アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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冬木でしたこと【6】

 

 

【1994】

 

 

 

 

夜道を二人の美しい女が歩いていた。片や冬の生き写しであるかのような銀髪で、片や中天にある太陽かのような金髪。

 

すれ違えば誰もが振り返って三度見はするだろう容貌の二人は、しかし銀の女の力によって余人に認知されることはない。

 

そんな二人は似たような暗い表情を浮かべながら、どこか落ち込むようにトボトボと夜道を歩いていた。

 

つい先ほど、この聖杯戦争における前哨戦、港での乱闘が終了した。それはまさしく戦闘、ではなく乱闘(・・)と呼ぶに相応しい戦いだった。なにせ召喚された英霊七騎の内、実に五騎ものサーヴァントが集ったのだから。

 

いや、死んだはずのアサシン──アイリスフィールに言わせれば、アサシンは死んでいないらしい──も、もしかしたらあの戦場を観察していたのかもしれない。それを考えれば実にキャスターを除く全員が集まったことになろう。

 

ほぼ初戦ともいうべき戦いからなんとも豪勢なことだった。キャスターが工房に籠るのが常道のサーヴァントであることを考えれば、文字通り『全員集合』だと言っても過言ではない。

 

そんな中、少なくとも二騎のサーヴァントの真名を暴けたことは僥倖と言えるだろうか。

 

最初に邂逅した敵はランサー、『輝く貌』の異名を持つディルムッド・オディナだ。魔力を(ほど)いてしまう槍と、癒えぬ傷をつける槍。二つの宝具を持った、ケルトの戦士。

 

「傷は痛むかしら、セイバー?」

 

「いいえ、この程度の痛みは慣れています。しかし……申し訳ありません、アイリスフィール。私の不注意により、左腕を負傷してしまいました」

 

宝具は基本的に一つ、という先入観から油断してしまったセイバーは、悔しげに唇を結び、傷を受けた左腕を抱いた。

 

彼女の宝具『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』の解放には、両腕(・・)による振り抜きが必要となる。片腕に癒えぬ傷を受けたことは、セイバーの最強の聖剣を封印されたに等しい。

 

迂闊だった。あのまま戦闘を続けていれば、もしかしたら自分は討たれていたのかもしれないと、セイバーは思う。マスターに自分は最強だと言っておきながらこのざまとは、やはり自分はとても理想の王などとは言えないなと彼女は内心で自嘲した。

 

「令呪を使えば、治療できるかしら」

 

「……いえ、令呪とは一過性のものです。一時的に治癒することはできても、完治は望めない。ランサーを倒さなければ、この傷は私の体を蝕んだままでしょう」

 

「そうね。もし治癒に令呪を使うとしても、聖剣を解放する一瞬のタイミングに合わせて、ということになるでしょう」

 

セイバーを万全の状態に戻すには、ランサーの討伐が必要不可欠。そうである以上、二人の今後の方針はランサー陣営打倒に定められた。

 

「それにしても、ライダーの乱入は幸運だったわ」

 

次に邂逅したのはライダー、『征服王』の異名を持つイスカンダルである。セイバーとランサーの戦いに割って入るように現れたのであるが、彼については真名を看破するまでもなく、自分から堂々と名乗りを上げてくれた。

 

「豪胆と言うべきかしら、それともお馬鹿と言うべきかしら」

 

聖杯戦争において名乗りを上げる、というのは自殺行為である。なにせ英霊とは人々に信仰されているからこその存在、真名が分かれば自ずとその能力や弱点も看破されてしまうのだ。

 

「しかしライダー──かのアレキサンダー大王の死因は病死と言われていますから、弱点らしい弱点は……」

 

不明です、とセイバーが続けようとしたところで、アイリスフィールが“そうでもないわ”と否定した。

 

「弱点はあるわ。それも複数ね。まず、ランサーのマスターとの因縁があるらしいことが分かった。次にライダーの隣にいたマスター、事前調査だとウェイバー・ベルベットという少年らしいけれど、彼は時計塔の生徒で三流の魔術師。他の参加者のマスターと比べたら格落ちだわ。彼本人もあまり胆力があるようには見えなかったし、ライダーに振り回されているようだった。もしかしたらサーヴァントとの主従関係につけ入る隙があるのかも」

