アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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冬木でしたこと【12】

 

 

【2004】

 

 

 

 

「そうだな、まずは新都の映画館というところにでも行こうか。それから食事をして、午後は百貨店を巡ろう。あぁ、行きたいところがあれば遠慮なく言ってくれ」

 

「……」

 

“行ってらっしゃいませ、お嬢様”と何食わぬ顔で言ってきたセイバーの共犯者二人、セラとリーゼリットの生暖かい視線に見送られたイリヤスフィール。

 

そんな彼女は道を歩きながら、のほほんとこれからの予定を話すこの事態の元凶を睨みつけた。

 

「……私は嵐は消すなと言ったはずよ、セイバー」

 

あの嵐は一般人が野外で行動するのを防ぐ役割があり、言うなれば聖杯戦争を円滑に進ませるための一種のパーテーションのようなものだ。日常と非日常を隔てる、越えてはいけない壁。イリヤスフィールが無理やり越えさせられてしまった壁。普通に暮らしている人たちを守るための壁。

 

「そうだったのかい? あぁ、済まない。聞いていなかったよ」

 

そんな壁を、あろうことか目の前の男は自分と遊びたいからなんて理由で解いてしまったらしい。

 

「……昼間の間だけよ。夜からはまた聖杯戦争の続きをする、分かったかしらセイバー」

 

「もちろんだとも」

 

とは言え余裕があるのも事実。イリヤスフィールはたった二日ですでに三騎ものサーヴァントを撃破し、その魂を内側に溜め込んでいた。セイバーは令呪で自害(・・・・・)させるとして、倒すべき敵は残り半分の三騎。

 

一日くらいは、遊んだって構わないのかもしれない。

 

「それじゃあ、ほら。行こうか、マイマスター」

 

森を抜けて、道に出る。するとまさか歩きで行くつもりなのか、セイバーはイリヤスフィールに対し手を差し出してきた。

 

「……車は?」

 

「散歩だって立派な逢瀬(デート)のうちだろう?」

 

問答無用とばかりに握られた手。幼児扱いされているようで無性に腹が立ち、イリヤは現代服を纏った男の脛を思い切り蹴り上げた。しかし男は、痛みなど存在しないかのようにニコニコと笑うだけであった。

 

 

 

 

「現代の劇、というのはなかなか面白いね。単に言葉で語るだけでなく、映像と音で魅せる技術か。マーリンの幻術のようだったな。悪くなかった」

 

「……」

 

二日間もの間嵐が続いたというのに、既に新都は日常を取り戻していた。自然災害をものともしない一般市民たちが行き交う都会は、なんというか逞しい。

 

と言っても、頭に『商魂』と付けるような逞しさであるが。

 

映画を見終わった二人は、そのままデパート内のレストランへと足を運んだ。周囲には自分たちと同じく映画館から出てきた人たちで賑わっている。

 

映画を楽しんだ後に、こうして食事と会話を楽しむという商業的な動線が引かれているのだろう。その思惑にまんまと乗っかっている気がして、イリヤスフィールはなんだか妙に心がムカついた。

 

「にしても父親が攫われた息子を探しに行く、というストーリーか。何とも素晴らしい劇だったね。役者が皆()という点は不思議だけど、あれかな。アラヤではなくガイアの側の劇団だったのかな」

 

「別にD社は星の抑止力の一員なんてことはないと思うのだけれど……」

 

ちゅー、とコップに刺さったストローからレモネードが吸い上げられて、少女の口に収まっていく。

 

去年の十二月に公開されたアニメーション映画がまだやっていたので、イリヤスフィールとセイバーの二人はそのチケットを買った。

 

ストーリーとしては、心配性な父親が攫われた息子を探すために旅に出て、最後には息子と再会し、父親も心配性なその性格を少しばかり克服する、と言うイリヤスフィールからすれば反吐が出るくらいのハッピーエンド染みたものだった。

 

現実には、ハッピーエンドなんて夢物語だ。だからこそ人は、創作の中でくらいはそんな夢を見たがるのだろう。

 

「D社……というとあの鼠の幻獣がいた、あの現代の理想郷の?」

 

