無源の秋 〜竜の翼は風雲に舞う〜【毎週金曜12:00&日曜19:00更新】   作:くコ:彡の本棚

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至空之陣 〜始末〜

 

 唐突に、水の気配が濃くなった。

 

 前線から離れた《昆夭(こんよう)》では直に様子を窺いようもないが、仁牙(じんが)は確かにそれを感じていた。嗅ぎ取った、と言ってもよい。

 

魏糧川(ぎろうがわ)》か。敵味方の本陣を分かつ最前線で、何事が起きているのだろう。

 

 確かに《魏糧川(ぎろうがわ)》は流れが激しく、先日の雨で暴れ出したということも考えられなくはない。

 しかし、何かが違う。水の気配に混じっている匂いは、人間による策謀のそれではないのか。

 

 だが、策の可能性を考えても、腑に落ちないところはあった。方や渡渉など考えず西岸に陣を張って守りを固める味方、方や一翔けして川を飛び越えてしまう敵である。

 

 川が増水したところで、敵味方に何か影響が及ぶ筈もない。だから思い煩う必要など無いのだが、気になって仕方がない己を偽る気にはなれなかった。

 

「ここを引き払う支度を」

 

 去炎(きょえん)に、そう命じた。命じられた側は、怪訝とする色が顔に出るのを、寸前で抑え込んだようにも見える。

 引き払う。すなわち、前線に送るため《昆夭(こんよう)》に集積された荷駄や兵糧も、《是門城(ぜもんじょう)》まで戻してしまうことを意味した。

 

 軍令違反の廉で糾弾されても文句は言えない。それでも、必ず必要になると仁牙(じんが)は確信してもいた。

 

「全て、でよろしゅうございますか?」

「我らの分を除いてな。武具や弾は直接《是門城(ぜもんじょう)》へ、兵糧は義爪(ぎそう)に一度預けておく」

 

 来るかも分からぬ時に備えて支度を進めつつ、次なる戦況の報告を待つ。

 前線で勝つか負けるかは、思考の埒外にある。そんなことは前線の連中が考えていればよい。

 

昆夭(こんよう)》で一戦交えることを、仁牙(じんが)は既に定まったことと見ていた。撤収の指示も、その現れである。

 

 その術を、如何にするか。統制の取れた敵が、隊伍を組んでの追撃をかけてくるとなれば、こちらは守りを固めてその鋭峰を鈍らせ、退がる機を見出す他あるまい。

 あるいは、秩序も無い敵の群れが、勢い任せに押し寄せてくるとなれば。また別の戦術でもって当たるべきだろう。

 

 北にいる義爪(ぎそう)の陣から伝令が飛び込んできて、敗報を齎したのは翌日のことだった。

 

 それ自体は予測していた……薄らと勘づいていたことではあった。問題は負け方である。

 

 万が一敗北があるとすれば、それは騎竜隊に主導権を握られたうえで、野戦にて主力を撃砕される形でだと思っていた。砕骨坊(さいこつぼう)であれば、易々とは乗せられぬであろうとも。

 

 しかし現実には、味方は砦群を軸とした構えを維持し続けながら、砦や陣の全てを踏み潰されたという。徒士を縦横に駆けさせる備えは、どうなったというのか。

 

「水没か、戦域全てが」

 

 物怖じすることを知らない仁牙(じんが)も、その一言を出すまでに十を算えた。

 去炎(きょえん)がいつの間にか用意した地図に視線を落とし、前線で何が起きたか把握しようとする。

 

魏糧川(ぎろうがわ)》を氾濫させ、窪地である西岸を水没させた。下流を堰き止めるだけで能うことではない。

 川を溢れさせるだけの水を上流で溜めておき、機を見計らって解き放つ必要がある。

 

 戦の火蓋が切られる、遥か前からの準備だ。水をもって戦場を制し、徒士の利を殺してしまおうと明確な指針を立てた者が、敵にはいる。

 

 そいつが何という名であるか、最早語る必要も無いことだった。

 

「戦備えだ。働き処だと皆に伝えよ」

 

 これから数日をかけ、辛くも落ち延びてきた味方が次々と戻ってくる。敵が追い撃ってくるとなれば、退路の側背を守る《昆夭(こんよう)》は目障りきわまるだろう。

 

