無源の秋 〜竜の翼は風雲に舞う〜【毎週金曜12:00&日曜19:00更新】 作:くコ:彡の本棚
万余の軍勢がぶつかり合った大戦から一月が経ち、《
あの戦で得たものは少なくなかった。一つ一つ数え上げていくと、それぞれに異なる背景を見出すことができ、中々に興味深い。
まず、放棄された砦で鹵獲した荷駄や兵糧である。
工の力で《
さらに、砂金も蓄えられていた。元々、《
穿った見方をするならば、間者からそうした情報を得、侵攻目的の一つと定めた、ということであろう。
ともかく、今後は《
不可解なものもあった。荷駄が蔵ではない処に山積みにされ、あたかも敵ではなく味方の目から隠しているようだったのである。
「横流しの元手にござろう」
《
語る
古傷を抉られた気分に襲われるのも、無理からぬことだった。
同じ事実を前に、違う考えを抱く者もいる。
「《
「間者が裏市場と通じている可能性があると?」
「然りだ、
間者が横流しによって利を得ているか、あるいは闇市場の元締めの傀儡と化しているのか。いずれにせよ、実相を手繰り寄せる手立てとして、
そうしたことを含め、検討と処置を行うべき事柄が、戦が終わってから山をなしていた。
各隊の再編と武具の補充、輸送体系を平時のそれに戻し、戦の反省を兼ねた調練の考案も行う。
大戦により心身を擦り減らした飛竜を、《
戦の気にあてられた飛竜は、何処かへと逃散してしまうことがままあるが、それを抑えられれば戦力の維持に直結するだろう。
……多忙ではあったが、それだけに充足感も強かった。国を樹てるという夢への階を、一段ずつ上っているのがよく分かるためだ。
とはいえ、心が満たされることは、体の疲労を無に帰すことを意味しない。休養を取る。そう決めた
《
挙兵当初は寝食を忘れて働き通し、
休む家臣に引け目を感じさせる主君は、いずれ高転びすると。その戒めを墨守するために、休んでいるようなものだ。
屋敷を歩いていると、庭を望む縁側に至った。さして大きくはないが、彩り豊かな花々に飾られている。
交易の成果と言うべきか、前よりずっと種類が多様だった。
「あら、殿」
庭を眺めていたために、二人の先客を見逃していた。
「
「おかげさまで。この子ともども、戦勝をお祝い申し上げまする」
かなり膨らんだ腹を愛しそうに撫でながら、
傍らには
「弟さん共々、気の利く佳い子ですよ。身の回りの世話のみならず、話し相手にまでなってくれて」
誇らしげに喜色を浮かべる金色の瞳を見て、思い至ったことがある。
「君は壁や覆いに隠された向こう側を見る術を能くするそうだが、ひょっとすると赤子も見えるのか?」
「はい、朧げな影ですけど。お腹の中で元気に動き回って、よく蹴ってます」
「早う出せ、出せと暴れているのかしら」
ゆったりとした
新しい命との出会いは、人を逞しく変えるのかもしれない。
「実のところ、心細くはないかと心配していた。
「いえ、夫の尻を叩いているのは私ですから。息子に良い暮らしをさせるため、身を粉にして──」
「嘘だ。
「その目を使っても、心の中なんて覗けないのではなくて?」
「分かります、そんなことしなくても」
胸を反らして得意になる
櫓からよ眺望は、
西から東、《
だが、あの頃とは様相がまるで違うのだ。《
景色は、変わる。己が手で変えてゆく。
望む形になってくれる、との証は無い。
それでも、止まるつもりは無かった。魂の奥底から湧き上がる熱いものが、
風が、吹いた。向い風でありながら、前に進むことを人に促すような風。
誰かの呼び声が混じっている。
────────
付き従う十名は
気心の知れた者だけの騎行。楽しくない訳がない筈だが、騎上の皆は理不尽に耐えながら顔を歪ませ、内から溢れる憤懣を総身から発していた。
《
宛がわれた兵は決して精強ではなく、心を通じ合うだけの時もあまり得られなかった。それでも調練を重ね、先の戦では望んだ以上の動きを見せてくれたのである。
枷がありながらも、できることをやってきた。その成果を丸ごと取り上げられた、との無念さは否定しようがない。
大戦で上げた手柄への褒美がこれか。皮肉な思いを抱く自分もいて、
