アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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誤字脱字報告ありがとうございます。


冬木でしたこと【17】

 

 

 

【1994】

 

 

 

 

深夜、閉鎖された工場跡地にて。サーヴァントの気配を察知したアイリスフィールとセイバーは、獣の雄叫びが如き咆哮を上げるバーサーカーと、波打つ黄金から湯水のように宝具を射出するアーチャーを発見した。

 

「まだこちらには気づかれていないようです」

 

「ええ、そうね。少し様子を見ましょうか」

 

セイバーの言葉にアイリスフィールが頷く。

 

黄金の王が名だたる宝剣を使い捨てるかのように撃てば、瘴気を纏った黒騎士がそれを受け取り投げ返す。一方は己の財を汚されたことに腹を立て“痴れ者が!”と罵り、一方は狂気に飲まれた声で“■■■──ッ!!!”と叫ぶだけ。二人の会話はまるで成立していないが、それでも戦闘は成立していた。

 

アーチャーが打ち、バーサーカーが応える、その繰り返し。何十何百という弾丸が往復し宙でぶつかり合っているところを見るに、とてもではないが横入りできるような隙はない。

 

仮に今セイバーが二人の間に飛び込んでしまえば、彼女は無惨にも蜂の巣にされて終わるだろう。

 

「武具をあんなに持っているなんて、アーチャーは本当に何処の英霊なのかしら。武器商人という感じでもなさそうだし……」

 

物陰に隠れながら、アイリスフィールは隣にいるセイバーと密談を交わす。

 

「自らを王と称する以上は商人ではないかと。あの傲慢極まる立ち振る舞いから察するに、彼は相当に古く、そして名のある王です」

 

「それはそうでしょうけど、それって具体的には?」

 

古くて名のある王。それが分かったところで実に、まったく、ほとんど何も絞れてない。如何せんそれだと候補が多すぎる。

 

「……なんとも言えませんが、少なくともローマ皇帝ではないと思います」

 

セイバーは曖昧に返事をしながら、生前鎬を削った大敵ルキウスを思い浮かべた。ローマ皇帝は自認がローマなのでその言葉の節々に“ローマ”が入る。一人称がローマだったり、名詞や動詞がローマになったり。したがってアーチャーは恐らくローマ皇帝ではないのだろう。

 

「ローマって圧縮言語か何かなの?」

 

アイリスフィールは訝しんだ。

 

「ファラオでもなさそうだし、ギリシャか……それより東のオリエントあたりの英雄かしら」

 

「む、そう言えば……」

 

アイリスフィールの声を聞いて、セイバーはライダー、アーチャーと行った城での酒盛りを思い出す。

 

確かアーチャーはこの世全ての財は(オレ)のもの、だから聖杯も(オレ)のもの……などと暴論を言っていなかっただろうか。

 

(あのときは世迷言と切って捨てたが、もしやあの言葉が真実であった場合、彼の正体は……ッ!?)

 

セイバーの直感が“今すぐマスターを守れ”と告げた。その警告に従い彼女は剣を振って、空を裂いて飛来した宝剣を弾き飛ばす。

 

「ほう、コソコソと盗み見る不埒者(ネズミ)の気配がしたかと思えば、よもや貴様とはなセイバー」

 

アーチャーのこの世すべての価値を見定める真紅の瞳が、セイバーの碧眼とぶつかり合う。

 

「だが丁度良い。そろそろ(オレ)も畜生を相手するのに飽きてきたところだ。狂犬めの調教は飼い主である貴様に任せるとしよう」

 

「──なっ!?」

 

“ふははは──!”と高笑いを上げながら、黄金の王が詳細不明な空飛ぶ何かに乗って去っていく。そしてキラリと星の瞬きとともにセイバーにとって耳障りな声が消えたかと思えば。

 

「A──urrrrッ!!!」

 

今度は黒き餓狼の唸り声が、瘴気をまとって迫ってきた。

 

「セイバー、バーサーカーが来るわ!」

 

