アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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冬木でしたこと【11】

 

 

【1994】

 

 

 

 

カチカチと、ボールペンがノックされる音が響いた。

 

「ふむ……」

 

冬木市立図書館、その一角にあるテーブルにて、美しい淑女が悩ましげに声を漏らす。

 

図書館ではお静かに、そのルールに則り利用者たちが皆一様に静寂を維持しようと努力しているためか、彼女のいっそ色めかしいとすら思えるような、しかし一方で凛とした鈴のような声が良く響く。

 

「むぅ……」

 

それから彼女、現代風の装いに身を包んだ五世紀の魔術師であり、現代に蘇ったサーヴァント──モルガンはうず高く積み上げられた書物たちの中で頭を抱えた。

 

彼女がセイバー、並行世界のアーサー王アルトリア・ペンドラゴンと遭遇してからしばらくが経った。神秘の隠匿を怠ったキャスターを始末し、中立違反をしていた教会にも罰則を与えたおかげか、聖杯戦争は何のイレギュラーもなく真っ当に進行している。

 

夜間、人払いによって人気がなくなった場所でマスターとサーヴァントが集い、戦い、そして決着がつかずそのまま解散する。実に聖杯戦争らしい聖杯戦争だった。

 

今のところ精力的に戦闘を行っているのはセイバーとランサー、そしてライダーであり、バーサーカーとアーチャーは中々姿を現さず、アサシンは露骨にルーラーを警戒するようになってしまった。というのが現状である。

 

つまるところ昼には時間があるため、モルガンはこうして誰であれ利用可能な知識の園という、現代の素晴らしい文化──図書館を利用しているわけだが。

 

「はぁ……」

 

『アーサー王伝説』、五世紀の暗黒時代、ローマ亡き後のブリテン島を舞台にした、騎士たちの華々しい活躍を記録した物語(・・)。それが記録された書物を前にして、モルガンはまたしても深くため息をついた。

 

「──この世界のアーサー王もちゃんと男のようだが???」

 

彼女は自分の弟に会いに来た、そのはずである。そのために抑止力と契約した、そのはずである。だって彼女の願いは、アーサーがいないと叶えられないものなのだから。

 

だというのに、いたのは弟のパチモンだった。なんだそりゃ、ふざけるなこんちくしょう。思わずそう叫んでやりたい気分だったが、まぁ、セイバーが女性のアーサー王であるという事実はもう現実として受け入れるしかなかった。

 

そして彼女は、この世界のアーサー王伝説は一体どうなっているのか、という疑問を抱いたのだ。

 

だが、調べた結果分かったのは現代で語られるアーサー王伝説と自分の中にある当時の記憶にはそこまで違いがなかった、というだけのことだった。いくつかの異聞では登場人物の名前、血縁関係、物語上の展開の差異は確認できたが、どれも誤差、神秘の秘匿、創作による話の誇張の範囲であり、その中にアーサー王が実は女だったなどという記述は見られなかった。

 

「つまるところ、この世界のアーサー王は男装していた少女であったと。後世の記録には残っていないが、それが真実だったというわけか」

 

パラパラと積み上げられた本のページを捲っていく。その中の挿絵には男性のアーサーの姿──現物はもっと凛々しい。描き直せ──があり、老人のマーリンの姿──現物はもっと醜い。描き直せ──なんかもあった。

 

モルガンはボールペンを走らせ、考察した内容をノートに刻んでいく。

 

「さて、これからどうしたものか、アーサーがいないのなら私が現代に残る意味もない。というよりも、契約違反だぞ抑止力め。私はきちんとアーサーがいるか聞いて……」

 

その時、モルガンは思い出した。

 

「……あ」

 

抑止力は確かに召喚される直前、彼女に向かってこう言ったのだ。“その地にアーサー王(・・・・・)は来る”と。

 

確かに、アーサー王はいた。モルガンの求めた男性のアーサー王ではなく、女性版アーサーとか言うパチモンであったが。

 

「やはり詐欺ではないかっ、このっ、ぐっ……!」

 

もう決別したはずのヒステリックな魔女としての側面が表に出たのか、思わず拳を振り上げる。無性にモノに当たりたい気分であった……のだが、ここは図書館。静かにするのが絶対ルールの空間である。

 

「……はぁ、認めよう。抑止力の言葉を信じた私が、愚かでした」

 

それ故に振り上げた拳を振り下ろすわけにもいかず、モルガンは嘆息すると同時に力を抜いた。

 

そして自分の過ちに気がついた彼女は、がっくり肩を落として深く椅子に腰掛けた。

 

「……仕方がない。折を見てあの女アーサーを依り代にアーサーを召喚できるか試してみるとしよう。何かの間違いで、霊基を上書きできる可能性もまだある」

 

“うー”と不満げに声を漏らしながら天を仰ぐ。

 

聖杯戦争に参加できるのは計七騎のサーヴァントだ。与えられた知識によれば、これら七騎が一つの陣営にまとまった場合のみ追加の七騎を召喚できるとあるが、基本的には追加の英霊を召喚することは不可能だろう。

 

故にこれからモルガンがアーサーと出会える可能性があるとすれば、それはアルトリアの霊基をアーサーで上書きする形で喚び出すという変則召喚くらいしかないのである。

 

「裏でセイバーが勝ち残るように調整し、生き残らせる。それから聖杯を獲得する直前に奴のマスターを殺し、セイバーのマスター権を奪う」

 