 戦の足音がはっきりと耳を打ってくる。湧き立った仁牙(じんが)の心が、内からそうした響きを伝えてくるのかもしれなかった。

 血と鉄の匂いを嗅ぐ機会の到来を前にして、心身が賦活化するのを感じる。

 

 まずは報せを持ってきたまま控えていた使者に、義爪(ぎそう)への指示を土産として持たせねばならない。

 

「敗走してきた味方が通るのは、そちらの陣だ。飯の支度と、煌車(こうしゃ)が往還できるよう手配をしろ。望む者がいれば、戦力に組み入れてやれ」

 

 もっとも、あの弟ならばそれぐらいの気は、言わずとも回してくれる筈だ。

 指示を復唱して戻ろうとする使者を呼び止め、もう一つ付言する。

 

「俺の動きから目を離すな、とも伝えておけよ」

 

 それから物見と迎撃準備に忙殺されて、三日を過ごした。

 仁牙(じんが)が引き連れてきた部隊に加え、想定外の予備兵力が現在は手元にある。戦場北での緒戦に敗れ、砦群に入れず《昆夭(こんよう)》まで後退してきた者達だ。

 

 劈頭からおめおめと逃げ帰り、加勢も叶わず味方本隊が壊滅の憂き目に遭ったことが、相当腹に据えかねているらしかった。ここで敵を待ち受け、味方の退路を守るのに身を投じたいと申し出る者が、幾人も現れたのである。

 

 いわば義勇部隊であるが、その指揮は去炎(きょえん)に任せた。義爪(ぎそう)に預けた兵を合わせ、戦力としては兵七千というところだろう。

 

 物見を東に差し向け、追撃の有無を確認させてもいる。やはり、嵩にかかって追撃をしてくる敵の姿があった。数で言えば、こちらよりやや多い一万騎というところか。

 先陣を切る、無駄に豪奢な軍装の隊に、他の集団……恐らくは混成部隊であろう……が続いているという格好である。明日にでも戦端が開かれるであろう。

 

 将の名前すらも知らないが、仁牙(じんが)には一つ分かったことがある。

 

「こちらに向かってくるのは、阿呆だ」

 

 仁牙(じんが)がそう断言すると、去炎(きょえん)は困惑の体で「阿呆」と繰り返した。

 

 敵からは軍としての秩序も、戦を仕掛ける明確な想定も、まるで感じ取ることができなかった。焦ったように飛び出した先頭に、手柄目当ての有象無象が追従しただけの、雑多な寄せ集めだ。

 

 思うに先頭の敵は、相応以上の格を有する氏族の軍勢なのだろう。此度の戦が、なあなあで終わるに違いないと高を括ってふんぞり返っていたら、自軍の思わぬ大勝利のために、かえって面目を失いそうになったものか。

 己が立場に胡坐をかき続けた者は、得てしてそうした横着に走る。立場に相応しい務めを常から果たしていれば、する必要も無い無謀を、自ら選んでしまうのである。

 

「すると、守りを固めるよりもこちらから討って出て、敵を分断するが上策ですかな」

「うむ。先頭と後続の連携には、大きな隙がある。付け入れば容易く崩せような」

 

 全軍でもって攻勢に出る、と決めた。去炎(きょえん)の手配で《昆夭(こんよう)》の守りは強固なものとなっているが、それは敵の目を眩ます囮として働く筈だ。

 

 各隊をどこに配し、いずれの地点で仕掛けるかを考え、伝達してゆく。全軍が空からの死角に潜り込んで伏兵となり、機を見計らって一気に飛び出すのだ。

 仁牙(じんが)は無論、先鋒として陣頭に立つと決めていた。

 

 予測の通り、敵は翌日にこちらの警戒圏に入ってきた。盛んに喚声を上げ、一直線に《昆夭(こんよう)》目指して突き進んでくる。腰の入っていない浮ついた軍勢で、これの何を恐れよというのか。

 

昆夭(こんよう)》の陣には大量の旗指物が翻り、春の風を受けて小気味良い音を立てている。あたかもそこに、大量の将兵が詰めているような賑やかさだった。

 

 案の定敵の先頭はそれを踏み潰さんと、ますます足を速めている。後続の味方は遅れ気味となり、全体として伸びきってしまっていた。

 空っぽの陣を攻めようとして、そのような有様となっているのだ。仁牙(じんが)は笑声を上げるのを堪えつつ、敵の後続が目標地点に至るのを待つ。

 

