無源の秋 〜竜の翼は風雲に舞う〜【毎週金曜12:00&日曜19:00更新】 作:くコ:彡の本棚
砦を前に攻めあぐねている。形だけなら、そのように見えることだろう。
戦は早朝から始まり、陽は中天に達していた。三刻(六時間)に及ぶ応酬。双方が飽いたかのように、小康が半刻程続いている。
十数度にわたる突撃と後退を繰り返した
矢玉を避けて反転する場合、遅すぎるのは無論のこと、早すぎても都合が悪い。急激な反転は激しい負荷を齎し、戦い続ける体力を乗り手から奪うためだ。
その点、
《
「弓と
当人は、笑みを浮かべてそう言った。
飛竜の鞍を外し、岩に腰掛けて一息つく
彼の麾下もまたそうで、隊を長く戦わせるということであれば、並ならぬ力量の持ち主であることは間違いない。
「見事な翔け方だった。懸命に戦う者に申し訳なくは思うが、見て盗みたくなる」
「構わぬよ。埋もれ消えてしまうより、余程本望というものだからな」
騎竜隊の統括と教導という、柄でもない任を与えられた
手前勝手な思いを口には出さず、一時の静寂に包まれた戦場を見る。
砦と指呼の間にある丘。麓に転がる骸、そのほとんどが自軍のものであることを気にも留めぬかのように、頂で厳重な守りを敷いていた。
砦と丘がそれぞれに備えを厚くし、一体のものとして機能し始めている。堅固な甲羅に篭る亀が二匹寄り添っているようでもあった。
二つの中間に当たる地点は、三の砦に対岸から狙われる位置にあたる。分断を図って飛び込めば、火力の坩堝に嵌って、二度と出ることは叶うまい。
確かに、完璧な守りだった。空から攻め寄せる軍勢を相手取った時には、だ。
「間もなく西風か」
「来たことがあるのか、この辺りに?確かに秋は西風がよく吹くのだが」
「我が軍には空読みがいてな。兵を動かすのは、戦場の気候を占ってからと決まっている」
「《
仙術をもって未来の気候を読む《
西風が強くなれば、仕掛ける。そう言葉にした訳ではないが、
互いが休息を取り、あるいは手詰まりとなって空費される時間。その裏で戦の気が濃さを増してゆくことが往々にしてあり、今がまさにそれだった。
三分の一刻(四十分)が過ぎた。
手に持った旗が後ろに向いて激しくはためくのを、
向い風が不利を齎すのは、空も陸も変わりない。殊に砦を攻める場合には、距離を詰めるのに失敗して矢玉の餌食となることもあるのだ。
それを逆手に取って、砦を急襲する。浅慮に他ならぬ。南北に跨る守りは、その程度のことで出し抜けるものではない。
その理屈自体は、覆しようもなかった。旗を掲げる
始めるぞ。
きっと、頷いていることだろう。元の位置に押し返されたと見せかけ、砦から機動戦力を引き剥がした、したり顔で。
鐙に立ち上がり、ゆっくりと旗を振るって円を描く。風を切り裂く音が、耳を震わせてくる。
北の岩場が、鯨波に沸き立った。
こちらを見ていた砦の兵が、ぎょっとして左に振り向いている。北の塀に齧りついて、眼下の光景に目を奪われる者もいた。
剥いた目で彼らは見ているだろう。岩陰から飛び出した徒士の群れが、生ける洪水となって地面を驀進する様を。
北東と南、二ヶ所に布陣した騎竜隊。いずれも囮だった。《
敵の守りは完璧だった。空に対する備えとして。故にこそ、付け入る隙があったのだ。
「一つだけ聞きたい。味方なのだな、あれは」
「そうだ」
「攻めるのは砦か、丘か?」
「砦を。出撃の機は任せてくれ」
徒士は早くも砦の眼前に寄せていた。前面に押し出された無数の楯が連なって壁となり、その隙間から二百の銃口が覗く。
轟いた。青白い光の波濤が雷鳴の如き大音声を伴って砦に押し寄せ、塀を輝きで塗り潰す。身を乗り出していた兵が、吹き飛ばされて背後に倒れ込む。あるいは、外に投げ出された。
自軍の武器である筈の
曲輪の中で右往左往する敵に追い撃ちをかける、次なる斉射。それから間を置かず、第三の斉射。楯の隙間から銃口が現れ、火を噴き、引っ込んでは再び現れる。
三人で一組、三挺ずつの
現在徒士の一員として北から攻めている
楯の壁が動き出した。砦の斜面を、じりじりと登り始めているのだ。騎竜隊を仮想敵とした場合、守りにおいては高さにさしたる意味は無いので、大して険しくもない。
出るのは、今だ。
「翔けよ」
号令の響きが消えない内に、鬨が谺して空を揺さぶった。
本気になって翔け通せば、向い風など物の数ではない。丘から狙われぬようやや北寄りの進路を取り、砦に突貫してゆく。
砦に残っていた敵の徒士の一隊が、攻め上がる味方の左側面を狙おうと出てきたので、
逆に、敵の横腹を突いてやる。
挨拶代わりに、向かってきた敵の首を三つ斬り飛ばした。血の尾を曳きながら、鞠のように斜面を転がり落ちてゆく。
