無源の秋 〜竜の翼は風雲に舞う〜【毎週金曜12:00&日曜19:00更新】   作:くコ:彡の本棚

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人はかく処を得たり 前篇

 

 年の瀬が目前に迫ってはいるが、《解軛門(かいやくもん)》の気候は穏やかなものだった。

 

斬穢関(ざんえのせき)》以東の《聖華(しょうか)》領は、冬においても雪がほとんど降らない長閑な地勢である。

 ただし、春になれば西からの雪解け水が《臣廼川(おみのがわ)》の水位を上げ、洪水を引き起こすこともあるという。田畠を荒らし、船の泊すら破壊する大水だ。

 

 徒士(歩兵)の調練を兼ねた堤や溜池、水門の普請は、かなり進んでいた。賊徒を前身とする耕作者達との折衝を経て組み上げられた水害対策が、早くも動き出していたのである。

 

 冬の間に遊んでいなかったのは、空も同様だった。先の戦を見越し、《久々鱗(くくり)》の冬を忘れないため、騎竜隊が遊休地を翔けている。二百騎の隊が三つずつ、五度に分けての調練。

 

魏糧川(ぎろうがわ)》での戦を経て、騎竜隊は三千騎を算えるまでになっていた。

 

石騒(せきそう)は佳い子でやってる?」

 

 山を眺めやっていた双竜之丞(ふたつのじょう)の背に声をかけたのは、火鵺(かぬえ)である。

 何かしら運び込む荷駄が多くあるようで、搬入の指揮を取っていたのだ。

 

「ああ。先日の戦でも、指揮下の兵によく目を配っていた。忍耐強さもある」

「それは良かった。図体に見合うくらいには、中身も大きくなってもらわなきゃね」

 

 姉か母親のようなことを言いながら、落ちていた飛竜の鱗を拾い上げる。地面に溶け込む前に回収して、加工を施す者が《解軛門(かいやくもん)》には常駐していた。

 

「面白い素材だよ、これは。熱しやすいけど、それよりずっと冷えやすいみたいでね」

「どのようなものを、作れる?」

雷火(らいか)の銃身を改良できないか、なんて話が持ち上がってる。つまり──」

 

 その時、調練に出ていた一団が戻ってくるのが見えた。一つの軍勢として、足並みを揃えた翔け方を叩き込むためのものである。

 ここを発つ前より、ずっと形になっているようだ。

 

 火鵺(かぬえ)の方も、兵の一人に声をかけられている。荷駄に関する用件らしい。

 

「じゃあね」

 

 こちらが拒む暇すら与えないさり気なさで軽く抱擁し、火鵺(かぬえ)は去っていった。

 いつの頃からか思い出せないが、この女はしょっちゅうこうした態度を取る。誰かに見られた時など、あらぬ誤解を受けないか不安でならない。

 

「ほう。それは如何なる誤解か、そもそも誤解であるのかをお聞きしたいものですな」

「揶揄わないでくれ」

 

 戻ってきたばかりの真鬼左衛門(まきざえもん)が、愉快そうに笑った。調練に単身加わっていた瑞王(ずいおう)も、同感だとばかりに鼻を鳴らす。

 身を切る寒さの中で風を切るのが、瑞王(ずいおう)は気に入っているようだ。

 

「それにしても、その鯱張った言葉遣いはいつまでも続けるつもりか」

「無論にござる。殿の下でやり直すけじめと言うべきもの、先達には相応の礼でもって対さなければ」

「人生の先達はそちらだと思うが……」

 

 砦を陥として半月あまり、真鬼左衛門(まきざえもん)無源(むげん)の旗の下に馳せ参じていた。

 

 あの時共に戦っていた麾下は無論のこと、各地に散り散りとなっていた氏族や、親交のある同胞が、戦捷を聞いて駆けつけてきたのだという。

 戦場に立たぬ女子供や老人も含まれており、さしずめ移住の様相を呈していた。

 

 安寧か、転機か。果たして彼らは何を望んで真鬼左衛門(まきざえもん)に続いたのだろう。

 

「そのような態度は今日限りにされよ。真実、配下となるべく参上仕ったのです。手駒として働き通す覚悟は、とうに決めておりまするぞ」

 

 年長者だからと頭を下げ、来訪に謝辞を述べた無源(むげん)に対し、こう言い放っている。

 

 真っ新になったつもりで、ここに来た。それがはっきりと感じられる口ぶりだった。

 昔日の武名、栄光、それから挫折に悔恨。一切合財を捨て、武将として新たな生を歩むことを決めた男の顔を、浮かべていたのだ。

 

 ここまで言われると、無源(むげん)としても使い倒すことで礼を払わねばならない。

 

