無源の秋 〜竜の翼は風雲に舞う〜【毎週金曜12:00&日曜19:00更新】   作:くコ:彡の本棚

3 / 16
叢雲

 

 巨大な影が対岸に迫るのを、双竜之丞(ふたつのじょう)瑞王(ずいおう)の鞍に座して見ていた。幼少より共に生きてきた、半身とも言うべき飛竜である。

 

 大陸西部を南北に分つ《鳴蒙川(めいもうがわ)》の流れは、《聖華(しょうか)》にとって《金號(きんごう)》の南下を迎え撃つ、第一にして最重要の防衛線である。川に面して立ち並ぶ大小の砦それぞれに、戦陣の匂いが染み付いているようだ。

 仙術の大家たる《聖華(しょうか)》の拠点であるからして、矢玉避けの術も当然全てに備わっている。

 

 その物々しさも、大地を震わして前進を続ける城の前では霞みがちだった。城が、動く。双竜之丞(ふたつのじょう)も、十年前にそれを初めて見た時、己の目を信じられなかったものだ。

 

金號(きんごう)》が侵攻作戦に用いる移動軍営、破寇塞(はこうさい)である。川沿いの砦に匹敵する規模の巨大陣地が、四つの車輪で轍を刻みながら迫り来る。

 計三つ。各々が担っているであろう渡渉地点に至った。

 

 陣地の縁から地面へ渡された斜橋を駆け下りる、黒き影の群れ。《久々鱗(くくり)》や《聖華(しょうか)》のような騎兵、術士に乏しい《金號(きんごう)》では、精強な徒士が発展した。白兵戦においては無類の威力を発揮するという。

 

 一斉に寄せる《金號(きんごう)》軍に、川面が黒く塗り潰されてゆく。《鳴蒙川(めいもうがわ)》は川幅こそあるが水深は然程でもなく、徒士の足が落ちることもない。

 一度に二十連射が可能な大弩を全周に有する破寇塞(はこうさい)から、文字通り矢の豪雨が降り注ぎ、徒士の行手を突き立つ矢で均していった。

 

「ありゃあ川岸で叩くなんざ、できる訳も無えわな」

 

 背後からの気配は先程から感じていたが、害意は無かったので放っていた。声をかけられたので一瞥すると、自分と同じく飛竜に跨る男が一人。頭を剃り上げているのは、組み打った時に髪を掴まれないためか。

 

 騎竜武者の陣借り(傭兵)を求める、大規模な陣触れがあった。この男も、多分それでここまで来たのだろう。着到の挨拶をする暇も無く、修羅場に直面した訳だ。

 

 動く城の援護を受け、阻まれることなく対岸に立った徒士は、次々白刃を抜き放つ。連なる光を掻き分けるように現れた一団が整列し、筒のようなものを先端を砦に向けた。

 

 稲妻を十数本、纏めて叩きつけるが如き轟音。

 

 空気そのものが燃え立つような、青白い光の怒涛。砦に突き刺さり、矢玉避けに激震を走らせる。その度に首をすくめ、縮こまって身を屈める砦の守兵が見えた。

 

 敵として対したことも、味方として並んだこともあるが、雷火(らいか)の斉射はいつ見ても凄まじい。雷の力で撃ち出される弾丸には、達人の強弓に匹敵する貫通力があるうえ、引金一つで誰でも放てるのだ。

 

 かつては遥か北にあった《金號(きんごう)》と《聖華(しょうか)》の国境が、大きく南にまで下がった、大きな要因の一つに違いない。

 

「待て」

 

 翔け出そうとする男を見て、双竜之丞(ふたつのじょう)は思わず制止していた。本来、何ら関わりの無い他人だというのに、火線に曝して犬死にさせるのが憚られたのだ。

 

「しかしな、この様子じゃそう保つとも思えんぞ」

「音と光の迫力に惑わされるな。あれは徒士を砦に取り付かせるための牽制だ。《聖華(しょうか)》の連中も少しは場数を踏んでいるだろうし、暫し見ていろ」

 

