美波里の楽屋襲来から1時間後、
俺と篠澤は舞台袖でQUINTETのオーディションが始まるのを待っていた。
QUINTETのオーディションはよくあるオーディションとは形式が違いNIAの会場にある野外ステージでアイドル達が観客の前で次々とライブパフォーマンスを繰り広げる。
審査員がいるので順位こそつくがNIAの初日の誰でも参加できたライブとステージの大きさ以外そう変わりはない。最終日も近づいてきたNIAを盛り上げるために注目株たちに与えられたアピールチャンスだ。
今回出場する人数は4人。順番は先ほどくじ引きで決めたが…篠澤は4番目。対する美波里は1番目…このオーディションは最後に順位が発表される形式なので1番印象に残れる順番を貰えたと言っていいだろう…
それに加えて…あの配信のおかげで篠澤の知名度はテレビに出まくっている倉本に並ぶ程に高い。あの配信以外ほとんどアイドル活動をしていない篠澤がどんなライブをするのか噂を耳にした審査員達は気になっているはずだ…
ここまでやって勝率は、どれほど高く見積もっても20%程だろうが…篠澤にはこれくらい危うい勝負の方がモチベーションになってくれる。
やれる事はやった…後は篠澤を信じるだけだ。
この勝負だけは負けられない…やりたい事ができないあんな胸が張り裂けてしまいそうな想いを…担当アイドルにさせてたまるか。
俺がそんな事を考えていると、
「プロデューサー、緊張してる?」
「…緊張しすぎて吐きそうだよ」
「なら私の事をみて落ち着いてもいい、よ」
1時間経って俺が少し落ち着きを取り戻したからか、こんな時でも相変わらずいつも通りの篠澤がいつも通りによく分からない事を言っている…
「…悪いけどそんな余裕ない。美波里がどんなライブをするのかしっかり見ていないといけないからな」
本当の本当に…最悪の場合。極月学園に行って成長した美波里が篠澤のライブで覆せないほどに見ている全員の心を揺さぶるライブをした場合…俺は全てを諦めて篠澤に被害が行かない様に動かないといけない…
だからこそ今も黒井社長と話しいている美波里の一挙手一投足すら俺は目を離す事ができない…
勝ちの目があるか分析して判断しろ…敗戦処理は早ければ早いほど被害が少なく済むんだ…それなのに、
「プロデューサー…大事なライブ前の担当アイドル放って置いて他の女の子にお熱なのはどうかと思う」
不機嫌そうな篠澤がそれを許してくれない。
「お前さあ…なんでそんなに余裕なわけ?ここで負けたら……アイドルできなくなるんだぞ?」
「そんな事ない、よ。美波里のお願いを無視すればアイドルは続けられる」
「いや…命令聞かなかったらとんでも無いことになるだろ…」
「なるだけだよ、ね。それは私が求めてるアイドル活動だからなんの問題もない。プロデューサーは焦りすぎて私が何を求めてアイドルになったのか忘れてる」
篠澤は俺を落ち着かせるためにか負けてもいい理由を話し出す。…確かに美波里のお願いを無視しても状況が苦しくなるだけ、篠澤の性質を考えると特に気にするほどのことではないのかもしれない。でも…
「…お前は経験したことないから悪評がどんな影響を与えるかわかってないだろ?…お前が友達と思ってる奴から距離を置かれるんだぞ?倉本も佑芽も…お前から離れていくんだぞ?初めてできた友達にそんな態度取られるの嫌だろ…」
俺は知っている。あれは『苦しい』の範疇に収まるようなものじゃない、篠澤が唯一嫌がっていた『辛い』気持ちを感じる状況だ。
そこまで想像していなかったのか篠澤は少しだけ考えた後、
「それは…すごく悲しくなっちゃうと思う…でもプロデューサーは一緒にいてくれるよね?ならそれでもきっと楽しい、よ」
俺と一緒ならそんな苦難も耐えられると言ってくれてる…
そう思ってくれてる事が凄く嬉しいしできるなら責任を持って最後までプロデュースをしてやりたい。でも…
「お前はそうでも俺は違うんだよ…」
そんな事になったら俺の心は耐えきれない…あんな辛い思いを担当アイドルにさせるくらいなら全部諦めて美波里の言いなりになってた方が何倍もマシだ…
「プロデューサー…」
そんなやり取りを終えた時、ステージがライトアップされQUINTETが始まった事を告げる。その光に寄せられる様に美波里が少しふらつきながら位置へと着く。
会場にいるほとんどの人間が思っただろう。『そんな状態でまともなライブができるのか?』『コンディションすら整えてこないとはQUINTETと言う舞台をを舐めているのではないのか?』と、NIAに熱量があればあるほどに怒りを覚え、QUINTETのレベルの高さを知っているものほど蔑みの目を向けている状況を、
「〜♪」
最初の一音でねじ伏せてきた。流れているバラードの曲調にあった優しい声で鼓膜を心をくすぐり、ダンスも文句のつけどころがないくらいに繊細で星南と比べても見劣りしないレベルの動きを見せている。
「〜♪」
それなのに…誰が見ても明らかに悪い顔色と美波里の今の精神状態のせいか…見ていて胸の辺りが重くなってくるようなライブ…
誰よりも可愛いアイドルを追い求めていた去年の美波里なら絶対やらないはずの見ている人が不快になる様な表現をしているのは…俺のせいだ…
美波里は表現力が高いアイドル。言葉に言い表せないほどに繊細な表現を感情に任せて行える稀有な存在。極月学園に行ってからその部分を更に磨いたらしい…
今の美波里のライブから感じるのは絶望、悲しみ、苦しみ。そう言った負の感情が美波里の表現力を通じて直接心に浸透してくる。
見れば見るほどにライブに心が共鳴して見ていられないのに…プリマステラにも劣らない技術と才能で心が目を離す事を許してくれない異質なライブ…
アイドルのライブを楽しみに来た観客達ですらただ黙って美波里を目に焼き付けている誰がどう見たっておかしい空間の中で美波里は平等に絶望を伝えてくる。
そんな状況が数分続いた後…
「はあ…はあ……あり…がとう…ございました」
観客達はライブの終了を告げる美波里の言葉にパチパチと盛大な拍手を送っている。
歓声ひとつなく拍手で満たされたアイドルのライブとして異常過ぎる終幕を迎えた美波里のライブに…俺は全てを諦める覚悟を決めた。