「……っ、けほっ、けほっ! はぁ、あなた、どこでそんな知識を身につけてきたの?」

 

目の前のサーヴァントがあまりにも馬鹿げたことを言ってくるので、イリヤスフィールは思わず咳込んだ。現代の理想郷って、まさか某テーマパークのことを言っているのだろうか。

 

「東京で少し。いや、あれは東京だったかな。正確には千葉とか何とか言っていたような」

 

うんうんと唸るように思い出しているセイバーを見ながら、イリヤスフィールはお子様ランチのプレートに乗ったミートスパゲッティをフォークでくるくると巻き、口に含んだ。

 

(……変な知識を持ったサーヴァントね、こいつ)

 

サーヴァントは通常、生前の記憶と現代の必要な知識しか持ち得ない。稀に座に刻まれるほど印象に残った他の世界の記録を持ち越すこともあるらしいが、そんなことは滅多にない。

 

だからこそイリヤスフィールには不思議だった。目の前のセイバーは慣れているのだ、現代の社会に。その証拠にまるでこれが初めてではないと言わんばかりに、華麗にイリヤスフィールをエスコートしてみせた。

 

(別の聖杯戦争でも似たようなことをしてたのかな……)

 

だとしたら少し面白い。マスターとデートするサーヴァントなんてものは、世界広しと言えどこいつくらいなものだろう。

 

サーヴァントとは究極的には兵器であり、人格などついでのものでしかないのだから。

 

 

 

 

食事を終えて、空腹を満たした二人は特に目的があるわけでもなくふらりとデパート内を巡っていた。

 

「あ」

 

そんな折、不意にイリヤスフィールが何かを見つけ立ち止まる。

 

「何か気になるものでもあったかい」

 

それに引き留められるように、彼女の手を引いていたセイバーもまた足を止めた。

 

「これは……人形?」

 

イリヤスフィールの視線の先には、幼児向けのファンシーな人形たちが積み上がっていた。手のひらサイズのものから人間大のサイズまで、種類もサイズも様々なデフォルメされた動物(アニマル)たちのぬいぐるみが置かれている。

 

そんな人形たちのガラス玉の瞳と、イリヤスフィールの赤い瞳が運命的に交差していた。

 

「べ、別に。興味なんてないもん。早く次のお店に行きましょう」

 

「まぁまぁ、そう言わずに見ていこう」

 

カッと顔を赤くして立ち去ろうとする彼女を慣れた手つきで引き止めて、セイバーは飾られた人形の一つを手に取った。

 

「何も恥ずかしがることはない。ぬいぐるみが好きなのは、君くらいの年齢ならば普通だろうに」

 

「……私、もう九歳だし。九歳でぬいぐるみとか、子どもっぽすぎるでしょ」

 

「そんなことはないと思うけれど」

 

拗ねたように口を尖らせる、年相応の仕草をしたマスターに向かって彼は微笑むと、手に持っていたくまの人形を彼女に手渡した。

 

「……いらない。別に私、人形が好きなわけじゃないわ。ただ前に、一度だけ同じものを貰ったことがあったから、懐かしくなっただけよ」

 

「へぇ、前に。その人形をくれた人と言うのはもしかして」

 

“君の父親なのかい”と言おうとして、その言葉を口にする前にイリヤスフィールは首を振った。

 

「あいつは父親なんかじゃない。そもそも私に親なんていない。あいつは……私をこんなふうにした教師で、私を攫った悪党で、私より世界平和を優先したやつ。その人形を見てなんとなくそいつを思い出した、ただそれだけなの」

 

“だからいらない”と言って、イリヤスフィールはくまの人形をセイバーに押し返した。けれど。

 

「なら獅子(ライオン)の人形はどうかな。熊よりかっこいいだろう?」

 

「ねぇ私の話聞いてた?」

 

入れ替えるようにデフォルメされた獅子の人形を手に持ったセイバー。百獣の王にしては何とも可愛らしいつぶらな瞳が、イリヤスフィールの心に何かを訴えかけてくる。

 

「そもそも私、動物はあんまり好きじゃないのよ」

 

しかしイリヤスフィールは幼児なら誰もが引っかかるような魅了の魔眼(偽)に屈することなく、むしろ辟易したような表情で睨み返した。

 