 間もなく予想通り、敵は斉射で砦からの迎撃を封じたと見るや、徒士による攻勢に移った。中央や右翼側の敵は絶えず攻めているようで、いつでも退がる余地を残している。

 

 それに対し、最左翼側の大砦に対する攻勢は激烈だった。大手(正面)を攻める敵は動きも良く、気炎も立ち昇っている。

 凄まじい勢いで柵を破り、櫓を引き倒し、鎚で門扉を揺るがす。側面や搦手から、侵入を図る動きも止まない。

 

 間違いなく、敵の本命である。

 

「早速、落ちたかな?いや、撤収だな。あれは」

 

 大砦の右手にある、二つの小砦。詰めていた将兵が門を飛び出して、大砦に向かい走っていた。急いではいるが、算を乱してはいない。

 力を一処に集めるつもりだろう。それを察したらしい敵が、余勢を駆り追ってくる。

 

 大砦を出撃した一隊がそれに立ちはだかり、味方の背を守る動きを見せた。部隊を幾つかに分け、逆撃と後退を交代で繰り返すことで、敵の浸透を阻んでいる。

 

「殿となって敵の鼻面を抑えるか。しかし、大手に寄せている敵の背後に回り込んだ方が良くはないか」

「対岸を見ろ。破寇塞(はこうさい)の雷火は、ちょうどその位置まで届く。逆に背中を撃たれるぞ」

 

 言い換えれば、決して背後を取られないという安心が、敵に躊躇の無い攻勢をさせている。

 働き処。はっきりと見えた。

 

「行くぞ」

 

 瑞王(ずいおう)に言ったのではない。長く信頼を培ってきた人と竜の間に、言葉などいらないのだ。

 呼びかけられた男は、景気良く掌に拳を打ちつけた。

 

「私は破寇塞(はこうさい)に近づき、一時撃ち手の狙いを惑わせてくる」

「そんじゃあこっちは横合いの敵を叩いて、殿を自由にしてやればいいんだな。心得た」

 

 男は魁偉な体つきをしていたから、相当腕が立つだろうことは分かっていたが、咄嗟の判断も相当に良いらしい。

 

 得物の槍を掴み、瑞王(ずいおう)に跨った。小さく首を振る仕草は、いわゆる武者震いである。日は中天、青灰色の鱗は陽光を照り返し、双竜之丞(ふたつのじょう)の目に煌めきを投げる。

 

 心気を研ぎ澄ます。腿を締める。ものの数秒で、騎影は風を追い越した。

 

 大きくなっては消え、近づいては流れゆく景色。そんなものに目は向けない。鋭敏な飛竜の感覚に己を重ね、迫るものを察知できるかどうかだ。

 

 針の群れ。右。そう思った時には騎首が翻っていて、先程までいた空間を何十本もの矢が貫いていた。

 矢で塗り潰すような射撃は、こちらを誘導して雷火(らいか)の狙いに追い込むためのものだ。見え透いている。それに乗るふりをして、直前で火線を躱す動きを繰り返す。

 

 雷光の欠片を思わせる、青白い光を纏った弾丸。弓と違って軌道が曲がったり、撃ち手で射程が変わったりしないので、発射元を冷静に見極めればある程度は読める。捉えられないことにいきり立ち、ますます狙いがぶれる敵を見て、僅かだが愉快な気分になった。

 

 そのまま、攻め口を探すような動きを敵に見せつけた。まだまだ後続が来る。その不安を敵は捨てきれないだろう。飛び回りつつ、次の動きを待った。

 

 鯨波が上がった。《聖華(しょうか)》特有の太鼓の音も高らかに響く。全軍、攻勢。それを告げる音色だった。

 大手を攻めていた敵が、背後から断ち割られていた。一体となって圧力をかけ続けていた黒い塊が、散り散りになりつつある。砦から打って出た兵の奔流が、それを正面から押し流し始めた。

 

