アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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フラガラックって心臓に命中するらしいですね。なんかイリヤは頭吹き飛んでますけど……まぁ、イリヤ相手に挙動がバグったと言うことで。


冬木でしたこと【16】

 

 

つい先程まで麗しき少女だった肉塊が音を立てて地面に倒れ伏し、吹き飛んだ頭部からどくどくと夥しい量の血を流す。

 

赤い水たまりは川となって大地を流れて行き、ぴちゃりと音を立ててその上を女の革靴が踏んだ。

 

バゼット・フラガ・マクレミッツが魔術協会より与えられた一つ目の任務が達成された。

 

イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。現代においてもっとも価値ある魔女の遺体、否、素材の回収は彼女の死をもって完了したのだ。

 

「哀れですが、これも仕事ですので……」

 

バゼットはそう、己の中の罪悪感を忘れさせる聖句を口ずさみ、少女だったものを脇に抱えた。未だ生暖かい命の名残が、ベッタリと彼女のスーツの上着に纏わりつく。

 

持ち帰った少女の遺体がどうなるか、バゼットにははっきりとは見当がつかない。だが、少なくともその使い道が決して良いものではないだろうことは想像に難くなかった。

 

解体、解剖されその身に宿した神秘を調べ上げられた後は、魔術薬や人形の素材にされてしまうのだろう。とりわけ彼女は良い髪と魔術回路を持っているから。

 

「……」

 

森の静寂を保つように、バゼットは無言で首のない回収物を見た。顔が吹き飛んでしまったことは、ある種幸運だったように思う。見目麗しい少女だった。仮に五体満足であったならば剥製にされるか、あるいはどこぞの死霊魔術師に良からぬ使い方をされていたかも。

 

(──やめよう、殺した相手のことを考えたところで仕方がない)

 

バゼットは暗く沈む思考と、鼻につく錆びた鉄の臭いを振り払うかのように頭を振った。そして一歩、城を後にするべく足を踏み出すと、また革靴がぴちゃりと音を立てて血の池に波紋を生んだ。

 

「ランサー、帰還します。あなたも戻ってくるように」

 

帰り際、彼女は己のサーヴァントに声をかけた。返事はない、まさかやられたということはないだろうが、そのことが少し気がかりだった。

 

「ランサー、何をしているのですか?」

 

敵のマスターは死んだ。そうであるならば、敵のサーヴァントもじきに消滅するはずだ。クラスによって消滅までの時間は異なり、単独行動を持つアーチャーであれば数日は保つかもしれないが、あれほどの火力を持つセイバーならばすぐに燃料切れとなって消滅するだろう。

 

故に、ランサーからの返事がないのは、決して彼が戦闘を続けているからではないと、バゼットはそう思い込んだ。

 

けれど。

 

「お早いお帰りね、お客様。前の私の歓待はお気に召さなかった?」

 

「──!?」

 

背後から聞こえる、死んだはずの亡霊の声。振り返ればそこには、先ほどバゼットが殺したはずの少女の姿があった。その顔にはうっすらと不気味な笑みが浮かべられている。

 

「な──ッ!?」

 

なぜ、一体どうして、そんな言葉を紡ごうとして、しかし彼女の体は思考よりも早く反応した。

 

キラリと、銀糸が月光に照らされる。何度も見た斬撃の檻、それが目の前に迫っていると認識したときには、すでにバゼットの体は大きく後ろに飛び退いていた。

 

バゼットは長年の戦闘で染み付いた、獣の如き反射神経に心の中で感謝し、生き返ったようにしか見えない少女の姿を観察する。

 

「あ、ありえない! アインツベルンは魔法の域にあるホムンクルスを造り出したと言うのですか!」

 

思わずそんな声を漏らすバゼット。さもありなん、彼女の知識によれば死者蘇生とは、冥府と地上が直接繋がっていた神代ならいざ知らず、現代では魔法しか成し得ない奇跡だからだ。

 

無の否定によって、生き返ったと現実を改変する。

 

並行世界の運営によって、死んでいない世界を観測し分岐する。

 

時間旅行によって、死を遥か未来へ置いてくる。

 

もしくはあるいは、禁忌と呼ばれる第三魔法によって物質化された魂であれば、肉体が死のうとも魂だけで現し世にしがみつけるのかもしれない。

 

