無源の秋 〜竜の翼は風雲に舞う〜【毎週金曜12:00&日曜19:00更新】   作:くコ:彡の本棚

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岐路に立つ 〜金號〜

 

 足音がやかましい。

 

 義爪(ぎそう)には一つ、欠点と言うべきものがあった。足音で感情をあからさまにしてしまうのだ。自身の内面を秘するような任務を与えるのが、危険だと思える程に。

 

 今、刻まれる足音から滲み出ているのは焦燥であり、狼狽だった。

 

「兄者。開けるぞ、兄者」

 

 上擦った声で問うてきた声に、仁牙(じんが)は応じない。十数えると、痺れを切らした義爪(ぎそう)が私室に入ってきた。

 肘枕の姿勢で振り向きもしないが、肩で息をしているのは分かる。

 

「兄者!」

「知っておる」

 

 だから偶の休日に騒がんでくれ。言外にそう頼んだのを恐らくは知りつつ、義爪(ぎそう)は張り詰めた顔を寄せてくる。

 

「大戦になるぞ」

 

 口を引き結び、眉を顰めた真剣そのものの義爪(ぎそう)の顔と真近で相対した。結果。

 

「ぶへっ」

 

 笑った。

 

「何が可笑しいんじゃ!?」

「ばはははっ……に、似合いもせんしかつめ顔なんぞやめておけ。泣いとる餓鬼を笑わせるにはちょうどよかろうが」

「真面目に話しとるんだぞ、こっちはっ」

 

 むきになる義爪(ぎそう)を宥めつつ、仁牙(じんが)は胡座をかいた。

 弟が飛び込んできた真の理由は分かっている。分かりきった報せを齎すためではなく、それに対する自身の見解を聞きたいのだ。

 

「山蜥蜴どもが動いたの」

 

 奴らが来る。空を征く《久々鱗(くくり)》の騎竜隊が、春風を背に受けて攻め来ようとしている。

 

 煌々と輝く灯火に導かれるようにして、飛竜を駆る武者どもが次々と《久々鱗(くくり)》西端に駆けつけていた。その報せは、音も光も無い稲妻となって、《金號(きんごう)》全軍を貫いたのである。

 

魏糧川(ぎろうがわ)》東岸の戦いから、四月あまり。《久々鱗(くくり)》に滴った勝利の一雫は巨大な波紋を呼び、さらなる攻勢へと敵を駆り立てたのだろう。

 

「《鎮東七塞(ちんとうしちさい)》……今は六つになってしもうたが、そこの物見は戦々恐々としとるそうだぞ。黒雲に命が吹き込まれたようだの申して」

「ならばまだ心配はいらん。追い詰められれば、気取った物言いなどできんだろうからな。数は?」

「一万と五、六千。今のところは」

 

 その数が変動しうると、義爪(ぎそう)は見ているということだ。そして同時に、減るとは考えていない。

 

「宗家が動けばどうなる」

「さらに三万は増える、と思う。宗家の本隊と、取り巻きの氏族を含めて」

「お前は動くと踏んでおる訳だな」

 

 オロ族という《久々鱗(くくり)》最大勢力の頂点に立つ宗族、その腰の重さはよくよく知っている。重いくせに抜けている腰で、仁牙(じんが)が侮蔑するのに十分な理由だった。

 

「あれが四万超えときたか。ふん、聞くだに武者震いするような話よ」

「兄者は相変わらずだ。わしは恐ろしゅうて震えが止まらんが」

「お前のはただの貧乏揺すりだろう」

 

 そして、兵の数より余程興味を寄せていることかある。誰が、此度の戦の仕掛人であるのか。

 先だって、檄文が発せられているのだという。人の名を覚えるのは不得手な方であるが、そこに記された名はすぐに覚えてしまった。

 

 無源(むげん)、というのだ。初めて知った時の胸騒ぎは、今なお鮮明に思い出せる。

 

 ひょっとすると、東岸の砦を陥とした軍勢の主というのも、その無源(むげん)とやらではないのか。

 公然と、あるいは密かにその事実が《久々鱗(くくり)》に広まっていて、だからこそ件の檄も、求心力あるものとして受け止められたのではないか。

 

