秘封世界単話集   作:見張

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番外編「部楽倶封秘」

 

鏡越しの「LOVE」の文字が「HATE」に変わるように

裏もあれば表もある

真実はどれだ?

 

仮面ライダーエボル専用テーマ曲「Evolution」より――

 

 

「真実を映す鏡を見に行くわよッ!」

 

単位取得に必須の課題を終えた日の夜のことだった。ここ数日学業に専念していた鬱憤を晴らすかの様な勢いを見せる宇佐見(うさみ) 蓮子(れんこ)の右手には、ごく普通の一軒家の写真が見せつける様に握られている。

 

「......蓮子、写真間違えてない?」

 

幾つかの可能性を絞り出し、最も高い可能性を問いかけるはマエリベリー・ハーン(メリー)。

 

「間違ってないわ。この地方都市に乱立してるモデルハウスの様な家に真実を映す鏡があるのよ!」

 

メリーは訝しんだ。不良オカルトサークル『秘封倶楽部』の活動を牽引する蓮子は、「裏表ルート」なる独自のルートからいわく付きの物品や情報を入手している。その多くは、露骨と言える程に不気味な容姿の日本人形や地元民しか知らない推定心霊スポットなど、説得力を持たせようと"努力"したモノだった。それらと比較すれば、この真実を映す鏡があるとされる一軒家は、メリーが訝しむ程度に普通であった。

 

「......それで、その真実を映す鏡とは如何なる物なのかしら?」

 

ドヤ顔で指をパチンッと鳴らし、普段よりも滑舌良く説明する。

 

「卯東京駅周辺の再開発地区にこの家はあるわ。メリーも知ってる事だけど、あそこら辺は東京で最も発展した地区の1つ。京都程じゃ無いけど一軒家を持てるのは社会的成功者としてのステータスになるわ」

「つまり人気なのね」

「そう!年商数十億の社長ですら空き待ちするこの地区で唯一、この家だけが売りに出されず維持管理されてるの!何故か?真実を映す鏡があるからよ!噂ではこの鏡を使って京都を影から支配している組織がいるんですって!」

 

相当鬱憤が溜まっていたのだろう。尻上がりに早口になる蓮子は遂に説明しながら身支度を始め、説明終了と同時に玄関のドアを開けた。

 

「行くわよメリー!いざ東京へ!」

「ダメよ蓮子」

「えぇッ!?」

 

予想外の反応だったのだろう。本気で驚いてる蓮子に向けてメリーはピースサインを作り、まずは腕時計を指差す。

 

「今から駅に行けば18時の便に乗ることになるわ。帰宅ラッシュで地獄を見るわよ」

 

京都――東京間を53分で結ぶ『卯酉新幹線』は、東京から京都への通勤を現実的なものにしていた。それ故に閑散とした昼間の車内から想像出来ない乗車率150%を超える超満員状態となる。少なくともメリーからすればそんな所へ飛び込むなど自殺も同然なのだ。

 

次に自身に指差し、続けて蓮子が背負うリュックを指差す。

 

「私、何の準備もしてないんだけど?」

「あ...」

 

結局、ふたりが新幹線に乗ったのは22時の最終便だった。状況的に鏡のある一軒家に人目を避けて侵入するとなれば、より遅い時間帯の方がいいとのメリーの案を採用しての決定となった。

 

時刻は23時41分。最悪の事態を想定して慎重に動いていたのが馬鹿みたいにアッサリ件の一軒家へ侵入に成功する。

 

「まさか警備システムはおろかドアに鍵すらかかって無かったとはね........不用心の極み。ある意味ヘタな心霊スポットより怖いわ」

 

そうメリーが感想を語ってる間に蓮子は、ボールペン程の細長い懐中電灯を取り出しスイッチを入れる。

足元を照らすのが精々の心許無い光は、住宅街での不法侵入に適していた。極力外へ光が漏れないよう床に向けながらふたりは歩き出す。

 

「メリー。何か異常があったら教えて」

「ええ」

 

この場合の異常とは、「結界の境目が見える」と自称するメリーの特別な目を通して発見した異常だ。今のところ異常と呼べる程のものは無い。

 

先導する蓮子の歩に迷いは無い。徹底した効率化の元に大量生産されたモデルハウスの1つであるこの家の見取り図は、ネットで調べれば簡単に見つけられる。

 

1階のリビング、和室、洋室、浴室と近い順に調べる。どの部屋も備え付けの家電を除けば何も無い簡素なものであり、隅を指でなぞっても埃が着かないあたりこまめに掃除もされている。その新築の様な小綺麗さが立地も合わさって余計に不気味に思えた。

 

「もう一部屋和室があって最後に念の為トイレも調べて2階に行きましょ」

「......ええ」

 

嫌な予感がした。蓮子と出会い『秘封倶楽部』として遭遇した有象無象の脅威とは違うそれ以前の......まだ、マエリベリー・ハーンという1人の少女が無力にも蝕まれ続けた"夢と現を隔てる結界"に触れている感覚。

 

ここに来てようやく確信する。この家は"境界"なのだと...