だが、バゼットはこれが少なくとも単なる死者蘇生ではないことに気がついた。なにせ彼女の腕には先ほどまで少女だった死体が抱えられているのだ。奇跡と呼ばれる死者蘇生よりも、人形師の能力──代替可能な依代に憑依していたと考えるほうがよっぽど建設的だ。

 

「ふふ、ジロジロとレディを舐めまわすように見るなんて」

 

微笑みを一転、冬の少女の無機質な双眸が、冷淡にバゼットの姿を捉える。

 

「無礼千万よ、ゴミめ。死んでしまいなさい」

 

そうしてまた、銀の弾丸が赤褐色の戦乙女の心臓目掛けて放たれた。

 

「『後より出でて先に断つもの(アンサラー)──」

 

バゼットは再び金属球を取り出し拳を構えた。

 

「──斬り抉る戦神の剣(フラガラック)』!」

 

ぱしゃん! と、水袋でも破裂するかのようにまた少女の頭が爆ぜた。どうやらまだ、敵はバゼットの切り札のからくりを理解していなかったらしい。戦場には先ほどと同じく、真っ赤な血華が咲いた。

 

呆気ないほど、敵は死んだ。手応えはあった。けれど違和感は拭えない。

 

「ランサー! 何かがおかしい! 今すぐごう──」

 

合流を、そうバゼットが叫ぼうとして。

 

「──が……ぁッ!?!?」

 

銀糸が、自分の腕に絡みついていることに気づいた。

 

キリキリと張り詰めた糸は、バゼットの女性にしては筋肉質なその両腕を持ち上げ、そして容易くバラバラに粉砕した。大地を切り裂くほどの切れ味を誇る彼女の銀髪は、女の腕を切り解くくらいわけないのだ。

 

「う……ぁ……」

 

バゼットは声にならない悲鳴を上げ、震える喉で、“なぜ”と疑問の声を上げそうになり、しかし痛みによって言葉より先に嗚咽が出た。

 

斬り抉る戦神の剣(フラガラック)』、それは相手の攻撃に合わせてカウンターすることで、相手が攻撃を放つ前に着弾したことになる因果逆転の剣だ。そうである以上、剣が命中した相手の攻撃は霧散するのが常である。なにせ、攻撃を放つ前に死んでしまえば攻撃は放てない。言うまでもなくそれは当たり前のことだ。

 

だが仮に、死んだとしても動き続けるものがあるのだとしたら、それは『斬り抉る戦神の剣(フラガラック)』で止めることができるだろうか?

 

「死後も動くように己の肉体に命令を与えた……? 自動制御(オートメーション)ですか……っ!」

 

答えは、現実が示しているとおりに否だ。イリヤスフィールは己の肉体に直接指令を刻み、頭を吹き飛ばされた後にバゼットの腕を切り落とすように設定した。さながら自らの肉体を人形に見立て、外部から糸で操るように。

 

相手が並の魔術師であれば、この指令すらバゼットの『斬り抉る戦神の剣(フラガラック)』は反撃(カウンター)により強制停止(キャンセル)させて見せよう。

 

だが、イリヤスフィールであれば話は別だ。そもそも彼女の本体はここではなく、冬木市内のどこかにある。その本体を殺さねば、たとえ『斬り抉る戦神の剣(フラガラック)』だろうと肉体に刻まれた自動制御をキャンセルできないのだ。

 

「凄いわね、褒めてあげるわ、執行者。私を二度も殺し三度目に突入するのは、この聖杯戦争ではあなたで初めて」

 

そしてやはり、バゼットの想像通りに彼女は再び現れた。先ほどの微笑とは違って、今度は少し驚いているように見える。

 

「けれど三度目の奇跡はない」

 

首がなくなった少女だった死体が二つ、むくりと起き上がってバゼットの体を両側から押さえつけた。腕を失ったバゼットは、抵抗できず身動きが取れないでいる。

 

「ランサー、聞こえていますか……!」

 

この絶体絶命の危機に活路を求め、彼女は念話でランサーを呼ぶ。腕に刻まれた令呪は細切れにされたが、契約はまだ生きている。

 

『──(わり)いな、バゼット。ちとしくじった』

 

