第四魔法科高校の優等生   作:悪事

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 入学編について原作でツッコまれなかった部分への追及が存在します。 
 主人公を陰謀家にした弊害というか、妙に天然や損得勘定に疎い快男児に弱い少女像になってしまった感。
 


入学編【12】

 

 学内の襲撃が沈静化し一応の区切りがついたと安堵していたのも束の間。次の波乱が姿を現す。予想外の人物からの連絡、風雲急を告げる報せ。

 

 それを齎した一人の可憐な少女は、画面の中で見蕩れ、慄いてしまいそうなほど美しく艶やかに微笑み第一高校の三人に語り掛けた。

 

“ああ、それは良かった。これでようやく、今後の話を進めることができますね?”

 

 

 第四魔法科高校に在籍しているはずの四葉百合香からの不意の連絡。彼女は“第一高校の今後の話について語ろう”と切り出している。

 

 しかし、話を振られた側からすれば、なぜ今回の、第一高校内の一件を知っているのか、と言う至極当然の疑問が脳内に満ちていた。

 

 

 摩利と真由美、二人の脊髄へ不安から来る寒気が這い上がってくる。身近にいる後輩、司波深雪の魔法力の暴走による物理的な気温低下と異種の心理的な怖気による冷感。触覚ではなく、本能を瓦解させるような寒気は余りにも漠然として絶対的な代物だった。

 

 その一方で、一切の物怖じもなく十文字克人はまず解消しておくべき疑問点から追及を始める。

 

「少し待ってもらいたい。今回の一件、なぜ既に君の耳に入っているのか、差し支えなければ聞いてもよいだろうか?四葉家独自の情報網によって得たというなら、答えずとも良いが」

 

『別に隠すことでもありませんが……ええ、そうでした。申し訳ありません。言われてみれば当然の事、急に連絡して訳知り顔で話してしまうなんて怪し過ぎますね。つい、急ぎの要件だったもので本題から入ってしまいました。こちらの不調法、ご容赦ください』

 

 威厳と気品を持ち合わせた絶世ともいうべき美少女が目礼する光景に摩利は思わず、反射的に頭を垂れそうになるのをどうにか堪えた。隣にいる十文字克人、七草真由美は泰然としたまま、頷くだけで百合香の謝罪に応じる。こういう姿を目にして摩利は十師族という家系が持つ薫陶の重みを再確認したのだが、その思考は百合香の発言によって寸断された。

 

『つい先日、わたくしもブランシュの配下たちからの襲撃に遭い、迷惑を被っていまして。静岡の邸宅に不届き者が数名ほど侵入し、騒ぎ立ててきたのです。まったく銃火器で武装をしてまで一介の学生の家に忍び込もうなんて滑稽な事と思いませんか?』

 

 一介の学生、と百合香が謙遜するように語ったところで摩利と真由美の顔は引きつっていたことだろう。確かに四葉百合香は名目上、ただの一般市民であり、まだ魔法師として活動するのに必要な免許等を持ち合わせていない魔法科高校の一年生だ。

 

 しかし、畏怖と恐怖で彩られた魔法師の名門、四葉家。その次代候補と謳われる精神干渉系魔法の天才、四葉百合香が自身を“一介の学生”などと嘯くのは、もはや冗談としても機能しない。案の定、真由美と摩利は百合香が無事であることに疑いさえ抱かない。

 

 だが、律儀というか、天然というか、ただ一人。この場にいた偉丈夫は年下の少女の身を案じて表情を険しいものとする。

 

「ブランシュの襲撃……百合香さん、そちらで怪我、被害などは?」

 

『──ふふ、ご心配ありがとうございます。幸いなことにこちら側に被害はありませんでした。当家の使用人たちが迅速に対処してくれましたから』

 

 摩利と真由美は、“まぁ、そうでしょうとも”くらいの冷めた無表情で佇んでいる。二人とも、百合香がただの箱入りお嬢様でないことはイヤというほどに分からされている。自然、百合香への心配は無用だと感じていた。

 

 この場合、十文字克人が心配し過ぎた、という形になるのだろう。

 

 

「そうでしたか、良かった。御無事でなによりです」

 

 十文字克人が本気でホッとしている隙に摩利が自然な勢いで会話へと介入する。

 

