無源の秋 〜竜の翼は風雲に舞う〜【毎週金曜12:00&日曜19:00更新】   作:くコ:彡の本棚

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凱火 後篇

 

 砦を前に攻めあぐねている。形だけなら、そのように見えることだろう。

 

 戦は早朝から始まり、陽は中天に達していた。三刻(六時間)に及ぶ応酬。双方が飽いたかのように、小康が半刻程続いている。

 双竜之丞(ふたつのじょう)はその間、味方の状態を把握することに努めた。

 

 十数度にわたる突撃と後退を繰り返した真鬼左衛門(まきざえもん)の麾下は、ほぼ数を減らしていない。手負いが数騎出ただけで、撃ち落とされた者は一人もいなかった。

 

 雷火(らいか)の間合いを完璧に見切った、大胆にして緻密な翔け方だった。

 矢玉を避けて反転する場合、遅すぎるのは無論のこと、早すぎても都合が悪い。急激な反転は激しい負荷を齎し、戦い続ける体力を乗り手から奪うためだ。

 

 その点、真鬼左衛門(まきざえもん)の見切りは絶妙をきわめた。決して当たらぬ、しかし反転するに易い位置を正確に見抜き、麾下を導いて一糸乱れぬ連携を実現している。

金號(きんごう)》に敗れ、故地を逐われた屈辱を晴らす日を渇望していたために、習得したものだろうか。

 

「弓と雷火(らいか)では、避ける呼吸が異なるのだ。弓は射ち手で速さや軌道も変わる故、拍子を外されかねん」

 

 当人は、笑みを浮かべてそう言った。

 

 飛竜の鞍を外し、岩に腰掛けて一息つく真鬼左衛門(まきざえもん)は、早くも四肢から疲労を追いやったように見える。

 彼の麾下もまたそうで、隊を長く戦わせるということであれば、並ならぬ力量の持ち主であることは間違いない。

 

「見事な翔け方だった。懸命に戦う者に申し訳なくは思うが、見て盗みたくなる」

「構わぬよ。埋もれ消えてしまうより、余程本望というものだからな」

 

 無源(むげん)の幕下に加われば、重きをなし得るのではないか。取り留めもなくそう思った。

 

 騎竜隊の統括と教導という、柄でもない任を与えられた双竜之丞(ふたつのじょう)であった。自分よりずっと適任であるこの男に任せ、気楽な兵卒として雇い直してもらうのも、いいかもしれぬ。

 

 手前勝手な思いを口には出さず、一時の静寂に包まれた戦場を見る。

 砦と指呼の間にある丘。麓に転がる骸、そのほとんどが自軍のものであることを気にも留めぬかのように、頂で厳重な守りを敷いていた。

 

 砦と丘がそれぞれに備えを厚くし、一体のものとして機能し始めている。堅固な甲羅に篭る亀が二匹寄り添っているようでもあった。

 二つの中間に当たる地点は、三の砦に対岸から狙われる位置にあたる。分断を図って飛び込めば、火力の坩堝に嵌って、二度と出ることは叶うまい。

 

 確かに、完璧な守りだった。空から攻め寄せる軍勢を相手取った時には、だ。

 

「間もなく西風か」

 

 真鬼左衛門(まきざえもん)はその言葉に驚いたため、双竜之丞(ふたつのじょう)が砦でも丘でもなく、砦の北方に広がる岩場を見ていたことに気づいていない。

 

「来たことがあるのか、この辺りに?確かに秋は西風がよく吹くのだが」

「我が軍には空読みがいてな。兵を動かすのは、戦場の気候を占ってからと決まっている」

「《聖華(しょうか)》の?なるほど……」

 

 仙術をもって未来の気候を読む《聖華(しょうか)》の空読みは、高い予測精度で名を馳せている。

 無源(むげん)に助けられて配下となったという風喜(ふうき)は空読み見習いを称しているが、その地に縁ある者が認める程の技を、既に習得しているようだ。

 

 西風が強くなれば、仕掛ける。そう言葉にした訳ではないが、真鬼左衛門(まきざえもん)は飛竜に鞍を乗せ、麾下を纏めるべく歩き去ってゆく。

 

