アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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冬木でしたこと【21】

 

 

「しっとりしてて甘いのね、バウムクーヘンって」

 

口をリスみたいに膨らませながら、イリヤスフィールが満足そうに頷いた。テーブルの上にはセイバーが用意してくれた一本丸ごとのバウムクーヘンが、切り分けられた状態で置かれている。

 

「お嬢様、お口にカスが付いております」

 

夢中で食べていたのか、イリヤの口もとにはケーキのカスが付着していた。見かねた彼女の使用人──セラがそれをナプキンで拭おうとすると、少女は“んー”と嫌がるように顔を背ける。

 

「やめて、そのくらい自分でできるから。というかセラ、あなたの分もあるんだから食べなさい」

 

車椅子に座ったままの少女は隣に置かれたもう一つの皿をフォークで指し示す。

 

昼間の戦闘で足を負傷した彼女は、足の再生の真っ最中。自分の足で歩けるようになるには、一晩は掛かる見込みであった。

 

「使用人である私の分は必要ありません。ぜひお嬢様がお食べください」

 

ささっと、半分ほど食べられたバウムクーヘンが乗ったイリヤの皿の隣に自分の皿を寄せるセラ。そんな彼女を尻目に、もう一人の使用人──リーゼリットは我関せずといった様子で甘味を堪能していた。

 

「……これ、美味しい。私気に入ったかも。ありがと、イリヤ、セイバー」

 

彼女はぼーっとしているようで、希薄ながらも少しは自我がある。戦闘用に造られた彼女だけれど、甘味を楽しむくらいは良いだろう。

 

「ほら、リズは気に入ったみたいよ? あなたも食べたら?」

 

「リーゼリット、少しは遠慮というものをですね。そもそもあなた、味なんて分からないでしょう!」

 

もっとも、楽しむといっても五感が鈍い彼女に分かるのは食感くらいだが。しかしその層が重なった独特の食感を彼女は気に入ったようだ。

 

「まぁまぁ、そう怒らないであげてくれ。そもそも、君たちにも振る舞うことを願ったのはマスターだ。メイドならば主の命令に従って当然ではないのかい?」

 

袖を捲くって怒るセラと、皿を持ったまま逃げるリーゼリットの間にセイバーが割って入った。リーゼリットはそんな彼に対し、後ろで“ダンケ”と親指を立てている。

 

「いいえセイバー様、これは侍女として必要な躾です! だいたいお嬢様に勧められたからといっても、一度は断るのが筋というものではありませんか!」

 

「では君は食べないのかい?」

 

「恐れ多くもお嬢様より頂いたものを二度も拒絶するなどあり得ません。食べますがなにか?」

 

それからセラがセイバーを出し抜こうと右に一歩踏み出せば、彼もセラから見て右に一歩踏み出しそれを拒んだ。左に一歩踏み出せば、やはり彼が同じように動いて壁となった。

 

「はぁ。何やってるんだか、あの二人」

 

「うん。セラ、怒りん坊。カルシウム足りてない」

 

二人の様子を見てイリヤがため息をついていると、セイバーの背中に隠れていたリーゼリットがコソコソとイリヤの側へやってきた。

 

「イリヤも、いっぱいミルク飲んだ方が良いよ? セラみたいにならないように」

 

「ミルク、ねぇ……」

 

キンキンと口うるさい世話係の残念な胸と、自分の車椅子の横で地べたに座って菓子を貪る護衛のご立派な胸を見る。その圧倒的な格差は、やはり牛乳のせいか。それとも設計段階でこうなるようになっていたのか。

 

「普通、逆よね。何で戦闘用のリズの方が大きいのかしら」

 

不思議なものだ。動くとき絶対邪魔だと分かりきっているだろうに。

 

「……なに?」

 

主の怪訝そうな視線を受けてリーゼリットは首を傾げた。

 

「ううん、何でもないわ。大人になれない私には、関係のない話」

 

イリヤはそう言ってリーゼリットの頭を撫でた。少女がお姉さんを撫でるという、なんとも逆ではないかと言いたくなるような光景だが、実年齢で言えばリーゼリットよりもイリヤの方が年上なので何の問題もない。

 

顎を撫でてやれば、リーゼリットが気持ちよさそうに目を細める。猫のような愛らしさだが、どちらかといえば彼女の本質は犬に近い。イリヤスフィールに絶対服従、イリヤスフィールを絶対守る。ホムンクルスである彼女は、そのようにプログラムされて生まれてきたのだ。

 

「……?」

 

しかし全て作られた反応なのだとしたら、それに意味はあるのだろうか。そんな虚しさに襲われて手を止めると、リーゼリットが物欲しそうにイリヤを見上げた。

 

「続けて欲しい?」

 

「……うん、イリヤに撫でてもらうのは、好き」

 

けれど、まぁ、たとえ作り物の反応でも喜んでくれるならそれで良いかと、イリヤは止めていたその手を再び動かす。それはリーゼリットがもうセイバーの背中にいないとセラが気づくまで続くのだった。

 

それから配下の三人が大人しく席に戻ってバウムクーヘンを食べているのを確認してから、イリヤは車椅子の車輪を回して一時席を外し、部屋の外へ出た。

 

本家の城ほどではないが、夜になるとこの城の廊下は酷く冷える。寒いのが嫌いなイリヤは急ぎ暖炉のある隣の部屋へと入ると、“おえっ”とえずき手のひらに黒い塊を吐き出した。

 

それは体内で分解、再構築、圧縮された炭素の結晶だ。彼女は本来あるべき消化器官を取り除かれ、その分魔術回路を増設されているため、こうして食べたものはフクロウがペレットを吐き出すかのように、口から排出して処分するしかない。

 

「ああ、ほんと。どうしようもないくらいに人間じゃないわね、私って」

 

黒い塊を暖炉に投げ込む。するとボッ、と少しだけ暖炉の火が揺らめく。

 

そして今度は、城が僅かに揺れた。

 

「……やっぱり来たわね。流石ハイエナ、怪我した獲物は逃さないってわけ?」

 

襲撃の合図だ。敵はほぼ確定で昼間に戦ったエーデルフェルトである。夜になったから、今度はサーヴァントを連れて再戦に来たのだろう。

 

にしても、二日続けて襲撃されるとは、もしやこの城の防備って他から見れば存外雑なのだろうか。一応、罠とか結界とか色々設置しているはずなのだが。

 

「マスター」

 

玄関ホールに向かえば、そこには既に武装したセイバーの姿があった。

 

「先に行って、セイバー。バーサーカーの相手は任せたわよ。マスターの方は、まぁ、そうね」

 

イリヤは振り返り、セイバーに続いて姿を現したセラとリーゼリットの二人を見た。先ほどまで和やかにティータイムに興じていたのとは打って変わって、今の二人は瀟洒なメイドではなく冷徹な狩人(ハントレス)だ。

