無源の秋 〜竜の翼は風雲に舞う〜【毎週金曜12:00&日曜19:00更新】 作:くコ:彡の本棚
約束の期日が来た。
既に五日が経っているが、《
それにしても、あの軍勢は。館の裏手にある櫓から戦場を遠望していた
果敢な戦ぶりの裏に、周到かつ細やかな荷駄の動きが見える。
進軍の途上、特定の地点に兵糧や替えの武具が集積され、着陸した騎竜隊は休みながら、次の戦闘に備えた準備を整えられるようになっていたのだ。
事前に地形を精査し、荷駄の搬入路を決め、おそらくは各地の土豪とも折衝して進軍の膳立てをする。そこまでの積み重ねがあって初めて、実現しうることだろう。
そうした軍の総帥と、話をする。思いきった決断をしたものだと、我ながら思う。
気付かされたのは、三年前のことだ。《
かなり希少な産物が、続々と荷揚げされてきた。薬膳料理の具材となる山の獣肉、肺腑の病に効く散薬の材料と珍重される茸。いずれも、山の奥深くに分け入らねば得られない筈のものばかりで、皇都の市場でも中々出回ることはない。
特に目を惹いたのが、岩塩と木の防腐剤だった。塩の産地である《
また、長い歴史を誇る《
《
突如流れ始めた山の産物と、謎の騎竜隊。無関係であるとはどうしても思えなかった。一度接触し、真意を質したいと望むようになった。とはいえ、
考えついたのは、旧友たる
早ければ、五日後に会談を。
川を遡上する五艘の船がやってきた。四艘には多くの荷が積んであり、またも山の産物を運んでいるものと見える。いわば、彼らの力の根源だった。
接舷する船の下へと足を運んだ。どのような思いがそうさせるのか分からないが、秒を追うごとに足は速まる。
使者の一行は先頭の船にいるらしい。総帥……
どのような集団でもそうだが、使者と言葉を交わせば、常日頃から如何なる雰囲気に身を置いているかが分かるものだ。まずは、それを見極めたい。
現れたのは二人の男である。一人は四十半ば、際立った目鼻立ちと整えられた口髭が特徴的な伊達男だった。もう一人の若者は、まだ二十にも達していないだろう。
「此の度、
恭しく一礼する二人の作法には一点の瑕瑾も無い。というより、皇都の空気に触れていた者の振る舞いそのものだった。装束も術士のそれである。
二人を客間に通し腰を下ろすと、儀礼に固まっていた雰囲気はやや和らいだ。
「
これから長く関わることになるのだから、と聞こえたのは、考えの巡らせすぎだろう。
「詳しい事情は存じ上げないが、ご多忙の折にここまで足をお運びいただきました。こちらこそお礼を申しますぞ」
「そんなことは。私としても、会談のついでに知り人を訪おうと思っておりましたので。文字通り渡りに船でございます」
「ご家族ですかな?」
「いえ、情婦です」
ゆったりと微笑む
「皇都で情を通わせていた者が数人。長らく放っておいたので、愛想を尽かしてはいないか心配でなりませんよ」
「奥方は……」
「妻帯はしております。妻の名は"学術研究"と申しましてね。いずれは子供らもお目にかける時が来ればと」
茶が運ばれてきた。お近づきの印に、と彼らが持ち込んだものである。これまで飲んだことのない不思議な味だ。指の先までじんわりと温かくなってくる。
「……これはしたり。私の身の上話ばかりしてしまった。聞かれたことに答えるために、私どもはここへ来たというのに」
「それは?」
「失礼ながら、
口に運びかけていた椀を置いて考え込む。彼らを知りたいという思いは確かに強いが、具体的に何を聞くかというと、中々に難しい。
「では……貴方がたは《
「海沿いにある《
「それを仲立ちするのが、
「まさしく」
さらに詳しい経緯も知ることができた。九年前、住処を追われた
そうした来歴があって、
その
「次は、目の前にいるお二人のことですが」
「どうぞ」
「その立ち居振る舞い、恐らくは皇都におられたのだと拝察いたしますが、どのような事情で?」
二人は少し顔を見合わせると、周囲を探るような仕草をした。
「ご案じめさるな。ここには我が心利きたる者しかおりませぬ」
頷いて語り始めたのは、
「私は賊に拐かされ、蛮行の片棒を担がされそうになったことがあります。そのやり方というのが、私にその場所へ行くよう命じた上役の手引きを、感じずにはいられないものでした」