 あの男は、期待以上の働きをしてくれたようだ。まだ暴れ足りぬとばかりに、右に左にと敵を薙ぎ倒している。

 得物は戦斧だったが、彼自身が巨大な斧となって敵陣を打ち砕いているようだ。強風に舞う木の葉に見えたものは、悉く人影だった。

 

 やがて双竜之丞(ふたつのじょう)は騎首をめぐらし、元の場所への復路につく。

 攻勢を断念し、川を渡って帰陣する敵と、行き違いながら。

 

 ────────

 

 殿として出撃したのは、大砦の指揮官だったようだ。時を稼ぐためにと、巌徹(がんてつ)が斧を振るって暴れている時、軍を素早く纏めて転進した手腕をよく覚えている。

 

 巌徹(がんてつ)双竜之丞(ふたつのじょう)、二人の騎竜武者は、本陣の置かれた営舎に招かれていた。

 

耀謙(ようけん)と申す。全ての将兵を代表し、貴殿らの加勢に心から御礼申し上げる」

 

 陣借りに躊躇なく頭を下げる耀謙(ようけん)に、巌徹(がんてつ)は好意を抱いた。営舎に詰める兵達もきびきびと動いており、この男の威令が行き届いていると分かる。

 

 巌徹(がんてつ)が主の勘気を被って主家を飛び出し、一年あまり。《聖華(しょうか)》西部で起きた反乱の鎮圧に陣借りとして参じたこともあったが、散々なものだった。指揮官は横柄なばかりで戦人としての美点など無く、軍規無き兵はならず者と変わらない。

 

 何が、大陸一の歴史と栄華を誇る国か。失望したものだが、断を下すのは早かったようだ。

 

「にしても、大将直々に苦労なさったもんだ。後詰も無しに陣頭に立たれるとは」

「私がその後詰だったのだよ、本来」

 

 耀謙(ようけん)は力無く笑う。眉間に刻まれた深い皺は、老いとは違う深刻な何かが原因らしい。

 

「理由も示されず、砦の守将と兵の半分が皇都に呼び戻されて戻らぬ。あくまで留守居のつもりで詰めていたら、これでな」

 

 傍らの副官も、憤懣やる方ない様子で眉を顰めている。皇都で起きた、ろくでもないことのとばっちりを受けたのは、間違いなさそうだった。

 

「それで、だ。貴殿らを呼び立てたのは、礼を述べるためだけではない。ある作戦の指揮を取ってもらいたく思っている」

 

 卓上で広げられたのは、《鳴蒙川(めいもうがわ)》流域を描いた地図である。耀謙(ようけん)の指が紙上で滑り、北岸一帯を丸で囲んだ。

 三つの破寇塞(はこうさい)が未だそこには陣取っており、収容した徒士を休ませている。敵地に関わらず、野営などとは比較にならぬ環境で、兵達は明日こそ防衛線を破らんと英気を養っているだろう。

 

「本来、北岸には深い湿地帯が広がっている筈なのだ。徒士は足を取られ、動く城など進みようもない程、深い泥濘が。だが現実として、敵は乾いた地面を進んで南下を繰り返している。探りに探った結果──」

 

 指が西の方向に滑る。山地と平地の際、一点を指して止まった。

 

「ここに、地面の性質を変異させる要因があると分かった」

煌石(こうせき)を力の源とする機械(からくり)でしょうか?」

 

 これまで沈黙を続けてきた双竜之丞(ふたつのじょう)が、意を得たりとばかりに口を開く。耀謙(ようけん)も頷いた。煌石(こうせき)とは?事情が分からぬための居心地の悪さがあるが、まずは話を聞くことだ。

 

「然り。敵は煌炉(こうろ)と呼んでいるらしい」

「それをぶち壊そうというので?」

「いや、当然のこと警固は厳重だ。煌炉(こうろ)を破壊すると見せかけ、別の罠を仕掛けるつもりでいる」

 

 かねてより時をかけて準備を進めていた作戦らしく、そのために騎竜武者を募っていたのだろう。着到は今も続いていて、もうじき二百騎に達するそうだ。

 

 それから細かい所を詰め、営舎を辞した二人は陣借りの溜り場に向かう。天幕を張り、飛竜を側に置ける丘や高台を、燿謙は押さえてくれていた。

 

