無源の秋 〜竜の翼は風雲に舞う〜【毎週金曜12:00&日曜19:00更新】   作:くコ:彡の本棚

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蒼眸 〜聞吾〜

 

 捨てておしまいなさい。

 

 身の丈に合わぬ重荷を放り出して、楽におなりなさい。

 

 五ヶ月にわたり、その言葉ばかり吹き込まれ続けている。悪夢より遥かに悍ましい現実を目の当たりにしてから、ずっとだ。

 

 その女の名を、瑠璃亜(るりあ)といった。蒼い目をした女。陽を照り返して輝く、紺碧の海を封じ込めた瞳。人界のものとは思えぬこの女の美貌すら、その瞳を引き立てるもののようにすら思われる。

 

 それが眩い光を放った瞬間、仇敵の首に手が届きそうだった味方は、地獄に突き落とされた。

 忌むべき敵なのだ、この女は。同胞の命を数多奪い、銀浪党(ぎんろうとう)不敗の誇りを貶めた。そして、何よりも……。

 

 そんなことを、この女と褥を共にしながら考える自分は、ひどく愚かしい存在に他ならなかった。

 

 きっかり、一週間に一度。瑠璃亜(るりあ)は寝所に現れる。そして、衣を脱ぐ。それが当然であるかのように。

 宵闇に芒と浮かび上がる白い裸身。月の光を一処に集めた如くに輝き、舞うような軽やかさで近づいてくるのだ。

 

 碧眼から放たれる視線は冷たく、鋭く、そしてどこまでも艶やかだった。

 

 およそ一刻(二時間)。さして長いとは言えない時間で、全身を柔肌に蹂躙される。あの日相対した双太刀の激烈な剣勢と、どこか似ていた。

 瑠璃亜(るりあ)は自分より五、六年長といったところだろう。齢の差はたったそれだけだというのに、伽の技は数百年を生きる神仙のように円熟していた。

 

 全身の骨が砕かれたように、褥に仰臥する。そうして放心しているところに、交わされた二人の唾でぬらぬらと光る唇が、耳元で動くのだ。

 

 全てを捨ててしまえ、と。

 

 それを耳にするからこそ、最後の最後で踏みとどまっている。吐息と共に注ぎ込まれる甘い言葉は、害意の現れに相違なかった。

 体が溺れてしまっていても、心だけは敵のままで在り続けてやる。寝所で横たわる時は、無意識のうちに歯を食いしばっていた。

 

「では、また来週に」

 

 身繕いもそこそこに、瑠璃亜(るりあ)が寝所の裏から出ていく。赤い髪の張り付く汗ばんだうなじを、見ないようにした。

 

 己の頬を叩き、ないし殴りつけ、気合いを入れ直す。痛々しい痕が残ろうと、構いはしない。どうせ、誰にも見えなくなるのだから。

 緋色の総面(顔を覆う防具)を手に取った。深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。身につけるのは、それからである。

 

 寝所を出た。晴天であるが、外の空気は張り詰めたように冷たい。

 

 冬なのだ。月の初めには雪が降り積もり、《八百波(やおなみ)》の地を白く染めていた。今は処々に溶け残りが見えるだけだが、年が明ければさらに大量の雪が降るだろう。

 

 白煙が立ち昇っている。炊煙と、将兵の吐く息が混ざり合い、天を目指しているのか。

 朝餉の支度をしていた二人の兵が、こちらを見て居住いをただす。

 

「御大将、おはようございまする!」

 

 違う……。

 

 その言葉を辛うじて飲み込んだ。でなければ、全てが壊れてしまう。

 

 俺の名は、聞吾(ぶんご)銀浪党(ぎんろうとう) の棟梁たる麒道斎(きどうさい)に仕える、一介の白麒(はくき)武者。

 そして、主と仰ぐべき麒道斎(きどうさい)は、既にこの世の人ではない。

 

 そう言って、誰が信じることだろう。二人の兵の目の前には確かに、健在そのものの麒道斎(きどうさい)の姿があるのだ。

 

 対する者悉くの認識を捻じ曲げる術。総面が纏っているのは、それだった。

 齢二十に達しない若造が、周囲を圧する総面姿の偉丈夫に見える。声もまた、沈み込むような荘厳さを帯びた重低音に変わる。発する言葉も、威厳を強調する修辞に溢れたものとなっているだろう。

