異世界伝記   作:匿名

1 / 1
1話目 ▶1344年8月1日

木綿。

 

それは、それまで平穏に中央大陸で暮らしていた人の営みを大きく変えたものだ。

 

エルフは魔法を使うことができ、人間を支配下においてきた。

だが、木綿とはその名の通り、木に羊毛が茂るのだ。

 

その木はそれまで人間が育てていた蚕の綿のような形態で葉となる。

常緑樹、いや常白樹である木綿の外見は多くの樹木から掛け離れており、低木でありながらも育つ。

 

生命の成長には魔力が肥料の役割を果たす。魔力を保持することができない植物は太陽光や水分などに左右されるが、魔力を保持することができるようになれば魔力だけで育つことができる。

 

そして、その原理に基づいた農業形態を持つエルフは植物の成長を促進する魔法を行使できる。

 

圧倒的な生産量を出して、人間の経済圏を次々と破綻させる。物資過剰の中で労働は代替可能な単純作業へと貶められ、人間は木綿の葉、つまるところ原綿を何本もの鋭い針で解し、叩いて叩いて布にする。

 

 

 

木綿の実は常にエルフが搾取し、木綿の種を人間には触らせない。なぜなら、高密度の魔力が詰まりに詰まり、これから育とうとするものだからだ。

 

そして副産物である葉たちは常に落ち、やがてそこから取れる繊維は布となり、それはエルフの服や人間の服となる。

 

 

中央大陸において、蚕や麻に由来する布製品はかつて大多数を占めた。だが、エルフの悲惨な統治や占領下に逢い、商品作物の畑は燃やされた。

 

我らは動かなければならない。不当な支配を覆し、抗わなければならない。

 

目先の利益に囚われてはならないのだ。

 

知性を貶め、労働の枠に押しとどめ、人間を徐々に矮小化する。

 

高圧的なエルフの支配下にある国はもはや同志ではない。

 

 

(検閲済み)

(反体制的思想のため主犯格を処刑)

 

 

(検閲済み)

(反体制的思想テロリズムを広範囲に齎そうとした容疑で処刑)

 

(検閲済み)

(反体制的思想テロリズムを広めようとした罪で300年の懲役)

 

 

【第一号新聞】 著者不明。原版が無いことから、新聞公社による正式な報道ではない。革命分子の即時追放を目指すため、内容を以下に記載する。

 

反政府的言動が非常に強く、歪んだ印象を与えかねない。正当な表現への訂正を軍政庁は要求する。

 

また、事実と著しく乖離した空想的内容が綴られており、この紙面を新聞公社と偽って出版した者が潜伏している。

 

情報庁は緊急的にこの事態へと対応すること。

 

これは革命への直接的な挑戦であり、反体制的思想が詰まった新聞だ。

まるで子供の書いた絵のようにデタラメで、真実に背いている。

 

 

以下、新聞の抜粋。

 

 

 

 

 

 

大エルフ統一国の陸軍総司令官、リー・エンフィー氏は今日、人間との混成軍隊の形成を示唆した。

 

30分間の質疑応答で我々記者団はその真意に迫るべく、答弁を記録した。以下は、エンフィー氏による質問に対する回答である。

 

匿名性保持のため、記者を数字で表す。

また、簡素な要約にて双方の言葉を表し、このままの文面を喋っていないことに留意されたし。

 

 

 

1氏「急速な軍拡命令についてリー氏はどう思いますか?」

 

リー氏「軍拡は今回の攻撃戦に伴って発生しましたが、今後しばらくの間続くことになります。」

「今後の軍拡も柔軟な攻撃目標の変更などに伴って、基本指針をズラしません。」

 

2氏「商品作物の栽培に適した土地とは、実際のところどれ程の面積があるのでしょうか?」

 

(リー氏は腕を後ろ手に組み、6秒間沈黙する。)

 

リー氏「それは、気候帯に基づく推定ではありますが、10k㎡は確実に超えている、とだけ答えます。私は専門家ではないので、詳しい事は言えません。」

 

(リー氏は腕を戻し、再び直立の姿勢に戻る。)

 

2氏「やはり今後、羊などの牧畜よりも木綿の栽培という事になりますか?」

 

(リー氏の隣の専門家に、マイクを交代する。)

 

匿名専門家「詳しい事はお伝えできません。」

 

(3秒間の発言の後、専門家はリー氏の横から1つ離れた席に座る。)

 

リー氏「何事も適材適所ですので、経糸が求められる場合に羊を、細かい糸が何万本も求められる場合には木綿を、となります。それ以上のことは差し控えさせていただきます。」

 

3氏「東方に控える権益地と新規の権益地、どちらを優先するのですか?」

 

(記者団らの間で完全な沈黙が16秒間続けられた。)

 

リー氏「東方における三大牧畜業には潤沢な予算が財務大臣より与えられております。陸軍としては新規の権益地の迅速な確保と充足に焦点を当てたいと考えております。」

 

リー氏「また、現地における当面の経済政策としましては、財務大臣に方針を委ねられており、急速かつ丁寧な木綿製品の普及を目指します。」

 

(ざわめきが起こり、記者団の一部の記者が勝手に写真を撮影する。)

 

(広報官がリー氏と交代し、その後の質疑応答が続けられる。)

(エルフによる不当な支配に対して新聞公社は文明化と表現している。)

(単一種族による支配は望むべきではない。)

 

 

 

 

 

 

以上。革命分子による偽装出版は、著しい体制への挑戦であり、訂正しなければならない。

 

これら、【第一号新聞】の紙面を速やかに訂正せよ。

 

検閲が必要である箇所が広範囲に渡っており、この版を報道してはならない。第一号の校閲には軍政庁が携わることとする。広報庁は速やかに遂行せよ。

また、紙面の()の部位は特に反政府的言動が強いため、校閲時に削除すること。

 

反乱へと繋がりかねない文面を掲載する訳がなく、この新聞公社の印は偽造である。

 

情報庁は速やかに革命分子を特定せよ。全編に渡って綴られた空想的内容は情報庁が検閲官を派遣すべきだ。

 

秒数や主観的内容、数字の整合性を考慮して、机上の空想が大それた形態を持った革命思想を持つ人間が執筆したものだと考えられる。

 

この第一号と銘打たれている新聞は、扇動的だが稚拙で、整合性が皆無な紙面である。

 

さらなる調査を進め、この情報のパッチワークの出処を探した結果、犯人は複数人である。

 

同時多発的に家のポストに投函されていたという事例があることから、犯人の隠遁場所は郵便庁の内側ではなく、おそらく犯人は組織的に思想テロリズムを普及させようとする人間である。

 

使用されているインクから手書きしたものである可能性が高く、また紙も専用のものではなく、ただのA2サイズの紙である。

 

稚拙な悪戯である可能性も十分に考えられるが、これが偽装でない可能性も十分にある。少なくとも思想テロリズムを伝播させようという悪意がある人間が執筆しており、何らかの地下組織がある可能性も否めない。

 

また、情報庁は出版者を速やかに特定せよ。これは革命分子による偽装工作である可能性がある。

 

広報庁による隠蔽が間に合わなければ、多くの最下級国民の目にデタラメな情報が触れてしまうところだった。

 

この事件は、私という検閲官一人が解決できるものではない。軍政庁からの判断を仰ぐ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。