次回はダイジェスト気味になるかもですが入学編の最終編となりそうです。
入学編の最後は百合香の総評で締めくくろうかと。
十文字克人、渡辺摩利、七草真由美の三名は、四葉百合香から送られたブランシュに関する秘匿情報を閲覧する。通信端末では目を通しきれないほどの文量であったため、一度それらを印刷し直して三人は読み始めた。書いてあった情報はアジトの現在地、詰めているであろう構成員の数、武装の種類など多岐に渡った。
全てを熟読し、真由美はホゥと疲れた様子で一息を付いた。
「まさか、ブランシュが第一高校から一時間もかからない場所に根城を作っていたなんてね。まさか、こんな目と鼻の先で動いていたとは。気づけなかった自分が情けないわ」
「灯台下暗し、とは使い古された文言だが案外そういう使い古され擦り切れた言葉にこそ、真実というものは隠されているのかもしれん」
「無理もない、手下だけを動かして自分は隠れ潜む悪党が身近にいるなんて普通は想像もしないだろう」
「でも摩利、せめて剣道部の生徒たちの動向を探っていれば、ブランシュのアジトを確定させるまではいかずとも、どの地域にあるかは絞り込めたはずよ。私の未熟と決断できなかった優柔不断がこの結果を──」
「落ち着け、七草──」
「……でも十文字くん」
「生徒たちのプライバシーを侵犯することが正しかった、と?それだけは口にするな、真由美。第一高校の生徒会長であるお前だけはそれを言うべきではない」
摩利の気遣いのこもった優しさに触れながらも、真由美は自分が最低かつ醜悪な手段を取るべきではなかったかと自問を繰り返す。剣道部の、二科生の生徒たちを信頼せずにその動向を逐一確認することでブランシュのアジトを探り当てていれば。
後者の襲撃は起こらず、犯罪行為に手を染める生徒はいなかったはずだと、最善の可能性ばかりを彼女は夢想してしまう。
しかし、それらは全てたられば。在り得ただけの“If”に過ぎない。
悔恨に暮れる真由美に対し、十文字克人は厳粛な声でこの事件における最も避けなければならない事例を挙げる。
「ブランシュのアジトを調べられなかったことは痛恨ではあるが最悪ではない。我々にとって最悪なのは、ブランシュに騙された生徒たちが本校に帰ってこないことだ」
「そう、だな。この学校の思い出をアイツらにとって最悪なものにしたまま事件が終わるのだけは風紀委員としても、私個人としても認められない」
「……えぇ、そうよね。ブランシュに唆された彼ら、彼女らにとって本校が帰ってこられる場所であることが、本当の意味での最善だもの」
「なら早速、最善の結果を掴みに行こうじゃないか」
「慌てるな、渡辺。俺達にはそれぞれ、いや同じくすべきことがあるだろう」
「すべきこと?いや、だからブランシュのとこに殴り込んで事件を解決させるのが──」
「簡単に言わないの。私たちが行くことをせめて後輩たちに教えてあげないと。剣道部の生徒たちを、校内にいる生徒たちを無責任に放り出していくのではない。助け出すために征くのだと……そのくらいの説明義務は必要でしょう?」
真由美は背負った責任ゆえか少し重苦しそうに肩を回してから副会長である服部をはじめ生徒会役員、風紀委員、部活連の主だった者らを呼集した。
呼び出された面々は真由美たちが校外に出て、ブランシュと一戦交える案に懐疑、いや否定よりの慎重さを唱える者が多かった。襲撃が沈静化したとはいえ、第一高校の主力ともいえる三名が校舎から離れるのだ。戦力低下は著しく、そして三人とも全体の統括や指揮を行うトップであることが反論の源泉となった。
「三人でテロリストたちを鎮圧する!?」
「お三方の実力は知ってますが、流石に……」
「そんな危険なことをしなくても──」
