無源の秋 〜竜の翼は風雲に舞う〜【毎週金曜12:00&日曜19:00更新】 作:くコ:彡の本棚
地形や縮尺は必ずしも忠実とは言い難いですが、敵味方の動きを理解する一助となろうかと思います。是非ご覧ください。
常と異なる喧騒と慌ただしさに満ちる《
男達が長蛇の列をなしている。蛇の頭を見てみれば、商人らしき数人から、順番に武器や具足を受け取る男達の姿があった。
そのまま右に動けば、さらに携行の兵糧と前払いの報酬を与えられる。
東での戦に加勢する兵の出来上がりだ。
湖を守っていた義勇兵と、《
大したことはしていない、と自分では思う。作戦に従って進み、退く。その合図を聞き逃さない。複雑な技よりも基礎の体力を磨き上げる。かいつまんで言えばそういうことだ。
強くなること以上に、指示を過たず遂行することを叩き込んでいる。許しを得ていたので、調子に乗って命に背く者は容赦なく打ちのめした。斬り捨てた者も二人いる。
国軍の一部隊としてもやっていける程になった、と
所詮は、己と関わりの無いことだ。
「我儘はやめろ、
ここ数日、
体を病んでいるというのではない。義勇兵が調練をしているところに近づこうとしたり、
今も東の方をじっと見つめたまま、動くのを拒否し続けている。
決して狷介な飛竜ではない筈なのだ。強硬に命を拒否したこともない。なのに面と面を突き合わせて注意した時、不服とも、憐れみとも取れる眼差しでこちらを射貫いてきた。
付き合いは二十年を超えようとしているのに、こんなことは初めてだった。それは己が内で整合しきれない蟠りを暴かれているようで、
「何だい、シケた面してさ。佳い男が台無しだよ」
そんな状態だから、こうも容易く捕まってしまう。
「放せ」
「いや。御託はいいからこっちにおいで」
白い腕から考えられない力で引っ張られてゆく。ついてくる
私は何をしているのか。引き摺られる間、景色も見ずそればかり考える。
気がつくと、そこにいた。立ち昇る熱気、小気味良く鉄を打ち付ける律動的な音、噴き出す汗に堪える素振りもなく動き回る、むくつけな男達。
「あたしらの城へようこそ。前にも言ったけど、
「
二人で腰掛けた。
「まあ、大した時間は取らせないよ。少し見せたいもんがあるだけ」
「ここ、ではないのか?」
「飛竜に乗った坊やの土産。興味ある?」
「奴と会ったのか?」
「うん。よくは知らないが、妙なおっさんも一緒だったね。学者だとか名乗ってたよ」
あの男の幕下であれば、そうした変わり種もいて当たり前だという気がする。ただ強く忠実な者ばかり集めて、あのような軍ができる訳もないだろう。
「あれは相当の好き者に違いない、あたしも口説かれちゃった。ま、女を見る目は認めてやってもいいかな」
櫃の一つを、開けてみる。光沢を放つ暗灰色の砂が満ちていた。
「砂鉄だろう。お前達のために持参したのではないのか」
「もっとよく見てごらん。あんたならこいつが何か分かる筈だよ」
促されるまま覗き込む。両目を剥いていた。己が意思ではどうしようもない、心のざわめきの現れ。
はっとして横を向くと、どこか懐かしそうな顔で櫃を見る
飛竜の鱗。それを細かく砕いたものに相違なかった。
だが、それは《
「例の学者、皇都の生まれなんだけど、《
それで、現地の人間すら知らない保全の術を見つけ出したのか。つまり、今の時点で天下の何人も知らない素材ということだ。
そんなものを《
いつの間にか、もう一つを開けていた。こちらには入っているのは、土だ。何処かで採集したものをそのまま納めた印象である。
この土を、知っている。それは確信とも言うべき直感だった。
「飛竜って、土に頭を突っ込んで糧を得るんだろ?その後の土を集めたんだって言ってた」
「何のために」
「学者は仙術が使えるらしくて、この土に雷の術をかけたんだけど──」
「
それを知りたければ訪ねに行け。そう言われている気がした。
