無源の秋 〜竜の翼は風雲に舞う〜【毎週金曜12:00&日曜19:00更新】   作:くコ:彡の本棚

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 久々鱗から離れ、大陸各国の情勢の一端を語らせていただきます。


群雄の息吹 〜金號〜

 

 背骨を圧し折られて横たわる骸を、仁牙(じんが)は冷たく見下ろした。

 息を呑む気配。人垣を作って「処刑」を見ていた新兵達が、呆然と立ち尽くしている。

 

 冷たくなった顔に、唾でも吐きかけてやろうかと思ったが、抑えた。粛清は終わったのだ。骸への加虐など、ただした軍規を自ら乱すような振る舞いである。

 

「こいつは燃やしておけ。目付(監察官)殿の同席を忘れるなよ。調練は、所定通り継続」

 

 命じられた麾下が命を遂行するのと共に、顔を蒼白にした新兵達も、弾かれたように動き出す。

 まったく、小童どもの面倒を見るなど、己の柄ではない。不平を内心で吐露しつつ、仁牙(じんが)は営舎に戻る。

 

「けっ。こんな面倒ごとを抱えるくらいならば、辺鄙な砦で山蜥蜴と睨み合っていた方がましだったか」

 

 太い指で筆を取り、文を認めながら仁牙(じんが)は毒づく。自国の体制の恩恵に与って今の地位に在る訳だが、此度のように振り回されることも再三であった。

 

金號(きんごう)》の軍組織は王都の総本陣を頂点に、四つに分たれている。

 北部に攻め寄せてくる海賊を警戒する、護北軍。《魏糧川(ぎろうがわ)》の向こう側、《久々鱗(くくり)》に睨みを利かせる鎮東軍。建国以来鎬を削ってきた《聖華(しょうか)》と相対する征南軍。それから、三者の死角を埋める形で各処に配された、遊撃軍である。

 

 かつて鎮東軍の指揮官として《魏糧川(ぎろうがわ)》東岸の砦を任地としていた仁牙(じんが)であるが、半年前に遊撃軍へと配置替えが為されていた。

 

 遊撃軍の主要な任務として、新兵の調練がある。兵はもちろん、指揮官の育成も念頭に置いているため、戦支度から戦後処理まで行うような、実戦さながらのものだった。

 その最中、仁牙(じんが)は指揮官候補の五人を処断したのである。

 

「兄者、調練が終わったぞ」

 

 営舎に入ってきた痩身の小男は義爪(ぎそう)といい、仁牙(じんが)の実弟であった。

 縦にも横にも幅のある堂々たる体躯、甲冑を纏う猛獣にも喩えられる仁牙(じんが)と並べると、兄弟どころか親子のようである。今年三十二となる兄の、七つ年少だった。

 

 仁牙(じんが)は書き上げた文を、弟に放るように手渡す。処断に至った経緯を説明する顛末書で、配属予定だった鎮東軍の本陣に提出せねばならない。

 

 義爪(ぎそう)は眉を顰めながら読み進め、終えると呆れたように息を吐いた。

 

「こいつは酷いのお。鼻で笑う声が文から聞こえてきそうじゃわ」

「弁明するつもりなんぞ、俺には無いからな。手を下したは俺だが、阿呆どもが自滅したようなもんじゃろうよ」

「奴らを処断したは筋と思うが、あんな惨たらしい殺し方する必要あったかね?」

 

 常に傲岸で憚ることを知らない仁牙(じんが)と対照に、義爪(ぎそう)は温厚で人当たりの良い人品である。

 平時でも戦場においても、互いの不足を補い、見えぬところに目を向ける。そんな兄弟だと仁牙(じんが)は思っているし、言葉にして伝えることも少なくない。

 

「暇なら代筆させてやってもよいぞ」

「かえって面倒じゃて。文面は殊勝なくせに兄者がでかい態度しとったら、すぐばれる」

 

 要らぬことを心配するのは弟の美点であり、弱点でもあると思った。外では調練の後始末が進められ、きびきびとした動きが伝わってくる。

 

「煩わしいことはうんざりじゃ。次の戦はまだかの。軍を動かすとは言わん、俺一人でも血と鉄の匂いを嗅ぎたい」

「陣借りじゃあるまいし」

「陣借りか。《鳴蒙川(めいもうがわ)》で戦り合った連中は、中々歯応えのある奴らであったわ」

 

 配置替えとなって今の任地に赴いた頃、《鳴蒙川(めいもうがわ)》を越えての侵攻作戦が始まっていた。破寇塞(はこうさい)を三基も動かした、大々的な出征である。

 