中立違反など知ったことか、そもそも最初に契約違反を犯したのは抑止力の方だと、彼女は己の心を正当化しながら策を企てる。

 

けれど。

 

「……いや、やはりやめよう。セイバーのマスターが令呪を使っていなければ、そもそも私は死んでいたのだ。それなのに、彼女からマスター権を奪うなど……恥知らずにも程がある。それにそんな風にアーサーを喚び出したところで、私は彼に会わせる顔がない」

 

やめた。そういうのはもう、生前でやり尽くしたのだ。死んだ後まで、英霊として二度目の生を得た後まで魔女であろうとする必要はない。

 

アーサーは欲しい。けれど何より、彼の隣に並び立てる自分でいたい。そうありたいと願ったから、彼女はこうして現代に蘇ったのだ。

 

一度目は単純に、彼を自分のものにするのが目的だった。彼を自分の支配下において、生前満たしきれなかった自分の(こころ)を満たしたかった。

 

けれど二度目で可能性を見て、考えが変わった。

 

三度目の今回は彼を支配するのではなく、もっと別の、それも対等な関係性。

 

敵としてでもなく、弟としてでもなく、旅の相棒としてでもなく。

 

今まで使い捨ててきた男たちとは違う、本当の伴侶として、彼と接してみたいと思ったのだ。

 

だから、自分は彼の隣に立つに相応しい在り方を得たいと願った。

 

そしてその願いを否定するようなことを、モルガンはしたくなかった。

 

「……捨て試合、だな。今回の聖杯戦争では私の願いは叶えられまい。であれば、次の機会を待つしかないが」

 

しかし、自分とアーサーが巡り合う聖杯戦争などいつになるか分からない。ましてやアーサーには、ある種のタイムリミットがあるのだ。

 

『 』の渦、その外殻となったアーサーは時間の概念がない空間にいる。だがそれでも、彼の自我は刻一刻とすり減っているのだろう。いずれはもしかしたら、人として召喚されることすら不可能になるかもしれない。

 

(ヒト)ではなく純粋な天の鞘と虚無の剣という、(モノ)になってしまうのかもしれないのだ。

 

それを考えれば、今回のチャンスを無駄にすることはできない。

 

「……いや、待て。確かこの冬木の聖杯戦争はこれで四度目なのだから、ここで受肉して五度目を待てば正規の手段でアーサーを喚べるのでは?」

 

冬木の聖杯戦争、それは二百年続く儀式である。そして今回でこの戦争は四度目を迎えたのだ、であれば今回で決着がつかない場合、さらに五度目が開催される可能性が高い。

 

そしてモルガンは自分の胸に下げたロザリオを見た。彼を喚び出す触媒は、こうしてここに存在している。

 

今回の聖杯戦争も有耶無耶のままに終わってもらい、モルガン自身は抑止力の対価で受肉して次回の聖杯戦争に参加する。そこでアーサーを召喚──彼を喚んだ時点で勝ちは確定している──し、聖杯を使って受肉してもらえば。

 

「な、なんて完璧な計画。まさにこれが、理想郷(ハッピーエンド)への路──!」

 

その先には彼との、誰にも邪魔されることのない現代生活が待っているのだった。

 

よし、方針は決まった。当面は聖杯戦争の監督役を務めながら、良い感じのところで邪魔をしてやろう。大丈夫、裏からネチネチと妨害するのはモルガンの十八番なのだから。

 

「そうと決まれば、あの女アーサーにはどんな妨害をしてやろうか。ふふふ……」

 

妖精としての悪戯心が刺激されてか、ニマニマと暗黒微笑を浮かべながら脳裏で策を練る。

 

それから暫く、ノートの上にペンを走らせる音が響いたかと思うと。

 

「む、もうこんな時間ですか。いささか集中しすぎたようだな」

 

いつの間にか日が落ちて、窓の外には暗がりが広がっていた。それから館内に閉館を知らせるアナウンスが鳴る。

 

モルガンは大人しく荷物をまとめ、図書館から退出した。

 

そして路地に入り込み、宝具で自分の魔術工房へと帰還しようとした、そのタイミングで。

 

「さて、ここなら人目はありませんね。『妖精妃に(ロードレス)──む?」

 

銀の糸で編まれた一匹の使い魔が、彼女に招待状を運んできたのだった。

 

 

 

 

夜、冬木郊外にあるアインツベルンの別荘にて、セイバーはどこか影を帯びた表情で城へと帰還する。

 

普段は凛として覇気のある彼女の立ち姿も、今は戦で負けた敗残兵のように小さく萎んでしまっていた。

 

セイバーの願い、それは自分という間違った王を選定した歴史を否定し、あのブリテンの結末を覆すこと。

 

尊い願いのはずだ。決して間違っていないはずだ。あんな不幸は、終わり方は、どんな経緯であれ否定されて然るべきはずのものである。

 

だがしかし、戦で争う前に、王としての格で白黒つけようなどと言ってこの城にノコノコやってきたライダーは、彼女の願いを正面から否定した。

 

英霊として成してきた道を否定するなど、あってはならぬと。貴様など、王という役割に縛られただけの小娘に過ぎないと侮辱した。

 

そして黄金の王、アーチャーもまた彼女を嘲った。人の身に余る理想を抱えるその様が慰み者のようだと、セイバーを愛玩動物かのように称して去っていた。

 

「私は、私は間違ってなどいない……そのはずだ」

 

王は人の心が分からないと言って、去っていった騎士のことを思い出す。貴様は臣下を救っても導くことをしなかったと言って、自身の王の在り方──共に夢を駆けた戦士たちを宿した心象風景『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』を示したライダーを思い出す。

 

ならば問おう。人の心が分かっていれば、国は救えたのか? 野望──たとえば、全ヨーロッパを飲み込み、ローマを下すなどといった大それた願いで臣下を焚き付ければ、国は救えたのか?

