無源の秋 〜竜の翼は風雲に舞う〜【毎週金曜12:00&日曜19:00更新】 作:くコ:彡の本棚
今後も休載についての告知などは、活動報告に掲載させていただきますので、おや?更新が無いぞ?となった場合には、お手数ではございますがご覧いただけると幸いです。
地に立ってみねば、分からぬことがある。
兵を興すと決意して以来、いつも思い知らされることだった。
飛竜に跨り、空から地上を見下ろした時の眺望は、何を見逃すことがあろうかとの万能感を呼び起こす。
しかし、空より見晴るかすからこその盲点というものも、確かにあるのだ。
地面の起伏、高低差などはその典型であろう。高度を取れば取る程、上空からは押し広げられた平面でしかない。
思うに、遥か昔に大陸北部全てを支配していた竜の民が、後に《
此度の戦を見ても分かる通り、微妙な起伏を味方につけた徒士はしぶとく、こちらの隙をいつ突いてくるか分かったものではない。
鳥の目と、虫の目。《
戦を前にすれば、人は当然鳥の目で戦場を俯瞰したがる。しかし、戦の勝敗を分かつ線というものは、地を這う虫の目でしか見極められぬこともある……。
昨年に敵の砦を落としてから、今日に至るまで、
そして、見つけたのだ。《
大水など来ようものなら、たちまちの内に水没してしまうであろうことを。
地図を見、西岸を遠望した
その位置もまた、
木々や岩に遮られ、対岸の敵は無論のこと、味方の大半が着陣するであろう《
こちらの手を隠し通すという戦は、今後より一層重さを増すということである。一応の味方に対してなればこそ。
かくして水量を御するための堰を普請する運びとなり、
必要な資材、人足の概数を算出し、
そうして着工以来、大きな問題が生ずることなく竣工の日を見たのは、監督役として見出された者達の手腕によるところが大きい。
代々《
ある目的を達するために頼みとしていた存在が、別の局面でも力を発揮する。その状態を保ってゆくことができれば、それは確固たる地力となるに違いない。
かくして、堰は《
見逃しはしない。飛竜の飛び方を組み合わせ、合図となす符牒。水計の発動を求む、前線で見極められた時だった。
「堰を切れ!」
仕掛けられていた
高度を取った筈なのに、眼前に迫ってくるような量感と迫力が、そこにはあった。
解き放たれた水が一気に溢れ出し、川の勢いを荒れ狂う巨獣のそれに変えてゆく。列をなす地竜の渡りにも似ていた。
人の背丈を越す高さに舞い上がる飛沫が、陽光に照らされて白い光芒を放つ。
それを追いかけるように堰を離れ、休息を挟んで三刻(六時間)は翔けた末、本陣のある一の砦に辿り着いた。
「各隊の再編は完了しております。ご下命あらば、いつでも出せまするぞ」
「大儀。あと半刻(一時間)程か」
さらに北の下流も、木や岩で堰き止めてある。溢れ出す水の行先は、西岸にしか無かった。
敵砦が各処に構える西岸。
それが、不意にぴたりと止まった。自分達に迫る空前の異常を、まず肌で察知した時の反応に他ならない。
けたたましく鳴り続けていた
俄かに戦場を包む沈黙。迫り来るもの。
「来た」
それは飲み込まれるというより、覆されると表現すべきであるかもしれぬ。草の緑と土の焦茶、そして血の赤が入り混じる地面が、水に覆い隠されてゆく。
じりじりと高さを増してゆく水位、その様は遠望すれば静けささえ感じられるものではあるが、前線の敵からすれば、戦を根底から壊してしまう異常事態に違いない。
敵兵の様子を窺えば、それがよく分かる。行場を奪われつつある黒い点の群れが、水に追い立てられて高台に、あるいは砦に駆け込んでゆく。
気がつけば、西岸には巨大な水鏡が張られていた。分断された砦、孤島と化した丘陵、立ち尽くす敵兵。上下対称の鏡像が、そこにはあった。
翔け出す騎竜隊の影もそれに加わり、すぐさま霧消した。猛烈な飛勢によって水面が断ち割られ、飛沫が柱となって噴き上がったためだ。
その先頭を往く
砦という砦に、機と見た騎竜武者が群がり寄せている。砦攻めの最中、徒士に後背を突かれはしないという事実が、物心両面にどれだけ大きなものを齎したか。
散々苦しめられた鬱憤を晴らすかの如く、皆が勇み立っていた。
地上における敵の備えが丸ごと無に帰した今、砦からの射撃だけで騎竜隊の突撃は止まらない。火線の網を掻い潜って得物を突き出し、一人、また一人と塀から叩き落としてゆく。
六の砦に備わった大型
大きな音と共に水柱が幾つも立ち、収まると、胸や背中を赤く染めた敵兵の骸がある。それらと並ぶように浮かび漂っているのは、それより前に討たれた騎竜武者と飛竜の亡骸だ。
激戦の中で回収されることなく、大水に巻き込まれてしまったのだろう。
死してなお漂泊する姿に感傷を覚えぬ筈もないが、なればこそ早くに決着をつけねば。今は、勝った後に彼らの亡骸を拾い上げ、弔ってやることを誓うのみだった。
「殿、あれに」
注意を促してくる
指し示された先、周囲が水没して俄かに島と化した丘。身を刺してくるような武の気配が横溢していた。