そして声は確かに返ってきた。けれど、それは彼女の求めた頼りになる戦士の言葉ではなく。

 

「ら、ランサー……?」

 

『っ……あぁ、クソッ。また自分の槍に(・・・・・)貫かれるとはな』

 

死に瀕した、英雄の言葉だった。

 

『良いかバゼット、敵は『常若の国(ティル・ナ・ノーグ)』の化身だ。この世の者である限り、誰もその守りは突破できねぇ。できることは相打ちか、もしくは逃げるだけだ』

 

「セイバーにやられたのですか!?」

 

『すまん、お前の声を聞いてる余裕はねぇし、助けに行く余裕もねぇ。セイバーを引き留めるので精一杯だ。悪いが、何とか生き残ってくれや』

 

そう言って一方的に念話が切られた。話の内容から察するに、ランサーは自らの槍に貫かれながらもバゼットの元へセイバーを向かわせまいとしているのだろう。

 

「ランサーと話したの? まぁ無駄だろうけどね。あいつも、もうすぐ死ぬでしょうし」

 

セイバーから念話で状況を聞いたイリヤスフィールは呆れた生き汚さ(ガッツ)だと嗤う。とっくに死んで消滅してもおかしくないのに、それでもなおセイバーの足を止めて見せるとは。

 

「あらら、もう諦めちゃうの? あなたは遠坂凛よりも強かったけど、その分心は弱いみたいね」

 

バゼットの瞳が絶望で曇る。サーヴァントからの助力は絶望的、腕がないので直接戦闘も不可、令呪も腕と共に粉砕された。バゼットにはもう、目の前の白い悪魔に足掻く術がない。

 

「それじゃあ、聞かせてもらおうかしら。あなたがどうして魔術師になったのかをね。それからたっぷりと……魔術師になったことを、後悔させてあげるから」

 

まるで義務を怠った人間を責め立てるような口ぶりで、少女は両腕を失った女の頬に手を触れ。

 

その絶望に暗く沈んだ瞳に、(メス)を突き刺した。

 

 

 

 

 

「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるなよ、お前──!」

 

返答が気に食わなかったのだろうか、少女が気炎を上げながらバゼットの顔を地面に叩きつける。

 

痛い、苦しい、やめて。そんなことを言葉にしようとしても、彼女はもう顎が砕けてまともに話すことすらできない。

 

「力を持って生まれた意味が知りたい? 弱い自分を変えたかった? 必要とされる居場所が欲しかった? それでよりにもよってあなた、魔術師なんかに、それも封印指定執行者なんかになったの?」

 

少女は女が語ったことをすべて飲み込んで。

 

「バカが」

 

大きくため息をつき、憂さ晴らしとばかりに左足を切り飛ばした。

 

少女は魔術師が嫌いである。とりわけ封印指定執行者なんてものは、反吐が出るくらい大っ嫌いである。

 

その存在は時折、聖堂教会の代行者と比較される。どちらも危険な魔術師を討伐する、協会と教会の実行部隊という意味で似通った性質を持つからだ。

 

しかし、両者において大きく異なる点が一つ。

 

代行者は社会を脅かす魔術師や吸血鬼の討伐を目的とする、いわば裏社会の治安維持機構であるのに対し、執行者は魔術師が生む財産の保護を目的とする、借金取りのような存在なのだ。

 

「どの面下げてそんなことを言っているの、お前。今までお前たち執行者が放置してきた魔術師のせいで一体どれだけの人間が生きる意味を、未来を、居場所を奪われたと思ってるの……?」

 

封印指定され魔術協会を飛び出した魔術師は野に潜み神秘の研究を継続する。そして執行者が動くのは、彼らが一般人を巻き込むような事件を起こしたときだ。

 

神秘の秘匿を犯した封印指定の魔術師は、代行者に目をつけられて処分される。だが、封印指定された魔術師の研究がすべて処分されてしまうのは魔術協会にとって損失である。だから執行者は代行者が封印指定の魔術師を殺す前に、魔術師を回収する。

 

そのような行動原理であるから、彼らはどれだけ一般人を犠牲にしようと気にしない。彼らが目的とするのは神秘の秘匿と、封印指定された貴重品を回収すること。ただそれだけ。

 

そうである以上。

 