東への、
心中に湧き上がるものを整理できないまま、澄ました
「此度の戦、お前達も多忙なのではないか?始まる前も終わった後も、鍛冶の働き処は多かろう」
「そりゃあもう、皆大張り切りさ。賊を纏めてぶった斬る刀に打ち直してやるんだ、なんて息巻いて。出立前だから時間も押してるし」
「出立とは?何処か行くのか」
「戦に決まってるだろ?あんたみたいに翼でひとっ飛びとはいかないからね。第一陣は昨日ここを出たそうだし」
気後れか、あるいは置いていかれる不安か。確かめようとして、
「あたしも、皆を連れて行くよ。完璧に手直ししたあたしらの作品で、奴らに
「本気か」
「教えてくれたのは、あんただよ」
互いに目が合ったまま、
「あたしらが、ただ殴られるだけの存在じゃないって。抵抗できる力、現状を変える術を持ってるんだって。誇らしかったな、あたし。きっと、皆もそう」
「私は」
「だから、出る前に話がしたかった。気づかせてくれたことに、お礼だけは言いたかったんだ」
片目を瞑った
恥。
あの女の言葉こそ、まさしく真ではないか。下らぬ邪推でそれを疑い、捻くれた怯懦を晒し続けた。恥。その一言はどこまでも
「翔けようか、
この痛みから逃げるために、翔けるのだ。気づいていながら、そうせずにはいられない。
飛竜に考えを伝える時、本来は言葉を口にする必要さえない。一時、そんなことさえ忘れてしまっていた。
鞍に跨り、
上がり続ける。拍を刻むごとに、地面が遠くなってゆく。飛竜が騎手の指示を受けずに、ここまで高度を取るのは珍しいことだ。
皮膚が微かな寒さに曝され始めた時、眼下に現れたのは《
「これを、見せたかったのか」
しかし、湖面から立ち昇る気とも言うべきものは、明らかに以前と様変わりしていた。身を縮こませて逼塞するような暗さは無く、前へ前へと進まんとする熱い意志が渦を巻いていると思える。
船は交易品と共に、兵や荷駄の輸送も行っているのだろう。《
動きがあるのは湖だけではない、空もだ。やや下方、風を切り裂いて東へ翔ける騎竜武者は、間違いなく自分と同じ陣借りだった。
感じる。伝わってくる。騎手と飛竜に心の結びつきがあるのと同様、飛竜同士も見えざる波を発して交感している。だから、時として他の乗り手の感情が伝わってくる場合があるのだ。
喜び。武士としての場を与えられたことへの喜びだった。割りの良い仕事にありつけた、などというものではない。騎竜武者の矜持を取り戻す機を得たと、昂っているようだった。
《
失望を伴って故郷を離れた騎竜武者達。《
あやふやなものに縋ろうとしている。言葉を選ばずに言えば、そういうことだ。勝手な期待を裏切られることもあるだろうに。
それでも、確かに馳せ参じている。座して悲観を続けるより、よほど立派なものではないのか。湖の畔に降りつつ、そればかりを考えた。
水を飲んでいる
あの時、自分は何故
あれは、ただの仕事の依頼ではないか。槍を振るって賊を討つだけ。一介の陣借りとして、身構えたり、穿って考えるようなものでもない。
ここまで深く思い悩むのは、やはり十年前の傷が塞がっていないせいか。
「あの日も共に逃げたよな、
両親を失った自分を育て、自分と
後に《
結末は凄惨なものだった。叔父は郎党を動員して、
何も、残らなかった。誰も、幸福にならなかった。その事実が、
十年間、その事実にどれだけ救われてきたことか。
「けじめを、つけたいな」
取り留めのない思いが交錯する心中から、ようやく引っ張り出した明確な言葉。
その日暮らしの陣借り暮らしを続けることで、叔父を手にかけた痛みから逃がれようとした。しかし、その前にすべきことがあったのではないか。
叔父をして抹殺という手段を決断させた、大事に身を投ずるという意志。それが正しきか否かを自省することすらなく、十年の昔に置き去ってしまっていた。
