無源の秋 〜竜の翼は風雲に舞う〜【毎週金曜12:00&日曜19:00更新】 作:くコ:彡の本棚
背骨を圧し折られて横たわる骸を、
息を呑む気配。人垣を作って「処刑」を見ていた新兵達が、呆然と立ち尽くしている。
冷たくなった顔に、唾でも吐きかけてやろうかと思ったが、抑えた。粛清は終わったのだ。骸への加虐など、ただした軍規を自ら乱すような振る舞いである。
「こいつは燃やしておけ。目付(監察官)殿の同席を忘れるなよ。調練は、所定通り継続」
命じられた麾下が命を遂行するのと共に、顔を蒼白にした新兵達も、弾かれたように動き出す。
まったく、小童どもの面倒を見るなど、己の柄ではない。不平を内心で吐露しつつ、
「けっ。こんな面倒ごとを抱えるくらいならば、辺鄙な砦で山蜥蜴と睨み合っていた方がましだったか」
太い指で筆を取り、文を認めながら
《
北部に攻め寄せてくる海賊を警戒する、護北軍。《
かつて鎮東軍の指揮官として《
遊撃軍の主要な任務として、新兵の調練がある。兵はもちろん、指揮官の育成も念頭に置いているため、戦支度から戦後処理まで行うような、実戦さながらのものだった。
その最中、
「兄者、調練が終わったぞ」
営舎に入ってきた痩身の小男は
縦にも横にも幅のある堂々たる体躯、甲冑を纏う猛獣にも喩えられる
「こいつは酷いのお。鼻で笑う声が文から聞こえてきそうじゃわ」
「弁明するつもりなんぞ、俺には無いからな。手を下したは俺だが、阿呆どもが自滅したようなもんじゃろうよ」
「奴らを処断したは筋と思うが、あんな惨たらしい殺し方する必要あったかね?」
常に傲岸で憚ることを知らない
平時でも戦場においても、互いの不足を補い、見えぬところに目を向ける。そんな兄弟だと
「暇なら代筆させてやってもよいぞ」
「かえって面倒じゃて。文面は殊勝なくせに兄者がでかい態度しとったら、すぐばれる」
要らぬことを心配するのは弟の美点であり、弱点でもあると思った。外では調練の後始末が進められ、きびきびとした動きが伝わってくる。
「煩わしいことはうんざりじゃ。次の戦はまだかの。軍を動かすとは言わん、俺一人でも血と鉄の匂いを嗅ぎたい」
「陣借りじゃあるまいし」
「陣借りか。《
配置替えとなって今の任地に赴いた頃、《
渡河の要である、
陣触れも無いまま麾下を引き連れ急行し、下流を渡渉した敵と対した。その時ぶつかったのが、二百騎からなる騎竜武者の陣借り部隊だった。
攻防は一進一退だったと言うべきもので、その間に
あの時ぶつかった者達は、音に聞く《
「それに引き換え、山に残っとる連中はどうだ?牙も金玉も引き抜かれておるとしか思えん」
「三年もこちらの砦を放ったらかしじゃからのお」
かつて詰めていた砦が築かれたのは三年前だが、その際に一帯の氏族を内陸へと追いやっていた。
領域の一部を削り取られながら、《
大陸に悪名を轟かせた竜の民、その総本山も堕ちたものだった。
「わしとしては弱い敵と戦う方がよいが。何の得があって死ぬ可能性を高めにゃならん」
「お前も来いとは言っとらんぞ。初陣で俺にしがみつき、糞と小便を垂らしていたお前が──」
「漏らしたのは小便だけじゃ!」
────────
それは平たく言えば、
一度に複数の徒士(歩兵)を、体力の消耗を抑えつつ運べるのが強みだった。弩や
「鎮東軍本陣からのお達しじゃ。《
顛末書を提出して八日が経った頃、突如として出頭の命が下された時のことを思い出す。
「査問か、兄者」
「であろうよ」
「過ぎたことは言わんでおこう、これからのことじゃ。問いかけには全て正直に答えること」
「分かっとるわ」
「あと、目付の者らにゆめ喧嘩を売らんでくれよ」
二つ目の注意に対し、
目指す城の影が行手に現れ、次第にそれが大きくなってゆく。《
任地を進発し、駅で二度の宿泊を経て、三日目の朝には《
鎮東軍の本陣が置かれる《
《
既に査問の支度は完了していた。
営舎に入ると、上座の鎮東将軍・
三日前に発った任地で見た顔ぶれも、二つあった。それぞれの軍には王都より派遣された目付が張り付いており、その身分が明かされていないことも少なくない。
「査問を始める。これは貴殿の罪を糾弾する場ではなく、貴殿がその断を下すに至った経緯を詳らかにし、公正な形で記録することを、鎮東将軍の職責において誓うものである」
査問は慣れっこだった。役職以外は必ず同じ文言から始まるので、諳んじることもできる。
そもそも査問とは、戦において甚大な命令違反があったり、陣中における諍いが起こった際に開かれるものだ。といっても、行動の是非そのものを問う意味合いは薄い。
その裏に後ろ暗い秘密が無いか……たとえば横流しの口封じなど……を審判するためのものである。経緯を説明させる中で、言動と顛末書に矛盾があるか否かを追及する訳だ。
「
「間違いござらぬ」
ただ、新兵の処断は調練を指揮する者の裁量に任されており、余程理不尽なものでもない限り査問の対象になることは稀だった。
