無源の秋 〜竜の翼は風雲に舞う〜【毎週金曜12:00&日曜19:00更新】   作:くコ:彡の本棚

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投じられた一石 〜金號〜

 

 営舎に駆け込むと、兄の魁偉な体が横たわっていた。

 

「兄者、火急の報せじゃ。起きんか」

 

 昼寝からの目覚めを促す声は、高鼾にかき消されてしまった。戦場でもよく響く仁牙(じんが)の大音声は、眠っていても細ることはないのだ。

 

 仕方なく両手をかけて体を揺さぶってみると、丸太のような左腕が振り下ろされてきて、義爪(ぎそう)は咄嗟に飛び退った。

 

 仁牙(じんが)は寝覚めが悪い訳ではないが、人に起こされることをひどく嫌った。宿直(住み込みの警備)を置いたこともない。遊女を招くことはたまにあるが、寝る前に事を済ませて帰らせる。

 

 夜襲を受けた時などは飛び起きて、怒りのままに襲い来る敵を撫で斬りにするのだった。

 寝起きの兄と正面から戦うなど、考えるだけで背筋が凍る。義爪(ぎそう)は敵に同情さえ覚える。

 

 呻きにも似た声を上げ、仁牙(じんが)は目を覚ました。

 

「……何だ」

「起きたか、兄者。早う耳に入れておきたい儀があるんじゃ」

「どうせ下らん指図か、馬鹿げた噂であろう。もう一眠りしてから聞いてやる」

「《魏糧川(ぎろうがわ)》の砦が陥ちた」

 

 肘枕で昼寝に戻ろうとした仁牙(じんが)は、一拍置いて瞼を上げた。

 

「東岸のか?」

「ああ、一週間前だそうな。《是門城(ぜもんじょう)》に生き残りが駆け込んできて、騒ぎになっとる」

 

 寝ぐらから這い出る熊の動きで起き上がった仁牙(じんが)は、営舎を出て井戸に向かった。煌石(こうせき)による濾過の機械(からくり)が仕込んであって、水の汚染を恐れることはない。

 

 掬い上げた水の塊を浴び、眠気を追いやると、やはり仁牙(じんが)の顔には猛将の貫禄があった。

 

「で、だ。攻め来たのはやはり《久々鱗(くくり)》の連中か」

「らしいのだが、聞こえてくるのは真偽も分からん話ばかりじゃ。騎竜隊の数は三百あまりに過ぎんというし」

 

 訝しむ様子で仁牙(じんが)は眉を顰める。それはそうであろう。一騎で十の兵に匹敵するとされる騎竜武者といえ、砦を攻めるにはいかにも数が不足していた。

 

 空から寄せる敵を堕とす、それをひたすら突き詰めた備えだった。川を挟んで築き上げられた守り。無尽蔵に放たれる火線は蜘蛛の巣となって、飛竜が飛び回ることを許さない。

 騎竜隊で突破し得るものとは、それが現実に生起した今でも信じられなかった。

 

 味方も、決して油断はしていなかった筈だ。東岸では屯田も実施されていて、刈入れ時には警戒も強まる。臨時の増援も含め、八千の兵が砦に詰めて目を光らせていたのである。

 

「討死が二千あまりに、手負いが三千。二千には《魏糧川(ぎろうがわ)》で溺れ死んだ百人程も含まれとるそうだ」

「跳ね橋は?船を出す暇も無かったか」

「搦手が焼き討ちを受けて、橋も船も使い物にならなんだと」

 

 あたら多くの将兵が死んだことは無論だが、それと同等に東岸の砦、それも搦手を失陥したことは痛手に他ならぬ。《魏糧川(ぎろうがわ)》を渡渉できる、ほぼ唯一の地点だったのだ。

 

 川の東岸を、丸ごと失ったに等しい。

 