初めて顔を突き合わせた時、捨てた筈の意志は確かに首をもたげてきた。ならば、それとけじめをつける機から、逃げてはならないのではないか。それは叔父への手向けであり、己を取り戻す手立てでもある。
湖面を見つめながら、考えが一つの方を向き始めているのを感じた。
────────
先鋒が川を渡るのを見ながら、
逸るな、
敵を撃滅し、共に戦う皆の損耗を減らす。逸って仕損じる訳にはいかないのだ。
大将なのだ。自分が浮き足立っては全軍に波及してしまう。
二つの渡しから渡渉する。先鋒と中軍は下流、遊軍である騎竜隊は上流からだ。
先鋒は、まず南に進路を取る。海沿いの拠点を狙うような動きで。その様を城に篭る敵に見せつけ、揺さぶりをかけるのが端緒である。
無論のこと、これは敵の判断を惑わせる陽動だ。どちらかの敵がつられて飛び出してくれば、騎竜隊を急行させて野戦を仕掛けるつもりだったが、流石に出てくることはなかった。
敵も慎重を期しているのだろう。こちらを本拠にまで引き込み、乾坤一擲の決戦を挑む気でいるらしい。故に、最後の最後の攻勢をかける機が来るまで、堅守の姿勢は崩すまい。
川を越えて、六日目になった。
平地から山岳に変わる境、丘が連なって道が入り組む一帯。息を潜める気配を感じて、進軍を止めた。
「伏兵を狩り出します」
「頼むぞ」
十組の軽兵隊が、丘と丘の間に分け入ってゆく。半刻(一時間)程すると、方々で刃を打ち交わす音が響き、飛竜の羽ばたきが重なった。
徒士で伏兵の潜伏位置を暴き、騎竜隊で上空から襲撃する。此度はその戦法が当たった。露見したことに動揺し丘へ駆け上った敵に騎竜隊が急迫し、容赦無く揉み上げる。
城へ逃げ帰る敵は五百あまり。千を下らない数が伏せていたということか。こちらが城に攻勢をかけた時、城の内外で呼応して挟撃する肚だったのだろう。
伏兵に気づかぬふりをし、城内の敵の出撃を誘うという手もあったが、緒戦から際どい賭けは避けるべきだった。
二つの丘に陣を張り、城を睨む。眼前には小曲輪の一つがあり、まずはこれを陥として本曲輪の眼前に出る。
じっくりと締め上げる、ということにはならない。そこまで進めば、一気に勝負を決めるつもりでいた。
ここまでは、筋書き通りだ。これからはどうか。作戦に遺漏は無いか。そんなことばかり考えていると、いつの間にか頭上に星が現れていた。
夜襲の気配は無い。敵も味方も明日の激突を前にして、静穏な眠りを享受したいと考えているようだった。これが最後の眠りになるかもしれないのだから。
「殿、不自由はございませんか?」
静寂が耐え難い、不安に思えてならない時、決まって
「俺は大丈夫だ。お前こそ、ちゃんと寝ておけよ。明日になって倒れられては困るからな」
「勿論です。真正面から啖呵を切ってみせます」
「そして、無事で帰ることだ。でなくば俺が
気負いの無い、常と変わらぬ様子で対したつもりだったが、
「せいぜい無理をせず、無事に帰ってくるのですよ。そして身の丈に合ったお相手を探すのです。でなくば、縁もこれきりですから」
さり気ない優しさに、自分達は生かされている。戦陣に在ってそれを顧みられるのは、すなわち幸福に他ならなかった。
気がつくと、降り注ぐ朝の陽光を浴びている。具足姿のまま、眠ってしまっていた。
軽く身繕いをしながら、所定の位置につき始める将兵を見守る。
「匪賊共に告げる!」
右手に旗を掲げ、胸を反らして丘の頂に立つ姿。逆光を浴び、漆黒の輪郭となっている背中が、これまで覚えが無い程に凛然として見えた。
「十年間、お前達の行いを省みるがいい。略奪を恣にし、罪無き者を手にかけ、暴虐の限りを尽くしてきた。さぞや楽しい日々であったことだろうな」
曲輪が俄かに騒然とし始める。敵意と、殺意とか無形の矢となって射掛けられているだろう。
負けるな、と
