「おいアーサー。お前、何を考えてやがる!」
部屋の中に一人の男が怒鳴り込んできた。部屋の主アーサーにその義兄のケイが、一言言いにやって来たのである。
今、島を統一し、サクソン人たちの流入は沈静化したというのにブリテンは未曾有の危機にあった。大陸にある大帝国ローマがブリテン島に朝貢を要求してきたのである。
“厚顔無恥とはこのことだ”と、ローマからの書簡を知った円卓の騎士達は皆ローマ皇帝、剣帝ルキウスを罵ったものである。
そもそもブリテンの混乱も、ローマ帝国が島を放棄したことに端を発しているのだ。自分から“余裕がないからあとは自助努力してね”と放り出しておいて、いざ立て直したと知るやいなや“貢ぎ物を寄越せ”とは。流石に聖人君子と呼ばれるアーサーでも書簡を地面に叩きつけるレベルだろう。
もっとも、アーサーに聖人君子なんて評価は全くもって的外れであり、キレるときはキレると知っているケイからすれば、それは何ら普通の反応だったが。
しかし、ブリテン島に貢物を要求するとは片腹痛い。こんな素寒貧の島にあるものはせいぜい『人』くらいなものだ。ローマはもしかすると、ブリテン島の円卓の騎士を当てにしたいのかもしれない。彼らもまたゲルマン人たちの侵入に四苦八苦しており、立場的にはブリテン島と同じなのだから。
もしくは、極々秘密裏に行われた聖杯探索の話が島外に漏れたのか。円卓には大陸に領地を持つ騎士も何人かいる。その者がローマに抱き込まれて情報を漏らした……という線もあり得るだろう。
もっとも、その聖杯探索も実は失敗に終わっているのでローマが求めるものは本当に『人』くらいしか存在しないのであるが。
「聞いてるのかアーサー! なぜ、俺を遠征に連れて行かない!?」
「落ち着いてくれ
アーサーはケイに胸ぐらを掴まれ、されるがままに揺さぶられた。一国の主に対しては不敬と言える行動だったが、アーサーとしてはスキンシップの一環である。
「“ローマと争うなど心底ごめんだ、俺は領地に帰らせてもらうぞ。そう絶対、絶対に遠征には参加しないからな”と言っていたのは義兄上だろう?」
「真に受けてんじゃねぇぞ。バカが!」
「痛い! 側頭部は止めてくれ兄さん! そこ死因だから!」
ケイの両拳によって頭をグリグリと抉られたアーサーは情けない声を上げて、ぐったりと机の上に倒れ込む。
「今がどんな状況だが分かってんのか? 剣を持てるなら老人だって徴兵したいような状況なんだぞ」
「さて、それはどうかな。国を救うための戦いなのに、それで国を滅ぼしたとなれば本末転倒だろう」
「今のは冗談じゃないぞアーサー!」
「私の方こそ冗談ではないとも、ケイ卿」
アーサーは王らしい表情でそこに居直った。
「残念だが、今回のことでブリテンの滅びは定まった」
「だったら尚更!」
「滅びの原因はローマじゃない、内紛なんだよ義兄上。私が国を空けている間に、きっと一悶着ある」
「……魔女か」
モルガン、アーサー王がついぞ捕まえることの出来なかった
「ローマには負けない。ブリテン島はこれまでずっと戦国時代だったんだ、兵の質ではこちらが上、数の問題も何とかなる。なにせ向こうは数が多いというか多すぎるからね、場所次第では大兵力を展開させず五分五分に持ち込める」
「だが会戦に一度勝ったくらいで、あの国が剣を納めるとは思えないぞ」
「うん、だから私を含めた円卓の騎士でルキウスを強襲する」
数で劣る以上は奇をてらう必要がある。無論向こうも対策を打ってくるだろうが、そこは実力で押し通るしか無かった。
「きっと多くの者が死ぬだろう。遠征に参加する円卓の騎士も、私を除いて生き残れまい」
ケイはアーサーの顔を見る。悲しんでいるのか、それとも覚悟を決めているのかその瞳はどこか遠くを見つめていた。ケイが幼い頃には良く見た表情だ。本人曰く、未来を識ってしまうことへの一種の諦めらしい。
「となるとだ、帰ってきたときに円卓の騎士が全滅していたでは話にならないだろう。だから比較的
酷い言い草であるが、概ね事実なのでケイは押し黙った。隻腕の騎士と同程度の実力だと思われていることに悔しさを感じないでもない。
「で、今後の相談なんだが義兄上。モードレッドがキャメロットで挙兵したあと、私はローマと講和して返す刀でドーヴァーを強襲する。義兄上たち三人は西へと引きながらモードレッドを引きつけてほしい。その後はカンブリアで……」
「待て待て待て待て!!!」
知らない情報の波がどっと押し寄せてきたので、ケイは思わず大声を上げた。
現在行方不明の、あの突如どっからともなく生えてきた自称俺の甥ことモードレッドがキャメロットで挙兵!? あいつアーサーに気持ち悪いくらい懐いていたのに!?
