アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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つ(5/5)




冬木でしたこと【5】

 

 

「あっちゃあ……私、死んじゃったか」

 

まるで水の上に浮かぶ船に乗っているかのようにぷかぷかと揺れるような心地の中、遠坂凛は幻想の中で独り言を呟いた。

 

死というのは冷たいものだと思っていたが、存外温かなものであるらしい。少なくとも凛は現在進行形で、それを感じていた。

 

「で、これは走馬灯ってわけ? ホントにあるのね、こういうの。ただの創作かと思ってたわ……まぁ、そりゃ死んだ人間に“走馬灯はありますか”なんて聞けないか」

 

凛の視界には、かつて経験した己の人生が再放送されていた。伝え聞く走馬灯そのものである。

 

「いや、よく考えれば死霊魔術(ネクロマンシー)なら死者にも聞ける……けど、いちいち死者を呼び出して“走馬灯ってあります?”なんて馬鹿馬鹿しい質問するわけにもいかないしね。その答えを得たところで、死霊を呼び出す労力に見合ってないし」

 

あまりに劇的に死んでしまったせいか、現実逃避のようにどうでも良いことに頭を使ってしまっていることに気づき、凛は頭を振った。せっかくの走馬灯なのだ、今は目の前の景色を堪能しよう。

 

視界の中では、幼い自分が魔術の鍛錬に勤しんでいた。年頃はおよそ、今より十……いや、もっと前。十二年くらい前だろうか。

 

『桜! 見て、これ、私の初めての宝石!』

 

なにせ、幼い遠坂凛の隣にはかつて妹だった少女がいたのだから。

 

『すごい! キレイ! 姉さん(・・・)が作ったの?』

 

「──驚き。私、昔は桜に『姉さん』って呼ばれてたのね」

 

もうずっと前だから忘れていた記憶を、凛は驚きとともに受け止めた。

 

桜、遠坂家から御三家の一つ、間桐家に養子に入ったかつて妹だった人。一度も姉だなんて呼ばれたことはないと思っていたけれど、どうやらそうではなかったらしい。

 

目の前では姉妹らしく、幼い自分と幼い桜がじゃれ合っていた。

 

『いや! 桜になんてあげない! これは私のものなんだから!』

 

『うぅ、お母さん、姉さんが意地悪してくる!』

 

『な、なによ! あげないとは言ったけど、貸さないとは言ってないわ! えっと、といち……? とか言うやつなら、貸してあげるわよ!』

 

「うわ、私ってこの頃から貸し借りに煩かったのね。『十日で一割(トイチ)』なんて知ってる五歳児なんて、我ながらどうかと思うわ」

 

などとぼやきながら、凛はその光景を眩しい光に当てられるかのように、目を細めながら見つめていた。

 

幼い二人の少女の側には、十年前に死んでしまったはずの父と母がいた。二人は娘たちの姿を見て笑っている。

 

凛には、それがまるで普通の家族の団欒のように思えた。

 

「魔術師にならなければ……か。ま、考えたところで仕方ないんだけどね、私が魔術師にならないなんて有り得ないし」

 

(けど、もし次の人生とやらがあるんだったら、今度は魔術師じゃなく普通の人間──桜の姉としての人生を送るのも、アリかな……なんてね)

 

それから時計の針が進み、遠坂桜は間桐桜となった。

 

「桜には髪留めを送ったのよね。懐かしい……」

 

かつて自分が使っていたリボン、今ではもう事務的な会話しか交わすことがなくなった妹が、それでもずっと身につけてくれている髪留めが、幼い自分から桜へと渡された。

 

そして聖杯戦争が起こって、最後に見るであろう父の背中を見送った。

 

『凛、いずれ聖杯は現れる。アレを手に入れるのは遠坂の義務であり、何より──魔術師であろうとするのなら、避けては通れない道だ』

 

父は幼い自分に魔術師としての道を示してくれた、けれど。

 

「私、失敗しちゃったわ」

 

引き当てたサーヴァント、アーチャーは自分の想像よりずっと凄いやつだった。多分、十年前の聖杯戦争で彼が父に召喚されたとすればきっと父は死ななかったのではないかと、そう思えるくらいには。

 

だから、この敗北の原因があるとしたらそれはサーヴァントではなくマスターの方にあるのだろう。

 

「あなたの期待に応えられなくてごめんなさい、お父様」

 

過去の記録を映しただけの父に、その言葉が届くはずもない。けれど、父は確かに振り返って、幼い自分に向けて微笑みを向けてくれていた。

 

『時臣さ──お父さんに呼ばれたから、少し冬木に戻るわね。凛、ちゃんとお留守番してるのよ』

 

それから数日後、母はそう言って父の後を追うように幼い凛を残して冬木に行き、帰らぬ人となった。

 

