第一魔法科高校を襲撃したテロリストたちの目的は、魔法に関する貴重な情報資源、重要機密のデータ奪取。校内制圧や生徒の拉致などは目的の外であることが事前から判明している。
というよりも、ブランシュ側の行動を見るにデータの奪取程度のことしか成功しないと自己分析をしていたようだ。ブランシュ側は反魔法を掲げる組織であるがため高位の魔法師戦力はなく、銃火器や炸裂焼夷弾といった低火力の武器しか持ち合わせていない。適度に生徒たちを脅えさせ、その隙を突いて情報を盗み出すのなら十分と判断したらしい。
達也は深雪を伴いながら、
対物防御、障壁魔法を撃ち抜くためにアサルトライフルの3倍~4倍の爆発力を発揮する発射薬を備えたハイパワーライフルを持つ敵がいないということは、少なくとも敵は徹底抗戦までして第一高校で暴れる気はないということ。
それさえ分かればいい、と達也は
近接戦で三人に囲まれても、動じておらずまだ余裕さえ感じさせる。クラスメイトの思いがけない実力に感心しながらも、CADを持ち合わせていないレオを気遣って達也は自己加速術式を発動。
瞬発加速による強襲。達也が戦闘領域に突入と同時、テロリスト二名の喉、みぞおちに加速の乗った拳を打ち込んだ。ぐらり、とその二人が倒れ込む前に深雪の指がしなやかに踊る。
片手で操られる携帯端末型CAD。深雪の魔法は、達也の体術の後に放たれながらそれより早く効力を発揮した。加重・移動系統の対象を叩き潰す術式は魔法師にしか認識できないサイオンの輝きを以て残った一名を地面に沈める。続けて、体術によって二名が意識を失った状態で倒れ込む。
派手な登場とテロリストの迅速過ぎる制圧を前に、慄きもせずレオはあっけらかんと喜面を二人へ向けた。
「ダンケ、二人とも。助かったぜ」
「気にするな、そっちも無事で何よりだ」
「ええ、援護が間に合ってよかった」
レオは緩慢に這い蹲っている三人のテロリストたちを横目にうんざりとした声でぼやいた。
「にしても、いったい全体なんの騒ぎだ、こりゃ?」
レオの知る限り、今日は講堂で討論会をしているという話だったのが、気づくとテロリストが校内で暴れているという状況。彼の独白というか、困惑も当然のことだ。
レオのぼやきに対し、達也は端的な解答を返す。
「“同盟”の生徒たちの手引きでテロリストたちが校内に潜入した。今は各所で敵勢力の制圧が行われている」
普通の生徒なら、講堂での討論会の結果やテロリストの所属など、聞き返そうものだがレオは牙を剥くような笑みで頷いた。
「へぇ、ぶっそうなこって」
レオに細やかな説明は不要だった。現状について事実だけを咀嚼したうえで動けると理解しての達也の対応。戦意が昂ぶったレオにとって重要なのは、排除すべき外敵が存在するという一点のみ。
そのとき、実技棟の反対方向からCADを抱えたエリカが歩いて姿を見せる。
「やほー、達也くん、深雪。援軍に来てくれて助かったわ~。──そうだ、レオ。アンタの
何やら、のんびり目な登場をしたエリカを見てレオは額に青筋を立てて彼女を睨みつけた。
「……俺は、テメェが急いでCADを引き取ってくるっつーから、此処の時間稼ぎを引き受けたんだが?」
「仕方ないでしょ、戻ってくる途中で深雪たちが来てるのが“視えた”んだもの。そのうえ、連中の技量を見てればアンタが大人しくノされるとも思えなかったし」
「それとこれとは……はっー、確かに連中、魔法師としちゃ三流だな。三対一だってのにまともに魔法を発動できてなかったんだからよ」
文句を言うのを中断し、レオは敵戦力を冷静に評した。
