無源の秋 〜竜の翼は風雲に舞う〜【毎週金曜12:00&日曜19:00更新】   作:くコ:彡の本棚

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投じられた一石 〜久々鱗〜

 

 秋の《久々鱗(くくり)》に吹きすさぶ風は、研ぎ上げられた刃の如く冷たく、鋭い。

 来る冬の前兆として、人竜の身に突き刺さってくるのだ。

 

 オロ族の領域に雪は大して降らないが、谷を貫く寒風の激しさたるや、命を拒絶する厳しさに満ちていた。

 秋風が俄かに冷たくなった、その時点で冬を越す支度を終えていないと、春の陽光を浴びることは二度と叶わぬ。伝統として、竜の民の血にそれは刻まれている。

 

 ひたひたと近づく冬の気配を感じながら翔けるのが、影千代(かげちよ)は好きだった。自分は腐っていないのだと、実感できる。飛竜と共に在れば、不可能など無いと信じられる。

 

 人としての充足は空にこそあるとの気づきは、いつも新鮮なものだった。

 

 翔けている内、馴染みの場所に辿り着いた。とある岩山を中心として広がる、峻険な一帯。相当な標高があり、北のミズ族との境界が一望できる。

 十五年前、冬の半ばであったか。父に連れられ、ここからの眺望を初めて知ったのは。北の山々を覆う白雪が陽を照り返し、寄せては引く漣のように見えたのを、今も鮮明に思い出せる。

 

 大きい手で頭を撫でてくれた父は、皆の憧憬を集める武者であった父は、もういない。

 その骸は眼下の景色に還り、魂は竜神に導かれて天に昇ったことだろう。

 

(始めるぞ)

 

 首元を撫でながら心中で呟くと、飛竜に頷く気配があった。

 手には縄鏢を携えている。文字通り、縄の先に鏢(投擲用の小刀)を結んだ武器。目標に撃ち込むという鏢本来の使い方のみならず、勢いよく振るって薙ぎ払う、敵の腕を得物ごと縛り上げるといった芸当も可能だ。

 

 父に叩き込まれた偃月刀と、独自に見出した縄鏢。それからもう一つ。影千代(かげちよ)が修める主な武芸が、その三つだった。

 

 ふっ、と息を小さく吐いて、腿を締め上げる。嘶き。飛竜の翼が、空を断つ。

 降り注ぐ星の勢いで急降下する騎体が谷を貫き、秋風を掻き乱した。上体を屈め、左右を通り抜ける流れを遮らないよう注意する。それを肌で感じられれば、目で確かめるより早いのだ。

 

 見つけた。そう思った時、鏢は飛んでいる。獲物に食らいつく蛇を思わせる迅速さだった。風をものともせずに張り詰めた縄が、鏢の軌跡を描く。

 甲高い、乾いた音が無人の岩山に響いた。木で作られた的が、砕ける時のそれだった。

 

 縄を引っ張ることで鏢は戻ってくる。影千代(かげちよ)はそれを手繰り寄せず、引き戻した勢いのまま反対側に飛ばした。

 またも、砕ける音。短い間隔で二つ。複数の的を同時に砕いたのである。

 

 さらに今度は縄を持つ手を振りかぶり、鏢を左の背面に撃ち込む。通り過ぎた筈の的を捉えていた。

 

 縄鏢の腕を上げるための鍛錬だった。岩肌への衝突を避けて翔けつつ、的が何処にあるかを見つけ、狙い撃つ。

 飛勢を鏢に伝えて飛ばす、あるいは逆に止めるには、縄の扱いが何より肝要なのだ。

 

 二十五個の的が鏢に貫かれ、今日の分は終わった。

 標高があるだけに、飛竜もあまり寄り付かない地である。乾いた音の連なりを耳にする者は他になく、残響はすぐに消えてゆく。

 

 息を整えながら、影千代(かげちよ)は的を片付けて回った。

 拾い上げる度、舌打ちしそうになる自分を感じる。全てを集め終わった時には、苦々しい気分が胸中に根を張っていた。

 

