無源の秋 〜竜の翼は風雲に舞う〜【毎週金曜12:00&日曜19:00更新】   作:くコ:彡の本棚

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凱火 前篇

 

 川を越えて南からやって来たのは、二百騎を算える騎竜隊だった。

 

 体が強張る。喉がじりじり締めつけられるのを、感じる。動揺が飛竜に伝播しないよう、努めて心のざわめきを無視しようとした。

 

 目を見張らずにはいられない程、整った隊伍である。各騎の間隔がほとんど同じで、翔けながらそれが全く変わることがない。左右や下方への警戒も、怠ってはいないようだ。

 徹底した軍規の存在と、それを皆に浸透させる調練を想像するのは、あまりにも容易いことである。

 

 大きく翼を広げたような隊形で、空を突き進んでいる。羽ばたきの拍子が全騎で同調しているために、巨大な一頭の飛竜が、翼をはためかせているように聞こえるのだった。

 二百騎でありながら、五百騎、千騎にも匹敵する威容を放つ、何処かの軍勢。それが、数多の同胞を他に堕としてきた砦に、戦を仕掛けんとしている。

 

(開戦前の布陣)

 

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 全騎が着陸する。丘の上。双竜之丞(ふたつのじょう)という男に勧められ、南の集結地点で到来を待っていた。

 使ってもらえるよう、頭を下げて頼むのだ。これ程の動きを見せつけられた後だと、どうしても気後れが募るが、やはり諦めきれるものではない。

 

 義と道理によって立ちながら、本懐を遂げられず苦しい立場に在る実家、爽和(そうわ)氏の明日を、変えうるかもしれないのだから。

 

 着陸した軍勢は流れるような手際の良さで、早くも陣を構築している。本陣に出頭せんと思い辺りを見回していると、近づいてくる影があった。

 

 先方から、わざわざ出向いてきたというのか。だとしたら、この軍の総大将たる人物は、自分とそう変わらぬ若者だということになるが……。

 

双竜之丞(ふたつのじょう)からの伝令にあった客人とは、貴方のことか」

 

 気がつくと、片膝を着いて低頭していた。伏した頭を上げるまでの短い時間で、息を整える。

 無源(むげん)と名乗る青年には浮ついた色も無く、こちらに向けられる視線も、凪いだ水面の如く静かなものだった。

 

 しかし、内奥には燃え滾るものがある。それを隠そうとして隠しきれず、こちらを射貫いてくるかと思われるのだ。

 

「何と呼べばよいのかな」

「願わくば…… 和之介(わのすけ)、と」

 

 あまりに安直であったし、口ぶりからして隠し名であることを打ち明けているようなものである。

 それでも、この戦において自分の名は和之介(わのすけ)なのだ。

 

 姑息だと考えぬではないが、やはり自分が参じていることを公にはできない。涼綺(りょうき)を始めとする有力氏族に目の敵にされ、幾度も足を掬われそうになっている爽和(そうわ)

 

 その跡取りが派手な動きをすれば、如何な屁理屈で付け込まれるか分からない。正しさばかりが通る《久々鱗(くくり)》ではなくなっているのだ。

 

 その時、弾けるような轟音が北に谺した。重々しい残響が山肌へと吸い込まれ消えてゆく。

 

 青白い火線が砦から幾つも奔り、熱の飛沫を散らしながら北東の山地に突き刺さった。そこには真鬼左衛門(まきざえもん)ら別働隊がいて、敵に睨みを利かせている。

 

「始まったな」

 

 大気の震えがここまで伝わってくるようだ。無源(むげん)は平静を保ったまま北を見据え、腕を組んで戦況を見守っている。雷火(らいか)の斉射も見慣れたものであるらしい。

 

 次々と山を飛び立つ騎影が、陽光を背に砦へ翔け出してゆく。得物の戦斧を振りかざして先頭を征くのは、紛れもなく真鬼左衛門(まきざえもん)だった。自ら志願したということは、想像に難くない。彼にとっては本懐とも言うべき戦なのだ。