 頭上を、何も知らぬ敵の先頭が翔け去ってゆく。それから半刻(一時間)程すると、ようやく後続が追いついてきた。

 

 咆哮が谺した。地面そのものが湧き立ち、仁牙(じんが)の軍は敵後続に殺到する。轍を刻む煌車(こうしゃ)の駆動音が、空を震わせた。

 

 一息に丘を駆け上がって、敵騎竜隊の先頭に出る。恐れと驚愕の気、敵がそれに囚われているのがよく分かった。

 身を仰反らせ、慌てて翼をはためかせる動きは、乗り手共々混乱に叩き込まれた何よりの証だ。

 

「行けい、行けい、行けい!蜥蜴どもを撫で斬りにせい!!」

 

 仁牙(じんが)の言葉は命令でも何でもない獣の雄叫びだが、このような戦況では、それが良い。

 狂奔をぶつけて敵を素早く斬り崩す。この戦はそのように決めると考えていた。

 

 煌車(こうしゃ)から飛び降りた兵が、得物を掲げて一斉に敵に向かっていく。憤怒とも狂喜ともつかぬ叫びを、敵に浴びせながら。

 

 一騎、こちらに向かってくるのを認めた。真正面から。腕に覚えがあるのか、指揮官の首を取って戦況を変えてしまおうとのつもりらしい。何やら喚き散らし、得物を振り回して近づいてくる。

 

 一言も返すことなく、仁牙(じんが)は大太刀を抜き放った。敵影。目の前を埋め尽くす。無造作に薙いだ。

 

 ばっ、と赤い霧が垂れ込めて、熱く煮え立つような腥さが鼻をついた。仁牙(じんが)の左右に落ちてくるのは、真っ二つになった人竜の骸。

 刀身に人の鮮血と、飛竜の鱗が纏わりついて、妖しい光沢を湛えている。

 

 斬竜刀(ざんりゅうとう)。そのような銘がある訳ではない。硬い鱗に覆われた飛竜すらも断ち斬る剣勢を、意のままにする技を指してそう言うのである。

 だからどうした。斬ろうと思えば、何でも斬れるではないか。人も、竜も、岩や鉄であろうともだ。

 

 乱戦が始まっている。間合いを詰めれば、高度を取ることすら許さない白兵戦が繰り広げられ、鞍から引きずり下ろされた敵が、血泥の中で滅多斬りにされてゆく。

 大太刀を背負い、仁牙(じんが)は駆ける。向かってくる雑兵首に用は無し。羽虫を追い払うように腕を振れば、吹っ飛ばされたそいつは味方に取り囲まれる。

 

 其処彼処の混戦の渦を縫うように突っ切り、旺盛な戦意を剥き出しにする兜首ばかりを狙った。それでも、三合と打ち合える者は無く、飛竜ごと両断された骸が積み上げられてゆく。

 血の臭気の只中で暴れ回る仁牙(じんが)は、それでも心の奥底で渇きを覚えていた。

 

 正面で仁牙(じんが)率いる主力が突き進む中、去炎(きょえん)の隊は左右に展開して援護に徹している。長槍を突き上げ、雷火(らいか)を撃ちかけ、包み込んでくる敵の動きを封じているのだ。副将として、きわめて理想的な手堅さであろう。

 

 背後から迫る気配。空の陣に騙されたことを悟った敵の先頭が、戻ってきたのだ。見ずとも分かる慌てぶりが、実に滑稽である。このまま接近されれば、形の上では前後で挟撃を受けそうなものではあるが、

 

「前だけを見ろ」

 

 あと一押し、否、半押しで前方の敵は崩せる。指揮官すらいない烏合の衆なのだ。追い散らした後で反転し、向かい合う余裕は十分にある。

 そう考えていると、背後からの敵が俄かに止まった。雷火(らいか)の銃声が連鎖し、数十騎が一時に撃ち落とされている。北からの射撃だった。

 

 俺の動きから目を離すな。その言葉の意味を、義爪(ぎそう)はしっかりと噛み砕いていたようである。

 

「上出来じゃ」

 

 考えていたより早く、前方の敵は潰走した。味方の犠牲はほぼ無く、皆は疲労すら感じていない。余勢を駆って、背後の敵を締め上げにかかった。

 

 北からの射撃もあり、より徹底して敵を揉み上げる。鎚で虫の群れを叩き潰すような、手応えの無さだ。このまま文字通り、敵を全滅せしめることも可能か。

 

