アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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冬木でしたこと【19】

 

 

突如教会(バイト先)に呼び出された■■士郎。彼は電話越しに雇い主であるカレンから“外国から来た旅行者の案内をお願いします”と一方的に言われ、仕方なく丘の上の教会に向かっていた。

 

内心面倒ごとは勘弁してくれと思いながらも、給料を貰っている以上はその分働くしかないと士郎は諦めのため息をつく。

 

最初はただ厨房の手伝いだけだったのに、いつの間にか月額使い放題の体の良い小間使いにされているような気がしないでもないが、しかしその分金払いが良いので士郎はこのバイトを案外気に入っている。今は県外に遠足に行っているらしい、教会の子どもたちのことも好きなので、転職するつもりはまだない。唯一の不満は雇い主の要望が時折意味不明なことくらいだろうか。

 

なお最近だと学校を休んでいるはずなのに謎に教会に居候している友人と仕事人風お姉さんのために厨房に立ったり、居候たちの代わりにパシリよろしく日用品や衣服を買い揃えたりと雑用を押し付けられている。

 

女性物の下着なんかは女性陣に自分で買いに行かせるか、あるいはカレンが買いに行けば良いのではと思う士郎であったが、どうにもやむを得ない事情があるためそれは無理なのだそうだ。

 

だからと言って、男に下着のリクエストをする凛と桜はどうかと思う。あと新顔のバゼットさんとやらは“履ければ何でも、なんなら男物でも構いません”とか言っていたが、やっぱりそれもそれとしてどうかと思う。

 

もしかして自分が間違っているのかと、士郎は己の常識を疑うように首を傾げた。慎二が隣にいれば、お前は間違ってないと言ってくれたことだろう。

 

しかし、それにしても『教会から出たら死にますよゲーム』とはなんなんだろうか。なんだって友人たちは学校をサボって、そんな『横断歩道の白線以外はマグマなので踏んだら死ぬよゲーム』みたいなことをしているのか。下校中の小学生じゃあるまいし。

 

その詳しい背景を聞き出したかった士郎であるが、凛と慎二と桜が悲痛そうな顔で異口同音に士郎には言えないと言うので、彼はそれを聞き出すのを諦めるしかなかった。

 

「まさかあいつら、カレンに人質でも取られているのか……?」

 

あり得る。あの白い悪魔ならやりかねないと、士郎は思った。どうやら友人たちは、魔王カレンに捕まった囚われの姫だったらしい。

 

助けてやるべきだろうか、そう思い悩む士郎。だがもし助けるべきなら、きっと助けて欲しいと言ってくるだろうから、やっぱり放置で良いかなと彼は自問自答の末に納得して、友人たちのことを棚に上げた。

 

踏み入ってはならない深い部分には決して踏み入らないところが、彼が魔術師たちに好かれる所以である。

 

「来ましたね、勇者(アルバイト)士郎。今宵神託がありました、あなたには彼女に街を案内してもらいます」

 

それからはるばるやって来た士郎を見て開口一番、カレンはそんな教会のシスターみたいなことを言ってのけた。いや、正しくカレンは教会のシスターなので『みたいな』という表現は不適だろう。より正確に言うなら物語の導入部に出てくる僧侶(プリースト)のようなセリフを言ってのけた。

 

「また俺に変なことを頼む気だろ、カレン」

 

「変なこととはなんですか。あなたの仕事は既に伝えた通りですので……あとは当事者二人で」

 

“ごゆっくりー”とカレンはニヤケ顔をしたまま、礼拝堂から奥の部屋へと消えて行く。

 

それを見送った士郎は、笑っている顔は素直に可愛いんだけどなぁと、男としてありふれた感想を抱く。それにしては性格が終わっているので、別に惚れたりとかはしないが。恋愛対象として見るには、あのシスターはあまりにもイロモノ過ぎた。

 

「えっと、初めまして。君が冬木に来た旅行者……で、合ってるよな?」

 