 

確信した時には手遅れだった。最後の和室の戸は既に開かれ、部屋の中央で待ち構える全身鏡が真実を映す。

 

「......?」

 

理解が遅れる。鏡であるならば、そこに映るべきはメリーと蓮子の姿。だが、鏡に映っているのは、艶の無いボサボサの金髪に死人の様に青白い肌、左目は眼帯で覆われた入院服の少女だった。

 

「え...!?」

 

理解が追いつくと同時に恐怖心が込み上げる。本能的に1歩下がろうとするも上手く力が入らず尻もちを着いてしまった!

 

目を離すべきではない。そう思うよりも先に身体は動き鏡の中の少女を見る.........そこには、メリーと同じく尻もちを着いた少女が映っていた。

その光景が何を意味するか、メリーは瞬時に理解してしまう。

 

「私......なの.........?」

 

メリーがユックリと立ち上がると鏡の中の少女もユックリと立ち上がる。恐る恐る近付いて触れれば、ひんやりとした硬い質感がモニターの類いでは無いと語る。

認めるしかない。この鏡の中の少女はメリー自身だ。

 

「あんまりその鏡に触れない方がいいぞぉ」

 

背後からの警告にすぐさま鏡から手を離し振り向く。そこには、壁に背を預け気怠そうに頬杖をついて座る男性が居た。

その容姿、声には何も個性が無い.......いや、個性はあるのだろうが何故か記憶に残らない希薄さがあった。僅かな間でも目を離せば「男性である」の1点以外なにも思い出せなくなる。

 

「.......あの」

「ん?」

「貴方は誰ですか?」

「...とりあえずカリトって呼んで。その鏡を調べてたらこの世界に閉じ込められた」

「閉じ込められた...?」

 

論より証拠と言わんばかりにカリトは窓を指差す。

悪意こそ感じないものの警戒しながら窓から外を観るも何の変哲もない住宅街が見えるばかり。鍵はかかっていないが、開こうとしても1mmも動かなかった。

 

「どこもそんな感じだ。この家からは出られない」

 

メリーは確認してくる旨を伝えると家中を調べたがドアも窓も開かず、カリトの言葉が本当であると確信する。実の所カリトの言葉の真偽は然程重要では無かった。メリーが本当に確認したかったのは蓮子が居るのか居ないのか。家中の隅から隅まで調べても蓮子どころか人が居た形跡すら無い。

 

「(蓮子はコッチに来れなかった?)」

 

これ以上の捜索は無意味と判断し鏡の部屋へ戻る。鏡は変わらず部屋の中央で待ち構え、カリトが気怠そうに壁に背を預けていた。

 

「あの」

「ん?」

「私以外に誰か来なかったんですか?」

「来たよ。5人...いや6人だったかか?」

「その中に宇佐見 蓮子って名前の女性はいませんでしたか!?」

「いなかったね。女性は君が初めてだ」

 

メリーが次の質問をするよりも先にカリトが答える。

 

「全員、真実を受け入れてこの家から出てったよ」

「え?」

「君は、その鏡を真実を映す鏡だって聞いて調べに来たんだろ?なら、その姿が君の真実の姿だ。ソレを受け入れれば玄関のドアから出られる」

 

心臓が一度大きく跳ねた。追って全身の毛穴から吹き出る冷や汗がカリトの言葉を肯定する。

 

京都府の大学に通う大学生。特別な目を持つ少女。蓮子とふたりだけのオカルトサークル『秘封倶楽部』。それら全ては妄想の産物。この入院服を着た少女こそがメリーの真実の姿なのである。

 

「...........そんなワケ無いでしょ」

「?」

「私はマエリベリー・ハーン!京都の大学に通う留学生で時々変なモノが視えて不良オカルトサークル『秘封倶楽部』の.......宇佐見 蓮子の相棒なのッ!!」

 

自分に言い聞かせるように......いや、実際に自分に言い聞かせる。かつてのメリーであれば、この真実をアッサリと受け入れていただろう。蓮子と出会い紡いだ日々が、自分が居たい場所を信じ疑わない精神を養った。

 

そんなメリーをカリトは感心した眼差しで観る。そして、何か決断したらしく立ち上がった。

 

「なら、この家を出るか!」

「でも」

「大丈夫。俺の直感が今なら出ても大丈夫だって言ってる」

 

なんと説得力に乏しい根拠だろうか。それでも、少なくともこの強引さは蓮子に似ていると妙な安心感を覚え着いていく。

 