魔法の展開には相応に集中力を要する。術式の選択、発動座標の認識、発動リソースであるサイオンの注入、起動式の変数処理。とはいえ、熟達した者や近接格闘と並行して魔法を使用できる者であれば一呼吸に魔法を発動させる。
三対一という数的、心理的に有利な状況でなお魔法を発動できない者など、三流のそしりを免れぬ未熟の証左だった。
「その割に銃とか爆発物まで持ってんだから対応に困るぜ。どこまで気を遣えばいいんだか……」
「そこはレオのヤツと同感かな。ねぇ達也くん、風紀委員としての見解は?」
達也は肩を竦めて言い放った。
「生徒でなければ手加減無用。変に気を遣いすぎて怪我をするのもバカらしい」
「そうですね。まずは自分の身の安全が最優先。生徒でない者にまで気を配ることもないでしょう」
「よっしゃ、風紀委員と生徒会の言質ゲット!思う存分にやっていいわけだ」
「お~こわ、なんて好戦的な女だよ。生徒でなくても多少は……つーか、いい加減、俺のCAD寄越せよ。そのために此処の防衛を引き受けたんだからな」
「あ、そうだ。忘れてたわ、っと」
放物線を描いてレオのCADがエリカより投げ渡される。一応、CADは精密機器ではあるが、実戦的な環境で使うことが想定されている。ソフトコートの路面に落下したくらいで故障するものではないが、投げ渡すという雑な扱いを率先してやっていいわけでもない。慌ててレオが投げられた自分の法機をキャッチして、エリカに向かって文句を吠える。
「おっま、投げんなよ!」
「取りこぼすほど鈍くもないでしょ、アンタ。さて、それじゃあ、これからどうする?」
エリカに尋ねられ、他にレオ、深雪の視線が達也に集まる。
今、自分たちのいる実技棟は教師陣や生徒たちの抗戦でほぼ鎮圧されている。そうなると他の箇所の援軍に回って、地道に敵戦力を削るべきか……。
否、そんな場当たり的な対応では無駄に時間を掛けるだけだ。
「エリカ、事務所の方は無事だったんだな?」
「うん。むしろ、あっちの方が対応は早かったみたい。わたしが着いたときには腕利きの先生たちがテロリストたちを縛り上げてた。あんな戦力ガッチガチなとこに飛び込むなんてテロリストたちもいい趣味してるわ。やっぱり、貴重品とかが多いからかな?」
「でもエリカ、実技棟にある貴重品なんて型遅れのCADくらいなものよ?歴史的価値も、技術的価値も、資産的価値もないはずだけど」
「じゃあ、校舎の方が狙いだったのか?ほら、校舎をぶっ壊して……いや、あんまし意味もねーか」
「レオの言う通りだな。実技棟は耐熱、耐震、耐衝撃があるため建て直しに時間がかかるが、致命的な被害とは言えない。もっとも、テロリストたちが一カ月程度、授業に支障が出るのを喜ぶような幼稚さを持っていたら話は別だが」
真面目ぶった声で冗談を嘯く達也に、エリカとレオが噴き出してしまう。
「ふふふっ、達也くんってば冗談はやめてよ。そんな理由でテロなんて起こされたら、ホントの笑い話じゃない」
「つーかよ。アイツら、反魔法とかご大層なこと言ってるけど、それなら魔法協会の方にでも突っ込むだろ?そうじゃなくて魔法科高校に襲撃しに来たってことは、此処にしか無いものが目的なんじゃないか?」
「……第一高校にしかないものって、何よ?」
「あ、いや、そりゃ今は思いつかねぇけどよ」
「はぁ、アンタらしくて安心したわ。如何にも短絡的で」
「短絡的で悪かったな……」
レオが呆れ気味に言ったことにエリカが噛みついていると、達也は結論を開示するだけの情報が出揃ったのを再確認して口を開く。
