おかしかったのだ。

 

なぜ、どうして、いったいどうやって、偽物だった? 分身だった? そんなはずはない、あれは確かに本物で──。

 

そんな思考を巡らせる暇も隙もなく、遠坂凛の腕は銀糸に絡め取られたのである。

 

根本から切り落とせば良いものを、わざわざ網目状に糸を絡め、そしてミンチにするかのように遠坂凛の腕はバラバラにされたのだ。

 

「しょうがないじゃない。特に左腕は念入りに潰しとかないと、魔術刻印があなたを生かしてしまうわけだし?」

 

恨めしげに睨む凛の視線に気づいてか、イリヤスフィールはなんてことなさそうにそんなことを言ってみせた。

 

「……っ」

 

無いはずの腕が痛む。失った神経が、切離された遠坂家の魔術刻印(すべて)が凛の精神を苛んでいく。

 

遠坂凛は、どんな苦難にだって立ち向かえる強い人間だ。どんな壁だって、課題だって乗り越えられる。父が十年前の聖杯戦争で死に、若くして遠坂家の全てを引き継いだあとも、そうやって全てを乗り越えてきたのだ。

 

けれど。

 

けれど。

 

『ただ責め苦を我慢する』ということだけは、彼女が苦手とする行為なのだ。

 

「なんだって、こんな──」

 

「聞きたいことがあったの」

 

「……は?」

 

「だから、聞きたいことがあったの。あなたはこれから殺すわ。けど、その前に聞きたいことがあった。でも五体満足だと抵抗されるでしょう? だから両腕を捻り潰した。脚があるのは温情よ、これから反抗的な態度を取れば、脚も潰すわ。その次は目よ。その次は……うーん、舌はだめね。目を抉り出すか、耳でも引き千切ろうかしら」

 

新雪のように真っ白な髪を揺らしながら、その顔に純真無垢な疑問符を浮かべて、少女は凛にそう問いかける。それはまるで小学生が先生に分からない問題の答えを聞いているかのような、ごくごく普通の少女のような仕草だった。

 

「あなた、最低最悪ね。とても同じ魔術師だなんて思えないわ……っ」

 

「どうして? だって、魔術師とはそういうものでしょう? 魔術師はいつだって誰かを傷つける。他人の命なんてどうでも良い。自分の目指す魔道の探求ができれば、どんな非道だって犯す。そういうやつらでしょ?」

 

魔術師とは、『 (根源)』という始まりの零を目指し神秘を学ぶ探求者である。

 

彼らは人の身には届かない(いただき)をただひたすら目指して、その過程を子々孫々へと引き継いで行くのだ。

 

それはおよそ、人間には到底不可能な行為である。この世すべての始まり、世界すべてが刻まれた全知全能(アカシックレコード)に至るには、その過程で魔法使いになるか、怪物になるか、ともかく魔術師(にんげん)である以上届かぬ領域なのだ。

 

故に魔術師が最初に学ぶのは、『お前がこれから学ぶことは、全て無駄なのだ』という大前提なのである。

 

「違う! 確かに魔術師は非道を犯すこともあるけれど、それは魔術師としての誇りを忘れた外道のやり方よ! それに、必要以上に苦しみを与えたり、ましてやそれを楽しんだりなんかしない! 少なくとも、あなたのようにはね……ッ」

 

魔術師とはそんな場所を目指す破綻者のことを総称している。そうであるが故に、多くの場合彼らは人間性を捨て去るのだ。なぜなら『 』を目指す上で、人間性など至極余分なものだから。

 

凛に言わせれば、それは心の贅肉というものである。そしてそれを持つ凛は魔術師としては稀有な例であった。贅肉を持つということは富んだ者の特権であり、ある種の高貴さ、余裕の表れなのである。

 

常に余裕を持って優雅たれというのが、凛が父より受け継いだ遠坂家代々の家訓であった。

 

