楽屋の前に着いたので息を整え気を引き締め直す。初めてのライブにでかい会場篠澤にかかっている重圧は想像もできないくらいだろう。それを程よくほぐすのがプロデューサーのライブ前最後の仕事。そうやって意気込んだ後俺は楽屋の扉をノックする。
「入っても大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
返事が返ってきたので扉を開ける。扉の先には、
「どう?似合ってる?」
衣装を身に纏った篠澤が出迎えてくれた。衣装は体が細いせいか全体的に少し大きめに見える。そのおかげで篠澤が持つ幼い可愛さが前面出ており手放しに可愛いと言えるものになっている。
「まあまあ似合ってるよ、それよりコンディションは大丈夫だよな?」
「素直に褒めてくれないから悪くなった」
「冗談言えるなら大丈夫だな」
篠澤は普段と変わらない様子で安心する。
「そんな事よりプロデューサー聞いた、よ。私の為に頭下げてくれたって」
「いや別にお前の為ってだけじゃ…てか噂まわるの早いな…」
「プロデューサーはもう少し悪目立ちしてる自覚を持った方がいい。それにあの人ならこんなに無茶しなくてもお願い聞いてくれたと思う」
篠澤は俺のやり方が気に入らないのが不満そうな顔で普通に頼めと言ってくる。
まあ…そうだろうな一条は身内にはとことん優しいだから別に人前であんな事をしなくても我儘を聞いてくれただろう。だけどあいつはいい奴だから俺を言い訳に使わない。だからライブが失敗した時一条が悪くなる。
失敗する確率が高い今普通に頼むと俺の信条「人を頼る時はそいつの株は絶対に落とさない」が守れない。ならどうするか、わかりやすい悪者を作ればいい。
普段優秀な人間が明らかに実力が足りてないアイドルをこんな大舞台に投入したら、周りの人間はなぜそんな事をしたのかと原因を探す。そんな時に人前で我儘を言いまくっている問題児が噂になっていたら…そいつが原因なんだと結論づける。
こうなれば一条の株はそこまで下がらない何なら優しくて情に厚い人間と周りが評価してくれるだろう…俺はあいつとは対等な友達として付き合っていきたい、だから俺が負い目を感じないこの方法を選んだ。まあ…カッコ悪いから誰にも言わないが、
「そんなもんお前と共謀して聞き耳立てやがった仕返しだよ。俺根に持つタイプなんだ」
俺は篠澤に用意していたそれっぽい言い分を語る。
「ふ〜ん、そうなんだ」
篠澤はそんな俺の顔を凝視したあと俺を見透かしてるかのようにニヤニヤする。これ以上この話してるとボロが出そうだ…俺は、
「ていうか…お前の無茶振りに答えてんだから文句言うなよ」
無理やり話題を変える。
「ふふ、そうだね。プロデューサーがそこまでして用意してくれた今の私には手も足も出ない不相応な舞台…」
篠澤は語りながら感情を噛み締めるように目を瞑る。
「失敗するかもって考えるだけで胸が苦しくなって…ゾクゾクする。やっぱりプロデューサーは私の事わかってる、ね」
こいつ本当にブレないな…緊張をほぐす為に色々考えてきたが必要なかったらしい。まだまだ余裕そうな篠澤を俺は、
「だろ?でも一つだけ残念なお知らせがある。今回は失敗されると俺の信用貯金が本当に0になる、なくなると今日みたいに無理難題を押し付ける事ができなくなるから今回は絶対に成功させてくれ」
さらに追い詰める。
「プロデューサーは本当に私の扱いが上手い…本当に私のプロデューサーが貴方で良かった」
「その言葉はトップアイドルになった時に取っといてくんない?」
そう言って笑い合った後、程なくして出番が来た。俺たちは準備をして舞台袖に向かう。向かっている途中は篠澤が集中していたこともあり会話はなかった。舞台袖についても変わらず、ゾーンに入っていると言ってもいい状況だ。俺は舞台袖からどれくらい席が埋まっているか確認する。
舞台袖から見えてるだけでも満席と言っていいほどに人に溢れている…失敗したら本当にどうしよう…俺は思わず唾を飲む。そんな俺とは対照的に篠澤は緊張の素振りすら見せずに出番を待つ。そうして緊張と沈黙が心地良くなった頃、篠澤はスタッフさんからマイクを渡されステージへと向かっていく。最後に何か声を掛けたくて俺は篠澤に話しかけようとするが…
アイドルとして大きな節目を迎える瞬間、ここ数ヶ月の集大成が現れてしまう受験にも似た緊張感のせいで声を聞けるタイミングを見失った。もうステージに歩いて行ってるから声かけるの変だし…でも最後になんか言ってあげたいし…どうしよう。そんな情けない男の機微に気づいたのか篠澤は急に振り向いて
「じゃあ全力で楽しんで来る、ね」
俺に宣言する。楽観的な篠澤に言いたい事が変わったような気がするが…俺はいつも以上に笑って
「ああ!楽しんで来い!」
激励を送った。篠澤の初めてのステージが今始まる…