「なんと……」
「今思い返してみれば、その上役は
その名を聞いて、微かな息苦しさを覚える。外に漏れる心配は無いと自分で言ったのだが、やはり体は強張った。
遥か千年の昔。海を越えて大陸へと渡来した人々がいた。上陸した島で遺跡を発見した彼らは、遺されていた古文書や碑文を解読することで、超常の力を手にしたのである。
これこそが仙術の興りであり、《
そして、解読に携わった知恵者達の嫡流こそが、
「彼らは自らの振る舞いによって、先祖の令名を辱めていると、私には思えてなりません。その事実から目を背けていた一人として、私も罪を問われるべきかもしれないのですが……」
皇室の外戚となって権勢を振るい、国政を壟断する。国軍に干渉して息のかかった将軍を取り立てたり、意に沿わぬ者を更迭する。己を弾劾する廷臣を真実の罪で処断させ、後釜に自らの親族を据える。
奸臣とは何かを例示したようなこれらの事柄は、全て現実における
あくまで俗世を離れた権威だった筈が、いつの間にか私欲と我執に塗れた権力に変質しているのだ。
もし、《
「お許しあれ。そのようなつもりでは」
好き好んで、己が故国の恥を述べる者が何処にいようか。図らずも残酷なことを強いてしまった気分に襲われる。
それから逃れようとして、
「最後にお聞きいたしまする。貴方がたは一体、何を為さんとお考えなのですか?」
「それについては、確としたものを申し上げられます」
「我らが主は、国を樹てんと考えております」
「国」
澱みない口調を心中で反芻しながら、二人の目を見る。瞳の光は強いが、静かなものでもあり、狂信的な熱に浮かされた様子は無い。
堕落し、往時の輝きを失った故国に愛想を尽かして、新天地を求めている訳でもなさそうだ。
「国は、樹てて終わりではございませぬよな」
「仰せの通りです。我らが新たな国の下で何を為すかは無論のこと、それを見た他国が如何に動くかも、我らは考え続ける所存にて」
新たな国。そんなものがこの大陸に生まれたとしたら、既存の勢力は黙ってはいまい。
というより、決断を強いられる。融和にしろ敵対にしろ、新たな国と対するために、これまでのやり方を変えることを迫られるだろう。
変えようとしている。彼らの新たな国づくりに他を巻き込んで、停滞の只中にある大陸の秩序に、風を吹き込まんとしているのだ。
その風は春の訪れを告げる穏やかなものでなく、有象無象を吹き飛ばす大嵐かもしれぬ。
危険なことを、打ち明けられた気がした。しかし、それを聞かなかったことにしようと、
────────
曇天である。穂先に切り裂かれた風が鳴く音を聞きながら、
鍛錬は、いつでもできる。何処でも。住む場所や食うものが無くともだ。だから、幼少より欠かしたことはない。何を望むでもなくそれを続けていたら、周囲より少しは腕が立つようになった。
ただ、無心にはなれなかった。己の内から出てくる取り留めのないものが、浮かんでは消える。虚しさ、と呼ぶのが一番近いだろうか。
それを打ち消そうとして槍を振るえば、また別の虚しさが頭をもたげてくるのだ。
小休止。槍を下ろし、呼吸を整える。
「よう」
あの日と同じ声、同じ呼びかけ。何かを転がすような音も聞こえる。
「鍛錬は終わったのか?」
そして、あの日と同じ男だった。
「ああ」
「ならば、話をしないか」
「すまんが、その気は無い。ではな」
行くぞ、
「おい、どうした?」
「立派な飛竜だ。名持ちというのも珍しい」
「余計なことをしてくれたな。そうなれば
「悪かった。まあ、飽きるまででよいから話をしよう」
観念して木陰に腰掛けた。
軽く周囲の気配を探ってみたが、護衛なり監視役なりの存在は感じられない。軍の総帥が単身で、一介の陣借りと話をしに来たというのか。
「話をする前に、確かめてもよいか」
「と、いうと」
「かくも砕けた話し方で、障りは無いかな」
問われた意味を咄嗟には理解しかねた。
「お前は俺よりも年長であるようだが、それを意識しない話し方が良いかと思った。それが見当外れであったというなら、改める」
「いや、そのままでいい」
破天荒に見えて、年長者には一線を引いて接する側面があるらしい。それでいて、相手によっては違う対応で接することも知っているようだ。
「