「横からすまないが、君の襲撃の件と当校の一件がどのように関連してくるのか、そこらへんの要点について教えてもらいたい」

 

『……二週間ほど前に襲撃者から引き出した情報です。捕らえた数名が“こころよく”第一魔法科高校の件について口を開いてくださいました。第一高校の襲撃日時、参加人数、侵入経路、どのような武装で、どういった優先順位を持っているのか』

 

 そこまで情報を掴んでいたのに、と真由美は立ち上がって──。

 

「どうして掴んでいた情報を事前に共有して頂けなかったのですか?今回の一件は未成年の学生が関与していました。せめてもっと早く教えていただければ──」

 

『……今回の件、共有が遅れたのはわたくしの落ち度です。手にした情報の精査、事実確認に思いがけず時間を掛けてしまいました。わたくしの私宅襲撃と第一高校の襲撃。この二件の動きに何かしらの共通項がないか、相手側の思惑を見落とさぬよう慎重に動いていた所為で連絡が遅れてしまいました。こちらの不手際、その点につきましては謝罪をさせていただきます』

 

 百合香はそこで表情を申し訳なさそうに曇らせて、波乱の渦中にいた真由美たちへ謝罪を述べた。真由美は、おそらく自分と父と同様に陰謀家肌な百合香の言動の裏や矛盾点などを考えていたが、会話の流れが膠着するのを厭って十文字克人が現状の空気を切り替えるために口を開いた。

 

「真由美、確かに情報共有ができなかったことは痛手ではあるが、彼女の側にも調べるべきこと、詰めるべき点があったのだろう。こちら側の都合ばかりを突き付けるわけにもいくまい」

 

「──ええ、十文字くんの言う通りね……百合香さん、こちらの都合ばかり言い募って、申し訳ありません」

 

 

「私も自分の都合だけで考えてしまい、すまなかった…………だが、よりにもよって、このタイミングで情報を報せに来るのはどうなんだ?こちらの襲撃が収まった時間に、遠く離れた静岡の地、第四高校から連絡が来たんだぞ?なにか企てている、もしくは謀り事があると思われても仕方ないとなりそうなものを。なぜ、こうもギリギリまで情報の開示を渋ったりしたんだ。そこが私にはさっぱりわからん」

 

 謝罪してからも憮然と腕を組んで詰問さながらに己の意見を真っすぐに伝える摩利を見て、画面の中の百合香は困ったような、それでいて可笑しそうな微笑を浮かべている。

 

 

『まず、はっきりさせておきたいのですが、第一高校内でブランシュに属する人員について皆さんは何処まで知っているのですか?この点が解消されないことには、相互の理解や情報の共有は難しいかと』

 

 百合香の不審な、というか違和感ある態度に引っ掛かりはしたものの真由美は、話し合いが円滑に回ることを優先し、学内の情報を明かすことにした。ただし、敵対したとはいえ本校生徒たちのことも考え、個人情報などはなるべくぼかそうと言葉を選ぶ。

 

 四葉直系の人間に個人として認識されるというリスクを危惧した真由美の判断は、第一高校の生徒を守る生徒会長としては正しい判断と言えた。“十師族の一員として”、となるとまた話は変わってくるが。

 

「……ブランシュの反魔法思想に傾倒しやすい二科生をはじめ、ブランシュの下部組織であるエガリテの思想汚染を非魔法系クラブの“剣道部”などが受けていました。その生徒たちが襲撃者たちの手引きなどをしていたのは、残念ながら確かです。ですが、彼らはテロリストたちに騙されていただけで──」

 

『剣道部、というと。主将の司甲(つかさきのえ)さんが音頭を取っていたのですか?』

 

 さらり、と第一高校の生徒名を出したことに真由美たちは目を見開いて、百合香の様子を伺った。摩利はおそるおそる百合香へ尋ねる。

 

「どうしてアイツの名前を知っている……?」

 

『何故と問われますか?……これも襲撃者たちから聞いていたのですよ。彼らの統率者について。確か、名前は“司(はじめ)”。こちらの調べたところによると、剣道部主将さんのお兄さんだと伺っていますね。ちなみに襲撃者の方々は、杜撰なマインドコントロールを受けた痕跡が見受けられました』

