アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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冬木でしたこと【10】

 

 

ギチギチと、蠢く蟲たちの声が聞こえる。

 

ここは蟲蔵、間桐(マキリ)の持つ魔術の修練場とは名ばかりの、ただの拷問部屋である。

 

ここに送り込まれた人間は、間桐臓硯の気が済むまで嬲られ、蟲により肉体を変質させられるか、蟲の餌となり苗床となり死ぬか、その二択であった。

 

その中央に、一人の少女が死んだような目つきで立っている。

 

間桐桜、十年前に遠坂から間桐への養子に出された、捨てられた子ども。

 

間桐家の人間となった彼女に待っていたのは、蟲により肉体改造を受ける日々であった。

 

いつか、間桐臓硯が不老不死を達成するために、間桐が聖杯戦争の勝者になるために、間桐桜は数多くの処置を施されてきた。次代の間桐の胎盤となるために、次代の小聖杯となるために。

 

そうして彼女は希望を失い、救いを求めることも諦めた。

 

十年前に自分を捨てた父も母も、自分と同じように蟲に喰われながらこの蟲蔵で死んだ。最後にはなんて言っていただろうか。父は“すまない桜。君を間桐の養子に出したのは、間違っていた”……とかなんとか、言っていたような気がするし、母はただ虚ろな目で“ごめんなさい、ごめんなさい”と狂ったように繰り返していたような気がする。

 

自分を助けると言って聖杯戦争に参加した、もう名前も忘れた義理の叔父はその惨状を桜に見せたあと、やはり内側から蟲に喰われて死んだ。

 

そうして絶望のドン底に落とされた間桐桜は、二度と希望など抱かないと心に誓ったのだ。

 

それなのに、その人はある日突然彼女に会いに来た。

 

『俺は■■士郎……って突然言われても困るよな。まぁ、お前の兄貴の友達だ』

 

兄、間桐慎二。自分に居場所と存在意義を奪われた、可哀想な人。そんな人が、自分と彼を引き合わせてくれたらしい。

 

『“嫌なこと、辛いこと、苦しいことがたくさんある”……か。でも、それをやめることはできない、と。……そっか、ごめんな。俺にそれをどうにかすることは、できないかもしれない』

 

その人は、自分を救ってくれる人ではなかったらしい。けれど。

 

『だから俺にできるのは、桜ちゃん……いや、桜に与えてやることだけだ。人生から嫌なことを引き算できなくても、楽しいこと、嬉しいこと、幸せなこと……そういうものを足し算してあげられたらと思う』

 

その人は私に、思い出をくれた。

 

楽しい思い出、嬉しい思い出、幸せな思い出。

 

マイナスを取り除くことはできないけれど、ならばせめてそれに見合ったプラスがあって欲しいと、■■士郎──先輩は、間桐桜に光を見せてくれたのだ。

 

それまで桜は、ずっと嫌なことばかり考えてきた。

 

辛いのは嫌だ。苦しいのは嫌だ。痛いのは嫌だ。もういっそのこと死んでしまいたい──けれど、死ぬのも嫌だった。

 

でも、彼と出会ってからの桜は希望を持てた。

 

辛いのは変わらない。苦しいのは変わらない。痛いのは変わらない。でももう、死にたいとは思わない。

 

だって、彼が教えてくれたから。この世にはマイナスなことだけじゃなくて、プラスのこともあるんだって。

 

彼と一緒に行きたい場所がある。彼と一緒にしたいことがある。彼からまだ習っていない料理だってある。

 

『明日やりたいこと』……そんな希望を持つことができたから。

 

「間桐桜──私と、同じ存在。たくさんたくさん、元の自分に戻れないほど体を弄くられて、改造されて、それから小聖杯(どうぐ)にされそうになってたのね。あなた」

 

誰かが、蟲蔵に降りてきた。雪のように白い髪と、血のように真っ赤な瞳を宿した少女が、蟲たちを一息に細切れにしてしまい、その死骸の中から間桐桜を掬い上げる。

 

「でも、もう大丈夫よ。安心して。もう苦しい思いはしなくて良いの。もう辛い思いはしなくて良いの。もう痛い思いはしなくて良いの。私と違ってあなたは、終わる(しぬ)ことができるんだから」

 

ニッコリと、彼女は天使のような笑顔で桜に向かってそう告げた。

 

「い……やだ……」

 

そしてその壊れた優しさを桜は拒絶した。

 