「マエリベリー」

「はい」

「君は、あの鏡を真実を映す鏡と聞いて来たワケだ。だが、一体なんの真実を映したんだろうな?」

 

カリトは続けて持論を語る。

 

「そもそも真実って言葉は具体的な様で酷く抽象的な言葉だ。なんせ事実を個人の認識で歪めたのが真実だからな。俺が思うにあの鏡が映す真実は"可能性"だ」

「"可能性"?」

 

カリトは頷く。

 

「鏡の外の姿......つまり本当の姿は現実を生きるありのままの"事実の姿"であり、今の姿は思想や経験などによって歪められた"真実の姿"。この鏡と家は2つの姿の境界ないし結界と言ったところだろう」

「真実を受け入れれば家から出られるって事は...!?」

 

カリトの考えを理解したメリーは青ざめ背筋が凍る。

 

「精神が現実を侵食する"可能性"。それ自体は日常的に起きているが、あの鏡は極端に発現させる作用があるのかもしれない。マエリベリーはあまり実感がなさそうだが、俺はさっきまで仕事も私生活も全部ブン投げて怠惰になっていた」

「...やっぱり出るのはマズいんじゃ?」

「真実は個人の認識で歪められた事実だと言った。きっかけ1つで変わるんだよ!」

 

玄関へ到着する。気が付けばカリトの姿は、角刈りの頭とヘビィ級ボクサーめいた筋肉質な躯体が特徴の大柄の男性に変わっていた。慌てて自分の服装も確認すれば、入院服からいつもの紫色を基本とした服装に変わっている。眼帯で遮られていた右目も復活していた。

 

「行くぞ!」

 

返事を待たずにドアが開かれる。その先には......何の変哲もない深夜の住宅街が続いていた。

幾つかの家からは、カーテン越しの光が漏れ人の気配を感じさせるものの道路には姿が見えない。

 

最悪の可能性も想定していた分、この「ドアを開けたら街がある」という普通の結末に拍子抜けする。

それはそうと、家から出られたならやる事は決まっている。もしかしたら家の外に居るかもしれない蓮子を探し鏡の世界から脱出する。

 

「カリトさんは、この後どうしますか?」

「直感に従うなら、君と宇佐見 蓮子を探そう」

「.......さっきも思ったのですが、自分の直感を大事にしているのですね」

「祖母が言っていたんだ。大抵の事は思考するよりも先に肉体に蓄積された経験が結論を出している。考えるよりも本能に従えってな」

「Introverted Intuitive(訳:内向的直感)ですか」

「すまないが英語はサッパリ解らん」

「ユング心理学において」

「あーうん、心理学とは対極の人間なんだ俺は」

 

単に考えるのが苦手なのでは?と思ったメリーなのでした。

 

家を出て1時間が過ぎた頃。ふたりは公園に居た。

 

「待ってよお兄ちゃ〜ん!」「見て見てシンデレラ城!」「ユウくん重いからマイちゃんと乗って」「オレが一番高く登れるもんね!」「お菓子食べたい」「仮面ライダーごっこしよー!」

 

深夜の住宅街に似つかわしくない子供達の活気に満ちた公園。それもただの公園では無い。平成中期には子供には危険だとの声が増え撤去された遊具の数々。様々なジュースが流れる水道に食べても減らないお菓子の家。

ゲーム機や漫画本なんて野暮な物は無い。子供が笑顔で思い思いに身体を動かし好物を貪る光景は、まさに遠い昔の子供達が願った楽園だった。

 

「現代っ子の感性では無いな」

「私が産まれた国でもこういうのはちょっと...」

 

人口減少に伴い公園の数も年々減少している日本国では、維持費の問題もあり遊具は撤去されて公衆トイレがあるだけの空き地が公園と定義されるようになった。都市部ではまだ遊具が残ってる公園もあるが、安全性を重視した設計がなされており子供からの評判は悪い。

 

「甘いモノは好きかい?」

「食べませんよ」

「冗談さ。菓子にジュースじゃあ喉渇くもんな」

 

ジョークを言いながらも視線は鋭く公園の全てを射抜いていた。

 

「此処に居る子供達は、あの鏡の被害者なのだろうか?」

「......」

 

その疑念はメリーも抱いていた。東京都1、2を争う高級住宅街の空き家に置かれた真実を映す鏡。警察に捕まるのも厭わない変わり者ならともかく、年端もいかない少年少女が鏡を観る為に不法侵入までするだろうか?