 そうだとすれば、確かに宗家は必ず動く。己が権勢を脅かしかねない存在を掣肘するためにも、外なる敵に力でもって応じる構えを示さねばならないからだ。

 

 しかし、それは後追いとしかなり得ない。

 序列として、当然のような顔で総大将の座に就くのであろうが、真に戦の場を設けたのは誰であるのか、参戦した皆は肌でそれを感じるに違いあるまい。

 

 無源(むげん)という男。此度の戦によって、何かを覆さんとしているのだとすれば。

 

「敵の動静も気になるが、わしは味方の備えがちと心配じゃ」

 

 義爪(ぎそう)の貧乏揺すりが収まった。鬱陶しさは無いが、良からぬ兆候である。深刻なことに考えが至っている時、決まってそうなるのだ。

 

「西に送り込む兵の数を言うとるのだな?」

 

金號(きんごう)》の総兵力はおよそ二十万と言われる。三つの方面軍に四万ずつと、遊撃軍が総計六万。それから王都の禁軍が二万。

 昨年の戦で数千を討たれたものの、程なく補填され、鎮東軍も定数を回復している。

 

 攻め来る敵があれば、元々詰めていた軍が持ち堪え、遊撃軍が次々と加勢に参じる。それが、迎撃の常道であった。

 

 しかし、今なればこそ抜き差しならぬ事情がある。

 

「敵も嫌な時期に攻めてくるものよ」

 

 雪解けの時期。《金號(きんごう)》にとっては、斑の季節だった。

 溶け残った雪、剥き出しの土、逞しく芽吹く草が入り乱れ、大地に斑模様を描いているのだ。

 

 これが難物である。溶けた雪の染み込んだ土はぬかるみと化し、軍勢の移動を妨げる。煌車(こうしゃ)も足を取られるし、破寇塞(はこうさい)など以ての外だった。

 

 軍勢を移動するのに最も不都合な時期に、戦が始まろうとしている。天の時を得られぬがため、地の利までも失った状態で。

 

 さらに、ここで言う軍勢とは兵のみを指すにはあらず。雷火(らいか)で万を超す騎竜隊を撃ち落とすとなれば、果たして弾と煌石(こうせき)をどれだけ費すことか。

 三年。《久々鱗(くくり)》の軍は眠ったように動かなかった。少なからぬ蓄えが北や南に移されていることだろう。

 

「戦の時機としては最悪じゃ」

 

 仁牙(じんが)は黙然と頷きつつ、考える。味方にとって最悪ということは、敵にとって絶好ということでもある。

 

 不幸な偶然などというものを、仁牙(じんが)は信じぬ。

 幸運であれば、降って湧くことも時にはあるだろう。しかし戦における不幸の大半は、味方の不手際か、敵の奸智を源とするものなのだ。

 

 此度はまさに後者ではないか。《金號(きんごう)》の気候や現状を把握したうえで、これ以上は無いという時機を狙って攻め寄せてくるとは。

 

「面白うなってきたわ」

 

 己の顔が笑みの形に歪んでいることに、仁牙(じんが)はようやく気づいた。

 

 ────────

 

 戦時における遊軍の任務の一つとして、付近を進軍する味方に補給を行い、営舎を提供するというものがある。

 

 中々の手間だった。部隊ごとの場所の割当てもそうだが、荷駄や兵糧の出納を余さず書き記すのが煩わしい。怠ると、横流しの嫌疑をかけられかねない。

 

 そもそもとして、仁牙(じんが)の性に合わないのだ。宿屋の真似事をして細々とした用意をするのが、面倒で仕方がない。

 逆に義爪(ぎそう)はこの手の務めにおいて、非常に要領が良かった。苦労や面倒などおくびにも出さず、にこやかに事を進める。

 

 将兵はまるで歓待されたかの如く感謝し、あるいは感心するのが常だった。そのようにして得た知己が、弟には大勢いる。

 

砕骨坊(さいこつぼう)?あの血の気が多い爺か」

 