テロリストが反魔法を掲げながら、魔法協会を襲撃しなかったのは単純に高ランクの魔法師が常駐する魔法協会に行けば、容易く鎮圧されると考えたため。魔法科高校を襲撃したのは学生レベルの魔法師しかいないと思い込んでいたのだろう。そして第一魔法科高校にしかないもの。いや、そういう狭い分類ではなく重要度の高いもの。
破損、盗難などで学校運営に支障が出るものといえば、再調達困難な試料、高価な実験装置、機密性の高い文献などが置かれている二か所──。
「敵の目的は魔法大学の文献、データにアクセスできる実験棟と図書館だ。これまでの各所の襲撃もそのカモフラ―ジュと見ていいだろう」
「敵の本命は重要機密の奪取、そのために同盟の生徒たちは……利用されたのですね」
深雪の瞳に冷たい感情が映り込む。怒り、不快感、軽蔑とも取れる高位魔法師の強い感情。レオとエリカは深雪の様子に圧倒され、ごくりと息を呑んだ。
達也は深雪の怒りに震える手を取り、彼女の目と己の目を合わせる。深雪は自分が淑女らしからぬ激怒を見せてしまったこと、というより達也に手を握られたことに赤面し、顔を背けて落ち着こうと深呼吸をしている。
いつもどおりな達也と深雪の仲良し具合にレオたちが苦笑いをしていると、達也は硬い声で方針を決めようとする。
「図書館、実験棟、どちらかに決めて向かうべきだな。少なくとも二手には分かれない。戦力を分けるのは校内の状況を見るに危険すぎる。まず先に目指すのは実験棟。図書館の方は沢木先輩たち風紀委員の人員、十五名ほどが詰めているが、実験棟の方は部活連の人員が数名だけ。少人数の方から援護に向かおう」
「はい、お兄様の仰せのままに。……エリカ、それに西城君も。付いてきてくれますか?」
「ええ、というか、此処に来て引っ込んでろ、とか言われなくて安心したくらいよ。敵の本命に突っかかるわけだし、頭数は多い方がいーもんね」
「おうよ、連中には校内での落とし前を付けさせねぇとな」
「……そうか、二人ともよろしく頼む。本来は生徒会と風紀委員の仕事だが、まぁ非常時だしな。人数は多い方がありがたい」
「ふふん、今度はな~に奢ってもらおうかな?」
気を遣わせないためか、冗談ぶって達也に流し目を送るエリカに深雪はにっこりと輝かんばかりの笑顔で応じた。
「あら、知らないの、エリカ?生徒会と風紀委員の仕事は純粋な名誉職。つまりそのお手伝いだって、ただ働きになるのよ」
「……改めて言われっと、風紀委員は学内の生徒同士のいざこざに巻き込まれて、生徒会は今日の討論会みてぇな面倒ごとに巻き込まれて……どっちも総合的に見て損な役回りなんじゃねぇのか、達也?」
「今、割と痛感してる最中だから言語化しないでくれ。働きたくなくなる」
「あ~、ドンマイ。今回はとことん付き合うぜ」
レオが何処か煤けた達也の肩を叩いた。落ち込んでいても仕方ないと、達也たちが実験棟に向かおうとしたとき、エリカは自分の
「誰、そこにいるのは?……姿を見せなさい!」
エリカの稲光のような誰何のあと、教室で聞き慣れていたはずの声が突如として現れた気配と共に彼らの前に現れる。
「ごめんなさい、驚かすつもりはなかったのだけど……」
エリカが俊敏な挙動で警棒を抜いて、いきなり不意を打って話しかけてきた人影へ身構える。向けた警棒の先にいたのは校内カウンセラーを務めている女教師、小野遥その人だった。
生徒たちに向け、両手を挙げた遥は冷静な語り口で生徒たちに重要事項を伝えた。
「──ちょっと待って頂戴。怪しむ気持ちを分かりますが襲撃者の目的は図書館よ。向こうの主力は既に館内に潜入しています。剣道部の生徒たちに、壬生さんも……援護に行くなら、そちらに向かってもらえるかしら」
学校の教師に対する過剰な反応、だがそれがエリカの驚愕の深さが小野遥の隠形の精度の凄まじさを説明も無しに周囲へと伝えていた。