「まだ校内にテロリストが潜伏しているかもしれない状況下で、七草会長たちに抜けられるのはあまりにもリスクが大きすぎます!」
「──そうですね、この状況で生徒会、風紀委員、部活連の各指揮権者が不在となるのは安易に賛成できません。今日中とはいわず、もっと時間をかけて対応すべきでは?」
「……詳しいことはいえないけどそれじゃダメなのよ、リンちゃん」
“なんとなく四葉百合香との取引について語ることを厭った”真由美は取引のことをぼかし苦渋の顔で首を横に振る。
そう、四葉百合香は宣言していた。“今日中に解決できないのならば、四葉の魔法師の手でブランシュを制圧する”と。それに第一高校の生徒が巻き込まれる可能性を考慮すると、悠長な計画を練る時間はなく、拙速な手を打つ他ない。
取引について語れなかったことで、真由美の取る行動に不可解さと奇妙な不合理性が介在してしまったのである。それを不可解に思った面々が正論、というか普通の学生が取るべき手段について言及するのは自然の流れと言うもの。
生徒会の役員である中条あずさはおずおずと手を挙げ、警察の介入について一案を述べた。
「でも、会長……ブランシュというか校外のことは、あの、その。きちんと警察に届け出るべきじゃ、ないでしょうか。会長たちが無理に危険なところに行かなくても……」
「……そうね。本来、それが私たちの取るべき手段なのかもしれない。けど、警察に全てを預けてしまえば、第一校側はもう関与することはできない。ブランシュに協力した生徒たちは何らかの刑事罰に問われるでしょう。彼らの今後を考えれば、それはあまり望ましくないわね……」
「しかし、それでは会長たちが危険な目に遭う恐れがあります!!」
服部の怒り交じりの声に触発され、同調するように風紀委員からも反論の声が上がる。代表する形で沢木碧と辰巳鋼太郎の二名が胸を張って前に歩み出た。
「……なにも七草会長や渡辺委員長、十文字会頭が危険を冒さずとも良いのではないでしょうか?」
「薄情に思われっかもですが、剣道部の連中は自業自得としか言えやしないでしょう。二科生だから仕方ない?いやいや、そこにいる司波兄みてぇに自分の身ひとつで周りを黙らせて、偏見なんてひっくり返すヤツもいる。他の二科生だって不平不満はあっても、テロリストに協力なんざしなかった」
「……達也くんは少々、特殊過ぎて例えには適さんだろう?」
「そうは言いますがね、姐さん。どんな事情があろうとテロリストと組んで第一高校を襲撃したって事実ばっかりは消せやしませんよ」
「……なんだ、鋼太郎。随分と慎重じゃないか」
「冷静っていってくださいよ、そもそもアイツらの今後のこと考えれば、警察に首突っ込まれたくないって言っても、ブランシュに与した連中を助ける理由なんて俺たちにゃないはずだ」
「……彼ら、彼女らにも、ブランシュに唆された理由があるとしたら?」
「人質でも取られていたって言うんですかい?」
摩利と風紀委員の面々が怒気混じりの視線で睨み合おうとするところ、重堅な体躯が間に割って入った。それが部活連会頭、十文字克人であることはこの場の誰もが言わずもがな理解しきっている事。彼はこれ以上の混乱を防ぐため情報を開示する。
「剣道部に所属しエガリテの影響を受けた者たちはマインドコントロールを受けていた可能性が高い。彼らはブランシュの人間によって思考を誘導されていた。第一高校の機密文書を奪取するためにな」
講堂にいた面々がやにわに騒めき立つ。“そんなことがあるのか”、“いや、だからこそ離反者がいなかったのではないか”、“他にも水面下で潜む工作員がいる可能性もある”、様々な意見が錯綜する中で一人、誰とも知れぬ声がぽつりと漏らしてしまった。
“無理に助けにいく必要なんてあるのか?”