 

「鏡は他の場所にもある...?」

「かもしれないが連れて行こうとか思うなよ?どうであれ既にこの世界の住人なんだ。相棒の事だけ考えとけ」

「そう......ですね」

 

こういう時、蓮子ならなんて言うだろう?そう思うも直ぐに思考を振り払う。

 

「(蓮子以外の人とは初めてなのよね...)」

 

結界を越え夢を渡るメリーの隣には蓮子が居る。ここ数年の関係でしかないハズなのに、まるで産まれた時からそうであったような......ロマンチックに言えば「運命」のコンビであった『秘封倶楽部』。蓮子には他に相棒と呼べる相方がいたのかもしれないが、メリーにとっては蓮子だけ。だからか、成り行きとは言え一緒に行動する事になったカリトの存在を意識すると複雑な気持ちになる。

 

「そこのふたり、チョット良いかなぁ?」

 

透き通る様な美しい声にふたりは振り向く。

細く長いモデル体型に誰もが認めるだろう美形の顔立ち。着ている制服はシワひとつ無く、左胸の警察章が身分を主張する青年男性。その視線は、メリーの爪先から頭のてっぺん...特に胸を舐め回す様に観ていた。

 

「何ですか?」

 

さりげなくメリーの前に立ち視線を遮るカリトに警官は、露骨に不機嫌そうな顔をする。

 

「公園に不審者が居るとの通報があったの。分かるよね?警官なら通報があったなら不審者を身体チェック出来るの。邪魔するならコーム執行妨害だよ?」

「ああそう。ところで階級と部署は?」

「は?」

「だから、自分の階級と部署。どうもさ、怪しいから確認させてよ」

 

予想だにしない返しだったのだろう。目に見えて狼狽える警官は、吃りながらもなんとか返答する。

 

「も...もくひっ権だぁッ!」

「黙秘権ってのは逮捕されてる被疑者が持つ権利だ。ちゃんと意味調べてから使おうな」

「ッ!!!」

 

赤面する警官。間違いを恥じたというよりはプライドを傷付けられて逆上している様であり、右手が腰のホルスターに伸びる!

 

「チョオッ!!??」

 

一瞬の出来事に思わず変な声が出る。

警官は間違い無く拳銃を抜こうとしていた。その事に気付き叫ぼうとするよりも先にカリトの右フックが警官の顎を打ち抜く!

 

糸が切れた操り人形めいて崩れ落ちる警官を警戒を解かずに見下ろすカリト。必死に目の前で起こった事を理解しようとするメリーの瞳は変化を見逃さなかった。

 

「離れてッ!!」

 

素早く反応し離れるカリト。直後、警官の身体がガタガタと震えだし立ち上がる。

 

「警官っぽくないぞ...!」

 

カリトの瞳には、白目を剥いてヨダレを垂れ流すゾンビのモノマネをした警官のコスプレイヤーが映っている。一方メリーの瞳には、警官の内側から複数の結界が現れ、万華鏡めいて名状し難い極彩色の紋様を構築する異様な光景が映っていた。

 

「コームぅしこウぅ...」

 

半開きの口から呪詛めいて流れ出る言葉。気が付けば右手に握られていた拳銃の銃口が狙いを定めている!

 

引き金に触れる指に力が込められる。発射まで幾許も無い危険な状況。だが、逆を言えば照準を固定し引き金を引かなければならない以上、如何なる攻撃に対しても回避出来ない無防備な状況でもあった。

 

空手最速の打撃である刻み突きの要領で放った左拳が拳銃の側面を叩き銃口を僅かにズラす。直後、乾いた発破音と共に飛び出す指先サイズの鉄の塊。ミリタリー知識の無いメリーでもその指先サイズの鉄の塊が容易に人を殺すと知っているが、知識があるからといって対応は不可能。身構えるよりも先に人体を貫くのが先だ。幸にも今回は身構えることが出来たが...

 

「フンッ!」

 

素早く小手返しで警官を投げると同時に拳銃を奪取。胴体に照準を合わせ引き金を引いた!

メリーの瞳に映るは割れた結界が剥がれ落ち内側から別の結界が現れる脱皮めいた光景。それが何を意味するか瞬時に理解した。

 

「死なない!」

 

その一言で状況を察したカリトはメリーの背中を押して走り出す!

 

「行くぞ!」

 

前に出たカリトを追って逃げる途中、ふと公園が視界に入る。先程までの活気は何処へ行ったか、子供達はその場で棒立ちになり逃走するふたりを瞬きひとつせずに凝視している。

 

「(逃げなきゃ...!)」

 

あの子供達...そして警官が肉の詰まった本物であれ、泥か木で出来た人形であれ、これ以上は意識もしてはならないとの直感が肉体のキャパシティの全てを走力に振り切らせた。

 

逃走して10分が過ぎた頃。安全だと判断した所で速度を緩める。

 

「ここまで来れば大丈夫だろ.......って、大丈夫か?」

「だァっ......だいひょう...ぶ!」

 