案内すべき旅行者と思しき金髪縦ロールのお嬢様と二人っきりにさせられた士郎は、まずはファーストコンタクトを取ろうと声をかけた。

 

「あなたが案内人かしら? どんな輩が来るかと思えば、なんともぱっとしない方ですわね。いかにも自己主張の弱い日本人らしい風貌ですわ」

 

お嬢様の口から出た返事はそんななんとも失礼な発言だった。士郎はまたクセの強い人物が冬木に来たなと思わず苦笑い。今の発言には友好の証に右手を差し出して握手を求めたら、腕を引かれて背負投げされたようなインパクトがあった。

 

「ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト、よろしくしなくて結構ですわ」

 

「ええと、はい。よろしくお願いしますルヴィアゼリッタ……さん?」

 

「気安くファーストネームで呼ばないでくださらない?」

 

士郎は察した。今日の仕事は、いつにも増して難題らしい。

 

「……エーデルフェルトさん」

 

「気安くファミリーネームで呼ばないでくださらない?」

 

「どうすりゃ良いのさ!?」

 

“ふん”と不機嫌そうに鼻を鳴らすルヴィアに向けて士郎のツッコミが飛ぶ。流石に上の名前でも下の名前でも呼ぶなという指示には自分でも無理があると思ったのか、ルヴィアは少し考えて素直にその質問に回答した。

 

「そうですわね。では日本人、あなたはこれから特別に(わたくし)の執事として扱いますから、(わたくし)のことは『お嬢様』とお呼びなさい」

 

“なんでさ”と、思わず言葉が漏れそうになるも、士郎は慌てて“イエス、お嬢様”と答えた。この手の相手には取り敢えず頷いておくのに限るということを、士郎は対凛コミュニケーションの経験から学んでいた。

 

「では日本人、(わたくし)の時間はあなたのそれよりもずっと価値がありますので、一秒たりとも無駄にするわけにはいきません。すぐに街を案内なさい」

 

「待った、その日本人って呼び方はやめてくれないか。俺には■■士郎って名前がちゃんと」

 

「別に、あなたの名前など知ったことではありませんが、まぁ良いでしょう。特別に個体名で呼んで差し上げますわ。ええと、■……■……? ああもう、日本語は相変わらず言いづらいですわね。シロウェ、シウロウ、シェロウ……もうシェロで良いかしら。ほら、行きますわよシェロ」

 

勝手な渾名を開発したルヴィアは“間違っても傷はつけないように”と手に持っていた荷物を士郎に押し付けると、スタスタと優雅な足取りで教会の扉を開き。

 

「何をぼさっとしているのですか、置いていきますわよ?」

 

案内される側とは思えないセリフを吐きながら士郎を急かす。

 

足早に去って行く彼女に置いていかれまいと、士郎は大急ぎで揺れるドリルロールを追いかけた。そして暴君に聞こえないように小さく嘆息する。

 

(このつっけんどんな感じ。何だか出会ったばかりの頃の遠坂味を感じるな……)

 

教会を出ると、そんな士郎のナイーブな感傷をかき消すような、明るい太陽の光が残酷にも照らしてくる。

 

士郎君の受難は、まだ始まったばかりであった。

 

 

 

 

教会を出た二人は一度ルヴィアが宿泊する予定の冬木ハイアットホテルへとチェックインして、それから新都内を探索する。未遠川をまたぐ冬木大橋のこちら側は、見るべきロケーションがほとんど中心市街に固まっており、それ以外の場所はそれこそ先ほどの教会や釣り人たちが集う埠頭があるくらいなので、冬木市新都の案内は比較的速やかに終了した。

 

「それほど歩いてないのに、どっと疲れた気がする」

 

ベンチに腰掛ける士郎は眉間を揉みながらそう呟く。

 

その疲労の原因は明確で、すれ違った同級生たちが“士郎が外国人美女とデートしてる!?”などと騒ぎ立てたせいだ。おかげで機嫌を悪くするルヴィアと同級生たちの間に入った士郎の精神はゴリゴリ削られていったのである。