「で、その混乱に乗じてまたサクソン人が攻めてくるんだよ。ああ、ローマは心配ない。彼らもブリテンと同じくゲルマン人に侵略されるわけだからね」
「……」
「それから領地の大部分はサクソン人に奪われるが、ブリトン人はカンブリアにて生き残るとも。神秘の枯渇による土壌の貧栄養化もローマから略奪する予定の技術によって何とかできるはずだし。いやぁ、想像していたよりも何とかなりそうで良かった良かった──ってあ、義兄上……?」
アーサーは昏い顔で拳を掲げるケイに嫌な予感を感じ、冷や汗を流す。それはアーサーでなくとも予見できた未来、約束された義兄からのスキンシップである。
「そういうことは前もって言っておけと何度言ったら分かる! 俺にお前と同じ視点が持てるか! 一から説明しやがれこのバカがぁ!」
「あぁ痛い! 死因をグリグリしないで!」
ケイはアーサーの義兄である。それは弟が何の因果か選定の剣を引き抜こうとも変わることはない。
だから義兄として、この馬鹿な弟に制裁を下してやらねばならんのだった。
◇
厳かな聖堂の中、アーサーは首に下げたロザリオ──十字に環を足した、ケルト十字と呼ばれる形状のそれを握り船旅の無事を祈っていた。啓示の如きそれは彼に海賊や嵐という試練と、同時に旅の成功を予感させていたが、とはいえ未来が分かるからといって祈りをやめるというものでもない。
祈るから、祈る。敬虔な信徒というものはかくあるべきなのだ。もっとも、アーサーのそれは信仰のためというよりは精神統一のための瞑想に近かったが。
「アーサー、もう間もなく船が出ます。急ぎなさい」
聖堂の入り口でモルガンから声がかかると、アーサーはすぐさま立ち上がり教会を後にする。
「すまない、モルガン。ならばすぐに出よう……ん、何か気になることでも?」
「いいえ、よく祈るものだと思っただけです。私は『
モルガンはどこか機嫌が悪いというか、居心地が悪そうに見える。それも当然、彼女はキリスト教から排斥される立場の存在だ。ケルトの神、戦神モリガンの系譜である彼女には存在自体が相容れないのだろう。
騎士道を重んじるキリスト教的君主として存在するアーサーと古いケルトの魔女モルガンとでは、そういったところも相容れないのかもしれない。
「私にはお前たちの信仰など、理解できません」
「そうか。まぁ、僕も決して信仰しているわけではないよ。だって確信は、信仰とは違うだろう?」
「……はぁ? それは、どういう?」
「いや、何でもない。それより、行こうか。船が出てしまうのだろう?」
モルガンの浮かべた疑問に答えることなく、アーサーは船の待つ港へと足を進める。
「それと、そう教会を嫌うものでもないよ。彼らは横繋がりが広いからほら」
突然、アーサーは書状を懐から取り出しモルガンに見せつけた。それは教会の神父より預かった紹介状のようなものである。
「彼らは信心深い者をこうして助けてくださるからね。旅の宿にはうってつけだろう?」
「……」
言外に“打算で良いからフリでも教徒ぶっておけば便利”などと言われ、モルガンは呆れたようにアーサーを見た。世に謳う理想の騎士王の姿がこれか、と。
かくして二人は商船に護衛として乗り込み、海賊の船を沈め、海獣を蹴散らし、何の異常も無くローマへと辿り着くのであった。
◇
そこにたどり着いたとき、アーサーは想像していたほどの感動が訪れないことに落胆を覚えた。
かつて権勢を誇った古代の都の威光はもはや瓦礫に埋もれ、今はわずかな名残を残った街の建物から感じ取る他ない。
その建物も空き家が目立ち寂れている。ブリテンよりよほど発展してはいるが、住む人々の表情は白亜の城がモードレッドによって灰都になる直前、すなわち未来に希望を見出せない民たちのそれと同じだった。
せいぜい栄えてるのは教会の周辺くらいだろうか。
まぁ、ローマがこうも寂れるのも無理はない。というのもなにせ、アーサーが皇帝を吹き飛ばしてしまったのが悪いのだ。辺境の島国に負ける帝国など恐るるに足らずとばかりにローマはゲルマン人に侵略され、ついには膝を屈する直前にまで堕ち切っている。
もうしばらくすれば、この帝国もゲルマン人たちの手に落ちるだろう。そうして崩壊したこの国、いやこのイタリア半島が再統一するのに1000年以上のときがかかると言うのだから、歴史と言うのは残酷である。