「……あっそ。けど心外ね、私だってあなたの悲鳴を聞いても、涙目で睨まれたりしても、別にちっとも嬉しくも楽しくもないんだけど。まぁ、そんなことはどうでも良いわ。私が聞きたいのはただの一つだけ」

 

嗜虐を愉しんでいるかのように言われたことが癇に障ったのか、イリヤスフィールは不機嫌そうに顔を歪める。

 

「遠坂凛、あなたはどうして魔術師になったの?」

 

それから彼女は、凛にとってとんでもなく馬鹿げた質問を投げかけてきた。

 

「……あなた、私を馬鹿にしてるわけ? そんなの、“どうして生きてるのか”なんて質問と同じことよ」

 

「馬鹿になんてしていないわ。純粋なる興味よ、遠坂凛。あと、次口答えしたら脚を潰すから」

 

水に濡れてキラリと照らされた銀糸が、主の指先に呼応し蠢いた。

 

それは遠坂凛の脚に絡みつき、まるでストッキングかのように彼女の下半身を覆い尽くす。

 

それはつまり、もう一度彼女が指を振れば凛の脚が腕のようにバラバラになるどころか圧縮機に押し込められた空き缶のようにすり潰されることを意味していた。

 

「……っ、私が魔術師になったのは、私が遠坂凛だからよ! 遠坂家は代々魔術師の家系で、私のお父様も当然魔術師だった! 私はお父様の娘として、それを引き継ぐ義務があったし、それを引き継ぎたいと思ったのよ! 魔術師とは私にとっての人生であり、魔術師でない遠坂凛なんてあり得ない! ……っ、この答えで満足かしら!?」

 

凛の脳裏に、十年前の記憶が蘇る。厳しかった父が聖杯戦争で亡くなる前、最後に自分に見せてくれたあの優しげな表情を。

 

魔術師として凛は父親を尊敬していた。彼のようになりたいと思ったし、彼がそうしてきたように、自分も遠坂の魔道を引き継ぎたいと思った。

 

父親が遺したものを継ぎたいと思うのは、娘として当然のことなのだ。

 

「ふーん、そっか。先祖代々、ね。じゃあ次の質問するけど、それは、この代償に見合う価値はあったの?」

 

「は──?」

 

目の前の少女の言葉が分からず、一瞬呆けてしまう。だが体に打ちつける雨粒の冷たさと、脚を締め付ける銀糸の痛みがすぐに彼女を正気に引き戻した。

 

「し、質問の意味がわからないわ。もっと噛み砕いて言ってくれないと」

 

「察しが悪いわね。じゃあ聞くけど──あなたは魔術師として、望んでこの聖杯戦争に参加した。そうよね? 巻き込まれたわけではないでしょう? だったら、無惨に殺されることは覚悟していたわよね? 己の尊厳が辱められることも、覚悟していたわけよね? この結末が訪れるかもって、覚悟していたはずよね? だからこそ、この聖杯戦争に参加した、そうでしょう?」

 

その通りである。これが戦争である以上、凛は父がそうであったように自分が死ぬ、という可能性も覚悟していた。

 

もっとも、そこに十七歳の少女としての無鉄砲さや、根拠のない自信や、あるいは優れた魔術の才能を持って生まれたことの驕りがあったのかもしれないが。だが少なくとも凛自身は、それを覚悟してこの戦争に参加したという自意識があった。

 

故に、凛はイリヤスフィールのその血に染まった瞳を真っ直ぐに睨みつけながらも頷く。

 

「そう。で、それほどの覚悟をしてまで参加した結果が今のコレ(・・)なんだけど、あなたの選択ってコレ(・・)に見合う価値はあったの?」

 

「……」

 

思わず絶句する。彼女の視界には“腕がなくなっちゃったし、これから命もなくなってしまう。200年続いた遠坂の魔道もぱぁになっちゃったね”と、凛の腕だった肉塊を手に取りながらつまらなさそうに目を細める白い悪魔の姿があった。

 