二人がどのように死んだか、凛は知らない。遠坂家の魔術刻印は、父の知己であり、身寄りがなかった凛の後見人となった言峰璃正の手により辛うじて返却されたが……しかし、遺体までは帰ってこなかった。きっと、魔術師として壮絶な最期を遂げたのだろう。

 

そして、凛の幼年期は終わりを告げ、魔術師としての遠坂凛が歩み始めた。

 

その最初の記憶は──。

 

『私の孫娘だ、幸い凛君と年齢も近い。仲良くしてやってくれ』

 

『コトミネ・カレンです、よろしくお願いします。トオサカ・リン』

 

「うっわぁ。そうだった。これがあいつとの出会いだったわね」

 

美しい銀髪に、黄金の瞳。祖父の言峰璃正とは性格も容姿も似ても似つかない、人畜無害そうなシスターの皮を被った腹黒女、凛の幼馴染である言峰カレンがそこには立っていた。

 

『トオサカ家の当主ともあろう人が、この程度の魔術の実力しかないなんて、なんと嘆かわしいことでしょう。ぷーくすくす』

 

『うきゃあ──!!! はーらーたーつー!!! もう、ギッタンギッタンにしてやるわ、このエセシスター見習い!』

 

『エセで見習い……? ちょっと意味が分からないわね。はい、ガンド』

 

『ぎゃふん!』

 

「そうなのよねぇ。私、こいつに魔術戦でボコボコにされて以来、こいつから見様見真似で魔術を学んだんだったわ」

 

そして凛の目の前で、いくらか成長しつつも未だ幼い自分が転ばされている。

 

誰に師事を受けたのかこの幼馴染は、優れた魔術師としての腕も有していたのである。まったく、だからエセシスターなのだ。教会の信徒のクセして異端である魔術に手を染めるなんて。

 

まぁ、本人曰く魔術じゃなくて奇跡らしいが。

 

一度だけ、彼女の魔術の出どころを聞いたことがあるのだが、そのときはどうにもはぐらかされてしまった。

 

『ねぇ、カレン。あなた、一体どこでそんな魔術を学んでるの?』

 

『これは奇跡です』

 

『いや、魔術……』

 

『奇跡です』

 

『だからまじゅ』

 

奇跡です(・・・・)。異端ですか? 殺しますよ?』

 

『あっ、はい』

 

「このときは本気で殺されるかと思ったわ。他人を虐めるのが好きなエセシスターのくせに、信仰心だけは本物なのよね。なんなのかしら」

 

今でこそ凛のほうが勝ち越しているが、この頃は本当に毎日毎日ぶっ飛ばされるだけだった。反撃なんてできなかったし、恥を忍んで教えを請おうとしても“私はまだ人に教えられる域にはありません”の一点張り。

 

仕方がないので毎日ボロボロにされながらも、それでも凛は少しずつカレンからその魔術を盗み続けたのだ。

 

……今にして思えば、彼女は凛に見取り稽古をさせてくれていたのかもしれない。二割くらいは。残りの八割は多分純粋に凛を虐めたかっただけだろう。

 

「……でも、なんだかんだであなたと競い合うのも楽しかったわ。死んでしまったからこそ言えることだけど、カレン、あなたは私の先生でもあったし、ライバルでもあったし、大事な友人だった」

 

本人が聞けば“なんですか、その殊勝な態度は。貴方らしくありませんね、正直気持ちが悪い”などと言われるだろうなと、凛は笑う。

 

「そう、私にとって魔術師であること(この日常)には確かに価値があった。それを無価値なんて言ってやらないんだから」

 

その事実を再確認した凛は、死ぬ前に最後のささやかな反抗としてあの白い悪魔の苛立ったような、悔しげな表情を思い出して勝ち誇ったように胸を張る。魔術戦ではボコボコにされたが、舌戦では最後に鼻を明かしてやったのだ。レスバは手を出した方の敗北である。アンガーマネジメント、それが勝利への道であった。

 

そしてまた、時計の針が進んでいく。

 

『桜……』

 

中学に上がって、凛は生き別れたはずの妹と再会した。自分と違い、魔術のことなんて知らず、何不自由なく暮らしてくれていると、そう思いたかった。遠坂家の重荷を背負う自分とは違い、平凡な日常を謳歌していると、そう信じたかった。

 

けれど、彼女は全く笑っていなかったのだ。

 

その顔を見れば、自分の願いが幻想に過ぎないことくらい、気づくのは当たり前である。

 

しかし、自分があの子にしてあげられることはない。遠坂と間桐は聖杯戦争の御三家、いずれ相争う敵同士なのだ。そんな二つの家は、基本的には相互不干渉が鉄則となっている。