 

「──洗脳工作(マインドコントロール)。なるほど、剣道部の者たちから内部告発や離反が出なかったからくりはそういうことか」

 

 いくら思想を共有しているとはいえ、普通の学生が流血沙汰さえありえる武力蜂起をしようとすれば数名ほどはそれを未然に防ごうと情報を流すくらいの離反をしてもおかしくない。平和に慣れ切った者と身の丈に合わぬほどの立派な大義を持つ者からすれば暴力とは無条件に嫌悪の対象、忌避すべき手段である

 

 学生らの離反が起こらなかったという事は、相当に強い信頼関係でもあるか、思考レベルで離反できなくさせられているかの二つに一つ。

 

 十文字克人が重々しく頷いている横で、真由美と摩利は自分たちの背筋に冷や汗が流れているのを自覚する。百合香の何気なく零した内容は、当校の生徒の兄がブランシュのトップだったという初耳の情報を出されたからだ。

 

 自宅を襲撃した者たちの首魁が第一高校の親族に存在し、相手は洗脳などの非正規工作で襲撃者などの実働要員を確保している可能性有り。

 

 摩利は思わず、強く目をつぶって額に手を当てる。

 

 これでは、百合香が第一高校との情報共有に二の足を踏むのも当然だと納得さえしてしまった。第一高校でどの程度の人間が洗脳を受けているのか分からない以上、連絡をした人間の傍に洗脳されたテロリストでもいたら目も当てられない。

 

 事態が収まってから連絡を取るというのも実に堅実、順当とさえ言えるだろう。こちらを信用する材料がない以上、安全が確保されてからコンタクトを取るのは道理でもあった。

 

 いや、よくよく思案すれば、百合香が何故、第一高校の混乱が収まった時間帯を的確に知ることができたのかという不審な点もあるにはある。けれど、摩利と真由美はその点を追求しようとする意志が挫かれていた。

 

 事、此処に至るまで四葉百合香への警戒を見透かされ、疑念は情報不足によって裏目と出ている。この期に及んで無用な追及をしようものなら、自分たちの立場を悪くするだけなのではないか、と考え込むほどに。

 

 

 摩利は不意に最悪のケース、百合香が日本魔法師界を裏切っている場合を想像してみる。

 

 突拍子もない考えだが百合香がブランシュに襲撃されたのは狂言で、彼女こそ第一高校にブランシュを使嗾した首謀者だとすれば、ブランシュが劣勢になったのをリアルタイムで知ることができるかもしれない。だが、それをするメリットも、動機も、理由もない。摩利は即座にその考えを振り払う。

 

 稀代の精神干渉魔法師、当代最高峰の術者たる百合香からすれば、武力行使などする必要もない。何よりも強く摩利が感じたのは“四葉百合香という少女なら、もっと上手くやるであろうという歪んだ信用”だった。彼女なら他者に気づかれることなく、既に第一高校を手中にしているはず。

 

 摩利の内心の苦手意識から来る奇妙な信用を余所に百合香が三巨頭たちへある話題を切り出した。

 

『そうそう、今日克人さんへご連絡してお伝えしようとした本題があるのです。いけませんね、こうして大事なお話をするのが後回しになってしまうなんて』

 

 百合香の言い回しに摩利と真由美は微妙な苦笑ともつかぬ表情を取った。

 

 迂遠に皮肉られているのか、百合香の天然発言なのか判断がつかない以上、漠然とした気分となり反発心も抵抗感も湧いてこない。実際、十文字克人は発言の意図を聞き返すことなく何食わぬ顔で会話を続行する。

 

「本題……そういえば君は最初に“今後”について話そうとしていたか。して、それはどのような?」

 

『はい、当家に干渉し第一高校を騒がせた賊徒、ブランシュへの対応についてです。率直に申しますが、彼らの処遇は当家が預かります。こちらの調査で彼らのアジトは既に把握済みで、あとはわたくしが指示を下すだけとなっています。どうかご安心くださいませ。皆さんの頭を悩ませた無頼の輩はこちらが処分しておきます。後始末は、わたくし共にお任せを──』

 

 