 

特に女友達の一人である蒔寺楓が“流石は遠坂を誑かした男だな!”などと言って、それからルヴィアの機嫌が急降下したのが最大の危機だった。何でも遠坂とは因縁があって、その名を聞くことすら嫌なのだそうだ。あの教会にまさしくその因縁の相手がいたことは伝えない方が良いなと、士郎は心に誓った。

 

(にしても蒔寺のやつ、あることないこと言いふらしやがって。週が明けたら覚えとけよ)

 

もう陸上部の備品が壊れても面倒見てやらないからなと、なんとも小さな反抗を決意する穂群原の便利屋(ブラウニー)。そんな彼の横で、件のお嬢様は不機嫌そうに街並みを眺めていた。

 

「典型的な日本の地方都市ですわね、特筆すべき点は本当に何もありませんわ」

 

士郎に案内される傍ら、街をつぶさに観察していたルヴィアは期待外れにも程があると言わんばかりに肩をすくめる。

 

聖杯戦争などという儀式を行なっている街とはいえ、表の部分はやはりごく普通の一言で済んだ。霊脈が優れていること以外には、この土地に特別なことは何もないのだから当然だ。

 

もっとも魔術師が土地に求める一番の要素はその霊脈なので、他の要素はどうでも良いと言えばどうでも良いが。

 

良さげな物件や、気に入った店舗があれば買い取ってやろうと思ったのに、どうやらルヴィアの琴線に触れるものはこの街にはないらしい。

 

「まぁ、別に何かを期待していたわけではありませんので構わないのですが──あら?」

 

そんな折、二月の風が、ルヴィアにとっては少々コンプレックスなオレンジ混じりの金髪を揺らした。

 

その風を受けて、ルヴィアは少しだけ遠く離れた国を思った。故郷のフィンランドは北極点に近い国であり、その冬は厳しいを通り越して『死』そのものだ。冬将軍という言葉がある通り、それはまるで軍隊のように毎年やってきては命と大地の恵みを根こそぎ奪っていく。それに比べれば、冬木の風は随分と暖かかった。

 

冬が過ごしやすいから冬木と名付けられた理由が、ルヴィアにはよく分かる気がする。昔の人々にとって、冬の過ごしやすい土地というものはそれだけで名前にしてしまうほどありがたかったのだろう。

 

「もう昼飯時だな。ルヴィ……じゃなくて、お嬢様、本日の昼食は何をご希望でしょうか」

 

冷たくも温かい風に、少しだけこの土地の評価を見直して態度を軟化させようかと思った最中、不調法にも話しかけてくる執事見習いに対しルヴィアはため息交じりに返事をする。

 

(わたくし)は何だろうと……いえ、訂正致しますが、やっぱり日本食だけはNGです。塩辛いのは(わたくし)の性に合いません」

 

「む、別に日本食は全部が全部塩辛いわけじゃないんだけどな」

 

料理人として一言申したい士郎であるが、それをぐっと我慢して。

 

「なら洋食で、適当にイタリアンで良いかな?」

 

「構いませんわ」

 

それから二人は新都市街中央にあるデパートへと向かう。再開発につき土地が上手く確保できなかったためか、この街の娯楽施設はまとめてあのデパートの内側へと押し込められていた。映画館から飲食店からゲームセンターから書店から、エトセトラエトセトラ。

 

まぁ士郎たちのような学生たちからすれば、遊ぶ場所が一つにまとまっているというのは存外便利なので、その点に不満があるわけではない。

 

「そう言えば、ルヴィ……お嬢様はどうして冬木に来たんだ?」

 

「それをあなたに話す必要があって?」

 

ただ無言で歩くのもなんなので、士郎は思い切って話しかけてみたが、その好意はやはり跳ね返されて粉々に砕け散った。

 

(うん、なるべく黙っておこう)

 

そう心に誓う士郎。二人の間に会話はなく、ただ道行くルヴィアのヒールの高いブーツがコツコツと鳴る音だけが響いている。

 

