イギリス海峡を渡りアルモリカへと移動したアーサーとモルガンの二人はその地にいるとある紫髪で筋骨隆々の修道士の歓待を受けた。
『ああ我が王よ! 生きて会えたこの喜びを神に感謝します! よろしければ彼女にも会って……え? “気まずいから良い”? そ、そうですか。いえ、そうですね』
『ところで、隣にいらっしゃる美しい婦人はどちらで? ふん、ふん、なるほど……は? それが本当ならなぜその女と旅をしているのですか!?』
『い、いえ。陛下の趣味にあえて口は出しますまい。私は不忠を犯した最悪の騎士でしたが、それでもかつての主君に対しそのくらいは配慮できますとも』
『しかし姉弟同士でとは……業が深い……』
アーサーはその男に
「自らの妻と部下の火刑を偽装し、島の外に逃がしていたとはな、甘いなアーサー。しかし意外だ。経緯を考えれば王妃にも騎士にも恨みを抱いて当然だろうに」
「
「他の誰も聞いていないのだから構わないでしょう」
「君は遠くから声を聞くこともできないような無能魔術師なのかな?」
島を離れ幾分か砕けた物言いになったアーサーの皮肉にモルガンは“そんなことは容易い”と言おうとして押し黙った。つまりはそういうことである。
「まぁ実際誰もいないから良いんだが」
「おい」
「聞かれていたらすぐに僕が気づくさ。君もそれはよく分かっているだろう?」
苦々しく頷くモルガン。彼女のかけた呪詛や陰謀の類は尽くアーサーの未来視じみた直感で未然に防がれていたので、そのデタラメさはよくよく分からされている。
「それで、甘いと言ったかな、モルガン」
「えぇ、もし私がお前の立場ならことに気づいた時点で即刻二人を殺していたでしょう」
アーサーに釣られてか、モルガンの口調も多少柔らかくなりつつ、しかし変わらず毒を吐くようなセリフを続けた。
「僕はそうは思わないとも。だってそうだろう、そもそもアーサー王に二人を殺す選択肢なんてありはしないのだから」
アーサーは焚き火を前に、暇つぶしとばかりに話を続けた。
曰くギネヴィア妃はコーンウォールで育ち、ランスロットはアルモリカで育った。この二つの地は丁度ブリテン島の南にある。
「北のピクト人に東のサクソン人、それに加えて南まで敵対するとなれば国の滅びは必定だ。そしてそうなれば西も敵に回るだろう。なにせヒベルニアはコーンウォールと縁深いからね」
「コーンウォールがヒベルニアと……?」
「うん? 故郷のことなのだからそのくらいは知っているとばかりに思ったんだが」
「知るものか。私の父が貴様の父ウーサーに殺されたあと、私はすぐに他国に嫁がされたんだぞ」
モルガンが恨めしげに視線を向けるとアーサーは気まずくなって視線を逸らした。
モルガンはウーサーが寝取ったイグレインとその元夫コーンウォール公ゴルロイスの間に生まれた娘。つまりウーサーから見れば連れ子のようなものだ。はっきり言って邪魔であるし、妻とその元夫の子など顔を見たくなかったに違いない。
だからローマの皇帝が築いた長城の向こう側に領地を持つロット王のもとに嫁がされたのだろう。そこはピクト人との最前線。つまるところ左遷であり、あわよくば死んでこいと言われたのと同じである。
「まぁ、その父上がまさしく母う……イグレイン妃を手に入れようとコーンウォールに戦を仕掛けたときの話なんだが」
“母上”と呼ぼうとするとモルガンが眼を細めて睨みつけてきたので、アーサーは口を濁しながら言った。
「ティンタジェル城にてヒベルニアからの後詰めを待っていたらしい」
ティンタジェル城。アーサーが生まれた、というより孕まれた? 孕まされた? 場所である。つまるところイグレイン妃とウーサー王が同衾した城なのだが。
この城は海辺に位置し、陸路で攻める道は一本しかない。籠城するには極めて優れた堅城なのである。したがってウーサーがこの城を攻め落とすことは不可能に近かったのだが、肝心の城主が敵の将がいないと見ると功名心からか城を出て来て合戦を始めてしまったらしい。そして討ち取られたと。
なお、その敵陣にいない将ことウーサーはゴルロイスの城でゴルロイスの妻に種を仕込んでいたわけだが。ホントに酷い話である。そしてその下手人というか、計画者がマーリンである。さもありなん。