膝が笑い立ってるのもやっとの状態にも関わらず足は止まろうとしない。どう見ても大丈夫とは言えない状態だ。

人は無意識に本当の限界よりも下に限界を作る。『心理的限界』と呼ばれる現象であり、肉体の過度な負担による損傷を避ける為に脳がブレーキをかけているとされている。今のメリーの肉体は『心理的限界』を無視し、本当の限界である『生理的限界』に近付いていた。

 

「一旦休もう」

「はひぃ」

 

その後、流石に建物に侵入して休むのはリクスが大きいと判断し、再開発以前の名残りを強く残す無駄な狭隘道路に身を隠した。

 

「さて、休むついでに話をしよう。あの鏡についてだ。マエリベリーにはどう視えていた?」

 

カリトが警官に異常に気付くよりも先に......厳密には異常が起こるよりも先に気付いていたメリー。鈍感な者でなければメリーが普通とは違うモノが視えていると勘付く。

 

「普通の鏡でした」

「そうかい。鏡はエントリーポイントとして利用されてただけ、この世界が本体となるな」

 

メリーが嘘を言ってない前提で話を進めるカリトに違和感を感じながらも会話を続ける。

 

「こっちに来てからも特に異常と...少なくとも私からすれば異常と呼べるモノはありませんでした。あの警官も最初は普通だったんです」

「俺が殴ったのが原因と考えるのが普通だな。マエリベリーが殴っても同じ事になるか気になるが重要では無いな......『鏡映反転』ってあるだろ?右手に腕時計をしてるのに鏡だと左手になってるやつ。それがおかしいと思ったことはあるか?」

 

メリーは首を横に振る。

 

「だが文字を鏡越しに見た場合、大半の人間は文字が逆になってると違和感を持つんだ。それについて心理的な側面から見た有力な説の1つでしかないが、大半の人間は鏡に映る自分の視点を持ててないからだそうだ」

「心理学と対極なのに詳しいですね?」

 

悪意の無い疑問にカリトは自傷気味に笑う。

 

「ホント、対極に居るせいで勉強したのに今まで忘れてたよ。だが、これでハッキリした。『鏡映反転』の様に俺達は"真実の姿"に疑問を持たず受け入れてしまった。その結果多くがこの世界の住人と成り果てた。幸にも俺は、家から出るのも億劫になってたから助かった。そこへマエリベリーが現れ"真実の姿"を否定した事で俺にも感染...伝播...どっちでもいいや!とにかく、おかげで俺達は"真実の姿"では無くなった。なら今が"事実の姿"かと言われれば違うだろう。この世界は鏡ないし反射する物質を媒体としているならば、今の姿は『鏡映反転』による"鏡の姿"となるだろう!」

 

カリトの中で全ての疑問に答えが出たらしい。満足気に何度も頷いている。

 

「あの」

「ん?ああ!悪いな。出口だが、あの空き家の玄関ドアだ。真実を受け入れなければ出られない家。鏡よろしく反転して事実を受け入れなければ入れない家ってな」

「あー、なるほど」

 

今ひとつ納得出来ない部分もあるが、カリトの中で確定した以上否定するにはそれなりの根拠が必要になる。残念ながらメリーは持ち合わせていない。

 

「さっさと宇佐見 蓮子を見つけて帰ろうぜ!」

 

一方その頃。鏡の外では――

 

「どうなってるのよ!なんでメリーだけ行っちゃうのよッ!」

 

蓮子は苛立ちを隠さず真実を映す鏡(全身鏡)の周りを回っていた。

 

十数分前、部屋の戸を開けた直後姿を消したメリー。イタズラの可能性を考えて家中を探し回ったが見つからず、メリーだけが"また"独りで行ってしまったのだと確信した。

 

「むぅ〜............鏡よ鏡、マエリベリー・ハーンは何処へ行ったのかしら?」

 

当然だが、蓮子の問いかけに鏡は答えない。

 

「ああもう!ミラーワールドでもミラクルワールドでもいいから私も連れていきなさいよ!!」

 

メリーが突然失踪するのは1度や2度ではない。特別な目の代償か、本人の意思に関係無く結界を越えてしまう。長くてもせいぜい2日程度だが、その間独り置いてけぼりにされる蓮子はいつも歯痒い思いをしていた。

 

ガチャ!