「ああ。長きに渡って湖を守ってきたお人だけに、言葉が重かったな。問答を続ける中で、試されているような気がした」
それを楽しんでいるような気配が、言葉の端々から滲み出ている。会談自体は望ましい形で終わったようだ。おそらくは
「それから、その後の昼餉では地竜の肉をお出しした」
「……あれをか?」
「入念に筋を切って、何刻も煮込んでな。柔らかくなってよかった」
「山が産するものを熱心に流しているようだが」
「ああ。大陸中で通用する品が、《
言葉に熱が籠り始めるのが、はっきりと感じられる。
「しかしだ。その価値に一番目を向けていないのは誰かというと、《
そして、
「まるで、外から見ていたような物言いだな」
「そうだったか。確かに、俺は《
驚いた。告げられた事実にではなく、あまりにさり気ない口調にだ。
「《
勝手に想像しろ、ということだった。大方の推測はつく。ミズ族侵攻の惨禍に曝され、両親も、住処も失ったのだろう。
癒えない傷など、誰にでもある。それを感じさせない活力を見せるのは立派だ。それで済む筈の話だった。
しかし、気になるのだ。辛い記憶を呼び起こさせる《
過去を捨てて安穏と暮らすだけなら、周囲の賊を平らげて終わりにしてしまえばよいのに。
「話は変わるが、
「《
ちょうど、
今は
「秘策故に話せんが、城を陥す算段はある。問題はその後なのだ」
《
「海路で運ばれる兵や荷駄を集積する補給拠点だ。《
増援でもって城を攻めている軍の背後を取り、城からも出撃して一網打尽にする。いわゆる後巻きと呼ばれる戦法である。
それを破るには如何にすべきか、
城を攻める、あるいはそう見せかけて後巻きを誘い、一気に反転して増援から叩く。際どい判断が求められはするが、城の敵を防備から引き剥がし、纏めて野戦に持ち込むこともできる。
あるいは、最初から増援を集中的に叩いておき、背後を安んじてから腰を据えて城を攻める、という方法もある。攻められた敵は海に逃げるだろうが、
その程度のことは賊……その黒幕も考えているだろう。となれば、敵が打つ手は一つだった。
増援を動かさないのだ。最後の最後まで、じっと守りを固めて時を待つ。
「海沿いの敵が動くのは、我らが城を陥としてからだ。疲れきり、緊張の糸が切れた我らの背を突くために」
陥とした城に篭って凌ごうにも、戦闘によって防備は大半が破壊されているだろう。防備を残そうとして攻撃の手を緩めれば、城の攻略そのものすら覚束なくなる。
「これからが本題だ。お前に頼みたいことというのは」
指が《
それが、誰の動きを指しているのか。
「攻め上がってくる敵の横腹を突いてくれ」
否。そう言い切ってしまえば、この話は終わる筈だ。だのに、そうすることが何故か憚られた。
「
「筋違いだな。余所者の私が何故」
「過日の戦、義勇兵はお前の下知に従っていた」
「ただの成り行きさ。私はどこまでも、ただの陣借りだよ」
それは卑怯なことではないかと思う自分が、心の奥底に確かにいる。
腰を上げる気配。
「待っている、その日までな。しかし、来なくとも俺達は戦い抜く。それは確かなことだ。何処かで、見ていてほしい」
断られることを承知で、この話を持ちかけてきたのか。とても、面と向かって検められることではなかった。
「積荷に関しては、お前と懇意だという鍛冶の
ちょっとした誤解を解こうとする前に、
肩に首を伸ばしてくる
まだ、曇ったままだった。
────────
徒士に山を駆けさせる。《
長く続けているこの調練は、《
平地と比べられない程に峻険で、空気も薄い山上での活動は、足腰と持久力、そして肺腑と平衡感覚を一時に鍛えてくれる。
さらに、視界を遮る地形や要素に満ちた一帯で、各隊の指揮官は判断力も養うこととなる。死角に敵の伏勢がいないか。逆に味方を潜ませ、敵の不意を突くことはできないか。そうした思考を肌で学んでゆくのだ。
《
突撃、あるいは騎射を避けて矢を射込む、槍衾に捉える。いわゆる後の先を取るには周囲の地勢を把握し、素早く展開しなければならない。無論、袋小路に追い込まれぬよう十全な警戒をしながらである。
《
勢力基盤が《
無秩序な拡大主義の影は何処にも無いように見える。今は。そうでなくなった時、己は如何に身を処するのか。
