美波里の提案
「……そんな嘘に騙されると思うか?」
浮き足立っているのかどこかご機嫌そうな美波里の提案を突き返す。
「そんな嘘つきません。これが961プロに来た場合の条件です、一度目を通してください。」
そう言って美波里は1枚の紙を渡して来る。紙に書いてあったのは俺が961プロで働く場合の労働条件だ。月給は平均的な大企業務めの大卒の初任給から50000円ほど高く休みだってしっかりとある。福利厚生だってしっかりしてるし…初星をやめたら高卒でしか無い俺にとって破格の条件だ。
「はは…なんだこれ…アイドル馬鹿にして炎上してた奴の条件じゃ無いだろ…」
「黒井社長はNIA初日で起こした炎上をチャンスに変えた貴方の手腕を高く評価してくれているんです。もちろん最初からプロデューサーとして961プロのアイドル達と関わるわけじゃないと思いますが…それでも同じ年の人達より遥かに早く夢を叶えるチャンスを掴めます」
美波里は自信満々に語る。この提案は何故か不快感を感じる事以外俺にとってメリットしかない。この提案に乗れば夢だった絶望を塗り替えてくれる様なライブをするアイドルの育成も最短で着手できる様になるだろう。
でも…今俺は篠澤広のプロデューサーだ。プロデューサー優先するべき事は担当アイドルの未来だ。あんな楽しい日々をくれた篠澤に俺と同じ思いは絶対させたくない…
「…悪いけど俺は今篠澤のプロデューサーだからこの提案には…」
「それも大丈夫です。この契約を受けてくれるなら篠澤さんも極月学園に転校してもいいそうです。篠澤さんのプロデュースも仕事に影響のない範囲なら関われる様にすると黒井社長が約束してくれました」
俺の懸念を予想していたのか美波里は断ろうとしていた俺を遮って俺も篠澤も幸せになれる条件を出して来る。
「そう…か…じゃあ本当に断る理由なんかないわけだ…」
「そうなんです!篠澤さんも環境が変わって大変かもしれませんが私も出来るだけサポートするので一緒に頑張っていきましょう」
本当に至れり尽くせりだな…転校自体そんなに簡単に決めれる事じゃないし篠澤がわざわざ俺について来てくれる確率なんて相当低いけど…もし篠澤がついて来てくれるなら本当に最高の提案だ…駄目元でも篠澤に聞いてみてもいいんじゃないか?
……でも、何でだろうずっと心がざわついている。この話が始まってからずっと美波里の態度に何故か無性に腹が立って仕方がない…そんな不快感を探る様に俺は美波里に質問する。
「なあ…ひとつ聞いていいか?」
「はい。何でも聞いてください」
「何でそんなに嬉しそうなんだよ…俺が黒井プロで働くんだぞ。嫌いな奴が身近で働く様になるなんて絶対嫌だろ…」
「…?何で私がプロデューサーの事を嫌いになるんですか?」
「……。」
美波里のその返答でこの話が始まってから俺がずっと感じていた不快感の正体に気づいた。
美波里が俺のことを評価してくれていて…俺に嫌気がさしたわけでもないのなら…俺が今日まで受けて来た苦痛は何の意味があったんだ?俺が今まで悩んだ事の意味って一体何だったんだ?
それに気づいた時今まで俺が悪いと言い聞かせて受け入れてて溜め込んでいた理不尽に対する怒りの栓が抜けた気がした。
「…じゃあ何で何も言わずにいなくなったんだよ」
「それは…ごめんなさい…急に決まったから言うタイミングがなくて…」
「…なら電話かメールで一言言ってくれればよかったじゃねえか」
「その…一方的に辞めちゃったのでプロデューサーにメリットがある話が出来ない状態で話すのが…気まずくて……」
「ハハ………気まずかった…?ふざけんな……ふざけんなよ!俺が去年どんだけ辛かったと思ってんだ!!仲良くしてたクラスメイトに嫌われて!ゴミを見る目で見られて…ムカついて悲しいのに俺が悪いから誰も責めれなくて………信じてたお前が居なくて……初星なんて辞めたくて仕方なかった……なのに…俺は毎日学校に通ってた……誰からも求められない事を認識させられるだけの場所に毎日顔を出してたんだ……なんでかわかるか?」
「…わかりません」
「お前を待ってたんだよ…きっと961プロに行ったのにも理由があるんだって…俺のことを踏み台にしたわけじゃないんだって……そんな淡い期待に縋ってた…それなのに……それなのに!!連絡1つも寄越さずにヘラヘラ笑いながらアイドルやりやがって…!お前なんか顔も見たくないくらい大っ嫌いなんだよ!」
感情に呑まれて息すら上手く出来ない。こんな事が言いたくてここに来たわけじゃないのに、矛先を向ける相手を見つけてしまった怒りが洪水の様に口から溢れて止まってくれない…これ以上ここに居たくない…これ以上八つ当たりをすると…そんな事を思って俺は足早に美波里の前から去ろうとする
「待って下さい…まだ…」
「知るか!お前からの提案なんて俺にどれだけ利益があろうと絶対に受けてやらねえ!お前は篠澤が明日ぶっ潰す!それまで首洗って待ってろ!」
泣きそうになりながら腕に縋りついて来る美波里を強引に払って美波里から逃げる様に歩く。そんな俺の行動に対して美波里は、
「待って……違うんです……こんな…こんなはずじゃ…なかったのに…」
今まで聞いた事がないくらいに弱々しい声で呟いていた。
ああ…本当に…自分の事が嫌いになりそうだ…
息抜きがてら別のコメディ作品書き始めたので良かったら見てください!