「ここまで来ると最早ついでのようなもんだが、蓄えてあった荷駄や兵糧も、焼け跡から持ち去られたと見るべきじゃな」

「燃える恐れの無い、地下の倉庫に詰めてあったからの。何が仇になるか分からんものよ」

 

 それにしても、敵は何者なのだろう。故地を逐われた者達や、それを後援する有力氏族の反攻。そうした結論を出すには、何処か腑に落ちない。

 かつて対したことのない、全く性質の異なる何かを相手にしている。根拠も無いのに、そう思えてならなかった。

 

「で、如何にする兄者。わしらにできることは」

「寝る」

「まだ寝足りないんか!?」

 

 思わず唖然として聞き返すと、仁牙(じんが)は宥めすかす調子で答えを返してくる。

 

「喩えじゃ、喩え。果報は寝て待て、と言うであろうが。俺の麾下だけで復仇戦を挑む訳にもいかんし、そもそも件の敵は何処におる。のんびり構え、動く機を待とうではないか」

「はあ……」

 

 理屈としては確かにその通りだし、現実として何かできることがある訳でもない。といって、割り切るにも程度というものがある。

 

 豪胆と冷静が並立する兄の気構えを義爪(ぎそう)は尊敬していたが、このような時には呆れの種にもなるのだった。

 

 ────────

 

 ところが、寝て待った甲斐が翌日には早速あった。貴重な情報源という形でだ。

 

 砦の戦いを辛くも生き延びた者が、各軍の欠員や不足を補う形で再配置されていったのだが、仁牙(じんが)の隊にも十数名、着任することとなったのである。

 

「兄者は見えん処で控えておいてくれ。押し出しが強すぎて、相手に萎縮されては都合が悪いからな」

「詰問ならば、俺はいつもされる側だぞ」

 

 二人ずつ、三人ずつで呼び出して、その時何が起こったのか聞き取りを始めた。調練終わりの夕刻である。件の戦に決着がついたのも、この時分であった筈だ。

 

 明晰な証言はそれ程多い訳ではない。状況から鑑み、整合性の疑わしいものも多かった。

 当然ではある。目まぐるしく状況が変わる戦場にあって、おまけに負け戦だったのだから。語りつつ目から涙を零したり、死地を思い出して震える者まで現れたぐらいである。

 

 それでも、共通する証言を場所や時刻に沿って再編すると、戦の顛末が少しずつ明瞭になってきた。

魏糧川(ぎろうがわ)》流域を描いた地図。紙上で敵と味方に見立てた石を動かし、何が起こったのかを見極めんとする。

 

 一見埒の開かない突撃と後退を繰り返す北東の敵と、砦の至近に前線を押し上げてくる南の敵。

 前者の陽動に呼応し、後者が砦を直撃する。敵の戦法をそう断じるのも、無理からぬことだった。

 

「押し戻さんと徒士を丸ごと出撃させたか。こいつはまた、絵に描いたように釣られておるわ」

「わしが指揮を取っても、多分同じことをしたな。小出しにして各個に叩かれる怖さがあるしの」

 

 機動戦力を引き剥がされたというのも、全てが終わった後、小さな地図上で俯瞰しているからこそ分かることだ。戦場では分析も推察も、完全なものとはなり得ない。

 

 さらに気にかかるのは、誘引直後に北から現れた五千の伏兵だった。五千騎、ではない。五千人の徒士、それも雷火(らいか)を数百挺携えていたというのだ。

 連なる発砲音を確かに耳にしたと、砦に残っていた者は全員が語る。

 

「北の岩陰から、湧き出すように現れました。丘の麓、川縁に水上、敵が進んでいるのを見た者はおりません」

雷火(らいか)の扱いは如何であった?」

「よく、習熟していたと思います。それこそ、我ら《金號(きんごう)》軍にも劣らぬ程で」

 

 そう評したのは砦に詰めていた部隊長の一人で、去炎(きょえん)という男だった。年齢は仁牙(じんが)とそう変わらない。

 