 

「はぁ、なるほど」

 

セイバーは思わず、自分のマスターを見直した。少女のような在り方を持っていながら、その実とても頼りになる相棒であったらしい。たった一度の戦闘から、それだけの情報を読み取るなんて。

 

「それから最後に」

 

「まだあるのですか」

 

「あるわよ。ライダーは派手に登場して派手に名乗りを上げたでしょ? それからあの大きな戦車を見れば、コソコソ裏で隠密するには不向きだって分かるわ。ということは彼とは必ず正面からの戦闘になる。なら、戦ったらきっとセイバーが勝つわ。白兵戦はあなたの得意分野なのだから」

 

「おぉ、確かにあなたの言うとおりだ。しかし素晴らしい洞察力です、アイリスフィール。その慧眼は我が宮廷魔術師にも匹敵するでしょう」

 

セイバーはおよそ最大限の賛辞でもってマスターを褒め称えた。宮廷魔術師──彼女の剣の師でもあるマーリン。彼の人としての人間性は下の下であるが、魔術師としての力量や、全てを見通す瞳の能力は上の上なのだから。

 

「ありがとうセイバー。まぁ、もっともあなたの腕が治ればの話ですけれど」

 

「……すみません」

 

「ああ、いえ、責めてるわけじゃないのよ!」

 

しゅん……と、セイバーは肩を落として落ち込んだ。心なしか、頭にピンと生えた彼女のアイデンティティたるアホ毛も垂れ下がっているような気がする。

 

アイリスフィールはそんなしょぼくれた己のサーヴァントを必死に慰めた。薄々感じていたが、どうにも彼女は自己評価が低く自罰的な面が見られるようだ。現実を受け止め反省することは重要かもしれないが、落ち込み過ぎるのも考えものではある。

 

「そ、そうよセイバー。今日は頑張ったし、二人で打ち上げでもどうかしら。城に帰る前に色々買って、向こうでホームパーティー、みたいな」

 

「むむ」

 

落ちていたセイバーの肩が跳ね、アホ毛がピンと立った。とても分かりやすい。次から彼女のコンディションを把握するときはまず頭を見ようと、アイリスフィールは心の中で誓った。

 

というわけで夜でも開いている二十四時間営業スーパーに立ち寄り、物資補給を敢行する二人。

 

「考えるべきは、真名が分からなかったバーサーカーとアーチャーについてよね」

 

買い物カートを押しながら、アイリスフィールは瘴気を纏った全身鎧の狂戦士バーサーカーと、黄金の鎧を纏い王を自称するアーチャーについて考えた。

 

ステータスを隠蔽する瘴気を纏った黒い騎士、優れた技量を持ちながらも狂気の逸話を持つ英雄。

 

空間に波打つように何かを出現させ、そこからポンポンと矢弾のように武器を投擲する王。

 

「……うーん、これだけの情報だと流石に分からないわ。アーチャーはバーサーカーのことを犬だの狂犬だの言っていたけれど、もしかして本当に犬なのかしら。狼男とか? って、そんなわけないか。アーチャーの方は金ピカで、王様……み、ミダス王? ……うん、絶対違うわね」

 

狼男──ワーウルフは怪物であって、英霊として該当するようなものではない。

 

ミダス王は触れたものを金に変える逸話を持ったギリシャ神話の人物であるが、間違っても武器を投げ飛ばすような逸話を持った人物ではない。

 

などとアイリスフィールが一人でぶつぶつ言いながら歩いているうちに、セイバーがぽんぽんと物資を入れるせいでいつの間にか籠がいっぱいになっていた。

 

「アイリスフィール、これは一体何でしょうか。冷たいので氷菓子の類かと思いましたが、しかし、絵柄には温かそうな食事が描かれています」

 

「それは冷凍食品と言って電子レンジ……現代の礼装を使って、温めて食べるものなのよ」

 

「なるほど、冷たいままに食すものではないのですね」

 

“ふむふむ”と納得したように頷きながら、セイバーがまた籠にそれらを放り込む。その様子を眺めながら、アイリスフィールは城に電子レンジなんて現代的なものがあっただろうかと首を傾げた。

 

「まぁ、なければないで魔術で解凍すれば良いわよね」

 