 遊撃隊を率いて鎮東軍に加勢する、大将の名であった。

 仁牙(じんが)は一度だけ、同じ戦に参陣したことがある。数え四年前、《魏糧川(ぎろうがわ)》一帯を押さえるため、《久々鱗(くくり)》西端に攻め入った時のことだ。

 

 前線の将で最も年嵩だった男が、年甲斐も無く一番手柄を上げていた。討ち取った兜首は十五を算え、他の部隊に前を行かせるということが無かった。

 

 あの時も、確か別の方面軍から増援として送られてきた筈である。

 

「野戦部隊の指揮を取られるそうじゃ。数を揃えられんで、実績あるお人を選んだのだろう」

 

 年長者であるため、指揮下に入る先任の将達の面目が潰れる訳ではない。何より、あの男は騎竜隊との戦い方を心得ている。高所からの死角に潜む術、飛ぶ敵の呼吸を乱す技……。

 そうしたことを考えるなら、確かに悪くない人選ではあった。

 

「とにかくも向こうは先達。戦勝祈願の挨拶ぐらい行くとしようかの」

 

 営舎を出て兄弟で歩いていると、幾つかの人影が前方から迫ってくる。

 供廻りを連れた指揮官だ。魁偉なその姿には、仁牙(じんが)に勝るとも劣らない迫力がある。

 

「あの御仁、待ちきれずに来たらしいの」

 

 それはよいのだが、この音は何だろう。

 からからから、からからから。歩を進める度に、乾いた音が反響してこちらに届く。どこか不吉な、しかし慣れ親しんだ色を帯びた音。

 

 指揮官が、砕骨坊(さいこつぼう)が手を挙げた。

 

「おう!久しいのデカブツ。どうやら弟共々、息災のようだわい」

「うえっ」

 

 目をひん剥いて呻いたのは義爪(ぎそう)である。仁牙(じんが)は平静でいられたが、目の前の先達が、常軌を逸した装いをしているのには違いない。

 

「変わった趣向の陣羽織であられますな」

 

 砕骨坊(さいこつぼう)の陣羽織。縫い付けられている「それ」らが、乾いた音を発していたのだ。

 

 頭、頭、頭……人の頭だ。髪も、皮膚も、肉も、それから中身も無い髑髏。おまけに、箔濃が施されて金色に輝いている。

 前に七つ、背に八つだった。

 

「四年前、我が討ち取った《久々鱗(くくり)》武者の首よ」

 

 この男は昔から、こうした性質であったらしい。いわゆる傾奇者というやつだ。

 軍中では勇ましいと賞する声もあれば、度を越していると非難する者も少なくはなかった。

 

「何故かようなものを仕立ててきたと思う。ん?」

「し、親類の方々にお返しされるおつもりですかな」

 

 顎が外れるのではと思われる程口を大開きにし、砕骨坊(さいこつぼう)は呵呵と笑った。義爪(ぎそう)の的外れな答えが、存外気に入ったようだ。

 髑髏が喚き立てるような音を立てている。

 

「買い被られたもの。我はそこまで殊勝な輩と思われておったとは」

 

 それからは型通りの挨拶を経て営舎に移り、戦の話になった。

 

「六万にございまするか、ひとまず」

「それだけおれば上々であろう。数ばかり揃えても、食わせる飯が足りるかも分からん」

 

 鎮東軍が四万と増援が二万。総計にして六万で迎え撃つこととなる。

 万全を期すならば八万は必要であろうが、叶わぬ望みをいつまでも言い募ったとて何の意味も無いのだ。

 

「戦術は?」

「定石通り内奥に引き込む。東岸を取り戻したと敵は舞い上がっておるやもしれんが、防衛線の一つを抜いたに過ぎんのだ」

 

魏糧川(ぎろうがわ)》西岸の地勢といえば、平地にぽつぽつと大小の丘があって起伏に富んでおり、寄せてくる騎竜隊の直撃を避けるのに適している。

 