 百合香の見せた微笑みは、恐ろしいほどに可憐でありながら苛烈な冷酷さを秘めていた。いいや、彼女からすれば、それは冷酷というには値しないものだったのかもしれない。けれど十師族でない、渡辺家の傍流に生まれた渡辺摩利からすれば、それは見蕩れ、怖気づいてしまうほどに冷酷さを称えた美しい笑顔だった。

 

 僅かな逡巡の後、真由美は血相を変えて百合香へ語りかけた。

 

「待ってくださいっ。現在、第一高校から逃走した襲撃犯たちの中には当校の生徒たちも含まれています!ブランシュの勢力を制圧するというのなら、せめて当校の生徒たちの安全が確保されてから──」

 

『そうして、反魔法思想を掲げるテロリストたちを逃がす猶予を与えろ、と言うつもりですの?未成年であろうと彼らがテロ行為に加担したのは事実。自らの犯した愚行の代償は己に返ってくるものでしょう』

 

 画面に映る少女の瞳に桜色の輝きが灯る。じわり、と心に滲む畏敬と理屈に依らぬ不可思議な好意。百合香は十師族としての責務を果たそうとしているだけ、そこに不義や悪意はない。彼女の天秤に定められた正義と秩序の下に責務を果たそうとしているだけだった。

 

 急に抵抗感が消えた七草真由美にはどうやっても反論が出てこない。十師族、七草家の長女として生まれ、日本魔法師界のために自分たちが何を選ぶべきなのかを彼女は幼き頃より学んできた。

 

 今回の事例で言えば、正しさは百合香にあり、自分が口にしようとしているのは生徒会長としての立場から来る自身のエゴ。第一高校の生徒だから、テロ行為に加担したとしても見逃してくれ、なんて身勝手なことは口に出せない。

 

 だけど、四葉が行う“処分”というのが穏当であるはずがない。どうすればいいのかと、顔色を蒼白にしてところで百合香は自身の三つ編みに軽く触れ、ブランシュ制圧の詳細を説明し始めた。

 

『ブランシュのアジトを強襲する戦闘に長けた魔法師を一名、こちらから派遣してあります。本人たっての希望であったことと“あれ”はこういう荒事に向いていますので。紅茶の腕はまったく上達しない粗忽者なのが玉に瑕かしら』

 

 彼女が言う戦闘に長けた魔法師、と聞いて摩利の顔から血の気が引く。千葉の道場へ主人と共に訪れた戦闘特化の魔法師。戦うためだけの魔法を極限まで鍛え上げた四葉百合香の最側近。百合香の傍に侍ることを許された唯一の執事。

 

「まさか……“幽雫宗冬”か!?彼が既に動いているというのか!」

 

『はい、宗冬の戦力でしたら、ブランシュの者どもを取りこぼす不手際は在り得ませんから。そういう意味では誰よりも適任です。でも、戦力的に十分だからと一人で行かせたのは間違いだったかもしれませんね。だって、あれはいつだってやり過ぎてしまいますもの──』

 

「摩利……その、幽雫宗冬って人は何者なの?」

 

「以前、百合香と共に千葉家の道場に通っていた男で、今はたしか第四高校の一年生。百合香の傍付きの執事であり、実戦に特化した魔法師だ。……こと正面からの戦闘ともなれば私では太刀打ちできないほどで積み重ねた戦闘経験は尋常ではない」

 

 自身の執事を大げさに評され、くすくすと含み笑いをする百合香に摩利と真由美はあまりに危機的な状況にゾッと息を呑む。ブランシュの掃討戦に生徒たちが巻き込まれでもすれば、と最悪の事態だけが脳裏で展開されていく。

 

 

「……百合香さん、ブランシュ制圧について指示を下すのはもう少し、どうか少しだけ待っていただけませんか。せめて、テロリストたちから当校の生徒たちを……」

 

 助けに行くまで、と口にしそうになって真由美は黙り込む。生徒会長である自分が、今、沈静化したとはいえ校内を空けるわけにはいかないことを重々承知している。摩利も風紀委員長としての立場が行動を阻害している。それで言うと十文字克人も同様の条件下。

 

 

 真由美たちが頭を抱えて悩むのを面白がって眺めていると、百合香を真っすぐ貫く視線が注がれた。十文字克人の強烈な眼光に見つめられ、百合香は首を傾げあどけない顔で軽口を叩いてみる。

 

『うふふ、そこまで深刻に捉えずともよろしいではありませんか。ブランシュの襲撃を当家が行うと言っても未成年者を殺してしまうほどわたくしの執事も愚かではありません。抵抗されようときちんと無力化して拘束する程度の分別は持ち合わせています』

 

「しかし……事が荒立てば、生徒たちの処遇は悪化していき、最悪の場合は退学という事も考えられませんか?」

 

 

 おや、と百合香は真由美の発言に内心で疑問符を浮かべた。

 

 “退学”が最悪のケース?