「しかし今やお前達は一つの城に押し込められ、滅びを待つ身となっている。お前達の所業が、自らを貶めたのだ。最早手を下すまでもないが、敢えて我らは戦う。二度とこの地を踏まぬと誓って去らぬ限り、お前達に存える道は無いと知れ!」
全軍の鯨波が連なり、大音声の怒涛が《
小曲輪の門が開け放たれ、殺気を立ち昇らせた賊の群れが、雪崩を打って押し寄せる。頭に血が上りつつも、城を守らねばならぬという前提との板挟みになり、攻勢はどこかで甘くなる筈だ。
面目を施した
味方の徒士が数段の横陣を敷き、迎撃の構えを取っているのがよく見えた。中央を凹ませて敵の勢いを殺し、左右から攻め立てる動き。調練の成果が如実に現れている。
そう長くはない衝突を経て、敵は退き始める。曲輪から射掛ける弓の射程に、誘き寄せるための動きだということはすぐに分かった。うかうかと乗せられ、突出するような真似はしない。
苛立った敵は再び寄せてきて、退がることを繰り返している。やはりこちらも動くことなく、暫く様相は変わりそうもなかった。
他の小曲輪に詰める敵も、加勢する動きを見せていない。いずれか一つを抜いて進もうとする相手を、本丸と呼応して一網打尽にする城の構造なのだ。こちらはそれを逆手に取っている。
ふと、視線を北に転じた。昨晩早くも《
陽は中天に在り、寄せる敵にも焦りが滲んでいる。そろそろ、仕掛け時だ。
「騎竜隊を前に」
百を超える飛竜の羽ばたきが空気を圧し、隊伍を組んだ騎竜隊は巨大な錐となって、小曲輪目掛け進み始めた。
空から直接陥としにかかる動き、それを認識した敵は慌てて戻ろうとする。
迎撃に徹していた徒士が、突撃に転じたのはその時だった。
静から動、横から縦の急変に対応できない敵を突破した。否、すり抜けた。困惑のまま停止する敵に目もくれず、徒士は小曲輪を目指し疾駆する。
門に取り付くまでに飛来した矢は疎だった。強襲の態勢を見せた騎竜隊に、大半が指向されていたのである。
おまけに、出撃している兵がいたため、門も完全に閉ざされていた訳ではない。守りの全てが半端だったのだ。
忽ち門を破り、内へと斬り込んでゆく徒士隊を認めつつ、
混乱から立ち直り、小曲輪へ戻らんとする敵を、騎竜隊は側面から攻めに攻め立てたのだ。これで、徒士隊の背後に不安は無い。
「行くぞ」
北へ、北へと翔けてゆく。小曲輪の制圧は必ず成ると疑いもせず、騎竜隊は《
所定の丘。運び込まれた荷駄と、配置を終えた味方の姿が見える。迎え入れられるままに着陸し、飛竜の翼を休めた。
眺望という一点だけを見ても、この丘を押さえた意義は大いにあると分かる。本曲輪も、最前線となっている小曲輪の戦況も、掌の上だ。
雄々しい八の字を描く自軍の旗も、はっきりと見える。陥とした。各処の味方が連動して、着実に戦を進めている実感。ようやく湧いてきた。
「よし、飛ぼう。敵の耳目をこちらに集める。派手に動き回って、ただし射線は遮るな」
空に出て、皆で一斉に鬨を上げる。俺の方を向け。その思いを籠めて声を張り上げれば、果たして敵の殺気は方向を転じてきた。これ見よがしに騎竜隊の陣形を再編し、突撃の構えを取る。
射手が本曲輪の北に集結しつつあるのが、ありありと分かる。塀に据え付けてある弩も、こちらを向いていた。寄せてきた騎竜隊に斉射を加えて、尽く撃ち落とそうというのだろう。
一方で、敵の大半は西の門に集中している。小曲輪を陥とした徒士が攻め上がるのを警戒しているのだ。騎竜隊で攻めると見せかけ、徒士で門を抜いた先刻の例がある。他三つの小曲輪に詰める敵も、本曲輪に呼応して動きを見せていた。
隊伍を組む騎竜隊の最前に、
丘に展開する徒士も、列を整えている。敵の視線を覆い隠す人垣の向こうに、黒光りする筒を構える者達の姿。
風が止んだ。そう感じた時、既に翔け出していた。目の前の本曲輪がどんどん大きくなる。射手の顔、動作。番えた矢が放たれんとした直前、全騎が方向を転じて離脱した。
矢玉避けの術は、かかっていなかった。丘には
その