玄関ドアが開く音がする。

 

「ッ!?」

 

咄嗟に口を塞ぎ身をかがめる。訪問者は管理人か警察か、はたまた蓮子同様のオカルティストか。足音は1人分。迷わず蓮子が居る部屋へ向かってくる。

 

「(押し入れ...いや窓から!1人とは限らない、外で待機してたら捕まる!どうするどうするどうする!?)」

 

平凡よりも頭がキレる故の弊害か、1秒も無駄にできない緊迫した状況で行動よりも先に思考を優先してしまう。結果、訪問者が戸を開けるまで動けなかった。

 

強烈な光が視界を奪った。

 

「不法侵入とは感心しないなぁ。う、さ、み、れ、ん、こ女学生!」

 

聞き覚えの無い女性の声。蓮子の素性を知っていると思われるその女性に蓮子の背筋が凍る。

 

「ばぁ!」

 

光が天井を......いや、女性の顔を下から照らす。

暗所で友人を驚かせる典型的な手法も今は恐怖心を強く煽る。

 

「あはは!怖い?怖かった?」

 

カチッ、と音が鳴り一切のタイムラグ無く部屋中が光に包まれる。

直前に強烈な光を浴びていたお陰か、明順応による眩しさはほとんど感じなかった。

 

「......アナタ誰よ!」

「悪い人だッ!」

 

大型のドラムバッグを肩にかけた上下紺色の作業着姿の目の下に濃いクマを作っている女性。恐らく30代であろう。その表情は、井の中の蛙を哀れみ見下す様な薄ら笑いを浮かべていた。

 

「まどろっこしい事は嫌いだから本題に入るけど、私の可愛い後輩とキミの大切な相方......マエリベリー・ハーンね、良い名前だと思うよ。2人を救助する為にキミの力を貸して欲しいんだよね」

 

蓮子は奇妙な感覚を感じていた。例えるなら、突然舞台に立たされて台本を渡されて見れば、産まれた時から死ぬまでの人生の全てが事細かく詳細に書かれていた様な感覚。自分が選んできた選択の全てが台本通りであり、これから先は台本に従い演じる感覚。

 

「フェアじゃないわ...!」

「周りからはミライと呼ばれてるからそう呼んで。これでフェアでしょ?」

 

話の主導権を握ろうとするも出鼻を挫かれる。

これ以上歯向かうのは無駄だと結論に至り溜め息を吐いた。直感では無い。ミライの言葉を信じるなら、ミライの後輩とメリーは外部から手助けしなければならない程危険な状態にあるとなる。ならば、ヘタに時間を浪費するのはデメリットしかないのだ。

 

「......分かったわ。どうすればいいの?」

「本当に?油断させて襲うつもり?止めた方がいいよ。なんせ私は空手道・柔道・合気道・弓道・華道・茶道を通信教育で」

「襲わないわよッ!!」

 

「冗談の通じない娘」と言いたげに首を振るい全身鏡の前に移動すると縁に触れ説明する。

 

「2人は、この鏡を通して別の世界に居る。本心と現実の姿が一定以上ズレてるとその世界に引きずり込まれるシステムになってるのさ。私らが鏡を見ても何ともないのは本心からエンジョイ出来てるからってことね。だから、干渉する為にもズレを生まなければならないんだけど、キミは今相方に置いてけぼりにされて苛立ってる。本心では相方と一緒に不思議を経験したいのに出来ない現実とのズレが丁度良いんだよね」

 

そこで話を切り手招きする。蓮子は訝しみながらも従い近付くとミライは鏡を指差した。

 

「鏡に触って強くイメージするんだ。マエリベリー・ハーンと一緒に歩いてるイメージ。それが日常でこれから先も続いていくイメージ。夢か現かも判らない相方に自分の隣が現であると教えるイメージ」

「......!」

 

蓮子にとってそのイメージは、イメージするまでも無い物であった。ふたりだけの不良オカルトサークル『秘封倶楽部』としての日々を思い出し未来を信じるだけでいい。

 

蓮子は、鏡に触れた。

 

「(さて、どうしたものか?)」

 

カリトは困っていた。脱出する前に蓮子を見つけると言ったものの、この世界に来た時点で手遅れになってる可能性の方がずっと高い。助けられる命を捨てて自分までも死ぬ結末は何としても避けなければならない。

 

「(適当に探してる間に諦めさせる口実を考えなければ...)」

 

そんな事を考えてる折り、休んでいたメリーが何かに気付き立ち上がる。

 

「あの」

「ん?」

「何か聞こえませんか?」

 

耳を澄ますが不気味な静寂からは生活音すら聞こえない。

 

「(ストレスによる幻聴か)。いや、何も聞こえないな」

「............やっぱり。聞こえます!」

 

弾丸の様に狭隘道路から飛び出したメリー。後を追って出てみれば、東方の空が明るみかかっている。日の出か?いや、日の出にしては光が小さ過ぎる。

 

「あの方角は確か...空き家があった方角だ!」

「蓮子ッ!!」

「おい!」

 

メリーは走り出す。執着心すら感じさせるその走りは、日々鍛えているカリトの全力疾走にも迫る脚力を発揮させた!

 

「(火事場の馬鹿力ってヤツか!?まぁいい、このまま脱出出来れば好都合だ!)」

 

安堵したのもつかの間。全身に鳥肌が立つ。この展開はマズイと本能が告げる!