「分かっています、アイリスフィール、あなたは下がって……ッ!」

 

風を帯びた不可視の剣を構え、バーサーカーが振るう二刀の大剣を受け止める。本来なら両手で扱うべき質量を持ったそれを、狂化によって上乗せされた腕力でもってバーサーカーは強引に振るった。

 

「ぐ……っ!」

 

甲高い金属音と火花を散らし、セイバーの剣とぶつかり合ったバーサーカーの獲物が粉々に砕け散る。武器の耐久度を考慮しない、あまりにも暴力的なその攻撃にセイバーは顔を歪めた。

 

腕を襲う衝撃が重い。正面から何度もこれを受けようものなら、いずれ押し切られ、そのまま胴に一撃を貰うことになるだろう。

 

アーチャーが何も考えず武具を解き放ったせいで、辺りには何十もの宝具が突き刺さっていた。手に取った物を己の宝具として取り込むバーサーカーはまさに水を得た魚のよう。次から次へと地面に突き刺さった剣を取ってはそれを振るい、セイバーを追い詰めていく。

 

おのれアーチャー、この借りは必ず返す。そう恨み節を込めながら、セイバーは剣にまとった風の鞘を解放し、嵐でもって黒騎士の瘴気を打ち払う。

 

「『風王鉄槌(ストライク・エア)』ッ!」

 

廃工場の床を巻き上げ、壁を打ち破り、トタンの屋根が吹き飛ぶ。

 

周囲を覆う土煙。その向こう側に幽鬼の如くふらふらとおぼつかない足取りの人影が見える。

 

影の正体、その黒い騎士の瘴気が蠢いた。そしてそれは彼の手の内に剣として形を成していく。

 

「そ、その姿は……!」

 

現れた彼を見て、セイバーは驚きのあまり息をすることを忘れてしまう。

 

Arthur(アーサー)ァァァ──ッッッ!!!」

 

そこには太陽の騎士の弟たちの血で汚れ、今はもう魔剣となってしまった見慣れた聖剣『無毀なる湖光(アロンダイト)』を握る、狂気に身をやつしたかつての臣下──サー・ランスロットの姿があったのだから。

 

 

 

 

「遠坂、時臣ィ……ッ!」

 

全身火だるまになった、ボロボロの男が地面を這いずっている。その様子を彼に火を放った元凶──遠坂時臣は冷え切った目で見下ろしていた。

 

「間桐雁夜、養子縁組は遠坂家と間桐家の問題だ。それに加えて魔導の継承を拒否した零落者である君に、桜のことを口に出す権利はない。己の分を弁えたまえ」

 

全身に大火傷を負い、体の内側は蟲に喰われる。そんな、もはや動く死体も同然な間桐雁夜は、それでもただ憎悪だけで立ち上がり、遠坂時臣を睨んでみせた。

 

「お前さえ、お前さえいなければ、みんな幸せでいられたんだ……! それなのに……!」

 

間桐雁夜は遠坂時臣が許せない。

 

遠坂家に嫁ぎ、彼の妻となった己の幼馴染、遠坂葵を悲しませたことが許せない。二人の娘──遠坂凛と遠坂桜を離れ離れにして、姉妹の絆を引き裂いたことが許せない。何よりも桜をあの間桐家の養子にしてしまったことが許せないのだ。

 

「桜ちゃんはなぁ……! 一年間ずっと蟲に喰われてたんだぞ! お前が、お前が間桐の養子なんかに出したせいで、それをお前は、幸福などと言うのか──ッ!」

 

雁夜の言葉に、時臣の表情が僅かに動いた。蟲に喰われる、その言葉の意味を測りかねているのだろう。

 

「良いのか! お前はそれで良いのかよ! 娘が蟲の餌にされてるのを、黙って見過ごすと言うのか!」

 

「……君が何を言っているのか分からないが、それが間桐の魔術儀式だと言うのならば否やはない」

 

一瞬、時臣の言葉が信じられず、雁夜は“……は?”と間の抜けた声を漏らした。

 