 

セラの手には一挺の小銃が握られている。

 

ドライゼ銃──ドイツの前身、プロイセンが開発した小銃。世界で初めて後装式を採用したその銃は、それまでのさばっていた戦列歩兵戦術に終止符を打ち、以降の戦場をただ命を消費させるだけの英雄なき場所へと変えてしまった。

 

近代兵器は魔術と相性が悪く、銃器もまたその例に漏れないのだが、近代戦黎明期に生まれたドライゼ銃であればまだ比較的魔術との親和性がある。そのため、セラの好みに合わせて魔改造されたそれはもはや銃器ではなく魔術杖(ステッキ)の一種と化していた。

 

対するリーゼリットの手には、身の丈を超えるほどの大きな戦斧(ハルバード)が握られている。

 

巨人の腕(リーゼンアルム)』と名付けられたそれはまさに、巨人でなくては扱えない重量武器。人並み外れた怪力を持つリーゼリットに相応しい得物だ。

 

この世で最も硬い金属の一つ、レニウム合金製のその戦斧はアインツベルンによって概念付与(エンチャント)をされている。

 

レニウムの名はライン河から来ており、それ故にライン河の神秘と馴染みやすい。そしてアインツベルンはかつて地上に存在した妖精、ラインの乙女たちの所有していた財宝、ゲルマン神話の伝説にあるラインの黄金を所持しているのだ。

 

そして妖精という存在はケルト神話の湖の乙女に代表されるように、言わずと知れた神造兵器の作り手たちでもある。ゲルマン神話においてもそれは変わらず、グングニル、グラム、ミョルニルといった有名どころは全て妖精が鍛造したものだ。故に妖精たちが所持していた黄金を混ぜたその戦斧は、模造品ながらも星の神秘を宿している。

 

リーゼリットがそれを振るえば、単なる物理攻撃にとどまらず、生半可な魔術を打ち砕く性能を誇るだろう。

 

「私が出ずとも、二人だけで十分かもね」

 

戦意を滾らせるそんな頼もしい二人を前に、イリヤは笑った。

 

 

 

 

「やっておしまいなさい、バーサーカー──ッ!」

 

会話もなく、やってきた不調法者たちとの戦闘は唐突に始まった。先日のバゼット襲撃により罠がことごとく破壊されたせいか、新たなる襲撃者に有意な負傷は見られない。イリヤが今後も魔術師として熟達したいならば、工房の敷設技術の未熟さが課題となることだろう。

 

「セイバー、私はあの女を森に誘い込むから、あのデカブツを任せたわよ」

 

「了解した、マスター」

 

もっとも、イリヤ自身は己の命の終わりを悟っており、今更陣地作成なんてものを学ぶつもりはさらさらないのだが。

 

「■■■──ッ!」

 

主の命令に狂戦士は咆哮で応え、その巨躯に似合わぬ速度で飛び出した。美女と野獣が如き二人は互いの敵を見据えて散開する。

 

片や蒼銀の騎士へ、片や白銀の少女へ。

 

バーサーカーは己のマスター、ルヴィアゼリッタが敵を追って森に消えたのを尻目に、剣を掲げる騎士へとその斧剣を振り被った。

 

「来るか、バーサーカー!」

 

風を切り裂き、二者の得物が激突する。

 

セイバーは大地に足をめり込ませ、歯を食いしばり、敵を正面から受け止めたことを後悔した。

 

生前、彼は目の前のバーサーカー以上の巨体を誇る巨人と相対したことがあるが、しかしこれほどの怪力を誇る者を相手にするのは初めてだ。日輪の加護を受けた太陽の騎士ガウェインでさえ、力で比較すればバーサーカーに一歩劣るだろう。

 

「っ、風よ──!」

 

聖剣を胸に押し込まれた彼は、すかさずその剣を覆い隠していた風の鞘を解いた。眩いばかりの光が夜の森の闇を切り裂く。

 

同時に風の刃がバーサーカーの筋骨隆々の肉体を切りつけるが、しかし彼の分厚い筋肉はそよ風でも受けるかのようにそれを霧散させた。

 

宝具『十二の試練(ゴッド・ハンド)』、それは彼が狂気の末に歩んだ贖罪の道、彼が刻んだ伝説を表す肉体そのものだ。生半可な攻撃の一切は無効化され、たとえ一度死のうとも、それを十二の試練の内の一つとして乗り越える。

 

「無効化された? 対魔力か、それとも……」

 

下からの攻撃を受け止め、宙に打ち上げられたセイバーは冷静に敵を観察する。視界の遥か下ではバーサーカーが獣のように雄たけびをあげ、追撃を加えんと跳び上がる。

 

飛ぶ鳥どころか月でも落とすような勢いの叩きつけがセイバーを襲った。衝撃はガードしたが、与えられた運動量はそのままだ。まるで弾丸のように宙から打ち出された彼はそのまま城を穿ち、つい先程までイリヤスフィールたちと茶会を楽しんでいた食堂へと叩きつけられる。美しい黄金細工のテーブルを真っ二つに割りながら、セイバーは城にぽっかり空いた自分の通り道から夜空を覗く。

 

土煙が晴れ、月明かりが部屋の中に差し込むと、宙を蹴ってこちらに突撃しようとする筋肉ロケットじみた敵の姿が見える。狂気に飲まれておきながら、洗練された武技を感じるその動きに“冗談だろう”と思わず乾いた笑みが漏れる。

 

「悪いが、城を壊すなど叱られたばかりでね。彼女の家からは、出ていって貰おうか……ッ!」

 

だが、やられっぱなしは性に合わない。並行世界のアーサー王と変わらず負けず嫌いの彼は練り上げた魔力を聖剣に注ぎ、それは溢れんばかりの光となってバーサーカーを押し出した。

 

「■■■……ッ!?」

 

太陽に身を焼かれるような感覚。そうして一度目の死(・・・・・)を経験した狂戦士は大きく放物線を描きながら、騎士の手に握られた剣を見た。

 

黄金に輝くそれは、神々が持つ武具と同質の性能を誇り、彼の『十二の試練(ゴッド・ハンド)』すら突破してみせた。その事実に令呪によって狂化が緩和され、そうして僅かに取り戻した理性が警鐘を鳴らす。

 

「『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』──ッ!」

 

木々をなぎ倒しながらゴムボールのように地面をバウンドするバーサーカーに対し、当たれば必殺の一撃が放たれた。

 

黄金の熱線が一直線に彼へと迫る。先ほどの攻撃は真名解放による攻撃ではなかったため命の消費は一つで抑えられたが、仮にあれを真正面から受ければ失う命は一つや二つでは済まないだろう。

 

バーサーカーは再生を終えた足で立ち上がると、すかさず右方向へと身を投げ出して走り出した。しかし聖剣から解き放たれた光はとどまることを知らず、バーサーカーの後を追うように森を薙ぎ払っていく。