丘の頂に押し込められた数百からの敵が、騎竜武者の容赦ない波状攻撃を受けながら、依然抵抗を続けている。元々、千二、三百はいたのだろう。未だ立っている者と、倒れ伏して動かない者はほぼ同数と見えた。
騎竜隊を率いるは
水に囲繞されているために、敵は後退に乗じて付け入り、逆撃を仕掛けることができない。その優位を活かして、敵に圧力を加え続けているのだ。
満身創痍の敵は、今にも崩れそうである。崩れそうだが、崩れない。そう見えて目を凝らしてみれば、そこにはどうにか踏みとどまる敵の姿がある。
しっかりとした、芯のようなものが敵中にあった。敵はそれを恃みとし、打開の時を信じて抗い続けているようだった。
「音に聞こえた敵の総大将というのは、奴か」
陣羽織に縫い付けられた髑髏。あの老将が、悪名高い
手負いの大鬼。その姿をあるがままに表現するならば、そうなるだろう。
胸甲の真中には蜘蛛の巣のような罅が走り、額からは血が滴って顔の左半分を赤く染めていた。数多の人竜の血を吸ってきたであろう得物の矛は柄の半ばから折れているが、残った上半分を力強く振るっている。
皺が刻まれた顔に浮かぶ壮烈な笑みは、孤立してなお敗北を拒む敵兵の総意そのものだった。
熾烈きわまる応酬だった。二人の勇将が得物を突き出してくれば、
ぶつかり合う白刃は目を盲さんばかりの閃光を散らし、昼だというのに星が瞬いているかのようだ。
周りの兵はそれに割って入ることもできず、各々の指揮官の勝利を信じて、目の前の戦に注力しているかと思われた。
「迂闊に寄せるな」
二対一、三人の猛者による攻防は、薄氷のような均衡を保って続いていた。考えも無く踏み込めば氷は割れ、多くの味方をも巻き込んだ破局を呼びかねない。
聞けば
いわば最大の仇敵を前にして、
冷静に推移を見守るしかない。信じて待つということの正しさを知りながら、怖れの靄は纏わりついて離れようとしないのだ。
(負けるなよ)
祈り、あるいは激励としてあまりにも拙い言葉を、どうにか内心に留める。
みし、と音がしたことで、自分が手を握りしめていることを知った。
あっ、と誰かが声を上げた。
佩剣の白い軌跡が、
突然の跳躍。丘から消えた
敵味方、皆が自分の戦も忘れ、二人の男が飛び込んだ処を凝視していた。
荒ぶる水面。武士と武士の修羅場は、水の下にもあるのだということを、教えてくれているようでもある。
それから、どれだけ拍を刻んだことだろう。
一つの影が、纏わる水の尾を曳きながら丘に上がってきた。薄墨の、鈍い輝き。老いた、それでいて魁偉な出で立ち。
敵から歓声が上がりかけ、止まった。水中の死闘を制し、戻ってきたかに見えた
それが槍の穂先であると分かった時、もう一つの影が水面を破って現れ、ゆっくりと丘を登ってくる。
────────
敵が逃げ散った六の砦で、一晩を明かした。
《
あの老将は、敵にとってまさしく太陽であったのだ。近づく者を焼き殺しかねない、強烈な光を放つ太陽。
それだけの重みを湛えていた総大将を討たれ、そんなものは初めから無かったかのように、敵の戦意は消え去ってしまった。
「正直、心臓が跳ねたな。奴の姿が先に見えた時は。水中で仕掛けるとは考えたものだ」
「なに、あの年寄りを地上で倒す術が、どうしても浮かばなかっただけよ」
事も無げに言いながら、
周囲では、奮戦しながらも斃れた人竜の亡骸を拾い上げ、弔う支度が進められてもいた。
「
「いやはや、こいつは恐れ多いことで。こちらとしても、胸のすくような戦ができて、本望にござるよ」
歯を剥き出しに
我が軍に来ないか。そう言いたくなるだけのものを、この男は持っている。
そしてそういう男なればこそ、容易くは靡かない。だから、無闇に口に出すつもりは無かった。
顧みるべき輝きを秘めた人間は、まだまだ天下にいるということだ。
此度の戦で一番槍の栄誉を勝ち取った、
「……ところで、お
徹底した追い首(掃討戦)を仕掛けるのも一つの手ではあったが、体力を使い果たしたのは味方も同じだ。
それに、より確固たる勢力を築く前に、《
《
「父に念を押されているのです。此度の戦を、
「うむ、締め括りか」
それについては、確かな存念があった。
「《
「敵に対する挑発、示威ということですか?」
「近いが、より単純なことだと思ってもらいたい。徒に境を侵せば、何年越しにでも必ず撥ね退けてみせると」
逆に言えば、互いの領分を守る限り無駄な血が流れはしない。《
それを契機に、南への意識を強めてくれれば幸いだった。
そうした考えを巡らしているところに、伝令が飛び込んできた。
それを聞いた
「勝ちが決まってから手柄を取りにいくとは、順序が違う」
皮肉を飛ばしたくなったが、大いに助力してくれた
この男も自分と同じような思いを抱いていること、家中で疎んじられているであろうことは、何となく分かるのだ。
「
名目は、どこまでも名目である。あちらがあくまでも勝手な行動を潔しとするなら、こちらも勝手に利用させてもらうだけのこと。
己が軍のどのような顔を、《
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