 

「キャッ!!?」

 

十字路に差し掛かった瞬間、何者かによる奇襲タックルをモロに受けて受け身も取れず地面に押し倒されるメリー!

 

「かエルナ嗚呼ああああああああああああ!!!!!!」

 

酒焼けしたガラガラの奇声を上げるサラリーマン。その両手がメリーの首を掴み力を込めようとするが、先にカリトのサッカーボールキックが頭部を蹴り抜いた!

 

首が瞬間的にあってはならない方向へ曲がったサラリーマン。メリーに覆い被さる様に倒れ二度と起き上がる事は無かった。

 

四方を観る。何処から湧いて出てきたのか、子供から老人まで多種多様な者達が迫って来ていた!

 

「チッ!」

 

警官からパクった拳銃を抜き構える。世界的に平和な日本国の警察は、伝統的に整備性と耐久性に優れた5発装填の回転式拳銃を採用し続けている。既に2発発砲している故、残弾数は3発。多勢を前にあまりにも無力である。

 

「コッチです!」

 

立ち上がったメリーが左足を引き摺りながら電柱と壁の隙間に向かう。この状況、カリトにある選択肢はメリーの特別な目を信じる他無い。真近に迫っていた1人に発砲。肩を貸して走る!

 

「ーッ!」

 

人ひとりが半身になってようやく通れる僅かな隙間。物理的にふたり同時に通るのは不可能であるにも関わらず、何故かすんなりと通り抜けられた。

 

「マジかよ...」

 

電柱と壁の隙間を抜けた先にあったのは、家中の窓から光を放つ空き家。見ているだけでも陰鬱になる不快な光だが、それが現実と言うモノだと妙な安心感も覚える。

 

「帰るな」「カエルな」「かえるな」「帰るナ」「かぁエルナ」「かえるなぁ...」「カエるナ」「か...える.な」「帰るな」「かエルナ」「帰るな」「かえるな」「カエルナ」「エルな」「帰るぅな」

「帰るなああああああああああああッッッッッ!!!!!」

 

一本道の双方からゾンビパニック映画さながらの人間の波が押し寄せる!

 

「行けッ!!」

 

メリーを家の方へ押し出し拳銃を構える。直感だ......コイツらを止めなければならない。絶対に家に入れてはいけない。という直感がカリトに拳銃を構えさせた!

 

2発の銃声が響く。双方の先頭を走る者に命中し転倒。群衆雪崩さながらに次々と倒れ後続の足を止める。それでも数秒の時間稼ぎにしかならないだろう。カリトは拳銃を捨てボクシングスタイルの構えを取る!

 

「来いよ。全員まとめて相手してやる...!」

 

万華鏡めいて一定間隔で模様を変化させる全身鏡。その度に鏡面に触れる蓮子の手が内側へ引き込まれかけている。

 

「イメージ切らさないでねぇ〜。切れたら相方帰ってこないよぉ〜」

 

非常に危険な状態ではあるが、ミライに危機感は無い。何故ならば、この後に起こる全てを知っているからだ。

 

「よっこいしょ」

 

ドラムバッグを下ろしジッパーを開ける。中から取り出すは、装弾数200発のボックスマガジンを20秒もかからずに空にする凶悪な連射性能と制圧能力を持った軍用軽機関銃である。

 

集中してるあまり自分の真横で場違いな物が取り出されてるのに蓮子は気付かない。

 

「来るよぉ〜。難産の赤子を取り上げる助産師の様にソフトに優しく引っ張ってあげなよぉ」

 

妙に生々しい例えに蓮子の表情が歪む。が、直後懐かしさすら感じる感触に表情が明るくなった。

 

「メリー!?」

 

ユックリと手を引くごとに鏡面から現れる白い肌の手と紫色の裾。転倒させられ破けた服には血が滲んでいる。

腕の可動域が限界に近付き1歩...また1歩と下がりながら手を引く。時に危なっかしく、時に愛嬌に溢れた宇佐見 蓮子の隣が良く似合う少女。

 

ミライは、かつての自分を思い出す。持て余す能力のせいで対人能力が壊滅的だった自分を気にかけ寄り添ってくれた先輩との日々。

 

「(これからも大変だろうけど頑張りなよ)」

 

決して言葉には発しない。苦労も苦悩も自分だけの物。饒舌に説明しても他人には理解されない物だ。だからせめて心の中で応援するのだ。『秘封倶楽部』の結末がミライの知るものよりも良い結末になる事を祈って。

 

そして、遂に鏡の世界からメリーが帰還した!

 

「蓮子!」

「メリー!!」

 

再会して早々に抱き合うふたりを横目にミライは鏡の世界へ飛び込んだ!