「おや、どうして?」

 

「どうしても何も、自分を食い殺そうとする奴なんて好きになるわけないでしょう?」

 

そう言ってやはり、イリヤスフィールは獅子の人形をセイバーに押し返す。

 

「特に熊と狼は大っ嫌いよ。冬眠せず山に出てくるのは飢えた熊だけだから、動けなくなった私を保存食にするために生きたまま巣に攫う。そして山の狼は、群れ全体で獲物を分け合うために私をバラバラにして殺してくる。……ほんと、根絶やしにしてやりたかったな」

 

サバイバル訓練と称して山で過ごした苦い記憶、それを思い出しイリヤスフィールは舌を噛んだ。

 

「ふむ、なら草食動物はどうかな」

 

「やっぱり人の話聞いてないわよね、あなた」

 

だが、そんなことはお構いなしとばかりにセイバーは次の人形を取り出し、イリヤスフィールに押し付けた。

 

少女は渋々それを受け取ると、くるりとぬいぐるみを反転させてその正体を暴く。

 

それはつぶらな瞳、長い耳、ばってんの口、短くて丸いしっぽ──そんな愛らしいうさぎのぬいぐるみだった。

 

「ほら、兎なら人を食べないし、人畜無害だ。これなら怖くないだろう」

 

別に兎は人畜無害ではない。確かに人は食わないが、少なくとも畑は荒らす。……植物すら満足に育たない冬の城で育ったイリヤスフィールからすれば関係ないことだが。

 

「……別に、怖がってるわけじゃないもん」

 

「それに見た目も君そっくりだし」

 

「──む」

 

白い毛並みに、真っ赤な瞳。言われてみればそれはイリヤスフィールと同じアルビノカラーだった。けれど。

 

「いらない」

 

「むぅ、気に入らないか。同じ色なのに……」

 

「同色だからって好きになるわけないでしょ。だいたい、私は自分の色なんて好きじゃないわ」

 

それからやっぱり、イリヤスフィールはうさぎの人形もセイバーに押し返してしまった。

 

イリヤスフィールの色は変えられてしまった色だ。今はもう覚えていないが、本物の自分はもっと温かな色をしていた気がする。

 

けれど、いつの間にか髪は真っ白に染まってしまった。まるですべてを失くした自分のように。いつの間にか瞳は真っ赤に染まってしまった。まるで血に染まった自分のように。

 

だからイリヤスフィールは、自分の色が嫌いだった。

 

「そうかな、私は君の色が好きだよマスター。白は全てを受け入れる寛容さと、何者にでもなれる可能性を。赤は燃えるような情熱と、鮮やかで温かい人の愛を思い出させてくれる」

 

なのに目の前の男は、さも自然にイリヤスフィールの色をそう真逆に評価した。

 

「……うるさい、そんなこと言われてもぬいぐるみはいらないから」

 

唐突な言葉に頬を赤くしながらそっぽを向く。

 

それは全くもって的外れな言葉だ。彼女に寛容さなんてない、可能性なんてない。ましてや情熱や愛なんて、生まれてこの方胸に抱いたことすらない。

 

「はぁ、マスターはわがままだね。なら仕方ない」

 

セイバーはやれやれと言わんばかりに嘆息すると、その人形を棚に戻──していない。よく見たらこの男、手に取ったぬいぐるみを全部買い物籠に入れている。

 

「……え? あなた、まさかそれ全部買う気なの?」

 

「当然だろう? 君のお付きの二人からは“お嬢様のためであれば遠慮なくお使いください”と言われて、使い切れない量の軍資金を預かっているんだ」

 

「あんのバカども……」

 

余計なお節介をしやがってという思いを籠めて、イリヤスフィールは自分のお付きの二人を呪った。誰のおかげで今も活動できていると思っているんだ、まったく、命を救ってやった恩を仇で返すなんて。

 

「って、ホムンクルスが命に頓着するわけないか」

 

そう言うと銀髪の少女は嘆息して肩を落とした。そもそも恩が云々ということ自体間違っている、イリヤスフィールがホムンクルスたちの助命を願ったのは自分がもう死を見たくないからであり、自分の命に意味を見出したいからであり、決して彼女たちのためなどという高尚な理由ではないのだから。