「もし、もしその日に戻れるのならば真っ先に父を殺し私が戦の指揮を取り、そしてウーサーとマーリンを殺してやる……」
ことの次第を聞き憤りを顕にするモルガンに、アーサーは同情と、“僕の前でそれを言うの?”という二つの心が混ざった複雑な視線を送った。
さて、話をコーンウォールとヒベルニアの関係に戻すが、もう一人ヒベルニアと関係深いコーンウォールの主がいる。
悲しみの子トリスタンの元の主、コーンウォール公マルク王だ。彼はヒベルニアの王女イゾルテと婚約していたのだ。このことからもコーンウォールとヒベルニアの密接な関係を伺えるだろう。
もっとも、その婚約もトリスタンがイゾルテと恋仲になってしまうという事故により無茶苦茶になるのだが。
「もしやコーンウォールには寝取られの呪いがかかっているのでは? 僕もコーンウォール出身だし、ギネヴィアも……」
アーサーは連綿と続く宿業に頭を抱えた。願わくば自分の代でこれが断ち切られることを願うばかりである。
「まぁ、というわけだ。地理的にもコーンウォールはヒベルニアとアルモリカの中間にある。ドーヴァーと並んでブリテンの玄関口なのだから、その扱いも慎重になるんだ」
“ずずず……”と、アーサーはコップに注がれたお湯を啜りながら言った。
「ですが、火刑の真実をお前は秘匿したのでしょう。その時に殺そうと殺すまいと周囲への影響は変わらないはずですが、なぜ生かしたのですか?」
「どっちでも良いなら生かす方を取るよ、僕は。結果論だけど、そのおかげで彼からは旅に必要そうな物資をたんまり貰えたわけだし」
アーサーはそう言って腰に帯びた、金色で目立つので布で覆い隠している聖剣とその鞘を叩いた。『
で、あるならばかの四次元なポケットのごとく、英雄王の蔵のごとく物を納めることくらいできよう。聞けば妖精郷は四次元どころか七次元にあるそうじゃないか。よし、行ける。全部入れ。
そんな感じで物資は全部鞘に収まった。『
湖の妖精が聞けば烈火のごとくブチギレるか、呆れ果てそうな使い方である。なおその湖の妖精の一人たるモルガンはとくに驚いてはいなかった。“それは理想郷そのもの。人が入るのだから、物くらい入るでしょう”とのこと。
「モルガン、そろそろ眠った方が良い、明日に障る。あぁ、僕のことは心配しなくて良い。眠らなくても良い体だし、というか鞘のせいで体力が有り余って眠れないから」
「誰もお前の心配などしていませんが、しかしそう言うのであればそうしましょう。お前と話すことももう……あぁ、そう言えばもう一つ聞きそびれていましたね」
「うん?」
アーサーは棒で焚き火を突きながら聞き返す。
「恨んでいないのか、という話です」
「……」
アーサーは火を眺めながらポリポリと頭をかくと。
「いやー、まぁ、僕とギネヴィアは政略結婚の面が強かったし、情の面でもほんとに初夜の一回きりだけであとは音沙汰なしだったから愛を育む暇なんてなかったし。それにランスロットが来てからは彼にぞっこんだったと言うか。ランスロットにしても有能だし性格は良いし、性癖は終わっていても信頼できる部下ではあったから──」
あまりの早口に目を丸くしたモルガンに向かって、アーサーは笑顔で言った。
「恨むなんてまさか。彼らは好きさ。ああ、そうだとも。好意を抱いている。姉上に対するソレと同じくらいにはね」
つまり、それはそういうことである。なお、妖精眼でその言葉の裏が全部分かってしまったモルガンは。
「──ふっ」
「? モルガン、今もしかして笑っ……」
「……
意外すぎて固まったのが気に障ったのだろうか。理不尽すぎる暴言にアーサーは背中を曲げ力なくため息をついた。心なしか、その頭のアホ毛もしなだれているような気がしないでもない。
◇
その夜、呪詛返しによってモルガンは体調を崩し、
◇
アルモリカを発った二人はガリアを縦断した。道中、二人は傭兵稼業を行いながら移動し、騎士アルトリウスと賢者モーガンの二人はそれはそれは優れた実力で戦場を渡り歩いてきたのである。
『『
『アーサー、貴様嫌がらせか!? 何故その私を貫いた悍ましい魔剣ばかり使うのだ、『
『残念だがモルガン、聖剣は13の条件のうち約半分をクリアしていないと使えないんだ。その点これは使いやすくて……』