 渡河の要である、煌炉(こうろ)が狙われている。獣の嗅覚としか言いようのないもので、それが分かった。

 

 陣触れも無いまま麾下を引き連れ急行し、下流を渡渉した敵と対した。その時ぶつかったのが、二百騎からなる騎竜武者の陣借り部隊だった。

 攻防は一進一退だったと言うべきもので、その間に煌炉(こうろ)の効力は失われた。仁牙(じんが)は後退し、泥から足を引き抜くにも難渋する味方の退路を守ったのである。

 

 あの時ぶつかった者達は、音に聞く《久々鱗(くくり)》の猛者たるに相応しい力と度胸の持ち主であった。間違いなく。

 

「それに引き換え、山に残っとる連中はどうだ?牙も金玉も引き抜かれておるとしか思えん」

「三年もこちらの砦を放ったらかしじゃからのお」

 

 かつて詰めていた砦が築かれたのは三年前だが、その際に一帯の氏族を内陸へと追いやっていた。仁牙(じんが)も、参陣している。

 領域の一部を削り取られながら、《久々鱗(くくり)》からの反攻は一度も無い。それどころか、故地を奪われた氏族を強引に取り込まんとしたり、尖兵として使い捨てようとする動きすらあるそうだ。

 

 大陸に悪名を轟かせた竜の民、その総本山も堕ちたものだった。

 

「わしとしては弱い敵と戦う方がよいが。何の得があって死ぬ可能性を高めにゃならん」

「お前も来いとは言っとらんぞ。初陣で俺にしがみつき、糞と小便を垂らしていたお前が──」

「漏らしたのは小便だけじゃ!」

 

 義爪(ぎそう)の抗弁を聞き流しながら、仁牙(じんが)は顛末書に封をした。

 

 ────────

 

 仁牙(じんが)煌車(こうしゃ)に揺られながら、北への道を進む。

 

 それは平たく言えば、煌石(こうせき)の力で自走する輜重車であった。規模は小さいが、煌炉(こうろ)破寇塞(はこうさい)と同様の機械(からくり)が内蔵されている。

 

 一度に複数の徒士(歩兵)を、体力の消耗を抑えつつ運べるのが強みだった。弩や雷火(らいか)を載せ、機動性の高い火力部隊とすることもできる。

 

「鎮東軍本陣からのお達しじゃ。《是門城(ぜもんじょう)》まで出頭すべし、だとよ」

 

 顛末書を提出して八日が経った頃、突如として出頭の命が下された時のことを思い出す。義爪(ぎそう)が苦い納得感を顔に湛えていた。

 

「査問か、兄者」

「であろうよ」

「過ぎたことは言わんでおこう、これからのことじゃ。問いかけには全て正直に答えること」

「分かっとるわ」

「あと、目付の者らにゆめ喧嘩を売らんでくれよ」

 

 二つ目の注意に対し、仁牙(じんが)は確約を避けた。

 

 目指す城の影が行手に現れ、次第にそれが大きくなってゆく。《金號(きんごう)》の領域には煌車(こうしゃ)の駅が数多く設けられ、内での移動は速いものだった。

 任地を進発し、駅で二度の宿泊を経て、三日目の朝には《是門城(ぜもんじょう)》の大手(正面)に達している。

 

 鎮東軍の本陣が置かれる《是門城(ぜもんじょう)》は、《金號(きんごう)》東の玄関口と言ってよい城である。

魏糧川(ぎろうがわ)》流域を確保するために築かれた七つの砦、《鎮東七塞(ちんとうしちさい)》にとっては重要な補給拠点でもあり、前線と後方を繋ぐ要とも言えよう。

 

 既に査問の支度は完了していた。

 営舎に入ると、上座の鎮東将軍・嵩儁(すうしゅん)の左右を固めるようにして、十人の目付が並んでいる。

 

 三日前に発った任地で見た顔ぶれも、二つあった。それぞれの軍には王都より派遣された目付が張り付いており、その身分が明かされていないことも少なくない。

 仁牙(じんが)による処断を見届けてすぐに発ち、先に《是門城(ぜもんじょう)》に到着していたのだ。

 

「査問を始める。これは貴殿の罪を糾弾する場ではなく、貴殿がその断を下すに至った経緯を詳らかにし、公正な形で記録することを、鎮東将軍の職責において誓うものである」

 

 査問は慣れっこだった。役職以外は必ず同じ文言から始まるので、諳んじることもできる。

 

 そもそも査問とは、戦において甚大な命令違反があったり、陣中における諍いが起こった際に開かれるものだ。といっても、行動の是非そのものを問う意味合いは薄い。

 その裏に後ろ暗い秘密が無いか……たとえば横流しの口封じなど……を審判するためのものである。経緯を説明させる中で、言動と顛末書に矛盾があるか否かを追及する訳だ。

 