 

セイバーとバーサーカーの二人の頭の中にあるのは主に勝利をもたらすことだけで、自然環境を気にかける余裕なんてものはない。植物たちにとってこの日は厄日であろう。結界によって動物の類がこの森にいないことは唯一の救いかもしれない。

 

光に炙られた生木は内部の水分を蒸発させ、薪となって燃え上がる。光が通ったあとには、黒く炭となった焼け野原だけが残った。

 

扇状に薙ぎ払われた焼け跡を前に、セイバーは一度剣を下ろす。そして聖剣に帯びた熱が冷めぬうちに第二射を放とうとして、暗がりの中から何かが飛んでくることに気づいた。

 

「──ッ!」

 

聖剣を振るうたびにシッ、と口から息が漏れ、肺から吐き出された熱い蒸気が大気の中で像を結ぶ。

 

それは引き抜かれた大木だった。バーサーカーの巨腕により軽々と投げられたその弾丸をセイバーは一閃、二閃、三閃と砕き、そして続く四閃目で、弾丸に続いて跳んできたバーサーカーの斧剣を受け止めた。

 

己より二周りも大きい体躯を誇る狂戦士の攻撃、その衝撃を受け止めきれずセイバーが大きく後退する。

 

それを追って腕を前足代わりに姿勢を低くし、加速したバーサーカーが迫ってくる。

 

「風よ、前へ!」

 

追い風を生み出し、後退を中断。圧縮された空気をバネにセイバーは一歩前へと踏み出した。両手で強く握り締めた聖剣の柄を下段に構え、迎撃とばかりに剣先を天へと昇らせる。

 

聖剣は担い手が思い描いた通りに、バーサーカーの顎を砕き脳天までを真っ二つに切り裂いた。だが、その程度で止まるならばバーサーカーは不死身などと呼ばれていない。

 

「■■■──!!!」

 

瞬く間に断面が修復され、バーサーカーは仰け反った頭を振って頭突きをした。直感により防御の態勢を取っていたセイバーの虚を突くことは叶わなかったが、しかしそれは一瞬の空白を生む。

 

「っ、捨て身とは、狂戦士とは思えないな……!」

 

セイバーは思わず舌を巻いた。見た目から明らかに力でものを言わせるタイプのサーヴァントと予想したが、その予想は大きく裏切られた。不死の特性を活かした巧みな戦術。令呪による狂化の緩和は、単に意思疎通を円滑にしただけにとどまらず、彼に技能を取り戻させたのだ。

 

十字鍔(クロスガード)では頭突きを受け止めきれず、結果としてセイバーの胴ががら空きになる。そしてその隙を見逃すバーサーカーではない。彼は巨大な斧剣をまるで木の棒でも振るうかのように軽々と剣士の胸へと突き立て、その命を絶たんと前へ押し込むのだった。

 

 

 

 

 

 

二騎のサーヴァントが神話の再現を繰り広げている一方、イリヤスフィールを追いかけ森に深く入り込んだルヴィアゼリッタは一人のホムンクルスと対峙していた。

 

銀髪赤眼であることから、十中八九ホムンクルスだろう目の前の女は、バーサーカーが持っていてもおかしくないような巨大な斧槍(ハルバード)を掲げている。

 

(わたくし)が決闘を申し込んだのはあなたではなくてよ、ホムンクルス。そこを退きなさい」

 

警告を込めて呪いの籠もった指先を女に向ける。返事はない。埒が明かないとルヴィアがガンドを放とうとした、そのとき。

 

「彼女は決闘代理人(チャンピオン)のようなものよ、エーデルフェルト」

 

闇の中から声と共に、光弾がルヴィアを襲った。すかさずガンドでそれを相殺すると、爆発音と共に煙が舞い上がる。

 

「これは……」

 

声の主を探して周囲を見渡せば、木々を伝って銀の糸が張り巡らされているのが見えた。ルヴィアとハルバードを持った女──リーゼリットを囲むそれはさながら闘技場(リング)のようだ。

 

「リズ、招かれざるお客様を歓迎してさしあげなさい」

 

「うん、分かった」

 

二人の選手を観戦するかのように空を飛んでいた銀の鳥から声が響き、リーゼリットが姿勢を低くして飛び出した。

 

「お前はイリヤの足を奪った。だからお前の足も──貰うッ!」

 

「──ッ!」

 

悪寒を感じ、すかさず飛び上がる。ルヴィアがつい先程まで立っていたその場所は、ハルバードの一撃によって大きく抉れていた。

 

なんて怪力だろうか。並の人間、それも女でそれほどの力を有するものはそれこそサーヴァントくらいなものだろう。流石はホムンクルス、と心の内で感嘆する。

 

しかし寿命と引き換えに人間の限界値を引き出すと考えれば、あるいはこのくらい当然なのかもしれない。短命と引き換えに得られたその力は、果たして対価に見合っているのであろうか。

 

「ガンド!」

 

上から呪いを打ち下ろす。当たれば心臓を止めるその呪いも、分厚い金属の腹で受け止められてしまえば意味はない。

 

ならばと宝石を、それも重さに優れた大地(トパーズ)の宝石を差し向ければ、それに込められた魔術が発動する前にハルバードによって軽々と一刀両断される。そして煌めく蜂蜜色の宝石は二つに分かれ女の背後で爆ぜた。

 

宝石とは魔術の媒体としてはともかく、物質の組成は脆い。所詮観賞用、権威を示す大地の神秘では、実利の面で文明を支えてきた金属を打ち破ることはできない。

 

それが爆弾だと言うのならば、爆発する前に切ってしまえば良いのだ。

 

「──無粋ですわね!」

 

そのまま銀糸のリングの隅に大きく寄ったルヴィアに向けて、リング外にいるイリヤスフィールの(ツェーレ)の光弾が数発放たれる。

 

「戦いに横槍など、誇りはないのですか!」

 

「面白いこと言うわね、魔術師に誇りなんて端から存在しないでしょうに」

 

夜空に響くイリヤの声がルヴィアの言葉を鼻で笑う。この聖杯戦争にご立派な矜持を掲げてくることがそもそもの間違いだ。

 

それに、これは横槍などではなく正当な攻撃とも言えよう。なにせリーゼリットはユスティーツァ型でありながらイリヤスフィールの命に紐付けされたホムンクルスであり、いわば彼女の肉体の一部なのだ。戦っている自分を援護することに、卑怯と言われる筋合いはない。

 

「お前は蜘蛛の巣にかかった哀れな蝶なのよ、大人しくその翅をもがれなさい」

 

イリヤの声を合図に、リーゼリットが飛び出した。リングの隅、左右に逃げ場はない。慣性に乗ったその一撃は、容易くルヴィアの胴体を一刀両断した。

 

「……?」

 

