「まず……貴様の停学中に美波里が極月学園に転校して961プロに入った理由は貴様に相応しいアイドルになる為だ」
黒井社長の口から語られる一貫してないと思える美波里の真意を俺は、
「……でしょうね」
すんなりと飲み込めていた。俺を公園へ呼び出して以降の美波里の言動は俺を961プロに引き込もうとするもの…あいつが俺に執着しているのは明らかだ……だが…
「でもそれならひとつ疑問が生まれます。あの記事は何ですか?美波里が俺の事をそんな風に思ってたら出るわけがない記事だと思うんですけど」
俺が何もできなくなった原因。俺の信頼を貶めるあの記事……正直あの記事以外の行動は如月美波里という人間を知っている俺からすると全て破綻していない。思うところはあれどわざわざ腹を立てるほどのものじゃない悪意は無いのはわかっている。
ただ……あの俺を踏み台にする様な記事だけが理解できない。美波里は自分の為に人を犠牲にする事を極端に嫌う奴だ、初星学園の定期試験で勝つことすら嫌そうにしてた程には……だからこそ俺は真相を知る為に黒井社長の言葉を待つ。
「それは俺が勝手にした事だ。美波里は関わっていない」
「……なるほど」
黒井社長の言葉に俺はようやく事の全貌が掴めた様な気がした。
「アホなんすか?そんな理由で移籍したやつの尊敬してる人間の批判記事を書くなんて」
「……美波里が貴様の事を思っているのを知ったのは記事が出た後取り乱している美波里から理由を聞き出した時だ。美波里はその時までそんな事一言も言わずにアイドル活動だけに集中して自分を追い詰めていたんだよ。関わる人間と最低限しか話さないくらいには」
「だから頑張ってるアイドルの助力兼初星学園の攻撃に過去を利用したと……やっぱり悪い事ってするもんじゃ無いですね〜」
「……黙れ」
俺の鼻で笑いながら繰り出される煽りに黒井社長は論理的に言い返すことすらできない。本当にあれだな……3人のよく無い部分が奇跡的な絡み合いを見せてとんでもない事になっている。
俺の感情的に動きまくるところが、美波里のコミュニケーションを軽視するところが、黒井社長の手段を選ばないところが。それらが積み重なって出たあの記事は美波里の精神には相当ダメージを与えただろう。
ただでさえ何も言わずに移籍したのに実名を隠されてたとはいえ知ってるやつが見れば誰の事か簡単にわかるあんな記事を出されては俺の人生におけるダメージは計り知れない……実際篠澤が声をかけてくれなかったら今頃何してるのか俺にすらわからないほどに追い詰められていた。自分のせいで尊敬している人をそんな目に合わせたとなれば……耐えられないだろうな……
あの記事に苦しめられてたのは俺だけじゃなかったんだ……本当に……昨日の口走った事に対する罪悪感がすごいんですけど……そんな事を思いながら俺は黒井社長と話を続ける。
「……ていうかそんな理由なら記事出した後でも社長権限使って俺の事をスカウトすればいいじゃないですか。それで全部解決でしょ?」
「そう簡単にことが済めばこんな事にはなってない。もしNIAが始まる前の実力を示してない貴様を961プロに入れたら美波里はどう写る?美波里は確かに素晴らしいアイドルだが……あくまでも新参者にしてはだ、961プロににはもっと素晴らしい魅力を持ったアイドルたちが無数にいる。そんな状態で何の結果を示していない美波里の我儘を聞いてみろ……程のいい捌け口にされるぞ」
まあ…それはそうだな。会社は人と人が助け合って金儲けをする場所だ、そんな所にこんな分かりやすい不和の原因は持ち込めない。エゴが強い奴らが集まってる961プロなら尚更だ…
「じゃあせめて昨日……スカウトに来るなら貴方が来るべきでしょ……美波里だけじゃなかったら俺もあそこまで取り乱してませんよ」
「あれは美波里が浮き足立ってやった事だ。俺はそう言う話も出ていると伝えただけで……自ら貴様のスカウトに乗り出したんだ。まあ……結果は散々だったがな」
黒井社長は頭を抱えながら告げる。
マジで……俺も美波里も黒井社長も関わっている全員がコミュニュケーション不足すぎる……美波里は友達いねえし相談できる相手なんているわけがないし……俺は俺で恥でしかないあの事をわざわざ人に話すわけ無いし……そうやって1人で考えて煮詰まってしまった負の感情を持った状態で向き合ってもいいことなんか起きるわけがない……実際拗れまくったしな……
今俺は篠澤のライブが全部吹き飛ばしてくれたおかげでそういうものから解放されたけど……黒井社長と美波里は違う。
きっと黒井社長も本当にどうしようもないんだ。自分がやった事が裏目に出まくってなんとかしなきゃいけないのに自分が知らないうちにどんどん事が良く無い方向に進んでいる。はは……同情はしないが本当にひでえな……
事の顛末はわかった。あとは気持ちの問題だな……俺は自分の方針を決める為にも、
「はっきりさせときたいんですけどこれは交渉ですか?それともお願いですか?」
黒井社長に質問をする。
「……交渉だ。美波里の事を何とかしてくれるなら俺ができる範囲の要求は全て呑もう」