 

「おお、竜の人形もあるのか。赤ではなく緑なのは残念だが、すまないがそこの店員さん、このぬいぐるみを赤くしたものはあるかな? なに、ビッグサイズがあるのかい? なんと……ぬいぐるみでありながら、これほどの威容を放つなんて」

 

などとイリヤスフィールが目を離した隙に、何やらセイバーがとんでもないことをしようとしている。

 

「ちょ、止まっ……待ちなさいセイバー……!」

 

そこに鎮座するはイリヤスフィールの身長の実に約三倍、セイバーの身長の実に約二倍を誇る巨大な赤き竜の姿であった。

 

お値段実に二桁万円後半。買えば周囲の視線を掻っ攫うこと間違いなしだ。

 

そしてイリヤスフィールの頬から一滴、ぽたりと冷や汗が落ちた。なんだか嫌な予感がする。

 

「セイバー、嘘よね? そんな馬鹿な真似はしないわよね?」

 

「これを見過ごしては、赤き竜として名折れだ。買います」

 

「うわぁ! やめなさいよ、このお馬鹿ぁ!」

 

残念だが、コーンウォールの猪と呼ばれた彼にブレーキなんて付いておらず、結果的に合計で約三桁万円のお支払いとなった。

 

それからイリヤスフィールは道行く人々の視線を浴びながら“見ないで、見ないでぇ……”と羞恥のあまり顔を押さえつつ、丁寧にラッピングされた自分の二倍ほどの大きさのぬいぐるみを肩に抱えて満足そうに頷くセイバーの隣を歩く。

 

「他人の振りがしたい。こんなやつ知らないって今ここで叫んでやりたい」

 

周囲の視線が生暖かい。端から見れば娘のためにこんなアホみたいに大きなぬいぐるみを買ってあげた父親、みたいな二人組に見えているのだろう。

 

イリヤスフィールは言ってやりたかった。違うから、買いたいって言ったのはこいつの方だから、と。

 

まったく、どこの世界にこんな馬鹿でかいぬいぐるみを担いで歩くサーヴァントがいるのだ。

 

「む、人目が気になるのかい? なら」

 

そんな主の様子に気づいたのか、セイバーが衆目から逃れるように足早に物陰に隠れると。

 

「さて、これなら良いだろう?」

 

出てきたときには、綺麗さっぱり荷物を消し去っていた。

 

「……あ、あれだけの大荷物をどこにやったの?」

 

「私の内側に納めた。ほら、今の私は鞘を持っているだろう? あれは妖精郷に繋がっているから、一旦そこに置かせてもらったというわけだ」

 

いつかガリアの地でランス……謎の騎士Lから物資を受け取った時にそうしたように、彼はそれを鞘の内側に納めたのだ。もともと鞘とは剣を納めるためのものだし、多少別のものが納まっていようと誤差の範囲である。

 

「伝説の鞘を物置扱い……!? というかそれができるなら初めからそうしなさいよ! 単に私が大衆の面前で恥をかいただけじゃない! このっ、このっ!」

 

げしげしと、癇癪を起こした少女が男の足を踏みつける。けれどやはり意に介さないように彼はニコニコと笑うだけであった。

 

 

 

 

時刻は午後四時頃、昼というには若干遅いし、夕方と言うには少し早い気もする中途半端な時間。

 

そんな時間に、イリヤスフィールとセイバーの二人は新都から冬木大橋を渡った先にある公園の芝生の上で寝っ転がっていた。

 

「……」

 

「……」

 

仰向けになったままぼーっと空を見る。何も考えず空を眺めていると、なんだか流れていく雲が見覚えのある形に見えてきた。

 

「あの円筒状の雲、なんだかバウムクーヘンみたいね」

 

そんな雲のうちの一つを少女が指差す。

 

「バウム……なんだって?」

 

木のケーキ(バウムクーヘン)よ。切り株の断面に見える、年輪みたいな縞模様をした円筒状のケーキ」

 

バウムクーヘン、日本では言わずとしれたドイツ発祥の洋菓子だ。

 