 

否だ。そんなものは、セイバーの道には必要なかった。飢え、異民族、裏切り者、魔獣、ローマ。そういったものに対抗するためには、人の心も、叶うはずもない野望も必要なかった。

 

セイバーは常に正しい選択をしてきた。ブリテンを救う、そのために、必要のないものは全て切り捨ててきたのだ。

 

人の心も、少女としての自分も、そして──自分の死後の安寧さえも。

 

「気にすることはないわ、セイバー。あなたと彼らとでは、生きた時代も環境も違うもの。あなたはあなたのままで良いし、その在り方が私には好ましいわ。あんな野蛮な人たちよりもずっとね。だから比べる必要なんて、きっとないのよ」

 

「……ありがとうございます、アイリスフィール」

 

険しい顔をしていたセイバーの表情が、アイリスフィールの言葉に少し和らいだ。その優しさが、荒んだ心に染み渡る。

 

彼女が自分のマスターで幸運だったと、セイバーは心からそう思った。

 

アイリスフィールを連れ添って城の中へと帰還し、武装を解除する。結局セイバーが戦うことはなく、襲撃を仕掛けてきたアサシンもライダーが蹴散らしてしまったため、この鎧姿も出番なしだった。

 

「歓談は終わりましたか、セイバーのマスター」

 

聞こえるはずのない誰かの声が、玄関ホールに響き渡る。

 

「──ッ!?」

 

すかさず再武装し、セイバーは風の鞘を纏った剣を構えて声のする方を睨みつけた。

 

自分の正面、階段の上に立っていたのは。

 

「モルガン、何故貴様がここに!」

 

自分の姉にして不倶戴天の敵、未だ信じられないことだが聖杯戦争の裁定者として喚び出されたサーヴァント、ルーラーにして己の姉モルガン──正しくは、その並行世界の同一人物の姿が、そこにはあった。

 

「何故も何も、私はただお前のマスターから招待されただけです。セイバー」

 

セイバーが向ける敵意の籠もった視線を受け流しながら、ルーラーは手に持ったグラスをくるりと回し、中に注がれた鮮血のように赤いワインで舌を濡らす。

 

「……どういうことですか、アイリスフィール。何故私に黙って、彼女を本拠地に呼び込むような真似を」

 

「えっと、ごめんなさいねセイバー。事前に相談しようと思ったのだけれど、言ったら反対されていたでしょうし」

 

「当たり前です! 彼女を拠点に招くなど、何を考えているのですか!」

 

申し訳なさそうなアイリスフィールに向かって説教をするように、セイバーが声を上げた。どんな事情であれ、彼女に気を許すなどあってはならないのだ。

 

「諍いは後にしろ、セイバー。それでセイバーのマスター、私はアーチャーとライダーとの話は終わったのかと聞いているのですが」

 

「ええ、何事もなく終わったわ。招待に応じてくれてありがとう、ルーラー」

 

ワインを一口含み、それからチーズの乗ったクラッカーをもぐもぐと味わっていたルーラーは、相変わらず礼は不要と言わんばかりにアイリスフィールの言葉に“ん”と言って手を挙げ応えた。

 

「そうですか、では結構」

 

それから彼女はアインツベルンの使用人にグラスを渡すと、カツカツとヒールを鳴らして階段を下っていく。

 

「……っ、何のつもりだモルガン。それ以上私のマスターに近づけば承知しない」

 

「……何のつもりも何も、そちら側に扉があるだろう。私はそこから出て行こうとしているだけだが?」

 

剣を構えたまま、セイバーは背後を確認した。彼女の後ろには苦笑いするアイリスフィールの姿が、さらにその後ろに正面玄関がある。

 

「……か、帰るのですか。何をするわけでもなく?」

 

「普通に帰りますが。なんだ? それとも生きては帰さないとでも言うつもりか、貴様」

 

モルガンは胡乱な目つきでセイバーを睨みつけた。そっちがその気ならば、こちらとしてもやってやろう。具体的には宝具を解放せざるを得ない。

 

……つまり『妖精妃に玉座なし(ロードレス・キャメロット)』で普通に逃げるだけなのだが。ルーラーが彼女と正面切って戦うなんて愚を犯すわけがない。

 

「えっとセイバー、一応彼女は私が招いた客人なのよね。だから帰さないなんて言ってしまうと、その、貴族としての面子が……ね?」

 

セイバーとルーラーの間で視線を泳がせていたアイリスフィールが、不安そうにセイバーに声をかける。

 

「……いえ、その、出過ぎた真似をしてしまい申し訳ありません」

 

顔を赤くしながら、セイバーは剣を下ろし警戒を解く。己の勘違いで主に恥をかかせるわけにはいかない。少々気を張り詰めすぎていたようだ。

 

それから気まずくなってセイバーは視線を逸らした。

 

(待った、本当に私が悪いのですか。これは)

 

おかしい。

 

ルーラーを警戒するのは、セイバーにとっては至極当然のはずなのに、まるで自分が悪いかのような空気だ。これには遺憾の意を表明したいところである。

 