「──は? なんで? どうして? そうまでなって、どうして生きたいなんて思うの。死んでしまったほうが楽でしょう。そんな穢れきった魂で、汚れきった体で、どうして生きたいなんて願えるの」

 

確かに、桜は汚れてしまった。もう、普通の少女のように無垢な心のまま生きていくことはできない。

 

「……それでも、私は……」

 

でも、それでも生きていたいと。その意味を見つけてくれた人がいたのだと。

 

「生きて──」

 

もう一度、彼に会いたいのだと。そう、桜は言おうとして。

 

「……そんなの、そんなの嘘よ。勘違いよ。だから……だからあなたは、ここで死んでおきなさい」

 

“もう二度と苦しまないで済むように”と、天使のように優しげな表情で、イリヤスフィールは指を引いた。

 

「──ぁ」

 

そして桜は。きらりと、煌めく糸に首を切断されて死んだ。

 

「帰りましょう、セイバー。こんな薄汚い場所はもう、燃やすわ」

 

間桐桜の死体を蟲蔵に放置したまま、苛立つようにイリヤスフィールは外に出た。

 

「……殺したのかい?」

 

「えぇ、あの娘の心臓には間桐臓硯の本体がいた。間接的な参加者よ。可哀想だけど、殺すしかなかったわ」

 

「……本当に?」

 

訝しむようなセイバーの視線が、イリヤスフィールを射抜く。彼女はまるで自分が責められているかのような気分になり、そしてそれが癇に障った。

 

責められる謂れなんてない。聖杯戦争において、負けたマスターが死ぬのは当然。そしてあの子は間桐臓硯の本体だった。なら、連帯責任だ。可哀想だけれど、無関係でなかったのだから、そうである以上殺す。例外は、ない。

 

「……くどいわね。私は言ったはずよ、セイバー。誰であれ聖杯戦争に参加した魔術師は絶対に殺すと。確かにあの娘は巻き込まれた者だったかもしれない……けれど、それで生かす理由にはならない」

 

「……君が、それで納得できているのなら、私はそれで構わないさ。マスター」

 

「……っ」

 

言いたいことがあるなら言えば良いのに。そう思いながら、イリヤスフィールは燃え盛る間桐邸から立ち去った。

 

セイバーの魔術によって、相も変わらず嵐が吹き荒んでいる。彼女の小さな体に打ちつける風と雨は、ただでさえ冷え切った彼女の心からさらに熱を奪い取った。

 

「なによ、まるで私が、納得してない……みたいな言い方して」

 

早く帰って、暖かい湯船に浸かりたい。そんなことを思いながら、イリヤスフィールは素早く、セラとリーゼリットが用意した車に乗り込んだ。

 

「間桐桜……私の同類のくせに。なんであなたは」

 

後部座席に座り込み、車の窓へコツンと頭をぶつけた。外からは覗けないよう、黒く着色されたガラスには、今にも泣きそうな、酷い顔をした自分(イリヤ)の姿が映っている。

 

「生きたいなんて、思えちゃうのよ」

 

それから彼女は裏切られたかのような気分になりながら、泥まみれになったロザリオを握り締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魂が剥離しかかっているな。まったく、もう少し遅かったら本当に間に合わなかった」

 

人は、首を切られても数十秒間は意識があるらしい。

 

そして間桐桜は埋め込まれた刻印蟲の影響で、常人よりも長くその猶予があった。

 

「君は幸運だ。それまでの人生は不幸だったかもしれないけれど、最後の最後に間に合った。だからもう、こちら側の世界に足を踏み込んではいけないよ」

 

そして意識を失う直前、桜はそんな優しい人の声を聞いた気がした。

 

「『全て遠き理想郷(アヴァロン)』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イリヤスフィールは、間桐桜と同類である。間桐桜が、かつて間桐桜ではなく遠坂桜であったように。そして強制的に間桐に染められたように。

 

『イリヤスフィール』もまた、■■■■■(どこかの誰か)だったというだけの話なのだ。

 

 

 

 

彼女最初に覚えているのは、自分のお腹の中を誰かに取られているということだ。

 

精肉店に並ぶ、屠殺された家畜の肉のように、フックに両の手を貫かれた彼女はぼたりぼたりと臓物を垂れ流していた。

 