 

そして自分はもう、間桐桜の姉ではないのだ。そんな自分が彼女にしてやれることは、ただ影から見守って、その幸福を願ってやることだけ。

 

忸怩たる想いを抱えたまま、それを誤魔化すように魔術の鍛錬に没頭する。けれど気持ちは晴れず、学校でその顔をみるたびに彼女の暗い表情が自分に移ってしまうような気がした。

 

いや、むしろいっそのこと移ってくれれば良かったのだ。自分が暗い顔になる代わりに桜の顔に光が戻るのならば、それは願ってもないことだった。

 

「自分では気がつかなかったけど、相当切羽詰まってるわね、この頃の私は」

 

けれど、その暗雲立ち込めた日々は長くは続かなかった。悪い意味ではなく、良い意味で。

 

『遠坂って部活でもやったりするのか?』

 

『──え?』

 

そう、ある日のことだ。たまたま、清掃活動で同じグループに当たった男の子が凛にそう言った。

 

『いえ、家の事情で部活はしていないんです』

 

『そうなのか。じゃあ、外で習い事してるとか?』

 

魔術のことを習い事かと言えばそうかもしれないが、神秘は隠匿すべきものであるため、凛はその言葉を否定した。

 

『それもありませんけど……どうして?』

 

その男の子とは一度も話したことなんてなかった。だから、突然そんなことを聞いてきた理由を疑問に思ったのだ。

 

「そしたらあいつ、なんて答えたんだっけ」

 

確か、こうだった。

 

『遠坂の手が、頑張ってる奴の手に見えたんだ。努力してる奴の手だって。だからてっきり、部活か何かしてるのかなって思って』

 

『──────』

 

『あぁ、悪い。女の子の手をジロジロ見るなんて不躾だったよな。ごめん、忘れてくれ』

 

男の子はそう言うと、決まりが悪そうに頭をかいてまた黙々と清掃活動に戻った。

 

そして放課後、凛はじっと自分の手を見つめている。見た目の上では、単に華奢でとても苦労しているようには見えない、綺麗な手だ。

 

(どうしてあいつは、あんなことを言ったんだろう──?)

 

その答えが知りたくて、彼女は彼の姿を探し、そして見つけたのだ。

 

『先輩、良ければ途中まで一緒に帰りませんか?』

 

『ん、あぁ。もちろん良いぞ……って言っても、桜の家は深山町で俺の家は新都だからほんとにちょっとだけしか一緒に帰れないんだが』

 

『それでも、構いません』

 

その男の子に語りかける、妹の姿を。

 

彼女は笑っていた。

 

ずっと、ずっと、ずっと、暗かった彼女の表情に、たしかに光が見えた。

 

■■士郎、それが桜に笑顔をくれた、男の子の名前。彼は自分とは違う一般人で、魔術なんて知らない、優等生でもなくて、どこにでもいるごくごく普通の、そして、とてもありふれた優しさを持った少年だった。

 

妹と共に笑う彼の笑顔。それが凛には、決して晴れるはずがなかった曇天の空に差し込む一筋の光のように、ただただ眩しかった。

 

少し気恥ずかしいけれど、彼女はその時こう思ったのだ。

 

魔術師である自分にできなかったこと、桜に笑顔を与えてくれた彼はきっと──魔法使いに違いないのだと。

 

「うっわ、恥ずかしい……私、このときこんなこと考えてたのね。なんか黒歴史を見せられてる気分。このシーンだけ早巻きで飛ばしてくれないかしら」

 

“早送りになれー”と凛が心のなかで念じると、また時計の針が進んで。

 

『遠坂?』

 

『げぇ! し、士郎くん、なんであんたがここにいるの!?』

 

「あぁ、ここに飛ぶのかぁ……」

 

彼と再会した記憶に飛んだ。

 

妹の笑顔を見て、だいたい二年くらいが経った頃の話だ。あれ以来、凛は■■士郎との関わりを持っていない。最初から大して話すような関係性でもなかったのだから、むしろあの日言葉を交わしたこと自体が奇跡か何かだったのだろう。

 

(桜とあいつの間に、私がいる必要はない)

 

そんな遠慮があったのかもしれないが、ともかく凛は■■士郎と関わることなく人生を過ごしていたのだ。だというのに再会は唐突に訪れた。

 

魔術の訓練の一環、カレンとの定期試合を行うために教会に訪れた凜は、そこで妙に似合うエプロン姿の彼とばったり出会ったのである。

 

『おい、今俺の中の遠坂像が崩れるような声が聞こえたぞ。なんだよ、“げぇ!”って』

 

『い、いえ。あなたの聞き間違いではありませんこと? おほほほ。って、それよりも士郎くん。どうしてあなたが教会なんかに? あなたは聖教徒(クリスチャン)だったかしら?』