だが、直後にはらりと金の髪が舞った。振り抜いた己の得物の手応えのなさにリーゼリットが首を傾げると、そんな彼女を叱責する声がリングに響いた。

 

「リズ、それは身代わりよ!」

 

女魔術師の髪は、自己と同一視される。故に呪詛を送る際の触媒にうってつけなのだが、それは逆に、髪が時には持ち主本人の身代わりとして機能することを意味している。

 

その事実をリーゼリットが思い出す前に、背後から何者かが彼女の腰に腕を回した。

 

「──頂きましたわ!」

 

次の瞬間浮遊感に襲われ、リーゼリットの視界は上下がくるりと逆転した。バックドロップ──ルヴィアが淑女の嗜みと呼ぶその技は、怪力でありながらも重さがないリーゼリットの体を容易く一回転させ、頭から大地へと叩きつける。

 

そしてゴキリと嫌な音が鳴り、リーゼリットは沈黙した。当たりどころが悪かったのか、首の骨のどこかが損傷したのだろう。彼女はそれで死ねるような簡単な仕組みをした生き物ではないが、それでもこれで戦闘不能になってしまったのは確実である。

 

「前哨戦は終わりでしてよ、さぁ出てきなさいなアインツベルン!」

 

勝者となった黄金の姫は高らかに宣言し、敗者へと呪いの銃口(ゆびさき)を突きつける。

 

「それともまさか、これから(わたくし)がこの女にとどめを刺すところをのうのうと見ているだけということは──ッ!?」

 

けれどその手からガンドが放たれることはなく、ダン、という銃声とともにそこには真っ赤な血華が咲いた。

 

ドライゼ銃から放たれた弾丸──劣化ウラン弾。単位体積あたりの重さにおいて鉄の二・五倍、鉛の一・七倍を誇り、なおかつ放射線を帯びたそれは被弾した者の肉を蝕む死の魔弾だ。もとより、ウランの語源となった天王星(ウラヌス)は天の神ウラヌスから来ており、大地(ガイア)と交わり数多の神を生んだその神名を預かる金属は、地の神秘を操る錬金術とすこぶる相性が良い。

 

そして弾丸は次の瞬間自壊し、炸裂した破片がルヴィアの左腕を徹底的に破壊する。

 

ウラヌスが我が子たるクロノスに男性器を切除された逸話に由来する、人体破壊の概念付与(エンチャント)の効果である。

 

ウラニウムは科学と神秘の両面においてまさに、敵を穿つ弾丸にするにうってつけの素材だった。

 

「うぐ……!」

 

またダンッ、ダンッと火薬が爆ぜる乾いた音が響き、腹と足が撃ち抜かれたまらず倒れ伏すルヴィア。彼女に埋め込まれた魔術刻印は、宿主の痛みを顧みることなく無慈悲にその傷を無理やり癒し始めるが、しかし生命そのものを蝕む死の呪い(ほうしゃせん)の影響は免れない。目に見えないその呪いは、細胞単位で彼女をジワジワと殺していく。

 

「よくやったわ、セラ」

 

倒れ伏す金髪の淑女の前に、冬の少女はようやく姿を現した。足の治癒がまだ十分でない彼女は髪の毛を伸ばしそれを外骨格代わりにして無理やり歩き出す。

 

「起きなさい、リズ。あなたも頑張ったわね、褒めてあげる」

 

少女が指を振るうと、銀糸がリーゼリットの肉体に纏わりつき、その首筋に鋭く針先が差し込まれた。傷ついた組織が急速に置換され、先ほどまでピクリとも動かなかった体が電流を流されたように痙攣すると、途端首をコキリと鳴らしながら女がおぼつかない足取りで立ち上がる。

 

「ごめんなさい、イリヤ。負けちゃった……」

 

「良いわ、私だって一度引き分けてるもの。後は私がやるから、あなたは休んでいなさい」

 

「うん」

 

大地に倒れたルヴィアは、一歩、また一歩とイリヤスフィールが近づいてくる音を耳にした。殺すならば近づく必要はない。何をするつもりかは不明だが、しかしまだ思考できているうちに、ルヴィアは反抗を試みる。

 

「……っ、令呪を持って命じ──」

 

痛みを飲み込みながら、バーサーカーを呼び出そうとする。しかし彼女を見下ろすイリヤスフィールがそれを許すはずもなく、言葉を紡ぐ前にその舌は切り飛ばされた。

 

いつの間にやら張り巡らされていた銀糸が、ルヴィアの体をぐるりと包囲する。それは全身に食い込み、未だ誰も触れたことがない秘された乙女の体を容赦なく傷物へと変えていく。瞼をくぐって眼窩に潜り込んだ糸はその瞳を割り、ルヴィアの視界は瞬く間に暗闇に落ちた。その文字通りに。

 

「ようやくハイエナらしい姿になったわね、エーデルフェルト。それじゃあ、敗者は勝者に大人しく従ってもらおうかな。あなたのこと、たくさん教えて?」

 

短くなってしまった黄金の髪を乱暴に掴まれ、血の涙を流す乙女の顔が持ち上がる。

 

「……イリヤ、お馬鹿。舌切っちゃったら、話せない」

 

それを背後から見ていたリーゼリットが一言指摘する。うっかりしていたのか、イリヤスフィールは“あっ”と声を漏らした。

 

「……そうね。まぁいいや、あとでセイバーに治してもらいましょう」

 

しかしそんなことは大した問題ではないと、気にするのをやめてイリヤがぱっと金髪を掴んでいた手を離し、敗者となったルヴィアの頭は重力に引かれるままに大地へ落ちる。

 

「こいつはちゃんと、傷を治してもらえる体してるんだし」

 

妬みからか、嫌味からか、思わずそんな言葉を漏らしながら、イリヤは戦利品をずるずると引きずり城へと帰還するのだった。

 

 

 

 

 

ヘラクレスには双子の()がいた。名をイピクレスと言う。

 

彼女とヘラクレスの関係は、一言で表すことができないほど複雑だ。なにせ双子でありながら、ヘラクレスとは異父(・・)兄妹なのだから。

 

ヘラクレスの父は大神ゼウスであり、例によってその息子であるヘラクレスは不義の子であった。彼の母アルクメネは夫の姿に化けたゼウスによってヘラクレスを身籠り、そしてその後すぐに夫の子であるイピクレスも身籠ったのだ。それ故に、ヘラクレスとイピクレスは双子でありながら異父兄妹なのである。

 

しかし本来であれば、ゼウスが余計なちょっかいをかけなければ生まれてくるはずだったのはイピクレスだけだったはずだ。そこにヘラクレスなんて怪物が介在する余地はなく、ごくありふれた人間の家族があるだけだったはずなのだ。

 

けれど神の勝手で、ヘラクレスは生まれてきてしまった。彼はまるでカッコウの子のように、その家族に割って入った存在だった。

 