白衣の人間たちはそれを有難がって回収し、どこかへと持っていく。そして気がついたときには、彼女の腹の中はもう一度臓腑で満たされて──しかしやはり、切り開かれた腹からそれは奪い取られていく。

 

もう何度、その景色を眺めていただろう。

 

痛みは忘れてしまった。心は壊れてしまった。ずっと同じ景色が繰り返されているものだから、そこに至るまでの記憶すら消し去ってしまった。

 

ただ、ただずーっと、実がなる樹木のような扱いを受け、彼女は素材(なかみ)を採取され続けた。

 

その身に宿した伝説の鞘の効果によって、死ぬことすら許されずに。

 

 

 

 

そして彼女が気がついた時には、いつの間にか『イリヤスフィール』になっていたのである。

 

その名前をつけられてからは、中身を奪われるという責め苦は終わった。その代わりに、教育が始まった。

 

「僕は衛宮切嗣。これから君に戦い方を教える、先生だ」

 

殺された。何度も何度も、殺された。

 

「これは僕が経験した戦場、それを再現したものだ。君にはこの戦場を生き残れるくらいに、強くなってもらう」

 

銃を握らされたが、その才能はなかった。代わりに多くの魔術を同時並行(・・・・)に教わり、それを使って戦った。

 

一度殺されても、生き返る。不思議なことだったが、それでもイリヤスフィールは死ぬのが嫌だったので、必死に彼の教える殺しの術を学び続けた。

 

そして。

 

「定期試験をしよう、イリヤスフィール」

 

「「──ぇ?」」

 

定期試験、自分の教師がそう言って修練場から去ると、そこには自分と瓜二つ──いいや、本物の自分がいた。

 

冠位の人形師、蒼崎橙子という魔術師がいる。彼女は自分と寸分違わない人形を作ることができるため、死んでも蘇るのだそうだ。

 

普通、肉体が死ぬと魂は星幽界というより上位の世界に還る。だが、もし死んだときに死んだはずの体と全く同じ体がその世界にあれば、世界は『こいつ、実は死んでいないな』と勘違いするのだ。

 

衛宮切嗣の雇い主、アインツベルンはそれを再現しようとしたらしい。

 

イリヤスフィールの先代となったアイリスフィールは、あと一歩のところで死んでしまった。ならば、次の機体にはやり直しを可能とする能力を備え付けようと。

 

だが、世界を騙すほど精巧なスペアを作るなんてことは、たとえホムンクルスであっても難しい。だからこそ、蒼崎橙子は冠位の人形師、現代の異能と呼ばれるのだ。

 

故にアインツベルンは発想を逆転させ、彼女の魂をバラバラに砕いてしまうことにした。

 

そうして、バラバラにされた魂のかけらの一つを、イリヤスフィールの元の肉体の中身と、先代小聖杯であるアイリスフィールの肉を掛け合わせて作成したホムンクルスに定着させる。

 

ホムンクルスが死んだところで、それは元の体が死んだことにはならない。記憶は元の体を通して他の端末へと共有され、擬似的な蘇生を可能とする。

 

その副産物としてできたのが並列思考──アトラス院の魔術師が得意とする技である。その名の通り、頭の中で複数の事柄を同時に思考する技。イリヤスフィールはそれと似たようなことができたのだ。思考ではなく、肉体(たましい)を分割することによって。

 

「私と」

 

「私」

 

「「同じ存在同士で、殺し合えって言うの……?」」

 

それから、砕かれた魂の容れ物同士での競争も可能となった。

 

蠱毒、という呪術の儀式がある。数多の毒蟲を一つの壺に入れ、殺し合わせる。そして生き残った最後の一匹は、他の毒蟲の毒を受け継いだ最強の毒を持つ。

 

「ごめんね、私。でも私……死にたくないから」

 

「そ、そんなの、私だって──ッ!」

 

つまるところこれは、そういう儀式であった。

 

そして『イリヤスフィール』は『イリヤスフィール』を殺して、定期試験とやらを乗り切った。

 

「うあああああ!!!」

 

試験を終えた日の夜、彼女は夢を見る。殺された自分の方が持っていた記憶──自分自身に殺される夢を。

 

生き残った自分と、死んでしまった自分は統合される。そうやって、自分が何故勝てたのか、自分が何故負けたのかを無理やり理解させられる。

 

「あぁぁぁぁぁ!!!!」

 

死にたくないから、頑張ってるのに。死ぬような思いも何度もさせられる。死の記憶を何度も見せられる。

 