「おやおや。今日は若様も調子が上がられませんかのう」

 

 飛竜の沓を取って現れたのは、古めかしい具足に身を包んだ、小柄な老人だった。目つきや足取りは、外観から想像もつかない程しっかりしたものである。

 

「営地で待っていればよいと申した筈だぞ、爺。ここの寒さは老体には堪えよう」

「儂の立場と務めというもんを、少しはお考えくだされい。いやはや、頭が寒うてかないませんわい」

「幘(帽子)でも被ればよかろうに」

「それはそれで蒸れて困るのですよ」

 

 髪の毛との縁が切れて久しい頭頂部を撫でながら、童固(どうこ)は皺だらけの顔に笑みを浮かべた。

 

 三代にわたり仕えてくれている、宿老だった。七十を超えた身のため、既に武将としての地位を退いている身だが、兵も持たず影千代(かげちよ)にくっついて戦場に出ることはやめない。

 技の冴えといい思い切りの良さといい、見ていて思わず舌を巻く程だ。

 

 傅役として信を置いているし、この老人にしか相談できないことも多くある。欠点を挙げるとすれば、当主となった自分を、今なお若様呼ばわりすることか。

 

「行きたくもない処に行くと思えば、ここまで狙いがぶれるものよ」

 

 自嘲気味に口許を歪め、影千代(かげちよ)は割れた的の一つを見せた。

 

 的の上半分が歪に砕けていた。当たっていても、芯を捉えられていないとこうなるのだ。寸分違わず、真中に撃ち込むことができれば、的は綺麗に真っ二つとなる。

 此度は二十五個の内、十二個しかそうはならなかった。調子が良ければ、二十個以上を算えるというのに。

 

 営地に戻る途中で焚火を組み、焼いた地竜の肉を二人で食らった。

 決して柔らかくない肉を、童固(どうこ)は歳に関わらずよく食べる。若い頃はこれぐらいしか食べるものがなく、否応なしに歯が鍛えられたのだと、以前語っていた。

 

「あの戦から、一月あまりになりますかのう」

 

 二人が出ていない戦のことを、老人は口にする。

 悪い癖が出た、と思った。それは老いではなく生来の回りくどさで、事情を知らぬふりで話を誘導せんとするのだ。

 

「見え透いているぞ、爺。話したいことは素直に切り出せ。件の戦のことであろう」

「さてもさても。この老骨めの心を、若様は実によく読まれまするな」

 

魏糧川(ぎろうがわ)》東岸、一帯の氏族を追い散らして築かれた《金號(きんごう)》の砦が、陥ちた。

 

 当時、影千代(かげちよ)は俄かに南下の兆しを見せたミズ族に備えるべく、手勢を展開させていた。目的すらも判然としない敵の動き、見極めるべく物見を多く出す。

 そして、知ったのだ。何処からか現れた同胞が、砦に攻めかかっているのを。物見を張り付けて戦況を報告させ、ついに陥としたことを確認した。

 

 率直な胸の内を述べるならば、心が燃え立った。

 

 三年。同胞の住まう地を奪った敵がのさばる状態が、三年にわたり続いてきた。果敢にも、それを撃ち砕くべく立ち上がった者達がいて、見事に果たしてみせたのである。

 竜の息づく天地に生きる者として、かくあるべしと思わずにはいられなかった。

 

 同時に、恥ずかしくもなった。ひたすら内に篭って自己の安寧ばかり求めるオロ宗家や、中小の氏族を虐げて私欲に走る奸物どももそうだが、何よりも自分自身が。

 

 現状に憤りを覚えながら、自分は何をしてきたというのか。北の境を守る務を帯びた氏族の長として、おいそれと兵を動かすことは無論できぬ。

 しかし、敵の備えを検め、策を講じ、周囲を説得するぐらいはできたのではないか。それを、考えつきもしなかった。

 

 偏に、己が当主として未熟だからだ。七年前に降って湧いた当主の責務、大打撃を受けた戦力の再編に追われ、より深く思案を巡らせることもできなかったためだ。

 