その機は、まさに熟しつつあった。
騎竜隊は心持ち高度を取り、降下攻撃を加える態勢を見せた。敵としては、塀に穿たれた狭間(射撃用の穴)からでは狙いようがない。
しつこく挑発されて気が立っている敵は、塀から上半身を乗り出してまで射落とさんとしてくる。
その時、青い雷光が本曲輪を貫いた。
空から見下ろせば、よく分かる。弾丸を食らい、塀の内側に落ち込む兵。それを見て色を失い、弓を取り落とす兵。人だったものが、ばたばたと倒れ込んでゆく。
轟音が過ぎ去った後に広がる惨状。北に集まった射ち手に、物心両面の罅が走っていた。
百八十梃もの
矢の届かない間合いだが、
「それであんたらが勝てば、
保有する
自分達に、命運を賭してくれる者がいる。力を貸してくれる者がいる。その根幹は、決して忘れまい。勝利をもって、それが嘘ではない証としてみせる。
弾丸を籠める、撃つ。㮶杖を銃口に差し込み銃身を冷やし、次の弾丸を籠める。
それを補うために編み出されたのが、組撃ちであるという。三人が一組となって三梃の
各々が弾丸を籠める、撃つ、銃身を冷やすことのみに没頭し、常に敵を撃てる状態にしておく。それこそが組撃ちの眼目だった。覚える作業が少ないから、習熟も早い。
六十の銃口が本曲輪を狙い、間断無い射撃が続いていた。空から見下ろせば、凄まじさがよく分かる。引金を引くだけで、ここまでのことができるものか、と思った。
事態を理解する暇も無く、轟音と共に迫り来る光の波濤。敵兵からすれば恐怖に他ならない。実態を超える脅威を感じて、敵の戦意は急速に阻喪していた。耳を塞いで座り込む者さえいる。
逡巡は無かった。
飛竜の翼を畳み、一息に降下する。挑発でも、見せかけでもない。本気で敵を崩すための突貫。
逃げ散る敵には目もくれず、矢を向けて抵抗してくる敵を斬り伏せる。敵意の呻きを聞きながら長巻を振るうと、強かな手応えがあった。刃から滴る赤を拭う間も無く、背後から近づく敵を両断する。
見回せば、味方が圧倒的だった。遠距離の間合いに特化した射ち手は、懐に潜り込まれると弱い。弩から慌てて射ち出される矢も、空を切るのみである。
弓を持つ骸が山になった頃、敵の新手が現れた。こちらの徒士を警戒して門の守りを厚くしたために、対応が遅れたのだろう。勢いに乗る騎竜隊の敵にはなり得ない。それがすぐに分かった。
それからは、蹂躙である。西に注意を向けていた敵を包囲し、容赦の無い騎射の豪雨を浴びせかけた。一射で一人、三射で三人を討つ勢いの前に、敵の内外が見る間に削られてゆく。
秩序だった反撃ができなくなったのを見計らい、斬り込んだ。各騎が得物を振るう度に、乱舞する敵の首や腕。怒号と悲鳴がその大きさを競う。
皆が、血に酔っていた。人も飛竜もだ。刃が擦れ合う音に混じって、哄笑さえ聞こえる。
大将として、それに溺れてはならない。旗揚げ以来、
敵が瓦解した。そして、溢れた。圧力に耐えかねた敵が内から門を開け放ち、外に逃げ道を求める様は、破れた堰から濁流が溢れる光景を思わせる。
本曲輪と各小曲輪を繋ぐ通路は、一段低い所を走っていた。攻め込んだ敵に対する備えの一環だが、今はそれが仇となっている。小曲輪を占拠したこちらの徒士隊に、頭上と背後を取られることとなるのだから。
血腥さの中で
小曲輪に取り付こうとした敵を、徒士隊は長槍と弓の斉射で叩き落していた。最早反撃すること能わず。悟っただろう敵が逃げ始めた。飛び出した徒士隊がその背を強襲する。他の曲輪の兵と鉢合わせ、混乱してごった返すところに斬りかかったのだ。
城での攻防は、これで終わるだろう。抜け目の無い
だが、《
次々に入ってくる報告を聞く限り、少ない損害で城を破れたようだ。それは、重畳である。
地形を、思い浮かべる。少しでも、敵の展開を遅らせることはできないか。数の利を潰せる場所は無いか。
考えを巡らす中で、熱に浮かされた頭は少しづつ冷えていった。