「あなたは魔術師にならなければ、もっと幸福に生きられたかもしれないわ。少なくともこうして、無様に私に殺されることはなかったはずよ。ねぇ、魔術師であるあなたの人生に、この結末に見合う価値は本当にあったと思う?」

 

それからその手にあった肉塊を、未だ生きようと足掻く遠坂の魔術刻印をイリヤスフィールは握り潰した。

 

そして光の届かない、深海のように暗い瞳を凛に向ける。

 

「二百年、二百年よ。この聖杯戦争という馬鹿馬鹿しい儀式が繰り返されて、およそ二百年。それだけ長い期間この殺し合いを繰り返し、多くの人を巻き込んで──その間、何が生まれたの? 犠牲に見合う価値はあったの? ないでしょう。ねぇ、遠坂凛。お前たち魔術師は二百年経ってたった一つの聖杯すら獲得できず、ただただ命を費やすだけだった。はっきり言って、魔術師という存在は何も生み出していないわ。その上で問うけど、遠坂凛。あなたは魔術師というものが、価値あるものだと思うの? あなたの人生は、その選択には、この結末に見合う価値はあったの?」

 

つまるところ、イリヤスフィールは怒っていた。

 

二百年、この聖杯戦争が起こされて二百年である。先代から円滑に知識を受け継がなかった凛は、これが引き起こされた魔術儀式でなく、偶発的(・・・)に降臨した聖杯を奪い合うものだと思っているが、しかしイリヤスフィールはその真実を知っている。

 

聖杯戦争とはアインツベルン、マキリ、遠坂が始めた人為的な魔術儀式であり、そこに神の意思なんてものはないと。ただ魔術師たちが己の望みを叶えるために、この地に戦争を巻き起こしたのだと。

 

これが、一度でも聖杯が手に入れられた、ということならば理解できよう。受け入れられよう。そこには少なくとも、『聖杯を獲得できた』という意味があったのだと。

 

あるいは、この儀式がなにか別の形で人の為に、世の中の為になったというのならば納得もできよう。

 

人を殺すための、戦争のための技術が人の世の役に立つこともある。例えば熱殺菌による瓶詰めはもとは兵糧のために生み出されたが、それは細菌学と長期保存可能な食糧生産に繋がった。例えば、近現代においてより円滑な軍事作戦を行うための人工衛星、GPS、インターネットは人々の繋がりを強め、現代社会にとって必要不可欠なものになった。

 

ならば、この聖杯戦争には何の意味がある?

 

イリヤスフィールという生き物は、アインツベルンが第三魔法を手に入れるために製造した小聖杯である。この聖杯戦争が終了した暁には、彼女はただ第三魔法を行使するだけの機械(どうぐ)になることが決まっている。

 

──そうだとして、それに何の意味があるのだ?

 

アインツベルンは第三魔法の成就が悲願である。じゃあ、それを達成したとき、そこには何が残るのだ?

 

何もない(・・・・)。彼らは第三魔法を使って誰かを救うだとか、社会を変えるだとか、世界を支配するだとか、そんな目的は一切持たない破綻した存在なのだ。

 

例えば、ある料理を作るとして、料理を作ったあとに人はそれを食べるだろう。それを食べるために、人は料理を作ったのだから。

 

けれど、アインツベルンは料理なんて食べない。初めから料理を作ることが目的で、それを作ってしまえば“あぁ、満足した”とその活動を停止してしまうのだ。

 

だとしたら。

 

彼らに作られた料理(イリヤスフィール)に、意味はあるのだろうか。

 

食べられることなく腐るだけの料理なんて、そんなもの、初めからなくてもなにも変わらないだろうに。

 

だからこそ、イリヤスフィールは知りたい。そこに何の意味があるのか、納得できる答えを得たい。

 

あるいは、ただ自分に共感してほしい。“その通りだ”と同調して欲しい。そうしてくれれば、この空虚な心が多少は満たされるかもしれないから。

 

「舐めるな、アインツベルン」

 