 

『ん? いや、バイトだよバイト』

 

『ば、バイト? 士郎くん、神父のバイトでもするの?』

 

『違う。ここって孤児院でもあるから食い扶持が多いだろ? だから飯を作るのに人手が足りないらしくてさ、カレンの奴に調理係として働かないかって誘われたんだよ』

 

『き、聴いてないわよあのエセシスター! なんだってこのタイミングで……!』

 

きっとこの状況、士郎と自分がばったり会うだろうシチュエーションを狙っていたのだろうあの性悪女を凛は呪うように天に向かって叫んだ。

 

そんな彼女を奇妙な生き物でも眺めるかのような目で、士郎がじっと見つめている。

 

『あ、いえ、あの、これは違うのよ』

 

『……いや、別に誤魔化す必要ないって。そっちが遠坂の素なんだろ? ならそのままで良いんじゃないか、別に俺の前で猫被る必要ないぞ』

 

『……そ、そう? なら遠慮なく』

 

どことなく居心地の悪さを感じながらも、凛はその場に居直った。

 

『それで、あのエセシスターはどこにいるの?』

 

『カレンなら中にいるぞ。丁度昼飯の時間だから、ちびっ子どもと準備してくれてる。……あぁ、良かったら遠坂も食ってくか?』

 

その誘いを拒む理由はないとばかりに受け、凛は士郎が用意した昼食のお相伴に預かった。

 

多くの人間と食卓を囲む、というのは中学校の給食以来のことだ。それも優等生ではない素の自分のままでとなると、かつて家族四人で暮らしていた頃以来かもしれない。

 

『な、なによ。何かおかしいかしら』

 

『いえ、何も』

 

対面に座り、ニヤニヤと口角を上げながら教会に似合わない茶碗を手にもつ幼馴染を凛はジト目で睨みつける。

 

するとカレンは“ふふ、気になる男の前で素の自分を暴露されるなんて──愉悦。これだけで白米三杯はいけます”と言わんばかりに、おかずなしにバクバクと白米をかきこんだ。

 

そんな遠坂凛の様子を教会で暮らす子どもたちにせがまれて茶碗に白米をよそいでいた士郎が、じっと見つめている。

 

『なによ士郎くんまで。私、何か無作法でもしたかしら』

 

『いいや、別に。学校とは全然違うなと思っただけ』

 

『む。あなたが猫被るなって言ったんでしょ』

 

『いや、それがダメってわけじゃないんだ。むしろこっちの方がなんだか、遠坂らしい気がする』

 

そう言って破顔する彼の優しげな視線に、凛は自分の顔がカッと熱くなるのを感じた。

 

誤魔化そうにも口が上手く動いてくれず、彼女は仕方がないので白米を口の中にかき込んで、それを水で無理やり喉奥に突っ込んだ。

 

『なぁ、遠坂。うまいか?』

 

そんな凛の様子を微笑ましげに眺めながら、士郎が感想を聞いてくる。

 

『……美味しいわ。士郎くんが作ったんでしょ、コレ。なら、あなたはきっと良いお嫁さんになるわね』

 

『ありがとう……って、なんでお嫁さんなんだよ。そこは旦那さんとかお婿さんとかじゃないのか? これからの時代、男だって料理をするんだぞ』

 

『う、うるさい。あんたなんてお嫁さんで十分なのよ。ほら、私にもご飯のお代わり!』

 

何が気に食わなかったのか、顔を赤くし怒ったように白米が盛られた茶碗を士郎から奪う凛であった。

 

それから、じゃんけんという至極平等かつほとんど運のみで結果が定められる儀式によって敗北した士郎と凛が食器洗いの係に命じられて。

 

『はい、士郎……くん』

 

『ん、ありがとう』

 

凛が泡立ったスポンジで食器を洗い、それを手渡された士郎が泡を水で流していく。

 

(ち、近いわね。なによぅ、肩が触れそうっていうか。実際ちょっと服が擦れちゃうっていうか。あーもうほんと、なんで私こんなドギマギして──)

 

『……遠坂?』

 

『は、はい! なんでございましょう士郎さん!』

 

声をかけられて、飛び上がるように返事をしてしまう。

 

『士郎さんって……呼びにくいなら士郎で良いよ。親しいやつはみんな下の名前で呼び捨てするし。……けど、なんでか名字で呼ぶやつは少ないんだよな。そんなに呼び辛いか? 俺の名字』

 

『……なんか、似合ってないっていうか。下の名前で呼んだ方がしっくりくるって言うか。別に、あなたが悪いわけじゃないのよ? ただなんとなく、そのほうがハマりが良いってだけで』

 