 

 テロリストに協力し、マインドコントロールを受けている者を復学させることの方が最悪のケースではないかとも考えたが、第一高校のことに無関心な百合香は真由美の発言に返答するでもなく小さく肩を竦めた。

 

 百合香の挙動を介入に対する強い意志と誤認した十文字克人は重々しく低い声で百合香へ告げる。

 

 

「……百合香さん、この一件について誠に不躾だとは思いますが──。どうか、退いて頂きたい。本件は第一高校の領分であり、その解決は私どもが為すべきだと存じ上げる」

 

 厳竣とした克人の態度に百合香は自分の頬を撫でて少し眉を顰める。

 

『学生の領分ではないと思われますが?』

 

「おっしゃる通りではあります。学外のことなら通常は警察にでも任せるべきだ。だが、それでブランシュに騙された生徒らが強盗未遂、器物破損などで家裁送りとなるのはこちらとしても避けたいところです。百合香さんも警察の介入前に事態を鎮圧したいご様子と見受けましたが?」

 

『別に警察がきちんとブランシュを再起不能にしてくれるというなら問題はありませんが、まず間違いなくそうはならないでしょう?彼らは自分たちこそ被害者だとアピールし、魔法師に対して隔意のある弁護士に警察と言い争わせて世論を混ぜ返している間に国外にでも逃げ出そうとするはず。確実にブランシュを仕留められる好機を逃したくはありませんね』

 

 淑やかに髪を撫でつける百合香を止める正当性を真由美たちは持ち合わせていなかった。ゆえに打開策は自然、正当性に欠けた無茶な強硬案となる。

 

 

「確実と申されるか。ならば、ブランシュへの対応は俺が行っても問題はないでしょう」

 

「十文字くん、まさかブランシュのアジトへ乗り込む気……?」

 

「危険だ、学生の分を越えているぞ!」

 

「必要なことだ。当校の生徒たちの身の安全と今後のことを慮れば、十師族であり、第一高校の人間である俺が行くことが最善だと心得る。なにより、学内の差別について傍観していただけの責任を取らねばなるまい」

 

 十文字克人の言い分を聞いても百合香は表情を変えることはない。

 

『克人さんが行くことが最善、なるほどブランシュの思想汚染を受けた生徒を助けるなら、その言い分もある程度は理解できます。……でも、それに何の意味があるというのですか?』

 

「え……」

 

「は……」

 

 摩利と真由美は呆然と口を開き、理解の及ばなかった百合香の発言に思考を縫い留められる。案山子となった二人に見向きもせず、百合香は十師族としての理屈を講じていく。

 

『テロリストに騙され、唆された生徒たちを自らの手で救う。なんて感動的で立派な行為でしょう。人間的には克人さんの行動は正しくて、わたくしの取る手段は誰がどう言おうと間違っている。そう言われても仕方ありません』

 

 少し寂し気に目を伏せた百合香に渡辺摩利は思わず“そんなことはない”と慰めの言葉を“何故か”かけそうになる。幸いなことに摩利のピントのブレた思考が言葉になるより先に百合香が話を続けた。

 

 

『わたくしが間違っていることを前提の上でお聞きください。……ねぇ、皆さん。わざわざ手間暇をかけて“落伍者”を救うことに何か意味があるとでも?』

 

 百合香の無慈悲な発言を前にして真由美が悔し気な声をあげる。

 

「“落伍者”……っ。彼、彼女たちは当校の生徒です。確かにブランシュの教唆によって過ちを犯してしまったけど、そんな、そんな呼び方をしていいはずが!」

 

