第四魔法科高校の優等生   作:悪事

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入学編【14】

 

 

 第一高校を襲撃し、校内を反魔法思想によって混乱させたテロリスト、ブランシュの鎮圧戦および剣道部の生徒たちの救出作戦は考え得る限り完璧な形で進行した。剣道部の生徒たちに怪我はなく、武装したテロリストの制圧も速やかに行われる。

 

 

 十文字克人の鉄壁を誇る物理防壁と七草真由美の魔弾の射手によって変幻自在と放たれたドライブリザードはテロリストたちに碌な反抗を許しはしなかった。渡辺摩利が気流操作によって大気中で筋弛緩剤を調合、散布し、桐原、沢木の二人はその取りこぼしという敵たちを討ち取っていく。

 

 少数精鋭、五名はいずれも第一魔法科高校における最優秀ともいえる魔法師たち。

 

 ろくな魔法師戦力を持たぬテロリストが徒党を組んだとしても、彼らには抗う余地すらなかった。現代戦闘において、“魔法”という物理法則を侵す技術体系はそれほどに恐ろしいのだから。

 

 

 無論、何もかもが都合よく運んだわけではない。

 

 壬生紗耶香のキャストジャミングによって成立した渡辺摩利と純粋な剣技だけの勝負。そこで壬生紗耶香は鬱積した憎悪と磨き抜いた剣道の技で魔法無しとはいえ渡辺摩利から勝利を捥ぎ取ったのである。

 

 しかし敗北した渡辺摩利に代わって、右尺骨を犠牲に壬生を制した桐原武明の意地は壬生紗耶香に自分の剣道の初心を取り戻し、彼女の心を救い上げた。その決闘の際に繰り広げられたラブロマンスに関しては此処では割愛される内容であることは言うまでもない。

 

 

 

 第一高校の五名らの奮闘努力について詳細はあまり語れないが、第一高校の精鋭たる生徒たちは襲い掛かる敵を薙ぎ払いながらブランシュの頭目がいるであろう工場地帯の中心部へと到達する。

 

 並みいる配下たちを壁や盾とし、アジトの中枢に陣取っていた最後の一人。

 

 王手をかけた、と皆が確信を抱きトラップを警戒して慎重に最後の扉を開く。

 

 敵の首魁、第一高校に魔の手を伸ばしていた男は確かに部屋の中にいた。想像していた形とは違う様相で、ブランシュのリーダーは部屋の中央に斃れ伏していた。

 

 

 彼らが目にしたのは、埃の積もった工場の床で胸を押さえ口元からはドス黒くなった血を吐いて倒れているブランシュ日本支部のリーダー、司一(つかさはじめ)の姿。

 

 

 

 真由美は思わず口元に手を当てて呻くように呟いた。

 

「……死んでいる、ですって?」

 

「身体はまだ温かい。おそらく、死後数時間と経過していないだろう……」

 

 克人の見立て通り、司一の身体は死後硬直すらなかった。つまり、死して間もないという事になる。死骸にそれらしい外傷は見られない。

 

 ただし、目立った傷などが無いからと言っても、それで病死や事故死などと考えられるほど二人も呑気な質ではない。まず間違いなく魔法による症例と二人は直感した。

 

 

 克人と真由美の二人は、脳裏に妖しく微笑む少女の像を思い浮かべる。しかし、確証と呼べる痕跡はない。此処まで四葉の手の者と思しき人間を見てはいない以上、勝手な決めつけ、歪なバイアスがかかることを厭って四葉の名を出すのを堪える。

 

「既に仕留められているとはな」

 

「そうね、誰が手を下したのかは気になる所だけど…………十文字くん、ひとまず此処を脱出しましょう。あとは私の家の方で調査を進めてみるわ。今は剣道部の生徒たちを病院へ搬送してマインドコントロールの症状を調べないと」

 

「確かに救出した生徒たちの身が最優先事項か。よし、撤退を始めよう」

 

「摩利の応急手当も済んだかしら。軽傷だからって、もう動き出したりとかしてないわよね?」

 

「そこは桐原に任せてある。問題ない」

 

 十文字克人、七草真由美の二名は途中で渡辺摩利と桐原、壬生たちを回収して、工場外で生徒たちの警護をしていた沢木碧と合流する。

 