「気っ風の良い大将だったな、双竜(ふたつ)よ。報酬も全て前渡しとは」

「私にとっては多すぎる。まあ、働きによって釣り合わせるとしようか」

 

 思えば、双竜之丞(ふたつのじょう)とは直接名乗り合っていない。営舎に呼ばれ、耀謙(ようけん)に名を告げた際に知ったのだ。

 名を知らずとも、危地においては互いの背を預けられる。戦人とはそういうものだった。

 

 岩肌が覗く丘で鞍を下り、薪を組んだ。既に、陽の半ばは水平線に沈んでいる。周囲を見渡すと、相棒の飛竜に土を食ませ、あるいはその背にもたれて微睡んでいる同胞が多くいた。

 

「火を灯すぞ。手を離していろ」

 

 双竜之丞(ふたつのじょう)は腰に提げた巾着から、半透明の石を取り出す。掌に収まる程度の大きさだ。

 空いている方の手で薪を指差した。と思いきや、石が赤い輝きを放った直後に、薪に小さな火柱が立ち昇る。

 

 巌徹(がんてつ)は凄いものを見たと驚いたが、双竜之丞(ふたつのじょう)は平然としている。慣れきっているらしい。

 

「これが、その、《金號(きんごう)》の」

煌石(こうせき)だ。私が持つのは火を点ける程度の小さなもので、購うことは難しくない」

 

 双竜之丞(ふたつのじょう)は、煌石(こうせき)のことを色々教えてくれた。《金號(きんごう)》の鉱山地帯より産する鉱物で、念じることで仙気に干渉できる。つまり、誰でもこの石を使えば、術式によって操るような事象を、起こすことができる訳だ。

 

 たとえば、雷火(らいか)は筒の中に二つの煌石(こうせき)を組み込み、雷の力で力場を作って、弾丸を射出するものである。また、《金號(きんごう)》の徒士が纏う具足にも仕込んであって、様々な効果を発揮するという。

 

 煌石(こうせき)の実用化で、《金號(きんごう)》は国としての底力を飛躍的に増した。国境を南まで大きく押し上げて肥沃な穀倉地帯を押さえ、《久々鱗(くくり)》との境界にある《魏糧川(ぎろうがわ)》流域にまで勢力が及んでいる。

 

「詳しいのう」

「十八から陣借りを始めて、十年だ。《金號(きんごう)》にも六年はいたのでな」

「俺と二つしか違わんのか」

 

 飛竜の轡を取った三人が近づいて、焚火を共にしてよいかと話しかけてきた。二人は巌徹(がんてつ)より少し若く、一人は四十半ばか。

 

 五人は焚火を囲んで干し肉を食らい、五匹は退屈そうに身を屈めて休んでいる。双竜之丞(ふたつのじょう)瑞王(ずいおう)は他と色が違い、鋭い印象もあって一番目立った。そもそも、飛竜に名を付けることも《久々鱗(くくり)》では珍しい。

 

巌徹(がんてつ)とやら。あんた相当腕が立つようだが、元々何処に仕えてた?」

「オロ族は涼綺(りょうき)氏の直参さ」

「今の当主は良い評判を聞かんなあ。強欲で狭量、臣の多くも似たようなもんらしいが」

「大方、強いからって讒言されたのを真に受けたんだろうよ」

 

 巌徹は剃った頭を撫でて苦笑した。確かに、噂と実情に大した差は無い。

 

「まあ、俺達が攻め寄せた時に、真っ先に逃げるような家だしな」

「おい」

 

 若い一人が血相を変えて立ち上がった。

 

「ミズ族の下っ端か。お前らが攻めてきたせいで、俺の家は代々の営地を失った」

「何だ、戦る気か?」

「馬鹿が、下らん喧嘩はよせ。今は仲良く流れ者だろうが」

 

 それまで黙っていた中年の男に一喝され、白けたように二人は口を噤んだ。己の現状を思い起こし、諍いが馬鹿馬鹿しくなったのだろう。叱り飛ばした口から溜息が漏れる。

 

