諦めたPと篠澤広   作:ラ メ ル テ オ ン

51 / 52
諦めたPと篠澤広

 

「……もう勝つのは無理だな」

 

美波里がライブ後のインタビューを終えてふらつきながら楽屋に戻って行った後、2番目のアイドルの明らかに実力を発揮できていないライブと盛り上がりに欠ける会場を見て呟く。

 

あのアイドルのライブはNIAの初日に確認したが…天真爛漫で動きひとつひとつがわかりやすく自分の可愛いさを伝えてくる倉本の上位互換と言っていいライブをする子だった。

 

だが今は違う。動きの節々に迷いと動揺が出てしまって曲と表現が合っていない。そのせいで普段の彼女を知らない観客ですら違和感を感じて盛り上がり切れないそんなライブになっている…

 

そうなってるのは…美波里のライブせいだ。あの心に不快感をぶつけて強烈な印象を与えるライブのせいで自分の中のアイドル像が黒い線でぐちゃぐちゃに塗りつぶされているんだろう…

 

毎日努力して自分の中に1つの正解を作ったアイドルですら自分の表現を疑ってしまう程の強烈な絶望に会場は支配されている。

 

この絶望を覆す様なライブをしないと美波里に勝つ事は出来ないのに…篠澤より高い技術と身体能力を持っているアイドルですら漂う絶望に呑まれて自分の実力を満足に発揮できていない…

 

本当に終わった…星南ですら覆すのに苦労するであろうこの状況を篠澤に押し付けるのはいくらなんでも無茶だ…

 

そう思って全てを諦めた俺に、

 

「プロデューサーは諦めるのが早い。まだ私の出番来てすらない、よ」

 

篠澤は少し不機嫌そうに口を開く。

 

篠澤は不機嫌そうな事以外はいつもと変わらず真っ直ぐにステージで踊っているアイドルを眺めている。

 

「お前…美波里のライブ見て何も思わなかったのか?」

 

「美波里は…とってもすごかった。動きひとつひとつが繊細で迫力もある…今の私じゃどう頑張っても真似できない技術を持ったすごいアイドルだと思う…

 

でもさっきのライブはすごくない感情に任せて八つ当たりしているだけ。初めて会場で見た星南達のライブと違って見ていて少しも心が踊らなかった。きっと会場の人たちも同じ気持ちだと思う。なら…アイドルになりたての私でも十分に勝てる、よ」

 

そう言って篠澤は不敵に笑っている。本当に…凄い奴だあそこまで実力の差を痛感するライブは他にないってのに…見た誰もが心を引っ張られてしまうライブを見て冷静に勝てる理由を分析してメンタルを保っている。

 

本当に…俺とは大違いだ…俺はもう…

 

「…その調子なら俺がいなくてもなんとかなりそうだな」

 

諦めてるのに。

 

「プロデューサー……」

 

勝手に諦めたのが申し訳なくて顔すら見れない俺が声色だけでわかるくらいに篠澤は悲しそうに呟く。そんな篠澤に未来の心配をさせない為に出来るだけ明るく言葉を吐く。

 

「心配しなくても大丈夫だって。俺が泣き落とし上手いの知ってるだろ?あの星南だって協力させたんだ、俺に執着してる美波里なら被害を俺だけに抑えることは簡単だからな。篠澤のこれからのアイドル活動には影響なんて出さないよ」

 

「…そんなの私は楽しくない」

 

「それも大丈夫だ。一条に篠澤が限界まで苦しめるレッスンを作ってもらえるように頼むし、生徒会のみんなにも篠澤を支えてもらえるように頭下げるからさ…俺が居なくなってそこまで変わんないよ」

 

「………。」

 

篠澤の反論をひとつひとつ念入りに潰していく。俺の代わりなんていくらでもいる。実際両親が死んでからは俺じゃなきゃいけない状況なんて1回も起きなかった。

 