 

 天の加護とは真のものだった。それによって、麒道斎(きどうさい)という偉大な偶像が形作られていたのである。

 

 大いなる導を失った。その事実を覆い隠すための、成り代り。それが正しいか否かを測りかねたまま、ここまで来てしまった。

 

 緋縅の具足を纏い、鞍上で調練を見守る。背を借りる白麒(はくき)は"先代"が愛麒としていた一匹で、炎蹄(えんてい)の号を付けた。

 駆ける勢いがあまりに凄まじいので、その後に炎が噴き上がるようであったからだ。

 

 あの、運命の日。帰る処を失わぬため、人麒は一体となって地獄を突き破った。今なお、背を貸してくれるのは何故か、正直理解してはいない。人間と違い、術に惑わされているようには思えなかった。

 具足に残る旧主の面影を追うためか。軍の一員として、若き大将を放っておけぬためか。ただの惰性であるかもしれぬ。

 

 実戦さながらの鯨波に耳を傾けることで、胸中で蟠る疑問を無視しようとする。

 

 今行われているのは、砦攻めの模擬戦だった。まず、標的として仮初めの砦を築く。この準備自体にも、体力作りや連携の強化という意味合いがあった。

 

 白麒(はくき)隊で砦を抜くのは本来難しいが、敢えてやる。包囲する際の間合い、撃ちかけられる矢玉の避け方、守兵を誘き出しての逆撃。

 柵を引き倒す、落とし穴を見つけるとなれば、麒を下りねばならない。その辺りの機を見定めるのも、大事なのだ。

 

 きびきびとした将兵の動きと、威勢の良い掛け声が快い。砦を締め上げながら、雪の混じった土を掻き上げて突貫する麒影の群れは、触れるもの悉くを薙ぎ倒さんばかりの迫力を湛えていた。

 過日、二千三百もの同胞が斃れ、戦力を大きく減じたとは思えぬ程である。

 

 件の戦の直後、健在な五人の大隊長を集め、軍の再編について話し合った。

 いや、そうしたいと切り出しただけだ。それだけで、五人は何が必要か、具体的にどう進めるかの案をすぐに提示してみせた。

 

 各大隊から兵を選りすぐり、壊滅した旗本五百騎を再建する。大隊そのものも一度解体し、戦力に偏りが出ることのないよう組み直す。

 それには千人の見習いの内、参陣を許された三百あまりも含まれていて、現在の総戦力は七千五百騎となっていた。

 

白麒(はくき)隊としての動きは、以前と遜色無きものとなっておりますな。これも殿のお指図あればこそにござる」

 

 大隊長から旗本の将へと役儀を変えた男にそう言われ、黙然と頷き返す。謹厳そのものと見られたかもしれぬが、その実戸惑いに囚われているだけだった。

 

 再編の計画を立て、実行に移したのは、全て大隊長達の知識と経験によるものではないか。それが全て自分の…… 麒道斎(きどうさい)の威徳か何かのおかげだと、疑っていないようである。

 本来受けるに値しない賞賛を浴びることが、これほどに虚しく、何より後ろめたいものであったとは。

 

 あるいは"先代"も、このような居心地の悪さに思い悩むことがあったのだろうか。

 

 反対側に控えるもう一人の大隊長が、付け加える形で続ける。

 

「皆の気迫もまるで違うわ。あの時逃した往疋(おうそ)の首に手をかけるため、不得手な砦攻めも厭いはせぬ」

「左様。あの憎っくき鼠めを野戦で捉えるは困難。砦に在る機を見計らい、陥とすしかないからの」

 

 往疋(おうそ)の手勢による小規模な襲撃は、先月まで断続的に続いていた。それは大打撃を被った銀浪党(ぎんろうとう)の現状を探り、再起を妨害する動きだった。

 

 聞吾(ぶんご)麒道斎(きどうさい)として戦場に立つ、真の契機だったと言えるだろう。大過無く撃退することには成功したが、向こうを壊滅させるには至っていない。

 