「では、これからもルールを守って正しく聖杯戦争に励むように」

 

「は、はぁ」

 

ルーラーから薫陶を受け、セイバーは釈然としない心持ちのまま曖昧に頷いた。なお直訳すると『私に面倒はかけるな』という意味であり、間違ってもセイバーへの応援というわけではない。

 

「しかし、聖杯に相応しいか否かを決めるために王としての格を競う……か。なんともつまらん話だな。馬鹿馬鹿しい」

 

そして城の重苦しい正面扉を開けたところで、ルーラーはポツリとひと言呟いた。

 

どうせ最後には聖杯戦争のルールに則り、勝者が聖杯を手にする。つまりルーラーに言わせれば格なんてどうでも良く、強さこそが正義なのだ。それ故に王の格を競うなんて行為は、鼻で笑ってしまうほど意味が分からなかった。

 

「待て、モルガン。あなたは、私たちの会話を聞いていたのか?」

 

扉を開き、一歩外に出る。それから宝具で転移しようとしたところで、セイバーの腕がルーラーの肩を掴んだ。

 

「盗み聞きをされて癇に障った、とでも言うつもりですかセイバー。ですがあれだけ声を上げていれば、聞かずとも聞こえます。不可抗力というやつです」

 

うんざりしたような顔で、ルーラーは“しっしっ”と肩に乗せられたセイバーの手を払った。

 

「どう思う」

 

「……は?」

 

なのに、払ったはずのセイバーの腕はピクリとも動かない。

 

「あなたはどう思うのかと聞いたのだ、モルガン。あなたとて、あのブリテンの終わりを見たはずだ」

 

「……???」

 

訳が分からないまま、ルーラーは一歩下がった。するとセイバーはそれに合わせて一歩前に進んだ。そしてルーラーは目の前の少女が、自分に向かって話しているのだと気づいた。

 

「私は、あの運命を否定したい。あの結末へと民を導いてしまった私が、王になってしまったなどという歴史を否定したい! この思いは、決して間違っていない、そのはず……なのです……」

 

「まさか、お前」

 

セイバーが俯き、風に揺られてその黄金の髪が頼りなく揺れた。

 

()に聞いているのか?」

 

その姿にルーラーは大いに驚愕し、眼球が飛び出そうなほどに大きく目を見開く。

 

「お前の国を滅ぼし、あの結末を引き起こした原因たるこの()に?」

 

それはあまりにもおかしな質問であった。正気とは思えない問いだった。

 

あろうことか目の前の騎士王は、自国の滅びの否定を、滅びの原因たる魔女に肯定されたがっているのだ。

 

「……っ、道は違えど、あなたもブリテンを愛していたはずだ! そうであるならば、あなただってあの結末を容認できないはず……!」

 

「はず、はず、と。憶測ばかりだな、セイバー。そもそも私は貴様の姉ではない、別次元の存在だ。貴様が求める回答はないと、そうは思わないのか」

 

セイバーがその言葉に“はっ”と顔を上げる。

 

「では、まさかあなたの世界ではブリテンは救われたのですか……?」

 

「いいや、滅んだ。私が滅ぼした。我が子たるモードレッドに狂気を吹き込んでな」

 

そしてその期待の籠もった表情は、すぐに落胆へと変わった。

 

「……何故、滅ぼしたのですか」

 

「憎かったからだ、貴様の国が。そしてアーサー王という存在そのものが」

 

たとえ愛されずとも母は母だ。そんな我が母を辱めて生まれた王が、理想の国を作ったという。皆が笑える国を作ったという。

 

自分は北の国に追いやられ、疎まれ、何もなかったというのに。

 

「っ、そんな理由で」

 

「そうだ。そんな理由だ。私が笑うことができない世界で、私以外の多くの人が笑っていた。それが許せなかった。だから滅ぼしてやった、道連れにしてやった。私と同じところまで、落ちてしまえば良いと思ったんだ」

 

「……」

 

結局のところ、ルーラーが生前してきた行いは逆恨みに過ぎなかった。アーサー王本人に罪はないのだ。彼は魔女モルガンに対し、何か怒りを買うような真似を直接したわけではない。だがそれでも、環境が、運命が、魔女と騎士王の対決を望んだ。

 

「貴様は神ではない、アーサー王。故に全ては救えない。そして救えなかった者のなかには、周りも落ちてくれないと気がすまないという傍迷惑な存在がいるのだ」

 

“私のように”と、ルーラーは言外に告げていた。

 

「そうしてそんな者が、たまたま国を滅ぼせるほどの力を持っていた。だから貴様……いや、私の世界のアーサー王の国は滅びた。それだけだ」

 

世の中には他人の不幸が許せない者がいるように、他人の幸福を許せない存在もいる。そういうものは大した能力を持たず、ただ世の中に不満を垂れて死んでいくのが大半だ。

 

だが当時の多くの人間にとって不幸なことに、魔女モルガンは能力を持った破綻者だったのである。

 

「……ならば、私があなたを救えていれば、あなたと和解していれば、ブリテンは滅びを迎えずに済んだのですが」

 

セイバーはあり得ざる歴史のIFを語った。

 

「知らん。そもそも私とお前の世界の私とでは出自が異なるからな。もっともそちらの私が王位継承権を求めていたのであれば、和解など到底不可能であろうが」

 

そしてそのIFを、ルーラーはやはりあり得ないと切って捨てた。

 