仁牙(じんが)将軍。貴殿は調練の最中、部隊長の候補たる者らを五人、処断したという。これは真か?」

「間違いござらぬ」

 

 ただ、新兵の処断は調練を指揮する者の裁量に任されており、余程理不尽なものでもない限り査問の対象になることは稀だった。

 きな臭いぞ。謹直そのものの態度を示しながら、心中で呟く。

 

「処断のやり方が、尋常なものではなかったとの上申もある。何故、さようなことに」

 

 その五人、正確には頭目と四人の腰巾着だが、態度も行動も到底褒められたものではなかった。

 

 仁牙(じんが)相手には腰を屈めているように見えたが、近い内に指揮下に入る兵達に対して横暴そのものだった。本来任ではない雑用を押し付け、遊び半分に打擲し、悪し様に面罵する。

 

 おまけに同輩の指揮官候補にも、濡衣を被せては金品を巻き上げる、敵からの鹵獲品を横流しする企てに巻き込まんとするなど、したい放題であった。

 

 義爪(ぎそう)の調べでそれを知った仁牙(じんが)は、五人を小間使いに落とす旨を皆の前で宣告した。

 五人とも、反省や狼狽の色を見せることすらしない。

 

「事もあろうに、昵懇であるという将軍の名を出して、この仁牙(じんが)に恫喝を加えてきおったのです。名を出しまするか?」

「いや……」

 

 流石に、頭に来た。処断の宣告ではなく、決闘を突きつけた。勝てれば五人の罪を問わぬどころか、自分に取って代わることも許してやると。

 狂喜して二振りの剣を備える頭目に、仁牙(じんが)はさらに提案する。二十数える間は、反撃しない。好きにかかってくるように。

 

 躍起になって打ちかかってくる頭目の腕は、お話にもならないものだった。

 そもそも反撃されないということは、守りに専念する相手に対し、ひたすら動き回って体力を浪費するのと同義なのだ。それすら気づくことなく、嬉々として誘いに乗ってきた。

 

 戦場に出たところで、真っ先に死ぬだけだ。それも、多くの味方を道連れにして。生かしておいてはならぬ輩だった。

 容易く二本の剣を叩き落とすと、青ざめた頭目は、諸手の空いている者に刃を向けるのかと罵ってくる。

 

「これ以上の恥を晒させぬことが、せめてもの情けと思いまして。まあ、あの殺し方を選んだのは、些か子供じみていたと思わぬではござらん」

 

 お望み通り剣を捨て、素手で肩に担ぎ上げてやった。横になった頭目の首と両脚に力をかけ、弓形に締め上げる。

 この時、絶望して逃げ出そうとした腰巾着四人を、背後から雷火(らいか)で撃ち殺した。あらかじめ、そう告げていたのだ。

 

 締め上げる力は緩めず、しかし上げもせずに頭目を捻り続ける。泣き喚いて許しを乞う声がうるさかったが、一際高い音が響いて、それが途絶えた。

 鯖折りになった頭目が絶命した証である。

 

 処断の一部始終を聞いた目付達が顔を突き合わせ、手元の書類を照らすように話し始めた。顛末書や目付からの上申書、その写しだろう。

 

 嵩儁(すうしゅん)と目付達が、一度退いた。四半刻(三十分)あまりすると戻ってきて、衆議が決したことを告げる。

 

「処断に至った妥当性、必要性があったことを、全面的に認めるものである。ただし、残酷に過ぎる処断は将兵を萎縮させ、士気の低下に繋がりかねん。以後、慎むように」

「はっ。公正なお裁き、恐懼の至りに存ずる」

 

 当たり前のことを聞かされるのに、随分待たされたものだった。

 

 ────────

 

 嵩儁(すうしゅん)に誘われ、昼餉を共にすることとなった。

 

 査問を受ける身が、数刻後には軍の重鎮と共に飯を食らっている。おかしな話だが、仁牙(じんが)には大した違和感は無い。

 鎮東軍に身を置いていた時、直属の上官だったこの男とは、たまに会食していたのだ。

 

「多忙の折にすまぬな。調練の指揮を取らねばならん時期に呼び立てられ、さぞや迷惑したことだろうて」

「ご案じめさるな。よくできた弟が代わりを受け持ってくれるので、かえって楽ができるというもの」

 