マイクロ電磁波を発生させる魔術があるのかどうかはともかく、アイリスフィールはそう結論付ける。そして惣菜パンが並んだ棚を心なしかキラキラした目で眺めるセイバーの背中に向けて。

 

一歩踏み出そうとした、次の瞬間。

 

「──ッ!」

 

不意に心臓が痛み、思わず膝をついた。

 

「アイリスフィールッ!?」

 

主の異常を察したセイバーが駆け寄るが、彼女は“心配しないで、少し心臓が痛んだだけよ”と言って自力で立ち上がる。

 

「……心臓が、悪いのですか?」

 

「いいえ、そうではないの。……それよりもセイバー、買い物なんかよりも重要なことができたわ」

 

自分の胸をトントンと叩き落ち着かせると、アイリスフィールはセイバーの目を真っ直ぐに見て告げた。

 

「キャスターが脱落したわ」

 

「──は?」

 

「城に帰ろうかと思ったけれど……打ち上げはお預けね。少し、夜の探索に出ましょうか、セイバー」

 

 

 

 

新都と深山町を繋ぐ冬木大橋の上で、一人の女がその長い銀髪を風に靡かせながら、ぼんやりと川を眺めていた。

 

手すりに身を乗り出し、何かに焦がれるような顔で頬杖をつく。

 

海から川を遡上するように吹き付ける潮風が、彼女の身に纏っていた血の匂いと不快な気分を洗い流してくれるようだ。

 

それから彼女は“ふーっ”と深呼吸すると、風に揺れる己の首飾り──ケルト十字のロザリオを握りしめた。

 

川のせせらぎに耳を澄ませたいところだが、生憎と頭上から聞こえてくる自動車の往来の響きがそれを許さない。文明の発達は、かつて彼女が生きていた頃には当たり前だった人々の不幸を否定したが、しかしながらあの頃にはあった自然の営みをも同時に否定してしまうらしい。

 

「時の歩みも、良し悪しがあるというものだな」

 

そう言うと彼女は視界の端にある山、今では立派な寺が建つ円蔵山へと視線を向けた。

 

「アーサー……早く、貴方に会いたい」

 

彼女──モルガンは強く、己の首にかけた宝具(たからもの)を握りしめながら、口から想いを零した。

 

冬木、モルガンがアーサーと共に歩んだ旅の終わりにして、彼が生み出した世界の可能性の始まりの地。

 

ここではない世界、今はもう『 』から解き放たれ、大いなる壁の向こうへと消えてしまった世界の話である。そんな世界において今から1500年も前に、モルガンとアーサーは聖杯を求めてこの地にたどり着いたのだ。

 

「そんな地で、まさか現代に聖杯戦争が行われるとはな。アーサーが言った通り、運命とやらの悪戯なのかもしれん」

 

かつて小さな漁村しかなかったこの地には、今や一端の地方都市があった。時の流れは、かくも景色を変貌させるらしい。

 

とはいえ、変わらないものもある。例えば、モルガンが抑止の守護者たちと戦ったあの山や、アーサーがガイアの化身と戦ったこの川と海などがそうだ。

 

円蔵山と未遠川。この二つには、ある伝説があるらしい。

 

昔、さる名高き僧侶が龍を封印した、という逸話だ。

 

「確かアーサーが相手した地母神はヤマタノオロチ、だとか言ったか。蛇は龍とも同一視されるとも言うが、まったく。この世界は私が生きた世界とは違うというのに、奇妙に符合するものだな」

 

異国の地にて、嵐の中で猛々しくも巨大な怪物へと立ち向かった弟の姿を思い出す。

 

「あれはどうやって倒していたのだったか……たしか、冥府の神に『全て遠き理想郷(アヴァロン)』が持つ楽園の概念をぶつけて倒した、だったか。ヨモツヘグイ、その世界のものを食すことで、その世界へと同化してしまう概念か。なかなかどうして、奇妙な戦い方を思いつくものだ」

 

モルガンがこうして召喚されるのは、もう数回目となる。

 

英霊の座は基本的に記憶の持ち越しを許さず、生前の記憶と現代の知識、それと必要最低限の記録だけを持たせて現代に英霊を送り出すのだ。

 

故に、彼女はこれが具体的に何度目かは知らない。ただ覚えているのは、一度はアーサーを求めて、しかしやむなき理由によってそれを諦めたこと。それから自分に許された別の可能性──人としてのささやかな幸福を見てしまった、というだけだ。