「ならば、ならばやはり私など王になるべきではなかったということでしょう」

 

「……お前、何を言って」

 

「私が王になることであなたとの破局を生み、それが滅びに繋がるのだと言うのなら」

 

光を失った目で、セイバーがぽつりと呟く。

 

「最初から私など生まれるべきではなかっ──」

 

“パン!”と、乾いた音が夜空に響いた。そして驚いたように、セイバーは己の頬に手を当てる。そこはほのかに熱を帯びていた。ルーラーが彼女の頬を打ったせいだ。

 

「何を」

 

自分の頬を打った人の顔を見上げて、セイバーは思わず息を呑む。

 

「お前が、お前がそれを言うな! アルトリア・ペンドラゴン! 貴様はアーサーでなくても、ブリテンを救った騎士王だろうに!」

 

怒っていた。先ほどまで氷の冷たい表情を浮かべていたその顔を真っ赤に染めて、瞳の奥に涙すらためて、激怒していた。

 

そうだ、ルーラーは怒っていた。まるで悪い夢でも見せられているかのような現実に憤っていた。

 

(何なのだ。私はアーサーに会いに来た。そのはずなのだ。だというのに目の前にいるのは)

 

古い鏡を見せられているような気分だった。

 

彼女の目の前には、押し付けられた役割に潰されそうになっている、ただの少女(かつての自分)がいた。

 

彼女はきっと、知らないのだ。かつて自分が人としての幸福を知らず、愛を知らず、憎悪に身を焦がすことでしか生きることができなかったように。

 

この少女は、理想に身を焦がすことでしか生きることができないのだろう。

 

アルトリア・ペンドラゴン。並行世界のアーサー王。見た目はアーサーと良く似た容姿をしているくせに。

 

(どうして私は、こんな奴と会わなければならない。なぁ、アーサー)

 

その在り方はきっと、モルガンに良く似ていた。

 

(私を救ってくれたあなた。そんなあなたの並行世界の可能性に対して、私は何をしてあげれば良いのだろう)

 

腹が立つ、腹が立つ、腹が立つ。

 

ルーラーはこんなことをするために現界したわけじゃない。こんな思いをするために現界したわけじゃない。こんな話をするために現界したわけじゃない。

 

だというのに、こうなっている現状に腹が立つ。

 

「……っ、私はブリテンを救ってなど!」

 

だがそれよりも、自分がしたことを全く理解していないこの愚か者の在り方の方がずっと腹立たしかった。

 

「私はブリテンを滅ぼした、間違った王でした!」

 

「……そうだ、あの日ブリテンは滅んだ。しかしそれはアーサー王ではなく私の手によってだ。そして、それは定められた滅びでもあった。西暦に入り神秘が消えていく中で、ヨーロッパにおいて唯一神代が残ったブリテン島が人理の波にのまれるのは変えられない現実──人理定礎なのだ。その言葉の意味くらいは知っているだろう、アルトリア」

 

汎人類史という、置換可能な並行世界群の中において共通するチェックポイント、それが人理定礎である。変えることのできない、絶対通過点である。

 

なぜならそこから逸脱した時点で、その世界は剪定事象として世界の系統樹から切り落とされてしまうのだから。

 

それを覆せるものがいるとすればそれは魔法使いか、根源接続者か、あるいは本物(・・)の聖杯くらいなものだろう。

 

もっとも、それをやろうとした時点で抑止力から妨害に遭うことは間違いない。あるいはそれが成功した後でも、特異点化したその歴史を維持できる保証はない。

 

「それは知っています。それに抗おうと生前に聖杯を求めはしましたが、それでもブリテンが滅びることは覚悟していました。けれど、その終わり方はきっと穏やかなものだろうと、そう信じていたのです! だというのにあれは、あの結末は……とても、とても理想の果てにあって良い景色ではない」

 

死んだ。皆、死んだ。誰一人、あの戦場で生き残ることはなく、剣の丘の上からは見渡す限りの屍が広がっていた。

 

「……私は、私はブリテンを救うために、あの終わりを否定するために生まれてきた。だというのにそれが成せなかったのであれば、やはり私など」

 

「違う、お前はやはり勘違いをしている。アルトリア」

 

ルーラーは否定するように、セイバーの言葉を遮った。

 

「今一度思い出せ、アーサー王が生み出された理由はなんだ?」

 

「そ、それは。私は理想の王として、ブリテンを救うために」

 

「では救いとは具体的には何だ(・・・・・・・)?」

 

「……ブリテンの、滅びの運命を」

 

「違う。良いか、アルトリア。アルトリア・ペンドラゴン。私の生きた世界とは異なる世界のアーサー王よ」

 

ルーラーは優しく言い聞かせるように、セイバーの目をまっすぐに見ると両肩を掴んで言った。

 

「アーサー王が生み出された目的は、ヴォーティガーンを倒す(・・・・・・・・・・・)ため。ただその一点のためだけだ。救いとはあの魔竜の討伐のことを指すのだ。ブリテンの滅び? 穏やかな終末? そんなものは貴様の役割ではない。良いか、アルトリア。お前はとっくの昔にブリテンを救っている。それこそ、お前がキャメロットを築き、円卓を名乗る前にな」

 

「──────」

 

そうなのだ。結局のところ、セイバーはヴォーティガーンというブリテンの滅びの意志を討伐するためだけに生まれてきた。概念受胎によって竜の心臓を持って生まれ、赤き竜の化身とされたのも、すべては白き竜の化身たるヴォーティガーンに対抗するための処置なのである。