疎まれて当然だった。捨てられて当然だった。幼児が大人になることなく死んで当然の古代の世界では、二人の子どものうちから一人の子どもを取捨選択し、口減らしをするなんて当たり前だった。

 

けれど、彼らはヘラクレスを怪物ではなく、アルケイデスの名を与え家族として扱ったのだ。もし、彼らがヘラクレスを排斥していたとしたら、ヘラクレスは英雄ではなく怪物としてその名を神話に刻んでいたことだろう。

 

半神半人のヘラクレスと異なり、ただの人間であったはずの彼らは、しかし生まれる前にその怪物(ヘラクレス)を討伐するという偉業を成し遂げてみせたのだ。

 

だと、言うのに

 

──殺した。

 

ヘラクレスは後に『ヘラの栄光(ヘラクレス)』などという名を与えた忌々しき女神に狂気を吹き込まれ、己の子と共に、イピクレスの子までも殺してしまったのだ。

 

彼が正気を取り戻したときには、すでにその手にはベッタリと赤い血が滴っていて、直前に何をしたのかさえ思い出すことができなかった。

 

──何ということをしでかしたのだろうか。

 

妹は怪物ではなく、兄としてヘラクレスを慕ってくれていた。だというのに、彼はまさに怪物のように、その子をその石柱の如き腕で捻り潰してしまった。

 

あってはならぬことだった。決して、してはならぬことだった。

 

その罪の意識は英霊となり、狂気に身を落としたバーサーカーとなった今でも、頭から消えることはない。

 

だからこそ(マスター)の願いを、自分が生前破ってしまった、双子の妹のささやかな幸せを守るという願いを、叶えてやりたいと思った。

 

己は狂気に負けた愚かな男だが、それでも死後は神として祀られた者だ。その程度の願いをすら叶えられずして何が神か、何が英雄か。

 

「■■■──ッ!」

 

覚悟を新たに、バーサーカー(ヘラクレス)は目の前の倒すべき敵に向かって吠えた。

 

胸を抉ったはずだ。バーサーカーの一撃を受けたセイバーは間違いなく、その心臓を再起不能なまでに砕かれたはずだった。

 

けれど、騎士は斃れず立っている。バーサーカーがそうであるように、己にも譲れぬものがあるとでも言うように。

 

バーサーカーが持つ『十二の試練(ゴッド・ハンド)』と同じ蘇生効果を持った宝具か、あるいは令呪か。セイバーはみるみるうちにその傷を治癒してみせた。

 

だが、そんなことは関係ない。一度殺して死なぬというのならば、何度でも殺して見せよう。

 

雄叫びとともに、バーサーカーは駆け出した。大地を蹴るたびに地響きが鳴り、彼の威容を称える鼓と化す。

 

そして心臓がダメなら今度は頭とばかりに、振り被った斧剣が脳天に振り落とされたところで。

 

「滅びの丘を越え」

 

風が揺らぎ、その場にあった虚像がかき消えた。風は貴種(ノーブル)の属性、あらゆる効果を司る。そのうちの一つが幻覚だ。空気の揺らぎによる屈折率の変化は、月光を騙しその場に騎士の写し身を投影した。

 

「悲劇とされた全てを糧に」

 

後方、声のした方に向けてバーサーカーが斧剣を振るう。しかしそれは空を切った。風の魔術が操る効果一つ、幻聴の効果。風に乗った音は既にはるか上空に飛び上がった彼の声を運んでくる。

 

「理想を示すために、私は再起する」

 

それは呪いか、あるいは祝福か。聖書の逸話にて、裏切りの果ての十字の丘で処刑された神の子がその後蘇ったように、裏切りの果てに剣の丘で命を散らしたとされる騎士王アーサーは、何度倒されようと必ず蘇るのだ。

 

その責務を果たす前に、膝をつくことなど絶対にあり得ない。そんな結末は、世界が認めようとも『    (アーサー)』は決して認めない。

 

「■■■──ッ!」

 

天を見上げてバーサーカーが吠えた。そこには月光を受けた黄金の騎士が佇んでいる。風の魔術が操る効果の一つ、浮遊の効果。質量を無視した浮力を与えられ、騎士は夜空に浮かんでいる。

 

「それは夢幻の彼方、遥かな頂を目指す、大いなる旅路の最果てに見ゆる人々の願い」

 

騎士が両手に握った剣を天へと掲げた。この世すべての理想を束ねた神造兵器。かつて太陽の神アポロンとさえ拳を交えたバーサーカーでさえ、未だかつて見たことがないほどの、見る者すべての心を焼き尽くすほどの熱。

 

「光を放て、『約束された(エクス)──」

 

それは騎士王だけが握ることを許された剣。湖の乙女が授けし祈り。滅びの意思を打ち砕けという。

 

「──勝利の剣(カリバー)』ッッッ!!!」

 

生命すべての『生きたい』という願いそのものである。

 

振り下ろされた剣身から闇を斬り裂く閃光が生まれ、バーサーカーへと降り注いだ。狂気に眼を曇らせた彼にはあまりにも眩しすぎるその光は、不死身のはずの彼の命を片っ端から燃やし尽くしていく。

 

かつてネメアの獅子をねじ伏せたその剛腕を前に出し防御するも、数秒とせぬうちにその腕は彼の全身もろとも蒸発する。

 

しかし直後、燃やし尽くされた彼の体は不死鳥の如く再生する。『十二の試練(ゴッド・ハンド)』により得られた新たな命と光への抗体が、バーサーカーに幾ばくかの猶予を与える。

 

そしてまた燃やされてしまう前に、彼は夜空に浮かんだ太陽を叩き落とさんと跳躍した。不遜にも天へと手を伸ばすバーサーカーに向けて、セイバーは二度、三度と聖剣を解放する。その度に二つ、三つとバーサーカーが持つ命のストックが削られていく。

 

だが、大英雄に後退などあり得ない。バーサーカーはその身で光を切り開き、最後の命が潰えようとしたその直前に斧剣を大きく振り上げる。

 

射殺す百頭(ナインライブズ)』、ヘラクレスが生涯をかけて編み出した戦闘技法にして宝具。技量なきバーサーカーのクラスでは本来扱えぬそれを、しかしバーサーカーは筋力によって無理やり成立させた。それくらいの常識を覆せなければ、十二の試練など突破できるものではない。

 

かくて九撃必殺のその技を繰り出そうとした、そのとき、しかし光の先にバーサーカーが見たものは。

 

「『全て遠き理想郷(アヴァロン)』」

 

無情にも、鏡写しのように斧剣を振りかぶる己の姿であり、彼の放った時差なき九連撃は騎士には届かず、彼自身の命を削り取った。

 

バラバラに打ち砕かれた体は、天へと届かず大地に落ちていく。

 