デパート内に入ると空調が効いているのか、暖かい空気が二人を出迎えた。

 

こうなると上着を着ているのは暑いくらいだ。そう思って士郎が上着を脱ぐと、ルヴィアもまたコートを脱いで士郎にそれを渡した。彼は大人しく荷物持ちに徹し、露わになったルヴィアのドレス姿を見つめる。

 

周囲の注目が美しき湖の国(スオミ)の乙女に注ぐ。それはロングスカートの青いドレスがこの街では中々見かけない服装だからという理由だけでなく、ルヴィアの金髪にあまりにも青が似合っているからということもあるだろう。

 

「風情のない場所ですこと。まったく、これだから現代建築は嫌いなのです。せめてイングランドの歴史ある百貨店の百分の一でも独創性があれば……む、なんですのシェロ。(わたくし)に何かおかしいところでもありまして?」

 

士郎と、それから周囲の視線に気づいたルヴィアは自分の格好をガラス張りの入り口の反射を全身鏡代わりにして確かめる。だが、相変わらずそこにはパーフェクトな自分がいるだけであり、ルヴィアは何故自分が見られているのか見当もつかなかった。

 

「ごめんごめん、見惚れてただけ」

 

「──は?」

 

不意打ちにも程があるその言葉にルヴィアは呆気にとられた。あまりにも自然すぎて思わずスルーしてしまいそうになるが、今のはなんだ、まさか口説かれたのだろうか。

 

だとしたら前後の文脈も、風情もなさすぎる口説き方にルヴィアとしては零点をつけたいところだが。

 

「教会にいたときは気づかなかったけど、凄く似合ってると思う」

 

“それだけ。それじゃ、飯に行くぞ”と言ってスタスタ歩き始める士郎の襟を青の乙女は“待ちなさい”と言って掴んだ。

 

「一体どういうつもりですの!」

 

「いや、どういうつもりも何も、俺は思った感想を言っただけで、別に他意なんてない」

 

キッ、と睨みつけるルヴィアの視線を士郎の琥珀色にも見える褐色の瞳が見返した。

 

「……もしかしてイタリア人ですの、あなた?」

 

「いや、生粋の日本人だけど。なんでイタリア人?」

 

なんでもなにも、女性を褒めるのは当然と言わんばかりの士郎のその態度がまるでイタリア人のようであり、奥ゆかしいとされる日本人らしからぬ態度に見えるというわけなのだが。

 

「………………調子が狂いますわね」

 

先ほどの言葉は本当に、何の裏もない純粋な褒め言葉だったのだろう。ルヴィアはそれを知ると刺々しい雰囲気(オーラ)を内側へと収めていく。

 

それからジト目でその士郎を睨みつけながら、お嬢様の反応がよく分からずに首を傾げて再び歩き出した士郎の後を追った。

 

■■士郎、不思議な男だ。シスターカレン曰く、彼は信用できる外部協力者であり、そして神秘なんてかけらも知らない善良な一般人であるそうだから、ルヴィアにとって警戒する必要がない。

 

出で立ちも至って平凡で、何か武術を学んでいるような足捌きは感じられるが、ルヴィアのような実戦向けのそれでないことは明らかである。

 

だからもし彼が悪意を持っていれば、ルヴィアはすぐにでも士郎を組み伏せてしまえるだろう。そういう意味でも、やはり士郎は警戒するに値しない人物だった。

 

「……」

 

無言のまま男の背中についていく。ルヴィアを気遣ってチラチラと後ろを確認したり、歩幅を調整しているのが妙に憎らしい。

 

実のところ、魔術を何も知らない一般人というのはルヴィアにとって初めての存在だった。

 

彼女の周囲にいるのは誰も彼も神秘の学徒だ。つまりそれは、研究を第一に考えるような典型的な魔術師だらけであり、魔術師でありながらどこか貴族的思考も持ち合わせるルヴィアとは合わぬ下郎たちばかりしかいなかったということ。

 