「苦労をかけ続けるから覚悟せよ、そう言って殿は笑っておられましたな」

 

 実のところ、その苦労が増えるきっかけを作ったのは、他ならぬ真鬼左衛門(まきざえもん)である。それを自覚しているために、どこか自嘲を言葉に籠めたのだろう。

 

 すなわち、《久々鱗(くくり)》を飛び出して無源(むげん)の旗の下に集った者達のことだ。

 

 あの砦を陥として《金號(きんごう)》にしたたかな反撃を加えたことが、竜の民が信奉する矜持をくすぐった。

 何処の氏族にも身を置けない流れ者、去就に悩む部曲(私兵集団)、外に対する強さを失った《久々鱗(くくり)》に失望する皆の耳目が、一時に集まったのである。

 

 そのような折に真鬼左衛門(まきざえもん)が動いたものだから、後に続けと言わんばかりに、多くの騎竜武者が押し寄せてきたのだ。数にして、五千あまり。

 一度の勝利に魅了されたというより、長きにわたり積み上げられた鬱屈から解き放たれる時を、皆が熱望していたのだろう。

 

 そのような状況下で、命じられたのだ。氏族や部曲に縛られない騎竜隊を作りたい、と。

 無源(むげん)が何を望むかはよく分かった。氏族が各々の手勢を持ち寄って戦う旧来の軍制は、既に時代遅れと化している。今のオロ族は、まさにそれだ。

 

 ミズ族との戦は、その弱みが一気に噴出した最も顕著な例であったろう。

 前線には統一された指揮系統も無く、それぞれの都合で勝手に交戦と離脱を繰り返す。別働隊を回り込ませる、後退して敵を引き込むといった、大規模な作戦を取ることもできなかったのだ。

 

 ミズ族は少なくとも、宗家が擁する強力無比の直率部隊がいて、機に臨んだ激烈な攻勢でオロ族の防備を次々と抜いている。戦う前から負けていた、ということだ。

 

 これらの分析は実際の戦場を目の当たりにした遼兵衛(りょうべえ)の受け売りだが、要するに烏合の衆は攻めるに弱く、守りも脆いという兵法の普遍的な原則である。

 

 無源(むげん)軍がオロ族と同じ轍を踏むか否かの、瀬戸際だった。この課題に、真鬼左衛門(まきざえもん)と二人で立ち向かった訳である。

 

 真鬼左衛門(まきざえもん)はすぐに、口にした覚悟が言葉だけのものでないことを証明した。己の麾下を解体したのである。

 

 誰からも、否やの声は上がらなかった。部隊としての形が失われようと、培われた戦歴と誇りはいつまでも消えない。それを心から信じている者の強さが、静かな所作から滲み出ていた。

 

 そして、創造に先立つ破壊が始まった。

 

 数十、百数十騎単位で参集した部隊を例外無く崩し、均してゆく形で再編してゆく過程に携わる様は、目を見張らずにいられぬ精励ぶりだった。

 

 抗議は受け付けぬ。斟酌もせぬ。ただ技量と適性のみを冷徹に見定め、然るべき形に配置してゆく。

 どこまでも正しさを追求したが故に、少なからぬ反発を招いていた。それでも決して揺らぐことなく、真鬼左衛門(まきざえもん)は為すべきと信じたことに邁進したのである。

 

 双竜之丞(ふたつのじょう)はそれを助けるべく、面倒な雑事を引き受けることに決めた。こちらのやり方を肯じられぬのはいいが、力で我を通さんとする者達も少なからずいた。

 そうした跳ねっ返りを打ちのめし、叩き出してゆく。瑞王(ずいおう)の際立った姿も、一役買った。

 

 半数近くが去るのを見送り、あるいは追い出した。残ったのは二千五百騎あまり。元からの将兵と合わせ、三千騎の騎竜隊が誕生したのである。

 

「これで、軍の背骨はできた」

 

 軍を一つの生き物に見立てた際、確固として立ち続けるための背骨だ。

 

 これから先、兵力が膨れ上がっていくことがあろうと、秩序を失わずに済む。連絡と補給の線は神経となり、末端まで巡らされる。

 仮に撃ち破られることがあっても、背骨が折れていなければ、何度でも立ち上がれるだろう。

 

 だからこそ、妥協はできなかった。ここで手を抜かなかったことで、後に続く者を少しは楽にしてくれる筈だ。

 

「調練を、次の段階に進めたく思うのですがね。つまり、徒士との緊密な連携を」

「新参の中には、徒士と肩を並べて戦うことに抵抗のある者も少なくないようだが」

 