騎士の肉体の内側から溢れる神秘の洪水、バーサーカーでさえ溺れそうになるそれは、彼の知識にある生命の島の空気を感じさせた。

 

いつかケルベロスを調伏するために訪れた冥府と、対を成す生命の権能。黄金の実が成る、乙女(ニンフ)たちの島、ヘスペリデスの園。星の内海そのもの。

 

「──貴様はその力で何を成す」

 

それに気づいた塵と消えゆく大英雄は、今際の際にそう言葉を残したのだった。

 

 

 

 

「悪いが、断らせてもらう」

 

満身創痍のルヴィアゼリッタと、望んでいたものではない答えに呆気にとられたイリヤスフィールの前に、セイバーは立っている。

 

冬木郊外、つい先程まで熾烈極める戦いの余波で所々が倒壊したアインツベルン城の地下室にて。セイバーはイリヤの『鞘で敵のマスターを治癒せよ』という命令を拒んだのだ。

 

「そんなことが、君のやりたいことなのかい? 君は、拷問なんてことを進んでするような人間ではないだろう」

 

「うるさい、私に逆らうの? サーヴァントのくせにっ!」

 

キッ、と奥歯を噛み締めながらセイバーを睨みつけるイリヤ。だが、主に睨まれてなお騎士はその反対する姿勢を崩さない。

 

「何のためにそんなことをする。無意味な行為は、君も嫌っていたはずだ」

 

意味、人生の意味、生きる意味とはつい先日にもイリヤが使った言葉だ。彼女は己の人生の無意味さに絶望している、だというのに同時に、彼女はその無意味さを肯定するようなこともしている。

 

どうせ最後には殺してしまうのに、魔術師と言葉を交わすことになんの意味があるというのか。

 

「……っ、こいつの全部を聞いた上で、否定してやるのよ! お前のしてきたことは間違いだったって、言ってやって、それから痛めつけてやって、魔術師になんてなるんじゃなかったって、こんな戦争に参加するんじゃなかったって、後悔させてやらなきゃ気がすまない! だからセイバー、私の言うことを聞きなさい!」

 

聖杯戦争に参加し、消費される。それ以外の道がなかったイリヤスフィールにとって、自ら進んでその道に足を踏み入れた他の魔術師たちのことは到底許せない、だから分からせてやりたい。そうでなければ、イリヤのこれまでが馬鹿みたいだから。

 

嫌だった、自分を殺し、自分に殺され、無理やり魔術の知恵を植え付けられ、肉体も改造された。彼女がそうして歩んだ道は、第三魔法の再現という単なる学術的結論を導くためだけのものだったのだ。こんなおかしな話があるものか。

 

望めるのならば、叶うのならば、そうではない道を歩みたかった。けれど己はそれを得ることができない。それなのに他の奴らは、他の選択肢があるなかでのうのうと魔術師なんかやってやがる。魔術を誇りに思って、聖杯に願いを掲げて。

 

──ふざけるなふざけるなふざけるな、なんだそれは……!

 

イリヤにとってその事実は、とても容認できるものではない。

 

「いや、駄目だ。やはり承諾しかねる」

 

けれどセイバーは首を横に振り、碧眼はその判断を咎めるようにじっとイリヤを見つめている。

 

「なんで! 令呪を使って命じても良いのよ!?」

 

頑固なセイバーを前に、痺れを切らしたイリヤが強硬姿勢を強める。彼女の全身に植え付けられた魔術回路が赤く脈動し、令呪の発動を仄めかす。

 

「それをしたところで、君の心は晴れない。むしろ、もっと君の心が傷つくだけだ」

 

それでもなおセイバーの意見は変わらない。彼は諭すように真実を告げる。気がすまないと少女は言った、けれど彼女が望む行動を取ったところで、彼女の気が済むのだろうか。

 

いいや、そんなはずはない。だってイリヤが欲しいものは、そんなことではないはずなのだから。

 

「うるさい、うるさいうるさいうるさい、うるさい──ッ!」

 

癇癪を起こしたイリヤが金切声を上げて地団駄を踏んだ。

 

「お前だってただの人殺しのくせに、何を偉そうに! サクソン人を拷問したことだってあったでしょう? 村一つ見殺しにしたことだってあったでしょう? だったら私のこれも見逃しなさいよ!」

 

「出来ない。見逃せない。私は私のしたことを仕方なかったと割り切ってはいるが、それでも後悔は多い。だからこそ、君には同じ過ちはして欲しくない。そんな血に塗れた道を生きて欲しくはない」

 

晩年はやるべきことばかりを優先してきたからこそ、セイバーは先駆者として告げる。己の心を騙すのは辛いことだ。そんな生き方をしていれば、いずれその歪みに耐えられないときが来る。少女がこの先も生きるためには、そんな歪みはない方が健全なはずだ。

 

その手は血に染めることもできるけれど、同時に花を愛でることもできるのだ。相反する二つの可能性を前に、セイバーはイリヤに後者であってほしいと願う。

 

「キレイな道だろうと血に濡れた道だろうと、どっちだろうと私には存在しないのよ!」

 

少女の矛盾を抱えた慟哭が城に響く。イリヤは死にたいと願った。事実地獄の日々が続くくらいならば、死んだほうがマシだった。けれど体はどうしようもなく生きたいと願ってしまうし、心はどうしても明日を希望してしまう。二律背反した感情を抱え込むには、幼い少女の体はあまりにも小さすぎた。

 

「それは違う。君は生きたいと望んで良いんだ。君が望みを抱けば、私はそれを叶えてみせる」

 

「どうやって!? 魂を治せるのは第三魔法か、あるいは同じ魂を生贄に焚べるくらいしか方法はない! 私に悪魔みたく他人の命を啜って生きろとでも言いたいの!?」

 

「そうではない、私の心臓(たましい)を君に渡せば良い」

 

“──は?”と、怒りを忘れるくらい呆れ果てたイリヤの声が響いた。

 

「なによそれ、ばっっっかじゃないの。英霊の魂を人間に捧げるなんて机上の空論も良いところだわ。だいたい心臓(たましい)の移植一つとっても、それこそ神代の魔術師レベルの腕が必要だし、何よりそこから心臓(たましい)に肉体が拒絶反応を起こさず適合する確率すら天文学的という言葉を超えてほぼゼロみたいなものよ」

 

イリヤはセイバーが示した希望の道を一蹴した。馬鹿馬鹿しい。そんなの、ある日無限のエネルギーと資源が見つかって人類が争いから解放されますと言っているようなものだ。つまるところ、単なる夢物語である。

 

「もう良い、もうたくさん! うるさいセイバーなんて嫌い! 大っ嫌い!」

 

イリヤは耳を塞ぐと、荒々しい足取りで傷ついたルヴィアを放置したまま地下室から出ようとする。

 

「マスター、君の未来について私たちはもっと話し合うべきだ」

 