 悩みは心の深い処に染みついていた。多忙な日々の中で薄れることがあっても、ふとした時に鮮明なものとして蘇る。

 今日などは、まさにそれである。振るわれる得物は、実に正直なものだった。

 

「未熟なるを恥とは申しませぬ」

 

 肉を飲み下した童固(どうこ)は静かに言い放つ。こちらの内心を読んだような言葉はいつものことであるため、今更驚きはしない。

 

「御先代が討たれ、重き立場を突然宛てがわれた若様は、雁字搦めになっておるのですぞ。我らの支えも無しにあれもこれも完璧になされては、宿老の立つ瀬がありませぬわ」

「たまには殊勝なことを言うのだな」

「若様が大きゅうなる様を見るのが、老い先短い身の楽しみですじゃて」

 

 ちゃんと揃っている歯を剥き出しにして、童固(どうこ)が笑った。

 

「それから、奥向きのことを任せられるお方を、求められることですな。幸か不幸か、我こそはと名乗り出る者も多く──」

「またそれか。何度でも言うが、俺には婚儀を挙げるつもりは暫く無い」

「こちらこそ何度でも申し上げますわい。言い寄る者を追い払う苦労を知っていただかねば、その気になってはもらえませぬかな?」

 

 それからの話は、堂々巡りだった。焚き火が消え、話の終わった後に抱いたのは、年寄りがよくここまで食い下がれるものだとの感心である。

 

 心に蟠るものが、少しだけ軽くなった気がした。

 

 ────────

 

 大小の天幕が無数に立ち並び、見渡す限りの山々を埋め尽くしている。

 一帯そのものが、白い衣を纏っているようにすら見えた。

 

 宗家の営地をして、宮営と称する。無論、他の氏族と比較にもならぬ規模である。

 特に冬が近づくと、直参の家臣やその親族、付き従う小氏族も一処に集まるのだ。孤立して冬を越せない事態を防ぐためである。

 

 糧を分かち合う。起こした火に共に当たる。厳冬期は氏族の枠を越えて助け合い、宗家は彼らを庇護する。まさしく、《久々鱗(くくり)》に生きる者の心意気だった。

 

 昨今、それが軽んじられているように思われるのは、残念でならない。

 

 主として仰ぐ宗家当主・遠休(おきゅう)に伺候するため、影千代(かげちよ)は宮営へとやってきた。

 冬が来る前の挨拶、単なる慣習に則ったものではあるが、情勢について益のある話をしたく思ってもいる。

 

 当主の旗本(親衛隊)に、宮営の中核たる大天幕へと誘導された。それはよいのだが、慇懃な所作と口調の中に、どこか居丈高なものを感じる。

 彼らが翔ける様を、暫く見物した。当主の座す大天幕を守るような動き。

 

 はっきり言って、見るべき処は何も無かった。大天幕を中心に飛ぶことを考えるあまり、動きが硬すぎる。不意を突かれれば、かなり脆いだろう。

 むしろいつでも前に出て、攻めかかるという姿勢を見せつけた方が、敵が寄り付くのを防ぐことができる筈だ。

 

 軽い失望を抱きながら、影千代(かげちよ)は大天幕の奥へと歩を進める。引見の場に立ち入り、拝伏した。

 

「罷り越しました」

 

 促されて面を上げると、上座には微塵の気力も感じられない顔があった。

 

 今年で齢三十八となる遠休(おきゅう)は前当主の嫡男として、つつがなく家督を継承している。特に目新しい方針を打ち樹てたりはしないが、先代の施政を受け継ぎ、大過無く当主の務めを全うしていた。

 

 しかし、ミズ族の南下という国難に際して、危急の事態に臨んでの優柔不断ぶりを露呈してしまっている。

 

 北部の諸氏族がミズ族の激烈な攻勢に曝されていながら、宗家の精鋭を急行させる断を下すことができず、前衛となった氏族の者達は次々と敵刃にかかった。

 影千代(かげちよ)の父も、そのようにして討たれた。混乱ぶりは甚だしく、父の死から数年経ってようやく家督を継承したのである。

 