『槍は!? 槍も持っていただろう!?』
『あれも聖剣と同じ拘束がついている。というかそもそも、あれは
『ええい、宝具の真命解放を省略するな! したらそれはもう私の名前だろう!』
この時代、ブリテン島のみならず西ローマ帝国領内にはゲルマン人の流入が多発し、もはや帝国の秩序は存在しないも同然であった。どこに行っても戦争戦争。ゲルマン人に対抗するためにゲルマン人傭兵を雇い、戦争が終わってもその傭兵が居座って略奪を働くためもうしっちゃかめっちゃかである。
ローマが何百年とかけて作り上げた道、水道、農場、街が一瞬にして壊されていくさまを見れば、そりゃあ救いを求めて聖教徒も増えようと言うものだ。
アーサーは被害に遭う無辜の民を哀れに思うが、必要以上の干渉はしない。なぜなら彼は彼らの王ではないし、そもそももう王ではないからだ。善意から水や食料を分け与えても、それだけである。
というか、何を隠そうこの事態の決定的引き金を引いてしまったのはアーサーだったりする。ローマと戦争していたときにゲルマン人に“ローマはブリテンよりも
哀れローマ。だが安心すると良い。ローマはカンブリアにて生き続けるだろう。
さて、そんなこんなで二人はもう間もなく地中海へと至ろうとしていた。すなわち古代ギリシア人が築いた有数の
夜が明け日が昇り始めたころ、アーサーは小川のほとりで一人で何かをしていた。
「『
その叫びとともに鞘が展開される。10、100、1000と細かく分解され、やがて幾千億もの光の粒子と化したそれは眩い光を放ちながらアーサーの体に纏わりついた。
「だめか……いや、もう一度だ。できるまで何度だってやってみせるとも。『
「『
「『
「アヴァ──」
「うるさい! 早朝から何を騒いでいるのですか、近所迷惑でしょう!」
突如、
「森の妖精たちが貴様に苦情を言っているのが聞こえないのか!」
「それは申し訳ない」
どうやら隣人は確かにいたようだった。
「それで、何をしていたのですか。話しなさい。話せ」
「はい」
アーサーは朝から何度も鞘を起動している、その理由をぽつぽつと話し始めた。
「鞘を船にしたい? お前は何を言っているのだ」
「まぁ、待ってくれ。僕の言い分も聞けばモルガンも納得してくれると思う」
「ふん、聞かせてみなさい」
「まず前提として、アヴァロンとは島だ。妖精の泉を越えた先にある、星の内海に浮かぶ理想郷だ」
「ええ」
「そしてこの鞘はアヴァロンそのものであり、そこに至るための移動手段だ」
「そのとおりです」
「じゃあコレは船だろう! 湖を渡り、海を越え、そして島に至る道具なんて船以外の何物でもないはずだ!」
モルガンに電流が走った。
「……確かに、理屈のうえではそうなりましょう」
暴論だった。だがここではない平行世界には船になる盾というものがあるのだから、船になる鞘というものがあってもおかしくはない。
伝説においてアーサー王の死体はモルガンをはじめとする湖の乙女たちによって
──つまり、鞘は船だったのだ。
「ですがなぜ今になってそんなことを?」
「これから地中海を渡るのだから、船くらいは必要だろうと思って。必ずしも商船に乗せてもらえるとは限らないし、乗せてもらえたとしても、万が一海に落ちて溺死とかしたら嫌だろう?」
モルガンは思った。仮にも湖の乙女が溺死なんてしたら仲間に笑われることは必至である。そんなことは絶対に避けなければならない。
本来ならば湖の乙女たるモルガンが溺死する可能性などあるはずもないのだが、ここは神代を離れた物理法則の世界。モルガンの性質もほとんど人間と変わらないため、まかり間違って死ぬこともあり得よう。チーズが頭にぶつかって死ぬ女王がいるような世界なのだ。溺れ死ぬ湖の妖精が出るのも不思議ではない。モルガンに宿る
何より、一ヶ月自分の血で溺れ続けたモルガンにとって、また似たような苦しみを味わうなど絶対にごめんである。
かくして、小川のほとりで叫ぶ人間は二人になり、鞘は船としての姿を獲得した。
副作用的にランスロット大勝利ルートになっているみたい。
読者の皆様は蒼銀のフラグメンツを
-
履修してない(完全に知らない)
-
履修済(小説)
-
履修済(ボイスドラマ)
-
履修済(マンガ)
-
なんとなく知っている