『ふーん……だとしたら、俺がもし結婚するとしたら相手の名字に変えた方が良かったりするのかな』

 

『な、な、な──』

 

『遠坂はどう思う?』

 

士郎の言葉の意味を意訳すると、それは凛個人が士郎が姓変えることについてどう思うか、という意味であった。

 

『と、遠坂(・・)はどう思うかですって……!?』

 

凛が受け取った誤解を意訳すると、それは遠坂士郎という並びが似合うかどうか、という意味であった。

 

『……に、似合ってる、かも……?』

 

「ちょっといい加減にしなさいよぉ──!!!」

 

そんな光景に痺れを切らした幽霊の遠坂凛が、顔を真っ赤にしながら叫んだ。

 

「おかしい! 何か作為的なものを感じるわ! なんだって走馬灯でこんな記憶が流れてくるのよ! これじゃあまるで、私があいつに懸想してるみたいじゃない!」

 

走馬灯では人生において最も印象深かった記憶が流れると言うが、それはさておき。

 

「そんなの絶対にあり得ない。あいつにはきっと、私じゃなくて桜の方がお似合い──っ、じゃなくて! ……ともかく誰かが私の走馬灯、夢に介入しているってことね! 絶対にそう! そして私にこんなことをするやつはただ一人!」

 

びしりと、凛は犯人に突きつけるかのように虚空を指差した。

 

その答えは──。

 

 

 

 

「おお、凛。御三家の当主のくせに聖杯戦争の開始早々、死んでしまうとは情けないですね」

 

JRPGのお決まり、蘇生された勇者に王様が向けるような哀れみの表情で、そこに下手人が立っていた。

 

「やっぱりあんたかぁ──!!!」

 

ガバっとベッドから飛び起きると、凛は側にいたカレンの胸ぐらに掴みかかる。

 

「揺らさないでください、凛。言っておくけれど、私は何もしていないわ。ただ眠るあなたの耳元で彼の名前を唱えただけよ。それでどんな夢を見たかは知らないけれど……はっ。まさか、あなた夢の中で彼と姦つ──」

 

「そんなわけないでしょうがこのアンポンタン! 淫魔もどき! いい加減あんたの悪戯に付き合うのも飽き飽きしてきたところよ、ここらで締めて自分の立場というものを分からせてやるんだから!」

 

“ぐえー”とわざとらしく音を上げるカレンの首を凜は両腕(・・)で締め上げる。

 

「……あれ」

 

そしてすぐに、彼女はその違和感に気づいた。

 

「私……」

 

死んだはずだ、自分は確かに、頸動脈を切られて失血死したはずである。あの状態から蘇生するなんて、それこそ奇跡でもなければあり得ない。ましてや、失ったはずの両腕も、魔術刻印すらも再生しているなんてことは──。

 

「ええ、気づいたようね凛。あなたは」

 

「なるほどね。待った、それ以上は言わずとも分かっているわカレン。私たち……地獄に落ちたのね」

 

凛はそう言うとカレンの肩に手を当て、“よよよ……”と悲しげに顔を伏せて見せた。それはあろうことか、目の前のシスターに向けて“カレンがいるなら地獄に違いない”と言ってみたも同然の行為である。

 

当然カレンは、その端正な顔に青筋を浮かべてシスターらしくニッコリと微笑んだ。

 

「良いでしょう、久しぶりに姉弟子として聖骸布で簀巻きにしてあげます。それからオルガンの演奏と、説教(ホミリー)を丸一日かけてじっくり聴かせてあげましょう。あなたのその生意気な魂が、主の下に正しく帰ることができるように」

 

まるで鞭でも弾くような勢いで、カレンは聖骸布を取り出し体の前でビシッとそれを鳴らした。持ち主の意思に呼応しウネウネと蠢くそれは、さながらとある冒涜的な神話生物の触手のようである。

 

「うそうそ。冗談よ、カレン」

 

それを見て凛は降参とばかりに両手を挙げて非戦闘の意思を示す。

 

マグダラの聖骸布。さる聖人の遺体を包んだそれはかつて『男性を拘束する』ことに特化した礼装であったが、とある魔術師によって大改造を受けた結果それは『男性性が強ければ強いほど拘束も強くなる』という特性へと変化していた。

 

そして男性性とは、ひと言で言えば力が強いことである。権力の強さ、精神の強さ、肉体の強さ、そういうものが強ければ強いほど、世の中では『男らしい』と評価され、逆に女性がそういうものを持っていればそれは『女性らしくない』ということになる。

 

つまるところ、カレンは自分より強いものを男と定義し、それに対してより強い拘束を課すことができるのだった。

 

故にあれがある以上、凛はカレンには勝て……ないこともないが、非常に不利を強いられる。

 