達也も同様に深雪を背中に庇う体勢で喋り返す。
「小野先生?」
困ったような顔で笑う校内カウンセラーの女教師は、生徒たちの警戒した様子に姿の見せ方があまりに怪しすぎたかと反省していた。自分に隠密を教えた師匠の悪影響かと彼女が本気で悩みだすより先にエリカが警棒を構えたまま小野遥に尋ねる。
「一体どうやって、此処まで気づかれないまま私達に接近できたの?」
「隠れ通せると思ったんだけどなぁ。四葉のお姫様から授けられた“
図書館に敵が潜入したという情報は小野遥が校内を駆け回った成果なのだが、不信感を露わにした生徒たちは訝しそうな眼差しを解いてくれなかった。達也が半目で遥へとエリカの質問を繰り返す。
「小野先生、一体どうやってエリカや俺の警戒を掻い潜ったのですか?」
二度目の同じ質問、この問いを答えない限り信用はされないと観念し、遥は肩を落として自分の突出した魔法技能に軽く触れた。
「隠形は私の魔法特性ですもの。他の魔法は使えないけど……これだけは第一高校にいる誰にも負けないつもりよ?」
遥の自信と僅かな劣等感を匂わせる口ぶりから、達也は遥が敵でないことと彼女の魔法師としての能力を理解した。
「……なるほど、BS魔法師でしたか」
“Born Specialized”、略してBS魔法師、あるいはBS能力者。先天的特異能力者、先天的特異魔法技能者とも呼ばれる魔法としての技術化が困難な異能に特化した超能力者のことだ。生まれ持った魔法しか使えないBS魔法師は、特定の分野では他の追随を許さないスペシャリスト足りえる。しかし現代魔法師の風潮は、あらゆる魔法を使える万能型の方が優秀だと見る向きが多い。その所為で“BSの一つ覚え”などと陰口を叩かれ、大多数の魔法師はBS魔法師を一段下に見るケースが多い。
小野遥もその劣等感からは逃れられなかったのか、“BS魔法師”という呼称が不服なようだった。
「その肩書きは好きじゃない」
まるで年頃の少女めいた拗ね方で頬を膨らませた遥を見て、達也はなんとも言えず片目を閉じ苦笑いを浮かべた。一方で遥の可愛げのある態度を凝視していたレオはエリカに肘打ちで脇腹を叩かれ悶絶していた。
「いってぇ!?」
「なに鼻の下伸ばしてんのよ」
「うぐぐ……伸ばしてねぇ、てかいきなり手を出すな!説教とか、悪態とか言葉でワンクッション置けよ!」
「やぁねぇ、ちゃんとワンクッション挟んだわよ」
おほほ、と笑うエリカへ達也は好奇心から聞いてみた。
「ちなみにクッションの無い場合だと?」
「ノーモーションから顎に警棒叩きこむとか?」
「あの、エリカ?確か、貴方の警棒って兜割りの要領で硬化魔法を発動させていたような……それで西城君の顎を打とうものなら──」
深雪の予想にエリカは満面の笑顔を浮かべた。返答はない、ノーコメントだった。
「……おめぇ、鬼か?」
「鬼だったら、とっくにアンタの顎は割れてるでしょうね」
レオ、エリカたちのやり取りを遮る勢いで遥は達也たちに告げる。
「と、とにかく、援護に向かうのなら、図書館の方に向かってください……それと皆さん、カウンセラー、小野遥としてお願いがあります」
一度、言葉を切った遥は真剣な眼差しで達也たちと目を合わせた。
「──壬生さんにどうか機会を与えてあげて欲しいの。彼女は去年、一年の頃から剣道選手としての評価と、二科生としての評価のギャップに苦しんでいたわ。何度か面接もしたけれど私の力不足ね。結局はブランシュの思想につけ込まれてしまった。……だから!」