 そこまで敵を誘き寄せ、徒士を思うまま駆けさせるのだ。追い回してくる敵を煙に巻くように引き回し、焦らせる。

 耐えかねて突出した敵に槍衾を突き出し、雷火(らいか)の斉射を食らわせて叩き落とす。着陸したところを取り囲んで串刺しにする。

 

 四年前の侵攻戦、その緒戦でもこうした機動戦術を用いて、人竜の屍を山と積み上げたのだった。

 

 さらに今は、各処の丘に築かれた六つの砦もある。敵の攻勢を砦に駆け込むことで躱したり、砦を攻める敵の不意を突くことも可能な訳だ。

 西岸に踏み込んだが最後、そこには進むも退くもままならぬ、火と鉄の蜘蛛の巣地獄が待っている。

 

 確かに完璧な備えだった。敵が、空からのみ来るという前提が崩れさえしなければ。

 

「目を通しておるぞ、お主の上げた報告はな。蜥蜴乗りどもが徒士を抱えておるとは、味な真似をするではないか」

 

 既に陥とされた東岸を含め、《鎮東七塞(ちんとうしちさい)》は騎竜隊と戦うことだけを考えて縄張りがされている。地上に対する備えには、どうしても死角が生ずるのだ。

 

 檄文の主が真に過日の敵将であるなら、空から仕掛けると見せて、徒士だけで攻め寄せてくるということをしかねない。不安の種といえば、それである。

 

「なあに、策は講じておる。編成にかくの如く手を加えんと思うてな」

 

 軽兵を百人ごとに組ませて動き回らせ、戦場全てを覆う物見の網を張り巡らせる。というものだった。煌車(こうしゃ)による移動を織り交ぜれば、より穴を埋めやすくなるだろう。

 

「そして、空を征く敵と対するは我が役目だ。七千の精鋭でもって、奴らの前に立ち塞がる」

「御自身の部隊だけで向かわれると?砕骨坊(さいこつぼう)殿の驍勇は、無論存じ上げておりまするが」

「こちらに何千挺の雷火(らいか)があると思うとる。一度火線を敷かば、敵は上がるも広がるも能わぬわ」

 

 砦から、各徒士隊から撃ちかけられる弾を躱しながらでは、前後にしか動けぬ隘路を進むに等しい。狭い出口を立ち塞ぐ形で備えれば、互角以上の戦いができるに違いない。

 

 砕骨坊(さいこつぼう)の語りはいかにも武断的ではあるが、筋は通っていた。かつての戦で多大な成果を上げたやり方を、現状に合わせて組み直してもいる。

 

 それは、正解と呼ぶに足るものには違いあるまい。しかし、敵もまたその正解を知っていたとしたら?

 

 知っていたとて、どうなる。とも思う。この備えを破るには、砕骨坊(さいこつぼう)率いる精鋭の本隊を撃ち破るのが手っ取り早いだろう。

 

 しかし、多数の軽兵が残っている。物見にいつまでも時を要する訳は無く、本隊と連携して包囲の態勢を敷くに違いない。

 砦からの射撃を躱しながら、速度も勢いも死んでいる騎竜隊が、凌ぎ切れる訳も無かった。

 

 考えに考えても、穴は無かった。しかし、引っかかる。自分は何を忘れている。何を見落としている。

 

 砕骨坊(さいこつぼう)が自らの営舎に戻り、進発していくまでの間、その答えは見つからなかった。

 髑髏の奏でる乾いた音ばかりが、耳に残る。

 

 ────────

 

 それから、数日後。行軍調練の支度を命じた。

 

「何処に向かうんじゃ」

 

 ごく当たり前のことを確かめてきた義爪(ぎそう)に、仁牙(じんが)は曖昧な返ししかしていない。

 

 兵が行き交い、荷駄が右から左へ運ばれる中、営舎に籠って一人考え込む。

 自分が思案する時の顔は、機嫌が悪い時のそれだと誤解されているらしい。それを解くのも面倒なので、可能な限り見せないようにしている。

 

 砕骨坊(さいこつぼう)がここにいる間、戦況の予測から王都近辺の情勢まで、諸々の話をした。しかし、一つだけ話題にしなかったことがある。

 