 そんな折、東から何かが来た。

 

「お……」

 

 窮地の味方を救援に馳せ参じたのであろう、騎竜隊の姿が見える。整然と隊伍を組み、それでいて強烈な戦の気を放っている。これまで戦った敵と比べようも無い小勢ながら、遥かに厄介な構えと見えた。

 そして、指揮官らしき男、剃り上げた頭に既視感がある。

 

「あの禿、確か」

 

 乱戦の中、過去の記憶を辿る余裕すらあった。そうだ、《鳴蒙川(めいもうがわ)》の戦。際立った働きを見せていた敵義勇兵の二騎、その片割れではなかったか。

 あるいは、今敗亡の淵にある敵は、こいつの主筋であるかもしれぬ。

 

 包囲を開けてやることに、迷いは無かった。雑魚を弄んで、難敵に背を晒すのは危険きわまる。

 半数に減っていた敵を逃がしてやった。指揮官、あるいは氏族の長と思しき男は殿に立つ気概とて無く、童のような悲鳴を上げて我先に逃げ去ってゆく。そんな敗残兵を、敵の新手は収容していった。

 

「ご苦労なことよの、禿頭。盆暗の主によろしくな!」

 

 旧友でも見つけたように、仁牙(じんが)は声を投げる。

 

 完勝を逃したことに、悔いは無かった。心残りがあるとすれば、あの男のように戦い甲斐がありそうな敵と、対することができなかったことである。

 

 ────────

 

金號(きんごう)》東の玄関口だけあって、《是門城(ぜもんじょう)》は中々規模の大きな城塞だった。

 

 鎮東軍解体の風聞が現実のものとなれば、この城の戦略的な価値は薄れることであろうが、今目を向けるべきは過程でなく現実である。

 城内の大広間に集った本陣の面々は、皆が苦虫を噛み潰すことを強いられていた。

 

「一万二千が戻らぬか」

 

 沈痛な面持ちで鎮東将軍・嵩儁(すうしゅん)は呟き、瞑目した。

 

 仁牙(じんが)が敵の追撃を撥ね返し、《金號(きんごう)》軍の武名を一応は救った戦闘から、一週間が過ぎている。前線から戻れる兵は、ほぼ戻ってきてよい頃だった。

 全軍の二割が失われたというのは、否定し難い事実ということだ。手負いも含めれば、健在な兵は半分いるかどうかであろう。

 

 そして、あの男が死んだ。砕骨坊(さいこつぼう)が。

 

 その生死については情報が錯綜し、しばらく判然としなかったが、旗本だったという指揮官の一人が、確かに討たれたと証言した。あるものを見せながら。

 それは、陣羽織だった。縫い付けられていた筈の髑髏は残らず外され、背には真っ赤な染み。

 

 殺されても死なない筈の老将が討たれたことを、認めざるを得ない。

 

 大敗。誰も口にしないその言葉を、皆が胸に刻み込んでいた。

 

「それで、如何なされます。つまり、各処からの遊撃軍を帰還させる手筈ですが」

「左様。この城で敵を迎え撃つとなれば、多すぎる兵はかえって都合が悪うござる」

 

 もっともなことだ。心身共に健在な兵だけを揃えた少数精鋭で、城の守りを固めたいというのは当然である。かき集められた遊撃軍にしても、他の戦線でいつ入用になるか、分かったものではない。

 

「それについて、王都本陣より命があった」

 

 嵩儁(すうしゅん)が疲れきった表情で言う。

 

「この機に遊撃軍の再編を行う。ついては人を送るので、それまでこの城に留め置くように、と」

 

 顔を真っ赤にした一人が、卓を殴りつけて立ち上がった。

 

「王都の方々は何を考えておられるのか!?最前にて敵を向かい合うている我らに対し、ここまで無体な物言いをなさるか」

 

 それに和する声が次々と上がり、いきり立つ皆を嵩儁(すうしゅん)が戒める。

 

 仁牙(じんが)は腕を組み、皮肉な心持ちで思案した。此度の敗北を奇貨とし、強引に事を進めんとする者が幅を利かせている、それがありありと分かる。

 そして、本来関わりない筈のことにも考えは至った。果たしてこれは、敵の狙いに含まれるか否か──。

 

 伝令が息を切らして飛び込んできた。

 

「御注進、御注進!て、敵が」

「もそっと落ち着かんか。敵が如何した」

「敵が城の眼前に!」

 