けれど、彼女のそれは求めていた答えではなく。

 

「私の人生に価値があったかですって? 当然よ。だって、自分の人生の価値なんてものは、結局のところ自分で定めるものなんだから」

 

遠坂凛という存在を表すかのような。

 

「私は、私自身の決断でこの道を歩んできた。たとえその結末があなたに殺されるというものだったとしても、それが無価値だなんて言ってやらない」

 

全くもって理解できない、思考(ありかた)だった。

 

「……っ、魔術師なんて、他人を傷つけることしかできないくせに」

 

「そうやって他人を基準に考えるなら、魔術師は確かに無価値でしょうね。……あぁ、そういうこと。あなたって──とっても哀れな生き物なのね」

 

「──ッ」

 

「結局、あなたの言ってることは、あなた自身を表してるのよ。あなたは自分の人生をそう(・・)だと思ってるから、他人の基準でしか価値を見──」

 

「うるさい、もう良い。黙りなさい」

 

求めていた答えが得られなかったせいか、イリヤスフィールは気分を害したかのようにそう言って、遠坂凛の首筋に銀糸を這わせた。

 

「かふ……っ!」

 

綺麗に頸動脈に傷をつけられたことで、ドクドクと温かな鮮血が溢れていく。打ちつける雨が彼女の熱を奪っていき、やがてその瞳からは、光が消失した。

 

雨に打たれながら、イリヤスフィールは立ち上がる。彼女は理解できない、受け入れられない思考を持った人間──たった今、嫌いになった遠坂凛という少女を野ざらしにしたままに。

 

戦場の後処理は聖堂教会の監督役がしてくれるだろう。彼女の死にも、教会が何か適当に理由をつけてくれるに違いない。

 

「ねぇ、セイバー。あなたはどう思う? 魔術師に価値があると思う?」

 

ずぶ濡れになった彼女は酷く体温を奪われたせいか、ぶらりと体を震わせながら縋るように、姿を見せない自分のサーヴァントへと声をかけた。

 

「私は全くそうは思わないわ。だって、魔術師ってみんな『 』とか言うよく分からないものを目指して、過去に向かって進んでいくのよ? 未来を目指す科学は、人々を豊かにするわ。それは普遍化され、やがて人類全てに恩恵をもたらす。けれど、神秘という学問は違う。どれだけ凄い発明をしても、それは秘匿される。誰かを救うことはないし、人々を豊かにすることもない。おまけに、どこかの魔術師が一人『 』に辿り着いたところで、他の人間には全くもって恩恵がないのよ? これが科学なら、例えば誰かが月に至ったとき、その技術は人々の生み出した大いなる知恵として次代に引き継がれていく。けれど、神秘は違う。一人が『 』にたどり着いても、はい、終わり。他の人にはなんの恩恵もありませんなんて、馬鹿馬鹿しいにもほどがあるわ。他人の命を食いつぶしておきながらそこに至っておいて、全くもって天秤が釣り合ってないと思わない?」

 

科学は、犠牲を伴って発展してきた学問である。医学であれば、人体の仕組みを理解するために多くの人の死を利用してきた。

 

しかしその対価として、人々はあらゆる病、傷に対する知見を得た。それは言うなれば一人の人間を解体し、犠牲にすることで、多くの人間を救う知恵を得るという等価交換である。

 

では一方。神秘学はどうか。例えばこの世すべての人間を代償にし、一人の魔術師が『 』に至ったとしよう。

 

……で? だから? それがなんなのだ? 数多の犠牲を対価にし、たった一人が使うことができない無能な全能に至ったところで、何が得られたのだ?

