無源の秋 〜竜の翼は風雲に舞う〜【毎週金曜12:00&日曜19:00更新】   作:くコ:彡の本棚

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天下に挑む計 〜出陣〜

 

 久方ぶりに翔ける《久々鱗(くくり)》の空は、どこか生気を欠いていると双竜之丞(ふたつのじょう)には思われた。

 

 無源(むげん)と出会う前、火鵺(かぬえ)と共に《臣廼湖(おみのこ)》を渡った時に覚えた印象と、似ている。

 賊の大勢力を駆逐したことで、湖の水運にも活気が戻り始めている。《久々鱗(くくり)》は、果たしてどうなるであろうか。

 

久々鱗(くくり)》の山々は広大である。住まう全ての世帯が相応に広い自領を構えても、なお余るだろう。生活圏とするに適した、平らかな地のみを勘定に入れて、それである。

 

 現実にそうなっていないのは、地竜の群れを追って移動するという、伝統的な生活様式が今なお続いているためだ。

 

 季節ごとに営地を変えて、地竜や山獣を狩り、山の恵みを享受する。その生き方において、領域を徒に広げることは無駄であり、無益に他ならなかった。

 そのため季節や気候によって、人や飛竜の気配と無縁な、闕地とも呼ぶべき地域が生ずる。

 

 双竜之丞(ふたつのじょう)は先陣の将として、その間隙を縫うように進む軍の指揮を取っていた。

 騎竜武者が百騎に、徒士(歩兵)が二千。《金號(きんごう)》への反攻を決した軍議から二十日あまり、早くも《久々鱗(くくり)》西端の山間を進んでいる。

 

 徒士の動かし方には目を見張るものがあった。《臣廼川(おみのがわ)》を船で遡ることで、百単位の兵を迅速に、なおかつ疲労を抑えながら輸送が可能だ。

 荷駄と兵糧は善右衛門(ぜんえもん)の手配で《臣廼湖(おみのこ)》に集積されている。それらを携え湖から北上し、《久々鱗(くくり)》の領域に踏み入ったのだった。

 

 現在は進軍の途上、方々に荷駄の溜り場を設けている。鬱蒼とした木々、突き出た岩が生み出す陰。上空からの死角に荷駄を下ろしていく過程は、冬に備えて木の実を隠す栗鼠を想起させた。

 

「大将、ここも予定通り終わりました。どんどん先に進みましょうや」

「逸るな、石騒(せきそう)。今は本隊との連絡線を引いている最中だぞ、先行が過ぎて孤立すれば何とする」

 

 義勇兵に参加していた石騒(せきそう)は、そのまま軍に加わっていた。雷火(らいか)隊の指揮官の一人である。

 

 賊の脅威が無くなって、各処で鍛冶場やたたら場の復興が進められている。協力せずともよいのか、と思ったが、火鵺(かぬえ)にはきちんと許しを得ているようだ。

 何か、心中に期するところがあるらしい。

 

 大柄な体躯に違わず、頑健だった。険しい山間の中を進むことに大した疲れも見せず、手綱を握ってやらねば一人で先に行ってしまいそうな勢いである。

 軍という組織における上官と部下の呼吸も、すぐに飲み込んだ。火鵺(かぬえ)の舎弟を長らく務めていたことも、影響しているのだろう。

 

「すみません。静けさが不気味で、どうにも居心地が悪いもんだから」

 

 石騒(せきそう)の感じる不気味さを、生粋の《久々鱗(くくり)》の民である双竜之丞(ふたつのじょう)は言葉で表すことができた。

 

 地竜の気配が、完全に消え失せているのだ。地竜の通過が無いから、飛竜も寄りつかない。どの氏族も営地には選ばない。

 騎竜隊に補給を行うため、土を撹拌する地竜を数十匹伴っているが、一帯で行われるべき営みと比べれば、いかにも小さかった。

 

「戦いのせいで散り散りになったきり、何処かへ行っちまったんですかね」

「とは思えん。一月も経てば、鎚打ちが無くとも戻ってくる筈。二百年も地竜が遠ざかっていた《解軛門(かいやくもん)》など、異例中の異例だ」

 

 その時、物見に出していた騎竜武者が翔け込んできた。行手の丘に野営している集団がおり、それも五十騎あまりの騎竜隊だというのである。

 