 

 疾風が命を持ったかの如く、先頭の五十騎が熱の残滓を切り裂いて突撃する。勢い任せに見えて、射撃の間隙を計算に入れていた。

 砦からの応射は止んでいる。騎竜隊の迫力に気圧され、固まっているかにも見えるが、そうではない。眼前まで引きつけ、短射程ながら絶大な火力の束を叩きつけるのを狙っているのだ。炸裂した弾丸が破片を四方にばら撒く、千人殺しと呼ばれるものである。

 

 その恐ろしさは、あたら味方を蜂の巣にされた苦い記憶と共に、重々承知している。真鬼左衛門(まきざえもん)もだ。

 飛勢のまま砦に取り付くかに見えた五十騎は小さな半径で反転し、引いていく潮の鮮やかさで後退していった。それからも、寄せては退くことが八度繰り返されたが、敵味方双方に損害は生じていない。

 

 上空から俯瞰すれば、それは円と直線の攻防であると表しうるものであろう。互いに牙を突き立てる隙を窺っているのか、そう装うだけなのか。

 

 不敵にも見える無源(むげん)の狙いが奈辺にあるか、未だ掴みかねている。北東の別働隊は布石に違いないが、その目的は何か。

 敵を挑発して弾丸を使い切らせる、などと戯けたことを考えるような人間とは思えない。

 

 無源(むげん)が手で合図を出し、数人の部隊長を呼んだ。

 

「主力のみ、前進。北の丘に本陣を移すぞ。後詰はここに残り、備えること」

 

 部隊長が各々の持ち場に戻る前に、軍は早くも動き出している。かねてより定められた行動なのだろう。

 

 現在陣を張っている丘と、ここより北の丘。いずれも《魏糧川(ぎろうがわ)》東岸の小山に隠れる位置にあるため、対岸から長射程の雷火(らいか)で狙われる心配は無い。

 しかし同時に、騎竜隊の動きも掣肘を受ける。最短経路で砦に寄せるとなれば、狭隘な谷を進むのと変わりは無いのだ。

 

 接近したとて、火線に捉えられて前進ままならぬと思うが、企図する処は何なのか。

 

 五十騎あまりを残して飛び立つ無源(むげん)を追って、翔け出した。四方に散るような騎影は、伏兵の有無を確かめるための物見だろう。

 一見すると、各騎は非凡な翔け方をしているようではない。それでも、全体の動きに目を向けてみれば、絵に描いたような緻密さだった。

 

 得物の長巻を携えて飛ぶ、その後ろ姿。戦の高揚に駆り立てられて進む、若武者の背中。

 丘の上、落ち着き払った彼の顔とはいまいち結びつかない。

 

(北の丘に進出)

 

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 砦を眼前に望む位置まで進出すると、戦の喧騒と熱のうねりは、いよいよ量感すら伴って迫ってきた。

 それに、騎竜隊の上げる喚声。雪辱を期して突撃する皆の気迫は尋常ならざるものであるが、現実は非情なものだ。雄叫びだけで陥ちる砦など、ありはしない。

 

 自覚していた。自分の心中で、焦燥が首をもたげてくるのを。砦から敵の徒士隊が次々と出撃し、地を這う黒雲となって戦場を染め上げている。

 目と鼻の先に接近したことが、呼び水となっているのだ。

 

「話に聞く通りだ。奴ら、頭上を取られることを全く恐れておらん」

「当たり前でござろう、騎射の効かぬ相手ですぞ」

 

 抑制を利かせたつもりが、苛立ちはどうしても隠し遂せなかった。無源(むげん)の物言いは、あまりに呑気なものだと思えたのである。

 

 三年前の戦いで見た惨状、あの光景は瞼に焼き付いて離れない。

 隊伍を組み、山を攻め上ってくる徒士の群れ。壁の如くなって迫る敵に矢の雨を浴びせても、特殊な加工を施されているらしき漆黒の具足を、貫くこと能わない。

 