 対ブランシュ制圧戦及び救出作戦。それらは完璧に遂行され、第一高校の五人の魔法師の手によって、ブランシュ日本支部は壊滅した。完全無欠なる勝利、剣道部の生徒たち、壬生紗耶香の未来を守り抜けた最高の大団円。

 

 

 救出した者たちが全員、搬送されていく中で怪我人扱いするなと渡辺真理は救急車に乗るのを固辞して真由美たちと共に第一高校へ自らの足で凱旋することを望んだ。そんな摩利の普段通り、彼女らしさを皆で笑っていると、一台の車両が近づいてくる。

 

 少なくとも救急車や警察車両ではなかった。

 

 もしや、外にいたブランシュの残党が何も知らずにアジトへ戻ってきたのかと、全員がCADを操作して魔法式を待機させる。五名が警戒を露わにするところ、悠々と一台の車は近づいてきて停車すると、一人の真っ黒な人影が降りてきた。

 

 その人影の出現に摩利が目を見張り、息を呑む。

 

 

 降りてきたのは整った容姿をした高校生くらいの男子。

 

 街中を歩けば、女性は振り返って注目するであろう美男子という相貌。

 

 ただし、身に纏った空気、雰囲気だけが常人、一般人とは激しく乖離していた。触れることを躊躇うほどの鋭い存在感。一目見て想像してしまうのは影から鍛造された鋭利な刃、美しい外見は冷ややかな気配によって恐ろしいとまで印象を昇華させている。

 

 絞られた肉体は実戦向けに鍛えられていることが桐原や沢木のみならず真由美の眼にも明らか。しかし、その服装はどうも面妖だった。ブランシュの人間は工場地帯に溶け込むため、作業員のツナギで服装を統一していた。ただ、目の前に現れた麗しい青年は、漆黒の執事服を着こなしていたのである。

 

 工場地帯という場所、いや通常の場では浮いてしまいそうな執事の格好を彼は見事に着こなしていた。

 

 否、彼ほど整った容姿の青年なら、大抵の服は着こなすだろう。けれど、彼の雰囲気や立ち姿から黒の執事服こそ最も似合うものと真由美たちに納得を越えた理解をさせる。

 

 そんな突如として現れた執事服の青年を警戒する中、足を引きずって摩利だけがゆっくりと近づいていく。両者が手を伸ばせば、なんとか届くかどうかという距離で青年は摩利の姿を確認すると対峙する者が思わず油断するような柔和な笑みを作った。

 

「お久しぶりです、摩利さん。こうして御会いするのは千葉の道場以来になりますな」

 

「ああ久しぶりだな、“宗冬”。お前とこんな場で遭うとは思ってもみなかったよ」

 

「そうですね。私としましても顔合わせは、最短で九校戦の場になると考えておりました。まさか春先にこうして遭遇するとは縁とは誠に奇なるものです」

 

 片眼鏡(モノクル)に触れ、礼儀正しく背筋を伸ばした青年は何処にでもいるような普通の学生らしさで摩利と会話をしている。だが、摩利たちが今出てきたのは反魔法主義者のアジト、彼がこれから向かおうとしている場所でもある。普通の平凡な会話になるはずもなく──。

 

 

「お初にお目にかかります。七草真由美様、十文字克人様。そして第一高校の皆さん。私は四葉家が家令、そして次期当主候補・序列第一位、四葉百合香様の傍仕えをしております、幽雫宗冬(くらなむねふゆ)と申します。どうか、お見知りおきください」

 

 

「……ご丁寧にありがとうございます、幽雫さん。私は“第一高校生徒会長”を務めています、“七草真由美”です。仲良くしてもらえると嬉しいわ」

 

「同じく“第一高校の部活連”を纏めている。“十文字克人”だ」

 

「私も“風紀委員長”って看板があるが、自己紹介でもしとこうか?」

 

「いえ、姉弟子たる摩利さんにお手間を取らせるのは心苦しい。互いに円滑な話し合いのため、此処は省略させていただきましょう」

 

 後輩である桐原、沢木の二人を背に庇い、真由美たちは四葉家から訪れた青年と相対する。

 

 先ほど執事の青年、幽雫宗冬(くらなむねふゆ)が四葉家の名を出したのに対し、真由美と克人の二人は第一高校における立場を提示した。この場における活動があくまでも十師族のモノではなく第一高校のモノと言外に釘を刺したのだ。

 

 ブランシュにマインドコントロールを受けた生徒たちを四葉家の追求から守るために。

 