「へぇ、どんな味がするんだい?」

 

「……さぁ? 知ってるだけで、食べたことないわ。そもそも私、基本的に食事なんて必要ないもの。魔力で動く半永久機関の肉人形(ホムンクルス)、それが私。ご飯を食べたのなんてそれこそ、日本に来て初めてだわ」

 

「そうだったのか」

 

「そうなの」

 

そもそもイリヤスフィールの体に消化器官はない。生命維持に必要な最低限の臓器だけ植え付けられて、あとはすべて魔術回路を詰め込まれている。

 

だから食事をしたところで、後になってそれをまた吐き出すしかないのだ。

 

それでもイリヤスフィールが食事をするのは、自分が人間だと思いたいからなのかもしれない。

 

「なら、今度はそれを食べてみよう。探せばそのバウムクーヘンくらい見つかるだろうから」

 

「……そう、かもね」

 

セイバーは軽率に“今度”などと言った。それがイリヤスフィールとっては癇に障る。次がある保証なんて、どこにもないというのに。

 

「──危ないな」

 

不意に、セイバーがイリヤスフィールを庇うように立ち上がった。するとどこからともなくサッカーボールが跳んできて、それを予知していた彼の胸にぶつかった。

 

それからセイバーは胸で受け止めたボールを足でトラップすると、ボールを追いかけてきた少年たちに向かってそれを蹴り返した。

 

「人のいる方向に蹴ってはいけないよ。気をつけるように」

 

“ごめんなさい”と素直に頭を下げ、またワイワイと少年たちはボールを蹴り始めた。

 

「ねぇ、セイバー」

 

「何かな、マスター」

 

それからまた隣で横になったセイバーに向けて、イリヤスフィールが口を開いた。

 

「あなたはどうしてあの城から私を連れ出したの?」

 

今日一日ずっと感じていた些細な疑問、それを少女は口にする。

 

「もったいないと思ったんだ」

 

「……もったいない?」

 

セイバーの言葉をオウム返しのように繰り返す。

 

「……えーっと、たしか『本当はもっと有効活用できるのに、その可能性を無駄にしている』みたいな意味の言葉だったわよね。何がもったいないの?」

 

「君はようやくあの城を出て、仮初めかもしれないが自由を得た。それなのに日常を知らないままでいるのは、もったいないと思ったんだ」

 

体を捻り、横を向いたセイバーがイリヤスフィールの目を真っ直ぐに見た。

 

「……そう。そういうこと。私の過去を夢に見たんでしょ、セイバー」

 

「気に障ったなら申し訳ない」

 

「良いわよ、別に。だって隠してないし。そもそもマスターとサーヴァントとの間に繋がりがある以上、精神的に感応するのは不可抗力なわけだし」

 

イリヤスフィールの顔に表情は見えない。怒っているのか、それとも悲しんでいるのか、あるいは自分の心を労ってくれたことを喜んでいるのか。

 

「セイバー、私ね」

 

そうして無表情なままただぼんやりとしたまま空を眺めていた彼女は、緩慢に言葉を紡いだ。

 

「聖杯戦争が終わったら死ぬの。それが決まってるの」

 

まるでそれが当たり前かのように、覆すことができない運命のように、少女は己の生命の終わりを予言した。

 

「だから今日したことには、きっと何の意味もないのよ。だってどうせもうすぐ死ぬのに、こんな思い出作ったって仕方ないじゃない?」

 

「……さて」

 

イリヤスフィールの言葉にどう答えたものかと言葉を濁す。それから彼は上半身を起こすと、離れたところでサッカーに興じる先ほどの少年たちの姿を指差した。

 

「あそこで遊んでいる彼らが見えるだろう?」

 

裏で聖杯戦争をやっていようと、この冬木で暮らす住民たちには何ら関係のないことだ。その少年たちは嵐が晴れ、ようやく外出が許されたので、ああして友人たちとサッカーを楽しんでいるのだろう。

 

「……うん」

 

「なら聞くが、彼らの行為には何か意味があるだろうか」

 