喧々囂々としたやり取りがたまらず凍り付く。
今の意見、誰が口にしたのか。事は一瞬だったため判別はつかなかったが誰もがそれに内心で賛同してしまったのと、その意見があまりに醜悪であると認識してしまったことで場の空気は停滞し淀んでいく。
声どころか呼吸音すら出すのを憚られる空間で一人、生徒会副会長である服部が険しい顔で消極的な意見を出してきた。
「……やはり、ブランシュの思考汚染を受けた者を救出するのはリスクがあるかと。救助を諦めるわけにはいきませんが、救助するにしても入念に作戦を練り敵陣営の情報を偵察したうえで警察に事を預けるか、第一高校側で介入するかをきめるべきなのではないでしょうか」
「──っ、待ってください!!」
鋭く異議を挙げる女性の声。それは司波達也の横にいたE組の担任であり、スクールカウンセラーである小野遥の叫びだった。
「ブランシュにマインドコントロールを受けた生徒たちにも落ち度はあったかもしれません。ですが、そこまで彼らを追い込んでしまったのは歪曲したまま放置され続けた校内の体制と、何よりカウンセラーである私の力不足です。それらを踏まえて、どうか剣道部の生徒たちに機会を与えてあげて欲しいの、どうか……お願いします」
深々と下げられる頭に服部は申し訳ないような、渋い表情を取る。
「小野先生のご意見も分かりました。──しかしブランシュ側の偵察もなしに救助に臨むというのは無謀が過ぎる」
「……そうね、でもブランシュ側のアジトや武装などの詳細な情報があれば、どうかしら?」
そういって、小野遥は自分の端末の情報をこの場に集った生徒たちに共有する。アジトの現在位置、敵の武装や人数まで詳細に調べ上げられている。普通であれば、その情報収集の精度に感嘆の声を漏らすところであっただろう。
だが、残念なことにその情報は既に真由美たちの知るところ。四葉百合香が流した情報とほぼ同一の代物だった。見比べることで情報のダブルチェックができると前向きな克人は置いておいて、真由美と摩利は本気で頭を抱えた。
せめて、もう少し小野遥の情報開示が早ければ、百合香に借りを作らずに済んだというのに。というか、テロ組織の情報を集めることができるカウンセラーとは何者なのか?どうしてこの場面まで情報を秘していたのかと。
ちょっと本気で歯噛みしながらも真由美は小野先生の出した情報と百合香の情報を見比べ頷いて──。
「確かに……小野先生の上げてくれた情報はこちらの入手した情報と一致しました」
ぱちくり、と小野遥は驚愕に目を見張る。
「え……?まさか、とっくに情報を掴んでいたとか?」
「……はい、つい先ほど協力者の手で情報を手にすることができまして」
「そ、れじゃあ。ひょっとして一歩遅かったの?」
真由美と摩利は泣きそうな顔をした小野先生から目を逸らす。場の空気が気まずいような、どこか間の抜けた雰囲気になりそうなところで“待った”を硬質な声がかけた。
「少しお待ちください。ブランシュの情報の件について、情報源は信用のおける者なのですか?もし、罠に掛けようとする欺瞞情報であれば──」
「……その心配はないわ。私たちの情報源について詳細は話せませんが、ブランシュとの繋がりは皆無と断言できます。そして、その情報と小野先生の情報は大部分が一致しています。どちらの情報も信憑性は高いでしょう」
「なるほど、会長たちが独自に得た情報の正確性については納得いたしました」
「え、ええ。ありがとう、達也くん」
真由美は、達也が語った“独自”という点にもにょもにょと口を動かして沈黙を選ぶ。四葉百合香の接触は第一高校側としても完全な想定外。それを自分たちの手柄とすることに気まずさを覚えたわけだが、此処で情報源についてペラペラと話してしまえば、四葉からの信用を損なうのに加えて、十師族とは無縁の一般生徒たちを危険に巻き込みかねない。
真由美は気まずそうに愛想笑いをして、これ以上の追求を受けないことを選んだ。
