魔法師の家系は一般家庭にはない特殊な仕来たりや儀礼などを持つ場合がある。
元々、魔法師が陰陽術や錬金術、超能力、神通力、エクソシズムといったオカルト的なモノから派生した存在ゆえだろう。
代々続いた古式魔法の家系はそれが特に顕著で、食事、睡眠、日常生活にも様々な儀式の要素を生活に組み込んでいる。こういったものは大半が文化保全的な意味合いを含んでいるが、意外なことに実際の魔法力にも関連してくる。
まず大前提として、魔法は術者のメンタルに大きく左右されるものだ。特殊な祭儀、掟と制限、自身に課した日常的な動作、こうしたルーチンを継続することがプラシーボ効果、自己暗示として作用するのがありえるため、宗教的な儀礼の類いは現代魔法師の家系も努めていることも少なくない。
さすがに恒常的に儀式などを行うのは古式魔法師の家でも限られてくるが──。
十師族でも一、二を争う実力と影響力を有する家系、“四葉”。
四葉家には他家にはない独特の制度として、分家制度というものがある。四葉の苗字を持たずして四葉の一翼を担う八つの分家。そこから四葉の苗字を名乗れるのは、一族の中でも選りすぐりの実力者と一族の長である当主のみ。
とはいえ分家制度は別段、本家との差別化が目的ではなく、諜報、隠密活動に於いて“四葉”の知名度が邪魔になるという実利的な面もあってのこと。
他に若年層を特殊な仕事、
これは四葉真夜の報復として大漢を殲滅した際、四葉元造をはじめとした一族の有力な魔法師たちが失われたことに由来する。今現在、四葉家は勢力的に言えば“弱体化”していると言っていい。
司波達也、真柴百合香といった一部の質は先代よりも飛びぬけて向上したが、一人、二人の例外的な特別性を有する者がいるより、ある程度優秀なくらいの者が百名いる方が組織を回すうえでは都合がいいのだ。
四葉は十師族の中でも勢力的に見れば、他家より規模は小さい。七草家や一条家などにも魔法師の頭数で大きく水をあけられていた。しかし、実力は十師族随一。一人一人の実力と質、特殊な先天的魔法技能などで他家からも一目置かれている。
そんな四葉家では近年、新たに特殊な儀式ともいうべき魔法処置が取り行われるようになった。
四葉に属する個々人の性能を大きく底上げする通過儀礼。真柴百合香が一族の者たちにその卓抜の才を周知することになった最初の功績。
解析能力において最高位の異能、
元は、司波達也のみが先天的に有しているものだったが、六歳の時、百合香が後天的に
卓越した精神干渉魔法師が分析系最高位の異能である
実験が成功してからというもの、百合香は当主である真夜や師である深夜をはじめ一族の者たちに
このような重要な役割を当時六歳の百合香一人に任せるのは一族内でも問題視されていたが、やむを得ない事情があったのである。
そのため
仕方がないとはいえ、百合香一人に負担が集中してしまう歪な形態。深夜のように過剰な負担を掛けて、彼女の魔法師生命を潰すことは分家や本家の人間も望まぬところ。
けれど、
では、どう問題解決をするかというと──。
結果として、
四月三十日、真柴百合香が十歳となる記念すべき誕生日。真柴家では彼女を祝うためのあらゆる趣向が凝らされた誕生会が開かれていた。そこには四葉でも高位の使用人たちや様々な任務で日々、忙殺されているはずの分家の当主陣が数人ほど出席している。
さすがに分家の当主全員が揃うことはスケジュール的に困難であったが、来られなかった家の代理人などが祝辞を伝えに来ているため四葉の関係者はほぼ全員が出席していた。
会場にいる出席者の中でも一際年若い、いや幼い双子の姉弟。
黒羽家当主、黒羽貢の実子である黒羽文也と黒羽亜夜子の二人は、心理的な強張りを隠そうともせずに会場のあちらこちらに視線を散らしている。
文也と亜夜子は、緊張と好奇心の間に揺らぎながら、今宵の主役にして真柴家の次期当主候補たる少女の姿を探す。
「──まだ、いらしてないのかな。いつ来るんだろう?」