 だが、成果は確かにあった。往疋(おうそ)の本拠が判明したのだ。

 それは《八百波(やおなみ)》から谷を西に越えた先にある《宇沢(うたく)》の地だった。

 

 一言で言い表すなら、要害である。築かれた砦は小規模ながら、東西は断崖、北は水に守られた堅固な構え。唯一開けた南に至る谷は狭隘で、縦横に動くこともできない。

 

 それでも、討たねばならない。往疋(おうそ)を。銀浪党(ぎんろうとう)が未だ健在なるを内外に示すのに、その首以上のものは無かった。

 

「駆けるか」

 

 そう呟くと、指揮官二人が童のように目を輝かせ、鞍に飛び乗った。直後、露払いとばかりに駆け出してゆく。

 

 確かめるように手綱を握った。炎蹄(えんてい)の首筋を撫でると、そこには煮え滾るような熱さがある。応えるような嘶きが聞こえた。

 

 腿を締める。

 

「ふっ」

 

 短く息を吐いた次の瞬間、地が燃えた。全速力。踏み越えた地面が悉く消え散ってしまったかのような、強烈きわまる疾駆だった。

 

 兵達のどよめきが、やがて雄叫びに変わってゆく。彼らの目には、視界を真一文字に切り裂く、真紅の軌跡が映っているのだろうか。

 

 この高揚だけは、偽りではなかった。

 

 ────────

 

 やはり、海を見ていた。

 

巳助(みすけ)

 

 総面を取り、努めて明るい声をかけた。

 帰ってきたのは、よそよそしい胡乱な目つきである。無理からぬことだ。魁偉な総大将が総面を取るだけで、幼馴染の戦友に変わってしまうのだから。

 

 巳助(みすけ)にだけは、全てを打ち明けていた。あの戦から、十日程経った頃か。

 

 急転直下の戦況の中、"先代"が命を落としたこと。全軍の瓦解を防ぐため、咄嗟に緋縅を纏ったこと。

 それから、麒道斎(きどうさい)たる立場を捨てることができぬまま、今に至ってしまったこと。

 

 物事を深く考え、裏側まで見通す巳助(みすけ)は軍師の座に相応しいと以前は思っていたが、その気持ちが少し変質した。

 今の自分は麒道斎(きどうさい)なのだから、その才を己の権限で活かせると考えたのだ。

 

 側に仕えて知恵を貸してほしい。総大将としての頼みだったが、固辞されてしまった。さらに実戦経験を積んで見識を深めたいと言われては、無理強いもできぬ。

 そのため、今のように時たま助言を乞いに訪れている訳であった。

 

「今日の用向きは?」

「相変わらず、東が不穏なんだ。砦には多くの荷駄も運び込まれているらしい」

 

 それはちょうど、往疋(おうそ)による襲撃が落ち着き始めたのと同時期である。東に勢力圏を有する大小の土豪達が、こちらを挑発、あるいは牽制する動きを露骨に見せ始めたのだ。

 砦を改修し、物見を出してくるのは日常茶飯事。時には調練をしているところに、数千の軍勢で威嚇してくることまであった。

 

「時期からして往疋(おうそ)の差金には違いない。だが、これまでとは違う妙なきな臭さがある」

「《金號(きんごう)》だ」

 

 え、と間抜けな声が出る。その名を聞くことになるとは、予想もしていなかったからだ。巳助(みすけ)が溜息を一つ零す。

 

「二月前、《魏糧川(ぎろうがわ)》にある《金號(きんごう)》方の砦が陥とされた。彼の国では東部の緊張が高まっている」

「じゃあ、こっちに手を伸ばす意味は?」

「一番有り得るのは、東でいざ開戦となった際に《聖華(しょうか)》で混乱を引き起こし、後背の安全を確保するといったところだろう」

往疋(おうそ)が調略の手引きを」

 

 長らく朝廷、ないし幅を利かせている羅聖近衛(らしょうこのえ)と結んでいた往疋(おうそ)だったが、組む相手を変えたということか。

 

「それだけではない。奴が本拠とする《宇沢(うたく)》は、《鳴蒙川(めいもうがわ)》を避けて西の海路から《聖華(しょうか)》に上陸した場合、皇都攻めには避けて通れぬ地だ。将来の大戦に備え、自分を一番高く売りつけたのだろうよ」

