無源の秋 〜竜の翼は風雲に舞う〜【毎週金曜12:00&日曜19:00更新】 作:くコ:彡の本棚
久方ぶりに翔ける《
賊の大勢力を駆逐したことで、湖の水運にも活気が戻り始めている。《
《
現実にそうなっていないのは、地竜の群れを追って移動するという、伝統的な生活様式が今なお続いているためだ。
季節ごとに営地を変えて、地竜や山獣を狩り、山の恵みを享受する。その生き方において、領域を徒に広げることは無駄であり、無益に他ならなかった。
そのため季節や気候によって、人や飛竜の気配と無縁な、闕地とも呼ぶべき地域が生ずる。
騎竜武者が百騎に、徒士(歩兵)が二千。《
徒士の動かし方には目を見張るものがあった。《
荷駄と兵糧は
現在は進軍の途上、方々に荷駄の溜り場を設けている。鬱蒼とした木々、突き出た岩が生み出す陰。上空からの死角に荷駄を下ろしていく過程は、冬に備えて木の実を隠す栗鼠を想起させた。
「大将、ここも予定通り終わりました。どんどん先に進みましょうや」
「逸るな、
義勇兵に参加していた
賊の脅威が無くなって、各処で鍛冶場やたたら場の復興が進められている。協力せずともよいのか、と思ったが、
何か、心中に期するところがあるらしい。
大柄な体躯に違わず、頑健だった。険しい山間の中を進むことに大した疲れも見せず、手綱を握ってやらねば一人で先に行ってしまいそうな勢いである。
軍という組織における上官と部下の呼吸も、すぐに飲み込んだ。
「すみません。静けさが不気味で、どうにも居心地が悪いもんだから」
地竜の気配が、完全に消え失せているのだ。地竜の通過が無いから、飛竜も寄りつかない。どの氏族も営地には選ばない。
騎竜隊に補給を行うため、土を撹拌する地竜を数十匹伴っているが、一帯で行われるべき営みと比べれば、いかにも小さかった。
「戦いのせいで散り散りになったきり、何処かへ行っちまったんですかね」
「とは思えん。一月も経てば、鎚打ちが無くとも戻ってくる筈。二百年も地竜が遠ざかっていた《
その時、物見に出していた騎竜武者が翔け込んできた。行手の丘に野営している集団がおり、それも五十騎あまりの騎竜隊だというのである。
「余所者の俺達を攻めに来た?」
「それにしては近すぎる。こちらが開けた処に出た時、遠方から急迫するのが定石だからな」
会って確かめよう、と決めた。
距離を詰めるにつれ、飛竜同士の交感がはっきりと感じられる。それを
何らかの悪意を持って、ここに来た訳ではない。飛竜と共に在れば偽りようもなく、それだけに
辿り着いた丘の頂を、薄く輝く笠が覆っていた。飛竜の鱗が照り返す光が連なり、煌めきが波打つ。
風に乗って、肉を焼く匂いが漂ってくるのに気づいた。
「貴公らは?」
纏め役と思しき初老の男が、飛竜の沓を取って近づいてきた。兜を目深に被った小柄な騎竜武者を、傍に置いている。小者(従者)を務める少年だろうか。色白な顔には、緊張と警戒のためか固い線が浮かんでいる。
「とある目的があって、数千からの者を引き連れ北に進んでいる。あなた方の縄張りを踏み荒らし、敵対するつもりは毛頭無い。通過が許されぬというならば、道を変えよう」
「気にされるな、ここは我らの営地ではない。昼餉を取ろうとここに立ち寄った次第だ」
豊かな顎髭を蓄えた男は
紳士然としながら、どこか積み重なった疲れを滲ませた笑みである。今の《
昼餉を共にしたい、と
一団は五、六人ずつ一組となって、焚火を囲んでいた。
組まれた焚火の上に置かれた鍋、沸いた湯の底には地竜の肉が沈んでいる。出汁の旨味が溶けて、食欲をそそる匂いが立ち昇った。礼は金子と現物のどちらが良いか考えていた時、少年が意外なものを取り出す。
干飯である。炊いた米を日に干して携行兵糧にしたもので、そのまま食べても、湯で戻してもいい。
間違いなく《
「立派な飛竜だ。潜り抜けた修羅場の数も、違うのだろうな」
のんびりと翼を休める
「
「それに、随分と女好きだ」
咎めるような唸り声を
「竜の民の端くれとして四十あまり過ごせば、見極められることも少しはある。佳き飛竜を友とする者に、悪しき心は無いとね」
意識せず、
「先程、この丘は我らの営地ではないと申したが、それは現在においての話なのだ。三年前まで、ここには我が氏族の営地があった」
「すると、《
「うむ、大敗だった。我らは西の営地より逐われ、氏族は散り散りに──」
「負けたのは
少年が顔を赤くして立ち上がった。声は鋭かったが、低い声を無理に出しているように聞こえる。
「《
「やめぬか、言うても詮無きことだ」
「やめませぬ!」
咄嗟に、周囲の気配を探る。
少年の叫びを耳にした皆が、憤りの気を湛えている。少年の行動を咎めているのではなく、同調しているがためのものだ。