「それは、そうでしょう。だって、あの子たちは私と違って未来があるわ。あの中からもしかしたらプロのサッカー選手が生まれる可能性だってあるし、何よりそこで作った思い出は、きっと未来を生きる糧になる。だから彼らのすることは私と違って意味があるのよ」

 

少女は自分には未来がないと言う。だからやることなすこと全て無駄だと言う。虚無だと言う。今日したことには何の意味もないと言う。

 

イリヤスフィールは空っぽだ。もう生きることに何の意味も見出していない。死ぬことにも何の意味も見出していない。だから、なるべく早くこの聖杯戦争を終わらせようとしていた。

 

長引かせたところで、それは何の意味もない。むしろ一般人が巻き込まれるリスクが増えるだけなのだから。

 

単なる気まぐれでセイバーの提案に乗りはしたが、別に断っても良かったのだ。ただ、現状イリヤスフィールとセイバーの間には何となくすれ違いがあるように思ったから、信頼関係を構築するためにそうしただけ。本当なら今頃は、御三家以外の在野のマスターを探し出して殺しているはずだった。

 

「なら、そうだな。明日隕石が降って地球上の人間全員が死んだとしたら、彼らの行為は全て無駄なのかい?」

 

「それは……」

 

するとセイバー単なる思考実験の一つとして、およそ起こり得ない仮定を一つ投げかけた。

 

少女はその死が確定しており、それが未来が誰にも継承されないことが確定しており、それ故に全てが無だと思っている。だというのならば。

 

「明日人類が滅びるとしたら、今日までの彼らの歩みは全て無駄だと、君は言うのかい?」

 

「そ、そんなの……いえ、そもそも明日人類が滅びるなんてことは」

 

「あり得ない? そうかもしれないね。けれど、ないわけじゃないだろう? この星が誕生することも、生命が誕生することも、どれも天文学的な確率を乗り越えた奇跡だったんだ。だと言うのならば、天文学的な確率で明日人類が滅びることだってあるかもしれない」

 

もし仮に明日人類が滅びるのだとすれば、イリヤスフィールの考えでは今まで築き上げてきた人類の全ては無駄だと結論付けられる。

 

けれど、それはあってはならない結論なのだ。なにせその結論は生命など無意味であり、生まれるべきではなかったと言っているようなものなのだから。

 

「……分かんない」

 

「分からないかい? そうか、分からないかぁ。なら仕方ないなぁ」

 

いじけるように回答を放棄したイリヤスフィールを見て、セイバーは微笑ましげに彼女のその顔を眺めた。そんな意地悪な彼の仕草に、イリヤスフィールは年相応の反感を覚える。

 

「ば、馬鹿にしないでセイバー。もう、良いから。答えを教えなさい」

 

「ん? 答えも何も君の言うとおりだ」

 

梯子を外されたような思いで、イリヤスフィールは“は?”と疑問符を浮かべた。

 

分からない(・・・・・)んだよ、マスター。人生の意味なんて、生命の意味なんて、今日してきたことにどんな意味があるかなんて、結局そんなのは今は分からない。明日になって初めて、それを振り返って意味を見出すことができる」

 

生命とは誰しもがゴールを目指して進んでいるが、そこがどこなのかを生きている間に明確に知るものはいない。

 

それは単純に死かもしれないし、あるいは何かを成し遂げることかもしれないし、あるいは誰かに何かを引き継ぐことなのかもしれない。

 

けれど、それを知るのは全て終わったときのこと。生命はその命の灯火を燃やし尽くして初めて、自らが歩いてきた暗闇の中に、一体どのような道が出来上がったのかを知ることができる。

 

「だから、君も決めつけないで欲しい。それが本当に無意味かどうかなんて、明日になってみないと分からないんだから。今日過ごしたなんてことない日常が、いつかの君にとって価値あるものに変わる可能性だってあるんだから」

 

セイバーはそうなって欲しいという思いを込めながらそう言った。

 

けれどイリヤスフィールには。

 

「……うるさい! うるさいうるさいうるさいっ! だとしたらそんなの決まってるわ(・・・・・・)! 無意味よ、セイバー! だって私に明日なんてない! 私に未来なんてない! 私に今日したことを振り返る権利なんてないのよ!」

 

それは到底、受け入れがたい言葉だった。

 

 

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