第四魔法科高校の優等生   作:悪事

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第九話

 

 

 達也の学校生活は、部活の勧誘期間を過ぎてからは波風が立つこともなく平穏無事なものだった。風紀委員の見回り中、遠巻きに噂をされてもそれ以上の実害はなく、授業のカリキュラムにおける成績も中の下に収まっている。

 

 いや、成績については、意図したものではなく純粋な実力なので達也としては何とも言えない気分になるのだが、それは置いておくとして──。

 

 いたって平凡な学生生活。

 

 

 

 まぁ、学内の三巨頭にテロ組織の情報をリークしたり、テロ組織と繋がりがある剣道部の女子生徒に絡まれもしたが、達也は自分の平穏な日常を守ることに専心した。

 

 いずれ、自分たちの平穏を邪魔しに来る者が現れるのを承知しながらも──。

 

 

 

 

 ある日の放課後、授業が終わった生徒たちはクラブ活動や校内での自習、魔法の実践や理論の再確認などに向かおうとし、それらに当てはまらない者は帰り支度を始めている。

 

 授業が終わったばかり、校内に生徒が最も残っている時間帯。

 

 部活に励むため着替えや荷物を持ち、授業で分からなかった範囲の復習を校内でしようとする者は教室でタブレットなどを用意していたとき、突如として各クラスや各階に備え付けられたスピーカーから鼓膜に叩きつけるような大音響が放送された。

 

『全校生徒の皆さん!』

 

 

 ハウリング寸前の爆音に校内の事情を知らない大勢が顔をしかめる。達也もまた険しい表情を浮かべたが、これは事情を知るゆえにだ。

 

 

 束の間、平穏な学生生活が途切れることになると億劫な気持ちになるが、校内から不穏分子を一掃するためと自分を納得させる。

 

 

「なんだ、一体なんの騒ぎだこりゃぁ!?」

 

「──ちょっと落ち着きなさい。ただでさえアンタ暑苦しいのに、やかましくて暑苦しいとか何重苦って話よ。そんなうるさくしなくても、いま確認するから……」

 

「エリカちゃん?」

 

 レオが慌て、美月が訝しむ中、エリカは虚空に視線を漂わせる。いいや、彼女の超越の視線、精霊の眼(エレメンタル・サイト)はイデアを経由して物質界の情報を刹那に参照していた。学内スピーカーを操作したということは放送室に何かがある、と当たりをつけ、エリカの“目星”は成功。

 

 情報が取得される。

 

「──放送室に五人、内側から施錠してるみたいね。典型的な立て籠もりってヤツ?」

 

「放送室を五人で占拠、か。ありがとう、助かったよ」

 

 

 いけしゃあしゃあと言ってくる達也をエリカは、じとりと見つめた。以前、一科と二科のトラブルの際、エリカは達也が精霊の眼(エレメンタル・サイト)を有していることを確認している。

 

 なぜ、自分の眼で視ないのか……?

 

 あの四葉百合香が授けた“魔眼”と違い、達也くんの“眼”には何らかの制限、条件がある?それとも単に隠したいだけか……。

 

 

 エリカは以前と同様、達也への詮索を中断する。魔法師が自分の魔法特性、技能などを隠匿しなければいけないのはよくある話。親交のあった吉田家の嫡男の例もある。エリカは深く追求せず、鷹揚に手を振って──。

 

「あとでコーヒーでも御馳走してよね」

 

「無事に終わったら、ケーキだってつけるさ」

 

 達也とエリカが落ち着き払っていたおかげだろう。一年E組だけは他のクラスよりも騒然とする時間が短く、落ち着くのが最も早かった。

 

 

 そこに再びスピーカーから音声が届く。今度は少し気まずそうだったが。

 

『失礼しました。全校生徒の皆さん……』

 

 達也が得心いったという風に頷く。

 

「ああ、さっきの大音量は計算とかではなく、ボリュームの絞りを間違えただけか」

 

「ツッコんでる場合じゃないでしょ、風紀委員さん?」

 

「それを言うなら、エリカちゃんもよ」

 

「…………あー、まぁいっか」

 

 此処でレオは口を噤み、それ以上の天丼を避けることができた。まぁ、美月やエリカに何か言いたそうではあったが、達也を引き留めるのも悪いと見てのことである。

 

 

『僕たちは、学内の差別撤廃を目指す有志同盟です』

 

「有志ね……」

 

 達也の困り顔には呆れ笑いのようなものが零れている。有志として彼らは自由意志で立ち上がったつもりだろうが、実のところ学外の人間、ブランシュ側の思惑で動かされているのだ。もっと言えば第一高校の差別構造は、学校側の些細なミスから始まったモノ。

 

 学内、学外、両方の事情を知るだけに達也は何とも言えない気分になっていた。

 

『僕たちは生徒会、部活連に対し、対等な立場での交渉を求めます』

 

 

「……だったら放送室の占拠なんかせず、正当に申し出てくれればいいものを」

 

「正当な手続きだと埒が明かない、ってなったからじゃない?」

 

「それもそうか」

 