「この十年、《久々鱗(くくり)》の人気もすっかり悪くなりやがった。外の脅威に目を塞ぎ、内向きで財産の奪い合いに汲々とする有様だ」

 

 久々鱗を南北に分かつ二つの大氏族、オロ族とミズ族。小競り合いを挟みつつも続いた均衡は、十年前にミズ族が侵攻を始めたことで崩壊する。

 

 中小の氏族が幾つも滅ぼされた挙句、侵攻は頓挫という形で終結したかに見えたが、残った禍根はあまりに根深かった。

 力で相手を攻め潰し、奪う。肥え太る。その選択肢が、命あるものとして《久々鱗(くくり)》に蔓延ってしまったのだ。

 

 隙あらば近隣の氏族を襲い、営地を占拠し、略奪を重ねる。互いにその隙を窺い、そして猜疑の目を向けているから、同じ《久々鱗(くくり)》の民として団結することができない。《金號(きんごう)》に《魏糧川(ぎろうがわ)》の流域を奪われ、七つの砦まで築かれているというのに、撃退せんと動く者はいなかった。

 

 分裂は日を経るごとに深刻さを増している。大陸各地に散らばった騎竜武者の陣借りは数千騎に及ぶとされ、その殆どが不毛な抗争で居場所や生きる糧を失った者達なのだ。

 

「誰かが、いてくれればな。誰でもいい。《久々鱗(くくり)》の太陽となってくれる誰かが」

 

 陽はとっくに沈み、宵闇を焚火がうっすらと照らしている。それを囲みながら、五人は項垂れるばかりだった。

 

 ────────

 

 払暁に動き出した。

 

鳴蒙川(めいもうがわ)》下流。陣借りの騎竜隊は、左手に河口を望む地点で渡渉の陣形を組んだ。対岸にある丘を目指して一飛びし、そこを拠点に煌炉(こうろ)を窺う動きを見せつける。丘を押さえた後、それを守る耀謙(ようけん)の徒士部隊も側に展開していた。

 

 だが、それはどこまでも見せかけだった。徒士は確かに丘を守る動きをするが、本当の目的は工作部隊から敵の目を逸らすことにある。

 煌炉(こうろ)から地面を貫くように張り巡らされる、仙気の線。それを断ち切り、北岸を泥濘に戻してしまう。その任を担う術士で編成された、工作部隊が同行しているのだ。

 

 上流を見る。敵も惰眠を貪ることはせず、徒士が外に展開し、破寇塞(はこうさい)の撃ち手も配置についている。川の中洲まで進出した《聖華(しょうか)》軍に備えるためだ。

 やはり、徒士と術士からなっている。《聖華(しょうか)》にも陸の騎兵はいるが、この戦場では力を発揮できないのだろう。術士は矢玉避けによる守りのみならず、攻撃も仕掛ける構えと見えた。

 

 巌徹(がんてつ)に肩を叩かれる。

 

「刻限だ。号令頼んだぜ」

 

 何故か自分が陣借りの筆頭ということにされていて、双竜之丞(ふたつのじょう)は苦笑するしかなかった。

 二百騎で形作る巨大な楔。双竜之丞(ふたつのじょう)がその先端となり、対岸の丘を睨め付ける。

 

 瑞王の首を叩き、右手の槍を水平に構えた。気が横溢する。陽の昇りに呼応するように、それが全軍に波及していった。

 淡い光の玉が浮かび、眼前で爆ぜる。耀謙(ようけん)の隊が術によって打ち上げた、前進の合図だ。

 

 槍の穂先を天に掲げた。朝日を受ける白刃の輝きに負けじと、瑞王(ずいおう)が雄叫びを上げる。

 人の鬨と竜の咆哮が、折り重なって谺する。動き出した。よく晴れた夜明けの朝を剣呑な気で染め上げる騎竜隊は、生ける叢雲だった。

 