アーサーとしては絶対のように感じていたこの帝国が崩壊するのは信じがたい。それほどまでにローマとは強大な敵だった。勝ったと口で言うのは楽だが、アーサーはその過程で、内紛で失うはずだったが生き残った円卓の騎士の、そのほとんどをローマ遠征で失っている。その最たる例で言えば、アグラヴェインを除くオークニー兄弟たちのことだろうか。ガウェイン、ガヘリス、ガレス……皆強く、頼りになる仲間たちだった。
ただ、アーサーの識る断片的な未来の知識によると1500年後にはあの貧しいブリテン島の国がその時代のローマ帝国になると言っているのだから、それに比べたらまぁ、まだ信じられるものだ。逆に言えばそれくらいの比較対象じゃないと信じられないのだが。
「ブリテン島が世界の覇者になるよりも、僕がヨーロッパの覇者になる方がよっぽど信じられるんだがなぁ」
「何をぶつぶつと言っているのです。ついに頭に蛆でも湧きましたか。それは喜ばしい。ちょうどお前の墓を作れそうなほどこの街は土地が空いているようですからね」
“特別にラージサイズのものを発注してあげましょう。よろしい?”などとモルガンがアーサーに言う。やけに饒舌だ、相当質の良い魔術礼装でも手に入ったに違いない。
「ええ、その通り。ここは地中海世界の中心地ですから、東方ゆかりの珍しい素材も手に入りました。ふふ、私の
夜な夜な何をしてるのかと思えば、何かを作っていたらしい。どうせアーサーを殺すか、苦しめるか、嫌がらせのための道具でも作っているのだろう。
その悪意の矛先が自分に向くだけマシだとアーサーは諦めたようにため息をついた。
「というか、今からその東方に行くんだから、わざわざこんなところで買う必要はないだろうに」
「ええ、だから買っていません。頂戴しました」
「……は?」
アーサーは思いだした。この女は自分から聖剣と鞘、その両方を盗み出したことがあったなと。
それを彼女は愛人の騎士に与え、アーサーにけしかけているのだから始末に負えない。自分の武器でアーサーは死ぬところであった。あのときほど風の魔術を身に着けておいて良かったと思ったことはない。
ちなみにこのときに鞘は取り返した。つまりもう一度鞘は盗まれることになるのである。手癖が悪すぎるぞこの魔女。
それはさておき、急遽アーサーはモルガンが盗んだという素材の持ち主を持ち前の直感で探し出して代金ぴったり、しっかり渡して回ることになった。金ならある。傭兵稼業とはそれなりに儲かるのである。なぜなら、儲からなければ儲かるまで雇い主から略奪をするのが傭兵稼業であるから。
当然、アーサーは騎士としてそのようなことはしない。が! もはや悪党と化した傭兵仲間を誅して彼らが奪った戦利品を取り返し、その返礼というか、必要経費として何割かを頂くのは仕方のないことだろう!
完璧な理論武装だった。
「さぁ、急いで船を探して次の街に行こう! 次はコンスタンティノープルだ!」
「あぁ、待って。まだ欲しいものが」
渋るモルガンを引きずってアーサーは港へと向かった。これ以上この街に居座っていたら路銀が尽きる。それは避けなければならなかった。
しかし、なんだかんだでこの二人旅も始まっておおよそ半年近くになる。島で敵同士だった頃は知る由もなかった互いの性格を今では何となくだが理解し合っていた。
モルガンは陰謀や謀略よりも物作りが好きだったし、アーサーは戦や統治よりも冒険が好きだった。
モルガンが道具を作り、アーサーがそれを使って困難を乗り越える。意外と相性は良いのかもしれない。いや、良いのだろう。そもそも湖の乙女は伝説において何度もアーサー王を手助けするのだから。
「ほら行こう姉上、今は西の都よりも東の都の方が栄えてると聞く。物色するならそちらの方が良いのでは」
「ふむ、ではそのように」
アーサーの言葉を聞いてモルガンは“すん……”と表情を変え、先ほど駄々をこねていたのが嘘のように港へと足を進めた。
「何をしているのです、ついに足が腐って──」
「もう僕の墓の話は良いから」
時代が違えば二人は単に折り合いの悪い姉弟か、あるいは逆に仲の良い姉弟になれたのかもしれない。
もっとも、それを考えたところで意味なんてものはないが。
◇
「親方ぁ! 積荷の一部が盗まれてらぁ!」
「ああん? おかしいなぁ、ちゃんと見張ってたはずなんだが」
「はは、妖精のイタズラでしょうははは。それはそれとしてこのお金を受け取って頂きたい」
「そんなことは良い、早く船を出しなさい」