「ねぇ、あなたは一体これまでにどれだけの命を殺してきたの? どれだけ何の罪もない、ただ神秘を目撃しただけの一般人を手にかけてきたの?」

 

執行者は犠牲となる人々の命は無視するし、その惨劇を目撃した一般人を排除することもある。

 

「ほんっとうに、ふざけてんじゃないわよ……ッ!」

 

ギリッと、イリヤスフィールが怒りで顔を歪ませ歯噛みした。

 

「力の意味? そんなの決まってる。それは何かを奪うためでなく、何かを守るためにあるべきものよ。弱い自分を変えたい? ふざけないで。人は誰だって弱い自分を持っているわ! それを変えるなんて無理よ! できるのは、どうやってそんな弱い自分と向き合うかだけ。なのにお前はそれから逃げて、こんな人殺しなんかに手を染めている!」

 

イリヤスフィールは苛立ちのあまり、今度はバゼットの右足を切り飛ばした。

 

本当にふざけた話だ。封印指定された魔術師を協会が野放しにしていなければ、多くの人間はそれに巻き込まれずに済んだのに、執行者はいつだって犠牲が出てから動き出す。その行動はあまりにも遅い。

 

「それに加えて……自分が必要とされる居場所……? そんなの、そんなのお前は初めから持ってるじゃないか! 家の反対を押し切って魔術協会に入ったんだろう! お前には身を案じてくれる親がいたくせに! 何をいまさら居場所とか言ってやがる! 全部全部、自分で捨ててるじゃないか!」

 

「……ぁ」

 

ドンッと鈍い音を立て、頭蓋が砕ける音が聞こえる。地面に打ち付けられる視界のなかでバゼットは己の過ちに気がついた。

 

結局それは、十五歳の少女が持つ若さ故の過ちだったのだろう。彼女は当時両親の反対を押し切って、魔術協会へと飛び込んだ。けれど待っていたのは、望んだ待遇ではなく腫れ物扱いで。

 

幼い頃、何かを失うことへの恐れからか、何かを得ることすら拒んでいた。およそ子どもが感じるような楽しみが、その恐怖で上書きされていた。

 

そんな彼女に向けて父は“作業のように一日を過ごすのだな”と言った。

 

だからそんな、機械のような自分を変えたくて、臆病で後ろ向きな自分と決別したくて、バゼットは自ら望んで違う環境へと飛び込んだのだ。何かが変わることを信じて。

 

父の言葉をバゼットは再び思い出す。“作業のように一日を過ごすのだな”、あれは、どういう意味だったか。当時はまるでそれがいけないことだと、叱られたように思っていた。けれど、あれは単に心配していただけだったのではなかろうか。

 

幼い娘が、日々を楽しむでもなく毎日無表情で過ごしている。そんな娘を見た父親からの、単に案じるような言葉。父はどうしてそんな表情をしているのか、話して欲しかっただけなんじゃないだろうか。

 

家を出ると決めたあの日、猛烈に反対した両親は、単にバゼットの身を案じていただけではなかったか。

 

そしてバゼットはそんな二人の想いに気づかず、幼い頃のどこかズレていたけれど、それでも確かに穏やかだった日々を捨てて、人殺しへの道を歩んだのではないだろうか。

 

「私には初めからないのに!」

 

少女が叫び、責め立てるように女の体を嬲った。

 

「私のは全部取られたのに!」

 

バゼットの体はもう動かない。喉が潰れ、うめき声を上げることしかできず、その少女の声に答えることができない。

 

「なんでお前は、そこにあるくせに気づかない! どうしてそれを、人が求めても手に入らなかったそれを簡単に捨てられるの! なぁ、魔術師! 答えろよ!」

 

そして潰されてしまった瞳では、イリヤスフィールがその顔にどんな感情を浮かべているのかも分からない。

 

「ふざけるな……捨てるくらいならさぁ、私にくれよ。返せよ……返してよ……私の体を返して、私の生きる意味を返して、私の本当の名前を返して、私の魂を返して」

 

けれど耳から聞こえてくる慟哭と、体の上にぽたぽたと垂れてきた熱を帯びた水滴から、その娘が酷い顔をしているだろうことははっきりと分かった。

 