『魔法科高校では毎年、事故で魔法技能を失い退学する者が1割から2割ほど存在しますね。これは第一高校だけでなく他の八校とて一切の例外はありません。懸命に努力をしようと“魔法”というあやふやで曖昧な存在を疑い、信じられなくなる者は常に一定数存在します。そんな方々が退学しようとするとき、貴女は全員を残らず助けようとするのですか?』

 

「それは……」

 

『なんの瑕疵もないのに退学してしまう者たちがいる中で、明確な過ちと魔法科高校で学ぶ資格を手放した者たちを退学させないように動く、というのは公平ではありませんね』

 

 

 公平という単語を無関心に口ずさむ百合香へ摩利が思わず声をあげる。

 

「聞いてくれ、百合香。ブランシュに騙された者たちは魔法技能を喪失したわけではない。そんな彼らが退学となり積み上げた研鑽や学びを無為にしてしまうというのは、あまりに惜しい損失だ。ブランシュに利用された彼らが退学するよりも、今後の行いを以て償っていく方が健全であると私は考える……」

 

 摩利の、納得を得ようとする言い分に対し百合香は何処までも優雅に答えてみせた。

 

『もしもブランシュの襲撃で死傷者が出ていた際、摩利さんは同じ意見を心の底から口にすることができましたか?』

 

 

 百合香の下す最善の決断と、真由美たちの思う最善の結果は両立しない。少なくとも真由美たちはブランシュに利用された生徒たちを救うことを前提とし、百合香は生徒たちの今後を前提から排している。

 

 真由美と摩利が百合香に対し、険悪さを露わにしようとする直前で克人は重厚な声音でこの場を平定した。

 

 

「双方、そこまでだ。此処で議論することに時間を掛けてどうする。重要なのはただ一つ。この一件、四葉家主導のモノとするか、第一高校側で解決するかだろう。百合香さん、四葉家側の意見としては如何に?」

 

『わたくしとしては早期に解決できるのならブランシュを制圧する者が誰であろうと構いません。まぁ、静岡から東京まで無駄足を踏むことになる宗冬は気の毒に思いますけれど』

 

 百合香は気の毒とは思っていなさそうな含み笑いを零し、主導権について拘りがないことを明かした。しかし、真由美たちは実際に動くことのリスクを鑑み、解決を第一高校側が行うとは宣言できていないようで──。

 

 代わりに十文字克人は高らかに宣言する。

 

「決まりだな。ならば、この一件は第一高校側で対応させていただく。ブランシュの残党らを制圧し、騙されていた生徒らを救い出す」

 

「十文字くん……」

 

『お待ちください。克人さんたちが動くことに不満はありませんが、一つお約束していただきたいことがございます』

 

「聞きましょう」

 

「おいおい、条件だと?ブランシュの構成員、いやトップの人間を引き渡せ、とでもいうつもりじゃないだろうな」

 

 すっかりやさぐれた対応を取る摩利へ百合香はあくまで穏やかに爆弾を放り投げた。

 

『いえ、そうではなく。ブランシュの制圧は今日中に行っていただきたいのです』

 

 

「な、今日中ですって!?そんなの性急すぎるわっ」

 

『これはブランシュの件を第一高校側にお任せする最低条件です。というよりも、悠長に作戦を練って明日、明後日になれば、彼らは姿を晦まして何処かへ逃げおおせるでしょう。もしも、今日中に動くことができないというなら対応はこちらでしなくてはなりません』

 

「だが、あまりに時間が少なすぎる……。こちらは敵の拠点すら掴めていないのに今日中に敵を探し出して武装した連中を制圧するなど現実的ではないぞ」

 

「承知した。本日中にブランシュを制圧する」

 

「おい、十文字!?」

 

「十文字くん、そんないくらなんでも……」

 

「時間を置くほど敵に逃げられるリスクは増え、生徒たちが無事でいる可能性は減っていく。早期決着とはこちらとしても望ましい」

 

「その通りだが、我々はブランシュのアジトを探るため奴らの逃走ルートを調べるところから始めなくてはならないんだぞ?その調査にどれだけ時間を要するか……」

 

 摩利や真由美の考え方に十文字克人は違和感を覚えた。情報の取得について、真っ先に考えるべき案が除外されていることに。だが、口数の少ない彼はそのことを敢えて指摘せず、あっさりと言い放った。