 

彼女が抑止力の走狗としてこの地に訪れたのは、それが理由である。

 

裁定者(ルーラー)、それが彼女に与えられた役割(クラス)の名前。人では制御不能な事態になることを危惧した抑止力が送り出した駒、それが今のモルガンであった。

 

ルーラーは本来、聖杯に願いを持たない英霊が選出される。しかし、それにしてはモルガンは願いを抱えすぎていた。それでも彼女がルーラーとして存在できているのは、聖杯ではなく抑止力自体が、契約の対価に受肉としてその願いを叶えてくれると知っているからだろう。

 

願いはある。だが、それを願う対象は聖杯ではない。故に、『聖杯に掲げる願いはない』という、何とも屁理屈染みた話だった。

 

モルガンとしても、何故自分がルーラーに選ばれたのか気にかかるところだが……そんなことはもはやどうでも良い。重要なのは、この地にアーサーも来ているということだけだ。

 

「私は……私も……あの幸福が欲しい。途中で彼の旅を止めてしまった私ではなく、最後まで彼を見送った私として」

 

旅の果てに、アーサーはこの世全ての神秘をその身に宿した。自分はその手助けをし、彼の成した世界を見届けるべく魂を送り出したのだ。

 

だが、並行世界とは観測によって分岐する可能性そのものである。向こう側に送り出されたモルガンがいたのなら、それと同時に、こちら側に取り残されたモルガンもいたというだけの話だった。

 

向こう側の自分は、きっと上手くやっているのだろうという予感がモルガンにはあった。というか、上手くやっていて欲しい。

 

アーサーは決まりきったシナリオのある世界を否定するために、魔法使い──天の鞘になったのだ。そうであるのだから、向こう側の世界では悪い魔女にもきっと、ハッピーエンドがないとおかしい。報われない。

 

「今も本体のあなたは、この世全ての神秘を抱え続けているのですね」

 

それからモルガンは月に向かって、手を伸ばした。『 』を内に宿した天の鞘となった彼は、いわばこの宇宙を覆う天蓋でもある。そんな彼と、再び出会えるとは何たる奇跡だろうか。なかなかどうして、抑止力は気が利くことをしてくれる。

 

「キャスターは殺した。この世界を脅かす危機はもう倒した。あとは、アーサーが勝利するのを待つだけで良い」

 

モルガンは彼の勝利を信じて疑わない。なにせ、自分が生涯一度も敵わなかった相手だ。他の誰にも負けるはずがないし、そもそも負けるなんて許さない。

 

だから、どうか勝って。

 

「私を迎えに来て」

 

手の内にある月を彼女は握り締める。遠く届かなかったはずのものが、もうすぐ彼女の手に収まろうとしていた。

 

「……ッ」

 

そんなとき、不意に強風が彼女を襲った。思わず体が飛ばされそうになり、彼女はぎゅっと手すりを握り締める。

 

「──?」

 

今の風は、どこか違和感があった。それを言語化するならそう、風向きが違ったのだ。

 

それはまるで。

 

まるで、自分の体を()から突き飛ばすような風だった。

 

「──取った」

 

「──ッ!?」

 

モルガンの耳に声が届く。少女の声だ。いつの間にか、彼女の真横には少女が迫っていた。

 

風に揺れる、黄金の髪。

 

──それは私に光をくれた、太陽(アーサー)と同じ色。

 

彼女を睨む、碧色(みどり)の瞳。

 

──それは私を受け入れてくれた、大地(アーサー)と同じ色。

 

求めていた弟のような見た目の、しかし決定的に違う少女(・・)騎士が、そこに不可視の剣を振りかぶって立っていた。

 

「なぜ」

 

モルガンはその光景を、信じられないとばかりに大きく目を見開いて受け止めた。

 

彼女はルーラー、聖杯戦争の裁定者である。そうであるが故に、とある能力を持ち合わせていた。

 

すなわち、『真名看破』のスキル。

 

その能力は、正しく真実だけを彼女の瞳に映していた。

 

サーヴァント、セイバー。真名『アルトリア・ペンドラゴン』。

 

「アーサーが、女に──?」

 