真由美との会話が途切れたあたり、達也の横に佇んでいた深雪は不安そうに身を縮めた遥へそっと声をかける。
「小野先生、あえて情報を調べ上げた手法について私どもは詮索を致しません。ですが、どうか一つだけ本当のことを教えていただきたいのです。……貴方は一体、何者なのですか?」
深雪の唐突な問いかけに周囲の生徒たちは何事かと首を傾げる。遥も同じく不可思議そうな顔を“装って”深雪へ聞き返す。
「深雪さん、私が何者かって、急にどうしたの?」
「反魔法を掲げるテロリストの情報など一介の教職員、カウンセラーが入手できるものではないはずです。それも十師族である七草先輩たちが入手したものと同等のモノを持っているなど、普通では考えられません」
「それは……剣道部のカウンセリングで得た情報の断片を集めた結果、ということにはできないかしら?」
「そうであれば、カウンセリング結果である情報の開示にギリギリまで渋っていたことも納得できますが、私は最悪の可能性を考えてしまうのです。小野先生がブランシュの工作員で、わざと詳細な情報を流すことで第一高の大きな戦力である七草会長や渡辺委員長、十文字先輩を校舎から引き離そうとしているのではないかと勘繰ってもしまいます」
ハッと周囲の目に警戒と微かな敵意の色を帯び、遥は慌てて首や手を力いっぱいに横に振った。
「違う違う!私はブランシュの人間じゃないわ。間違いなく私は第一高校の人間であって……」
「それを信じ切るため、どうか真実をお話しいただきたいのです」
深雪の要求のあとも周囲の警戒の眼差しは一向に緩むことなく、血の気の多いものは既にCADに手が伸びかかっている。遥は残念そうに歯噛みし目を瞑ってから、大きくため息を吐いた。
「……どうにか秘密のままにしておきたかったんだけど、はぁ。煙に巻くのも此処までかぁ…………皆さん、此処で開示する情報はどうか他言無用で。ええ、確かに私は第一高校のカウンセラーであるのとは別に、“公安の捜査官”でもあるのです」
その発言はあまりにも予想外だったのか、講堂にいた大多数が遥のカミングアウトに衝撃を受けていた。衝撃も冷めやらぬまま摩利は呆然と無意識的に口を動かす。
「小野教諭が公安の捜査官だったとは──」
「しかし、これで合点がいった。どうして彼女がブランシュについて詳細な情報を調べ上げていたのか。公安の捜査官ならば、事前に反魔法思想を持ったテロリストの動向を調べておくのも当然のことか」
「なるほど、それで前々からブランシュに目をつけていたのですね」
「まっさか、学校のカウンセラーが公安のお人だったなんてなぁ」
「ええ、まさに予想外のお話です。もしも今回の一件がなければ、私たちは小野先生の所属について何も知ることなく卒業していたでしょう」
がやがやと生徒らが思い思いの意見を口にする中で、小野遥が自分の担任である一年、司波達也が確認するように尋ねる。
「つまり、小野先生は第一高校内におけるブランシュをはじめとした反政府組織の動向を探るため、カウンセラーに偽装した公安の潜入スパイということで間違いありませんか」
「──ふふ、達也くんの解釈では及第点しか上げられないわね」
「と言われますと?」
「私が公安のスパイなのは事実だけど、元々カウンセラー志望だった私に今の公安の上司が接触してきて、第一高校配属後に公安の秘密捜査官になったという順番ね。公安の捜査官はあくまでカウンセラー業務のおまけ。実は公安の捜査官になるための訓練として、忍術遣い、“九重八雲”の指導を二年前に一年間ほど受けているから、達也くんは兄弟子で同門ということになるわね?」
達也が忍術遣い、九重八雲の門下生であるということがさらりと開示される。この情報を知らなかった周囲の視線が達也に向くも、正体不明だった小野遥の所属を明らかにするための代価と妥協する。
それから深雪は申し訳なさそうな表情を取って、遥へ謝意を示した。
