無源の秋 〜竜の翼は風雲に舞う〜【毎週金曜12:00&日曜19:00更新】 作:くコ:彡の本棚
天地駆ける者達
傍らの飛竜はそれを気にも留めず、尖った口許を土に食い込ませている。
地竜の群れが季節に応じて地中を移動する。《
《
僅かなりとも学を得た今、少しは理屈というものが分かる。地竜は移動することで土を攪拌し、地中における空気の濃さを均す。同時に、目には見えない小さな虫の働きを促して、草木を、それを食む獣を育むのだ。
そして、飛竜が土から得ているのはただの滋養ではなく、地中を巡る仙気そのものだという。仙気。風、雷、炎、水……森羅万象を司る万物の根源。
それは流転することで遍く大陸に恩恵を齎しているとされる。地竜が移動によってかき混ぜた仙気を吸い上げた飛竜は、空を翔けながら仙気を天地に還す。
全ては繋がっている。支え合っている。
呼びかけられた
齢二十。魂の底から侃々と湧き出す力が、解き放たれるのを待っている。
山を飛び出した四十の騎影が、空を征く。久々鱗の最南端、《
彼らが求めるのは、名誉でも、冨貴でも、あるいは矜持ですらなかった。運命を変えるだけの力、きっかけを求めて集っているのだ。
《
《
水陸の流通網を蚕食するように、賊が幅を利かせ始めたのは、十年程前のことらしい。
そうした賊どもとの戦いに身を投じ、五年が経っていた。何処の国の思惑にもよらぬ、自分自身の展望によってだ。
《
そのために、各拠点の守備隊はまともな連携を取ることも叶わず、各々受け持つ地域を守ることしかできていない。
情勢の認識も、教えを受けて初めて持つことができた。
地上を見下ろして様子を窺う。一点に蝟集して大きな塊になりつつある、人の群れ。風に吹かれる砂にも似ていた。無数の光点が明滅しているのは、武器の白刃が陽光を照り返しているためだ。
囮である。見え透いていた。騎竜隊と一度でも戦ったことがあれば、空から動静を丸裸にされる恐ろしさなど、嫌でも分かる。まして、衝突は五年も続いているのだ。
空から見た際にも死角は生じる。岩が突き出し傘の如くなっている地形に隠れたり、高さのある草に身を伏せたりといった具合に。人壁に主力を潜ませておくというのもあった。
「陸の者どもに合図を。輪を絞るぞ」
伝令役にそう伝えて後方に下げると、三十騎を二騎ずつ散開させた。影が一気に膨れ上がり、空を覆わんばかりに見えることだろう。
それに紛れるようにして、
風が、熱を帯び始める顔を撫でる。逸ってはいない。大事の前準備から逸り続けていては、とても気力が保ちはしないのだ。
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雷雲が垂れ込める様に似ている、と
散るような動きを取るのは、矢玉を浴びて一網打尽になるのを防ぐためだろう。三百年前まで、騎竜隊の一斉騎射といえば恐怖の象徴であったが、今は徒士の扱う射程の長い弓が普及し、弾丸を撃ち出す
騎上で使うために射程が頭打ちになる《
となれば、敵は騎竜隊の弱みを知悉し、対策を立てる思慮を持っているということだ。容易ならざる相手と言うべきだろう。
敵。己を虐げる、憎むべき者をそう呼ぶのであれば、目の前にいるのは果たして敵であろうか。自分を連れ去り、野蛮な手段での制裁まで仄めかして協力を強いているのは、迎撃の陣を構える賊どもの方だ。
「奴らが寄せてくる。おい、術士殿には矢玉避けをかけてもらおうか」
賊の指揮官が居丈高に命じてくる。背後でわざとらしく剣を鞘走らせる気配を感じ、
空間中の仙気に干渉し、あらゆる事象を起こす能力を修めた者を仙術士と呼ぶ。《