小野遥の悔恨に満ちた訴えにレオはやりきれない顔で歯噛みし、エリカと深雪はテロリストたちの卑劣さに眼差しを鋭くした。達也としては“甘い”としか考えられなかったが、それを口に出して気まずい空気になるより先に、達也が持っていた風紀委員用の通信端末へ通信が入る。
『──こちら風紀委員の沢木碧。至急、各員へ通達。図書館で機密情報を盗もうとした者たちをたった今撃退した。……ただ、申し訳ない。テロリストたちのスパイ行為は阻止したのだが、一部の敵を逃がしてしまった』
エリカとレオの瞳が爛々と光り、深雪も瞳に強い決意の灯が映る。皆が達也を中心に輪となって校内の現状を正確に把握しようとした。
『逃げたテロリストらの中には剣道部の生徒も含まれている。相手は全員、アンティナイトを所持しているため、魔法の発動が妨害されることを想定してくれ。彼らは実技棟方面に逃亡中。俺たちも急ぎ追いかけるが援軍に来れそうな者はこちらへ合流してくれ』
達也はこの場にいる皆の顔を見て確認する。無論、逃げ出そうとする者は誰一人となく、それぞれが拳や法機を握り、戦意を昂揚させていた。テロリストを相手取ることが明確化した達也は改めて小野遥に語り掛ける。
「小野先生、俺たちは此処で逃げてきたテロリストたちを制圧します。先生は逃げ遅れた生徒たちの誘導を」
遥は自分が戦闘に向いてないことを自覚している。直接の戦闘は向いておらず、奇襲を前提にしても一人二人を相手にするのが精々。小野遥は苦い顔で頷き──。
「生徒たちの避難を急ぎます。どうか、達也くんたちも気を付けて」
小野遥が立ち去ると、達也たちは各々が迎え撃つ体勢を取りブランシュたちが来るのを待ち構える。テロリストたちが這う這うの体で逃げてきたとき、真っ先に敵の陣形を崩そうと駆け出すレオと達也の影。
達也は自己加速の術式で飛び掛かりざまにテロリストたちを二名ほど蹴散らした。その背後から迫る男にレオの拳が撃ち込まれる。
「
雄たけびに呼応して魔法式が展開と攻勢を同時進行で発動。本来であれば、精密機器であるはずのレオのCADはまるで堅牢な鎧めいた強度で敵を跳ね除ける。手甲のように前腕を覆う幅広の分厚いCAD、硬化魔法によって武器とすることを前提とした装備であればこそ音声認識のシステムがこれ以上ないほどに有効となる。
殴り飛ばされた男の背後から剣道部の生徒が金属製の棍棒を振り抜くも、レオのCADが火花を上げて打撃を防いだ。
弾かれ、体勢の崩れた者に達也が上段蹴りを入れて沈黙させる。互いの死角をカバーするように背中合わせとなったとき、達也はレオの魔法に若干の面白さを覚えて話しかける。
「音声認識による逐次展開。……随分とレトロなものを使うんだな」
「おうよ、昔っから使ってるもんだから、これが性に合ってんだ」
二人の会話の合間合間に敵が袖口に忍ばせたダートやナイフを投擲するも、達也たちはそれをあしらいながら、ブランシュの残党たちを減らしていく。達也は軽口を叩きながらもレオの魔法に感心さえ抱いていた。
校内では劣等生と扱われてしまう二科生であるはずだが、戦闘能力を見るに火器の使用が制限された近接戦闘なら今すぐにでも軍の第一線でやっていけるだけの
白と緑の第一高校のブレザーは、レオが継続的にかけた硬化魔法によって最新の防弾防刃プロテクターと遜色ない防御性を発揮していた。火器を有しているとはいえ、そこらの民兵程度の練度しかないテロリストの攻勢では突破不能。
近接戦では分が悪いと悟り、銃火器を持った敵が達也とレオの間合いの外から銃撃しようとしたとき、加速・発散系統の魔法がテロリストたちを四、五人ほど纏めて吹き飛ばす。深雪の援護と同時、エリカもまた自身の警棒で瞬く間にテロリストたちを昏倒させては叩き伏せた。