「小野先生、あらぬ疑いをかけてしまい申し訳ありませんでした。生徒の身を案じるお心遣いを私は……」
「いえ、今の今まで情報を抱えていただけの私を怪しむのは当然の流れですから。むしろ、情報を事此処に至るまで共有できなかった私の見通しの甘さを許してちょうだい」
場が気まずい雰囲気に覆われている。公安捜査官である小野遥の事情も、ブランシュに協力してしまった生徒たちの事情も、生徒会や風紀委員、部活連の事情も、この講堂内において全てが出揃った。揃ってしまったのだ。
ブランシュを制圧するため必要なピースに不足はない。不足があるとすれば、あとは決断だけだった。
七草真由美、渡辺摩利、十文字克人、この三名ないし他の希望した者らがテロリスト、ブランシュの本拠地へ襲撃に向かうのを決断するだけ。
だが、校内において全幅の信頼を置かれる実力者三名を送り出すことのリスクを考えると決断を下すことはあまりに困難だった。もし、この隙にブランシュの残党が現れてしまえばどうなることか。
賢明であろうとするがゆえの逡巡。講堂にいる誰もが沈黙してしまう。
活発だった議論が凍り付き、消極的な雰囲気の覆う空間。
そこに一年である司波達也が挙手と共に一石を投じる。
「よろしいでしょうか」
「なにかしら、達也くん?」
「会長たちがブランシュの制圧に向かわれるという方針についてですが自分は反対です」
「なっ、剣道部の人間を、“壬生たち”を見捨てろ、というのか!」
「……薄情だと謗られるのも覚悟のうえで言いますが、生徒だけの手で無理やり解決しようとするのは避けるべきです。警察組織の介入が必要でしょう。……確かに壬生先輩たちの将来のことを考えれば、七草会長たちに動いてもらう事がベストではあります」
「その点を分かっているのなら──いえ、達也くんはそうすべきでないと結論付けたのね?」
「はい。今、七草会長たちに抜けられると戦力的に不安が残ります。校内の生徒だけではテロリストの対処は能力的に困難。戦力面だけでなく、心理面でもです。七草会長には居てもらわなければ校内に残った生徒たちが不安がり、パニックになる恐れもあるかと──」
もっともらしい論法を用いた意見具申に七草、渡辺、十文字の三名が熟考を行っている。三名が本気で思い悩んでいる隙に達也は“あえて”服部副会長を一瞬だけ一瞥してすぐに視線を逸らした。
視線が合ったわけではない。たった一瞬の視線の動き。
けれど一瞬で十分だった。むしろ、数秒単位でじろじろと見ていれば服部だけでなく他の人間にも気づかれてしまう。必要な時間はたった一瞬。達也に見られていたかもという疑念とすぐさま視線を逸らされたかもしれないという予感。これを服部にだけ気取らせる。
それにこそ意味があった。
服部刑部という男のプライド、自尊心をくすぐり、行動をコントロールするのには、いちいち感動的な言葉を繰るよりも些細な挙動だけで事足りる。
「お待ちください!!」
突如、声を張り上げた服部に対し、周囲が驚きと困惑で目を剥いた。この展開を予期していた達也も驚きの表情を“演技と気づかれないように”浮かべる。
「確かに現状で校内の風紀や秩序を考えれば、会長たちに陣頭指揮を執ってもらうことは頼もしくあります。……しかし、それで第一高校の問題を自分たちで解決することを放棄するのは今後に悪影響を残しかねません。リスクは承知の上、此処は自分たちの努力と決断で事態を解決すべきでないでしょうか!」
事前に達也は“七草会長たちに抜けられると戦力的に不安が残ります”と発言していた。これは悪意ある深堀りや揚げ足こそ取られなかったが、言い換えると校内に残った先輩たちの実力ではテロリスト相手に不覚を取るのではという“能力に対する疑い”の意図を含んだ内容。
講堂にいた面々が七草真由美や十文字克人、渡辺摩利の実力をよく知る者たちばかりだったからこそ、自分たちと比較にならない実力差ゆえに自然と達也の発言は受け止められていたわけだが達也は服部を一瞬だけ見つめていた。