 嵩儁(すうしゅん)は陣頭の猛将ではなく、一歩後ろに立って味方同士の利害を調整する型の指揮官である。歳も重ねており、隠居が近いことを当人が公言していた。

 会食に誘われたのも多分、自らの隠居後に親類縁者が頼る先として、仁牙(じんが)に期待しているためだろう。

 

 故国《金號(きんごう)》の文武百官に、領地なるものは存在しない。王都《玄奘(げんじょう)》にて統括される文官と軍人が各地に派遣され、行政と治安維持を任されていた。家族は、王都近辺に集住である。

 

 だから、子孫が食い潰すための遺産を自領に集めておく、などということはできない。己が力で功を立てる術を、それを支える人脈を、我が子に遺しておかねばならないのだ。

 

 そうした身の上なればこそ、素行不良の兵を粛清したぐらいで指揮官を査問に呼びつけ、余計な波風を立てようとするとは思い難い。

 

 嵩儁(すうしゅん)の膳は減りが遅かった。歳のために食が細くなったのもあるだろうが、現状と将来に対する不安を吐露しているので、箸が進まないのだ。

 

 上官の話に頷きつつも、仁牙(じんが)は豪快に煮た肉を頬張り、米を汁で流し込む。食える時には食っておけと、常々兵に言っていることを実践していた。

 自分の懐が痛まないとなれば、尚更である。

 

「……それで、鎮東将軍の後任についてだ。私としては、貴殿を推挙するのもやぶさかではなかったのだが」

 

 仁牙(じんが)は初めて箸を止めた。

 

「どなたかが、既に?」

「実はの、鎮東軍そのものを解体するという話が持ち上がっている。その後の再編案までな」

「なんと」

「それ故であろう。《是門城(ぜもんじょう)》修繕の人手も資材も、中々回ってこん有様なのだ」

 

 王都内外の噂をよく仕入れてくる義爪(ぎそう)から、近々軍の大幅な再編があるかもしれないと聞かされてはいた。しかし、一方面軍を丸ごと無くしてしまう程のものだったとは。

 

「やはり、総本陣の目は南に向いておるという訳ですか。兵や荷駄の輸送にあたり、東を押さえているのは大きいと存じまするが」

 

 水源を同じくする《魏糧川(ぎろうがわ)》と《鳴蒙川(めいもうがわ)》。《鎮東七塞(ちんとうしちさい)》は、双方の上流を確保する位置にある。

 長きにわたる因縁に決着をつけるべく《聖華(しょうか)》に侵攻する際、《鳴蒙川(めいもうがわ)》は後方の補給線たり得る筈だった。

 

「私も幾度かそれを申したのだが、出てくる筈もない《久々鱗(くくり)》に兵を割くのは、無駄であると言われてな。もし出てくるとすれば、そうした不安を抱える補給線など心許ないと」

 

 あまりにも賢しい物言いをしたのは誰か、仁牙(じんが)にはよく分かる。飯が不味くなるので、顔を思い出したくもないが。

 

 洞囃子(どうばやし)。四ヶ月前に任命されたばかりの、征南将軍である。以前は護北軍で一軍を任されており、《聖華(しょうか)》や《久々鱗(くくり)》に対する謀略にも携わる、少壮の軍略家と評判だった。

 

 上っ面の名声など信じはしない。仁牙(じんが)が見たところ、あの男は病的な上昇志向を持て余している小物に過ぎなかった。

 

 一に過ぎぬ手柄を十にも二十にも見せる。さらに、他者の失敗にはこれでもかと付け入る。征南将軍への就任も、前任が大敗の末に将軍位を剥奪されて空いた席に、自らを捩じ込んだようなものだ。

 

 査問でも言及した、素行不良者が昵懇だと語っていた将軍というのも、洞囃子(どうばやし)のことである。嵩儁(すうしゅん)は、多分気づいていた筈だ。

 此度の査問自体、あの男による圧力があってのものだろう。何処にでも目はあるぞ、という警告といったところか。

 

「身の振り方を考えねばならんの、互いに」

「全くですな」

 

 洞囃子(どうばやし)がそこまで幅を効かせられるのは、大きな後ろ楯があるためだ。嵩儁(すうしゅん)は早くも諦観しているようだが、生憎と仁牙(じんが)には同調するつもりは無い。

 

 権威を笠に着てのさばる輩に下げる頭など、持ち合わせてはいない。それを強いられるぐらいならば、いつでも剣を向ける覚悟はできていた。

 たとえ味方であろうと、上官であろうとだ。

 

 敵と味方の屍を踏み越え、前に進み続けてきた。これからも。その延長線上に、あって然るべき帰結ではないか。

 

 空になった膳に目を落としながら、仁牙(じんが)はそう思った。

 




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