「余所者の俺達を攻めに来た?」

「それにしては近すぎる。こちらが開けた処に出た時、遠方から急迫するのが定石だからな」

 

 会って確かめよう、と決めた。瑞王(ずいおう)石騒(せきそう)だけを伴い、件の集団に近づいてゆく。

 雷火(らいか)は置いて行かせた。万が一にも間者の類であれば、こちらの手の内を明かすこととなろう。

 

 距離を詰めるにつれ、飛竜同士の交感がはっきりと感じられる。それを瑞王(ずいおう)は、不快に感じてはいないようだ。

 何らかの悪意を持って、ここに来た訳ではない。飛竜と共に在れば偽りようもなく、それだけに双竜之丞(ふたつのじょう)には確信がある。

 

 辿り着いた丘の頂を、薄く輝く笠が覆っていた。飛竜の鱗が照り返す光が連なり、煌めきが波打つ。

 風に乗って、肉を焼く匂いが漂ってくるのに気づいた。

 

「貴公らは?」

 

 纏め役と思しき初老の男が、飛竜の沓を取って近づいてきた。兜を目深に被った小柄な騎竜武者を、傍に置いている。小者(従者)を務める少年だろうか。色白な顔には、緊張と警戒のためか固い線が浮かんでいる。

 

「とある目的があって、数千からの者を引き連れ北に進んでいる。あなた方の縄張りを踏み荒らし、敵対するつもりは毛頭無い。通過が許されぬというならば、道を変えよう」

「気にされるな、ここは我らの営地ではない。昼餉を取ろうとここに立ち寄った次第だ」

 

 豊かな顎髭を蓄えた男は真鬼左衛門(まきざえもん)と名乗り、穏やかに笑った。小氏族の長であるという。

 紳士然としながら、どこか積み重なった疲れを滲ませた笑みである。今の《久々鱗(くくり)》では、多くのものがこうした顔をしているのかもしれないが。

 

 昼餉を共にしたい、と双竜之丞(ふたつのじょう)が申し出ると、真鬼左衛門(まきざえもん)は快諾してくれた。敵対的でない集団に遭遇することがあれば、情勢について探ってみてほしいと遼兵衛(りょうべえ)に頼まれているのだ。

 

 一団は五、六人ずつ一組となって、焚火を囲んでいた。双竜之丞(ふたつのじょう)達は真鬼左衛門(まきざえもん)らと向かい合って座る。

 組まれた焚火の上に置かれた鍋、沸いた湯の底には地竜の肉が沈んでいる。出汁の旨味が溶けて、食欲をそそる匂いが立ち昇った。礼は金子と現物のどちらが良いか考えていた時、少年が意外なものを取り出す。

 

 干飯である。炊いた米を日に干して携行兵糧にしたもので、そのまま食べても、湯で戻してもいい。

 間違いなく《久々鱗(くくり)》の民と思われるが、これ程の米を携えているのは意外だった。

 

「立派な飛竜だ。潜り抜けた修羅場の数も、違うのだろうな」

 

 のんびりと翼を休める瑞王(ずいおう)を見ながら、真鬼左衛門(まきざえもん)が感心の声を上げている。目には穏やかな光があるが、力量の真贋を正確に見極める隙の無さも感じられた。

 

瑞王(ずいおう)と申します。幼き頃より、此奴がおらねば幾度死んでいたことか。些か我儘なのが、玉に瑕なのだが」

「それに、随分と女好きだ」

 

 咎めるような唸り声を瑞王(ずいおう)が放ち、石騒(せきそう)は焼いた肉を持ったまま仰け反る。声を上げて笑った真鬼左衛門(まきざえもん)がそれを収めると、双竜之丞(ふたつのじょう)に向き直ってきた。

 

「竜の民の端くれとして四十あまり過ごせば、見極められることも少しはある。佳き飛竜を友とする者に、悪しき心は無いとね」

 

 意識せず、双竜之丞(ふたつのじょう)は威儀を正した。この男は、何か大事なことを打ち明けんとしている。

 

「先程、この丘は我らの営地ではないと申したが、それは現在においての話なのだ。三年前まで、ここには我が氏族の営地があった」

「すると、《金號(きんごう)》との戦で?」

「うむ、大敗だった。我らは西の営地より逐われ、氏族は散り散りに──」

「負けたのは真鬼左衛門(まきざえもん)様ではありません!」

 

