無源の秋 〜竜の翼は風雲に舞う〜【毎週金曜12:00&日曜19:00更新】 作:くコ:彡の本棚
年齢相応の容貌をしているから、当然のことである。
それでいて、戦ずれしている。血と危険の匂いを嗅ぎ慣れている顔と言えようか。
今、唐突に刺客の群れに取り囲まれることとなれば、包囲の一画を突き抜けて脱出するぐらいの胆力はあるだろう。
「お初にお目にかかる。
「や、わし如きにここまでご丁寧に……」
相手に頭を下げることを知っている。それだけでも、話を聞いてやろうという気になる。
《
はきはきとした合図を耳にした時、過去に置き去りにしていた記憶が蘇ってきた。
「《
「流石のご見識。度々二人で、他国の戦や調練をこっそり見物していたと
「あれは、無理に付き合わせてしまったものです。今更ながらに悔いております」
軍の運営を司る指揮官が《
それに、《
「何処と、戦をされる?」
眺めて楽しむ調度品ではない。軍は、戦うための手段なのだ。存在するからには何かと戦うことになるし、でなければ維持する意味さえなくなる。
「戦を、厭いはしません。必要な戦であればですが。いずれ軍を動かすべき時が来るのを、今は待とうと思っております」
出征の意志はある、と見えた。《
「《
「察しておられるとは思いますが、飛竜が翼を休める地を作りたかった。つまり──」
新たな資源となりうる飛竜の恵みについて、
「私の、夢なのですよ。一つ目のね」
《
一方、そうしたことを何ら考えもせず、一切の邪気も無いまま、やってしまいそうな青年であるとも思える。
危険きわまる純真さに感じられた。
「……立派なお考えだとは思います。で、それを竜の民の多くが共有することで、何が変わるとお思いですかな」
「戦をする意味を、考えるようになる。すべき戦というものが仮にあるとして、それを見極めるのは難しい。しかし、起こしてしまえば害ばかりある戦、いわゆる無名の帥の何たるかは、明白だと思います」
「外との交易という道を示すことは、それに目を向ける契機になると?」
「はい」
「お甘い」
声が口から滑り出していた。己が発した反駁の激しさに、
「
「それは、できない」
「己が身を守るための戦は、そう、すべき戦と申してよいでしょう。それに勝って後は?つまり、同じ事態を繰り返さないための仕置ですが」
気を張っていなければ、言葉を選ぶのを忘れてしまいそうだった。
怒りを覚えているのか、自分は。希望を語る目の前の青年に。あるいは、目に見えない何かに。
「まず、追撃を考えるな」
「はい。一度追い撃つだけで脅威が去る訳もありませんから、警戒を続ける必要に迫られます。一帯を締めつけることになる」
「ますます不満は募る」
「それが爆発し、あるいは操る者も現れて、戦火は際限無く広がってゆくでしょう。……果たして、これはすべき戦と申せましょうか」
《
その果てに待っていたのは、同胞を蹴落としてまで大きくなろうとする餓狼の共食いだった。
「分かった、などと軽はずみには言えないことですな、それは」
剣を向けられてもおかしくない言種とすら自覚していたため、感心する
「分かろうとする姿勢を捨てないこと、本当に分かっているか常に自分を疑い続けること。それは、決して忘れません」
「内容如何を問わず、言い方というものがあります。礼を尽くしてお呼びくださった相手に対し、これは誤りでございました」
「正直、鼻にはつきます。故にこそ、耳を傾けるに値する話であったと」
この際、存念を全て明かしておこうと
「率直に申し上げますと、あなた方は《
「それは」
「先程は《
内紛に明け暮れる現状を打破する外圧として、
結局、民が求めているのは強い主だ。寄りかかっていればいい大樹なのだ。高尚な夢や理想がそれと食い違えば、不満の捌け口と看做されるだけである。
勝手な期待を裏切られた時、人は己が逆恨みを正当なものと信じてやまない。
「夢は、いずれ醒めまするぞ」
夢か。自分にも夢はあった。叶えるために力を惜しまぬと、逸っていた若い頃。青臭いなりに、《
北東部諸勢力との融和、宗家直属戦力の拡充。献策は悉く退けられ、挙句に命を狙われて逐電する羽目になった。
進言を容れるか否かは、主君の意が全てだ。それは分かっているから、怨みに思うことはない。
自分という存在が、《
分かっている。目の前の青年に講釈を垂れているのは、己の惨めさを開き直る行いに他ならないと。
「破れし夢は、ただ無価値なものだろうか」
無造作に言われ、
「山の産物を交易に出すことを、俺は考えた。考えついた時、具体的な計画などありはしなかったのに、驚く程の勢いで話は進んだ。何故と思われる」
「既に膳立ては整っていたと?」
「《
多分、
「我が夢と、民の希望の食い違いについて話されていたな。仮に、《