「それで桜が魔術師として大成するというのならば、それは必要なことだろう。そしてその果てに間桐の魔導をすべて引き継ぐのだとしたら、それはやはり幸福だ。桜が遠坂に残ったままでは、彼女の才能は日の目を見ることはなかったのだから」

 

「ふ、ふざけ……ッ」

 

怒りに飲まれた雁夜がえずき、口から蟲が溢れた。先ほどまで彼の内側で肉を食らい、生き血を啜り、生命を搾り取っていたそれはビチビチと床の上で何度か跳ねて絶命する。

 

「お前は人でなしだ、遠坂時臣。親なんかになって良い人間じゃない」

 

それを雁夜は踏み潰し、時臣に向けてその罪を見よと言わんばかりに指を突きつける。

 

「私は魔術師であり、そして父親でもある。我が子にはどんな茨の道だろうと、栄達へ続く道を歩んで欲しいと願うのは当然のことだ、雁夜。それを魔術師でもなければ、親でもない君に糾弾される謂れはない」

 

そう言って、次は形すら残さないように、念入りに燃やしてやろうと時臣が魔術杖(ステッキ)を振り被ったそのとき。

 

「退くぞ時臣。犬の始末はセイバーに任せよ」

 

「なっ、英雄王!?」

 

上空に現れたるは空飛ぶ黄金の船、ヴィマーナを駆る時臣のサーヴァント、アーチャー。あろうことか彼は時臣の意に反し、戦いを放棄して撤退すると言い始めたのだ。

 

「お待ちください、なにゆえ撤退なさるのですか」

 

「この(オレ)に同じことを繰り返させる気か? 獣に律を刻むは調教師(かいぬし)の役割だと言っているのだ。その上、今宵は王たる(オレ)に、より相応しき裁定(しごと)があるようだからな」

 

「仕事……?」

 

くつくつと王が堪えきれぬ笑みを零した。何がそんなに愉快なのかと、時臣は首を傾げる。

 

遠坂時臣は、はっきり言ってアーチャーを制御しきれていない。いや、この世の誰もこの傍若無人の王を御せるものはいないだろうが、それを加味しても時臣とアーチャーは円滑に意思疎通ができているとは言えなかった。

 

臣下の礼を取って無礼を避ければ、ある程度は時臣の言葉にも耳を傾けてくれるものの。しかしそれも絶対ではない。

 

そもそもこの王の言葉は遠回しに過ぎるのだ。魔術師は言葉を操る者(スペルキャスター)として、その口上に装飾を施すこともあるが、いかんせんアーチャーはそれの度が過ぎる。つまり、身も蓋もないことを言えば、この金ピカが何を言ってるのか時臣には理解できないのだ。

 

聖杯戦争において目の前の敵を倒すことよりも重要な仕事とは、一体何か。そんな疑問が時臣の心中を埋め尽くす。

 

「……承知しました、王よ」

 

だがしかし、ここで『どういう意味なんですか?』と馬鹿正直に聞いてしまえば王の逆鱗に触れるので、仕方なく時臣はアーチャーの言葉に渋々同意した。

 

先ほどまで吠えていた間桐雁夜は、いつの間にか地面に倒れ伏し気絶している。バーサーカーの暴走により魔力を消耗しすぎたのだ。幸いなことに、彼は時臣が直接手を下さずとも死に体だ。放っておいてもそのまま死ぬことだろう。今この場を後にしても、時臣としては問題なかった。

 

“ふん”と鼻を鳴らして、アーチャーは己の船に乗り込む時臣を不機嫌そうに見た。さっさとそうしておけば良いのに、余計な会話に時間を使わせるなどとでも言いたげな表情である。

 

それから時臣とアーチャー、その主従を乗せた方舟は遥か雲の上へと上昇する。

 

「して、英雄王。もしや、バーサーカーをセイバーにぶつける傍ら、ライダーと決着をつけようとでも言うのですか?」

 