 彼の聞き取りは、順番を最後に回していた。他の証言の正誤と、さらなる詳細が聞けることを期待したためだ。その期待通り、去炎(きょえん)の話振りは十分以上の客観性を帯びている。

 

「銃撃を食らって備えが混乱したところに、敵の急迫か。そして最後には火攻めを食らい、砦は陥落と。難儀であったな」

「力不足を痛感しております。それにしても、あの火攻めは何処かおかしなものを感じまする」

「それは?」

「大火となるまでが、早すぎます。どれだけ風に吹かれようと、火を着けただけではあれ程までに育ちませんぞ」

 

 そこまで聞いた仁牙(じんが)が、初めて口を開く。流石に一番の本命たる人物との話には、臨席するのが当然だった。

 

「では、聞き方を変えてみようぞ。僅かな時で爆発的な火を起こすのに、一番楽な手段は何だ」

 

 去炎(きょえん)は少し考え込んだように見えたが、あるいは仁牙(じんが)の迫力に抗するためだったかもしれぬ。

 

煌石(こうせき)ですな。今にして思えば、それを用いた発火ときわめて似ていたかと」

 

 少なくとも外観上、兄はさして驚いた様子ではなかった。

 

 ────────

 

 全ての聞き取りが終わり、兄弟で地図に見入った。これまでに無い事態が生起した、戦場。

 

 何しろ、相対した敵の正体が、誰にも分からないのだ。突如として現れ、空と陸から息もつかせぬ猛攻を仕掛け砦を陥とし、その後の行方は杳として知れぬ。

 

「気になるのはやはり、雷火(らいか)や……煌石(こうせき)も使ったと見て間違いない、それらの出処だな。わしはやはり、内から外に流れ出たものと思うんじゃが」

「公然の秘密であるからな」

 

 それは《金號(きんごう)》軍の宿痾とも呼ぶべき、横流しの見えざる道だった。武具、荷駄、兵糧といった軍需品が流出し、巨大な闇市場を形作っているという。

 元締めは誰か、どれだけの将兵が手を出しているのか、皆目分からぬ。北の海賊も関与しているらしいが、追及すらまともに行われていない。

 

「調べられると困る連中が、上に行く程多いせいだろうよ」

「それでな、兄者。わしは徒士隊の出自を《金號(きんごう)》の脱走兵だと思う。それが徒党と組んで陣借りとなり、何処ぞの氏族と契約したのでないか。その伝手で横流しの恩恵を受けていると考えれば、辻褄は合う」

「脱走兵が自ずから寄り集まるとは思えんが、逐電した指揮官が指南役になっている筋はありそうだ」

 

 たとえば、征南軍に属していた修伍(しゅうご)なる部隊長が、突如として姿を消したという事件も、数年前に起こっている。

 堅実にして忍耐強く、兵を鍛える手腕もずば抜けているとの評判だった。何処かの軍に招じられていても、不思議はない。

 

 ただしこの男は、横流しに手を染める上官を告発しようとして命を狙われたと噂されるため、義爪(ぎそう)の推察とは矛盾するのだが。

 

「しかしな、俺には徒士隊が単なる雇われには見えん。地図の上で石を動かすだけでも、空と陸の密な連携はよく分かる」

「《鳴蒙川(めいもうがわ)》の例もあるぞ?空陸が逆だが」

「あれはこちらの弱点を突くため、直前で有志を掻き集めたようなもんじゃ」

 

 そこで仁牙(じんが)は言葉を切って黙り込んだ。眉を吊り上げ、むっつりと黙り込んだまま、角張った顎を撫でる。

 

 何のことはない、兄が思索に耽る時の癖だった。気の弱い兵の中には、怒りを募らせているのかと怯える者もいるらしい。兄にはそうした、少し損な側面もある。

 

「翻って今回の敵は、より大規模に……ないし、定められた通りに動いておると見える。空と陸で呼応し合って動く、そのことを前提として組み上げられた軍。そうした敵ではないのか」

 

