無源の秋 〜竜の翼は風雲に舞う〜【毎週金曜12:00&日曜19:00更新】 作:くコ:彡の本棚
巨大な影が対岸に迫るのを、
大陸西部を南北に分つ《
仙術の大家たる《
その物々しさも、大地を震わして前進を続ける城の前では霞みがちだった。城が、動く。
《
計三つ。各々が担っているであろう渡渉地点に至った。
陣地の縁から地面へ渡された斜橋を駆け下りる、黒き影の群れ。《
一斉に寄せる《
一度に二十連射が可能な大弩を全周に有する
「ありゃあ川岸で叩くなんざ、できる訳も無えわな」
背後からの気配は先程から感じていたが、害意は無かったので放っていた。声をかけられたので一瞥すると、自分と同じく飛竜に跨る男が一人。頭を剃り上げているのは、組み打った時に髪を掴まれないためか。
騎竜武者の陣借り(傭兵)を求める、大規模な陣触れがあった。この男も、多分それでここまで来たのだろう。着到の挨拶をする暇も無く、修羅場に直面した訳だ。
動く城の援護を受け、阻まれることなく対岸に立った徒士は、次々白刃を抜き放つ。連なる光を掻き分けるように現れた一団が整列し、筒のようなものを先端を砦に向けた。
稲妻を十数本、纏めて叩きつけるが如き轟音。
空気そのものが燃え立つような、青白い光の怒涛。砦に突き刺さり、矢玉避けに激震を走らせる。その度に首をすくめ、縮こまって身を屈める砦の守兵が見えた。
敵として対したことも、味方として並んだこともあるが、
かつては遥か北にあった《
「待て」
翔け出そうとする男を見て、
「しかしな、この様子じゃそう保つとも思えんぞ」
「音と光の迫力に惑わされるな。あれは徒士を砦に取り付かせるための牽制だ。《
間もなく予想通り、敵は斉射で砦からの迎撃を封じたと見るや、徒士による攻勢に移った。中央や右翼側の敵は絶えず攻めているようで、いつでも退がる余地を残している。
それに対し、最左翼側の大砦に対する攻勢は激烈だった。大手(正面)を攻める敵は動きも良く、気炎も立ち昇っている。
凄まじい勢いで柵を破り、櫓を引き倒し、鎚で門扉を揺るがす。側面や搦手から、侵入を図る動きも止まない。
間違いなく、敵の本命である。
「早速、落ちたかな?いや、撤収だな。あれは」
大砦の右手にある、二つの小砦。詰めていた将兵が門を飛び出して、大砦に向かい走っていた。急いではいるが、算を乱してはいない。
力を一処に集めるつもりだろう。それを察したらしい敵が、余勢を駆り追ってくる。
大砦を出撃した一隊がそれに立ちはだかり、味方の背を守る動きを見せた。部隊を幾つかに分け、逆撃と後退を交代で繰り返すことで、敵の浸透を阻んでいる。
「殿となって敵の鼻面を抑えるか。しかし、大手に寄せている敵の背後に回り込んだ方が良くはないか」
「対岸を見ろ。
言い換えれば、決して背後を取られないという安心が、敵に躊躇の無い攻勢をさせている。
働き処。はっきりと見えた。
「行くぞ」
呼びかけられた男は、景気良く掌に拳を打ちつけた。
「私は
「そんじゃあこっちは横合いの敵を叩いて、殿を自由にしてやればいいんだな。心得た」
男は魁偉な体つきをしていたから、相当腕が立つだろうことは分かっていたが、咄嗟の判断も相当に良いらしい。
得物の槍を掴み、
心気を研ぎ澄ます。腿を締める。ものの数秒で、騎影は風を追い越した。
大きくなっては消え、近づいては流れゆく景色。そんなものに目は向けない。鋭敏な飛竜の感覚に己を重ね、迫るものを察知できるかどうかだ。
針の群れ。右。そう思った時には騎首が翻っていて、先程までいた空間を何十本もの矢が貫いていた。
矢で塗り潰すような射撃は、こちらを誘導して
雷光の欠片を思わせる、青白い光を纏った弾丸。弓と違って軌道が曲がったり、撃ち手で射程が変わったりしないので、発射元を冷静に見極めればある程度は読める。捉えられないことにいきり立ち、ますます狙いがぶれる敵を見て、僅かだが愉快な気分になった。
そのまま、攻め口を探すような動きを敵に見せつけた。まだまだ後続が来る。その不安を敵は捨てきれないだろう。飛び回りつつ、次の動きを待った。
鯨波が上がった。《
大手を攻めていた敵が、背後から断ち割られていた。一体となって圧力をかけ続けていた黒い塊が、散り散りになりつつある。砦から打って出た兵の奔流が、それを正面から押し流し始めた。