 

「来いよ。全員まとめて相手してやる...!」

 

鏡の世界では、多勢を前に勇ましく構える後輩――カリトの姿があった。

もし、カリトもメリーと同時に脱出しようとしていれば、ゾンビパニック映画さながらの地獄が東京で起こっていた。

 

「カリト君ッ!」

 

10kgを越える軽機関銃を転びかけながらも放り投げる!

 

「先輩!?」

 

突然の事でありながら見事に軽機関銃をキャッチ。安全装置を解除して引き金を引いた!

 

絶え間無く鳴り響く銃声と地面に流れ落ちる薬莢の落下音。魂を鷲掴みにする地獄の鬼の嗤い声か、戦の神が味方を鼓舞する勝鬨の声か。そんな例えをする自分に呆れながらミライは、隠し持っていた機関拳銃を抜き、カリトとは逆方向へ銃口を向けて引き金を引く!

 

フルオートでバラ撒かれる拳銃弾。回転式拳銃とは比較にならない装弾数と制圧力を発揮するが、軽機関銃と比較すれば膝元にも及ばない貧弱な武器である。

 

「リロード!」

「カバー!!」

 

両者身体を反転。その隙にマガジンを交換。再びフルオートでバラ撒く。

 

二梃のマガジン空になったのはほぼ同時だった。

 

「撤退ッ!」

 

銃を放り投げて走り出すミライに習いカリトも走り出す!

 

「ねぇ蓮子、コレどうなってるの?」

「鏡の世界とのコネクトが解除されるのに時間がかかるんだわ......推測だけど」

 

全身鏡から少し離れた位置でへたり込む蓮子とメリー。

 

メリーが脱出すると直ぐに鏡の世界へ飛び込んだミライ。もはや蚊帳の外に居るふたりは、再会に安堵しながらも目の前の秘密を暴けないもどかしさを感じていた。

 

次第に鏡面の模様が薄くなり、鏡本来の反射を取り戻し始める。

 

戻ってこられないのか?そう思い始めた時、2つの影が続け様に飛び出してきた!

 

「よっと!」

「だあああああああああああ!!」

 

綺麗に着地する1つ目の影――ミライと、盛大にヘッドスライディングを決めた2つ目の影――カリト。

 

息を切らし立ち上がれなくなっているカリトを横目にミライは、ポケットから懐中電灯を取り出し振りかぶった。

 

「ちょっ!!」

 

蓮子が制止の言葉を発するより先に振り下ろされた懐中電灯が全身鏡を破壊する。

 

「説明は必要ないだろうけど、良くないモノに長く干渉した物は、それ自体が良くないモノになる。キミ達の活動は所詮、子供のお遊びだね。子供には子供に相応しい玩具があるだろう?背伸びせずに手に取れるモノで満足するんだね」

「そうやって危ないからって遠ざけるのが正しいってワケ?」

「人は経験から危険だと学ぶからね。私としても遠ざけるのは違うと思うよ。けど、コレは危険じゃない......危険と学ぶ暇も無い即死だよ」

 

ミライの言葉は、どこまでも蓮子を子供と見下しての発言だ。実際、年齢も経験してきた場数も違う。どれ程理屈を並べて反論しようともミライの言葉が正しいと認めてしまうだろう。だが、認められない稚拙な反抗心が言葉では無く態度で睨み返す。

 

「......カリト君、立てるかい?」

「はい。あの、ありがとうございます」

「いいよ。君が祖母ぐらい働けるようになるまでは、私がおんぶにだっこ、おしめだって交換してあげる」

「それは、自分の尊厳が著しく傷付けられるので勘弁して欲しいですね...」

「あはは!」

 

もはや蓮子とメリーなど眼中に無いと言わんばかりに雑談しながら部屋から出ていくミライとカリト。

 

「あっそうだ!」

 

ミライがふたりに振り向き笑みを向ける。

 

「もし、真実を暴くのに満足したら『結界省』に来るといいよ。秘する側になるのも中々スリルがあって楽しい!」

「万年人手不足の上に死んでも働かされるブラック企業も真っ白な暗黒組織だけどな」

「キミらの才能なら間違い無くやってける!私が保証しよう!」

 

最後に「じゃ!」と短く別れの言葉を告げると今度こそ本当にふたりを放って置いて出て行った。

 

「.........だって。どうする蓮子?」

「そうね。普通の会社に就職するよりは刺激的かもね...でも」

「でも?」

 

蓮子とメリーは向き合い満面の笑みで同時に次の言葉を発した。

 

「「私達らしくないわ!!」」




初めに本シリーズのご愛読ありがとうございます。
個人的な理由で長編物の執筆を始め待たせてしまった事に申し訳なく思う反面、非常に満足しています。今後については、これまで通りショートストーリーをメインに執筆を再開し、ご要望の声があれば不定期に長編を執筆するような形になるかと思います。
今後ともよろしくお願いします。
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