「どうしてお前は、そんなありふれたものを求めているくせに、他人に残酷になれるの? 力の意味を求めて、自分の変化を求めて、居場所を求めて、やることが人殺し? 子ども攫い? ああ、どいつもこいつも、魔術師ってみんなそうだ。世界を救うために私を攫ったりさぁ! 魔法使いを作るために体を弄くったりさぁ! もうたくさんなのよ! 良い加減! お前たち魔術師は力を持っただけの害虫だ! 尊いことを成せるはずの力で、どうしようもない悪事を成す!」

 

“死ね死ね死ね死ね──!”と、呪詛と恨みが籠もった彼女の手が、バゼットを窒息死させようと彼女の顔を地面に押し付ける。

 

気道に土と血が混ざった泥が入り込み、肺が酸素を求めて震えるのを感じながら、バゼットはただ一言“ごめんなさい”と呟いて気を失った。

 

 

 

 

「……遅かったわねセイバー」

 

自らの血に溺れて気絶したバゼットを踏みつけていると、瓦礫となったアインツベルンの城からようやくセイバーが現れた。

 

“随分と時間がかかったじゃない”と、イリヤスフィールは胡乱な目つきでセイバーを睨みつける。胸に槍が突き刺さった状態のほぼ死に体の敵を始末するのにこんなに手間取るなんて、それでも動けるランサーがおかしいのか、それともセイバーがのろまなのか。

 

「誓って言うけれど、私は全力だったよマスター。文句はランサーの方に向けてくれ」

 

マスターの叱責に双銀の騎士は肩をすくめて甲冑を揺らす。どこかその表情は面目なさそうに曇っていた。さもありなん、彼が遅れたせいでイリヤスフィールは二度も殺されてしまったのだ。マスターをみすみす殺されるサーヴァントなど彼の中の基準で言えばどれだけ強かろうともド三流である。

 

セイバーの弁解に“そ、まぁ良いけど。勝ったし”と詰まらなさそうに言って、イリヤスフィールは踏みつけていた女の背中から足を下ろした。

 

「それにしても、また随分と派手に暴れたんだね……君はそれで満足なのかい」

 

セイバーはそんな己の主の様子を見つめながら、胸に抱えた万感の思いを吐き出すように声をかけた。そんなことが、少女のやりたかったことなのかと問うように。

 

「満足? ふ、ふふ、あっはは──! そんなの、そんなの!」

 

狂ったように笑いながら、少女は血溜まりの上で地団駄を踏む。跳ねた雫がイリヤスフィールのドレスを赤く染めて、錆びた鉄の臭いが周囲に充満した。

 

「──虚しいだけに決まってるでしょ」

 

そしてイリヤスフィールは天を仰ぎ、空に吐き捨てるようにひと言呟いた。

 

こんなことをしても、イリヤスフィールの心はちっとも救われない。イリヤスフィールの運命は決して覆らない。

 

けれど、それでも、魔術師にはあまりにもものの道理をわかっていない慮外者が多すぎるから、教えてやらねばならないのだ。

 

魔術の絶対原則、等価交換。

 

因果の両天秤は釣り合いを取らなければならない、それなのに。

 

「だけどお前らが捨てたものは、とても尊いものなんだって、教えてやらなきゃ気が済まないのよ」

 

魔術師はその犠牲に見合う成果を何ら一切生み出していないのだから。

 

「……ごめんねセイバー。やっぱり私に魔術師の考えは理解できないや。ましてや和解なんてと絶対無理、だって会話しただけでイライラするもん」

 

“これで残り二人、そいつらもさっさと殺してしまいましょう”と言って、イリヤスフィールは足早に城へと去っていった。

 

 

 

 

死んだ。完膚なきまでにやられてしまった。何も考えず、ただ上からの命令に従って戦地に赴き続けたツケが回ってきたのだろう。

 

こんな報われない職場などさっさと見切りをつけてしまえば良かったのに、諦めがつかなくてしがみついてしまった。

 

「……きなさい……ット」

 

声が聞こえる、魔術師であるバゼットに信仰はない。行くとしたら、そこはきっとケルト神話に語られる喜びの平原(マグ・メル)か、それとも教会が言う地獄か。

 

「起きなさい、バゼット・フラガ・マクレミッツ」

 

地獄は嫌だな、なんて小市民的なことを思いながら、バゼットは瞳を開いた。長い間暗闇の中にいたかのように、瞳孔は眩い光を拒む。

 