その答えに返事はなく、無慈悲にも。

 

「さらばだモルガン。貴様は策を弄することなく、ここで死んでいけ」

 

避けられた。避けられたはずだった。ルーラー、モルガンの第一宝具『妖精妃に玉座なし(ロードレス・キャメロット)』は流浪の女王として、ブリテン中を転々とした彼女の逸話を示す宝具だ。

 

ロードレス・キャメロットの名が示すように、円卓は魔女モルガンを追い続け、そして必ず彼女を見失った。

 

故にそれは転移を可能とし、こと逃走においては絶対を誇る力。ルーラーモルガンに負けなしを約束する宝具である。

 

しかし、如何に絶対逃走の宝具であっても、発動しなければ意味はない。

 

彼女は今、予想だにしなかった存在──汎人類史のアーサー王を前に、頭が真っ白になっていたのだ。

 

そんな呆けたままの宿敵に、騎士王は剣を振り抜──。

 

「待ちなさい、セイバー──ッ!!!」

 

「……っ!?」

 

──こうとして、その手を時間でも停止されたかのように、空間に固定された。

 

慣性を無視した強制停止。不可能を可能とする魔法の域にも届くその絶対命令権──令呪によって、彼女は目の前の敵を生かすことを余儀なくされたのだ。

 

「何故ですマスター! 何故、敵を殺そうとする私を止めた!」

 

「そのサーヴァントは敵ではないわ」

 

その言葉に、セイバーは思わず“……は?”と間の抜けた声を零し、そしてすぐに目を吊り上げて自分を止めたアイリスフィールへと詰め寄った。

 

「……っ、彼女は私の姉にして大敵、私の国を滅ぼす遠因となった魔女モルガンです! その真名を聞いてなおそう言うのですか!? 彼女のしてきた悪事を、その伝承を、私を喚び出したあなたならば当然知っているはずだ!」

 

セイバーの言うことは、全て事実である。セイバー、アーサー王の国ログレスは結局のところ、モルガンの奸計によって滅ぼされたのだ。

 

彼女の送り込んだ二人の間者──アグラヴェインとモードレッドが、騎士ランスロットと王妃ギネヴィアの不義密通を暴露するという形で。

 

もっとも、モードレッドは母のためではなく自分の復讐のために。アグラヴェインもまた母ではなく己の王のために、その行動を取った。だが結果論で言えばそれはアーサー王に恨みを抱くモルガンの目的に沿ったものだったのである。

 

「ここで殺しておくべきです、野放しにはしておけない! 彼女は放置すれば放置するほどに、真綿で首を絞めるかの如く私の敵を生み出してきた!」

 

魔女モルガンがアーサー王に刺客を送り込んだのは、一度や二度ではない。

 

彼女はその色香で幾人もの騎士や諸侯を誑かし、アーサー王への反感を抱かせた。ロット王、ウリエンス王、アコロン、ラモラック、ギオマール……名前を挙げれば、彼女が利用した男たちの数は限りがない。

 

そしてその内には、アーサー王その人すらも含まれていた。彼女はそうやって種を奪い、鞘を奪い、アーサーと騎士たちとの間にある信頼すらも奪った。

 

少しずつ、魔女モルガンはアーサーの周囲に不和を埋め込み、彼、あるいは彼女が築いた秩序を破壊していったのだ。

 

時間を与えれば与えるほどに、己の周囲が崩れていく。しかし、直接倒そうにもいつだって逃げられ、見つけたときには彼女はどこぞの王の妻という手を出せない地位にいる。アーサー王にとってモルガンという存在は、それだけ厄介な存在なのだ。

 

故に殺すべきだと、セイバーは声高に主張する。だが彼女のマスターは頑として首を縦に振らなかった。

 

「なぜですアイリスフィール!」

 

「もう一度言うわ、セイバー。私があなたを止めたのは、彼女が敵ではないからよ」

 

「ですが──!」

 

「良いからまずは落ち着きなさいッ!」

 

パンッ、と。乾いた音が響いた。アイリスフィールがセイバーの頬を平手打ちしたのだ。

 

「……」

 

「良いかしら。あなたの敵は、他のマスターのサーヴァントでしょう?」

 

「で、ですから彼女もまたサーヴァントなのですから……」

 