 騎竜隊が勇躍し、徒士隊が粛然として渡河を果たすと、警戒の視線が一斉に突き刺さってくる。戦力をこちらに振り向けるか、それとも中洲の軍を叩くことに注力するか。敵の出方で対応も変わる。

 

 目標の丘にも敵が待ち構えていた。水際で防がない辺り、引き込んで潰してしまおうとの意図が見える。

 手筈通り、飛竜達の足を落として耀謙(ようけん)が先行するに任せた。勢いを殺さずにおくには、一定の拍を刻んで羽ばたくことが大事だ。

 

 燿謙の号令一下、矢玉避けの術をかけた楯を押し出した徒士が、丘を駆け上がる。弾丸の雨を受け止めながら進む側面を狙うようにして、現れた敵の埋伏。

 横殴りの力がかかるのを意に介さず、双竜之丞(ふたつのじょう)は騎首を反転させつつ加速した。後続の気配を感じながら、速度の生み出す力を得物に籠める。

 

 不意を突かれて固まる敵。一瞬の手応えと共に二つ、三つと飛んだ顔は、大口を開けたままだった。

 首が、手足が、血飛沫が乱舞する。咽せ返るような血腥さにあてられた味方は、意味もなさない叫びを口々に上げ、敵の外縁を削ぎ落とす。

 

 埋伏を一撫でして足止めした勢いのまま、丘に陣取る敵に突っ込んだ。前面に横列を押し出し、散開を防ぎ追い込む動きである。縮こまる敵の塊に、丘の頂に達した耀謙(ようけん)の部隊は突き上げるような攻勢をかけた。

 包囲の輪を脱しようと、敵将らしき男とその旗本がこちらに向かってくる。飛び出した影。巌徹(がんてつ)。馳せ違ったと思った直後、具足に包まれた敵将の上半身だけが地に落ちていた。

 

 将を失って逃げ惑う敵を追いに追い撃ち、丘を制圧した。術士は早速工作に取り掛かっている。

 上流では、敵から見て一番右側の破寇塞(はこうさい)が方向を変え、正面をこちらに向けつつあった。兵を差し向けられても、川に面した隘路で堰き止められる。工作が成るまでのゆとりはある──。

 

「おい、あれは?」

 

 巌徹(がんてつ)が指差した先に、こちらに向かってくる軍勢の姿があった。黒い具足、雷火(らいか)を携えて疾駆する兵を見れば、《金號(きんごう)》の新手であるのは分かる。

 だが、どの破寇塞(はこうさい)から出撃したとも思えない。遥か東から、味方の陣を横一文字に切り裂いて駆け通している印象があった。決して数は多くないというのに、ふてぶてしいまでの圧力がある。

 

仁牙(じんが)ですと?まさか、あの男がかような所に」

「あの旗、何よりあの動きを見ろ。間違いなく奴はここまで来ている」

 

 耀謙(ようけん)は早くも脅威に感づいているようだ。仁牙(じんが)という名は聞いたことがある。《魏糧川(ぎろうがわ)》流域に築かれた砦の一つを預かる《金號(きんごう)》の将で、果敢な戦ぶりで名の知られた男だ。

 

 こちらが渡河したのを認めてから駆けつけた、そんなことは有り得ない。煌炉(こうろ)が狙われることを予め読んで、恐らくは味方にすら諮ることなく出張ってきたのか。事実、丘を奪還するのではなく、周囲で何か不審な動きが無いか、探る素振りを見せている。

 

「大将殿、奴の軍はここで食い止めねばまずい。無防備な工作部隊が撫で斬りにされますぞ」

 

 一介の陣借りが差し出がましいとは自覚しつつも、双竜之丞(ふたつのじょう)は迎撃の手立てを進言せずにいられなかった。耀謙(ようけん)も真剣に聞き入っている。

 

「……良かろう。貴殿らが撤収する陣は、必ずや我らが守り抜く」

 

 全軍で丘を下り、仁牙(じんが)の軍に正面から立ちはだかった。耀謙(ようけん)の隊が横列に広く展開する。敵は駆けながら雷火(らいか)隊を前に出し、二段構えの射撃陣を素早く構築し始める。