「あそこ、使用人のひとたちが配膳を終えて壁際に佇んでいるわ。もうじき開会の挨拶よ、そうなればきっと会えるはず」
「うぅ、待ち遠しいなぁ。挨拶とか、噛まずに言えるかな。失礼の無いようにしないと」
「失礼って、身内の祝い事でおおげさに考え過ぎよ。私たちはただ親戚の誕生会を祝いに来たの。おおげさに作法や礼儀を見せては慇懃無礼な対応と取られてしまうから、あまり感心しないわよ?まぁ、待ち遠しいのは私としても同感なのだけれど」
二人の子供らしいと言えばその通りだが、ありていに言うと落ち着きのない素振りに保護者である黒羽貢がそっと窘めた。
「二人とも少しは落ち着きなさい。百合香さんはじきにお目見えするさ。緊張しすぎることも慌てることもない。それより此処では他の分家の方からも見られているんだ。泰然として冷静な大人であるという見栄を張りなさい。それが無理ならはったりで取り繕って偽るんだ」
「つまり嘘を吐く、ということですか。父さん」
「子供が見栄を張って大人ぶるなんて、かえって生意気な風に思われないかしら」
訝しそうな娘、息子に対し、諜報と隠密を主な任務とする黒羽家の当主は、根拠のない自信をみなぎらせて、声を潜めたまま自分の主張を熱弁するという器用な真似をやってのけた。
「何を言う。魔法師とは元来、世界に遍く広がる現実の法則を欺き、書き換え、意のままに変化させ操る者だ。たかが自分自身や他の人間を欺くなんて、世界を騙すことに比べれば些事も些事。いいかい、二人とも。この世で最も身近な魔法の奥義とは精妙巧緻な嘘と欺瞞なんだ」
おおげさな身振り手振り、会話の主題を煙に巻く立ち居振る舞い。些か芝居がかった貢の話を二人は真剣な眼で受け取り、自分たちの学びにしようとしている。周囲の分家の人々はその様子を微笑ましそうに眺めて、生温かな視線を文也と亜夜子へ注いでいた。
黒羽家の胸温まる一家団欒というべきやり取りのすぐ後、会場の雰囲気ががらりと切り替わる。それは雰囲気が変わったというよりは一種の創界、場が今宵の主役に相応しい形へと変じていく感覚。世界の情報が一新され、より上位の存在がやってくるのに相応しい舞台へと創り変えられる異様な現象。
周囲の雑談のざわめき、会場内の足音や呼吸音が静寂に吞み込まれ、“彼女”が現れるのを黙して待つ。
──その時はすぐに訪れた。
入室した少女を目して、誰もが彼女の存在感と気配に圧倒される。絶句、脳の言語中枢が麻痺でもしたのか。言葉が失われ、思考が融解していた。少女の発する気配はまさしく静寂、凪いだ水面を思わせるほどに研ぎ澄まされている。
発されるサイオンの波動は他と比べようがないほど大きいはずなのに、存在を疑いたくなるほど静かに制御されていた。それはまるで空間全体に放たれる香気、確かにあるはずなのに何処から何処までがそれなのか判別できない存在感。
威圧的なものではない。そのはずだ。だというのに文也も、亜夜子も、魔法師としての感覚が委縮してしまう。精神構造に直接、働きかけられる魔性の美。
博物館に展示された名画の前で棒立ちになる観客。一面の花畑を眺めて立ち尽くす者。極まった美貌は時として、知的生命体から思考と認識を剥奪し得る。
きっと、美というものを形どれば、あの少女、真柴百合香の像を為すだろう。
会場にいた誰もがそう納得せざるを得なかった。
三つ編みに編まれた二房の黒髪、色素の薄い虹彩は柔らかい印象を思わせる眼差しのうちで宝玉さながらに輝いている。その体躯と相貌は完璧な左右対称、名だたる芸術家が屈服するほどの造形美。少女としての聖性と未熟さを露わとしながら、本能的に知らせる美の概念。
美しい、その事象だけで世界が歪んでいく。
恐ろしいのは、まだ成長の余地があるということ。熟れ切っていない、完成してすらいない。未だ花開く前の少女としての形。肉体はいっそう美によって磨かれ、女性的な曲線や色香を備えていくはずだ。
だというのに、未完成の時点で彼女の美貌は既に隔絶の域に達している。
蕾の時点で他者の精神を魅了し尽くす美。
末恐ろしいとはこのこと。