夢が、考えていたのと違う形で叶うかもしれない。あるいは、想像もつかなかったより良い方策が、誰かから生まれ出ることもあり得る。
「つまり、後の礎となることこそ本望だと?」
「そこまで、達観してはいない。信じてくれる皆に報いねばならぬからな。ただ、捨て鉢にはなるまいと、己を戒めるのみだ」
それから、しばしの間二人は黙り込んだ。外で調練に励む声が遠く聞こえる。
随分と多くの言葉を交わした。疲れは、当然滲んでいる。その疲れが、不思議と心地良くもあった。
「……わしの住処には、二人の子供がおります。血は繋がっとりませんが。それから、あの子らを託すに足る友も」
正直に話しておきたいと思い、姉弟と
「色々と失ったもの、手に入らなんだものも多い三十余年でしたが、その者達はいてくれる。始めて、それを理解した気分にござるな」
「それは、何よりです」
「今日は、有意義な会談だった。蒙を啓かれた気分がいたします」
「お役に立てたというなら、良かった。恥を晒した甲斐があったというもので」
「その気になれば、いつでも話をしに来られるとよい。門はいつでも開けている」
笑顔を交わして、別れた。ぎこちないものに見えているだろう。しかし、偽りの笑みではない。それは、伝わった筈だ。
営舎を出ると、調練は騎竜隊のものに移っている。吹き荒れる風の軌跡を描くように激しく、しかし整然とした集団行動だった。
指揮をする一騎が飛び出しても、動きには微塵の乱れも生じていない。
ここの居心地は悪くないが、庵に早く戻りたい。皆に会いたいし、今一度地図に目を落としたかった。
────────
一晩だけ待ってほしい。大丈夫だ。戻ってきた
声が聞こえない。音として発せられるものはおろか、生ける者が発する魂の声すらも。
死んではいない。人は死する時、儚くも激しい末期の声を魂から発するためだ。
声を発することを忘れる程、沈思しているということだろう。
「はい、
「明日には、帰るんでしょ?」
「そのつもりだよ。私一人いなくとも変わりはないだろうが、お伝えしたいこともある」
君達も連れて行くことになるかもしれない。それは、言わなかった。姉弟ともに覚悟しているだろうことは、嫌でも伝わってくる。
二人は旅支度を整えていた。
姉弟は握り飯を頬張りながら、あれこれと話を続けている。金子(貨幣)はどうするか、採った薬草は、《
悲壮な気配を、言葉からは微塵も見出すことはできない。
「不安には、ならないのか」
堪えかねて
「余計なことを問いかけていると分かってはいるが、
「大丈夫だよ」
静かに、しかしはっきりと言い切ったのは、普段己を主張しない
「この間帰ってきた時、
「そう!あのおっさん、知恵だけは回るもんね」
虚勢でも気休めでもない信頼が、姉弟と
血の繋がりこそないが、かくも互いを思いやる家族を、
自分達が
彼らが、大丈夫だと言明しているのだ。それを信じられないということがあろうか。
奥の庵が静まり返ったまま夜は更け、皆横になった。
そして、朝。足音が近づいてくるのをはっきりと感じ、
微かに差し込む朝日に照らされる姿。
「答えは出たのかい?」
「ああ。それで
姉弟も既に起きていた。まるで眠気など感じていないかのように、はっきりとした視線を
「髭を、剃っちゃくれねえか」
「うん……うん!任せて」
軽やかな足取りで、
二人の信じる思いは報われたのだと、端から見ていても分かった。
「思い切ったなあ、
「かもしれん。ただ、説かれたのは斬新なことというより、ごく当たり前のことだったと思う」
「当たり前か」
「見えないふりをしていた、当たり前だよ」
髭を剃ってもらい、顎に微かな赤を滲ませた
「ここを出ることになった。実に七年ぶりに、人様に士官して一働きと決めた訳だ。容れられるか分からんが、多分心配は無かろうよ」
ただの楽観から出た言葉とは思えない。話し合いに応じた末に、何らかの確信を得たからこそ言い切っているのだ。
「わしに何ができるか、わしの考えがどれだけ先方の意に沿うか、まだはっきりとは分からん。しかし、しばらくは辛抱してみるつもりだ。たとえ駄目でも、きっと何かは残るだろう」
そこで言葉を切り、
「お前さんらは……
「言い方が違うわ」
すっくと立ち上がった
「どうか共に来てください、でしょ」
「分かった、負けた。わしと共に来てほしい。苦労をかけるだろうが、覚悟はしてくれよ」
庵に別れを告げ、四人で外に出た。外は晴天、新たな旅立ちを祝福するような、気持ちの良い蒼穹が広がっている。
「また会おう。三人の道のりに、幸多からんことを」
「庵は好きに使ってくれや。また使うことになった時、整頓されてたら助かるんでな」
「そうさせてもらう。そちらも、暇があれば主と共に是非来てくれ。《
「いいのか?」
「真摯に参詣する者を、竜神は拒みはしないさ」
別れは一抹の寂しさと、湧き上がるような希望に満ちたものだった。