チカチカと白んだ視界がようやくまともになった頃、上からこちらを覗き込む銀髪金眼の清廉なりし淑女の姿が見えた。

 

「あなたは……て、天使……?」

 

「……ぷっ」

 

後光に照らされていた──正しくは天井の蛍光灯の光である──言峰カレンはバゼットの言葉に愉快げに頬を吊り上げると、礼拝堂の椅子に座り、観客気取りにこちらを眺めている三人に目配せをした。

 

「聞きましたか、皆さん。これが私に対する正しい反応です。以後、皆さんは私への態度を改めるように」

 

目を向けられた三人──凛、慎二、桜のうち前者の二人は、カレンの言葉を鼻で笑う。

 

「何が天使よ、この悪魔」

 

凛は長年連れ添った経験上、カレンの本性を知っている。バゼットが目を覚ます前まで、彼女が着ていた血だらけのスーツをうっとりとした目つきで眺めていたのだ。そんなの天使は天使でも、堕天使の類だろう。

 

「まぁ、確かに見た目だけは天使かもな。見た目だ・け・は!」

 

そしてその隣で凛と犬猿の仲である間桐慎二も、今回ばかりはうんうんと頷いて同意を示した。

 

「あら、珍しく気が合ったわね間桐くん」

 

「珍しくも何ともないだろ。ちょっとでも教会の世話になったやつならみんなあいつの本性を知ってる。知ってるか遠坂、あいつ町内会で側溝の清掃のボランティアやってた時におしるこの差し入れしてきやがったんだぜ。なんだってドブ水を見たあとにおしるこ食わなきゃならないんだ。しかもそのとき夏だぞ」

 

「うっわ何そのエピソード。最低ね。これから女子会での鉄板ネタにするわ」

 

凛と慎二は無言でグータッチを交わした。

 

「えっと、兄さんにねえさっ……遠坂先輩、それくらいにしておかないと……」

 

そんな二人の後ろでおどおどと、怯えた様子でカレンのことをチラチラ見ている間桐桜。

 

「ふ、ふふふ──! あぁ、大した献身ね二人とも。新しい住民のために、ここのルールを自ら実証してみせようと言うのかしら」

 

そんな無礼なことを抜かす二名の居候に暗黒微笑を向けて、カレンは鞭の如く聖骸布を振って床を叩いた。

 

教会のルールその一、シスターカレンに怒らせたら簀巻きの刑。

 

「「げぇ、カレンが鬼になった!」」

 

すかさず逃走態勢に入る二人、だが悲しいかな、敗北したマスターである二人に教会の外に出る権利はない。この狭い礼拝堂の中で、二人は決して逃げ切ることのできない逃走劇に興じるのであった。あわよくば片方が犠牲になってくれるように、互いを邪魔しながら。

 

「誰が、(デーモン)ですか! 誰が! そこに直りなさい、不信仰者ども!」

 

そして無情にも、伸びた聖骸布が凛と慎二の身柄を確保する。

 

「えっと、お腹すいてますよね。これから朝食なんですけれど、良ければ一緒にいかがでしょうか。あ、私桜って言います」

 

そんな全く頼りにならない天井に吊り上げられたミノムシたちの代わりに、間桐桜はこの教会の新しい住民に手を差し伸べる。

 

夜が明けたのか、窓をみれば朝日が差し込んでいた。

 

「えぇ、是非お願いします」

 

わぁわぁと喧嘩騒ぎをする少年少女たちを眺めながら、起き上がった男装の麗人は桜の手を取った。

 

どういうわけか、自分は生き残ったらしい。まだ頭は混乱しているが、とりあえず聖杯戦争が終わったら──一度実家に帰ろう。あと転職しよう。うん、そうしよう。

 

そう心に誓う、バゼット・フラガ・マクレミッツなのであった。

 

 






イリヤ「ねぇ、このボコボコになった城、なに? 一体誰が直すと思ってるの?」

セイバー「ごめん」





慎二くんはイリヤスフィールから首を落とされた瞬間から無視されたので、ちゃんと蘇生が間に合いました。人間の意識は首切られても数十秒は残るらしいからね。にしてもガン無視されるほど魔術の才能がない出涸らしで良かったね、慎二くん。
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