だから一緒にいてそこまで不快ではない男というのも、ルヴィアにとってまた初めてだった。

 

「あなた、突然このような役回りを押し付けられて、嫌ではありませんの?」

 

だからルヴィアはそんな初めての男に対し、己の疑問をぶつけてみた。ルヴィアとしては雑に扱っている自覚はあるのに、そんな自分の態度に怒るでも反発するでもない士郎の態度が不思議だった。

 

不思議も不思議、今のルヴィアにとって士郎は幻想種以上に謎めいた存在かもしれない。

 

「嫌って、何がさ」

 

「ですから、その、(わたくし)の案内役です」

 

「別に、ルヴィアさんといるのは楽しいから」

 

その言葉に毒気を抜かれたルヴィアは、“お嬢様とお呼びなさい”と返すのがせいぜいだった。彼はあまりにも純粋すぎて、まるで澄んだ水面のようだ。そんな彼に悪意をぶつけてしまえば、なんだかそれが自分に跳ね返ってくるかのような気分になってしまう。だからルヴィアは、彼に嫌味を言うのも憚られたのだ。

 

丁寧に街を案内してくれる上に、気配りさんな彼に絆されたとか、そういうことでは断じてない。ないったらない。

 

けれどまぁ、日本人は嫌いだが、少なくとも彼は別枠に入れても良いのかもしれないとルヴィアは思い始めた。虫は嫌いでも蝶々だけは好き、みたいな、言わばそんなペット枠である。

 

「む、エスカレーターが故障中? まぁ壊れてるものは仕方ない。階段……いや、エレベーターにしようか」

 

彼の言うレストランとはこのデパートの三階にあるらしい。飲食店のテナントは、おおよそその階にまとめられているようだった。

 

そこに向かうための上りエスカレーターが一基、配線トラブルのため故障してしまっているらしい。こうなると他のエスカレーターよりも階段の方が近いのだが、士郎はヒールの高い靴を履いているルヴィアに気を利かせて、エレベーターを選択する。

 

無論履き慣れたこのブーツで戦闘すらこなしてみせるルヴィアが今更階段なんかで足を挫いたりするわけないのだが。しかし特に反対する理由もないので、ルヴィアは黙って頷いておいた。

 

また歩き始める二人。先ほどの失敗で学んだのか、士郎から言葉をかけることはなく、そしてルヴィアが自発的に士郎と雑談するなどあり得ないので。必然的に会話はなかった。

 

どうせなら勝手に話してくれれば、それに耳を傾けて差し上げても良いのに、などと思いながらも、手持ち無沙汰になったルヴィアは興味なさげにあたりをチラリと見渡した。

 

休日のせいもあってか人の入りは多い。家族連れから、友人同士の集まり、若いカップルなどの姿が見て取れて。

 

「──ん?」

 

そして今、一瞬、ルヴィアは不思議な人影を見た。

 

ビスクドールのように真っ白な肌に、銀の髪と、そして血のように真っ赤な瞳。それは間違いなく、聖杯戦争の御三家の一つ、アインツベルンの特徴を示していた。

 

思わず右手を握り締める。そこに宿る令呪はほんのりと熱を帯びていて、視界に映るあの人形が倒すべきマスターであるということをはっきりとルヴィアに教えてくれていた。

 

「止まりなさい、シェロ。ランチは後回しでしてよ」

 

「え?」

 

後ろから己の執事の襟を掴んで無理やり引き留める。士郎は何事かとルヴィアの視線の先を見ると、そこにはアイスクリーム屋に並ぶ長蛇の列があった。

 

「って、あれアイスクリーム屋だぞ? ルヴィ、じゃなくてお嬢様。先にデザートなんて食べたら、肝心の昼飯が腹に入らなくなるんじゃ」

 

「お黙りなさい、私の獲物はそこにありますの」

 

ギロリと呑気にアイスを食べているアインツベルンのマスターを睨むルヴィア。士郎にはそれが、どうしてもアイスが食べたいお嬢様のわがままにしか見えていなかった。

 