 互いが休息を取り、あるいは手詰まりとなって空費される時間。その裏で戦の気が濃さを増してゆくことが往々にしてあり、今がまさにそれだった。

 

 三分の一刻(四十分)が過ぎた。

 

 手に持った旗が後ろに向いて激しくはためくのを、双竜之丞(ふたつのじょう)は感じていた。西風は秒を追うごとにその強さを増し、戦場に吹きすさんでいる。

 

 向い風が不利を齎すのは、空も陸も変わりない。殊に砦を攻める場合には、距離を詰めるのに失敗して矢玉の餌食となることもあるのだ。

 それを逆手に取って、砦を急襲する。浅慮に他ならぬ。南北に跨る守りは、その程度のことで出し抜けるものではない。

 

 その理屈自体は、覆しようもなかった。旗を掲げる双竜之丞(ふたつのじょう)の後ろに騎竜隊が整列しているのを認めながら、砦の敵兵はさしたる緊張を見せない。雷火(らいか)を構えながら、余裕さえ湛える者もいた。

 

 始めるぞ。無源(むげん)が陣を張り直した南の丘を眺め、心中で呟く。

 きっと、頷いていることだろう。元の位置に押し返されたと見せかけ、砦から機動戦力を引き剥がした、したり顔で。

 

 鐙に立ち上がり、ゆっくりと旗を振るって円を描く。風を切り裂く音が、耳を震わせてくる。

 

 北の岩場が、鯨波に沸き立った。

 

 こちらを見ていた砦の兵が、ぎょっとして左に振り向いている。北の塀に齧りついて、眼下の光景に目を奪われる者もいた。

 剥いた目で彼らは見ているだろう。岩陰から飛び出した徒士の群れが、生ける洪水となって地面を驀進する様を。

 

 北東と南、二ヶ所に布陣した騎竜隊。いずれも囮だった。《久々鱗(くくり)》西端の山間に身を隠しながら、砦の北方に迂回する六千の徒士を悟られないための。

 

 敵の守りは完璧だった。空に対する備えとして。故にこそ、付け入る隙があったのだ。

 

 真鬼左衛門(まきざえもん)が流石に驚きを顔に張り付けて、沓を並べてくる。

 

「一つだけ聞きたい。味方なのだな、あれは」

「そうだ」

「攻めるのは砦か、丘か?」

「砦を。出撃の機は任せてくれ」

 

 徒士は早くも砦の眼前に寄せていた。前面に押し出された無数の楯が連なって壁となり、その隙間から二百の銃口が覗く。

 

 轟いた。青白い光の波濤が雷鳴の如き大音声を伴って砦に押し寄せ、塀を輝きで塗り潰す。身を乗り出していた兵が、吹き飛ばされて背後に倒れ込む。あるいは、外に投げ出された。

 自軍の武器である筈の雷火(らいか)に、牙を剥かれている。その事実が、実際の被害を上回る恐怖を敵に与えているようだった。

 

 曲輪の中で右往左往する敵に追い撃ちをかける、次なる斉射。それから間を置かず、第三の斉射。楯の隙間から銃口が現れ、火を噴き、引っ込んでは再び現れる。

 

 三人で一組、三挺ずつの雷火(らいか)を代わる代わる撃ち放つ戦法。《解軛門(かいやくもん)》攻めの時、既に実戦で用いられたという。

 現在徒士の一員として北から攻めている石騒(せきそう)も、それを習熟するのに努力を惜しまなかったようだ。勇躍して引金を引く姿が、ありありと目に浮かぶ。

 

 楯の壁が動き出した。砦の斜面を、じりじりと登り始めているのだ。騎竜隊を仮想敵とした場合、守りにおいては高さにさしたる意味は無いので、大して険しくもない。

 

 出るのは、今だ。

 

「翔けよ」

 

 号令の響きが消えない内に、鬨が谺して空を揺さぶった。

 瑞王(ずいおう)が青い煌めきを残して翔ける。味方もそれに続き、陽を照り返す竜鱗の群れは、空に輝く軌跡を描いた。

 

 本気になって翔け通せば、向い風など物の数ではない。丘から狙われぬようやや北寄りの進路を取り、砦に突貫してゆく。

 