 宗冬もそんな些細な言葉遊びに拘泥するほど狭量ではない。その点については触れず、賞賛交じりの探りを入れる。

 

「それにしても見事なものです。武装したテロリスト集団を相手取って死傷者もないとは。こうして皆さまがご無事にお戻りになられたという事はブランシュの賊徒どもを残らず制圧したという事。これはまさしく慶事、我が主人(あるじ)もお喜びになられるでしょう」

 

「……百合香の話では、今日中ならお前も動かないという話ではなかったか?」

 

「ええ、お嬢様には今日中の解決が成らぬようでしたら明日に動くことを命じられていました。ただ、その必要もなくなったので時間に大きな余白ができてしまいまして。このまま静岡までとんぼ返りするのでは単なる無駄足、せめてもの働きとしてブランシュについて多少の調査をして戻ろうと此の場に参った次第です」

 

「待ってください、幽雫さん。今日、この日に限ってはこの現場を預かるのは私どものはずです。この点については既に百合香さんと話し合いが付いています。調査をするというのでしたら、どうか明日以降にしてはもらえないかしら?」

 

 真由美は淑やかに微笑んでお願いという形で主導権を握りにかかる。ブランシュにマインドコントロールを受けた剣道部の生徒たち、ひいては第一高校を守るため今日中に隠蔽工作を行おうとしての時間稼ぎ。

 

 それを見越しているであろう宗冬は鷹揚に笑って大人しく頷いた。

 

「そうでしたか、不作法をしてしまい申し訳ありません。けれど明日以降ですか、それは困りましたな。実は第四高校のカリキュラムの関係上、明日には静岡に戻らねばなりません。学業だけでなく、執事としてもお嬢様の側近の立場ゆえ余り離れるわけにもいかず…………しからば、この一件については皆さまにお任せしてもよろしいでしょうか?」

 

 宗冬の事実上、ブランシュの調査から手を引くという都合の良すぎる発言に肩透かしを感じながらも、真由美は愛想よく笑み綻んで宗冬へ首肯する。

 

「ええ、承知しました」

 

「調査のお手間を押し付けるような形となり、申し訳もありません」

 

「いえいえ、お気になさらず……そういえば、宗冬さん。実は一つ聞いておきたいことがあります」

 

「私に答えられることなら何なりと」

 

「では単刀直入に。……ブランシュのリーダーを名乗っていた男性、司一がアジトの中で急死していたのです。当校の生徒たちが突入した時には既に死亡していたものと思われます。……その件について、なにかご存じではありませんか?」

 

 真由美の迂遠なやり取りを置いて、十文字が直截に訊ねる。

 

「ブランシュのリーダーの死亡に四葉の方は関わっておられるか?」

 

「ちょ、ちょっと十文字君!?」

 

「此処で腹の探り合いに時間を掛ける必要もあるまい。直接聞いて不都合があるでもなし、分かり易さを優先すべきだ」

 

「……なるほど効率性を重んじられる方のようだ。言葉をつらつらと無為に連ねるのも好まれないと見ました。それなら、此処で明言しておきますが、この度のブランシュの件でお嬢様は勿論のこと四葉家も関与は一切しておりません」

 

「だが、こうしてお前は此処にいるじゃないか。それで何も関与していないと言い張るのは──」

 

「お疑いになるのも無理からぬことですが、摩利さん。此処へ到着したばかりの私では何もできませんよ」

 

 余裕たっぷりに冷笑を浮かべる宗冬へ摩利は睨みを利かせ問い詰めに入る。

 

「では一体、誰が“司一”を暗殺できたという!」

 

「分かりません、ブランシュを裏で動かした者がいるのか、単なる仲間割れか、それとも自決か」

 

「ブランシュは、いいえ司一は黒幕から切り捨てられた?」

 

「分かりかねます。証拠がない以上、何を以てして真実とするかは曖昧に過ぎる。ただ、ブランシュの下部構成員は殺されていなかったのでしょうか」

 

「ああ、制圧にあたりブランシュの下っ端連中の激しい抵抗にあった。幸い、こちらに被害はないが……待てよ、そうすると奴らも司一の死に気づいていなかった?」

 

 ゾッと、渡辺摩利の背筋を恐怖が撫でる。能力的にはともかく、あれほど多数いた人間の目を掻い潜って、標的の命だけを知られぬうちに奪うなど、そんな常識はずれなことが起きるなんて──。