 万座は一瞬しんとして、次にどよめきが来た。先日に輪をかけて阿呆な連中が、押し出してきたか?あるいは……。

 

「数は」

「はっ、騎竜隊が一千に、徒士隊が二千」

「城を攻める数でもありますまいが」

 

 すると、また別の伝令が現れた。鏃を外した矢を持っていて、紙が括りつけてある。敵からの矢文。

 それを一読した嵩儁(すうしゅん)は目を見開き、心を落ち着けるように息を吐いた。

 

砕骨坊(さいこつぼう)将軍の首級を引き渡したいと」

 

 嵩儁(すうしゅん)の視線は仁牙(じんが)に向いていた。

 

 ────────

 

「因果な役儀を引き受けたな、兄者」

 

 義爪(ぎそう)が呆れたように首を振った。

 

 二人で、城と敵の中間地点……首級を引き渡すと定められた処に向かっている。一人、多くとも五人で来てほしいと、敵が頼んできたのだ。

 

「嫌なら来んでよいと言うたであろう」

「兄者が騙し討ちでもされたらどうする。復讐に駆られた兵どもを、わしが抑えられると思うか?」

 

 後事を押しつけられるのが嫌で、せめて同じ時に死んでしまおうというのだろうか。

 

「その時は見事、仇討ちの指揮を取ってみろよ」

 

 騙し討ちの心配など、していなかった。それより関心があるのは、噂の無源(むげん)に会えるかどうかだった。

 流石に、そこまで軽率な奴ではないだろう。それでも、家臣の一人ぐらい見てやろう。

 

「おい、あれぞ」

 

 義爪(ぎそう)の指差す先、青灰色に輝く騎影。感心してしまいような速さで、こちらに向かってくる。

 軽やかに着陸し、鞍を下りるまでの動作に、一分の隙も見出すことはできなかった。

 

双竜之丞(ふたつのじょう)と申す」

仁牙(じんが)にござる。これなるは弟の義爪(ぎそう)

 

 なるほど、直に向き合えばよく分かる。多くとも五人で、と申し出てきた理由が。

 襲われても、五人までなら一人で返り討ちにできる。その自信があったのだ。仁牙(じんが)をして、こいつは手こずると思わせるものがある。後ろの飛竜も同様だ。

 

 首桶の中を確かめる。中には紛れもなく、砕骨坊(さいこつぼう)の首がある。目を閉じられているが、刎ねられた直後は、死してなお爛々とした双眸を敵に向けていたことだろう。

 

 恙無く受け渡しは終わり、別れの段となった。仁牙(じんが)が別れの挨拶に選んだ言葉は、こうである。

 

「《鳴蒙川(めいもうがわ)》では世話になったの」

 

 間近で顔を合わせて、その確信を深めていた。あの禿同様、《鳴蒙川(めいもうがわ)》で自分と渡り合った武者に違いないと。

 双竜之丞(ふたつのじょう)は破顔し、それを認めた。

 

「覚えておったのか」

「斬り甲斐のある奴は覚えることにしている。いつか、互いに軍を率いて戦りたいな」

 

 まっぴら御免だ、と義爪(ぎそう)が首を振る。

 

「私も同感だが、雇い主にはそちらと刃を交える気は無い。再び攻めてくるなら、話は別だが」

 

 颯爽と飛竜に跨り、一礼して去ってゆく双竜之丞(ふたつのじょう)を見送りながら、仁牙(じんが)は一つのことを悟った。首級を敗残兵に持たせず、わざわざ届けに来た理由が、これか。

 

 特段の事由が無い限り、戦うつもりは無い。ただし、《金號(きんごう)》がその事由を作るというなら、勿論相手をする。

 それを主張し得る存在であると、宣言するために。

 

 鎮東将軍の名代としてここに来た仁牙(じんが)は、そのことを余さず報告せねばならないだろう。それを受けて、上はどう思うか。どう振舞うか。それを見た《聖華(しょうか)》は。

 

「ぶあははははははははっ」

 

 堪えることができず、仁牙(じんが)は大声で笑った。義爪(ぎそう)がぎょっとしているのに構わず。

 

 動き出さんとしているのだ。《金號(きんごう)》が、大陸そのものが。その只中に自分が踏み込みつつある中、笑わずにいられることがあろうか。

 

 この時仁牙(じんが)にとって、大戦の終わりは、新たな始まりに変わったのである。

 




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