「何をやっている、イリヤ。その程度の防御じゃあ、僕の銃は防げない」

 

「がぁ──ッ!」

 

衛宮切嗣との模擬戦闘では、容易く頭を吹き飛ばされ。

 

「痛い、嫌だ、やめて、私……痛い痛いイタイ」

 

「ごめん、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」

 

錬金術の実験ではより深く人体を理解するために、自分の体を分解する。

 

「ひっ……」

 

冬の森に身一つで放り投げられ、野生動物たちに怯えながら夜を過ごす。そうして、目が覚めたら外で死んでいる自分の死体を回収する。

 

もう、頭がどうにかなりそうだった。気が狂いそうだった。もう一度記憶を消去したいとすら思った。自害したいとすら思った。

 

けれど、できない。脳に埋め込まれた命令は、イリヤスフィールが自害することも、諦めることも、反旗を翻すことも許さない。

 

それに、イリヤスフィールは理解していたのだ。自分がやめてしまったら、自分以外の者たちが殺されると。

 

「……あのホムンクルスたちは、何故殺されたの?」

 

ある日のことだ。教育の言う名の虐殺の折に、彼女は自分ではない別の型のホムンクルスの死体が積み上がっているのを見た。

 

「彼女たちはユスティーツァ型ホムンクルス……つまるところ、君に及ばない失敗作たちだ。だから、処分された」

 

それは、自分がいるせいで居場所を失った者たちの死体だった。

 

『イリヤスフィール』は、アインツベルンが外から攫ってきた少女を素体として、そこに先行機アイリスフィールを掛け合わせて作り出した群体のホムンクルスである。バラバラとなった魂を世界に繋ぎ止めるため用意された本体。それを親機とし、欠片となった魂の容れ物である子機を用意することで擬似的な不死を達成したホムンクルスである。

 

つまるところ、そんな『イリヤスフィール』という成功した上位の新型機ができてしまったせいで、それより質の低い旧型機たるユスティーツァ型ホムンクルスは存在意義を失ったのだ。

 

「……っ、やめてよ。殺さないであげて。私、もっと頑張るから。もっとちゃんと、強くなるから。だから、あの子たちにも生きる権利をあげて」

 

「……分かった。僕の方からアハト翁に取り合おう。けれど、分かっているねイリヤスフィール。その対価に君は、これ以上の努力を求められるかもしれないよ」

 

珍しく、彼女の教師は警告してくれていた。

 

「良いわ、それで構わない」

 

でも、イリヤスフィールは頷いた。もう、これ以上見たくなかったのだ。命が粗末にされる光景を。

 

自分の命は替えが利く。だとしたら、たとえ作られた命であろうと、一度死ねばそれまでの命であるホムンクルスたちの命の方がずっと価値がある。

 

そう、思ったのだ。

 

 

 

 

でも、全部無駄だった。

 

一年。イリヤスフィールが『イリヤスフィール』になって、一年が過ぎた。

 

彼女はアインツベルンの長たるゴーレム、ユーブスタクハイトに呼び出され、自分の製造理由を聞かされた。

 

第三魔法を作るらしい。自分はそのための、器になるらしい。

 

「あなたたちアインツベルンは、それで何を成そうと言うのですか」

 

何も、ない。ただそれを証明したいだけなのだ、アインツベルンは。かつてこの城にいたアインツベルンの魔術師たちの残した命令を、ただ完遂しただけなのだ。この機械たちは。

 

「……っ、なら。なら私が失敗したら、あなたたちはどうするのですか」

 

その場合、アインツベルンは活動を停止するだろう。

 

「……私が、天の杯(ヘブンズフィール)になった場合は?」

 

その場合も、アインツベルンは活動を停止するだろう。

 

その言葉が意味することは。

 

一年、長きに渡り積み上げてきたイリヤスフィールの死も、他のホムンクルスが生きていられるよう、温情を貰うためにしてきた努力も、もはや師である衛宮切嗣を殺せるほどに培った実力も。

 

「ひ、ひひっ」

 

全部、全部、無駄だったというわけだ。何も生み出さないというわけだ。

 

アインツベルンの活動停止、それはイリヤスフィールが助命を願ったユスティーツァ型ホムンクルスたちも同様に自害することを意味する。

 

彼女らはきっと、ユーブスタクハイトの『自害せよ』という命令に抵抗しないだろう。あれらは作られた者であり、生きたいという意思すら薄弱なのだから。

 