 

何もない。そこにあるのは一人の魔術師が『 』に至ったという結果だけだ。それだけだ。それが全人類を救うかと言われれば、そうではない。それが人類社会の幸福の総量を増やすのかと言われれば、そうではない。

 

言ってしまえば誰かが『 』に至ろうと、至らなかろうと、他人にはなんら一切の関係がないのだ。

 

「……魔術師には、魔を討伐するという役割もあるだろう。死徒や魔獣は、現代の人々では対抗できない脅威だ」

 

マスターの疑問に対し、セイバーは一般論としての魔術師の価値を述べた。だがイリヤスフィールはその言葉を嘲るように鼻で笑う。

 

「人の手に余る怪物退治が必要なら、聖堂教会の代行者で良いでしょう?  世界存続の危機を防ぐ必要があるなら、抑止力の守護者で良いでしょう? 魔術師じゃなきゃダメな理由って、なにかしら? そもそもそれって魔術師自体が脅威になる事例と、釣り合いは取れているのかしら?」

 

一般人には対抗できない神秘、表の社会の裏に潜む闇、そういったものに対抗するのもまた、魔術師の役割ではある。

 

だがその役割は、聖堂教会の代行者とバッティングしている。彼らは魔術師と違い信仰に根ざし、異端を許さないが……しかし魔術師と違って、一般人を犠牲にするような教義は持っていない。

 

他方、世界の危機に対抗するというのも魔術師の役割である。人類全体ではどうしようもない破滅の危機が訪れたとき、そういったものに対抗したり、未然にその危機を防ぐのもまた魔術師である。

 

だがイリヤスフィールに言わせれば──それはそもそも、抑止力という世界の機構(システム)があるからいらない、という話だった。

 

むしろ、魔術師こそが世界の危機になることが往々にしてあるのが魔術世界なのだ。だというのにそれから世界を守っていますだなんて、マッチポンプも良いところだった。

 

「分からない、分からないわ。だから私にとっては」

 

故に彼女はこう断じる。

 

「魔術師なんて無価値よ。いいえ、魔術師どころじゃない、時代の流れに逆らい、過去に縋らんとする神秘学そのものが無価値だわ。それは無駄であって、無意味なのよ。奴らは世界に必要ないの、だから私は聖杯戦争に参加した馬鹿な魔術師は、全員殺すわ」

 

それは単なる、理由をつけた逆恨みでもあった。

 

彼らには選択肢があった。聖杯戦争に参加せず、魔道を志さず、人としての幸福を目指す権利があった。

 

──自分には、選択肢なんてなかったのに。

 

だというのに、彼らはそれを捨ててこの戦場に来るのだ。だったら、死んで当然である。

 

そしてイリヤスフィールは、蘇生に際し手放してしまった血に塗れた環十字を再び己の首にかけ、ただ一言“もういっそ神秘なんてもの、この世からなくなれば良いのに”と、そう呟いた。

 

 

 

 

『あなたは自分の人生をそう(・・)だと思ってるから、他人の基準でしか価値を見──』

 

うるさいなぁ。

 

私より弱いくせに。今にも死んじゃいそうなくせに。自分の選択で、酷い目にあったくせに。痛みで言葉を紡ぐのも億劫なくせに。

 

見透かしたようなこと言わないでよ。心底ムカつくわ。

 

惨たらしく殺されてよ。“死にたくない”って無様に命乞いしなさいよ。生きることを楽しめるやつは、そんな最期がお似合いなのに。

 

ぐちゃぐちゃにすり潰してやれば良かった。首を掻っ切るんじゃなくて、足の先からちょっとずつ切り刻んでやるべきだった。

 

そうしたらあいつも、“魔術師にならなければ良かった”と思い知っただろうに。

 

本当に。

 

『自分の人生の価値なんてものは、結局のところ自分で定めるものなんだから』

 

本当に、癇に障る。

 

うるさい、うるさい、うるさい。

 

そんなもの、あるわけないでしょ。この私に。

 

自分の人生の価値は、自分で決めるもの?

 

だったら、もう既に自分をなくして『小聖杯(イリヤスフィール)』になっちゃった私の価値は。

 

一体誰が、見つけてくれるって言うんだろうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『全て遠き理想郷(アヴァロン)』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






次でストック切れるので連投は終わりです。
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