 

 往疋(おうそ)を見くびっていたかもしれない。《聖華(しょうか)》と《金號(きんごう)》、両国の間で自らの価値を高め、その権勢はいつか確固たるものとなるかもしれないのだ。

 

 やはり、奴は討たねばならぬ。

 

「ところで、あの女も少しは懐いたか」

「いや……」

 

 その質問には苦笑するしかなかった。

 敵将であった瑠璃亜(るりあ)は牢に押し込めるか、一思いに斬首すべきところではある。

 

 そうしていない理由を、皆には一応説明していた。あれだけの術を操る敵なのだから、皇都でも指折りの勢力と関係が深い筈。自分が共に在り、あるいは誰かを監視に付けて泳がせれば、貴重な情報を得られるかもしれぬ。

 

 嘘ではなかった。決して骨抜きにされてはいない「今まで通りの」振舞いを、誰の目が無い処でも心がけている。その甲斐あって、皆も仕置に納得してくれていた。

 

「年が明けてから、俺は東に行く。あの女も連れてだ」

 

 巳助(みすけ)が表情を変えた。正確には、立ち昇る気がすうっと色を変えたのだ。

 

「皆には、北の方で調練と触れを出しておく。だが、俺は十人あまりを連れて東に。そんな不測の仕儀となった時、どれだけ動けるかを見たい」

「ふむ……」

「それから、往疋(おうそ)の息がかかった土豪どもだ。その備え、この目で直に確かめてきてやる」

 

 徐に巳助(みすけ)は威儀をただし、軽く頭を下げてくる。どこか芝居がかった仕草だった。

 顔に、笑みがある。

 

「実に、実に良きお考えと存ずる」

「そうか?そう、思ってくれるか」

 

 突然の、恭しい言葉。いきなり立場に隔たりができてしまったようで、寂しさを禁じ得なくはあるが、きっと巳助(みすけ)なりの激励に違いない。

 何より、笑ったのだ。親友が笑顔で自分に対してくれたなど、果たして何年ぶりのことだろう。心強いことこの上ない。

 

 それから毎晩、床につく前に行程を考えた。昼の調練で疲れきっていると、かえって頭が冴えるのである。

 

 自分で言った通り、東の土豪達の動静を確かめる意味合いもあった。いずれ生起するかもしれぬ戦を考えた、瀬踏みだ。敵の構えを想定する材料を得ねばならない。

 その危険な役回りを自ら買って出るところに、皆を心服させる麒道斎(きどうさい)という英雄の真髄はある筈だ。

 

 それから幾度もの夜を経て、如何に動くかを吟味した。東へ向かい、以前の調練で行ったことのある場所を辿るような形である。

 

 巳助(みすけ)にだけは、何処に何日頃達するかの予定を教えておいた。自分と、触れ通り北に向かう味方の間に在って、中継役を担ってくれるのだ。

 

 かくして、行程は完成した。充実感と共に背を伸ばしていると、寝所に入ってくる気配。

 そういえば、一週間が経っている。そう思いながら、戸が開くのを見た。

 

 目鼻立ちのくっきりとした瑠璃亜(るりあ)の容貌は、何度も見ても新鮮な驚きを齎してくる。本来、人界に在るべきではない美が、目の前に現れたかのように思われるのだった。

 

 当たり前のように前をはだけ始めた瑠璃亜(るりあ)に対し、機先を制するように声を投げる。

 この女を伴って調練に行く前に、質しておかねばならぬことがある。

 

「お前の目的は何だ?」

 

 手を止めたが、表情はまるで変わらない。涼しい顔を浮かべたまま、対面に座ってくる。艶めく唇から発せられる澄んだ声に、耳をくすぐられた。

 

「何、とは何でございましょう」

「とぼけるのはやめにしろ。毎週毎週、伽を押し付けてくる理由は何だ」

「さあ、拒まれた覚えはありませぬが──」

 

 わざとらしく目を逸らし、口に手を添える動作が優雅であるだけに、尚更腹立たしいものだった。

 蒼き瞳から発する妖光が、ある一点に向けられている。具足を収めてある櫃。

 