 

「……いえ、けれど!」

 

「あのクソ魔術師の予言を思い出せ。そして一言一句、そっくりそのまま唱えてみろ」

 

かつて、魔術師マーリンはこのように予言した。

 

地下に眠る赤き竜と白き竜が目覚め、互いに戦った。そして赤き竜が敗れ去った。赤き竜はブリトン人──すなわちウーサー王を表し、白き竜はサクソン人──すなわちヴォーティガーンを表すと。

 

ウーサー王はヴォーティガーンに敗れ、島はサクソン人の手に落ちる。だがいつの日か再び赤き竜の化身──アーサー王が現れ、これを打倒するのだと。

 

それからアーサー王がガリアとローマを征服するなんて与太話が続くが、それはさておき。

 

少なくとも。

 

アーサー王がブリテンの滅びの運命を変えるだとか、緩やかな滅びにする……なんて予言は存在しない。つまるところそれは、アルトリア・ペンドラゴンという存在の製造目的に含まれていないのだ。

 

「ヴォーティガーンは、あの島に生きる者にとって誰もが倒さなければならない敵だった。あれは森を焼き、湖に毒を入れたのだ」

 

それは、たとえサクソン人だろうとしない蛮行であった。森と湖は、ブリテン島を生きる者たちにとって生命の源なのである。

 

それを破壊したヴォーティガーンは、つまるところただそこに生きる生命を破壊し尽くすことだけが目的の、終末装置だったと言うことだ。移住のために侵略するサクソン人たちと違って。

 

故に星の神秘を宿す者たちにとっても、人理を宿す者たちにとっても、あるいはサクソン人たちにとってすらも、あれは看過できない敵だった。

 

「分かるな、アルトリア。あれは人の王である貴様にとっても、妖精として星の神秘の側に立った私にとっても共通の敵であった。だからこそ私は、湖の乙女として貴様に聖剣を渡した」

 

「……はい」

 

ルーラーの言葉にセイバーが同意を示す。

 

「では聞こうか。お前が王にならなければ誰がヴォーティガーンを倒す?」

 

それは選定をやり直したいという願いを抱いたアルトリアに向かう、当然の疑問であった。

 

「……誰か他に、ヴォーティガーンを倒せる者が」

 

「良いか、アルトリア、並行世界のアーサー王よ。そんな存在はいない。ヴォーティガーンを倒せるのは赤き竜の化身たるアーサー王ただ一人だった、お前だけだった。だから、だから!」

 

今度は強く言い聞かせるよう、ルーラーがセイバーの肩を揺すった。

 

「その一点だけで、お前は王であって良かったのだ! それを誇れ! お前はブリテンを救った! あの魔竜を倒したおかげで人も、人ならざるものも、あの島を生きることを許された! それは紛れもなくお前にしかできない偉業なのだ、それを思い出せアルトリア!!!」

 

それはアーサー王と敵対した魔女モルガンであっても、決して否定することができないアーサー王の偉業であり、伝説であった。

 

「それでもお前は、自分が王になどならなければ良いと、生まれるべきではなかったと言うのか?」

 

「……でも、それでも、嫌なのです。あんな終わり方は、認めたくないのです」

 

「あれは終わりなんかじゃない!!!」

 

語気を強めるルーラーの言葉に、セイバーがビクリと体を震わせた。

 

「……国旗は、知っていますか。現代において、国の在り方を示すものです」

 

「……はい、聖杯の知識にあるので知っています。それが?」

 

「お前はあの伝説の終わりの先で、我々の末裔がどんな旗を掲げたが知っていますか」

 

「それは……いえ、知っていると思います。青地に、赤い十字と斜め十字の入った──」

 

「違う。それは我々ブリトン人の旗ではない。あれはな、アルトリア。サクソン人とピクト人とゲール人、その末裔たちの国旗を合わせたものだ。断じて、断じて我らの末裔が掲げた旗などではない」

 

ユニオンジャック、それは連合王国が掲げる国旗である。

 

聖ゲオルギウス十字──サクソン人の末裔たるイングランドの国旗。白地に赤い十字の旗。

 

聖アンデレ十字──ピクト人と外来のスコット人の末裔たるスコットランドの国旗。青地に白い斜め十字の旗。

 

聖パトリック十字──ゲール人の末裔たるアイルランドの国旗。白地に赤い斜め十字の旗。

 

現代のイギリスの旗は連合王国の名前の通り、それら構成国の国旗を掛け合わせて作られたものである。

 

だが、連合王国のなかで唯一ただ一国だけ、この旗に意匠を刻むことが許されなかった国がある。

 

カンブリア(ウェールズ)。五世紀にサクソン人によって追いやられた、ブリトン人たちの末裔の国だ。

 

「お前は、お前だけは、しかとこの事実を知っておかなければならない」

 

モルガンは知っている。彼女は見ていた。自分の世界で弟と共に、崩壊した秩序の中でも、逞しく生きるブリトン人たちの姿を見ていたのだ。

 

彼らはサクソン人たちに土地を奪われてなお希望を捨てず、西へ西へと逃げ続けた。かつて見た理想の王を信じて。

 

そんな彼らが、1500年経った今もずっと掲げ続けている旗は。

 

「なぜなら彼らが掲げた旗は──お前なのだから」

 

「……ぇ?」

 