それが、賊の虜となった挙句、顎で使われているのだ。悲嘆が心を覆い尽くす。
陣の頭上一帯が風の壁に覆われた。頭上からの射撃や落下物をほぼ完全に遮断する風の防塁は、籠城や城攻めで威を発揮する。
敵の騎竜隊は飛び道具を封じられた。陣を破るには的になることを覚悟で突っ込み、術の根源……つまり自分を討つ他は無い。
二騎一組となった敵騎が、空気を圧して一斉に迫り来る。気づけば、二歩退いていた。遠くに見えていた小さな姿が、瞬きすると視界の半ばを占めている。聞きしに勝る飛勢だった。
弓手を担う賊が矢を番え、まさに射放さんとした直前、敵は騎首をめぐらして離脱した。撃たれる機を肌で知っていなければできない動きだ。
一騎の損失も無く退がった敵は、角度を変えて再び接近してきた。矢を向けられると、迅速に退く。倦むことなくそれを繰り返す。狙いが右往左往する矢は、一度も放たれていない。
暫くすると全騎が集結し、一点の突破を図る兆しを見せた。陣全体が色めき立ったが、結局は撃たれる直前で離脱する、先程までの動きを繰り返しただけだ。
胸のすくような思いでいる自分に、
「敵にでかい顔をさせるのもここまでだ。全力で飛び回って、既に半刻(一時間)。奴らは小休止を欲しておる」
飛竜の体力もそうだが、精神を繋げている騎手の負担がより大きい。飛べなくなって平地に不時着でもすれば、囲まれて滅多斬りに遭うだけだ。
適当な高さと広さを有する丘や小山で、翼を休めてやる時が必要になる。賊はそこを襲うつもりでいるようだった。
想定された通りの丘に敵が向かうのを、賊達はしたり顔を浮かべて見ている。着陸した最も無防備な瞬間、伏せている別働隊で一斉に攻め寄せようというのだ。
だが、
喚声と悲鳴と、刃を打ち交わす響きが丘を揺るがしたのは、その直後だった。まだ、一騎も丘に達していない。
賊は一瞬静まり返り、そしてどよめいている。目を凝らした先、丘の麓で行われているのは、戦闘と呼ぶにはあまりに一方的なものだった。
剣で首を飛ばされ、槍で胸を貫かれ、這いずるように逃げ散っていくのは、その悉くが賊である。
賊ではない徒士が騎竜隊の動きに呼応して、丘を狙う賊に奇襲をかけている。そうとしか思えない。別働隊は存在が露見した伏兵の脆さを示し、陸と空からの攻勢で血祭りに上げられていた。
余勢を駆って敵の徒士が攻め寄せてくると、慌しい空気が後方に広がった。一人の賊が武器も放り出し、背を向けて走り出す。それは二人になり、十人になり、百人を超えた。
「駄目だ!やっぱり奴らには勝てん」
一度ならず、敗北を喫していた相手らしい。少しでも負け癖を改めようとして、全くの逆効果になったということなのか。
指揮官に襟元を掴まれ、引き摺られるままに走り出す。思わず術を解いていたが、逃げ出し始めた彼らは気づいていないようだ。
腹の底に響いてくるような地鳴り。敵の徒士による猛追は、すぐ背後に迫っている。
晴れた空に横殴りの豪雨。先に逃げ出した賊が、立て続けに倒れてゆく。喉に、胸に、深々と矢が突き立っていた。
十騎。賊が敗走する機に備えて伏せていたらしい敵が、空から射掛けてくる。敵の書いた筋書き通りに踊らされたことを自覚した指揮官の顔は、紙のように白い。
追撃の気配は、いつの間にか八方から感じられるようになっていた。敵が包囲の構えに入ったか、それとも新手がいるのか。一度囲めば断じて逃がさぬという、酷薄なまでの意志が滲んでいる。
「包囲の穴だ。一丸となってあそこを食い破らぬ限り、明日は無いと思え」
指揮官自身を先頭とした突撃。生存がかかるだけあり、皆が必死の極みにある。行手の敵は死兵の突撃を受けることはせず、左右に退いた。道を開けてやるかのように。