宙に浮かぶ船の上で、アーチャーは酒の入った器を揺らした。注がれたるは真っ赤な酒だ。それは神の子などと呼ばれる存在、その人物が流した血とされる真っ赤な葡萄酒(ワイン)

 

「ああ、そのことなのだがな」

 

現代で手に入れたそれは、アーチャーの蔵にある神酒と比べればその味は天と地ほどの差がある。とてもではないが、そのままでは飲めたものではない。

 

(オレ)裁定(しごと)とは貴様のことよ、時臣」

 

ただしそのまま(・・・・)では、だ。一工夫すれば、その限りではない。

 

「貴様ら魔術師は、聖杯の中身に英雄の魂を焚べるのだと、信心深き神父が親切にも忠告を寄越してな」

 

そう言ってアーチャーは、空になった黄金の杯を己の()マスターへと突きつけた。そこに何を注ぐのか、問いかけるように。

 

宙が波打ち、どこからともなく鎖が飛び出す。それは目の前の道化を縛るにはあまりに上等すぎるアーチャーの至宝であるが、今宵ばかりは蔵から出してやらねばなるまい。

 

「さて、どう弁解してみせる?」

 

あぁ、彼はなんと友達思いな男だろうか。

 

なにせ常に優雅たれなどと言っていた男が、窮地においてどう踊るのか。アーチャーはその喜劇を、己の『天の鎖(とも)』に特等席で見せてやろうと言うのだから。

 

 

 

 

「Arthur──ッ!!!」

 

狂気に染まった湖の騎士が咆哮とともにかつての主君に切りかかった。

 

廃工場にはもう数十分もの間、二人の剣戟の音が響いている。

 

本能をむき出しにしたバーサーカーとは裏腹に、セイバーの顔に表情はない。敵の正体がかつて最も信頼した友であり、仲間であり、部下であった人物と知ってから、彼女は口を固く閉ざしている。

 

「Arthur──! Ar──thur──ッ!」

 

セイバーは色を失った瞳で、己の名を叫ぶ彼の顔を見た。

 

あぁ、そんなにもあなたは私が恨めしいのか。そんなにも私はあなたを追い詰めてしまったのか。

 

そんな後悔が、セイバーの胸を過る。

 

けれど。

 

「卿を呼び出した魔術師はあまりにも愚かしい。よりにもよって狂戦士(バーサーカー)とは、まったく」

 

けれどもう、その後悔で彼女の剣が鈍ることはない。

 

何度共に戦場に立っただろうか、何度共に剣を交えただろうか。円卓最強と呼ばれた彼と試合し、勝っては負けてを繰り返した。負けず嫌いのセイバーは、敗北の度に影で地団駄を踏んだものだ。

 

互いに手を取り合い、互いに高みを目指した人。

 

「──卿への侮辱にも、ほどがある」

 

そんな彼を前に後悔で剣が鈍るとすれば、それは彼への侮辱に他ならないのだ。

 

「『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』」

 

短い詠唱とともに、黄金の剣は放たれた。光の軌跡は呆気ないほど容易く、狂戦士の魔剣を握っていた右腕を切り飛ばし、その血は風に乗って宙を舞う。

 

「狂気に溺れ、腕が落ちたな、ランスロット卿。理性があれば、こうも容易く私に敗れることはなかったろうに」

 

“これでようやく勝ち越しです”と、セイバーは僅かに微笑みを浮かべた。彼との試合で何回勝って、何回負けて、何回引き分けたかなんてもう覚えていない。けれど、あと一回勝てばようやく勝ち越せる。それだけは、はっきりと覚えていたのだ。

 

「Ah……Arthur……」

 

倒れ伏すバーサーカー、けれどセイバーは手を緩めない。たとえ腕を失おうとも今度は足で、それを失えば今度は顎で。そうやってあるものすべてを利用し最後まで戦うのが湖の騎士だと、彼女はよく知っているから。

 

一切油断なく、聖剣をバーサーカーの胸に突き立てる。

 