 力無き同胞を逃すべく、突撃の肚を決めて白兵戦を挑まんとする各氏族の精鋭。青白い火線の奔流に迎えられた彼らは、無念を抱えながら飛竜と共に谷へ堕ちてゆく……。

 

 忘れられない、忘れてはならない敗北を目の当たりにしているからこそ、敵の徒士隊が出てきた今の戦況を、楽観視することなど到底できなかった。

 

「うむ、この際だから聞いておこうか」

 

 無源(むげん)は宥めも咎めもせず、一介の部外者に問いかけなどをしてくる。

 

「まず、敵の狙いだ。砦から出た徒士はこちらに向かっているようだが、何のために?」

「我らを攻めるため。ひいては、我らを南へ押し戻し、別働隊を孤立させるためでしょう」

 

 こちらの接近を待って徒士が出てきた理由は、容易に想像がつく。砦の目の前にある丘は、守りの要として押さえておきたいが、先に陣取っては騎竜隊に囲まれる恐れがある。

 故に、後の先を取る。先に丘を取らせておいて奪い返し、そのまま南、つまり元の丘まで押しやるのだ。

 

 そうすると本隊は最早砦に近づくこと叶わず、北東の別働隊は孤立無縁となってしまうだろう。

 

「全く同じだな、俺もそう考える。では、それを打開するためには如何にする」

「……全軍を北東に向けるというのは」

「別働隊と一体となり、力を集中させる訳だな」

 

 言いながら、その案があまり効果的でないことに気づいていた。

 

 合流すれば、味方が南北に分断される危険は無くなるだろう。しかし、攻め口は乏しいままである。一点に波状攻撃を仕掛けても、限界を迎えるまでに雷火(らいか)の備えを突破できる公算は低い。

 

 何より、敵の徒士を抑えられないのだ。あちらとしては北東に攻め上って包囲することも、南の丘を固めて、もう一つの防衛陣を築くことも可能である。

 いずれにしても、雁首揃えて檻に閉じ込められるようなものだった。

 

 地上を睨む無源(むげん)の眼差しが、俄かに鋭いものとなる。眼光の軌跡を辿ると、北から東に展開して丘を囲みにかかる、徒士隊四つの姿があった。

 

「この丘は、くれてやる」

「えっ」

「元よりそのつもりで進んだのだ。我らがこの地点を欲しがっている、そう敵に思ってもらわねばならん」

 

 言いながら無源(むげん)は、周囲の皆も飛竜の鐙に足をかけている。後退するにしても敵の出鼻を挫かねばならず、何処を攻めるか既に定めているようだった。

 

「共に来るのか?」

 

 言葉でなく視線で問われる。無論のこと答えは決まっていて、立ち昇る戦気を浴びながら鞍に跨った。

 

 交わる刃の響きが、耳に飛び込んでくる。

 東の敵徒士、こちらから見て右端の陣が、突如として混乱の様相を呈し始めている。後詰に残っていた五十騎が、巨大な矢となって左側面から突っ込んだのだ。

 

(敵徒士との攻防)

 

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 雷火(らいか)の狙いをつける暇も与えぬ急迫。騎上の猛者達は右に左にと得物を振るい、赤い霧の中に敵を薙ぎ倒した。乱戦となれば飛竜の巨体そのものが恐るべき武器となり、長い首や尾に打ち据えられた敵は骨を砕かれる。

 宙に乱れ舞う骸を彩る煌めき。具足、あるいは雷火(らいか)の破片だろうか。

 

 無源(むげん)が長巻を天に差し上げ、振り下ろした。それを合図として、騎竜隊は生ける雪崩と化す。己が上げた鯨波を置き去りにして、真正面から突っ込んだ。

 後詰に横撃を食らった敵の、右隣に位置する陣である。不意を突かれ引き攣った敵の顔と、それが赤い尾を曳いて吹き飛ぶ有様を見た。

 