抜けた。そう見えた時、一陣の風が眼前を横切った。
血煙が空を染める。首と両腕を一時に斬り飛ばされた指揮官の骸は、どうと倒れ込んだ。
地面にへたり込んでいた。両脚は萎えたように動かない。蜘蛛の子を散らすように逃げてゆく賊も、それを掃討する敵の姿も、まるで現実感のない虚像と見える。
「おい、立てるか?」
ぎこちなく首を動かすと、飛竜に跨る若者の姿があった。数え十八となる
携えた長巻の切先から、鮮血が滴っていた。あの時指揮官を討った男だ、そう確信する。
青年の背後。ごく当たり前の風で、集結した徒士が隊列を組み始めている。《
「賊にしては身綺麗な奴だな」
差し伸べられた手を取る。さして大きくもない手から伝わる力に、底知れない何かを感じた。
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早朝。《
賊が跋扈するようになってから、随分と嫌なものが流れ着くのも見てきた。賊に殺された民の遺体、焼き討ちされた船の残骸。川そのものが血で真っ赤に染まることもあった。
こんな有様を変えてやる。共に川面を見ていた
「おはようございます、御主人様。今朝は少し冷えますね」
桟橋の点検をしていたらしい
この若者も、川で拾った。賊に両親の命を奪われ、川に飛び込んで必死に泳ぎ着いた先に、自分がいたのである。寒さと恐怖に震える少年を見て、
「洒落た貝殻だな。
指摘してもらいたくて、わざとらしく持っていたのだろう。
「
「それは勝手だが、徒労にしか思えんなあ」
姪の
それでもこの男は懲りない。
「報われないことも覚悟でお慕い申しているのです。……ところで、お客人がご挨拶をしたいと申されていますが」
「そうか。客間にお通しせよ」
数日前、
所用で商館を暫く空け、戻ったのが昨日の深夜だったため、対面はこれが初となる。
「
その青年、
「ご厚情を賜り、感謝のしようもございません。あの方は
「大仰な。奴もそなたを助けるために戦った訳ではあるまい」
「そうではないのです。心ならずとはいえ、賊に与していた私の命をお救いくださったのですから」
商いで糧を得ているだけあり、
「どうも賊に
「はい。私は皇都にて空読みの見習いをしておりまして、潮風の向きを検めるためと、海沿いの村へ向かったのです。十日あまり前に」
空読みとは、風向きや日照などから気候の予測を立てる任を帯びた、術士の総称である。戦場で使っていたという風の術も、修行の過程で会得したのだろう。
「そこで賊の襲撃に遭い、上役に促されるまま小屋に逃げ込みました。ところが、まるで私が来ると分かっていたように賊が潜んでいたのです。為す術も無く船に押し込まれた私は、海を渡ってここまで……」
それを聞いて覚えたものは驚愕でなく、深まる確信であった。
《
自己の栄華を確固たるものとせんがための奸計、その一環として、賊徒の黒幕として東部の商人達を弾圧しているというのは、公然の秘密のようなものだ。
それにしても、事もあろうに国の柱石たる術士を、賊に売り渡すとは。その者達にとっては本来、仙術の探究と伝承こそが累代の使命であるというのに。
「難儀であったの。上陸地点は分かるか?」
「周囲が見える時には、殆ど目覆いをされていました。ただ、西に向かって川を渡ったと思います」
「西に、川をな」
河口の東側に、接舷可能な場所がどれだけあるか。その前提にそぐわない候補を消していけば、答えは自ずと見えてくる。
「辛い経験をしたろうに、協力感謝する。ところで
「調練ですか」
「進軍と布陣の調練を各地で行っているのだ。道々で賊を掃討しながら。今日の午には戻る予定故、昼餉でも共にするか」