あの男は、期待以上の働きをしてくれたようだ。まだ暴れ足りぬとばかりに、右に左にと敵を薙ぎ倒している。
得物は戦斧だったが、彼自身が巨大な斧となって敵陣を打ち砕いているようだ。強風に舞う木の葉に見えたものは、悉く人影だった。
やがて
攻勢を断念し、川を渡って帰陣する敵と、行き違いながら。
────────
殿として出撃したのは、大砦の指揮官だったようだ。時を稼ぐためにと、
「
陣借りに躊躇なく頭を下げる
何が、大陸一の歴史と栄華を誇る国か。失望したものだが、断を下すのは早かったようだ。
「にしても、大将直々に苦労なさったもんだ。後詰も無しに陣頭に立たれるとは」
「私がその後詰だったのだよ、本来」
「理由も示されず、砦の守将と兵の半分が皇都に呼び戻されて戻らぬ。あくまで留守居のつもりで詰めていたら、これでな」
傍らの副官も、憤懣やる方ない様子で眉を顰めている。皇都で起きた、ろくでもないことのとばっちりを受けたのは、間違いなさそうだった。
「それで、だ。貴殿らを呼び立てたのは、礼を述べるためだけではない。ある作戦の指揮を取ってもらいたく思っている」
卓上で広げられたのは、《
三つの
「本来、北岸には深い湿地帯が広がっている筈なのだ。徒士は足を取られ、動く城など進みようもない程、深い泥濘が。だが現実として、敵は乾いた地面を進んで南下を繰り返している。探りに探った結果──」
指が西の方向に滑る。山地と平地の際、一点を指して止まった。
「ここに、地面の性質を変異させる要因があると分かった」
「
これまで沈黙を続けてきた
「然り。敵は
「それをぶち壊そうというので?」
「いや、当然のこと警固は厳重だ。
かねてより時をかけて準備を進めていた作戦らしく、そのために騎竜武者を募っていたのだろう。着到は今も続いていて、もうじき二百騎に達するそうだ。
それから細かい所を詰め、営舎を辞した二人は陣借りの溜り場に向かう。天幕を張り、飛竜を側に置ける丘や高台を、燿謙は押さえてくれていた。
「気っ風の良い大将だったな、
「私にとっては多すぎる。まあ、働きによって釣り合わせるとしようか」
思えば、
名を知らずとも、危地においては互いの背を預けられる。戦人とはそういうものだった。
岩肌が覗く丘で鞍を下り、薪を組んだ。既に、陽の半ばは水平線に沈んでいる。周囲を見渡すと、相棒の飛竜に土を食ませ、あるいはその背にもたれて微睡んでいる同胞が多くいた。
「火を灯すぞ。手を離していろ」
空いている方の手で薪を指差した。と思いきや、石が赤い輝きを放った直後に、薪に小さな火柱が立ち昇る。
「これが、その、《
「
たとえば、
「詳しいのう」
「十八から陣借りを始めて、十年だ。《
「俺と二つしか違わんのか」
飛竜の轡を取った三人が近づいて、焚火を共にしてよいかと話しかけてきた。二人は
五人は焚火を囲んで干し肉を食らい、五匹は退屈そうに身を屈めて休んでいる。
「
「オロ族は
「今の当主は良い評判を聞かんなあ。強欲で狭量、臣の多くも似たようなもんらしいが」
「大方、強いからって讒言されたのを真に受けたんだろうよ」
巌徹は剃った頭を撫でて苦笑した。確かに、噂と実情に大した差は無い。
「まあ、俺達が攻め寄せた時に、真っ先に逃げるような家だしな」
「おい」
若い一人が血相を変えて立ち上がった。
「ミズ族の下っ端か。お前らが攻めてきたせいで、俺の家は代々の営地を失った」
「何だ、戦る気か?」
「馬鹿が、下らん喧嘩はよせ。今は仲良く流れ者だろうが」
それまで黙っていた中年の男に一喝され、白けたように二人は口を噤んだ。己の現状を思い起こし、諍いが馬鹿馬鹿しくなったのだろう。叱り飛ばした口から溜息が漏れる。
「この十年、《
久々鱗を南北に分かつ二つの大氏族、オロ族とミズ族。小競り合いを挟みつつも続いた均衡は、十年前にミズ族が侵攻を始めたことで崩壊する。
中小の氏族が幾つも滅ぼされた挙句、侵攻は頓挫という形で終結したかに見えたが、残った禍根はあまりに根深かった。
力で相手を攻め潰し、奪う。肥え太る。その選択肢が、命あるものとして《
隙あらば近隣の氏族を襲い、営地を占拠し、略奪を重ねる。互いにその隙を窺い、そして猜疑の目を向けているから、同じ《
分裂は日を経るごとに深刻さを増している。大陸各地に散らばった騎竜武者の陣借りは数千騎に及ぶとされ、その殆どが不毛な抗争で居場所や生きる糧を失った者達なのだ。