 少年が顔を赤くして立ち上がった。声は鋭かったが、低い声を無理に出しているように聞こえる。

 

「《金號(きんごう)》が攻め入ってきた時、いいえ、砦を築き始めた時から、宗家を始めとする貴顕の氏族は、まるで動こうとしなかった。西端の氏族ばかりが、孤軍たるを強いられたのです」

「やめぬか、言うても詮無きことだ」

「やめませぬ!」

 

 咄嗟に、周囲の気配を探る。

 少年の叫びを耳にした皆が、憤りの気を湛えている。少年の行動を咎めているのではなく、同調しているがためのものだ。

 

「真に許し難いのは、その後です。有力氏族らは西の奪還に動き出すどころか、故地を追われた氏族を強引に組み入れ、従属を迫っている。そして事もあろうに、西の地竜達が戻ることのないよう仕向け、帰るべき処を失からしめている」

 

 声高に捲し立て、流石に息を切らした少年が口を閉ざす。

 この一帯に地竜の気配が無い理由は、これで分かった。全土に地竜の道を張り巡らすどころか、それを断ち切って大地を貧しくするなど、竜の民たる節義に悖る行いである。

 

「助けもせずに上前だけを撥ねやがるか。性根が、火事場泥棒だな」

 

 石騒(せきそう)が率直な嫌悪を口にした。他人事とはとても思えないのだろう。

 

「今や我らは、故地への帰還すらも諦めてしまった」

 

 今、目の前には疲れきって項垂れる、一人の男の姿があった。

 

「オロ族とミズ族、双方に属さぬ北東部で穏やかに暮らそうかと思ってはいたが、そこでも戦や略奪は絶えずで。結局、何処かに吸収されるしか道は無い。そう思いつつ、未練がましくかような処に立ち寄って……」

 

 胸の内から湧き上がるものを感じる。それは憤懣や憐憫などではなく、《久々鱗(くくり)》の空を翔ける身として、曲げるべきではない何かだった。

 呼応したように、瑞王(ずいおう)が鼻を鳴らす。

 

真鬼左衛門(まきざえもん)殿。私も正直な処を話して、礼を尽くさせてもらおう。川岸にある砦を陥とすため、我々はここにいる」

 

 見開かれた真鬼左衛門(まきざえもん)の両目に、微かだが確かな意志の光が灯っていた。少年も、周囲の皆も視線をこちらに注ぎ込んでいる。

 

「何故、我らにそれを?」

「あなたは全てを捨てようとしている、そう見えた。氏族としての誇りだけではなく、《久々鱗(くくり)》武士として譲ってはならぬものを」

 

 無源(むげん)と出会う前の自分も、そうだったような気がする。だから放っておけなくて、このような差し出たことを宣っているのか。

 

「全てが捨てたものじゃない、ということだけ伝えたかった。あなた方の故郷で血を流す、罪滅ぼしになるとは思わないが」

 

 味方の下に戻ろうと腰を上げると、追いかけるように立ち上がる影があった。

 真鬼左衛門(まきざえもん)。だけではない。丘に集う皆が力強く立ち上がり、覚悟の気炎を総身より放っている。

 

「戦いたい」

「私どもと共に?」

「我らの地を取り戻す。いや、それ以上のことだ。我らが《久々鱗(くくり)》の者として生きられるか否か、それを分かつ最後の線なのだ」

 

 握り締めた真鬼左衛門(まきざえもん)の拳が、ぶるぶると震えている。息を呑んで視線を向けてくる石騒(せきそう)に気づきながら、双竜之丞(ふたつのじょう)は目を逸らさなかった。

 

「敢えて厳しいことを、言わせていただく。私は雇い主の命を受け、勝つためにここまで来た。戦において万全を期そうとすれば、あなた方を我が指揮下に入れることとなる。氏族の長たるあなたを」

「望む処。勝利がために手を尽くすことで、誇りに傷がつくことなどあろうか」

「かたじけない。では」

 

 双竜之丞(ふたつのじょう)は懐より地図を取り出す。《魏糧川(ぎろうがわ)》流域、七つの砦と周辺の地形が描かれた、遼兵衛(りょうべえ)謹製のものだ。

 東岸の砦には一、西岸の砦には北を始めとして二から七の数字を割り振ってある。

 