「Ah──」

 

そうして聖剣により大地に貼り付けにされたバーサーカーは、狂気に冒されつつも、不思議とどこか穏やかな表情を浮かべていた。

 

「……まさか、あなたとこんな形で会うとは思っていませんでした」

 

そんな彼に語りかけるように、セイバーは膝をつき、男の頬に手を当てる。

 

それから、先ほどまでの無表情が嘘かのように、瞳に涙を浮かべて朗らかに笑った。

 

「あなたは私の友であり、最高の騎士だった、ランスロット卿。あなたが私をどれほど恨もうと、私の中でその思いが変わることはない」

 

「────ッ」

 

少女の涙を見て、バーサーカーの残された左腕が伸びる。狂気を上回るほどの驚愕が、彼の目から見て取れた。

 

「……あぁ、そうでした。私は卿らの前で、涙を見せたことはありませんでしたね」

 

恥ずかしげに頬を緩めながら、今にも死に行く戦友の、その弱々しい腕をセイバーは強く握り締めた。

 

「そして、これも生前には言えませんでした。……ありがとう、私の騎士になってくれて。あなたがいたから、私は安心して国を統治することができた」

 

円卓最強の騎士、ランスロット。彼の実力は君主たるアーサー王を上回るとされる。

 

つまりアーサー王にとって、ランスロットは最も頼りになる戦力だったのだ。自分より強い人が味方となって、背中を守ってくれる。これほど心強いことはない。ブリテン島すべてを背負っていた彼女にとって、強さだけでも隣に並ぶ者がいるということ。

 

それがどれほど、孤独だったセイバー──アルトリアの心の支えになったことか。

 

「それから……ありがとう、私の代わりに、ギネヴィアを愛してくれて。彼女の心は私では癒せなかった。だから嬉しかった。私にとってギネヴィアは友だったから、友の笑顔が見られて、私は嬉しかったのです。ランスロット」

 

王妃ギネヴィア、アーサー王の妻。アルトリアの世界では女であるアルトリア相手に嫁ぐことになった不幸な人物であり、しかしそれでも夫を支えると誓った、アルトリアの共犯者であり友人。

 

その涙を、アルトリアは止めてあげることができなかった。だからこそ、ランスロットが彼女を気にかけてくれたことが、まるで自分のことのように嬉しかった。ギネヴィアには女としての喜びを捨てないで欲しいと、願っていたから。

 

それは、その不義の愛は長くは続かなかったけれど、それでもその短い間、アルトリアは安堵したのだ。自分に嫁いだことで不幸になった彼女に、少しばかりでも幸福があったことに。

 

「それから、申し訳ありません。私はあなたとギネヴィアの仲を隠し通すことができず、そのまま国も滅ぼしてしまった。その上、あなたをそんなにも狂わせてしまった」

 

“本当にダメな王ですね、私は”と、自嘲するようにセイバーが言う。

 

「私は、あなたといた日々が幸福でした。あなたと出会えて幸福でした。だから、そんなあなたが狂気に囚われていることがとても心苦しい。できることなら、私がそれを取り払ってあげたいけれど……残念ながら私は神ではないようなので、ですからせめて、あなたを看取るくらいはさせてください」

 

そう言って、セイバーは黙り込んでしまったバーサーカーを胸に抱えた。

 

何か言いたげにこちらを見るバーサーカーの紫紺の瞳を見ながら、セイバーは思う。

 

生前の後悔は多い。もっと違う道があったのではないかと思う。こうして堕ちてしまったかつての仲間の姿を間近に見ると、なおさら強く後悔に胸が焼かれるようだ。

 

けれどもう、その後悔は否定しない。酷い終末だったけれど、その過程は決して間違いではなかったのだから。だから、良いのだ。この苦い思いも、辛い悲しみも、彼の恨みも受け止めよう。

 

「ああ、でも最後に」

 

消えて行くランスロットの体、彼は死者であって、現代にいて良い神秘ではない。だからもう、二度とアルトリアが彼と会うことはないのかれない。

 