しかし“魅惑の魔王”の本領は此処からだ。
「皆さま、ようこそおいでくださいました。わたくしが当真柴家を預かる百合香でございます」
百合香の折り目正しい一礼、つられて経験不足な若者たちが首を垂れる。何故なら、それが当たり前だと感じたゆえに。黒羽貢は辛うじて会釈するだけに留め、今宵の主役である百合香の美貌に舌を巻いた。
頭を下げた後、文也と亜夜子は感動すら覚えていた。
あれほどに美しい人が自分たちの遠縁、血族の同胞であることに。見ただけでわかる、あの方は別格。妬むことも思考の外。憧れさえ恐れ多いかもしれない。畏敬だけだ。届くのは畏敬のみ。
「この度、当家の私事である誕生会へ他家の方々にご列席していただいたこと、感謝の念に堪えません」
百合香が口ずさむ一言ごとに会場中が一喜一憂する。
鈴めいた可憐な声は甘く、脳髄に染み込んで力を抜いていく。
「わたくしが十歳となり、今日この日を迎えられたのも皆様のご厚意あってのもの。父と母への感謝に合わせ、ご列席の皆さまにも恩義を返せるよう精進を怠ることなく、研究を進めていきましょう」
これを百合香は意識すらせずにやってのける。意図を持たない無垢であるがゆえの精神干渉。誰もが百合香に支配されることを望み、それを至上の喜びとする。
「今日この日にお集まり頂いた方々のご期待に応えるべく、わたくしもいっそうの研鑽と一族への貢献に努めて参ります」
百合香にとって、
「それでは皆さま、今宵は心ばかりの支度ではございますが、ごゆるりと会食、ご歓談をお楽しみください」
百合香が一歩引いて、近くの席に着座すると周囲の人間が続々と少女の元へ詰め寄ろうとする。幸いなことにある程度の自制心が働いたのか、挨拶自体は一人ずつ行う形式となっていたわけだが。
四葉の有力な使用人の家系の者たちや各分家の名代が百合香と楽しそうな会話を繰り広げている。驚くべきことに挨拶をしている者の中には津久葉家の次期当主である津久葉夕歌の姿もあった。
急かず、慌てず、余裕をもって黒羽貢が席を立ち、文也、亜夜子を連れだって百合香の元へ向かう。
此処で亜夜子は百合香に対し、文也よりも強い驚愕と崇敬を抱いていた。同じ女性であるということが、より強い崇敬を獲得する一助となったのかもしれない。亜夜子が感じたのは確信。彼女こそ自分の上位者に相応しい存在。真柴百合香という他の次期当主候補とは一線を画した女性。
以前より、貢の紹介で文也と同じ次期当主候補にして親類である方々に顔合わせはしていた。
津久葉夕歌、新発田勝成、司波深雪。どの方とも出会ったことはある。自身よりも卓越した魔法技術を持つ者、美しさを有する者もいた。けれど、どれも主従とするには不足。
忠誠を誓いたくなる、というほどではない。
百合香以外で、と敢えて条件を付けるならば──。
亜夜子が強いて上げるとすれば、自分の魔法特性を確立していないとき、的確なアドバイスを与え、黒羽の魔法師として自分を高みに押し上げてくれた司波家の長男、司波達也くらいだろうか。
尤も、彼はガーディアンであり、分家の当主たちに疎まれている節がある。当主に名乗りを上げれば、激烈な反対は必定だった。そもそも、彼は次期当主候補というわけではないのだから例えとしては不適当。
現状、次期四葉の当主となり得るのは、真柴百合香しか考えられない。
それは彼女の厚遇を考えればこそ。たかが誕生会に他の分家当主や次期当主候補が訪れるなど、他の家では在り得ない事態だ。少なくとも他の分家の子弟の誕生会に父、黒羽貢が訪れたという話は聞いた覚えがなかった。
「お久しぶりです、貢さん。そして、そちらは……あぁ、お話はかねがね伺っております。はじめまして、文也さん、亜夜子さん、この度はようこそお出でくださいました。わたくしのことは、どうか“百合香”とお呼びください」
「は、はい、百合香さま!でしたら、僕のこともどうか文也と呼んでください。どうか、今後ともよろしくお願いします」