「
「確かに《
外からどう見えるか、どのように体面を繕うか、実相は如何なるものか。それらは全て異なる問題である。
「まあ、暫し待て」
やがて、昼時になった。商館の郊外にある丘に、
風を押し退けて翔ける騎竜隊の直下を、五百は下らない徒士が得物を携え走り続ける。それも、軽兵を物見(斥候)に走らせ、槍を構えて四方を警戒することを繰り返しながらだ。
さらに、規則的な音と光の明滅。空と陸で相互に連絡を取り合い、進軍の位置と距離を詳細に計っている。
徒士の一団が高台に達した。すぐさま頂上の四方に展開し、楯を構え、柵を張りめぐらす。後続は麓で散開し、迎撃の構えを取った。騎竜隊はそこに着陸し、次なる出撃に備えている。
ここまでが、調練である。号令が上がり、皆が休息を取り始めた。所々で立ち昇る炊煙。
「ただ今戻りました。おお、そいつも一緒でしたか」
汗を拭いながら現れた
「
「俺にとってはおかしなことでもない。高く飛ぶための翼だけでなく、遠くまで歩ける足も俺は欲しているのだ」
齢十五となり、賊と対することを決めた時。
あれから、五年。無源の体は具足が合うまで育ち、気宇は計り知れない程に大きさを増した。
「精が出るな」
「今回は軽く、瀬踏みのようなものです。《
輜重車で運ばれる多くの積荷、その内訳は
五人で焚火を囲み、昼餉をよそう。雑穀の混じった粥と、焼いた肉。兵達と同じものを食えば、彼らと寄り添えるなどと思い上がってはいない。
賊に抗する目処も立っていなかった頃、館に籠って塞ぎ込みながら飯を食らっていた。それと比べ、今はどれだけ恵まれていることだろう。
「《
「そうなのですか」
「何を訳知り顔で宣っているのかしら。
得意になって
「ただ一度とはいえ、商談を纏めるために足を運んだこともあるのです。そうだ、情勢が落ち着けば共に行かれませんか?静かな海の眺望を楽しめる、良い場所を知っています」
「あら、ありがとう。是非とも一人で行かせてもらいますね」
「
「儂だけ先に帰ってきた。一両日中には奴も戻る筈だが」
言葉を交わしながら横目で見ると、
「これは何の肉でしょう。猪、とも違うようだし」
「地竜だよ。食うのは初めてだろう」
一切れの肉を、僅かな勇気を振り絞る仕草で口に押し込み、確かめるように咀嚼している。
「口に合うかね?」
「はい……癖もなく、淡白で、存外食べやすいですね。……噛む程に、深い味わいが沁み出してくるような……」
忙しく噛みながら話すので、言葉は度々途切れる。
「味は大変、良いものですが……何とも張り詰めた肉ですね。顎が……疲れてきました」
ようやく肉を飲み込んだ
「食ってもらって分かったとも思うが、味そのものは悪くないのだ。余計な脂も無い。皇都に出回っても恥ずかしくないと思ってる」
「皇都に?」
「ああ。皇都のお抱え料理人であれば、もっと食いやすくする調理を編み出せる筈だ」
さり気なく、しかし明確な示唆に富んだ
賊徒と戦い続けてきたのは、それらの流通路を守り、啓くためのものである。突き詰めると、それはどこまでも彼自身のためであり、最初から隠そうとはしていない。
その潔さに、波守は賭けようと決めていた。
「ところで
「兄が皇都の守備隊に属する武官でして、聞き齧りです」
「お前から見て、俺の軍はそんなに不思議か?」
「ええ、とても」
騎竜隊が占める軍勢。騎首を揃えて突撃し、風をも断ち割る怒涛となって敵陣を蹂躙する。
騎竜と徒士を一体とし、一つの組織として編成されている軍など、大陸で他に類を見ない筈だ。
「この軍で
「目下の狙いは、賊を根から叩き潰して《
《
「では、大目標とは」
「国を樹てる」
「《