「む、仕方ないな。分かった、買ってくるよ」

 

案外可愛いところもあるんだな、なんて思いながら、自分の財布を取り出す士郎。別に逢瀬(デート)というわけではないが、しかしここは奢るのが男気というもの。なぁに、軍資金は彼の長財布にバッチリ入っているし、それに領収書は冬木教会に宛てるので問題はないのだ。

 

「お待ちなさい、貴族たるもの施しは受けませんわ。そこから適当に見繕っておきなさい。サイズは当然一番大きいものをトリプルでしてよ」

 

けれどルヴィアはそんな士郎のみみっちい男気とやらを無視して、自分の財布を押し付けた。士郎でも知っているどこかの高そうなブランドの、ギラギラと輝くワニ革の真っ黒な財布だ。多分、中身を抜きにしてもその外側だけで士郎の財布の中身に匹敵する代物である。

 

それを押し付けたお嬢様は、言いたいことは言ったとばかりに執事を置いてスタスタと歩いていってしまう。

 

「え、いやあの、お、お嬢様ー?」

 

鞄にコートに財布と色々荷物を持たされたせいで両手を塞がれ、置いてけぼりにされた士郎は、仕方なく期間限定のフレーバーを求めて並ぶ巡礼者たちの列に加わるのだった。

 

「……よし、ではお嬢様のご厚意に甘えて、執事は抹茶にさせてもらいますっ」

 

それはそれとして、奢ってくれるならご馳走になるのが、学生の流儀である。

 

 

 

 

ペロ、ペロと、冬の少女が小さな舌で両手に持ったアイスクリームを舐める。それからスプーンでコーンの上のアイスクリームを削ると、それを口に含んだ。

 

「はむ、んーっ」

 

瞬間、ストロベリーの芳醇な香りが口いっぱいに広がる。少女はほっぺたが落ちそうになって慌てて頬に手を当て、幸せそうにその甘酸っぱさを堪能した。

 

「ひんやりしてて、おいしい……」

 

期間限定、あまおう味のアイスクリームは酸味と甘さがまさに絶妙な配分でベストマッチ。アイスクリームは初めて食べたが、少女はすでにその味の虜になりつつあった。

 

『アイスクリームはストロベリー味』がイリヤスフィールの中で、定番(オーソドックス)として定着した瞬間である。人は己が一番最初に食べた味を至高のものだと思うのが常なのだ。

 

スプーンに襲われ、その体を半分ほど消滅させたアイスクリームに対し、今度は桜色の瑞々しい少女の唇が直接かぶり付く。カリカリのワッフルコーンの食感が良いアクセントになってくれて飽きさせない。香ばしい小麦の香りも、アイスの甘さを良い具合に中和してくれていた。

 

本日騎士王(セイバー)との二度目の逢瀬(デート)、その終わりに彼女がこうして一人でアイスクリームを食べているのは、セイバーが“サプライズがある”と言って一旦席を離れたためである。

 

さて、サプライズとは一体なんだろうか。この時ばかりは少女は自分の悲惨な環境や過去も忘れて、ワクワクしながら席の上で子どもらしく足をプラプラと揺らしている。

 

まだかな、まだかなと期待しながら待っていると、トントンと、少女の肩を叩かれた。

 

「セイバー! 帰ってきたわ……ね……?」

 

それからイリヤスフィールは振り向くと、その笑顔をピキリと凍りつかせた。

 

「ハァイ、アインツベルン。お初にお目にかかりますわ」

 

そこにいたのはサプライズを用意したセイバーでもなんでもなく、手の甲に赤い聖痕を宿した金髪縦ロールの下品──イリヤの評価では──な女だったから。

 

「お向かい、座ってもよろしいかしら」

 

そう言うと、イリヤの返事を待つことなく女は向かいの席に座った。

 

「良いなんて一言も言っていないのだけれど」

 

少女がぷくりと不満げに頬を膨らませながら、肘をついて一言文句をつけると、女は口元に手を当て微かに笑った。

 