 一度瞬きをすれば、身を置くは早くも乱刃の応酬が続く修羅場である。飛勢を槍の穂先に乗せ、敵を数人纏めて両断する味方が見える。

 かと思えば、一騎に四人で飛びかかり、滅多斬りにする敵もいた。あるいはそれを果たせず離陸を許し、高所から地に叩きつけられる敵も。

 

 頭上から落ちかかる殺気を感じ、和之介(わのすけ)は槍の柄尻を握って、遠心力に任せ横一文字に薙いだ。敵の振り上げた長槍が、柄の半ばから断たれている。

 

 棒きれと化した得物を持って立ち尽くす敵の喉を、躊躇わず突き通した。濃密な血の臭気。引き抜きざま、横から斬りかかってくる新手の顔を、石突で叩き潰す。

 

 血に酔いそうな己を律するように周囲を見渡すと、乱戦の向こうに蝟集しつつある一団。

 悪寒が背筋を駆け上がった。前衛での抗戦を諦め、雷火(らいか)の集中砲火を浴びせようというのだろう。

 

 無源(むげん)は何処。知らせねばと思い探してみると、刃が真っ赤になった長巻を、小脇に抱えた姿を見つけた。

 間に合うか。翔け寄ろうとした時、戦場に響いたのは斉射の轟音ではなく、連鎖する飛竜の羽ばたきだった。

 

 集結した敵の一段が火力を発揮することもできず、背後からの圧力に突き崩されてゆく。

 

 狼狽の只中に在る敵を睥睨する、一際立派な飛竜。その青灰色の輝きは見紛う筈もない。北東の味方の一部が、時機を狙い澄まして駆けつけたのだ。

 

 ついに、敵の一隊が四散する。前後からの痛撃を食らい半数が討たれ、騎竜隊の鋭峰から逃げ去ってゆく。右端の隊も九割の戦力を保ちながら、やはりその後に続いた。

 

 鉦が高らかに打ち鳴らされる。攻勢ではなく、後退を告げる音色。

 

「全軍、南の丘に後退。双竜之丞(ふたつのじょう)の隊も元の持ち場に戻るのだ」

 

 勝勢に在ると錯覚するような戦果だが、無源(むげん)に惑わされた気配は無い。打撃を与えたのは敵徒士の一部に過ぎず、北からの二隊は無傷で丘を固めつつあった。

 

(北の丘を押さえる敵)

 

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 目先の戦場を放り出し、所定に従って淡々と後退してゆく。無源(むげん)のみでなく、全軍が。

 嵩にかかって追撃してくるところを、手ぐすね引いて待ち構える。敵はそのつもりでいた筈だ。それを嘲笑うかのように、息を整えながら悠然と後退してゆく味方。

 

(緒戦の終わり)

 

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 南北の丘を双方が押さえ、対峙する形になった。砦を攻めるための足掛かりを失い、北東の味方と分断された形である。

 しかし、敵陣を見はるかす無源(むげん)の顔は満足げだった。思う通りに事が運んでいると言わんばかりに。

 

 その目は、罠に踏み込んだ獣を見る時のそれだった。

 

 要地を奪い返し、陣を固めてこちらに銃口を突きつけてくる敵はその実、死地の門を潜った。そう思えてならない。

 一見無造作に見える北上は、敵の出撃を促す挑発。だとすれば、望む戦場に敵を誘き出したということではないのか。

 

 小手を翳して砦の方を見た。北の丘を押さえた敵に遮られ、はっきりと様子を窺うことはできぬ。未だに応酬が続いているのか、双方小休止の状態にあるのか。

 

 その時、見えざるものに左半身を叩かれた。小山を越えて吹き降ろす風である。陣に掲げられた旗は一斉にその向きを変え、布が空を打つ音が谺する。

 

 西風が、吹き始めていた。




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