「でしたら、わたくしも亜夜子、と。こうしてお会いできて光栄ですわ、百合香さま。直接お話する機会を頂けたこと、大変嬉しく思います」
「──あらあら、丁重に扱っていただけるのは嬉しいですが、“様”などと。
そこで文也と亜夜子は後ろにいた父の顔を伺う。父親にして、黒羽の当主たる男の顔にあった表情は、軽妙洒脱ともいう悪戯っぽい微笑みだ。
「そうだね、我らが麗しの
「麗し、とはまた詩的な形容ですね。大体、失礼などと言いますが十歳の小娘の誕生会にそう厳格な礼儀作法なぞ無用でしょう。おおげさが過ぎませんか?呼び方も同様、口にしやすいもので結構ですのでご自由にどうぞ」
百合香の呆れた風な表情に、貢は嬉しそうに口角を上げた。双子の肩に手を置き、黒羽の長たる食わせ物は軽く二人の背中を押した。
「確かに、この場は祝いの席。堅苦しい礼儀作法に囚われてしまうのは、よろしくない。文也に亜夜子、そう緊張することはない。百合香さんは親しみやすく、また我々の声と意見を聞いてくれる方だ。よくよく彼女を頼りとし、また力添えするんだよ」
「えぇ、困ったときはお互い様ということで──」
黒羽の双子は互いに顔を見合わせて、小さく頷き合う。
「でしたら、どうか、お姉さまとお呼びしていいでしょうか!?」
「はい、僕も是非、そう呼ばせてください!」
文也と亜夜子の呼び方には強い好意と信頼が込められていた。しかし、結局“さま”付けとなっている点を考えると、あまり変わっていないような気もする。が、そんな無粋な指摘をする者はこの場に存在せず、呼び方は成り行きで決まってしまっていた。
此処で百合香はにっこりと微笑を一つ──。
「でしたら、わたくしは変わらず文也さん、亜夜子さんという風に。この方が呼びやすいですから。しかし、こういうのをなんと申しましたか、堂々巡り、とは違いますし、元の木阿弥?」
「ははは、この場合は、初志貫徹というところで勘弁してやってもらいたい」
「ええ、ではそのように。……文也さん、亜夜子さん、今後もどうか、同じ四葉の同胞として仲良くしてくださいね」
文也と亜夜子は百合香の囁くような声に熱を浮かされ、顔を紅潮させた。身に余る光栄と艶やかで甘い声音、冥海よりも深い魅了の魔力に呑まれたためか。真っ赤な顔のままに二人は強い意気込みを込めて頷いた。
「はい、よろこんで。百合香姉さま──」
「よろしくお願いしますね、百合香お姉さま──」
二人の後ろに控えていた貢が、そっと前に出て芝居がかった礼を取る。
「それでは、百合香ちゃん。今日という日に感謝を込めて、おめでとう──」
黒羽貢が敢えて主語を抜いたのは、百合香への挨拶で今宵の主題を忘我していた我が子たちへの気遣いによるもの。そして、文也と亜夜子も、貢の祝辞の言葉に改めて何のために今日、分家や四葉の関係者が集まったのかをギリギリで察して──。
「「十歳のお誕生日、おめでとうございます──」」
真柴百合香の生誕を祝する言葉を紡いだのだった。
そこからは、食事を挟みながらもたわいない雑談に花を咲かせた。百合香の飼っている犬たちの話、文也が乗馬クラブに通い始めたこと、亜夜子がピアノをはじめとしたクラシック系の楽器を嗜むことなど。
貢が我が子の自慢話を意気揚々と話すのに、百合香は微笑みをたたえて会話を重ねていく。興味津々な百合香の語り口に、文也と亜夜子もつられて上達し始めたことや、上手くいかない苦手な分野、内心の深い所まで百合香へ無警戒に晒してしまっていた。
百合香がそう誘導したわけではない。文也と亜夜子の無意識が、百合香に自分の最も深い箇所を無防備とすることを選んでいたのだ。
会話は大いに弾んだ。百合香の楽しそうな顔や貢がやたらと浮かれていたことも相まって、他の分家との挨拶より長い時間を掛けている。会場の視線は特に咎めるようなものではないが、これは悪目立ちしてしまいそうだ。
そのことに気づいたのは、保護者である貢ではなく被保護者の双子たち。二人は満面の笑みで百合香と談笑している父へ声をかけた。
「父さん、そろそろ戻りましょう。少しお話が長引きすぎてますよ」