「今のはただ座るという意思表示をしただけで、あなたの答えは聞いていません。ごめんあそばせ、日本語はまだ不自由なもので」

 

“ハイコンテクストな言語は苦手ですの”などと言ってのける女をイリヤスフィールはじっと睨んだ。

 

せっかく少女にとっての日常(にちじょう)を忘れ、普通の人が味わう日常(ひにちじょう)を味わっていたというのに、幸せな気分が台無しである。魔術師っていうのはどうしてこう、人の幸福を壊しにかかるのか。イリヤはやはりこんな奴らは生きる価値なしと、心に刻み込むのだった。

 

「それで、こんな真っ昼間に何の用かしら、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。私の記憶では、聖杯戦争は夜だけっていうのが基本のルールだったと思うけど」

 

少女は嘆息して、女にわざわざ接触してきた理由を問いかける。

 

「あら、アインツベルンの姫が(わたくし)のことをご存じとは、光栄ですわ」

 

「ふざけてるの? あなたはアインツベルンと因縁があるもの、知っていて当然よ。なにへ、ユーブスタクハイトからは散々恨み節を聞かされたから」

 

日本に来る前、聖杯戦争に参加するマスターの情報をアハト翁から聞いたイリヤは、やけに一人だけ極めて詳細に悪評を語られた女がいたのを覚えていた。

 

「あの土塊に恨みという感情を抱かせるなんて、中々やるのね、あなた」

 

ルヴィアゼリッタ。恥知らずにもアインツベルンが落札した聖遺物を横取りした盗人一族の、その次代である。

 

イリヤスフィールはセイバーを召喚したが、召喚候補は他にもあったのだ。最終的にあと一歩のところまで勝ち進んだ前回と同じくアーサー王を召喚することにはなったものの、アインツベルンが持つ現存する宝具『ラインの黄金』を触媒としたジークフリートの召喚や、盗まれなければ手に入っていただろうヘラクレス神殿の柱を触媒としたヘラクレスの召喚などを視野に入れていたらしい。

 

そんな構想をぶち壊してくれたのだから、そりゃあ感情を持たぬゴーレムであっても彼女への良い印象は抱かないだろう。

 

「まぁ、褒めてくださっているのかしら」

 

「ええ、褒めているわ。アインツベルンに恥をかかせたなんてエピソード、聞いたときはスカッとしたもの。なんならあなたのこと好きだったくらいよ、さっき(・・・)までね」

 

今はどう思っているかは、少女の顔を見れば言うまでもなかった。

 

「それで、もう一度聞くけれど何の用かしら」

 

(わたくし)もアイスクリームを食べに来ただけ、と言えば信じてくださる?」

 

「冗談。ハイエナはちまちまと甘味を味わうような動物ではなかったでしょう?」

 

地上で最も優美なハイエナ、とはエーデルフェルトの蔑称でもあり、かの家系を称える異名でもある。エーデルフェルトはオークションでアインツベルンにしたようなことを世界各地で行なっているのだ。火事場泥棒、漁夫の利の漁夫、仲裁人のふりをしたただの泥棒、まぁ呼び方色々あるが、とても褒められた所業ではない。

 

それから“あら酷い。心が傷ついてしまいそうです”と、欠片も思っていないようなセリフを吐く縦ロール。口元を愉快げに歪めて良く言うものだ、どうせそのような悪評も負け犬たちの遠吠えとしか思っていないのだろう。

 

「ところでそういうあなたこそ、サーヴァントも連れずこんなところで何をしているのでしょう?」

 

「連れていないわけじゃないわ。今はちょっと席を外しているだけ」

 

「へぇ、随分と余裕ですのね。サーヴァントがいない隙に、(わたくし)があなたを殺すとは考えないのかしら」

 

ヒヤリと、二人の周りの空気が冷え込んだ。アイスクリームを食べて談笑する他の席の様子と比べれば、ここだけまるで冥界にでもなったかのような冷たさである。

 

