「…この馬鹿!!いらん事言うのはこの口か!?この口だよな!!あんな約束してどうすんだよ!!」
「ふへへ、ふおうーさーいはい…」
「喜んでんじゃねえ!」
俺は美波里が去った後とんでもない事を言い出した篠澤のほっぺを引っ張りながら狼狽する。
「もう…どうすんだよ!あいつ黒井社長に見込まれるくらいすごいやつなんだぞ!」
「ふふ、ごめん、ね。でもプロデューサーだけには言われたく無い」
「うぐ…それは…そうなんだけど!」
相変わらず痛い所を的確に突いてくる篠澤に少し動揺しながら焦る心を落ち着ける。一旦冷静になろう…考えるのはどうやって被害を最小限に抑えるか…でもその前に、
「…お前あいつがどれだけできる奴なのか知らないだろ。去年あいつが高校1年の時にNIAで2位なんだぞ…今のままじゃ背伸びしたって勝てないってわかってんの?」
無茶振りばかりしてくる篠澤をちゃんと叱っておこう。
「ふふ、ままならない、ね」
「こいつ…」
俺のお叱りも虚しく篠澤は相変わらずピンチに喜んでいる。美波里は篠澤と違って去年の4月から学年上位の成績を収めていた。自分を表現するのは少し苦手だったみたいだがライブパフォーマンスだけで言うならプリマステラにさえ届くと思えるほどに凄かった…そんな奴が961プロに移籍してから最高のレッスンを受けているんだ。あいつがどれくらい実力を伸ばしているかプロデューサーをやっていた俺にだってわからない…
「…なんで勝負挑んだんだよ」
「だって…プロデューサーが馬鹿にされたから」
自分のことを棚に上げてくどくど怒る俺に篠澤は少しいじけながら答える。
「お前…自分が馬鹿にされた時ですら怒ってなかったじゃん」
「私は実際に足を引っ張る実力だから言われても仕方ない。けどプロデューサーは違う。アイドルに向いてない私をアイドルにしてくれた。歩くだけで疲れていた私をライブに耐えられる体にしてくれた。そんなすごいプロデューサーが低く評価されているのはおかしい、よ」
「…おかしくないからあいつは961プロに行ったんだよ」
俺は篠澤の勘違いを正す。本当にこいつは俺の事を高く評価しすぎている…俺がやったことなんて限界まで走らせて限界まで飯を食わせただけだ。プロデューサーが俺じゃなかったら身体能力ももっと伸びていたかもしれない。俺のプロデューサー力なんてその程度なんだ…篠澤は卑屈になっている俺に気を遣いながら質問をしてくる。
「…プロデューサー聞いてもいい?」
「なんだ?」
「どうして美波里は961プロに行ったの?」
「…わかんねえ。なんも言ってくれなかったら」
「ならプロデューサーは悪くない。どんな理由があっても何も言わずに居なくなるなんて酷いと思う」
「…いやプロデューサーとして担当アイドルと信頼関係を築けてなかった俺の責任だよ。黒井社長相手にも劣らないプロデュースを提示できなかった…いや、してやれなかった俺が悪い」
大人になれば世の中全て自己責任。大人の世界に入ったばかりだった俺は地位も名誉も金も黒井社長に勝てなかった。だから美波里が黒井社長を選ぶのは当たり前の話なんだ…俺の実力不足が招いた至極当然な結果。きっとプロデューサー科の誰もがそう思っている。
美波里だって遊びでアイドルをやっているわけじゃない。俺と同じで夢に向かって全力で走ってるんだ。夢を叶える確率が高い方に付くのは当然…自分の無価値さに気づくいい経験だった…そんな自分に言い聞かせ続けた呪いを、
「ふふ、プロデューサーはやっぱり嘘が下手、だね」
篠澤は笑い飛ばしてくる。
「いや…ほんとにそう思ってるって」
「プロデューサーは思ってもない事を言う時いつも目を逸らす。私達は一蓮托生私に建前は使わなくていい、よ。プロデューサーが思ってる事をそのまま教えてほしい、本当は美波里が黒井社長を選んだ事どう思ってるの?」
篠澤の言葉に自分の心が揺れているのを感じる。
はは…自分を言い聞かせ続けたツケだな…心情を見抜かれて動揺するなんて。確かに誰かに話したい…けどこんな情けない事担当アイドルに話せるかよ。
なんでも言う事を聞くとは言ったがこれだけは絶対に言ってたまるか。適当にそれっぽい事言って上手く切り抜けてやる。俺はあの黒井社長を脅した男なんだから…俺は気を引き締め直していつも通り自分を偽ろうとするが、
「本当は…」
そう口にした時今まで心の底に沈めて見ないふりをして誰にも言わなかった気持ちが間欠泉の様に溢れて抑えきれなくなった。
1時間前にかっこいい所を見せるって言ったばっかだろ…絶対に言いたくない…なのに心が口を閉ざす事を許してくれなかった。
「本当は……本当は!黒井社長じゃなくて俺を選んで欲しかった……あんないけ好かないおっさんより俺の方があいつの為に…本気で人生を賭けてたんだよ…」
俺は抑えきれず誰にも言いたくなかった本音をこぼす。
自分の夢の為とは言えクラスメイトの奴らが遊んでる時間も家族と触れ合っている時間もあいつが誰よりも輝ける様に思考を巡らせていた。
生活のためにバイトをしてた時間も通学で乗るバスの中でも寝る前のわずかな時間だって…プロデューサー科の誰よりも時間だけは自分が信じたアイドルに捧げたんだ……本当に頑張ってたんだ…これ以上ないくらいに…これで夢が叶わないなら死んでもいいって思えるほどに…
「だから…篠澤!美波里に勝ってくれ…勝って美波里に俺じゃなくて黒井社長を選んだ事を後悔させてくれ…」
抑えきれない感情が縋り付く相手を探して口から飛び出てくる。
別に不幸になって欲しい訳じゃない。ただ美波里がアイドルを引退した時、俺の事を思い出して違う未来を夢想してしまうくらいには心に残って欲しい。そんな俺の情けなくて見苦しいお願いを、
「任せて。私はやる時はやる女の子だから、ね」
篠澤はいつもみたいに胸を張って承諾する。失敗の前振りになってしまったその動きがが今日だけはすごく頼もしく思えた