凛がカレンより弱かった頃は純粋に実力の差で敗北し、凛がカレンより強くなってからは聖骸布による拘束によってやっぱり敗北する。そんなのはっきり言ってクソゲーなので、互いが魔術試合をするときは持ち出し厳禁の禁止カードなのであった。

 

ほんと、良い性格をしたカレンらしい礼装だと凛は思う。

 

そして彼女がそれを持ち出すのは、めったにないことだが、凛が彼女を怒らせたときと相場が決まっていた。

 

「怒ってる?」

 

「……当然でしょう、怒っています」

 

「なら謝る。流石に地獄は言い過ぎたと思う。ごめんなさいね」

 

「怒っているのはそこではないわ、凛。死にかけたと言うのに、呆れるほど以前と変わらない様子のあなたに怒っているのよ。少しは反省して、自分の弱さを悔いると良いわ」

 

責めるように、叱るように、カレンは真摯な目で凛をただ見つめていた。そういうところは何とも姉弟子らしいと凛は感じる。

 

「はい、反省します。それからその、どうやったか知らないけれど……た、助けてくれてありがとう」

 

「……なんですか、その殊勝な態度は。貴方らしくありませんね、正直気持ちが悪い」

 

“いや、あんたが反省しろって言ったんでしょうが!”と思わずツッコみたくなったが、凛はぐっとその言葉を飲み込んだ。沈黙は金、雄弁は銀。凛は銀より金を重んじるのである。

 

「予想してた通りの反応ね。……はぁ、でもあんたのその軽口が聞けてなんだか安心した」

 

帰ってきた場所、まるで実家のような安心感に凛は嘆息して肩の力を抜く。

 

そんな彼女の様子をカレンは台所で見つけたGでも眺めるような冷ややかな目線で睨んだ。

 

「罵られることに目覚めたのですか? ますます気持ちが悪い。そういうのは教会ではなく夜の街で求めなさいな」

 

「前言撤回、やっぱムカつくわあんた」

 

互いの視線がぶつかり合い、バチバチと火花を散らしている。そして二人の両手が押し相撲の要領で組み合った。二人は言峰璃正から、ともに八極拳を学んだ武闘派なのである。魔術戦だけでなく、肉弾戦においてもライバルなのであった。

 

「……はぁ、良いです。この試合の続きは聖杯戦争が終わってからにしましょう。それよりまずはしなければならない話があります」

 

「む……なによ、急に真面目ぶっちゃって。不真面目シスターのクセに」

 

「茶化さないで聞きなさい」

 

それからカレンは背筋を伸ばし、凛とした佇まいで言葉を発した。この教会の女主人として神に仕えてはや三年。彼女は本国の教会からも認められた、貞淑なる乙女としての気品を携えて言う。

 

「良いですか、遠坂凛。あなたは間違いなく聖杯戦争に敗退し、マスターとしての権利である令呪も失った。この事実は間違いないと、認めますね?」

 

「……むぅ、認めるわよ。私は聖杯戦争に参加して、こっ酷くやられちゃったわ」

 

その事実を認めることは凛のプライドに障るが、しかしながら事実は事実として受け止めなければならない。凛は不満げに、小さく、しかし確かに目の前の監督役の言葉に頷いて是と示した。

 

「良いでしょう、ならば敗北したマスターが教会にいることの意味は一つ。私は聖杯戦争の監督役として、遠坂凛を保護することを主に誓います。これは宣誓であり、たとえ何人(なんぴと)たろうと犯させはしない」

 

聖堂教会から派遣された中立の審判、そして中立地帯であるこの教会は、その真の役割を果たすことは滅多にない。多くの場合、魔術師たるマスターは教会を信用しないし、そもそも敗北したマスターというのはその悉くが基本的には死んでいる。

 

故に、それはあり得ざる奇跡であった。遠坂凛は今この瞬間から聖杯戦争が終わるまで、言峰カレンによってその命を保証されたのである。

 

「……と、小難しい話は終わりにしましょうか。お腹、空いてるでしょう? そろそろお夕飯の時間なのだから、手伝いなさい」

 

そして先ほどまで被っていた清廉なる神の使徒としての仮面をあっさりと脱ぎ捨てたカレンは、ぽかーんと口を空けて呆けている友人に向けてそう微笑むのだった。

 

 

 

 

教会の中にある生活スペースで、二人は夕食を取る。少し前まで賑やかだったこの教会も、今では閑散としていて少しもの寂しい感じだった。

 

暮らしている子どもたちが聖杯戦争の影響を受け、福岡の方の大きい教会に移っているからだろうか。

 

『子どもたちのことは盲点だったわ。確かに、聖杯戦争中は教会(うち)に置いておくわけにもいかないわね。あなたの忠告に感謝しておきます、凛』

 