「ふひっ、ひっ……ひっ……あははは──!」

 

そのとき、彼女は壊れようと思った。自我を壊して、ただの機械になろうと思った。生きてる意味なんてないと、自我を持つ意味なんてないと。

 

「そんなに死にたいならさぁ! 自分一人だけで死ねよ! 魔術師ども! 私を巻き込んで、周りを巻き込んで! 意味が分かんないよ! あっははは──!」

 

狂ったように笑いながら、廊下を歩く。窓の外の景色は己の心情を示すかのように、轟々と大吹雪に見舞われていた。

 

ふらふらと行き場を失った体が、生きる意味を失った体が覚束ない足取りで廊下を進む。

 

そしてその先に、一人の男が立っていた。

 

「イリヤスフィール」

 

「──衛宮、切嗣」

 

君を育てて一年が経った、と。これが最終試験だ、と彼は言った。自分を殺して、完成しろと、魔術師は弟子に向かってそう言った。

 

「……そう、言っておくけれど、もう私はあなたより強いわよ切嗣」

 

「知っている。……だが油断しないことだ。今回は僕の魔術礼装──起源弾を使う。それが当たれば、たとえ君であっても即死は免れないだろう」

 

「……っ」

 

起源弾、衛宮切嗣の魔術起源『切断』と『結合』を表す魔術礼装。それに撃ち抜かれた魔術師は、文字通り魔術回路をぐちゃぐちゃにされて、魔術師として死ぬ。

 

つまるところ、衛宮切嗣のそれは不死身に思えるイリヤスフィールにとって唯一の希望()だった。

 

「君は辛いと言った、苦しいとも言った、もうやめたいとも言っていたな。けれど一度も、僕に助けは求めなかった。それはどうしてだい」

 

コンテンダー──起源弾を打ち出すための銃に弾を込めながら、衛宮切嗣は言った。これから殺し合うというのに、その表情は親しい人と何でもない日常を会話するかの如く凪いでいた。

 

「何を言ってるのかしら、切嗣。私にそんな権利(じゆう)、あるわけないでしょ?」

 

そうだ。イリヤスフィールにはそれを求める機能そのものがない。そんな機能は、取り除かれている。肉体を、魂を改造された彼女には思考の自由はあっても、衛宮切嗣に助けを求めるなんて行動の自由はないのだから。

 

「そう、だったね」

 

黒衣の男が、銃を構えた。

 

「そう、なのよ」

 

銀髪の少女が、呪文を唱えた。

 

そうしてイリヤスフィールは──衛宮切嗣を倒し、彼の四肢を奪ってダルマにしてやった。

 

「どうしてよ……!?」

 

「……」

 

責めるように、イリヤスフィールが四肢を失った衛宮切嗣に向かって吠える。絶望を浮かべたその顔は、怒りに満ちたその顔は、およそ勝者がして良いはずの表情ではなかった。

 

「お前お前お前、切嗣!!! なんで起源弾を使わなかった(・・・・・・)の!?」

 

彼女に自ら死ぬ自由はない。けれど、意図していない被弾であれば死ねた。

 

彼女は一度だけ、弾丸を髪で防御した。そうしなければ防げない、不可抗力の被弾だった。そして魔術回路の塊に起源弾(それ)が当たったならば、確実に死ねるはずだった。ようやく、この馬鹿げた死の螺旋から逃れられるかと思った。だというのにあろうことかこの男は、起源弾を装填していなかったのだ。

 

「ここで君を殺すわけにはいかないからだ。イリヤスフィール。君には、聖杯になってもらって、世界を救って貰わなくっちゃいけない」

 

「何を言って……?」

 

「告白しよう。アインツベルンから依頼を受けて、外の世界で何不自由なく普通の少女として暮らしていた君をこの城に攫ってきたのは──僕だ」

 

衛宮切嗣という男は善人だった。世界を平和にするという志を抱いた人間だった。そしてそのために、たった一人の少女を犠牲にできる悪だった。

 

(何言ってるの、この男は)

 

イリヤスフィールは衝撃を受けたように、彼の上に馬乗りになったままぽかんと口を空けて固まった。

 

(世界平和? そんなこと(・・・・・)のために、私はこの城で『イリヤスフィール』になったの?)