その凄まじいまでの魔法の技量、剣技の冴えにレオは大きく目を見張る。驚いているレオを余所にエリカは警棒を肩に当て深雪に笑いかける。
「二人だけに良いとこ持ってかれるのもねー」
「ええ、エリカの言う通り私達も守られてばかりというわけには参りません」
エリカと深雪の頼もしさを目にしてレオと達也は苦笑を浮かべる。
「強すぎる女子たちを差し置いて格好つけるのも楽じゃねーな、達也?」
「ああ。だが、だからといって、エリカや深雪たちに任せきりにして引っ込んでいるというのは、いささか情けないだろう」
「ああ、そんじゃあもうひと踏ん張りだ!」
瞬く間に倒されていくテロリストと剣道部員たちの混成隊。いいや、隊などという構成ではなかったのだろう。連携も、共闘も、支援も、まともに機能していない。寄せ集め、烏合の衆といったところ。
残った敵の集団には剣道部の人間が多く、その中に小野遥が気を揉んでいた壬生紗耶香の姿もあった。
「どうして……どうして、貴方たちは!?」
その叫びには、自分たちの崇高な目的を邪魔した達也たちへの恨み節も込められていたが、同時に憧憬と羨望の色が込められている。
共に肩を並べて信じあい、共に戦う彼らの姿を目にし、紗耶香は堪えきれない叫びを吐き出した。どうして互いを差別しないでいられるのか、それはまるで自分たちの掲げた“平等”そのものではないか。
「どうして、貴方たちは……一科生と二科生なのに……」
その悲嘆、慟哭に頭を掻いてレオが一歩前に歩み出る。
「一科とか、二科とかじゃねぇ。壬生先輩、俺は“西城レオンハルト”だ」
レオの言葉と想いを汲んだエリカも一歩前に出て並び立った。達也としては小野遥が言う壬生紗耶香に機会を与えてほしい、という意見を甘いとしか考えられないが、今はそれこそが重要なのだと理解し、深雪と少し見つめ合った後で頷き合い、レオ達と肩を並べる。
「そんで、私は“千葉エリカ”」
「“司波達也”です」
「同じく、“司波深雪”です」
急な自己紹介に剣道部の人間たちが目を白黒とさせるが、深雪はそこで彼らの思考が纏まり切る前に言葉を紡いだ。
「私たちは一科生だから、二科生だから、そんな理由で一緒にいるわけではありません。お互いのことを知り、分かり合い、共に笑い、共に学び、信頼しているからこそ私達はこうして共にいられるのです」
「一科生、二科生なんて大きい括りじゃあ、当然見落としだって出てくるわよ」
「ちっぽけでも、お互いに分かり合うってことをしねぇとな。それが平等ってヤツの一歩目だろ?」
レオが恐る恐る気遣うように平等という幻想に対して言及した後で達也は冷たい声を意識して語り始める。
「……壬生先輩、貴方の言う平等とはなんですか?もしそれが、万人が等しく優遇される世界というものなら、そんなものは存在しない。才能も、適正も無視してできる平等な世界があるとすれば、それはあまねく全ての者が冷遇される世界になってしまう」
続く言葉は名刀のような切れ味で反魔法思想に染まった生徒たちを切り裂いていく。
「一科生も、二科生も同じ第一高校の生徒。そう考えられなかった時点で、貴女たちの言う平等という観念は破綻していたんですよ」
憐れみ、それを向けられたと感じた紗耶香が崩れ落ちそうになると、隣にいた剣道部の生徒がせめてもの抵抗にと声をあげる。
「壬生、指輪を使え!」
同胞が発した咄嗟の叫び、紗耶香は反射的にアンティナイトの指輪へサイオンを通した。即座に周囲に広がる不可聴域の騒音、アンティナイトを用いた際に生じるキャストジャミングのノイズ。