 そして侵攻が始まって五年の間に、オロ族直参の勇将、知恵者、宿老も数多討たれた。宗家を支える屋台骨が次々と失われたのだ。

 

 父の死も含め、過ぎたことを指弾するつもりは無い。それより、もっと意義のあることを、オロ族の行末を論じたい。

 

「息災のようだの、影千代(かげちよ)殿。当主たる風格もつき始め、泉下の御父君も頼もしいことであろう」

「大殿のご威光をもちまして……」

 

 暫くは当たり障りの無い話が続く。営地は冬の備えができているか。北からの脅威は。阿ったり、あるいは余計な警戒をすることもなく、自然体でのやり取りに終始した。

 

 そして、さり気なく切り出す。

 

「《魏糧川(ぎろうがわ)》の一件でございますが──」

 

 遠休(おきゅう)の表情の線が、心持ち強張った。

 

「無論、存じておるが。その方には何か思案でもあるのかな」

「然らば忌憚なきところを申し上げます。この勝勢に乗り、流域の砦を全て攻め陥とすべきです」

 

 遠休(おきゅう)は無言のままだった。左右に侍る近臣はあからさまな失笑を浮かべ、若造が何を申すかと言わんばかりである。

 その中に一際不快な顔を見出し、影千代(かげちよ)は真顔を保つのに苦労を強いられた。

 

「勇ましきことは結構にござるが、やはりまだお若い。短気を起こした、何処ぞのはぐれ者の真似をすることはありますまいに」

 

 三年も放っておいて、何が短気だ。その男、涼模(りょうも)に向かって心中で毒づく。

 

 涼綺(りょうき)氏は宗家に劣らぬ長い歴史を有する名族だが、近年は幾つかの氏族に分裂して日陰の存在となっていた。それが、この男が当主となってから、目に見えて力を増したのである。

 

 先の戦で功があったためではない。むしろ、その逆だ。涼模(りょうも)は擁する兵の一人たりとも前線には出さず、敵も不自然なまでに涼綺(りょうき)氏を放置した。

 当時、何が起きていたかは明らかである。おまけに、ミズ族の南下が終わってからの動きも、あからさまだった。

 

 戦火で傷ついた同胞に手を差し伸べるどころか、当主を失った氏族を兵力として取り込み、配下の氏族に闕地となった営地を押さえさせる。

 さらには人材の層が薄くなった宗家の家臣団に同心する者を増やし、宗家の政にすら干渉を図っているという。

 

 この男が大天幕に我が物顔でいるという一事が、風聞が風聞に過ぎるものではない証だった。名族とはいえ、直参でなく陪臣に過ぎず、影千代(かげちよ)と同じ立場の筈なのだ。

 

「戦などせぬに越したことはないというのは、重々承知。されど此度に限って、戦わねばならぬ理由がござる」

「申してみよ」

「何者かが砦を攻める姿勢を示したのと同時に、ミズ族が南下をするように動きました。不思議なこともあるもの。全く関わりない筈の《金號(きんごう)》を、まるで援護するかのようではございませぬか」

「偶然にござろう」

 

 近臣が慌てたように言葉を挟んだが、聞こえないふりをした。

 

「《金號(きんごう)》がミズ族に調略の手を伸ばしている。これは、まず間違いないことと考えまする。まさかオロ族にそうした話に乗る恥知らずはおりますまいが、危険の芽は早くに絶っておくべきかと」

 

 近臣の幾人かが露骨に眉を顰めた。つまりは、そういうことか。壮麗な大天幕に、俄かに腐臭が匂い立ってきたようにすら感じられる。

 

「流域の砦を潰すことで、こちらに伸びる手を振り払わんというのか?」

「いかにも。《魏糧川(ぎろうがわ)》を押さえること叶えば、それを下り、間者を乗せた船に目を光らせることも能いましょう」

 

 腕を組んで瞑目し、遠休(おきゅう)は考え込む様子であった。摩耗してはいるが、君主としての危機感が無いではないのだろう。

 