困惑したようにセイバーが言った。ぶたれたことに動揺してか、先ほどのような言葉の勢いがない。

 

「クラスは?」

 

「……はい?」

 

「彼女のクラスは何かと聞いているのよ、セイバー。私は言ったわ、キャスターは死んだと。であれば、彼女は残り六騎のうちいずれかとなる。けれど、私たちはそのうちの五騎と顔を合わせているわ。となると残る可能性はアサシンだけれど……」

 

“その可能性はないわ”と、アイリスフィールは断言した。

 

サーヴァントアサシンは、この聖杯戦争の一番最初の戦いにおいて御三家の一つである遠坂の屋敷に忍び込み、そして遠坂家のサーヴァントと思わしきアーチャーに撃退され消滅している。およそマスターであれば、誰もがその様子を使い魔を通して確認しているのだ。無論、アイリスフィールはそれが欺瞞だと確信しているが。

 

「あのとき見たアサシンは、髑髏の面をつけていたわ。それは暗殺教団の長、山の翁たるハサン・サッバーハの証よ」

 

この冬木の聖杯戦争において、アサシンというクラスにはある特徴がある。それは正規の手段で呼び出した場合、必ず山の翁が召喚される、というものだ。

 

そして当たり前であるが。

 

「彼女が魔女モルガンであるならば、アサシンであるはずがないわ」

 

「ま、待ってください。だというならば何だというのですか。彼女は間違いなくサーヴァントだ。キャスターが死んだという情報が欺瞞であり、目の前にいる彼女がキャスターという可能性も──」

 

七騎、どれにも当てはまるクラスがない。当然だろう。彼女は例外(エクストラ)のクラス、裁定者(ルーラー)。第八のクラスの英霊なのだから。

 

「キャスターは私が殺した。そのマスターの言っていることは事実だ、アーサー王……いや、セイバー」

 

「……ッ!」

 

尻もちをつき、ただ呆然と目の前で繰り広げられるセイバーとそのマスターのやり取りを眺めていたモルガン。

 

(アーサーが女だと。なぜ女なのだ? 私のアーサーではない、ということか? それとも召喚ミスで女にされた? あるいは『無辜の怪物』によって──いや、今はそんなことを考えている場合ではないな)

 

彼女はようやく正気を取り戻すと、未だ混乱している思考を取り敢えず川にでも投げ捨てることにした。

 

目の前の少女騎士による自分の評価を聞く限り、彼女がアーサー王であることに疑いようはない。もとより真名がアーサー王なのだ。何故か幼名アルトリウスのさらに女性名たるアルトリアなどと表記されてはいるが、それは些細なことだろう。

 

「キャスターを殺した、だと? なぜ貴様が」

 

「キャスターは、この聖杯戦争のルールたる神秘の秘匿を怠ったため処罰しました。裁定者(ルーラー)にはルール違反をした存在に対し、罰を下す義務と権利があります。そしてその基準と制裁の程度は、私個人の裁量に委ねられている」

 

これが例えば、異なる世界におけるルーラー、ジャンヌ・ダルクであれば、一度のルール違反を警告で済ませていたことだろう。

 

だが、モルガンは聖女のように甘くはない。たった一度でも、それが看過できないルール違反であれば、あるいはそれを口実にできるのであれば、彼女は嬉々として処刑人となるのだ。

 

「ルーラー……お爺様から聞いたことがあるわ。大聖杯には聖杯戦争の円滑な遂行のために、人では対応できない事態が発生した場合に第八のサーヴァントを呼び出す機能があると」

 

「なっ、あなたが聖杯戦争の裁定者だと!?」

 

「信じられない、とでも言いたそうですね。セイバーのサーヴァント」

 

「当然だ。聖杯からの知識によれば、ルーラーは聖杯に掲げる願いがないことが条件となっている。それ故に、多くの場合選出される英霊は聖人に限られると。だとしたらモルガン、あなたがルーラーというのはおかしい!」

 

「さて、抑止力が何を考え私を選んだか、それは私の知るところではない。だが実際に、私が聖杯に掲げる願いはない」

 

「馬鹿な! そんなはずは……!」

 

セイバーにとって、その言葉は衝撃であった。彼女にとってモルガンは大敵である。長年ずっと、自分を恨み続けてきた魔女である。

 