 

あまりにも馬鹿馬鹿しかった。だって、その理想は絶対に叶えられない願いであったからだ。

 

絶対、絶対である。なぜそう断言できるか。

 

現時点で抑止力の妨害がない(・・・・・・・・・)からだ。

 

アインツベルンは、第三魔法の成就を目指す存在である。そうであるが故に、それを何かに使おうとはしない。第三魔法を使って世界を変革することは、抑止力に抵触するから。

 

千年、アインツベルンは失敗し続けた。第三魔法の製作に失敗し続けたのだ。それなのに、その難易度をわざわざもっと難しくするか(・・・・・・・・・)

 

しない。だからアインツベルンは第三魔法で世界を救わないと、最初から決めている。そして救わないから、抑止力の妨害にも遭わない。

 

イリヤスフィールは第三魔法を行使する器でありながら、それが成立した時点で無能になることが決まっているのだ。

 

根源接続者と呼ばれる者たちが、生まれた瞬間から満たされて死んでいくのと同じように。魔法使いになった彼女は、その瞬間に満たされて死ぬのだ。

 

アインツベルン(わたしたち)は、ここに至っただけで満足ですと。

 

(ああ。こいつ、アインツベルンに騙されたのか)

 

無様だった。哀れだった。そしてそれは、イリヤスフィール自身もそうだった。この命は最初から全て無駄になると決まっているのだから。

 

切嗣の首に糸を絡みつける。

 

「命乞いをしなさい、衛宮切嗣。みっともなく、道化のように、助けて欲しいと乞い願いなさい。そうすれば、せめて命は助けてあげる」

 

痛いだろう、苦しいだろう、それはイリヤスフィールが何度も味わってきたものだ。お前にも、それを味あわせてやる。

 

そんな憎悪の籠もった瞳で、イリヤスフィールは衛宮切嗣を睨みつけた。しかしやはり、彼の表情は凪いでいた。まるでこれから来るだろう死が、救いであるかのように。

 

「悪いが、僕にその権利(しかく)はない」

 

そんな彼から帰ってきたのは、奇しくも自分と同じ言葉だった。

 

力を込めていたイリヤスフィールの拳が、弱々しく落ちた。それに伴って張っていた糸もだらんと弧を描く。

 

「……本当に、お前はつまらない男だわ」

 

首に巻き付けていた糸を解き、失った切嗣の手足へと縫い付けていく。治癒の魔術により、切落とした腕をもとに戻していく。

 

「失せなさい、衛宮切嗣。二度とその面を、私に見せるな」

 

生きれば良いと思った。生きて、お前のしたことはすべて無駄と知り、絶望すれば良いと思った。

 

そう思って、イリヤスフィールは衛宮切嗣を追い出した。

 

そうして一人、城に残された彼女は歩き出す。

 

「眠ろう。眠って眠って、それから朝になったら、自我を消してもらおう。生きる意味がない私には、はじめから自我なんてもの必要なかったんだ」

 

それから自室に行って、ベッドの上にあった熊の人形──ご褒美などと称して、いつか切嗣が与えてくれたテディ・ベア──を切刻んで暖炉にくべてから、イリヤスフィールは泥のように眠った。

 

 

 

 

「朝、か」

 

冬木の郊外にあるアインツベルンの城の自室で、イリヤスフィールは目を覚ました。寝ぼけた頭で目を擦りながら、ベッドを降りる。

 

それから寝間着を脱いで、いつもの服に着替えて、首にロザリオをかけて。

 

「ん、まぶし」

 

カーテンを開き、眩い朝日(・・)を浴びた。

 

「……ん? 朝日? おかしいわね、今はセイバーの力で嵐のはずじゃ」

 

朝日を浴びたおかげで体が覚醒したのか、そんな疑問が湧き上がる。するとその疑問に答えるかのように、彼女の自室がノックされ、実にこの清々しい朝日に似つかわしい、爽やかな男の声が響いた。

 

「おはよう、起きているかいマスター。今日は良い天気だからね、少し……外に遊びにでも行こうか」

 

それはいずれ死ぬ運命である少女に対する騎士からの、逢瀬(デート)のお誘いであった。

 

 






はい、というわけでイリヤスフィールの『性格改変』モノではありません。そもそもイリヤスフィールは、完全なアイリスフィールが作られたこの世界に生まれてないので。

これでストックが尽きました。続きは未定、多分1994の聖杯問答からになるかな。溜まったらまた投下しに来ます。感想評価貰えると嬉しいです。

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