深雪や達也にとって、サイオン波のノイズは力づくで突破可能なものだったが、強力な領域干渉による除去を行えば、レオの硬化魔法やエリカの刻印術式を阻害しかねない。テロリストたちの前で無防備になるのはリスクが大きい。達也は深雪の肩に手を置き静かに告げる。
「──深雪、此処までだ」
「──はい、お兄様。しかし、よろしいのですか?」
深雪が達也に伺いを立てているとき、剣道部のメンバーたちは散り散りとなって此の場から離脱していった。エリカやレオが追撃に駆け出そうとするも、達也がそれを止める。
「
急な達也の制止を受け、レオとエリカは律儀に立ち止まったが少々不満そうに顔を顰めた。
「此処は無理してでも追いかけるところじゃないかな、達也くん?」
「ああ、すぐに捕まえておかねぇと何をしでかすか──」
「落ち着け、彼らの目的は機密情報の奪取だった。それが阻止された以上、撤退を最優先するだろう。此処で追い込み過ぎて無謀な真似に走られる方が周囲にとっても危険だ。キャストジャミング下で爆発物など使われれば目も当てられない」
達也の正論を聞き、二人はなんとも言えない顔で口ごもってしまう。やがて、観念したエリカは悔しそうに眼を瞑った後、達也の意見に首肯しながらもイデア上から逃走者たちの足取りを観測し始めた。
「……分かった、確かに下手な真似されたら校内の被害が増えるもんね。でも、アイツらが何処に逃げたのか、アジトくらいは探っておくから」
「ああ、それについては願ってもない。後で情報提供を頼む」
達也はエリカの不満そうな声に応じながらも、これで校内の騒ぎは収まったと確信を抱く。事実、実験棟での衝突を契機に校内各所での戦闘や破壊活動は沈静化していき、ブランシュのテロリストたちによる襲撃事件は収束の流れと相成った。
第一高校の生徒たちの活躍と奮闘により校内の騒乱は無事に解決したわけだが、それを皮切りとして新たなトラブルと介入者が盤面に姿を現した。
校内の戦況が落ち着き、テロリストやエガリテの影響を受けていた生徒たちはほぼ全員が捕らえられた。敵の散発的となった抵抗も弱まり、既に事態は収拾の段階にある。多くの生徒たちが安堵により胸を撫で下ろし始めていた裏で、なお状況が悪化する可能性や不測の場合に備えて生徒会、風紀委員、部活連の三巨頭が人気のなくなった講堂に集まっていた。
現況を正確に把握しようと七草真由美と渡辺摩利、十文字克人が各組織の人員から上げられている報告を纏めていた所、なんの前触れもなく十文字克人の個人端末へ着信が入る。
校内の備品である部活連所持の無線や修学用端末ではなく、十文字克人が
彼が持つ端末の画面に映ったのは、絶世という形容も及ばぬほどの美しい相貌をした少女。第四魔法科高校の学者の白衣をモチーフとした純白の制服。人知及ばぬ域にある可憐さと彼女を表す名と相まって、その美貌を克人は“白百合のようだ”と感じ取った。
彼女こそは日本の魔法師界隈で名を馳せる才女。
世界屈指の技量を誇る精神干渉魔法の
十師族、四葉家の子女である“四葉百合香”。彼女は十文字家にとって大恩ある相手であり、克人個人にとっても様々な想いや私情などを挟んでしまう存在でもあった。
巌を思わせるほどに屈強な十文字克人の心を刹那の裡に弛緩させ、複雑な心境にさせる少女は眩しさまで覚えてしまうほど柔和な微笑みで朗らかに声色を編んだ。
『ごきげんよう、克人さん。お久しぶりですね──』
「ああ、つい二週間ほど前の魔法師協会での懇親会以来だな。……四高の制服か、あらためて見るのは初めてになるが、よく似合っていると思う」
彼なりに褒めているのだろうが、実に平坦で、高校生らしからぬ重々しい口調。まるで業務連絡や動物の観察結果の報告めいた賛辞の言葉に対し、百合香は嬉しそうに応える。