 砦に残っていた敵の徒士の一隊が、攻め上がる味方の左側面を狙おうと出てきたので、双竜之丞(ふたつのじょう)はそれに狙いをつけた。

 逆に、敵の横腹を突いてやる。

 

 挨拶代わりに、向かってきた敵の首を三つ斬り飛ばした。血の尾を曳きながら、鞠のように斜面を転がり落ちてゆく。

 陣の綻びを見つけ、味方を楔として捩じ込ませる。意思を持って動き回る楔、幾つにも枝分かれして破壊をぶち撒ける楔だ。

 

 ぶつかり合う白刃同士が火花を散らし、玉虫色の飛沫が霧となって戦場に垂れ込める。

 敵が倒れる。骸を踏み越えて次の敵が現れ、突き出してくる刃を払う。いつ果てるともなく続くかと思われた。

 

 流石に、精強で鳴らす《金號(きんごう)》の徒士隊だった。指揮官のいる中核がまるで揺らがないため、周囲も斬り崩されることなく粘り続けている。

 

 破る仕掛けは考えていた。西風が吹くのを待ったのは、そのためである。それまで敵がここに留まるか、曲輪に戻ってくれれば楽だったのだが、容易い敵ではない。

 喚声も猛々しく迫り来る敵は、半数以上が手負いであるだけに、刺してくるような気迫を四方に放っている。

 

「肚の据わった奴!」

 

 憎らしいが、武人としての感心は隠しようもなかった。柄の半ばまで真っ赤に染まっている槍を振るい、鬼と見紛う顔で歯を食いしばる武者。砦を与る指揮官だろう。

 一騎を突き通し、ぼきりと折れた槍を捨て、佩剣を引き抜きざまにもう一騎を斬り捨てている。血煙の中、目が合った。

 

「一手の大将かっ」

 

 得物の切先を右後ろに向けた、脇構えの姿勢でこちらに向かってくる。挑戦を受けるように、瑞王(ずいおう)が咆哮した。

 敵将の凄まじい勢いを見て、鏢(投擲用の短剣)で牽制する選択肢は即座に捨てた。小手先の様子見は死を招く。

 

 左から右、空気ごと圧し斬るつもりで槍を薙いだ。影が消える。否、跳んだ。剣を振りかぶりながら、騎上に在る双竜之丞(ふたつのじょう)の頭を取ってくる。

 手負いであるとは思えぬ程の跳躍は驚愕に値するが、予測を超えてはいない。振りきった槍を制動すると、石突で敵将の左脇腹をしたたかに打ち据えた。

 

 空気の塊を吐いて、地に叩きつけられた相手。しかし、身を一転させて素早く立て直す。追い撃つ隙とてない。

 

 曲輪では、真鬼左衛門(まきざえもん)と麾下が暴れ回っているようだ。横合いから撃たれることのないよう、曲輪攻めを頼んでいたが、期待以上の働きをしてくれている。

 人体ではないものを、砕いている音が聞こえてきた。櫓を破壊しているのか。

 

 唐突に、熱風が西から押し寄せてきた。

 

 搦手の曲輪に、火を放った。北からの攻勢に、敵の耳目が集まった隙に乗じたのである。

 西風に煽られた炎は燃え盛る巨大な掌となり、搦手を掴み潰さんとしている。火だ、という悲痛な叫びが、見えざる罅を敵陣に走らせた。

 

 いかに風が強いとはいえ、こうも早く、激しく燃え盛るものであろうか。双竜之丞(ふたつのじょう)はその秘密を知っていたが、そうでない敵将は、動揺に身を強張らせている。

 

 その姿が、唐突に覆い隠された。落ちかかってくる大小の木片が、斜面に降り積もる。

 塀を飛び越え、真鬼左衛門(まきざえもん)の騎影が現れた。櫓の足を斬り倒したであろう戦斧を携えて。

 

 残骸を掻き分けて敵将は立ち上がり、乱入してきた真鬼左衛門(まきざえもん)と刃を交わし始めた。二十合、三十合……双方の気迫が、殺意の爪牙となって相手を捉えんとする。

 