 騎竜隊で敵陣に攻めかかり、嵐の如く暴れ回って素早く引き揚げる。《久々鱗(くくり)》の戦とはそういうものだった。

 陸で戦うことを、そもそも想定すらしていない。徒士と支援し合うことなど肯じられぬと、去っていった者もいたのだ。

 

「残った者の意識は、確実に変わり始めている。調練で山を駆け抜けているのを見て、見方を改めた者が多い」

「砦攻めを想定した模擬戦を始めてもよい頃か」

 

 空と陸で一体となれば、戦場での選択肢にどれだけ幅が出ることか。それを、体を動かしながら教え込んでいくに限る。

 たとえば、空に注意を払う敵の横腹を、徒士で直撃する。あるいは、騎竜隊を遊撃の位置に置いて徒士を護衛させ、要所を攻め上がる。城を守る手段も多岐に渡るだろう。

 

 直に目の当たりにした真鬼左衛門(まきざえもん)であれば、不足することなく教導できることは疑いない。

 

 計画を詰めながら、二人で《解軛門(かいやくもん)》を歩く。

 

 重々しい羽ばたきを伴って舞い降りる影。翼を休め、地に頭を食い込ませる飛竜達。敵意無きことを示すためにか、身を寄せ合って語らうような姿も見える。

 

 夏に啓いた地竜の道を辿って、多くの飛竜が《解軛門(かいやくもん)》を訪れていた。冬の真っ只中、寒さを避けられるのも大きいようだ。

 数十の飛竜が列をなし、こちらに向かってくるのも見える。地竜と違い群れを作らない飛竜としては珍しいことで、それだけ興味を惹くことができている証だった。

 

「拙者が皆と共に来た時は、さらに多くの飛竜が殺到しておりましたな。水平線の上にもう一本の線が──」

 

 何かを見咎めた真鬼左衛門(まきざえもん)が、言葉と足を止めた。視線を辿ってみると、その先には一つの人影があった。

 小柄な男である。最初は五十代半ばに見えたが、年齢以上に老け込んでいるような印象もあった。そして小柄と思えたのは、不自然な形で身を屈めていたためだったのである。左脚を引き摺っていた。

 

「一時、《久々鱗(くくり)》の北東に身を寄せていた話をしたことがありましたな」

「その時の知己か?」

「面識と呼べるようなものは、無いのです。偶然、近くに居を構えていたというだけで。肢落(しらく)と名乗っているようですが、諱(本名)であるとはとても」

 

 あくまでも噂であるとのことだが、生来左脚が動かぬという訳ではないようだ。事故か戦かは分からぬが、かつて深い傷を負ったがために、飛竜に乗ることもできなくなってしまったらしい。

 多分、それがきっかけで肢落(しらく)と名乗るようになったのだろう。どこか自棄の気配が滲んでいて、人が近づくことそのものを忌み嫌っているとしか思えなかった。

 

 周囲の者達には邪険にされていたという。そのためか当人にも、見えざる壁に篭って他者と接しているところがあったと、真鬼左衛門(まきざえもん)は語る。

 

「可能な限りの援助を申し出たのですが、すげなく断られましてな。あの頃は恥ずかしながら、自分達より惨めな相手に慈悲を与えて安心したがっていましてね。浅ましさを見抜かれてしまい申した」

「浅ましくとも、手を差し伸べたのは事実だ」

 

 暫し、肢落(しらく)の様子を観察する。飛竜の鱗を見つけては、拾い上げていた。そうした務めを与えられているのか、と思ったが、やがて不可思議な様子を見せる。

 

 周囲の岩々に、じっと視線を注いでいるのだ。人の背丈程ある岩を見、眉を顰め、何事かを呟きながら考え込んでいた。

 何か明確な基準を自らの内に持っていて、それに適うか否かを見極めているようでもある。それこそ、騎竜隊の仕上がりについて、二人で語らっていた時と同じだった。

 

「そういえば、思い出しましたよ。ここに来た彼が誰かと話していたのを、一度だけ見かけたことがある」

「相手は誰なのだ?」

「殿にござるよ」

 

 今と同じく、脚を引き摺りながら不愛想に岩を観察する肢落(しらく)に、思い切って声をかける無源(むげん)の姿が、ありありと想像できた。

 

 つまり、見るべきものを見出したということだ。無源(むげん)であれば、その機会を決して逃そうとはしないだろう。

 

 今、多くの者が処を得るために集い始めている。それが叶う者もいれば、そうはならず去った者もいる。

 

 所詮雇われの自分にとっては、あまり関わりないことの筈だ。内心で偽悪的に呟きつつも、双竜之丞(ふたつのじょう)はやはり気にせずにいられなかった。

 




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