「あなたの声が聞きたかった」

 

そんな事実に気がついてしまったとき、セイバーは口からそんなささやかな願いを零してしまった。

 

ああ、なんて贅沢な望みだろう。己は彼をこんなにも堕としてしまったというのに、そんな彼から許しの言葉を得たいと思ってしまっている。後悔を受け入れるとは言っても、受け止める準備はできていなかったようだと、ポロポロと零れ落ちて止まらない涙に、セイバーは己の弱さを自覚した。

 

その時。

 

「どうか、どうか泣かないで欲しい。我が王」

 

赤い光(・・・)が瞬いて、騎士が少女の涙を指で掬った。

 

湖のように澄んだ瞳が、理性の宿った瞳が、セイバーを見つめている。

 

「らんす、ろっと……?」

 

少女はその潤んだ翡翠の瞳を丸くして、紫の湖を見返した。

 

「恨めしいのは、我が身なのです。私は結局、御身とギネヴィアのどちらも選ぶことができなかった半端者だ。あなたの最後の戦いに駆けつけることも叶わず、ギネヴィアの心を救うこともできなかった。……その過程で何人もの戦友をこの手にかけた上に、あなたの国をも滅ぼしてしまったのに」

 

“それはすべて、私の責任です。御身の責ではありません”と、ランスロットは力なく笑った。

 

「そんなことはない! あれは、あなたのせいでは……」

 

セイバーがぶんぶんと大きく首を振って否定する。

 

「……まったく、そうやってあなたはまたすべてを背負ってしまおうとする。困ったお方だ」

 

ランスロットはそれを見て今度は柔らかな笑みを浮かべた。足の先から始まった霊基の崩壊は胸まで至り、もはや別れまで一刻の猶予もないけれど、彼の表情はとても穏やかなものに見える。

 

「陛下、私の方こそ、お礼申し上げたい。あなたと出会えたこと、あなたにお仕えできたこと、我が生涯最大の幸福でした。だから、私がそんなあなたを、恨むなどあろうはずがないのです。それはきっと、あの時代を生きた者皆がそうなのです」

 

「そうか、皆が、そうなのか」

 

「はい、それから最後に、出過ぎた願いを一つ……よろしいですか……」

 

「もちろん、卿が私に願うなど滅多にないことだ。聞かせてくれ」

 

そうしてセイバーの胸の内でボソリと唇を揺らすと、ランスロットは静かに塵となって消えた。

 

たった一つの、簡単な願いを彼女に残して。

 

「……終わったのね、セイバー」

 

「はい、アイリスフィール。無事に勝利しました」

 

「ええ、信じていたわ」

 

物陰に隠れていたアイリスフィールが、頃合いを見てセイバーに声をかけた。バーサーカーが敗れてもすぐに姿を現さなかったのは、かつての騎士との邂逅、そこに余計な口を挟むべきではないと、アイリスフィールが気を使ったからだ。

 

「それじゃあ、帰りましょうか」

 

「……はい」

 

戦場となった廃工場を出て、二人は歩き出す。バーサーカーを倒したものの、アーチャーが戻ってくる気配はない。まさか本当にセイバーにバーサーカーを押し付けて帰ったのだろうか。

 

この世で最も偉大なる王を自称しておきながら、やることがなんだか狡い気がすると二人は思った。けれど、今回ばかりはアーチャーに感謝するべきかもしれない。彼がセイバーにバーサーカーを押し付けてくれたおかげで、セイバーは最後にランスロットと言葉を交わすことができたのだから。

 

「……ねぇ聞いても良い? 彼は、最後に何を願ったのかしら」

 

アイリスフィールはそう言って、振り返る。その答えはもう、言葉にせずとも彼女の顔を見れば丸わかりであった。

 

「……少し、気恥ずかしい話ですが、まぁ、そうですね。彼は私にこう言ったのです」

 

セイバーは笑顔で、その願いを告げた。

 