きな臭いぞ。謹直そのものの態度を示しながら、心中で呟く。
「処断のやり方が、尋常なものではなかったとの上申もある。何故、さようなことに」
その五人、正確には頭目と四人の腰巾着だが、態度も行動も到底褒められたものではなかった。
おまけに同輩の指揮官候補にも、濡衣を被せては金品を巻き上げる、敵からの鹵獲品を横流しする企てに巻き込まんとするなど、したい放題であった。
五人とも、反省や狼狽の色を見せることすらしない。
「事もあろうに、昵懇であるという将軍の名を出して、この
「いや……」
流石に、頭に来た。処断の宣告ではなく、決闘を突きつけた。勝てれば五人の罪を問わぬどころか、自分に取って代わることも許してやると。
狂喜して二振りの剣を備える頭目に、
躍起になって打ちかかってくる頭目の腕は、お話にもならないものだった。
そもそも反撃されないということは、守りに専念する相手に対し、ひたすら動き回って体力を浪費するのと同義なのだ。それすら気づくことなく、嬉々として誘いに乗ってきた。
戦場に出たところで、真っ先に死ぬだけだ。それも、多くの味方を道連れにして。生かしておいてはならぬ輩だった。
容易く二本の剣を叩き落とすと、青ざめた頭目は、諸手の空いている者に刃を向けるのかと罵ってくる。
「これ以上の恥を晒させぬことが、せめてもの情けと思いまして。まあ、あの殺し方を選んだのは、些か子供じみていたと思わぬではござらん」
お望み通り剣を捨て、素手で肩に担ぎ上げてやった。横になった頭目の首と両脚に力をかけ、弓形に締め上げる。
この時、絶望して逃げ出そうとした腰巾着四人を、背後から
締め上げる力は緩めず、しかし上げもせずに頭目を捻り続ける。泣き喚いて許しを乞う声がうるさかったが、一際高い音が響いて、それが途絶えた。
鯖折りになった頭目が絶命した証である。
処断の一部始終を聞いた目付達が顔を突き合わせ、手元の書類を照らすように話し始めた。顛末書や目付からの上申書、その写しだろう。
「処断に至った妥当性、必要性があったことを、全面的に認めるものである。ただし、残酷に過ぎる処断は将兵を萎縮させ、士気の低下に繋がりかねん。以後、慎むように」
「はっ。公正なお裁き、恐懼の至りに存ずる」
当たり前のことを聞かされるのに、随分待たされたものだった。
────────
査問を受ける身が、数刻後には軍の重鎮と共に飯を食らっている。おかしな話だが、
鎮東軍に身を置いていた時、直属の上官だったこの男とは、たまに会食していたのだ。
「多忙の折にすまぬな。調練の指揮を取らねばならん時期に呼び立てられ、さぞや迷惑したことだろうて」
「ご案じめさるな。よくできた弟が代わりを受け持ってくれるので、かえって楽ができるというもの」
会食に誘われたのも多分、自らの隠居後に親類縁者が頼る先として、
故国《
だから、子孫が食い潰すための遺産を自領に集めておく、などということはできない。己が力で功を立てる術を、それを支える人脈を、我が子に遺しておかねばならないのだ。
そうした身の上なればこそ、素行不良の兵を粛清したぐらいで指揮官を査問に呼びつけ、余計な波風を立てようとするとは思い難い。
上官の話に頷きつつも、
自分の懐が痛まないとなれば、尚更である。
「……それで、鎮東将軍の後任についてだ。私としては、貴殿を推挙するのもやぶさかではなかったのだが」
「どなたかが、既に?」
「実はの、鎮東軍そのものを解体するという話が持ち上がっている。その後の再編案までな」
「なんと」
「それ故であろう。《
王都内外の噂をよく仕入れてくる
「やはり、総本陣の目は南に向いておるという訳ですか。兵や荷駄の輸送にあたり、東を押さえているのは大きいと存じまするが」
水源を同じくする《
長きにわたる因縁に決着をつけるべく《
「私も幾度かそれを申したのだが、出てくる筈もない《
あまりにも賢しい物言いをしたのは誰か、
上っ面の名声など信じはしない。
一に過ぎぬ手柄を十にも二十にも見せる。さらに、他者の失敗にはこれでもかと付け入る。征南将軍への就任も、前任が大敗の末に将軍位を剥奪されて空いた席に、自らを捩じ込んだようなものだ。
査問でも言及した、素行不良者が昵懇だと語っていた将軍というのも、
此度の査問自体、あの男による圧力があってのものだろう。何処にでも目はあるぞ、という警告といったところか。
「身の振り方を考えねばならんの、互いに」
「全くですな」
権威を笠に着てのさばる輩に下げる頭など、持ち合わせてはいない。それを強いられるぐらいならば、いつでも剣を向ける覚悟はできていた。
たとえ味方であろうと、上官であろうとだ。
敵と味方の屍を踏み越え、前に進み続けてきた。これからも。その延長線上に、あって然るべき帰結ではないか。
空になった膳に目を落としながら、
感想、高評価、お気に入り登録などをしていただけますと、大変励みになります。面白いと感じていただけましたら、何卒よろしくお願いいたします。