俺の質問に黒井社長そう告げる。流石黒井社長そこは弁えている。この人は俺から担当アイドルを奪った奴そんなやつの懇願なんてとんでもない復讐のチャンス……逃さない理由はない。俺には夢しかない、夢を追うことでしかもう生きていけない。なのにそんな夢さえ奪われそうになったんだ……お願いなら俺は何をしてもおかしくなかった。交渉という形に持ってきてくれたのは俺のそういう面も含めた最低限の心遣いを感じる……だから都合よく使われてることは死ぬほどムカつくが受けてやってもいい。
そして……これは篠澤のアイドル活動においてすごいチャンスだ。あの黒井社長ができる範囲ならなんでも言う事を聞いてくれるらしい。少し頭を使えば篠澤広のプロデューサーとして篠澤のアイドル活動を確実に成功させる要求だって呑ませることができるかもしれない……まさに1年間謂れのない非難に耐えたご褒美。これからは苦労なんてせずに楽に夢へと向かっていけるし篠澤はかなりの確率で誰よりも可愛いアイドルになれる……
だけど……悪いな篠澤。俺はやりたい事為なら楽で幸せな道を捨てられて、俺のプロデュース方針をガン無視しながら最高のライブをしてくれる自分勝手なお前のプロデューサーなんだ。
お前がやりたい事をやるように俺もやりたい事をやらせてもらう。なんと言っても今しかできないどうしてもやりたい事を思いついちまったからな!幾ばくの沈黙の後俺はニヤリと笑うと、
「なら俺の要求は3つです。まず1つ目はこの勝負こちらが負けても美波里を説得して篠澤に被害が行かないようにしてください。このままじゃ篠澤がアイドルを辞める事になります」
「わかった。だが俺だけでは無理だ、貴様にも協力してもらうぞ」
「それで構いません。そして2つ目ライブ前に楽屋に来て精神負荷をかけられた篠澤に対する補償としてコンディションが戻った美波里が出るライブのチケットを1番いい席で2枚ください。篠澤の成長に活かします」
「わかった。最高のものを用意しよう」
「そして3つ目……ここからはひとりの男として黒井社長に言いたい事をぶちまけます。だからこれからやる事に対する全ての無礼を許してください」
「……よかろう」
「一応確認しますが承認しましたね?」
「ああ…二言はない無礼を許そう」
さて……全ての準備は整った。俺は、
「じゃあ……オラァ!!」
罵詈雑言を待つ黒井社長の顔面にに本気の右ストレートをお見舞いしてやった。
「なっ……!?」
「黒井崇雄!人の担当アイドル奪っておいてあんな行動取るまで放置してんじゃねえよ!あんたが最初から本気で美波里に向き合ってたらこんなこと起きてねえだろうが!次こんなこと起こしやがったら問答無用で奪いに行くからな!」
俺は周りの目も気にせずに黒井社長に言いたい事をぶちまける。この話が始まってから黒井社長の態度にらずっとムカついていたんだ……経緯は色々あれど俺から担当アイドルを奪った男が俺の前で申し訳なさそうにするんじゃねえ!悪役は悪役らしく不敵に笑え!俺があんたを心の底から嫌いでいれるように自信満々に俺を利用しようとする倒すべき敵でいやがれ!
そんな立場をわきまえない俺の行動に篠澤のライブで盛り上がっていた舞台裏はその場にいる誰もが放心状態でステージとは真反対と言っていいほどに静まり返っている……
そんな静寂の中突然の暴力に困惑する黒井社長の前で俺は、
「あ〜スッキリした!」
今までの苦難を最高の笑顔で笑い飛ばしてやった。やっと心の中の嫌なものを全部整理できた気がする……ここまで胸が軽いのはいつぶりだろう。そんな俺に、
「……言いたい事じゃなかったのか?」
黒井社長は顔に青筋を浮かべながら聞いてくる。
「あれ?前置きに引っ張られちゃったんですか〜?俺は『無礼を全て許してください』って言ったんですよ?誰も文句言うだけなんて言ってますぇ〜ん」
そんな俺の初めて会った時と同じ舐めた態度に黒井社長は、
「ふ……フハハハ!!この黒井崇雄の顔面に右ストレートお見舞いしてくれるとはな!!貴様……これは高く付くぞ?美波里が961プロに入った時以上にやる気を出さないと貴様のプロデューサー人生が潰れるほどにな!!」
いつも通りの強欲で強かな男に戻ってくれた。そうだよ!俺から担当アイドルを奪った男はこうでなくちゃな!
「望むところですよ!こちとらもうそう言う逆境がないとやる気も出ないってもんです!見ててくださいあんたが見れてないであろう美波里の最高の笑顔見せてやりますから!」
「フン!やれるものならやってみろ!美波里を話せる状態にはしておくから結果が発表され次第迅速に動けるようにしておけ!」
「了解です!じゃあまた後で!」
そう言って俺達は別々の方向に歩き出す。黒井社長は美波里が休んでいる楽屋へ、俺はとんでもないライブを見せてくれた担当アイドルを褒める為篠澤の下へ、
さて……やる事やったら美波里のご機嫌取りだな。あそこまで豹変した美波里を何とかするのは骨が折れるだろうが……今までの問題に比べれば大した事はない。なんて言ったって俺の2番目に得意な事はアイドルにやる気を出してもらうことなんだからな!
次回は美波里ちゃん目線の回想回です。お楽しみに!
(ライブ後の篠澤とのやりとりはこの章の最後に番外編としてやります)