『どうか笑ってほしい』

 

湖の騎士は生前から最後まで、女性の涙を見過ごせなかったのだ。

 

 

 

 

ルーラーは見ていた。死に行く騎士と、それを看取る騎士。

 

「愉快なくらいに、すれ違っているな」

 

そんな二人の心を、妖精眼(グラムサイト)は詳らかに映し出す。

 

「……抱え込んで無駄にするくらいなら、その方が有意義か」

 

それはルーラーの役割ではない。だが、別にやってはいけない行為というわけでもない。それをしたところで、聖杯戦争には何ら関わりないのだから。

 

『あなたの声が聞きたかった』

 

だから彼女は、別に無視しても良かったのだけれども、余計なお節介をした。

 

「令呪をもって命ずる」

 

理想に生きた少女が零した、世界を変えることのない些細な願い。

 

「最後に、その願いくらいは叶えてやれ。バーサーカー」

 

それを叶えたところで、罰は当たらないだろう。

 

 

 

 

「遠坂時臣に、過ちを認めさせたくはないか?」

 

悪魔の囁きが聞こえる。

 

「遠坂葵に、己の正しさを証明したくはないか」

 

それはあまりにも甘美な誘惑で。

 

「……っ、認めさせたい。分からせてやりたい! 俺が、俺こそが正しかったんだって──!」

 

そして間桐雁夜は、願ってしまった。

 

「──喜べ、間桐雁夜。君の願いはようやく叶う」

 

 

 

 

遠坂時臣と遠坂葵が、蟲に喰われている。

 

「ほうれ、桜よ。お主の血縁上の父と母が来てくれおったぞ。これでお主も、もう寂しくはないであろう」

 

呵々と、嫌らしい老人の笑い声が蟲蔵に響いた。

 

遠坂時臣は言った。話が違うと。桜の才能を活かすために、間桐家の養子に出したのだと。決してこんな、悍ましい蟲たちの苗床にするために養子に出したのではないと。

 

「何を言うか。儂は契約通り、桜の才能を活かす場を用意しておる。現に桜は、その才能を遺憾無く発揮しておるではないか」

 

“貴様の妻は母体として優秀じゃったの。であればその娘もまた母体として優れた才能を持つに違いない”と言って、間桐臓硯は家族仲良く蟲に喰われている彼らに背を向けた。

 

「どうだ、お主の望み通りにしてやったぞ雁夜よ」

 

「は──?」

 

階段を上り、蟲蔵から出る直前。すれ違いざまに言われた言葉に、間桐雁夜は混乱する。

 

望み? これが、こんな景色が、自分の望んだものだというのか?

 

間桐桜の目の前で、親を蟲に食わせる。

 

それが、本当に間桐雁夜の望んだ結末だったのか?

 

「ちがっ、違う! 俺は、俺は本当に桜ちゃんを助けようと──」

 

「だが貴様は、桜のことは願わなかったではないか。どうせ復讐心に囚われ、たかが少女のことなど忘れていたのだろう?」

 

つまるところ、結局男は少女の救済を忘れ、そのとき自分の感情的な復讐だけを願ってしまったのだ。

 

「ああ」

 

間桐桜が、間桐雁夜を見ている。

 

「あああ!」

 

その瞳はまるで、彼にこう告げているようだった。

 

「あああああああああ──!!!」

 

『お前さえいなければ、みんな幸せでいられたのに』

 

そうして男は内側から、蟲に喰われて絶命した。

 

 

 

 

「悲鳴を肴に味わう酒はどうだ、マスター」

 

「なかなかに悪くない。これが師の悲鳴であれば、より豊潤な味わいを楽しめたのだが」

 

「……ふん、時臣め。声も上げずに死ぬとは、相変わらず詰まらぬ男よ」

 

 






Q.雁夜は何してんの?

A.神父の養分になりました。自分の手で時臣殺して葵さんに罵られる原作よりも、こっちの方がええじゃろ(臓硯並感)。


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