その旗こそまさに──赤き竜(ア・ドライグ・ゴッホ)。騎士王アーサーの象徴たる竜である。

 

「分かるか、アルトリア。土地を追われて800年、サクソン人に屈して700年。それほどの年月を経てなお、彼らがその旗を掲げ続けた理由が、お前に分かるかアルトリア!」

 

「それ……は……」

 

「彼らは覚えているのだ! お前がブリテンを救ってくれたことを! 信じているのだ! お前が掲げた理想を!」

 

たとえそれが伝説に過ぎなくとも、暗黒時代に作られた創作の物語だと言われようとも。それでも信じているから、彼らはユニオンジャックの裏で、その旗を同胞たち(カンブリア)の旗として掲げ続けた。

 

「だから“王にならなければ”など、“生まれてこなければ”などと、二度と言うな! 貴様が、貴様がそんな風に言ってしまったら。あの日お前がヴォーティガーンを倒してくれたおかげで救われた私たちは、お前が打ち立てた伝説を1500年もの間信じた者たちは、どうすれば良いのですか」

 

「──────」

 

セイバーはただ呆然と、涙する姉の姿を見つめ続けていた。

 

何も、救えていないと思っていた。

 

──けれど、救われた人たちは確かに存在した。

 

全てが、終わってしまったかと思っていた。

 

──けれど、その想いを継承していく者たちがいた。

 

知らなかった。知らなかった。知らなかった。

 

そんなの、当然だ。セイバーはアーサー王。あのカムランの戦いで死ぬはずだった、五世紀の人物なのだ。その後の人々がどのような歴史を辿ったかなど、知るはずもなかった。

 

けれど、知ってしまえば。

 

「──あぁ」

 

知ってしまえば。

 

「──そうなのですね」

 

知ってしまえば。

 

「──私は、間違ってなどいなかったのですね」

 

知ってしまえばそれは。

 

王にならなければなどとは、口が裂けても二度と言えないような、確かな救い(じじつ)だった。

 

「……それでもなお、お前が選定をやり直したいと言うのであれば、それはもう貴様の心の問題だ。好きにしろ」

 

一歩セイバーから距離を取り、ルーラーは背を向けぶっきらぼうにそう呟いた。

 

「だが、覚えておけ。少なくとも、お前が王としてヴォーティガーン討伐を成してくれたことについては、私も……感謝している」

 

「……!」

 

ルーラーはかつて死にゆく森を見た、湖を見た、妖精たちを見た、人間たちを見た。ヴォーティガーンの手により、死んでいく故郷のブリテン島を見た。

 

そしてそれをどうにもできない自分を、どうにもできない者たちを恨んだ。だからこそ、ただ一人その可能性を抱き、それを成し遂げてしまったアーサー王という存在には。

 

「ありがとう」

 

憎悪に隠れてはいたが、確かに感謝も抱いていたのだ。

 

最後に一言、感謝の言葉を述べてルーラーが城を去ろうとし、セイバーは思わずその背中に手を伸ばす。

 

「ま、待って。あねう……っ」

 

だが、それが全く必要のない行為だと気づき、思わずセイバーは自らの手で自らの口を塞いだ。

 

「……なんです、まだ用事でもあるのですか」

 

呼び止められたルーラーは彼女の言葉を無視することなく、くるりと反転して続く言葉を待つ。

 

「……いえ」

 

用なんてなかった。ただ何となく、体が勝手に動いて、彼女を呼び止めてしまっただけだった。

 

無駄な行為である。必要のない行為である。聞きたいことは、全て聞き終えたはずである。

 

だから。

 

「……今夜は……その、ありがとうございました。用はもうありません。……すみません、呼び止めてしまって」

 

セイバーはそのまま、彼女を見送ろうとして。

 

「嘘つき《・・・》」

 

そんな人の内側を見透かすルーラーの瞳が、優しげに細められた。

 

「令呪をもって命ずる」

 

「な──!?」

 

ルーラーが各サーヴァントに持つ絶対命令権。そのうちセイバーの分はもう残り一画となったはずなのに、彼女は躊躇いなくその力を使った。

 

ただのお節介だったのかもしれない。過去の己と重ねてしまったのかもしれない。

 

あるいは、かつてアーサーが自分にそうしてくれたように。

 

「お前はもう少し、自由に生きて良いのです。アルトリア」

 

その雁字搦めになった枷から、目の前の少女を解き放ってあげたかったのかも。

 

 

 

 

「お帰りなさい、セイバー」

 

「あ、アイリスフィール!?」

 

長話を終えて、城の外から戻ってきたセイバーを迎えたのは彼女のマスター、アイリスフィールであった。

 

「ずいぶんと話し込んでいたのね」

 

「もしかして聞いていたのですか?」

 

「ええ、バッチリ」

 

アイリスフィールはまるでセイバーをからかうかのように、イタズラっぽく笑った。そしてセイバーの顔がぼんっと沸騰したかのように赤くなる。

 

「それで、最後の返事はどうだったの?」

 

「……れ、連絡先を貰いました」

 

「まぁ! 良かったじゃない!」

 

「からかわないでください! 聖杯戦争の中立役であるルーラーとの繋ぎを得ることが、勝利への近道と判断しただけです」

 

“私が滞在しているホテルの住所だ”と言って渡されたメモ書きを隠すように、セイバーは手を背中の後ろに寄せた。

 

令呪を発動され、ほんの少しばかり心の自由を得た彼女が放った言葉。それは。

 