 他ならぬ仁牙(じんが)が、どう動くかということだ。

 

 より正確に言うなら、何も話しようがなかったのである。遊撃隊といえど、裁量を超えて動き回ることなどできようもなく、下された命令を墨守するのが当たり前だった。

 

 もっとも、時にそれを逸脱するから自分は度々査問に呼びつけられるのだが。

 

 此度の戦に際し、増援の補給を支援せよとの命は果たした。次は、どうなるか。つまり、陣触れが自分の隊に来るのか。

 

 来ぬというなら、それは仕方ない。戦力を温存し、次なる機会に備えるだけのことだ。

 来るなら、まさしく望むところ。戦場に血の豪雨を降らし、《金號(きんごう)》に仁牙(じんが)ありということを天下に知らしめてやる。

 

 ただ、気になることがある。道だ。どの道を進軍して戦場に赴くかという一点に、悩み続けている自分がいた。

 

 この時期、ぬかるみに足を取られる恐れのない道は、二つある。いずれも《是門城(ぜもんじょう)》から東に向けて伸びるものだ。

 一つは《魏糧川(ぎろうがわ)へ真っ直ぐ続く直通路で、迅速に戦場へというのであれば、ここを通る他ない。

 

 しかしながら、どうにも気が乗らなかった。《是門城(ぜもんじょう)》への後退を強いられた場合、我先にと退く味方で道はごった返すだろう。それでは暴れようもない。

 そもそも、着到時に早くも戦端が開かれていて、まともに敵情を探る暇も無いまま、前線に向かうことを強いられるかもしれぬではないか。

 

 ……ここまで考え、仁牙(じんが)はようやく己の本心に気がつく。それは軽い驚きを齎すと同時に、すでに分かりきったことでもあるように思われた。

 

「俺は、味方が負けると考えているのか」

 

 それを認めた時、もう一つの道がはっきりとした意味を持ってくる。

 

是門城(ぜもんじょう)》の南東、《昆夭(こんよう)》の地を経由する迂回路。道なりに北へ進むと直通路に合流し、《魏糧川(ぎろうがわ)》に至る。

 

 ここを通りつつ戦況を見極めるという方策が、明確な輪郭と共に浮かび上がってきた。

 

 自分の予測通り味方が破れるとしたら、《昆夭(こんよう)》の地はきわめて重要となろう。勝勢に乗る敵の追撃を受けつつ、ただ真っ直ぐ退けば、たちまち総崩れということも有り得る。

 

 しかし、南へ曲がれば。敵の勢いを受け流しつつ、《是門城(ぜもんじょう)》を目指すことができる。

 その退路を守り通すことができれば、これは負け戦における大きな武功となろう。

 

 無論、危うい賭けだ。味方が戦理通りに勝利すれば、自分とその部隊は戦を厭うた挙句、戦場に乗り遅れた間抜けとして評判が下がるだろう。

 それに、狙い通り殿軍の功を立てたとして、望むように評価されるかは別の話だ。抜け駆けに準ずるものと糾弾される恐れもある。

 

 出る杭を嬉々として打ちそうな輩は、幾らでも思いつく。

 

「だから何だ?」

 

 そんなものは、逡巡の種にすらなり得ない。

 

 仁牙(じんが)は腰を上げた。同時に、義爪(ぎそう)が営舎に入ってくる。

 

「支度はできたが、兄者」

 

 まだ方針を聞かされていないこともあり、戸惑い気味に声をかけてきた。

 弟にも、道々説明してやらねばならぬ。だが、今はこれだけを伝えておけばいい。

 

「なってやろうぞ。杭にな」

「はあ……?」

 

 当惑する弟に、尖った歯を剥き出しにした笑みを投げかけると、仁牙(じんが)は営舎を出ていった。

 

 足取りは軽い。一度決めたら迷わない、という在り方が骨の髄まで刻まれているのだ。

 目指す先に、俺の戦場がある。俺の運命がある。

 

 いざ、《昆夭(こんよう)》へ。

 




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