 

 

 それこそ前時代的な超常幻想、“魔法”じみている。

 

 

「……本当に四葉家は関与していないのですね」

 

「はい、四葉家の関与はございません。無論、執事や従卒の者らの独断ということもなく」

 

「……しかし、それでは本当に誰が、一体なんの目的で……?」

 

 僅かに狼狽えるような摩利の独白に宗冬は口を真一文字に引き結び黙り込んだ。そして熟考しはじめた第一高校の皆の前から立ち去ろうと身をひるがえしたとき、十文字克人の一声が宗冬の歩みを結び留めた。

 

幽雫(くらな)殿、貴方は百合香さんの側近であるという。ならば、この一件における全ての真相、事件の裏側、時系列について我々よりも多くを知るのではないか?」

 

「買い被りです。如何に我が主人と言えど、静岡の地からでは第一高校を巡る事件、奮闘、策謀に関与はできません。ブランシュの件についても同じことを言えます」

 

「そうか。だが、俺としてはあの慎重な百合香さんが事前にブランシュの情報を集めずにいるというのは考え難い。彼女は、既にブランシュの背後にいる者を知っているのではないか──?」

 

 黒幕について、確信を以て尋ねる十文字克人。その静謐ながら堅い意志によってなされる詰問に真由美たちも関心を持って注目する。だが、宗冬はあくまで“十師族の関係者”としてこの場に訪れていた。事前に真由美たちが述べた詭弁と同系統の言葉遊びで切り返す。

 

「申し訳ありませんが、これは十師族、四葉家の調査情報なれば、“第一高校の生徒”である皆様にお話しすることはできません。どうかご容赦を──」

 

 真由美たちが渋い顔をする。剣道部の生徒たちを守るために語った詭弁は、宗冬の切り返しでこれ以上の追求を途絶させるものとなってしまった。こうなっては過度な追及をして、救出した生徒たちの問題までも引っ張り出されかねない。

 

 第一高校を狙った黒幕、その正体を掴めるところまで来たというのに、口惜しく歯噛みする真由美はただ四葉から訪れ、立ち去ろうとする青年の背中を見つめることしかできない。

 

 生徒の救出は成功した。だがしかし、司一の不審な死。ブランシュを裏で操っていた黒幕、第一高校を狙った理由。謎は増えるばかり。

 

「ならば、俺の名で後ほど十師族として正式に回答を求めよう」

 

「その時は、七草家も連名でお話をお聞きしますね」

 

「……正当な手続きを踏んでいただけば解答は得られるでしょう。我が主人の機嫌がよろしければ、の話ですが」

 

 

 せめてもの捨て台詞を残し、宗冬はブランシュの根城であった工場地帯から去っていく。七草真由美、十文字克人、渡辺摩利、桐原武明の疑いの眼差しを無視して──。

 

 

 去る途中、車両の中から第一高校の屋上に立つ見知った誰かの気配を感じる。自分と同じ一筋縄ではいかない護衛対象を守る男の影が鮮明に思い起こされる。

 

 宗冬は小さく笑い、自分と同じガーディアン“司波達也”が立つであろう屋上の方向へ手を振った。

 

 

 

 ──これで表向きにはブランシュを巡る事件は無事に解決した。

 

 十師族直系である七草真由美と十文字克人の注目、関心は校内から静岡、いいや第四魔法科高校に通う四葉百合香へ向くことだろう。茶番劇の最後、最終幕にのみ顔を出したことにも意味はあった。

 

 

 此処までの事件は何処までが主人の思惑の範疇だったのか。少なくとも渡辺摩利が怪我無く意気軒昂としていれば、あそこで決闘なりをして宗冬から情報を無理やりに引き出そうとしていた可能性があるという。

 

 そのために壬生紗耶香を校内で捕らえないよう手引きはされていた。ブランシュのメンバーの中で唯一、渡辺摩利を敗北させる天敵として壬生紗耶香は盤上に配置されていたのだ。少なくとも百合香にとって、それ以降は関心の外にあった。彼女が自害しようと、更生しようと全ては些事。どうでもよいこと。

 

 

 それよりも七草、十文字たちと顔合わせをした際に様子を伺ってみたが、“柴田美月ともう一人の秘匿工作員(スリーパー)”には気づかれていないようだ。

 

 “百合香様”に良い報告ができる、と宗冬は薄く微笑むと静岡へ戻る新幹線に乗り込み、東京の地を去っていった。

 