昨夜、帰宅後に凛が電話したことが功を奏したのだろう。事前に予定していなかった突然の移動で、大分慌ただしくしていたらしい。

 

もっとも、その“可能な限り早く避難させる”という選択は正解だったと言えよう。何せ日が昇った頃には前触れもなく発生した嵐の影響で、避難することすらできなかっただろうから。

 

まるで戦時中に空襲から逃れるために行われた疎開のようだ。もっとも他所の教会に行った子どもたちは、今ごろ遠足気分で楽しく過ごしていることだろうが。

 

この嵐は、冬木市以外にはてんで影響を及ぼしていないらしかった。

 

「……」

 

凛は黙々と食事をとるカレンの顔を盗み見た。心なしか、表情が暗い気がする。その原因はやはり、子どもたちがいないせいだろうか。

 

ああ見えて、ここで孤児を保護しているのは全て彼女の意思によるものである。彼女は善良なことをする器質ではないくせに、しかし人よりずっと立派なことをしていた。

 

(そのへん、もう少し自慢げに思ってても良いと思うんだけどね。こいつは)

 

どんな善行をしようと誇らないという点では、カレンは士郎と似ているのかもしれない……などと凛は思った。生まれながらに平凡たる善良を持った士郎と、生まれながらに性格と趣味嗜好がねじれ曲がったカレンでは真逆のはずなのに。

 

「……」

 

会話はない。陶器の皿の底を食器が突く音と、嵐に見舞われて窓がガタガタと揺れる音だけが部屋に響く。

 

凛がアインツベルンのマスターとして戦闘を行ってからまだ日は跨いでいない。時系列で言えば朝起きて、廃ビルに向かって一度死に、そして夕方になって蘇生された。という具合だろうか。

 

「……そうよ、それが気になってたんだわ、私。ねぇカレン、あのとき死ぬところだった私を、どうやって治療したの?」

 

静寂を破ったのは、今更ながらそんな当たり前の疑問を浮かべた凛だった。一番最初に問うべきその疑問がようやく湧いてきたのは、この神の家の中で安全が保証されて、それを考える余裕ができたからだろうか。

 

「……そうね。この話をしておかないと」

 

その疑問も当然とばかりにカレンは頷くと、軽く瞑目する。それから手に持っていたカトラリーを机に置いて口を開いた。

 

「よく聞きなさい、凛。あなたを治療したのは私ではないわ(・・・・・・)。何故なら私があなたを保護したときには、あなたはとっくに五体満足だったもの」

 

「なんですって?」

 

凛は大きく目を見開いて驚愕する。ならば一体誰が、何のために、そしてどうやってそんなことを。そんな疑問が頭を過るが、それについて考える暇を与えることなくカレンは言葉を続けた。

 

「この嵐の中、何者かが敗北したあなたを治療し、教会の前に置いていった。私はすでに治療されたあなたを保護しただけ。……衣服についていた血の量は、それはもうとんでもないものだったわ。無理をしたものね」

 

“一歩間違えれば、死んでいたのだと思い知らされたわ。そして思った。私はあなたの意志を無視してでも、最初からあなたを教会で保護するべきだったと。死んでしまえば、それまでなのだから”と、カレンは悲しげに目を伏せた。

 

「カレン……」

 

その様子に心を打たれたように、凛は胸に手を当てると。

 

「あなた、私が死んだらもう弄れないからとか思ってるでしょ」

 

騙されないぞと言わんばかりに、すっと目を細めて言った。

 

「……半分はそうかもしれません」

 

「半分?」

 

「……っ。相変わらず分からない人ね。もう半分は、純粋にあなたの心配をしたと言っているのよ、凛。あなたとはもう十年も一緒に生きてきた。三年前にお祖父様が死んでからは、あなたは私にとってただ一人の家族……みたいなものだった」

 

「──────」

 

「だから、そんなあなたが、次に会うときには物言わぬ骸になっていた、なんて結末は。望んではいません」

 

“せめて死ぬなら、私に殺されて死ぬように”と、カレンが震える声で言う。

 

「……」

 

凛はまるでまだ夢でも見ているのかと思うほど信じられない気持ちで、頬を赤く染め精一杯目を逸らしている幼馴染の顔を見た。それは十年一緒にいて初めて聞いた、純粋な好意の言葉だったのである。

 

「おほん、ともかく」

 

らしくないことを言ったと自覚したのか、カレンは場の雰囲気を変えるように咳払いをして声を上げる。

 

「あなたは聖杯戦争に敗退しました。この戦争が終わるまでは、教会の中で安静にしていてください。決して、再起など考えて外に出ることなどないように」

 

「……そんなつもりはもうないけれど、一応理由を聞いておくわ。どうして?」

 