「先の戦で我らだけです。武功を上げた、いえ、まともに敵と刃を交えたのは」
「俺達は単に殿をお救いしたのではない。
言い募る皆に同情しつつも、だからこそだろう、とは察せられる。幼稚ですらあるやっかみが、逆らい難い命令に変じるところに、氏族としての救いようの無さがあるのかもしれない。
数日後、新たな任地に到着した。以前よりここに詰めている人物の与力、との名目である。その人物とは、オロ宗家の嫡男という貴い身分でありながら、自ら望んでか厄介払いのためか、前線に張り付いて宮営にも滅多に戻らないという。
鞍を下り、飛竜を停めてすぐに目通りが叶った。ちょっと驚かされたのは、その人物から新鮮な血の匂いが立ち昇っていたことである。
「先日の大戦で功ありし
その男……
宗家当主・
こちらを突き刺してくるような覇気は、強すぎる陽光を思い起こさせた。多分、わざと四方に放っているのだろう。それに耐えられる者だけを、側に置きたいとでも言わんばかりに。
「功ありし、ですか。恐縮にござる。大胆なことを考えつく御仁がいて、ちょいと乗じさせていただき申した」
「例の、
「一度同じ戦場に立ってみたいな。敵でも味方でも構いはせん、この目で奴を検めたい」
「戦場に限らず、会って話されるがよろしかろう。相通ずるものを見出されるやも」
「俺もそうしたいが、奴は何やかやと文句をつけてくるだろうな。先の戦から俺を遠ざけたのも、
奴、が
「まあ、遠ざけられるのはむしろ好都合なのだが。澱みきった宮営より、前線で血を浴びる方が余程に心地が良い。近頃は
「
聞き慣れない言葉は、一時の恥を忍んで教示を願うべきだろう。
《
「特筆すべきは、異常なまでに多い兵力だな。奇異なことに、何も無い処から湧き出してくるように何度も、何度も増援が現れ、まるで終わりが見えないそうだ」
「ほう、何処かに戦力の溜りでも隠しておりますかな」
「未だその糸口すらも掴めんがな。しかし、
どこか、北からの来寇を防ぐことに専心する将の物言いではないような気がする。率直に疑問をぶつけてみると、
「いかにも。こちらから軍を差し向け、北東一帯を制圧してしまうべきだ。これは単なる気構えの話ではなく、果たすべき戦略目標たるべきである」
「その後は?」
「ミズ族に対し、南からのみならず、東からの攻め口ができる。二方向からの全力攻勢によってミズを空から引きずり下ろし、地に膝をつけながら臣従を誓わせるのだ」
つまり、武による《
「問われる前に言うておくが、勝算はあるぞ。まず一つ、敵の結束の脆さ。先の戦の時、俺はミズ族との境にいたから分かる。一見して一枚岩に見えるが、内部では派閥争いや利害の衝突が続発しているのだ」
「二方向からの侵攻で、それを表に噴き出させてしまおうとの訳ですか」
思えば、そもそもミズ族が未だに南下の姿勢を示し続ける裏に、内部の不満の矛先を外に向けようという意図が隠れているのかもしれぬ。
「そして、もう一つ。最早、ミズにはあの男がいない」
「猛将、知将、勇将。戦場に名を轟かす奴とは、一戦交えたくなるのが俺の性質ではあるが、奴を前にしてもそうで在り続けられるか……些か自信が無いな」
かつて、ミズ族宗家の旗本を率いる、一人の男がいた。神、あるいは魔の領域に片足を踏み入れたような、空前の強さを体現する男が。
跨る飛竜も並々ならぬ体躯で、赤と黒の体表は大地より噴き上がる炎を想起させるものだった。
あの光景は今も忘れられない。たかだか百騎あまりの騎竜隊が、三千騎を超える軍勢に正面から斬り込んだ直後。
三千騎が真っ二つに断ち割られ、竜巻に呑まれたように飛び散っていく様。唐突に生まれた戦場の空白に、得物を携えたその男が、何事も無かったと言わんばかりに佇む姿。麾下は一騎たりとも、手負ってすらいない。
ミズ族侵攻の際に討ち取られた将の七割が、奴の手にかかったとすら言われている。
オロ族にとってその男は、敗北と、恐怖と、突き落とされる地獄の象徴に他ならなかった。
その名を、
二度と、姿を現す筈のない男であった。
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