 荒唐無稽なことを言うものだと思いかけ、一つの事実が頭を過った。

 

 敵の徒士隊は、砦の北から現れたのだ。誰にも気づかれることなく。砦の麓や《魏糧川(ぎろうがわ)》を通らないとなれば、道は《久々鱗(くくり)》の領域にしか無いではないか。

 

久々鱗(くくり)》の境から現れた、当地の氏族ならざる空陸一体の軍勢。考える程に情報が錯綜し、実像が遠くなってゆく気がする。

 

「一当たりすれば、存外すぐに分かってしまうもんだ」

「二度と会わんのならそれに越したことはないと、わしは思うがなあ」

 

 砦に対する敵の攻撃は、それ一つで完結するものなのか。それとも、長期にわたる軍略の嚆矢なのか、まだ判然としない。後者だとして、敵が次に動くのはいつ頃のことであろうか。

 

 冬の間であれば、冬将軍が分厚い雪の楯を掲げて、《金號(きんごう)》全土を外敵から守ってくれる。それを利用して対策を考えることとなるが、これまでとはまるで性質の違う敵だ。投入する兵や雷火(らいか)を増やすだけでは、引き分けすら覚束無いだろう。

 

「対抗する術など、とっくに分かりきっておるではないか。空と陸に跨る敵の備えは、確かに強力だ」

「そりゃあ、そうじゃな」

「では、臆面無く真似してやればよかろう」

 

 当然のことを言わせるなとばかりに、仁牙(じんが)は鼻を鳴らして笑った。

 

「兄者、《久々鱗(くくり)》に知り合いでもおるんか?」

 

 ついつい返事が冷ややかになる。以前より《久々鱗(くくり)》には多くの間者が送り込まれているらしいが、仁牙(じんが)にその詳細を知る権限は無い。

 

「建国の歴史ぐらいお前も知っとるだろ?この国の天地はまだ、飛竜がいた時代を忘れてはおらん」

 

 かつて《久々鱗(くくり)》と《聖華(しょうか)》は大陸を南北に分かち、熾烈な相克の歴史を刻んできた。中でも大陸北西の《興煌山(こうこうざん)》に盤踞する竜の民は、精強無比で知られる精鋭中の精鋭で、《聖華(しょうか)》の将帥を幾百人も首に変えてきたのである。

 

 それを打破すべく、《聖華(しょうか)》朝廷は決死の討伐軍を派遣した。

 当時の体制下で冷遇されてきた勢力、武功によってしか立身の道を見出せない者達で構成され、生きて帰還することは最初から想定されてすらいなかった。

 

 討伐軍は死をも恐れぬ、否、死んでも地獄より這い出る執念に突き動かされ、進撃を続けた。十五年の歳月と六万の命を費やし、竜の民を大陸北西部より一掃したのである。今より二百五十年前のことだ。

 

 やがて討伐軍は、自分達を使い潰さんとした《聖華(しょうか)》本国を敵と定め、独立の戦に身を投じてゆくこととなる。

 きわめて不利な戦況を覆した主な要因は、《興煌山(こうこうざん)》にて発見された、煌石(こうせき)の大鉱脈であった。

 

金號(きんごう)》とはそういう国なのである。他の二勢力と俱に天を戴く道が、果たしてあるだろうか。 

 

「次の春だ。敵が仕掛けてくるとしたら、その辺りだろう。間に合うように麾下の調練を仕上げておきたい」

「我らに陣触れが出るかの?」

「出る。本気で勝つ気があればな」

 

 それから仁牙(じんが)は、上官宛てに幾枚かの文を書き始めた。聞き取りによって得た情報、それに関する考察を書き綴ったものらしい。

 代筆しようと申し出たが、どうしても自分の言葉で書きたいとのことだった。

 

 余計なことを書いていないか、封をする前にちゃんと目を通しておこう。それは義爪(ぎそう)にとって、戦以上に大事で苦労する仕事だった。

 




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