モルガンが何を思って自分と敵対し続けたのか、セイバーはその理由を詳しくは知らない。だが予想はできる。おそらくは王位継承権、それにまつわる因縁であると。

 

汎人類史において、モルガンはウーサーの長子である。だが、彼女は王にはなれなかった。実際に王になったのはセイバーなのだ。そのことが、モルガンが敵に回った理由ではないかと、セイバーはマーリンより伝え聞いていた。

 

「あなたは、聖杯に願わないのか。自分をブリテンの王にしろと」

 

「……? なぜ私がブリテンの王になるなどと願うのだ」

 

「……は、はぁ???」

 

毒気を抜かれたように、セイバーが声を漏らす。そこには奇妙なすれ違いがあった。

 

「あなたは、王位を求めて私と敵対したのではないのですか?」

 

「何の話だ。私がアーサー王と敵対したのは、ウーサーとマーリンが我が母イグレインを辱め、貴様を生み出したからだ」

 

汎人類史のモルガンはセイバーの異()姉である。対外的にはコーンウォール公ゴルロイスとその妃、後のウーサー王の後妻であるイグレインの娘とされたが、セイバーの知る事実では間違いなく異母姉であった。

 

一方、今この場に立っているモルガンはアーサー王の異()姉である。

 

ウーサー王の嫡子でもなんでもないモルガンは、別に王位など求めてはいないのだ。汎人類史のモルガンと違い、そもそも最初から王位継承権などなかったのだから。

 

「……あなたの母は、その、イグレイン妃ではないのでは」

 

「……何を言っているのだお前は???」

 

互いが互いの言っていることを理解できず、ひたすらに頭の上に疑問符を浮かべていた。それを真横で見ていたアイリスフィールとしては、奇しくもその目を点にして首を傾げる二人の姿が似ているように見えた。姉妹である以上、似ているのはある種当然なのだが。

 

「……そうか、性別以外にも違いがあるのか」

 

やがて何かに気がついたように、モルガンがぽんと手のひらを叩いて言った。

 

「聞け、セイバー。私はお前の姉ではなく、その並行世界の同一人物なのだ」

 

「……と、言うと」

 

「私の知るアーサー王は男だ。間違ってもお前のような少女ではない」

 

「………………は、え、は?」

 

ぽかーん、と。口を開けたままセイバーが固まった。言わんとしていることは分かるが、しかし脳がそれを受け入れることを拒否しているのである。つまるところ脳の容量不足で、外部から与えられた情報のインストール速度が大幅に低下したのだ。今の彼女は、さながらエラーを吐き出すコンピュータのようなものだった。早急に再起動が必要かもしれない。

 

「……うるさいのが静かになったところで、セイバーのマスター。一つよろしいですか」

 

「え、えぇ。構わないけれど」

 

『うるさいの』呼ばわりされた自分のサーヴァントを哀れむような目で見つつ、アイリスフィールはモルガンの言葉に頷いた。

 

すると、彼女はアイリスフィールに向き直り、妖精妃の名を冠するに相応しき気品ある所作で彼女へと一礼した。

 

それは、ドイツの貴族令嬢たるアイリスフィールも惚れ惚れするほど美しいカーテシー。

 

「あなたに感謝を、セイバーのマスター。あなたによる令呪の抑制がなければ、私は無様にもセイバーに殺されていたでしょう。故に」

 

赤く、令呪の光が瞬いた。

 

「なっ……」

 

驚きとともに、アイリスフィールは己の手の甲を見つめる。そこには欠けたはずの令呪が一画、何事もなかったかのように元通りに刻まれていた。

 

「ルーラーが持つ特権、各サーヴァントに対し扱える令呪二画のうち一画を返却しました」

 

「えっと、どうもありがとう……?」

 

「礼は不要です、セイバーのマスター。私はルーラーですが、魔術師でもある。そうである以上、等価交換の法則は遵守しましょう」

 

モルガンは魔術師である。そうである以上、この世の絶対原則である等価交換の法則を重んじる。

 

もっとも、それは生前、それもブリテンの魔女だった頃であれば絶対にしなかったであろうことだ。天秤とは、何も置かない状態で水平に保たれているからこそ機能する。だが、かつてのモルガンはその天秤が壊れていた。幸福を知らず、愛を知らず、ただ憎しみと虚無に囚われていた。