言葉にしてしまえば、たったそれだけ。しかし、服部刑部という男はその僅かな視線に含まれた意図を読み取れる明敏さと賢明さを持ち合わせてしまっていた。
「──来年には、七草会長たちは卒業してしまいます。そうなったとき、我々、在校生は会長たちに頼ることはできないでしょう。もしも、また同様の事態が起こった際、私たちは何もできないまま外部の者、警察等に全てを委ねることしか選べなくなってしまう」
年下の一年生で学校側が公式に劣等生とカテゴリ付けした二科生であるはずの司波達也に服部は敗北している。それも敬愛してやまない七草真由美の前で、だ。
模擬戦での決着は、ほぼ不意打ち、一発限りの奇襲であった。服部はそう正しく認識していたし、当事者である達也も無策で同じ手段を取れば二度目は難なく対応されると考えている。そのような事情はあれど服部は自分が司波達也に敗北したというシンプルな事実を曲げようとしない生真面目さがあった。自分の敗北を、未熟を受け止める器の持ち主でもあった。
だが、自分が敗北したという事実を踏まえても、年下の後輩に実力を軽んじられる事を粛々と受け止められるほど服部刑部という男は卑屈な精神性をしてはいなかった。
「どうか、校内のことは、ブランシュの残党の対処は残った俺たちにお任せください。第一高校は、自分たちの学校は自分たちの手で守らなくては意味がありません」
「はんぞーくん……」
「なんだ、服部。随分と格好をつけてくれるな。これじゃあ、先輩として私たちも格好をつけないといけなくなったじゃないか」
達也からの一瞥、年下から向けられた視線の意図。“服部副会長では頼りない”そう疑われているのではないかと思考を誘導させられたなら、後の展開は予想が付く。
達也は校内から十師族の人間が離れるという結果に満足し、以後は傍観者に徹することを決めた。自ら動いて解決する事に固執はしない。服部副会長の決断も、七草会長たちの行動も、第一高校のこれからにも固執はない。全ては深雪との生活を円滑にするためのものに過ぎないのだから。
自分と深雪が四葉の人間であると悟らせないための隠蔽工作は全て上手く運んでいる。ブランシュの処分も第一高校からなら“射程圏内”。
ならば、後は事がどう運ぼうと損はない。
達也の冷ややかな思考を余所に、服部は真由美へ胸を張って堂々と告げる。
「会長、どうかブランシュの制圧に征ってください。校内の後詰めは俺が務めます。会長不在の校内を預かり、賊に対処するのは…………これは俺が次期生徒会長になるため不可欠な経験であると心得ます」
ぱちくり、と目を瞬いて、真由美はにやりと猫のように悪戯っぽくも、優し気な笑みで服部に詰め寄る。
「──へぇ~、わたしまだ任期が半年も残ってるんだけど、はんぞーくんったら早くも下剋上宣言かな?」
「あ、いえっ、そうではなく!あくまで来年のことを視野に入れての話です!」
「うふふ、そっか、そっかぁ。服部くんったら、ちょっとの間にすっごく成長してるんだもん。寂しいやら、嬉しいやら……いいえ、そうじゃなくて心強いわ、はんぞーくん」
「……あの、会長。ですから、俺は」
にこやかな表情を引き締め、真由美は威厳とその美貌を以て服部に自分が不在の間の全てを預けることとした。
「──校内のことは貴方に一任します、服部刑部副会長」
凛とした真由美の声を受け、服部は僅かに身震いをして──。
「はいっ、承知しました!」
力強く意気軒昂に声を張り上げた。
生徒会役員たちのやり取りの脇で克人は、十文字本家のツテで強襲用車両の手配を進めていた。手配のための電話を終えたところで、話す機会を待っていた一人の男子生徒、いや剣術部の桐原武明が姿を見せた。
瞳に映る強い覚悟の色。決意を固めた者特有の迷いない足取り。話す内容は既に分かり切っていた。
「会頭、ブランシュのアジトへ行くの、俺も同行させてください」