『お褒めの言葉ありがとうございます。あら、言われてみればこうして制服姿をお見せするのはこれが最初ですね。今までは礼服や私服ばかりでしたから──』
そう言う百合香が魅せる視線の動き、首を傾げる様子、声の抑揚、コロコロと変わりゆく表情、全てが人類種というモノに向けられた魅了、あるいは支配の魔力を帯びている。常人であれば前後不覚に陥るそれを目にしながらも十文字克人の精神に揺れや浮沈は存在しなかった。
彼の平素な対応が新鮮で、まるで自分がなんてことのない小娘だと言うようで、百合香はおのずと上機嫌な心持ちになる。
クスクスと百合香は心底楽しそうに、華さえ恥じらうほどの美貌を喜色に染めて克人と談笑している。楽しそうな雰囲気で会話する二人の横、この場にいた二人の女性、真由美と摩利は聞き覚えのあり過ぎる少女の声に心臓の鼓動をイヤに大きく跳ねさせた。
『ああ、真由美さんに、摩利さんもいらっしゃったのですね。お二人ともご壮健で何よりです。お元気でしたか?』
「……え、ええ、お久しぶりですね、百合香さん。先月の父が開催した若手魔法師の懇親会では妹たちに良くしていただいて本当にありがとう」
「──こちらは君が千葉の道場にいたころ以来だから半年ぶりくらいになるか、な。そちらも健勝なようで喜ばしいよ」
真由美も摩利も“四葉百合香”という少女と面識がある。真由美は他家との交流を行う社交の場で、摩利は千葉家の道場において、絶世にして魔性の女たる百合香と遭遇していたのだ。
どちらも百合香という少女の性格を多少なりとも知るがゆえ、この状況で百合香から連絡が来たという事に悪寒を覚えた。真由美は過剰なまでの警戒心から、摩利は心の奥底に秘めた苦手意識から。
二人が百合香に対して抱く別ベクトルの印象がこの時に限り、正鵠を射ていた。
『ああ、そうでした。肝心の内容を聞きそびれてしまうところでした。一つ、お聞きしたいのですが、もう“第一高校での騒ぎ”は収まりが着いた頃でしょうか?確か、ブランシュの勢力に校内で狼藉を働かれているそうですね』
「何故──」
「なんで、それを──!?」
百合香の口から平然と語られた内容に摩利と真由美は揃って驚きの声と共に立ち上がった。
ゾッと二人の背筋に畏怖とも、恐怖とも明言できぬ異質な戦慄が奔る。何故、遠く離れた静岡の地から正確に第一高校の現状を知ることができたのか。戦慄と驚愕、交渉や情報交換で晒してはいけない類いの感情を真由美たちは思わず表に出してしまう。
しかし、百合香の言動に対して十文字克人の反応は不動そのもの。先の会話の延長とでもいうのか、殊更に特別な反応を見せず落ち着いた態度で返答する。
「──事態は沈静化しているところだ。校内の襲撃したテロリストの大半は確保し終え、抵抗も局所的なものになっている。図書館などの重要施設の防衛に成功した以上、相手の主要な目的は挫いたものと予測する。油断するわけではないが、相手は既に戦闘行動の限界に達していると見ていいだろう。第一高校での趨勢は決した」
質実剛健というのか、誇張も、脚色もなく事実をそのまま言葉とした十文字克人の立ち振る舞いに真由美たちも精神的な平静を取り戻す。
だが、二人の平常心の回復から間髪入れず、百合香は魅入れてしまうほど奇怪で、呑み込まれそうな引力を称えた表情で──。
十文字克人だけに向けて微笑みを見せる。
『ああ、それは良かった。これでようやく、今後の話を進めることができますね?』
そう言って嗤う彼女は、冒涜的な
作者の励み、執筆の原動力になるため、良ければ感想やここすき評価などお願いします。