それに…こんな事…本当に認めたくないけど……俺はプロデューサーとしては下の下の下。一条や星南とは隔絶した能力値の差がある。

 

NIAの初日、一条だったら同じ状況でもあんな炎上は起きてないし、星南なら自分自身のアイドルとしての実力で黙らせていたはずだ…NIAが始まってからずっと……俺が問題の種になっている。我ながら本当に…向いてない…

 

アイドルは人を幸せにする仕事。それをプロデュースする奴は人より幸せを理解してる奴じゃないといけない。なのに俺と来たら人より知ってるのは絶望と物事の諦め方だけ…

 

なのに意地はって…結果美波里にあんなライブをさせてしまった。叶えたい夢を諦める理由は…自分自身の事を諦める理由はもう充分に作りきった……結局俺は……やめようこんな事を考えてる場合じゃない。

 

俺は篠澤が未来に期待できるように口を動かす。

 

「それに…前遊園地に2人で行った時言ってたろ?可愛くなりたいって。俺よりプロデュース能力が高い一条と俺よりアイドルの事を知ってる星南が手伝ってくれるんだぞ?俺なんかがプロデュースしてる今より何倍も可愛く…」

 

「それだけは絶対にあり得ない」

 

そんな未来に期待させるための俺の言葉を、今まで関わって来て初めて篠澤が最後まで聞かずに否定して来た。

 

「……何でだよ。2人とも俺なんかよりすごい奴らだろ」

 

「それは否定しない。でもあの2人が私をプロデュースするなら私の望んでいる可愛いアイドルじゃなくてもっと別の魅力を押し出すと思う」

 

「それなら可愛いアイドルになる様に頼めば…」

 

「それに…!私はプロデューサーにプロデュースされてる時が1番可愛いと……思う」

 

篠澤は頬を赤く染めながらそんな事を言ってくる。

 

「いや…星南だったらもっと可愛く見せる方法を知ってるだろ?ほら…ライブの体の動かし方とか」

 

「そう言う話じゃない」

 

「じゃあどう言う話…?」

 

何故か肝心な部分をぼかして伝えてくる篠澤に俺は困惑する。こいつ…何が言いたいんだ?俺にあってあの2人にないものなんてある訳ないのに…

 

そんな自分の言いたい事を理解していない俺に篠澤は恥ずかしそうにもじもじと手遊びをしながら話しだす。

 

「プロデューサー……本当にここまで言ってもわからないの?」

 

「わかんないから聞いてるんですけど…時間もないんだからもったいぶってないで教えてくれよ」

 

俺の言葉に篠澤は大きく深呼吸をした後、

 

「…わかった。じゃあ耳を貸して欲しい」

 

覚悟を決めた様な顔つきで話す。

 

「…何で?」

 

「大きな声じゃ言えない事だから」

 

「はあ…仕方ねえな」

 

俺はため息をついた後、言われた通りに少し屈んで篠澤の口の近くに耳を持ってくる。…なんか懐かしいな。プロデュースを始めた時もこんな感じで篠澤に訳もわからず振り回されていた気がする。最後に悪くない思い出ができてよかった…

 

俺のそんな思考は左頬に触れた柔らかい感触に全て掻き消されてしまった。

 

「え……?」

 

未知なる感触に思わず左頬を押さえながら篠澤から離れる。

 

篠澤は顔を真っ赤にして恥ずかしそうに、そして今まで見たことがないくらいに嬉しそうに笑って、

 

「それは、ね。プロデューサーの事が好きだから」

 

そんな事を伝えて来た。

 

「は!?ちょ!?おま…何して……」

 

『篠澤さ〜ん!準備お願いします!』

 

タイミングがいいのか悪いのか、会場のスタッフが出番を伝える為に篠澤を呼びにくる。

 

「だから見てて、ね。私の1番可愛いところ」

 

篠澤はそれに応えてステージへと駆けて行く。

 

美波里のライブから篠澤の事を視界に入れることすら出来ていなかった俺の両目は篠澤に釘付けになってしまった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。