「まずは砦を陥としたという軍勢を探し、渡りをつけることです。盟を結び、共に敵に当たることも考え──」

「他人任せで戦をなさるおつもりか」

 

 刺々しい嘲弄を吐き出したのは、やはり涼模(りょうも)だった。

 

「大きなことを申されるなら、ご自身の手勢のみで向かわれるぐらいの気概を示されることですな。まあ、敵の備えを飛竜で破れますかどうか」

「だからこそです。聞けばかの者どもは徒士を組み込んだ陣立てを行い、それで勝負を決めたと」

「それはまた、何と見苦しいことか。大方兵が足りず陣借りでも雇ったのでござろう。勇壮なる空の戦に、地を這う虫の如き奴輩を用いるとは」

 

 影千代(かげちよ)は嚇となった。《久々鱗(くくり)》には飛竜を駆ることなく生活を営む者達が多くおり、同じ竜の民として欠かすべからざる存在である。

 

 此奴はこともあろうに、彼らをも纏めて虫呼ばわりしたのではないか。

 

「もうよい」

 

 一声上げて応酬を止めた遠休(おきゅう)であるが、明確な答えを見出した顔をしてはいない。

 

「此度の献策については、我らで十分に討議を重ねることとする。その方は戻って、北の脅威に備えるがよい。ご苦労であったの」

 

 影千代(かげちよ)は深く拝伏し、不快な顔を目に入れないようにして大天幕を辞した。

 

 冷たい空気が身を刺すのを感じながら、溜息を零す。心がささくれ立っていた。

 時を無駄にした。ただ無駄にしただけであればよかったのだが、意地とか誇りといったものに泥を塗りつけられた気分である。

 

 苦い心持ちのまま飛竜を停めた場所に行くと、具足姿の老人が呑気な顔で立っていた。

 

「また、小人どもとやり合われたようですな」

「盗み聞きでもしていたのか?」

「秀麗なお顔は、翳りがあればすぐに分かるものですじゃ」

 

 翔けまするか。童固(どうこ)の誘いに乗って、沓を並べ二騎で翔ける。

 正直のところ、ありがたかった。乗り手の心が乱れていては、飛竜の羽ばたきに如実に現れる。そんな状態で営地に戻るなど、恥に他ならない。

 

 ひとしきり翔けると、鬱屈も空の彼方に消えてゆくようだった。

 

真鬼左衛門(まきざえもん)殿を、ご存じですかな」

 

 こちらが落ち着いたのを見計らったように、童固(どうこ)が切り出す。

 

 知らない訳は無い。真鬼左衛門(まきざえもん)は《久々鱗(くくり)》西端の氏族を治める一人で、三年前の戦では奮闘虚しく故地を追われている。

 しかし、それでは終わらなかった。此度の砦攻めでも騎竜隊の一画を担い、勝利に貢献したというのだ。

 

 機会を逃すことなく、一つの雪辱を果たした訳である。

 

「もしやあの方の居処が分かったか?」

「南、ですな。各地に散っていた氏族を全てとはいかずとも纏め、南に向かっておるとのことで」

 

 南。南といえば思い当たることがあった。

 新しい地竜の道が、啓かれたらしいのである。しかも、それは《久々鱗(くくり)》を飛び出した先に伸びているようなのだ。

 

「やはり、《解軛門(かいやくもん)》かな。あそこは地竜が寄り付かなくなって久しいと、聞いていたのだが」

 

久々鱗(くくり)》の起源とも呼ぶべき聖地であるが、何故か地竜が近づこうとしないため、竜の民の営みからは切り離された存在となっていた。

 

 それを、蘇らせた者がいるとしたら。そこまで考え、影千代(かげちよ)の息は一瞬だけ止まった。

 

「ほほほ、少しは良い気晴らしになりましたかの」

 

 その言葉に、苦笑で応えることしかできなかった。

 その気づきは予感とでも言うべき何かを伴っていて、影千代(かげちよ)の心を捉えて離そうとしないのである。




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