 達也が風紀委員の腕章を巻き、席を立つと同時、携帯端末にメールの着信が入る。風紀委員のアドレスからであることは確認するまでもなかった。

 

「噂をすれば、だな。じゃあ、行ってくる」

 

「……あ、はい、お気を付けて」

 

「付き合い切れなくなったら、帰ってこいよー」

 

 美月が控えめに手を振る横で、レオは達也の身を案じて言葉を継いだ。その一方、エリカは面白そうに笑いながら達也を送り出す。

 

 達也がクラスを出て放送室に向かう途中、ちらりと学内の様子を観察することができた。二科生側の教室も、一科生側の教室もパニックというほどではないが雰囲気が騒然としたものになっている。だというのに誰も彼も帰らずにいるのは、今後の事態の推移を伺おうとしているためだろう。

 

 

 達也が放送室のある棟に着くと、ちょうど深雪と合流する。二人は駆け足で放送室に向かいながら、情報を共有した。

 

「お兄様にも召集がかけられたのですか?」

 

「ああ、放送室を占拠している生徒たちの件でな。生徒会も?」

 

「はい、会長からです。現場には部活連の皆さまをはじめ、既に七草会長、市原先輩が着いていると」

 

「万全の布陣だな。こうなると俺たちまで行く必要があるのか疑わしいよ」

 

「そう、ですね…………お兄様、このたびの占拠は、やはりブランシュ側の“用意”ができたと考えてよろしいのでしょうか?」

 

 深雪は事前に達也からブランシュの決起、テロリストの襲撃を聞かされていた。七草会長や、十文字会頭らよりも早い時点、百合香から情報提供を受けた翌日の事である。

 

「そう考えるのが自然だろう」

 

 それを聞き、深雪の表情が微かに曇るのを達也は気づいてしまった。達也の心情が冷徹に砥がれるより先に、二人は放送室の前へ到着する。

 

 

 

 周囲には生徒会役員、風紀委員、部活連の人間まで出張っていて、取り纏めをしていた風紀委員のトップが達也を見つけると、格好だけの叱責を飛ばす。

 

「遅いぞ」

 

「すみません、委員長」

 

 ポーズだけの謝罪を返し、達也は周囲の布陣へ溶け込んだ。余計なこと、目立つ真似は控えるべき。ゆえに達也は冷静に状況を傍観、他人事として眺めることとした。

 

 

 

 既に到着していた十文字克人は、七草真由美、渡辺摩利らと共に周囲の警戒を強めている。このどさくさで産業スパイが火事場泥棒をしないとも限らない。図書館側にも数人、人員を回しているが、事態の中心はこの放送室前に違いなかった。

 

 

「放送設備の無断利用くらいなら、厳重注意で済んだろうが立て籠もられると話が違ってくるぞ」

 

「その通りです。これはれっきとした犯罪行為……どうやら彼らは目的が手段を正当化できる、と思い込んでいるようです」

 

「リンちゃん……もうちょっと、こう優しい対応を、ね」

 

 摩利の中に居る生徒を気遣った独白に、冷静沈着な生徒会役員、市原鈴音が切れ味鋭く首肯する。生徒会長である七草先輩は彼女の皮肉たっぷりなセリフを困った顔で窘めていた。

 

 ちなみにこの場には生徒会役員、中条あずさは来ていないようだった。今回のような荒事に向いていないという判断のためか。

 

「兎も角、こうなっては放送室内の彼らをこれ以上暴発させないよう慎重に対応すべきでしょう。長期戦も覚悟しなくてはなりませんね」

 

「待て、こちらが慎重になっても、向こうの聞き分けがよくなるとも限らん。多少、強引になっても早期決着を図るべきだ」

 

 方針の対立による事態の膠着、有事の対応としてはなんともお粗末なものと言わざるを得ない。さらにお粗末なのは、この状況で生徒会や風紀委員側に何のアクションも起こさない立て籠もった生徒たちだ。

 

 この状況を逆用し、交渉を有利に運ぶ材料にするならまだしも、生徒会側のアクション待ちなど達也からすれば信じられなかった。

 

 

 

 達也は此処で嫌な予感を覚える。

 

 まさか、あの有志同盟を名乗る連中は差別を撤廃した後の具体的なヴィジョンが何もないのではないか?

 

 

 なんとなく、差別されるのが嫌だから平等を掲げはしたが、学内における平等の条件、その具体的な絵図、着地点を彼らは持ちあわせないのではないか?

 

 カリキュラムの変更、教師による教導時間の延長、施設の優先利用。

 

 差別撤廃のための条件を何も要求してこない。

 

 だというのに平等、公平だけは要求する。

 

 平等、公平という具体性のない概念だけを求める話し合い?