「かつて戦に臨んだ経験から、敵の備えをどれだけ知っているか。検めておきたい」

 

 広げられた地図を指差し、真鬼左衛門(まきざえもん)は澱み無く語り始める。彼の麾下で覗き込んでいるのは少年だけで、他の者は早速出立の支度を進めていた。

 

(鎮東七塞と周辺の地形)

 

【挿絵表示】

 

 

「敵の備えで何が最も厄介かといえば、騎竜隊の高度の利を封じてくる点にござる。三と六の砦。この二つに備わる大型の雷火(らいか)は、川を越えてしまう程に射程が頗る長く、精度も桁違い。三年前、部隊長を十何人も撃ち落とされた」

 

 高度を取って砦の上方を取ろうとする時、動きはどうしても直線的になる。そこを狙い撃たれては、回避も難しいのだ。

 空を自在に翔け回って弱点を強襲する、その勝ち筋を支える動きに、大きな制約をかけられてしまう。

 

 三と六の砦を無力化しない限り、《金號(きんごう)》の影響を一帯から排除することは到底叶わないということだ。

 

「各砦を一つずつ陥としたい処ながら、六の方を攻むるはきわめて困難。上流の両岸には小山が広がっており、飛び越える、迂回するなどすれば、まさしく雷火(らいか)の好餌」

 

 さりとて下流にあたる三の砦を狙おうにも、地形より遥かに厄介な壁が立ちはだかる。それこそが、一の砦だった。

 鉄壁の防衛線が抱える、唯一の穴。一の砦はそれを埋める役目を帯びている。攻略は単なる緒戦ではなく、戦の趨勢を左右する重要な布石となりうるのだ。

 

 真鬼左衛門(まきざえもん)の説明に、双竜之丞(ふたつのじょう)は満足して頷いた。予め遼兵衛(りょうべえ)に聞いていたことと、ほぼ変わりない。

 辛い記憶から目を背けることなく、必要な情報をしっかり頭に入れている。生中な心構えでできることではなかった。

 

「我らは一の砦を北東から窺う地点に陣を張り、敵の耳目を集める。本隊が戦場に到達した後は、総力で砦の搦手を攻める予定だ」

 

 搦手は川に面しており、荷揚げされた荷駄や兵糧を収容する曲輪に続いている。ここを攻めれば、兵站を断つという軍略の常道に則ることとなろう。

 しかし、真鬼左衛門(まきざえもん)は訝しむ色を見せた。

 

「搦手を叩けば砦の死命を制しうるのは道理だが、敵もそれを重々承知している。不用意に踏み込めば、一と三の砦から集中砲火を食らうことにもなるぞ」

 

 一度試みて、甚大な被害を受けた経験があればこその懸念であろう。

 無論のこと、手は考えてある。伝えたのはそれだけだが、真鬼左衛門(まきざえもん)は余計な詮索をすることなく頷いた。

 

「私も全力を尽くしまする」

 

 臆する素振りも見せず少年は気勢を上げるが、それに対する反応は決して明朗ではなかった。

 

「ならん。お前に万一があれば、御父君に合わせる顔が無い」

「これは《久々鱗(くくり)》が在るべき姿に戻るため欠かせぬ戦だと、私は思いました。それに参じぬとあれば、それこそ父と氏族の名を辱めるものでありましょう」

「お前は、生きるのだ。命より名を惜しむのに、お前はあまりにも若い」

 

 この少年は、ただの小者ではない。それは明らかなことと思えた。真鬼左衛門(まきざえもん)の言葉の節々から、庇護の心を超えた敬意のようなものが感じられるのだ。

 

「その者は、南から来る本隊……私の雇い主の下に向かわせてはどうか。戦に伴うか否か、雇い主に決してもらう。止めても勝手に飛び出されるより、かえって危うくはないと思うのだが」

 

 後半は真鬼左衛門(まきざえもん)も考えていたことだったようで、提案は実行に移されることとなった。

 少年は早くも参陣するつもりで勇み立っているが、それを許すかは無源(むげん)の判断如何である。

 

「では、集結地点にて」

 

 一度味方の下に戻って、進軍を再開することとなる。石騒(せきそう)は早くも丘を駆け下りていた。

 

 鞍に跨り、瑞王(ずいおう)の首を撫でる。熱い、と感じたが、それは自分自身の熱だった。

 




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