陣の綻びを見つけ、味方を楔として捩じ込ませる。意思を持って動き回る楔、幾つにも枝分かれして破壊をぶち撒ける楔だ。
ぶつかり合う白刃同士が火花を散らし、玉虫色の飛沫が霧となって戦場に垂れ込める。
敵が倒れる。骸を踏み越えて次の敵が現れ、突き出してくる刃を払う。いつ果てるともなく続くかと思われた。
流石に、精強で鳴らす《
破る仕掛けは考えていた。西風が吹くのを待ったのは、そのためである。それまで敵がここに留まるか、曲輪に戻ってくれれば楽だったのだが、容易い敵ではない。
喚声も猛々しく迫り来る敵は、半数以上が手負いであるだけに、刺してくるような気迫を四方に放っている。
「肚の据わった奴!」
憎らしいが、武人としての感心は隠しようもなかった。柄の半ばまで真っ赤に染まっている槍を振るい、鬼と見紛う顔で歯を食いしばる武者。砦を与る指揮官だろう。
一騎を突き通し、ぼきりと折れた槍を捨て、佩剣を引き抜きざまにもう一騎を斬り捨てている。血煙の中、目が合った。
「一手の大将かっ」
得物の切先を右後ろに向けた、脇構えの姿勢でこちらに向かってくる。挑戦を受けるように、
敵将の凄まじい勢いを見て、鏢(投擲用の短剣)で牽制する選択肢は即座に捨てた。小手先の様子見は死を招く。
左から右、空気ごと圧し斬るつもりで槍を薙いだ。影が消える。否、跳んだ。剣を振りかぶりながら、騎上に在る
手負いであるとは思えぬ程の跳躍は驚愕に値するが、予測を超えてはいない。振りきった槍を制動すると、石突で敵将の左脇腹をしたたかに打ち据えた。
空気の塊を吐いて、地に叩きつけられた相手。しかし、身を一転させて素早く立て直す。追い撃つ隙とてない。
曲輪では、
人体ではないものを、砕いている音が聞こえてきた。櫓を破壊しているのか。
唐突に、熱風が西から押し寄せてきた。
搦手の曲輪に、火を放った。北からの攻勢に、敵の耳目が集まった隙に乗じたのである。
西風に煽られた炎は燃え盛る巨大な掌となり、搦手を掴み潰さんとしている。火だ、という悲痛な叫びが、見えざる罅を敵陣に走らせた。
いかに風が強いとはいえ、こうも早く、激しく燃え盛るものであろうか。
その姿が、唐突に覆い隠された。落ちかかってくる大小の木片が、斜面に降り積もる。
塀を飛び越え、
残骸を掻き分けて敵将は立ち上がり、乱入してきた
その熾烈さ故に気づき難かったが、砦の攻防は趨勢が決しつつあった。火の手は早くも砦の頂にまで及び始め、さしもの《
逃げ出すとなれば、その方角は南しか有り得ない。他の三方は、自分達を害さんとするものに占拠されているのだから。
猛者二人の間の均衡が、ついに破れた。戦斧の一撃がそれを受けようとした剣を彼方へ弾き飛ばし、反転した勢いのまま、厚刃が敵将の胴を容赦無く断ち割った。
鮮やかな赤が胴に広がる中、敵将は得物を探すように右手を振ったが、ついに己から湧き出た血と腑の泉に倒れ伏したのである。
「三年前にも見た顔だ。仇敵ながら、天晴れな奴であったな」
亡骸に頭を下げて礼を施した
「いいさ、そのことは。丘の戦況も見ねばならんし、手一杯なのでね」
「しかし、まんまと罠にかけたことよ」
陣を引き払う決断もし損ねたらしく、故国と直結する西の搦手に炎の帷が下りるのを、丘の頂から呆然と見つめている有様であった。
その丘に、死に物狂いで駆け上ってくる一団。それは《
故に追い散らすことも憚られ、動揺の種が持ち込まれたのだった。堅固きわまる守りに、物心両面の隙間が生じる。
夕刻を迎えつつある空が、大音声に塗り潰された。南の丘から立ち昇る鯨波と飛竜の嘶きが、渾然となって響きわたる。
北からは余力を残した徒士隊が、敵を追い撃ちながら展開し、丘の麓を埋めつつあった。
「終わりだな」
ほぼ一日に及んだ戦いで翔け続け、ようやく一息ついた
一時に守りを撃砕された敵は丘を駆け下り、北と西の二手に分かれた。あくまで戦いを続けるか、恥を忍んで川の西岸に逃れるか、意思が統一されていなかったのだろう。
抗戦を選んだ敵は徒士隊の槍衾を前に立ち尽くし、
後日を期して撤退を選んだ敵には、身一つで《
夕陽が西の地平線に下半身を沈めた時には、戦場に真の静寂が訪れていた。
戦の終わりを報告するために、今日だけで二度も占拠された北の丘に、皆を引き連れて向かった。
総大将含め、皆が敵味方の血に塗れているが、目には眩しい光がある。これからもう一戦、できるとさえ思えた。
「皆、よくやってくれた」
絞り出すような、一言。皆の勇戦と勝利を讃えるのに、
生き残った者には次の戦が、新たに果たすべき使命が待っている。
茜色の空に勝鬨が響く中、それだけを思った。
いつも応援してくださる読者の方々に、改めてお礼を申し上げます。
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