「そうね、文也の言う通りです。百合香お姉さまも少し休憩が必要でしょうし、私達ばかりが時間をお取りするのも気まずいですから」
「おっと、そうだったか。すまないね、百合香ちゃん。つい、時間を忘れて語ってしまった」
「いえ気遣いなく。楽しい会話にむしろ此方が引き留めてしまったようで。まったく心苦しい限りです。それでは、挨拶が終わりということは本題に入ってもよろしいのですね?」
百合香の確認に、貢はゆっくりと頷いて首肯する。
その不思議なやり取りに文也と亜夜子は首を傾げていた。二人の様子を見て、百合香は貢が事前に報せていなかったのを見て取る。
「貢さん、まさか二人には教えていなかったのですか?」
「嗚呼、二人を盛大に驚かせようと思っていてね」
「随分、意地悪なこと。二人とも、今後は実の父だからといって油断なさらない方がよいですよ」
文也たちはその言いぶりに疑問しか浮かべられない。どういうことかと訝しんでいると、百合香がそっと手を伸ばす。広げられた両の手、純白の手掌を前に貢が娘、息子に告げる。
「彼女の手を取りなさい──」
「はい、悪いようにはしませんから。ご安心を」
父親の勧めと百合香が鷹揚に手を伸ばしているから、“握手”というよりは伸ばされた手に双子たちが自分たちの手を置いて……。
手が触れあったとき、生じる精神干渉系の事象改変。
自分たちの魔法演算領域に干渉されるというのに、抵抗らしい抵抗はできず刹那に改変が為されていく。それは上位者からの付与。一瞬の内、精神と密接な繋がりを持つ演算領域が研ぎ澄まされた。洗練、先鋭化、文也たちの魔法師としての情報感度が磨き、鍛えられていった。
こうして、双子の心理に宿る分析と理解に関して最高位の異能。
文也と亜夜子は急速に拡大していく自分たちの世界観に混乱しつつも、喜びの声をあげた。事象改変や魔法の理解度を究極域にまで拡張された感覚。一秒前の自分とは隔絶したという実感が全身を巡る。
「えっ──」
「これって、まさか──?」
こうして、四葉にまた新たなる
「本当に、ありがとうございます。僕たちにこのような力を……。これが、百合香姉さまや父さんたちの見ている景色なんですね」
「どのように感謝しても、これでは不足してしまいそうです。ですが、百合香お姉さま、誠にありがたく存じます。……ああ、すごい。世界が、こんな風に視えるなんて──」
唖然と虚空を覗いて立ち尽くす二人に、同じく
興奮気味な文也と亜夜子を落ち着かせるように、百合香は穏やかさを含んだ声を鳴らす。
「そう過剰な感謝は不要ですとも。同じ四葉の同胞、力を蓄えてより強大になることはわたくしにとっても喜びなのですから。感謝よりも祝福をいたしましょう。今宵、また一つ成長を重ねたわたくしと新たな魔法の領域に踏み込んだ二人へ──」
その言葉を受けて、会場に祝福の喝采が広がった。鳴り叩かれる拍手、万雷の音響が祝福となって会場に木霊する。照れ笑いをする双子、祝福と歓喜に酔う会場に集った人々ら。
それを俯瞰するように冷静な眼で見つめる百合香は、表面上は柔らかな微笑みを浮かべ、心中にあった退屈や何もかもが思い通りになってしまうことの不満を隠し通す。全てが退屈、会場中の喜びも祝福も、心になんら波を打たない。
誰も、百合香の心の最奥に触れられない。
“まぁ、仕方ないだろうさ。それだけ百合香の演技力が高いんだから、一応は喜ぶべきとこだろう?”
心理の中で浮かび上がった百合香以外の人格の声。百合香と同一の肉体を共有する男性人格、四葉
“周囲が節穴過ぎるだけでは──?”
“そう言ってやるな。あれでもお前よりも年嵩の、多くの経験を積み重ねた人たちだ。単なる節穴、無能というまでではなかろうよ”
“ひとまずは、そういうことにしてあげましょうか”
第二の人格の窘めによって、百合香は自分の内の不満を抑え込むことに成功した。
今はまだ、という注釈付きではあるが──。
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