アーサーの本質が旅の人である一方、モルガンの本質は貴人である。つまり、彼女にとって買い物とは付き人がお金を払うのが常識だった。
◇
コンスタンティノープル、第二のローマ、ヨーロッパとアジアを隔て、黒海と地中海を隔てる陸と海のクロスロード。その都市の栄えようは、本来の本家たるローマとは比べようのないほど凄まじかった。
商人が行き交い、市場には常にモノで満ち溢れ、道の至る所で仕事の誘いがあり、人々の表情には常に希望がある。まさに世界都市と言って良い様相だった。
「これは……」
「すごいな」
やはり、知識を与えられるのと直で見るのでは全く感触が異なるとアーサーは実感する。隣ではモルガンもまた息を飲んでいた。彼女はブリテン島より外に出たことがない。それにこれまで通った街は規模は違えどどこもブリテン島と似たり寄ったりであった。
だが、ここは違う。明らかに違う。その原因を明確にするなら、明日侵略されて全てを奪われるような不安の無いこと、これに尽きるだろう。
それもそのはず。テオドシウスの城壁と呼ばれる三重の壁によって、この街は侵されることのない聖域と化しているのだ。その堅牢な壁は今後1000年、オスマン帝国が台頭するまで破られることはない。
ローマが辺境のブリテンに築いたハドリアヌスの長城でさえ、カレドニアとレグロスを隔てる国境になり得たのだ。それが首都ともなれば、まさにローマの誇る建築技術、その威容をこの地を訪れる旅人すべてに示している。
それはまさしく西からは失われた、帝国の本来あるべき姿である。
「ここは豊かだな。異民族は疎か、同族同士で奪い合う必要のない国、そんな国があったとは……」
モルガンはその光景を噛みしめるように呟いた。
「ローマは一日にして成らず、だ。ここには人類数千年の歴史、その集大成がある。そしてもう1500年もあれば、世界ではこのような光景もそれなりに当たり前になるだろう」
「まさか、本当に?」
「本当だとも。そしてそれはブリテン島も例外じゃない。いや、むしろブリテンこそが最も栄える国になる」
もっともその国の主はブリトン人ではないが、そこはあえて黙っておいた。アーサーは沈黙の金を取ることのできる男だった。
「とても信じられそうにない……それも、お前が未来視で見た光景なのか?」
厳密にはアーサーの持つこれは未来視などではないが、そこは否定することなく頷いておいた。
「お前は千里眼をそのように使うのですね。希望が持てる、良い使い方です。マーリンとは違って」
「モルガン、マーリンとは比較されるだけでも甚だ不愉快なんだが」
アレは現在全てを見通すが、それを使っても決してこの土地の豊かさに希望を見出したりするまい。せいぜい男女が同衾するところを出歯亀するくらいしか能のない老人である。アレはひとでなし、アレと関わったことのある者なら存在としてどん底の評価をつける。それがどれくらいかというと。
「……謝罪します、アーサー」
「受け入れよう」
さすがのモルガンもアーサーに謝るほどであり、そしてそれを聞いてもアーサーが全く驚かないレベルでもあった。
「しばらく、この街に滞在するとしようか」
「良いのですか? しかし聖杯は」
「シルクロードを渡るとなると年単位のことになる。一ヶ月程度誤差の範囲だからね。それに、己の価値観の変化というものは旅の醍醐味であり、聖杯ですら成し遂げない奇跡だと僕は思う」
「……」
内面を見透かされているような気がして、たまらずモルガンは視線を逸らした。かつて島にいた頃の、憎悪に燻っていたその心は今は鳴りを潜めている。
神代が終わり、モルガンの持つ複数の人格が単一の人間として統一されたからだろうか。それともこの旅の成果だろうか。
彼女の向かう先は──。
この世界線における聖杯探索。
ア「聖杯探索? ああ、ギャラハッド卿とパーシヴァル卿の離脱イベントか。却下で」
クズ「みなさーん! ブリテンに聖杯ありま──むごご!」
ア「マーリンがその方が面白そうとか言う理由で周りに言いふらそうとしやがった! そんなことしたらブリテンが目茶苦茶になるぞ! あーもう、申し訳ないギャラハッド卿。聖杯が悪用されないよう秘密裏に回収してきてくれ。いいか、昇天するなよ。絶対に昇天するなよ」
ギャ「はい(昇天)」
ア「やっぱりかぁ!」
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