『もう一度、あなたと話す機会はあるでしょうか……?』

 

という、なんとも可愛らしい要求であった。

 

「アイリスフィール!」

 

「あはは、そんなに怒らないで頂戴セイバー!」

 

玄関ホールに飾られた彫像を回りながらぐるぐると追いかけっこに興じる二人。そしてさすがに肉体性能が違いすぎるためか、すぐにアイリスフィールはその怒れる獅子の餌食となった。

 

「ひぃ、ひぃ、もうギブアップよセイバー」

 

「反省してください、マスター」

 

「ごめんなさいね、からかって。でもセイバーったらからかい甲斐があるんですもの」

 

「アイリスフィール?」

 

「ちょ、流石に聖剣はダメじゃないかしら!? お城が吹き飛んじゃうから!」

 

アイリスフィールの平謝りにより、なんとか聖剣から放たれる黄金の光が収まった。まぁ、実際は左腕を負傷しているため真名解放できないのであるが。

 

「……それで、彼女とちゃんと話してみた感想はどうだった」

 

「む……そう、ですね」

 

イリヤスフィールの言葉を聞いて、セイバーはルーラーに思いを馳せる。

 

意外な発見ばかりだった。彼女が教えてくれた事実も、彼女が考えていたことも。

 

ルーラー・モルガン、平行世界における自分と敵対した魔女の同一人物。血縁関係の若干の違いや、騎士王と敵対した理由に差異はあるものの、セイバーが知る姉とそう変わらない印象を受けた存在。

 

そんな彼女がああだったのだ。もしかしたら、セイバーの世界における姉──汎人類史のモルガンも、そうだったのかもしれない。

 

思えば、セイバーはモルガンという存在とまともに会話を交わした記憶がなかった。

 

彼女と出会ったのは、実に三度だけ。聖剣とその鞘を預かったとき、キャメロットの戴冠式にてロット王の夫人として彼女が出席していたとき、そして男体化により種と聖剣の鞘を盗まれたときだ。

 

最初に会ったとき、なんて美しい人なんだろうと思った。後からその人物が自分の腹違いの姉と知り、少しだけ心が温かくなった。セイバーにとって家族と呼べるものは、義父であるエクターと義兄であるケイだけ。血の繋がった実の姉がいたなんて、夢にも思わなかったのである。

 

もっとも、マーリンからは警戒するようにと口酸っぱく警告されていたが。

 

二度目に会ったときは、多くの人混みの中でその顔を見ただけだった。けれどその時にはもう、彼女の顔に憎しみがあったことを覚えている。

 

そして三度目には二人の関係は完全に破局し、アーサーは鞘を盗まれ、モードレッド作成のための因子も盗まれるという、滅びへの道を着実に歩み出したのだ。

 

「そう、ですね」

 

憎悪されていたと知っていた。そうなる理由も理解できた。だからこそ自分にはどうにもできない相手だと、放置していた。

 

「とても、とても心が軽い気分です。それに、温かい。あまり覚えのない不思議な感覚で……すみません、マスター。上手く言葉にできず」

 

だけど、もし次があれば歩み寄りたい。セイバーの心には、そんなささやかな願いが生まれつつあった。

 

「良いのよ、言葉にせずとも思いは伝わってくるもの」

 

「……はい、そうですね」

 

「それと、二人の意地悪な王様たちから受けた傷は、ちょっとは癒えたかしら?」

 

ご機嫌を伺うようなアイリスフィールの視線がセイバーを射抜いた。なぜかその視線はセイバーの目でなく、若干その上を向いているがそれはさておき。

 

「……あぁ、そうでしたね。ライダーやアーチャーと話したばかりでしたか。もうすっかり忘れていました。しかしアイリスフィール、訂正しますが私は心に傷など負っていませんから」

 

「それなら良いんだけど。にしても忘れてたなんて酷いわ、セイバーったら。あの二人が聞いたらきっと怒るでしょうに。特にあのアーチャーの方は。『この(オレ)を忘れるとは何事かー!』ってね」

 

「ふふ、きっとそうに違いありません」

 

あまり似ていないアイリスフィールの物真似に、セイバーは思わず笑みを零した。

 

「ありがとうございます、アイリスフィール。私のために、姉上を呼んで頂いて」

 

それから彼女は、自分と違って臣下の心の機微に聡い主へ、騎士としての礼を取った。

 

「……え? いえ、別にセイバーのためではないわよ」

 

「……え? は? で、では、一体あなたは何のためにルーラーをこの城へ?」

 

「それはほら、ライダーとアーチャーとあなたが三つ巴なんてしたら大変でしょう? だからもしもの時の抑止力として、あなたたちが話している間に彼女を呼んでおいたのよ。でもなんともなくて良かったわ、城が全壊したら野宿ですもの!」

 

“ラッキー、ラッキー”と言いながら、ルンルンとスキップするように弾むアイリスフィールの背中が遠ざかっていく。

 

その様子を唖然とした様子で見送ったセイバーは一言ぽつりと呟いた。

 

「いや、あの、私が言えたことではないかもしれませんが、そこはせめて嘘でも私のためと言ってくれた方が……」

 

アイリスフィールは、人の心が分からない。多分。

 

 






今回は連投ではありません。

ウェールズの国旗は20世紀に制定されたものらしいです。そしてその赤き竜の旗が明確にいつから使われたかは分かっていないそうですが、アーサー王が実在した世界ではその時代から使われている、ということにします。

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