 

 そんなものは交渉ではない。要求の具体的な中身がない、これでどうやって交渉をすればいいのやら。達也はこれがだらだらと無駄に時間を引き延ばし、無為に時間を浪費するだけになる事態を想像してしまう。

 

 

 どうしたものかと顔を引きつらせていると、不意に十文字先輩と目が合ってしまった。困惑していたこちらと目が合ったのは一瞬で彼の鉄面皮は常のモノと変わらなかったが、

 会頭は自身のスタンスを明らかにした。

 

「俺としては彼らの要求する交渉に応じてもよいと考えている。というより、それが必要だろう。こんな事態まで起こして交渉の場を作ろうとしているのだ。向こうの意見とこちらの意見のすり合わせ、相互理解は必要不可欠だ」

 

 十文字先輩のスタンスは分かったが、慎重に行くか、早期決着を狙うか、そのどちらの方針で行くかが決まっていない。達也が素知らぬ顔で“聞き耳”を立てていると、それが“気づかれて(失敗して)”しまったらしく。

 

 

 不意に十文字先輩の視線が突き刺さり。

 

「──司波、放送室にいる者たちの誰かと渡りをつけることは可能か?」

 

 俺にお鉢が回ってくる羽目になった。

 

 

 情報のリークで事情通みたいな態度を取ってしまった影響か、それとも先ほど聞き耳を立てていたことがバレてしまった影響か。仕方がない、此処で時間を無駄にするよりはさっさと事態を収拾してしまうに限る。

 

「……ええ、なんとか可能です」

 

 十文字先輩だけでなく、生徒会の役員、風紀委員の一同の視線が殺到した。以前、カフェで押し付けられたアドレスが此処に来て役に立つとは……。

 

 端末を取り出し、音声通話を開始する。

 

「壬生先輩ですか?司波です」

 

 周囲の目線がギョッと驚きに変わり、放送室の閉じた扉と通話中の達也に視線が往復した。

 

「それで、今どちらに……はぁ、それは災難でしたね」

 

 達也はそこで顔をしかめる。通話のボリュームを下げる前に、怒鳴られでもしたのかもしれない。事の詳細は周囲の生徒たちには伺い知れないことだが。

 

「馬鹿にしているわけではありません。……ええ、こちらは建設的な話をするのが目的ですので、はい、分かっています。……それで本題に入りたいのですが」

 

 

 

 そこからはトントン拍子で話が進んだ。

 

 交渉をしたいが、その交渉の場をセッティングすることができず、ただ放送室に閉じこもっていた有志同盟の生徒にとっても、交渉の具体的な日取り、日程を決めたかった生徒会にとっても、達也の仲介は渡りに船。

 

 放送室を明け渡してもらう際、壬生紗耶香以外を捕らえたことで“騙したのか!”と詰られもしたが、達也は気にも留めなかった。

 

 捕らえられた生徒たちも、七草会長の寛大な気遣いで拘束されずに無事に解放されている。その処分を甘い、と達也は思ったが、有志同盟が敵意の眼差しを向ける先には、生徒会長や風紀委員長たち、学内の有力者がいるだけ。壬生紗耶香だけは達也を睨みつけていたが、深雪に害を及ぼさないのであれば、その辺りは“別にどうでもいい”。

 

 

 その後、放送室を占拠した有志同盟の生徒たちは、生徒会と交渉の場を取り決めるべく立ち去っていき、とある放課後の立て籠もり事件はこれで片が付いた。

 

 

 

 あとで聞いた話によると、有志同盟の生徒たちの主張は拙劣もいいとこで、一科生と二科生の平等な待遇について具体案となるものは何もなかったらしい。むしろ、その案を生徒会側が考えろ、というほどの杜撰さ。

 

 ただ、多くの生徒を集めての公開討論会を行うことには意欲的で、その話し合いは比較的早期にまとまったという。

 

 

 ブランシュ側が校内を手薄にするための入れ知恵、というのが透けて見える展開。

 

 摩利も、克人も、真由美も、全員がブランシュのテロ活動について知らされている。ゆえに相手が指定した公開討論会の日取りが何を意味するかを理解していた。

 

 指定されたのは明後日、その日こそがブランシュ側が目論むテロの決行日。

 

 

 

 

 達也は舞台が佳境に入ったことを察すると独自に剣道部主将、司甲の監視を開始。

 

目的は初日で果たすことができた。第一高校の近辺、使われなくなった廃工場こそブランシュの拠点。

 

 

 達也は、その廃工場を精霊の眼(エレメンタル・サイト)で偵察していると、ふと廃工場の端に生徒ではないが見覚えのある人影を捉える。廃工場に潜入して人目を忍んでいるところを見るに、“彼女”はブランシュの人間ではないようだ。

 

 なら、その正体は一体、何者だ?十文字、いや七草のエージェント?

 

 そうなると、彼女が俺のクラスにカウンセラーとして現れたのも、こちらの調査目的の可能性が出てくる。

 

「校内カウンセラー……小野遥」

 

 彼女の正体について、関心が僅かに鎌首をもたげるが……。

 

 おそらく調べはついているだろうし機会があれば、百合香に話を聞いておくか。今回の一件で敵対関係とならない以上、性急に調べる必要はない。

 

 

 

 

 どのみち、今回の俺と深雪は事件の本筋には関わらないのだから。

 

 第一高校の底力、お手並み拝見といこう。

 

 




 書き溜め分、これで打ち止めです。
 また、ストックできたら投稿し始めます。

 作者の励み、執筆の原動力になるため、良ければ感想やここすき評価などお願いします。
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