「あはっ、アインツベルンから石の棒一つを盗んだくらいで良い気になっちゃった? 舐め腐ってると後悔するわよ、盗人エーデルフェルト。その場合死ぬのはあなたになるから」

 

それからバチバチと、視線と視線がぶつかり合って火花が散った。

 

「良いですわ、場所を変えましょう。もとより、アインツベルンとは白黒つけたいと思っていましたので」

 

そしてルヴィアは己の手袋を外しイリヤに叩きつける。

 

「良いわ、こんな人目のあるところであなたが血を流したら、周りの彼らの休日が台無しだもの」

 

冬の少女は、そんな蒼き乙女からの挑戦状を不敵に笑って受け取ったのである。

 

 

 

 

「……マスター?」

 

セイバーがそこに戻ったとき、少女の姿はなかった。

 

さて、一体どこに行ったのか。まだ子どもである彼女から目を離した自分が悪いのかもしれないが、それはそれとして心配だ。少女は用もなく勝手に出歩くような人ではない、まさか何者かに攫われたということもないだろう──とは言い切れないのが聖杯戦争であり、少なくともキャスターにはその能力がある──と思いたいが。

 

セイバーは手に提げた洋菓子店の紙袋を見て軽く息を吐く。中身はバームクーヘンだ。バターとシナモンの良い香りを漂わせる、焼き立てのものを丸々一本。少女を喜ばせてやりたい気持ちが七割、自分が食べたいという興味が三割で買った代物である。

 

できれば早速お披露目してやりたかったのだが、肝心の相手がいないのであれば致し方ない。そう思ったセイバーはアイスクリーム屋を立ち去り、デパート中央へと向かう。一階から四階まで吹き抜けになったその場所にはサービスカウンターがあり、館内で困ったことがあれば何でも相談を受け付けてくれるのだそうだ。ならば当然ながら、迷子の相談も受けてくれるのだろう。

 

迷子として呼び出される己のマスターを思い浮かべてセイバーはくすりと笑う。次に顔を合わせたときは、きっと幼児扱いされて不満げに違いないのだから。

 

そうして彼が、受付の女性に声をかけようとしたとき。

 

「……まったく、君は嫌っていただろうに。昼間からの、それも一般市民の生活を巻き込むようなやり方は」

 

──館内に突如、屋外立体駐車場から爆発物が見つかったという、緊迫したアナウンスが響き渡った。

 

 






ルヴィアの大叔母は実は死んでおらず、凛の祖母になった説があるらしいですね。(遠戚、クォーター発言から)

聖杯戦争に脱落して傷ついた後に敵である遠坂に保護される、みたいな展開があったのかしら。双子館の片方は凛の家のすぐ近くにあるし、あり得そう……。

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ただし強いだけのバカである。▼2026/06/28 本編完結しました。


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白亜紀からこんにちわ(作者:VISP)(原作:超かぐや姫!)

白亜紀に転生してしまったとある転生者は発狂した後にチートはそのままに完全に人外へと変じてしまった。▼得たチートはあの怪獣王ゴジラのボディ。▼古代の地球で生き続けるある日、永い時を生きる彼の元に怪しげなタケノコが現れてから本当の物語が始まった。▼徒然なる中·短編集より独立しました。


総合評価:5662/評価:8.79/連載:42話/更新日時:2026年06月29日(月) 00:13 小説情報

紙芝居をしただけなのに(作者:何処にでもある)(原作:Fate/)

 昔々、蛮族の集団で悠々自適に過ごす為の芸が巡り巡って無辜の怪物になった男がおったそうな。▼ その者腕っこきはからっきし、童話を紙芝居で読むのだけは上手く、ペラ回し一本で英霊に立ち向かわざる得なくなって途方に暮れたそうな。▼ この者の本名を亀男、英霊としての名前をカルメン。▼ 無辜の怪物で周囲から理想のタイプの女に見える、しがない一般サーヴァントである。


総合評価:5956/評価:7.9/完結:27話/更新日時:2026年07月01日(水) 23:00 小説情報


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