「押し付けたお詫びに、正直にお教えいたしまする。わたくしが所望するは、かの緋縅でございますわ」

「尚のこと、分からぬ。欲しければ、俺を殺してでも奪えばよいではないか」

「それでは意味がありませぬ。具足も諸共に死んでしまいますから」

 

 訳の分からない答えにこちらが困惑していると、瑠璃亜(るりあ)の顔に張り詰めたものが現れた。

 

「我が一族に生まれし者は、代々受け継がれし務めを全うする宿運を、その魂に背負っております。神代以来の術に護られし、宝具を封印仕る使命が」

「あの具足が、もしや」

「仙術の歴史を知る者は、仙遺物と呼び習わしておりまする」

 

 単なる武具でないことは身をもって知っていたが、まさかそれ程に由緒ある宝物であるとは知らなかった。

 往疋(おうそ)の軍に客将のような形で身を置いていたのも、使命とやらを果たすためなのだろう。

 

「そして肝心なのはここからでございますが……仙遺物はそれを使う、身に着ける者の魂ときわめて強固な結びつきを形作るものにございます。死をもってそれを断ち切らんとすれば、仙遺物の神性もまた、毀れてしまうのです」

 

 それを聞いた直後、脳裏に浮かんだ言葉。それは「何故」である。"先代"は確かに死んでしまった。しかし、具足の纏う加護は健在ではないか。

 

「それを防ぐ手立ては二つ。かの具足を纏う者に、自らそれを捨てさせる。あるいは、具足と縁を切りたがる者を殺める──」

「待て!するとあの方は、名誉の具足を自ら捨てることを望んでいたとさえ申すのか」

 

 英雄として戦場に立ち、血煙垂れ込める中を颯爽と駆け抜ける日々に、"先代"が倦んでいたと言うつもりなのか。この女は。ひどい侮辱だと思った。

 しかし同時に、あの地獄の中で初めて見た素顔……疲れきったとさえ表現できる"先代"の表情が脳裏に甦り、虚言にあらずと諭してくるようでもある。

 

「以上、わたくしは一言たりとも偽りを申し上げてはおりません。今一度改めて申し上げまするが……」

 

 光る女の碧眼と、真っ向から向かい合った。数多の同胞を、偉大な総大将を、殺した両目だ。

 

「捨てておしまいなさい」

「断る」

 

 声が罅割れていたが、どうにもならなかった。

 

「神代の宝物だか何か知らぬが、あの緋縅は銀浪党(ぎんろうとう)の旗印。くれてやる訳もあるまい」

「手放していただけるならば、わたくしは二度と皆様を害することはありませぬ。さらに、外観だけは寸分違わぬ具足、それから強力な術を制御しうる祭具もお譲りいたしましょう。万事、これまで通りということにて」

 

 肝心要のものが、失われるではないか。最早、銀浪党(ぎんろうとう)に英傑なし。あまりにも残酷な事実が白日の下に晒され、後に残るは格好を真似ただけの若造一人だ。

 

「……い、嫌だ」

「惜しゅうございますか」

 

 女が笑ったのか、そうでないのかすら、よく分からない。

 

「わたくしのおかげで得た地位が、余程に惜しゅうございますのね」

 

 地に叩きつけていた。

 

 あの戦場では前腕を叩きつけたが、此度は両手で首を握り締めていた。

 

 このまま、捻り折ってやる。ひたすらに念じ、手に力を加えている筈なのに、震えるばかりで上手くいかない。

 こちらを冷たく睥睨する、秀麗な顔が見える。はだけた衣の隙間から、鎖骨が見える。乳房も、臍も見える。

 

 どれだけ、殺意を籠めて睨みつけただろう。結局、両手を離して座り込んだ。

 

「出ていけ」

 

 寝所の戸を指差す。瑠璃亜(るりあ)が出ていくまでその方向を一瞥することもなく、ただ音でそれを確かめた。

 

 捨ててやるものか。

 

 声に出さず、そう唱え続ける。しがみついていると嘲笑うならば、好きにするがいい。

 真実、守りたいのだ。銀浪党(ぎんろうとう)を。己の居場所を、誇りを。

 

 自分一人だけは、それを信じ抜かねばならなかった。

 




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