「桐原か、なぜ同行を希望する?」
「何故も何も、おかしな話じゃないでしょう。自分とこの学校を好き放題に荒らされて、黙って泣き寝入りなんて有り得──」
「余分な言い訳は不要だ。お前自身の言葉で、お前が動かねばと思った理由を言葉にしろ」
「…………ほっとけないんですよ、壬生のことを」
簡潔な桐原の宣言に克人は少し微笑むように表情を和らげるが、あえて重々しい口調で再び桐原の覚悟のほどを問う。
「それだけか」
「これしかありません……命をかけるには、足りませんか?」
「いや十分だ。よかろう、準備ができ次第、出発する」
そこに飛び込む形で風紀委員の一人もまた手を挙げる。
「十文字会頭、どうか自分の同行もお許しください」
「お前は確か、二年風紀委員の沢木、だったか」
「はい、どうか私もブランシュの制圧の人員に参加させていただきたく」
真面目、四角四面とした口調の風紀委員、沢木碧も桐原と同じくブランシュの制圧という鉄火場を望んだ。
「どうしたよ、沢木。そんなにお前さん、血の気が多かったか?」
「辰巳先輩、服部が校内の陣頭指揮を今後のため得るべき経験とするなら、自分はこういった実戦の場こそ今後のために経験すべきと考えます。ブランシュの制圧、そして剣道部生徒たちの救出も同様です」
「へぇ、おもしれぇ、だったら、それに俺も一枚かませても──」
「鋼太郎?まさか、お前まで校内を飛び出そうなんて考えてないだろうな?」
「げっ、姐さん!?いやだって、姐さん自ら出てるんですから、俺たちも出なきゃならんでしょうよぉ」
「やかましい!風紀委員の務めはあくまで校内の治安維持だ。服部の指揮に従って、校内の警戒を強化しておけ!」
「自分はブランシュをぶっ潰しに行っちまうってのにズルいですぜ、その論法」
「諦めろ、美味しいところは私たちがもらっていく。……それと沢木!」
「はっ!」
「お前のいう事にも一理ある。私たちと一緒についてこい。本物の鉄火場を経験するのには良い機会だからな」
忙しなくも一切の無駄なく先輩たちが動いていく。しばらくしてチャーターしたであろう車両がやってきたのか、十文字会頭たちは迅速に出発していった。残された者たちは服部の指揮で各々が自分の役目を遂行しようと動き出した。生徒会役員である深雪も中条先輩と共に生徒会室で緊急通報や生徒の誘導などをするために詰める事となった。
風紀委員として引き続きパトロールをする達也と離れるのに強い抵抗感を見せたが、そこは兄が安心させ、宥めるために頭を撫でてあげたことで納得したらしい。
深雪と一時別れ、達也は他の風紀委員と同様に単独で校内の警邏を始める。
こういうとき、二科生でありながら風紀委員であるという異端性が却って有効に働いた。一年生は大抵、二年、三年の上級生と組まされていることになっていたが、部活勧誘期間の大立ち回りによって上級生と同様に単独行動を許可されている。
これでいい、これで七草会長と十文字会頭が校内からいなくなった。特異な視力、感知性を有するエリカや美月がいるのは不安材料だが、十師族ではないため許容範囲。
達也は誰にも見られていないこと、追跡をされてないことを慎重に確認しながら、実技棟の屋上に上がった。
屋上には達也以外の生徒の姿はなく彼がただ一人、白銀のCADを手に佇んでいた。屋上の手すりにまで歩いていく。手すりの向こう側、襲撃を受けた後の第一高校を見ようともせず、手にした白銀のCADを一キロ先の工場へ向けた。
一キロという通常の魔法行使において有り得ないほどの超長距離。司波達也は、その距離という絶対の壁を超越の認識力によって踏み倒す。
標的は一キロ先の隠れ家に潜むブランシュの頭目。
発動するのは万物を崩壊させる分解の魔法。
司波達也は第一高校の屋上から一人の男の心臓を照準した。
作者の励み、執筆の原動力になるため、良ければ感想やここすき評価などお願いします。