 その熾烈さ故に気づき難かったが、砦の攻防は趨勢が決しつつあった。火の手は早くも砦の頂にまで及び始め、さしもの《金號(きんごう)》軍も抗戦の意志を撃ち砕かれていたのだ。

 逃げ出すとなれば、その方角は南しか有り得ない。他の三方は、自分達を害さんとするものに占拠されているのだから。

 

 猛者二人の間の均衡が、ついに破れた。戦斧の一撃がそれを受けようとした剣を彼方へ弾き飛ばし、反転した勢いのまま、厚刃が敵将の胴を容赦無く断ち割った。

 

 鮮やかな赤が胴に広がる中、敵将は得物を探すように右手を振ったが、ついに己から湧き出た血と腑の泉に倒れ伏したのである。

 

「三年前にも見た顔だ。仇敵ながら、天晴れな奴であったな」

 

 亡骸に頭を下げて礼を施した真鬼左衛門(まきざえもん)は、手柄首を横取りしたことを双竜之丞(ふたつのじょう)に詫びてきた。

 

「いいさ、そのことは。丘の戦況も見ねばならんし、手一杯なのでね」

「しかし、まんまと罠にかけたことよ」

 

 真鬼左衛門(まきざえもん)が半ば呆れつつ評するように、出撃した敵の徒士こそ、よい面の皮であった。敵を叩き出して要地を押さえたと思ったのに、寄る辺たる砦が思わぬ攻撃を受けたのである。

 

 陣を引き払う決断もし損ねたらしく、故国と直結する西の搦手に炎の帷が下りるのを、丘の頂から呆然と見つめている有様であった。

 その丘に、死に物狂いで駆け上ってくる一団。それは《金號(きんごう)》軍にとって敵ではなく、災難に直面した味方である。

 

 故に追い散らすことも憚られ、動揺の種が持ち込まれたのだった。堅固きわまる守りに、物心両面の隙間が生じる。

 

 夕刻を迎えつつある空が、大音声に塗り潰された。南の丘から立ち昇る鯨波と飛竜の嘶きが、渾然となって響きわたる。

 北からは余力を残した徒士隊が、敵を追い撃ちながら展開し、丘の麓を埋めつつあった。

 

「終わりだな」

 

 ほぼ一日に及んだ戦いで翔け続け、ようやく一息ついた真鬼左衛門(まきざえもん)と共に、戦が終わりゆく様を見る。

 

 無源(むげん)による騎竜隊の一斉突撃。あまりの迅速さと、敵の心に巣食う狼狽が、応射を許さない。

 一時に守りを撃砕された敵は丘を駆け下り、北と西の二手に分かれた。あくまで戦いを続けるか、恥を忍んで川の西岸に逃れるか、意思が統一されていなかったのだろう。

 

 抗戦を選んだ敵は徒士隊の槍衾を前に立ち尽くし、雷火(らいか)の斉射の前に大半が斃れた。

 後日を期して撤退を選んだ敵には、身一つで《魏糧川(ぎろうがわ)》の激流を渡りきる試練が待っている。船の泊や跳ね橋がある搦手は、燃え落ちてしまっているのだ。

 

 夕陽が西の地平線に下半身を沈めた時には、戦場に真の静寂が訪れていた。

 

 戦の終わりを報告するために、今日だけで二度も占拠された北の丘に、皆を引き連れて向かった。

 真鬼左衛門(まきざえもん)の麾下を含めて二十数騎が減っているが、倦んだ様子は無い。

 

 無源(むげん)は既に、全軍の集結を終えていた。あの少年も傍らに健在で、真鬼左衛門(まきざえもん)の安堵する気配が伝わってきた。

 総大将含め、皆が敵味方の血に塗れているが、目には眩しい光がある。これからもう一戦、できるとさえ思えた。

 

「皆、よくやってくれた」

 

 絞り出すような、一言。皆の勇戦と勝利を讃えるのに、無源(むげん)は芝居がかった言葉を使わなかった。

 

 無源(むげん)の軍が天下に名乗りを上げた。多分、そうした意味を有する戦であったろう。それを、言葉で殊更に飾り立てる必要など無いのだ。

 

 生き残った者には次の戦が、新たに果たすべき使命が待っている。

 

 茜色の空に勝鬨が響く中、それだけを思った。

 




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