秘封世界単話集   作:見張

4 / 14
4話「死後の世界」

 

健康的で健全的な酔わない新型酒が主流となって久しい今日この頃。需要の低下と共に生産量も減少し"希少性"という付加価値が付いた結果、秩序を乱し健康に悪いと忌避されたハズの旧型酒は、高級な嗜好品として一定の評価と需要を得ていた。

 

そんな旧型酒を専門に提供する此処『バー・オールドアダム』では、年に数度"特殊"な経験をした者達が集まり密かに語り合う催しが開かれる。

 

今回の参加人数は9名。椅子で円を作るように並べて座り、琥珀色に輝く旧型酒が注がれたグラスを片手に代表者が開催を宣言。宴会とは違う奥ゆかしくも好奇心に満ちた雰囲気を肴にグラスを傾ければ、新型酒では味わえない強いアルコールの刺激とフルーティな風味が鼻孔まで上り抜けていく。

 

今回の催しの前座を務める男性――オールドマンは、その味にひどく懐かしさを覚え目頭が熱くなった。かつては六千円払えば一晩中呑めたこの旧型酒も今は一万円払っても数口しか味わえない。

 

「では、初参加のオールドマンさんから時計回りによろしくお願いします」

「はい」

 

オールドマンは、起立すると円の中心へユックリと歩き出す。ただ座って語るのも味気無いと思っての演出だ。

 

「私には2人分の人生の記憶があります」

 

初っ端からのカミングアウト。場所が場所なら精神病院に即刻担ぎ込まれていただろう発言もこの場では当然の様に受け入れられる。この場に居るのは、普通とは違う体験をして誰かに話したくて共有したくて集まった人達だからだ。

 

「1つは私、オールドマンとしての記憶。もう1つは、過去...あるいは別の世界で生きた男性の記憶です」

 

オールドマンは続ける。

 

「その男性は、M県S市郊外の山を切り開いて開発されたベッドタウンで産まれました。特別語る事の無いごく普通の人生です。普通に育ち、普通に学友と勉学に励み、普通に卒業して就職、普通に恋愛をして結婚。男性は思いました...特別では無いが、この普通の日々こそが人としての贅沢なのだろう...と」

 

オーディエンスを見渡せば何人かが頷いている。『科学世紀』と称される現代日本国において人々は産まれた時から管理されている。受験なんてモノを受けずとも学力に適した学校へ進学。スキルに見合った職業に振り分けられ、役場の結婚支援課に登録すれば恋愛などしなくとも結婚できる。

 

小手先の対策ではどうにもならない人口の減少を直視し、推し進められた合理化の末に人々は"結果"を与えられる事に慣れてしまったのだ。

 

「そんな男性の普通な日々に急激な変化が起きました。初の女性総理大臣が誕生した年のことです。男性は妻の趣味である登山に付き合うカタチで紅葉を見に山を登りました。その年は全国的に熊による被害が過去最多ペースであるとのニュースを目にし、熊避けの鈴にスプレーを持っていきましたが幸いにも熊には遭遇せずに紅葉を楽しみました......帰り道のことです。男性はソレを目撃しました」

 

オールドマンは1拍置いて再開する。

 

「紅い落ち葉の絨毯がまるで血液の様に映る斜面の下にソレが居ました。スラっとした胴体に4本の脚。真っ黒な体毛から覗かせる2つの目。男性は最初ソレを熊だと誤認しました。なんせソレは、パッと見ただけでも2m以上はあったからです...!」

 

オールドマンは僅かに声のトーンを上げる。

 

「男性は素早く熊避けのスプレーを握り、ソレから視線を外さずにユックリと逃げようとしました。熊が相手ならそれが1つの正解でしょう。しかしソレは熊では無い。すぐにでも走り出すべきでした......まぁ、走ったところで結末は変わらなかったでしょう。男性は死にました。瞬く間に、抵抗できずに、妻を守れずに、痛みも恐怖も感じる間も無く死にました」

 

オーディエンスの反応は薄い。実際、もう1人の人生の記憶があるのを除けば「山で怪物に襲われた」という在り来りな話しでしかない。

 

「長々と身の上話しぃ......身の上話しということで、私がこの場で語りたかったのはこの後の事です。"死後の世界"。現代日本において人は死ねば終わり。魂なんて科学的に観測できない物は存在しないのだから"死後の世界"も存在しないのが通説です。ですが、少なくとも私は"死後の世界"を経由してこの世界時代に産まれました。どんな世界だったか?極楽浄土?天国?あるいは地獄?いいえ、そんな物はありませんでした。産まれた街で霊体として目を覚ましただけでした」

 

オーディエンスの1人が「浮遊霊」と呟いたのに対して隣の席の人が「神道の祖霊じゃない?守護霊として現世に留まるんだ」と持論を述べる。

 

「実家を出て5年以上経ってましたから、多少の変化はありましたがおおよそ記憶通りの光景です。不思議な事にその光景を観て自分が死んだと確信しました。見かけた人に話しかけたり触れようとしても駄目、実家に帰ろうとしましたが透明な壁に阻まれて敷地に入れません。それでどうしたものかと街を彷徨っていた時です。橋の上で"目"を見付けました」

 

記憶の中の映像は、どれ程鮮明に覚えていようともボヤけている。ボヤけた映像に様々な情報で補正して思い出すのだ。だが、その時の光景だけは写真を観るかの様に思い出せる。

 

「正確には目ではありません。私の感性と語彙力では"目"と表現するしかありません。とにかくその"目"は、霊体になって初めて見付けた異物です。好奇心......ではありませんね。何をしたら良いのか判らず彷徨うぐらいならと触れてみました。それが、もう1人の私の記憶の最後です」

 

オーディエンスを再度見渡し、この催しに参加したワケを話す。

 

「怪異怪談に精通している皆様なら"死後の世界"と"目"にまつわる話しを存じていると期待して今回参加させて頂きました...........私は、あの"目"の正体を知りたい!どうか皆様の知識を貸して頂きたいのです!」

 

この場に居るのは、普通とは違う体験をして誰かに話したくて共有したくて集まった人達。その根暗とも言える欲求は『科学世紀』では異端。大衆からは求められない。故にオールドマンの助力を求める声は、琥珀色に煌めく旧型酒よりも刺激的でフルーティであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。