「──黙れ! 親でもないくせに、私に説教垂れるな!」

 

まるで反抗期の娘のようにそう吐き捨てると、彼女は引き止めるセイバーを無視して駆け出した。地下室を出て、玄関ホールから階段を二階に上がって、廊下を抜けて自分の部屋の扉を乱暴に開き。

 

「ばか、ばかばかばか! セイバーのばか!」

 

ベッドに積まれたたくさんの人形を乱暴に持ち上げ、ボロボロになるまで切り刻んでいく。

 

「せめてこんなクソみたいな儀式に参加する魔術師は全員分からせてやるって、殺してやるって決めたの。それが死に行く私にできること、そう決めたのに」

 

鮮血の代わりに、ぬいぐるみたちの腹に詰められた真っ白な綿が部屋中に散った。

 

「生きろだなんて、今さら! もう諦めたの! 諦めたのにまた頑張るなんて無理よ! どうせまた、私は折れて、今度こそ人形としても使い物にならなくなるのがオチよ!」

 

むかつく、むかつく、むかつく。心がムカついて仕方がない。それは多分、正論を言われて叱られたからだ。セイバーはイリヤの味方なんだから、そんなことじゃなくて、もっとイリヤを肯定する言葉を言ってくれても良いはずなのに。

 

ぬいぐるみたちが死んでいく。そうしてベッドの上で生き残ったのは、赤き竜のぬいぐるみただ一つとなった。

 

「……っ」

 

潰してしまうのは簡単だ。錦糸で腹を割いて、綿をぶちまけて、暖炉に薪と一緒に焚べてしまえば良い。たちまち燃え上がって、そのぬいぐるみは灰と消えるだろう。

 

「……う……ぁ……っ」

 

でも、セイバーとの思い出の品に、そんなこと、できない。

 

「……分かってるよっ。結局私は、怒って周りに八つ当たりするガキってことでしょ」

 

正気を取り戻したイリヤは、散らかった部屋を片付けていく。綿は一箇所にまとめて、後でセラに詰め直してもらうとしよう。刻まれてボロボロになったぬいぐるみたちは、そうして息を吹き返すはずだ。なにせぬいぐるみは物であり、死ぬことはない。

 

「でも、傷跡は残っちゃうなぁ……」

 

イリヤは兎のぬいぐるみを拾い上げ、今にもぷらんぷらんと揺れて千切れ落ちてしまいそうなその首を見ながらそう呟いた。

 

自分でも分かっているのだ。どんな御題目を掲げようと、どんな悪人だろうと、誰かを殺すことは多分、やってはいけないことなのだ。踏み外してはいけない道なのだ。

 

そして、結局自分が魔術師という存在にムカついてるから、八つ当たりしてるだけなんだってことも、分かってはいるのだ。

 

「ほんと、私ってば、嫌なやつ……」

 

朝起きたときには、このグルグルと胸に渦巻く不快な感覚から抜け出せていることを祈りながら、イリヤスフィールは竜のぬいぐるみに抱かれて瞳を閉じる。

 

それから竜は何も言わず、ただ一晩じっと少女の涙を腹で受け止め続けた。

 

 

 

 

「──ん」

 

窓から朝の日差しが差し込む中、ルヴィアゼリッタはベッドの上で目を覚ました。傷の具合から失血死は確実だと思われたが、どうやら生き残ったらしい。

 

あれから記憶が曖昧だ。敗北した己がどこかへと引きずられ、それからアインツベルンのマスターがサーヴァントと何やら言い争っていたことは覚えている。

 

「ここは、一体……?」

 

誰かの私物だろうか、持ち主のセンスを示すような無個性の現代服(白シャツ)を着せられた彼女は部屋を見渡す。ルヴィアがいるベッドが置かれただけの簡素な部屋は、とてもではないがアインツベルンの城の中とは思えない。アインツベルンが己を生きたままにしておくということも考えられなかったので、十中八九別の場所だと推測されるが。

 

「……なるほど、(わたくし)は教会に保護されたのですね」

 

あの状況からどうやって己が救われたのか想像もつかないが、ルヴィアにはそれ以外考えられなかった。自分は敗北し、敗者として教会に保護されたのだと。

 

エーデルフェルトの名誉挽回を掲げたルヴィアにとってその結末はとても納得のいくものではないが、しかしすべては命あっての物種だ。

 

あの性悪シスターに会い、一応礼を言っておこう。そう思い、部屋を出ようとドアノブへ手を伸ばしたそのとき、勝手に扉が開かれた。

 

「失礼します……って、起きてるじゃないか」

 

「──!」

 

驚きで目を見張る。聞き覚えのある声。もう関わらぬと覚悟した人がそこには立っていた。

 

「えっと、一応初めまして(・・・・・)だよな。俺は■■士郎、気軽に士郎って呼んでくれ。それで君はルヴィアゼリッタ……さん、であってるよな?」

 

その驚きを初対面故のそれと受け取ったのか、士郎は親しみのある笑顔を浮かべ、目の前の少女に手を差し出す。

 

「ルヴィアで結構ですわ、シェロ」

 

ルヴィアは差し出されたその手を両手で固く包み込み、グイッと一歩前に踏み出した。彼の顔を目と鼻の先に置いて、脳に焼き付けるかのように。

 

「シェロ……? とにかく、えっと、ルヴィアさんで良いんだな。オーケー、了解。ところでなんでそんなに近いんでしょうか」

 

「そうかしら、あなたと(わたくし)の距離はこのくらいが適切ではなくて?」

 

「て、適切? ゼロ距離が適切なのか? 俺が保健体育で学んだ常識だと、思春期の男女にはもっとスペースが存在するべきだったと思うんだが」

 

「まぁ、日本の性教育は一世紀遅れていますのね」

 

「それはルヴィアさんの価値観が一世紀先を生きているだけでは……?」

 

士郎は訝しんだ。

 

ニコニコと両手を握ってくる金髪美少女に若干ドギマギしながら、彼は“初対面なんだけどな”と首を傾げる。身に覚えがない友好的な態度というのは、絶妙に恐怖心を煽るものだ。それが教会の新しい客人にして、異国の美しき少女となるとなおさらである。

 

「っと、忘れるところだった。朝食ができてるんだけど、一緒にどうかなって」

 

「是非に」

 

ルヴィアは満面の笑みでそう頷くと、スルリと士郎の腕に絡みついた。

 

近い、近すぎる。それにわざとなのか無意識なのか、なんか色々当たっている。女性として危機感がなさすぎるのではと疑問に思う士郎は、男として一言忠告せねばなるまいと口を開きかけ。

 

「シェロ、何をぼーっとしてますの?」

 

しかしルヴィアのまるで肉食動物のように自分をロックオンする視線を見てやめた。その目はよく後輩や同級生の高嶺の花(笑)が向けてくる目であり、その目をした彼女たちに抵抗することは無意味だと士郎は学習済みである。