 

「──その必要もない。情報ならば既に知る者に聞けばいいからな」

 

 十文字克人は四葉百合香と向き合い、交渉とも呼べない直球なやり取りを始める。

 

「ブランシュのアジト、そして構成員やマインドコントロールについて知っていることを教えていただきたい」

 

『あら、此処に来てわたくしの情報を頼りにすると?』

 

「ええ」

 

 端的ながら断固とした意志の声。百合香は嬉しそうに画面越しの十文字克人へ微笑んでみせる。この巌のような、屈強な殿方をどうすれば困らせられるのか。それを楽しそうに思い描こうとして、さすがに自重する。

 

 ただ、言われるがまま唯々諾々と情報提供するのもどうかと思ったので──。

 

『別に此処で情報を出し渋りはしませんが克人さんの願いを聞き届けたとして、わたくしにどんなメリットが?』

 

 真由美と摩利が眉を顰めるのを余所に十文字は極めて穏やかな様子で口元を綻ばせて、交渉事では無条件降伏と同様の“白紙手形”を百合香へと投げ渡す。

 

「一つ、貸しにしていただきたい」

 

「それはちょっと……十文字くん本当にいいの?」

 

「間違いなく、ろくな目には合わないと思うが?」

 

「構わん、今は何より時間が惜しい。それに彼女もそう無体なことは言わんだろう」

 

「この状況でそう言い切れるお前は間違いなく大物だよ……わかった、私もその貸しに乗った!」

 

 

 渡辺摩利のキッパリとした精悍な発言を受け、真由美は頭痛を堪えるように額へ手を当てた。そんな態度とは裏腹に真由美の口元は静かに綻んでいたわけだが。

 

「摩利までまったく、もう。それなら──百合香さん。今の話、私も一枚嚙ませてもらいましょう。これは本校の問題、第一高校の生徒会長である私が引き受けるのが道理というものですから」

 

 三巨頭各々の宣言。対して、百合香は桜色の眼光を灯したまま声を発そうとしない。

 

 

 

 一分ほどの短くも、当事者たちにとっては長すぎる沈黙。その沈黙は小さなため息の音で中断された。

 

『仕方がありませんね、集めたブランシュの情報をそちらの端末へ送ります』

 

「ありがたい。君の協力に感謝する。貸しの件についてだが」

 

『それについては別にどうとでも。でも、一つ聞いておきたいことが』

 

 貸しに対して詳細な部分に拘泥しない百合香を意外そうに見た真由美、摩利をおいて克人は鷹揚に頷いた。

 

「なんなりと」

 

『同じ学校にいたというだけの繋がりで貴方はテロリストたちと一戦交えようとする。それは不合理と言わざるを得ません。ゆえに聞いておきたいのです。ああ、十師族としてではありませんよ。あくまでわたくし個人として──』

 

「……」

 

『魔法科高校の三年間は“素晴らしい”ものでしたか?』

 

 微笑みながら真摯に言葉を紡ぐ百合香へ克人は優しく笑みを浮かべると──。

 

 

「俺もまだ第一高校の三年間を全うしたわけではない。だが、答えは確かに俺の中にある」

 

『でしたら』

 

「しかし、今の君に話すわけにはいかない。これは俺の実感であって君の求めるものではないからだ。ただ、此処で動く理由について敢えて言うならば」

 

『どのような理由が?』

 

 

「俺も三年生だからな、後輩たちに情けない所は見せられん」

 

 端的な、装飾を全て取り払った無骨極まる十文字克人の口上に百合香は小さな子供めいた笑い声をあげた。しばらくして笑い終えた百合香は椅子に座り直して居住まいを正す。これからブランシュと対峙する彼らへの激励の言葉を送るために。

 

 

『それでは皆さんどうかご武運を。貸しについては期待しておきますね』

 

 

 丁寧に“貸し”の部分に触れつつも百合香はパタパタと手を振ってヴィジホンの通話が切れる。講堂に下りた静寂、真由美も、摩利もとんだ借りが出来てしまったと考えつつも後悔はなかった。

 

 後輩のため、自分たちは動くべきだと自然にそう思うことができたのだから。

 

 

 




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