自分は敗退した。それはもう言い訳もつかないくらいに。……いや、やっぱり言い訳くらいはしても良いかもしれない。死んでも生き返るマスターってどういうことなの、ほんと。

 

ともかく、凛は敗北を受け入れたのだ。再起するつもりはない。だが、それはそれとしてカレンがこうも深刻そうな理由がどうにも気になった。

 

「あなたをここに連れてきただろう者が残した書き置きに、忠告がありました。アインツベルンのマスターは決して、聖杯戦争に参加した魔術師を生かすつもりはないと。見つかれば今度は確実に殺されると。だから今はただ嵐が過ぎ去るのを待つように、この神の家で守られていなさい」

 

「はぁ」

 

納得したのか、していないのか。そんな締まりのない返事でも、返事は返事。分かってくれればそれで良いと、カレンは再び食事を再開した。

 

どうやら遠坂凛を助けた何某は、大変律儀な性格らしい。アフターケアとしてその後の忠告まで残してくれるとは。

 

(言われなくても、あんな怪物と戦うなんて二度とごめんだわ。大金払われたって再戦するもんですか。……にしても、誰だか知らないけれどあの状況から私を助けるなんてとんだ物好きもいたものね。よっぽどのお人好しか、それとも別に目的でもあったのか。けどこんな大きな借り、返せなんて言われても絶対返せないわよ。ある意味匿名で助かったわね)

 

これが魔術契約だとしたら、対価には一体どんなものが要求されていたのだろうかと、凛は顔を青くしてぶるりと体を震わせた。ただでさえ宝石魔術に使う宝石の出費が痛いのに、これ以上の財布のダメージがあったら命を救われたところで死も同然なのだから。

 

 

 

 

「ねぇ、カレン。一つ聞いても良いかしら」

 

「なんでしょう?」

 

食事を終え、日が暮れた。最も外は今朝から嵐の影響で真っ暗なままなので、明るさで時間帯を把握することはできない。単に文明の利器たる時計が夜を示しているから、二人はそれを夜だと認識しているに過ぎなかった。

 

「間桐のマスターって、誰なの?」

 

凛のその問いに、ベッドの上で分厚い聖書に目線を落としていたカレンの顔が上がる。

 

寝室を照らすキャンドルの炎が揺れた。電灯を使わないのは、こっちの方がよく眠れるからというカレンの趣味であるらしい。淡く揺らめく小さな灯火は、見つめていると確かに眠気を誘ってくる。

 

「……中立たる監督役の私が、落ちたとはいえマスターだったあなたに話すと思うのですか?」

 

ベッドの上から、カレンが凜を見下ろす。

 

この寝室はカレンのものであり、かつて凜が父を失って教会に世話になったばかりの頃には共同で使用した部屋でもある。言峰璃正は共同生活でもって、二人に絆を深めてほしかったのだろう。

 

なお、その判断が間違いであったとその老神父が気づくのに、そう時間は掛からなかったが。

 

今でも二人の喧嘩によって剥がれた壁紙は、直されずにそのままである。

 

「良いじゃない、私はちゃんと忠告を真に受けて、この教会でじっとしておく。ならもう聖杯戦争の関係者じゃない。機密事項を話したところで、中立違反には当たらないでしょう?」

 

凛は寝袋に寝そべりながら、自分を見下ろす黄金の瞳を見上げた。なんだって私だけ寝袋なのよ、他の部屋を使わせなさいよね、なんて不満を込めながら。

 

まぁ、凛は一度死を体験したせいかナイーブになっているので、こうして夜を誰かと過ごせるのはぶっちゃけるとちょっぴり、そう、ほんのちょっとだけ嬉しかったりもするのだが。

 

「……再起しないと誓いますか?」

 

「誓う誓う。神様にだって誓ってやるわ」

 

異端者たる魔術師が神に誓ったところでなんの意味もないかもしれないが、それはそれ、これはこれである。

 

「いまいち信用なりませんが……まぁ、良いでしょう。友として信用してあげます。具体的に誰かは教えられませんが……安心なさい、凛。少なくとも間桐桜はマスターとして登録されていませんから」

 

「……よかった」

 

そう安心したように凛が呟いた。

 

そうだ、間桐家のマスターの中に桜の名前はない。なぜなら届出によって聖堂教会に登録されている間桐のマスターは。

 

間桐慎二と間桐臓硯の二人なのだから。

 

もっとも、所詮これは自己申告。真実を知るのは、間桐家にいる本人たちばかりである。

 

 






遠坂凛脱落という切りの良いところでストック切らしたので、連投は終わり。次回は未定です。また切りの良いところまで溜まったら投下しに来ます。感想評価貰えると励みになります。ではまた。
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