「真に許し難いのは、その後です。有力氏族らは西の奪還に動き出すどころか、故地を追われた氏族を強引に組み入れ、従属を迫っている。そして事もあろうに、西の地竜達が戻ることのないよう仕向け、帰るべき処を失からしめている」
声高に捲し立て、流石に息を切らした少年が口を閉ざす。
この一帯に地竜の気配が無い理由は、これで分かった。全土に地竜の道を張り巡らすどころか、それを断ち切って大地を貧しくするなど、竜の民たる節義に悖る行いである。
「助けもせずに上前だけを撥ねやがるか。性根が、火事場泥棒だな」
「今や我らは、故地への帰還すらも諦めてしまった」
今、目の前には疲れきって項垂れる、一人の男の姿があった。
「オロ族とミズ族、双方に属さぬ北東部で穏やかに暮らそうかと思ってはいたが、そこでも戦や略奪は絶えずで。結局、何処かに吸収されるしか道は無い。そう思いつつ、未練がましくかような処に立ち寄って……」
胸の内から湧き上がるものを感じる。それは憤懣や憐憫などではなく、《
呼応したように、
「
見開かれた
「何故、我らにそれを?」
「あなたは全てを捨てようとしている、そう見えた。氏族としての誇りだけではなく、《
「全てが捨てたものじゃない、ということだけ伝えたかった。あなた方の故郷で血を流す、罪滅ぼしになるとは思わないが」
味方の下に戻ろうと腰を上げると、追いかけるように立ち上がる影があった。
「戦いたい」
「私どもと共に?」
「我らの地を取り戻す。いや、それ以上のことだ。我らが《
握り締めた
「敢えて厳しいことを、言わせていただく。私は雇い主の命を受け、勝つためにここまで来た。戦において万全を期そうとすれば、あなた方を我が指揮下に入れることとなる。氏族の長たるあなたを」
「望む処。勝利がために手を尽くすことで、誇りに傷がつくことなどあろうか」
「かたじけない。では」
東岸の砦には一、西岸の砦には北を始めとして二から七の数字を割り振ってある。
「かつて戦に臨んだ経験から、敵の備えをどれだけ知っているか。検めておきたい」
広げられた地図を指差し、
(鎮東七塞と周辺の地形)
「敵の備えで何が最も厄介かといえば、騎竜隊の高度の利を封じてくる点にござる。三と六の砦。この二つに備わる大型の
高度を取って砦の上方を取ろうとする時、動きはどうしても直線的になる。そこを狙い撃たれては、回避も難しいのだ。
空を自在に翔け回って弱点を強襲する、その勝ち筋を支える動きに、大きな制約をかけられてしまう。
三と六の砦を無力化しない限り、《
「各砦を一つずつ陥としたい処ながら、六の方を攻むるはきわめて困難。上流の両岸には小山が広がっており、飛び越える、迂回するなどすれば、まさしく
さりとて下流にあたる三の砦を狙おうにも、地形より遥かに厄介な壁が立ちはだかる。それこそが、一の砦だった。
鉄壁の防衛線が抱える、唯一の穴。一の砦はそれを埋める役目を帯びている。攻略は単なる緒戦ではなく、戦の趨勢を左右する重要な布石となりうるのだ。
辛い記憶から目を背けることなく、必要な情報をしっかり頭に入れている。生中な心構えでできることではなかった。
「我らは一の砦を北東から窺う地点に陣を張り、敵の耳目を集める。本隊が戦場に到達した後は、総力で砦の搦手を攻める予定だ」
搦手は川に面しており、荷揚げされた荷駄や兵糧を収容する曲輪に続いている。ここを攻めれば、兵站を断つという軍略の常道に則ることとなろう。
しかし、
「搦手を叩けば砦の死命を制しうるのは道理だが、敵もそれを重々承知している。不用意に踏み込めば、一と三の砦から集中砲火を食らうことにもなるぞ」
一度試みて、甚大な被害を受けた経験があればこその懸念であろう。
無論のこと、手は考えてある。伝えたのはそれだけだが、
「私も全力を尽くしまする」
臆する素振りも見せず少年は気勢を上げるが、それに対する反応は決して明朗ではなかった。
「ならん。お前に万一があれば、御父君に合わせる顔が無い」
「これは《
「お前は、生きるのだ。命より名を惜しむのに、お前はあまりにも若い」
この少年は、ただの小者ではない。それは明らかなことと思えた。
「その者は、南から来る本隊……私の雇い主の下に向かわせてはどうか。戦に伴うか否か、雇い主に決してもらう。止めても勝手に飛び出されるより、かえって危うくはないと思うのだが」
後半は
少年は早くも参陣するつもりで勇み立っているが、それを許すかは
「では、集結地点にて」
一度味方の下に戻って、進軍を再開することとなる。
鞍に跨り、
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