 

 敵が狙いをつけようとしたその時、割れる横列。啓かれた回廊を貫くようにして、双竜之丞(ふたつのじょう)を先頭とした縦列が疾風となって突っ込んだ。得物を突き出し、飛竜の翼を折り畳み、低空で突き進む鏃のような態勢。

 

 朝日を受けた瑞王(ずいおう)の鱗が輝きを放ち、それを敵の具足が照り返して、双竜之丞(ふたつのじょう)は光の壁に突貫したように思えた。

 

 敵陣に食い込み、槍を二度薙いだ。両断された敵の骸、四散した雷火(らいか)の破片が地にぶち撒けられる。殺気。倒れ込んでなお雷火(らいか)を向けてくる敵の眉間を、咄嗟に投げつけた鏢で貫いた。

 

 敵の先鋒は陣としての形を失ったが、算を乱した様子は無い。生き残った兵は素早く後退し、長槍を構えた部隊が前に出た勢いのまま突きかけてきた。

 十何騎か、落とされている。巌徹(がんてつ)が槍の柄を纏めて叩き斬って槍衾に穴を穿ち、撤収のゆとりを作ってくれた。

 

 次なる雷火(らいか)隊が現れたが、耀謙(ようけん)の部隊が肉薄した。自身も太刀を振るい、四方の敵を斬り伏せている。

 そのまま雪崩れ込むことに成功したかと見えたが、やはり敵の後退は巧みだった。敵の最前にいる大男が、こちらの兵を複数人纏めて薙ぎ倒す隙に、陣を再編する距離を押さえるのである。

 

 それから、応酬はしばらく続いた。同じことの繰り返しは単調でありつつも、それだけに僅かな遅滞や誤りが瓦解を招く。神経が擦り減るような押し合いだ。

 討死も、手負いも時を経るごとに増えてゆく。未だ戦う力を持つ者は目をぎらつかせ、眼前の敵ばかりを視界に収めていた。

 

 川の流れが、喧騒を運んでくる。

 

 さらに強烈な光景が、敵味方の目を奪った。突如現れた、否、元の状態に復した泥濘が北岸に広がり、展開していた《金號(きんごう)》の徒士の足首を飲み込んで、虜としたのだ。

 

 そして、耳をつんざくような轟音。破寇塞(はこうさい)が自らの重みでぬかるんだ地面に沈み込み、つんのめる形で擱座してしまった。中の人間は直立もできず、弩も狙いをつけられない。程度の差はあれ、三つ全てでそれは起こった。

 

 天を揺るがす雄叫び。《聖華(しょうか)》軍全てから、勝利を確信する鬨が上がり、敵の喉笛を見えざる縄で締め上げた。

 牽制役に甘んじていた中洲の部隊は、術による攻撃ないし掃討を始めている。身動きの取れない敵の頭上に小さな雷雲が現れ、幾つもの稲妻が降り注ぐ。

 

 泥に塗れて倒れ伏す敵の骸が見える。崩落してゆく破寇塞(はこうさい)も見える。威を放ち続けていた敵陣が、陽に照らされた雪のように霧消してゆく。

 仁牙(じんが)の軍。既に戦場を去っている。泥に落ち込むことのない退路を、しっかり確保していたのだろう。

 

 その光景を、鞍を下りた双竜之丞(ふたつのじょう)は、丘の上からぼんやりと見つめていた。戦の熱に浮かされた瑞王(ずいおう)を、鎮めてやりながら。

 

 浅傷を受けたらしい耀謙(ようけん)が、左腕に赤い染みを滲ませながらやってきた。奮戦に対し、本心からの謝辞を述べてくれているようだった。

 

 横合いからは巌徹(がんてつ)も来て、肩に手を置きながら笑いかけてくる。具足は真っ赤に染まっていたが、全て返り血のようだ。その背後では、生き残った陣借り達が、得物を掲げて勝利を誇っている。

 

 取り敢えず、勝った。戦を終えたばかりの頭で考えられるのは、それだけだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。