考えかけた自分を滑稽に思う。起きてもいない事態について悩むのは、目の前の戦が終わってからでいい。
「此奴も随分見違えたと思わんか、隊長。以前は息が上がって動けないのを、俺が運んでやったものだが」
「当然……ですとも。最後までお供仕ると決めているのに……山ぐらいで折れて何とします」
無茶な鍛錬は強いてやめさせ、山を走り込むことだけを
「さあ、軍議だ。地図を広げてくれ」
総大将の
今より軍の規模が大きくなれば、顔触れも増えることとなろう。それもまた、先走った考えだった。
「城に篭るは一万。この内、半数となる五千が本曲輪を守り、他は周囲に分けて配されている。まず、間違いありますまい」
《
故に、小曲輪全てを陥とすことがまず求められるが、それぞれを攻め口は狭く、おまけに大きく離れていて、戦力の分散を強いられることとなる。
総じて、小規模ながら攻めるに難い要害と言えよう。やはり、賊の知恵で築き得るものではなかった。
「活路は、やはり北ですか」
「ああ。敵も《
《
対岸にも《
小曲輪を経ずして、本曲輪を窺える唯一の場所だった。
とはいえ、攻めの足掛かりとするには地勢が悪い。互いの矢がぎりぎり届かない距離が開いており、弓の斉射で初撃を与えることができないのだ。
おまけに《
「北からの攻勢があるとすれば、騎竜隊で来ると敵は考えるだろうな。いざそうなれば、射手を北に集中させる」
「そこに、楔を打ち込む」
しかし、こちらには手立てがある。《
それによって開いた僅かな差を幾十倍にも広げ、趨勢を決する。要諦はそこにあるのだ。
「そのためにも西の小曲輪を陥として、敵の耳目を集めねばならん。頼むぞ
通常の攻め口から迫る主力に
「戦が終われば、お前には後方の運営を担う部隊の統括をしてもらう。つまりはその前哨だ。頼むぞ」
「必ずや。任を全うし、生きて
「それはお前と俺の間で交わされた約束でもある。絶対に違えるなよ」
総大将が考え抜いたであろう決定に、異存は無い。今では手綱を握る必要も無い程度に、
万感の思いを顔に浮かべて退出する
「こちらの戦力は徒士が六千、騎竜隊二百。そうだな」
「はっ。万一に備え、商館でも退避の準備は既に整っております」
これまで積み重ねてきた戦いが功を奏したか、戦力は着実に増えつつあった。一万が籠る城を攻めるには如何にも少なく見えるが、敵は城に拠るだけに戦力を集中できない。
攻め口の制約を無視して曲輪を叩くことができる騎竜隊がいる以上、一点における戦力比はこちらが優位となる筈だ。
「海沿いの敵がどれだけ集まるかだが」
「少なく見積もっても、一万。多ければ二万には達するかと」
「ならば、二万を迎え撃つ覚悟を決めておくだけだ」
城攻めを終えた直後に、海沿いの拠点に集結した敵が襲ってくる。その危険性は《
しかし、
「真に来るでしょうかな、湖からの援軍が」
「必ず来るとも。
「確かに、彼らにも益のある話ですが」
《
正直なところ、
「それも大事だが、より根本の話さ。武士同士の誓いを軽く見るものではない」
そう言いつつも、来ない場合には《
そうした距離の測り方は、掛け値無しに
「……ところで、湖では面白い男と知り合った。まず何が面白いかというとな、俺との窓口になってくれと
軍の指揮以外のことで話を振られたのは、おそらく初めてだった。
「なるほど。それから?」
「強い。相当に。俺が知っている中で、陸で一番強いのはお前だが、空では奴だろう。連れている飛竜も立派なもので、まさしく人竜一体だったな」
捲し立てるように語る
「そこまで賞されるとは珍しい」
「しかもだ、戦機を見る目もずば抜けている。以前の戦い、奴のおかげで最後は決まったようなものだ」
軍議の終わりにそうした話をするのだから、察せられるものはあった。その男にも、来てくれないかと請うたのだろう。
「拒まれましたか」
「無理からぬことだ。陣借り生活も長いようだったから、できぬことはできんと断るのは当然であろうし。本当は──」
何かを続けようとした口を噤み、
「長話に付き合わせた、調練の指揮に戻ってくれ。俺は商館に戻る」
足早に飛竜に跨った
本当は。本当は、その男を同志にと誘いたかったのではないか。そちらもおそらくは断られただろうが、それを承知しつつも、望みを捨てきってはいないのかもしれない。