 

それが弟との旅を経て、己の内側が満たされて初めて、ようやく真っ当に機能するようになったのだ。昔の彼女であれば、何食わぬ顔で命の恩人であるアイリスフィールを殺し、それからその手にある残り二画の令呪を奪い、セイバーとの契約も簒奪する。できるかどうかはともかく、そのくらいは考えたはずだ。

 

あの旅は、それほどまでに彼女の在り方を変えてしまったのだ。それは歪みではなく、むしろ、真っ直ぐに。

 

そうであるからこそ。

 

(モルガンが……長年私を苦しめてきた魔女が、礼を言って、受けた借りを返している? ……ああ、これは夢ですね。きっと(マーリン)が見せる、いつものおかしな夢だ)

 

セイバーはさらに情報処理が遅れてフリーズした。

 

多分、この状況を千里眼持ちの夢魔が見ていたら、腹を抱えて笑い転げていただろう。

 

「……では、何も質問がなければ私は去りますが」

 

「待って、いくつか聞きたいことがあるわ」

 

「それが中立たるルーラーの立場に抵触しない範囲であれば、答えましょう」

 

凛とした声で、モルガンは答えた。

 

「あなたが召喚されたということは、この聖杯戦争で人の手には負えない何かが起こっているということでしょう? それについて詳しく聞かせてもらうことはできるかしら」

 

「その問題については、既に対処済みだ。私が処罰したキャスターは交わってはならない異世界と交信する宝具を所持していました。おそらくはそれが、私が抑止力に呼び出された理由でしょう」

 

「ではもう、この聖杯戦争に人知を超えた危機は訪れないと見て良いのかしら」

 

「……そうそう世界を脅かす危機が、二つ三つと同時に出現することはないとは思うが」

 

単純な確率の話である。1000年に一度の危機、というものは1000年に一度しか起きないから1000年に一度の危機なのだ。

 

つまり、人類滅亡の危機なんてものは一度それに対処してしまえば二度三度と危機が襲いかかる可能性は限りなく低い、ということだった。

 

無論、限りなく低いだけでその確率はゼロではない(・・・・・・)が。

 

「そうね……ええ、分かりました。それと私からもあなたに感謝を、ルーラー」

 

「ですから礼は不要と」

 

「いいえ、これは御三家たるアインツベルンを代表してのものです。我らが目指す大聖杯(ユスティーツァ)に代わり、私──アイリスフィール・フォン・アインツベルンは、聖杯戦争に相応しくない存在を処罰して下さったあなたに感謝申し上げます」

 

それからアイリスフィールは先ほどの礼に応えるように、これまた美しい所作でモルガンに向けて感謝の意を示した。

 

「……あれは聖杯戦争と関わりのない一般人を手にかけ、神秘の秘匿を乱していた。お前も聞いたことがあるでしょう、近頃、この地を騒がせていた連続殺人事件のことを」

 

「知っているけれど……まさか!」

 

「その通り。犯人はキャスターのマスターだった。そんな人間に呼ばれたサーヴァントがどのようであったかは、語るまでもないでしょう。そしてそのような輩を処分するのが、ルーラーのクラスを与えられた私の仕事です。ですからやはり」

 

“礼は不要です”と一言告げると、モルガンはアイリスフィールと、まだ夢心地で固まっているセイバーに背を向け歩き出した。

 

「──『妖精妃に玉座なし(ロードレス・キャメロット)』」

 

その一言とともに、長く美しい銀髪が揺れる後ろ姿が消えた。

 

「伝説って当てにならないものね。ブリテンの魔女モルガン……話してみたら、案外普通の人に思えてしまうわ」

 

ルーラー(モルガン)が立ち去ったのを見届けたアイリスフィールはそうつぶやき、それから未だにかちんこちんのセイバーをどうやって解凍するかについて頭を悩ませるのだった。

 

残念ながら、サーヴァントを解凍できる電子レンジは存在しない。

 

 






原作風選択肢。





セイバーを──

・止める←
・止めない





止めてなかったら当然バッドエンドです。

なおこの世界にルーラーモルガンじゃなくて抑止力の守護者・アサシンエミヤが召喚され、かつカルデアの介入があるとアクセルゼロオーダーに分岐します。たぶん。

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