「誰かが、いてくれればな。誰でもいい。《
陽はとっくに沈み、宵闇を焚火がうっすらと照らしている。それを囲みながら、五人は項垂れるばかりだった。
────────
払暁に動き出した。
《
だが、それはどこまでも見せかけだった。徒士は確かに丘を守る動きをするが、本当の目的は工作部隊から敵の目を逸らすことにある。
上流を見る。敵も惰眠を貪ることはせず、徒士が外に展開し、
やはり、徒士と術士からなっている。《
「刻限だ。号令頼んだぜ」
何故か自分が陣借りの筆頭ということにされていて、
二百騎で形作る巨大な楔。
瑞王の首を叩き、右手の槍を水平に構えた。気が横溢する。陽の昇りに呼応するように、それが全軍に波及していった。
淡い光の玉が浮かび、眼前で爆ぜる。
槍の穂先を天に掲げた。朝日を受ける白刃の輝きに負けじと、
人の鬨と竜の咆哮が、折り重なって谺する。動き出した。よく晴れた夜明けの朝を剣呑な気で染め上げる騎竜隊は、生ける叢雲だった。
騎竜隊が勇躍し、徒士隊が粛然として渡河を果たすと、警戒の視線が一斉に突き刺さってくる。戦力をこちらに振り向けるか、それとも中洲の軍を叩くことに注力するか。敵の出方で対応も変わる。
目標の丘にも敵が待ち構えていた。水際で防がない辺り、引き込んで潰してしまおうとの意図が見える。
手筈通り、飛竜達の足を落として
燿謙の号令一下、矢玉避けの術をかけた楯を押し出した徒士が、丘を駆け上がる。弾丸の雨を受け止めながら進む側面を狙うようにして、現れた敵の埋伏。
横殴りの力がかかるのを意に介さず、
不意を突かれて固まる敵。一瞬の手応えと共に二つ、三つと飛んだ顔は、大口を開けたままだった。
首が、手足が、血飛沫が乱舞する。咽せ返るような血腥さにあてられた味方は、意味もなさない叫びを口々に上げ、敵の外縁を削ぎ落とす。
埋伏を一撫でして足止めした勢いのまま、丘に陣取る敵に突っ込んだ。前面に横列を押し出し、散開を防ぎ追い込む動きである。縮こまる敵の塊に、丘の頂に達した
包囲の輪を脱しようと、敵将らしき男とその旗本がこちらに向かってくる。飛び出した影。
将を失って逃げ惑う敵を追いに追い撃ち、丘を制圧した。術士は早速工作に取り掛かっている。
上流では、敵から見て一番右側の
「おい、あれは?」
だが、どの
「
「あの旗、何よりあの動きを見ろ。間違いなく奴はここまで来ている」
こちらが渡河したのを認めてから駆けつけた、そんなことは有り得ない。
「大将殿、奴の軍はここで食い止めねばまずい。無防備な工作部隊が撫で斬りにされますぞ」
一介の陣借りが差し出がましいとは自覚しつつも、
「……良かろう。貴殿らが撤収する陣は、必ずや我らが守り抜く」
全軍で丘を下り、
敵が狙いをつけようとしたその時、割れる横列。啓かれた回廊を貫くようにして、
朝日を受けた
敵陣に食い込み、槍を二度薙いだ。両断された敵の骸、四散した
敵の先鋒は陣としての形を失ったが、算を乱した様子は無い。生き残った兵は素早く後退し、長槍を構えた部隊が前に出た勢いのまま突きかけてきた。
十何騎か、落とされている。
次なる
そのまま雪崩れ込むことに成功したかと見えたが、やはり敵の後退は巧みだった。敵の最前にいる大男が、こちらの兵を複数人纏めて薙ぎ倒す隙に、陣を再編する距離を押さえるのである。
それから、応酬はしばらく続いた。同じことの繰り返しは単調でありつつも、それだけに僅かな遅滞や誤りが瓦解を招く。神経が擦り減るような押し合いだ。
討死も、手負いも時を経るごとに増えてゆく。未だ戦う力を持つ者は目をぎらつかせ、眼前の敵ばかりを視界に収めていた。
川の流れが、喧騒を運んでくる。
さらに強烈な光景が、敵味方の目を奪った。突如現れた、否、元の状態に復した泥濘が北岸に広がり、展開していた《
そして、耳をつんざくような轟音。
天を揺るがす雄叫び。《
牽制役に甘んじていた中洲の部隊は、術による攻撃ないし掃討を始めている。身動きの取れない敵の頭上に小さな雷雲が現れ、幾つもの稲妻が降り注ぐ。
泥に塗れて倒れ伏す敵の骸が見える。崩落してゆく
その光景を、鞍を下りた
浅傷を受けたらしい
横合いからは
取り敢えず、勝った。戦を終えたばかりの頭で考えられるのは、それだけだった。