 

「なんです、何か不満でも?」

 

「はい。行きます、行きますので腕を締めないでください!」

 

意地でも離さんとばかりに腕を固く縛り上げてくる。なんかもう、もはやそういう技なのかと疑うほど痛いくらいに。

 

そうしてグイグイと腕を引くルヴィアに士郎は意見する気が失せたのか、がっくりと項垂れると賑やかなメンバーが集う食堂へとルヴィアを案内するのだった。

 

「ふっふっふっ……」

 

そして、二人が去った部屋の中。つい先程までルヴィアが寝ていた寝台の下から、一人の女がぬるりと這い出る。

 

「良い絵が撮れました。この映像は編集してエーデルフェルト本家に送りつけてやりましょう」

 

ビデオカメラを片手に持って魔女の如くくつくつと笑う女、コトミネ・カレン。士郎によるルヴィア攻略を見届けた仕掛け人であり、またしても教会の前に不法投棄された粗大ゴミの如く転がっていた聖杯戦争の敗北者を保護した教会の主だ。

 

犯人は誰なのかは未だ分からぬが、もう五度目の犯行になるのだから、もう少し丁寧な配送を心がけて欲しいと思う。朝一に教会前の庭園の水やりをしようとして、血まみれの人間を発見するのは鋼のハートを持ったカレンであっても驚くので。

 

「しかし見事なものね、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。こうも期待通りに堕ちるとは、やはり主の導きだったということでしょう」

 

アーメンと言って、カレンは胸の前で十字を切った。真っ黒でも信仰心は信仰心。信仰とはただ信じて仰ぐことであり、決して対価として捧げたり見返りを求めるものではないが、運命の出会いに感謝するのは人間として至極当然の行為だろう。

 

しかし、まさかこうも簡単にあんなツンツン日本人嫌いお嬢様が、たった一日で態度を一変させるなど想像していなかった。魔術師キラーな士郎が凄いのか、ルヴィアがチョロインなのかは議論の余地があるが。

 

だが、そんなことは今はどうでも良い。カレンにとって大事なことはただ一つ、それがカレンにとって愉悦であるということだ。

 

愉快なものは、ただそれだけで価値がある。愉悦とは人生のスパイス、心豊かに生きるための栄養剤。それがなければ、心持つ人は誰であれ枯れてしまう。それはねじれ曲がった価値観を持つカレンとて同じこと。

 

故に彼女は、これから食堂で巻き起こる士郎争奪戦の阿鼻叫喚を、なんとしても生で視聴しなければならない。

 

『ちょっと士郎、あんたなんでまだその女とベタベタしてるの!? それからそこの金髪女は士郎から離れなさいよ!』

 

『そうです! 先輩から離れてください、このっ、ど、泥棒猫……!』

 

『あら、なんですのあなたたちは? (わたくし)のシェロに向かって随分と馴れ馴れしいのではなくて?』

 

なにせ彼女の心を満たす愉悦は、比較的平和な現代社会では大変貴重なので。

 

「あら、あなたたちは扉の前で何をしているのですか。ちゃんと中に入って狂騒に巻き込まれていなければだめでしょう? 主に私に醜態を見せるために」

 

なお信心深いこの悪魔に見つかり、食堂の外に避難していた慎二とバゼットの顔が真っ青に染まったのは余談である。

 

 

 

 

「セイバー、セイバー? どこにいるの、セイバー?」

 

一夜明けて、頭を冷やしたイリヤはセイバーに謝罪しようと城中を探し回った。だが、探せども探せども彼の姿は見えない。一体どこに行ったのだろうか。

 

(ま、まさか私に愛想を尽かして家出したんじゃ……?)

 

サーヴァントがマスターを見限って家出なんてそんな馬鹿なことがあるわけない、とも言い切れないのが聖杯戦争である。

 

少なくとも令呪がある限り裏切りの心配はないが、しかし胸に湧いた不安を拭えず、イリヤは顔色を悪くしながら足早に廊下を進む。

 

「おはようございます、お嬢様」

 

進行方向の先に、ちょうど廊下の清掃をしているセラの姿が見えた。どこぞの名のある彫刻師が削り出したとされる彫像(スタチュー)をはたいて埃を取り除く姿は妙に様になっている。

 

「おはよう、セラ。セイバーを見なかった?」

 

「セイバー様なら残る最後のサーヴァント、キャスターの工房を探すと言って昨夜から外出されておりますが」

 

「……外出? 私に断りもなく?」

 

「お嬢様の身を労ってくださっているのでしょう。先日の負傷は治癒されたとはいえ、本日は大事を取ってお休みになられた方がよろしいのでは?」

 

「……」

 

セラに無言の返事をした後、イリヤは急ぎ足で地下室へと向かった。

 

そしてそこに、先日捕らえた敵マスターの、朝になれば死んでいるはずの彼女の姿はなかった。

 

「──理屈はどうあれ、やっぱり魔術師は殺すべきよ。セイバー。あいつらは、生きてちゃいけない生き物なんだから」

 

それからイリヤの瞳から光が失われ、彼女は地下室にて独り、呪いの言葉を吐くのだった。

 

 






『ラインの黄金』。型月だと叙事詩(神話)『ニーベルンゲンの歌』に楽劇(創作)『ニーベルングの指環』要素が入ってるそうなので、『ニーベルングの指環』の要素も正史として扱います。

【以下、頭に降って湧いた対士郎好感度表】

凛→まず桜を幸せにしてやってほしい。が、それはそれとしてぽっと出のフィンランド女に取られるくらいなら実力行使(意味深)も辞さない構え。

桜→憧れの人(表)。随分と楽しそうでしたね先輩そうやって女の子にはすぐ優しくするところはどうかと思います先輩もうこれからは私だけに優しくしてくれっていうか私以外の女と話さないでください先輩でもそんな優しいところが──(裏)。

ルヴィア→何ですのこの天然記念物。素朴で飾らない性格で料理も上手くて家事もできるし気が利くし、全く励起していないとはいえ一般家庭出身なのに一代目にしては破格の魔術回路の本数を持っているし……実家に持って帰ってよろしいですわね???

慎二→こいつをいじめて良いのは僕だけだし、こいつを一番理解しているのは僕。こいつの頼みならなんだって聞いてやらないこともないけど、それはそれとして僕を修羅場に巻き込むのやめろ。

バゼット→女子力やバイト力でボロ負けしているっぽくて悔しい一方、メンタル弱々な自分を良い感じに引っ張って導いてくれそうな予感がしている。

カレン→おもしれー男。周りの反応が見てみたいので、殺したりとか、寝取ったりとかしてみたいとは思っている。思ってるだけでやらないけど。もっと悪に寄ってくれればドタイプなのだが、肝心の本人が闇落ちの欠片もない光属性すぎて……。

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