 

 

 

 

 静岡の地に戻った宗冬は、真っすぐに百合香の邸宅へ戻り東京で起こったことについての報告を届けていた。ブランシュは宗冬が現着した際、既に第一高校の面々が壊滅させていたこと。ブランシュの頭目の死亡について第一高校側は何の手掛かりも掴んでいないこと。少なくとも彼らの疑いの目は四葉側に向いていること。

 

 

「以上が、ブランシュの件における状況報告になります」

 

「ご苦労様、宗冬。この度はよくやってくれました」

 

 百合香の嬉しそうな声で編まれた賞賛の言葉に宗冬は表面上、硬い表情を取って首を横に振る。

 

「いえ、過分なお言葉です。私個人の戦果はなく、ブランシュのテロリストを一人も仕留められず、ただ現地の状況を眺めてきただけ。これではお褒めの言葉に預かるのも躊躇われます」

 

「あら、随分と頑ななこと。まったく、戦果こそが評価の全てという発想は戦闘特化魔法師の良くない思考パターンですね。その点は改めなさいな」

 

「はっ、かしこまりました」

 

 

 恭しく首を垂れた宗冬の横合いから、紅茶を淹れてきたメイド姿の桜崎奈穂がやってくる。彼女は自分の上役である筆頭執事の姿を見るや、すぐに声を掛ける。

 

「宗冬さん、おかえりなさいませ」

 

「えぇ、ただいま戻りました。私がいない間、邸宅の雑事を任せてしまい済みません。今日から私も執事の職務に復帰しましょう」

 

「はい、かしこまりました。ふふ、これでお屋敷の手入れも、ぐーんと捗りますね」

 

 ニコニコと明るい表情をしている奈穂に宗冬も少しだけ頬を緩め掛けるが、それを自制し彼は表情を僅かに暗く落とす。

 

「奈穂、私がいない間、こちらの邸宅で何か特筆すべきようなことはありましたか?」

 

「──邸宅を襲撃しようとする者はいませんでしたが、非魔法師のゴシップ記者や情報屋、零細探偵たちがお嬢様の身辺を探ろうとしていました。大亜連合やオーストラリア軍の工作員が幾つか仲介を挟んで非魔法師の人間を揃えて依頼をしているそうです。まぁ、全員が百合香様の手で記憶を攫い終わっていますし、思考誘導済みですから捨て置いて問題はないかと」

 

「非魔法師の者たちばかりを監視役にするあたり、面倒な小細工をしてくれるものだ。これでは迂闊に“失踪”もさせにくい」

 

「一応、四葉本家から記者や情報屋たちに圧を掛けてもらってもいますが……」

 

「そうなると時間の問題でしょうが無礼者たちが諦めて立ち去るまで警戒を解かぬように」

 

「承りました、夜間の哨戒を引き続き配置しておきます」

 

 奈穂は宗冬に一礼したのち卓上のティーカップへ色彩豊かな紅茶を音なく注いだ。立ち上る湯気と香気を味わい、そっと百合香は瑞々しい桜の花弁を思わせる唇で白磁のカップに口づけをする。

 

 奈穂の淹れた紅茶を楽しんでいると、百合香は脈絡もない呟きを零す。

 

「第一高校の教師たち、いいえ、通っている生徒たちも“優秀な魔法師”という観念を少し履き違えているようですね」

 

「優秀な魔法師、その定義ですか?魔法師の国際評価基準を重視したカリキュラムに欠陥があるということでしょうか──」

 

「欠陥とまでは言いませんが、第一高校のカリキュラムは画一的過ぎます。面白みがないと言ってもいいですね。平凡な当たり障りのない学習要綱をなぞっておけば、生徒の魔法事故は少ないかもしれませんがその結果、凡庸な魔法師を量産するだけになるとは嘆かわしい」

 

「不得意がなく、あらゆる魔法式を多数使い分けられる万能型の魔法師。それが今のスタンダードな高ランク魔法師の姿であれば、やむを得ないことかと」

 

「不得意がない?あらゆる魔法式を使い分ける?万能?程度や規模の低い魔法を幾ら使えても何の意味があるというの。それにもしも高い水準であらゆる魔法が使えたとしても、結局のところ極まった絶対の一を前にしては万能型も脆いもの」

 

 百合香の独白には、一族のそれぞれが自身だけの一芸、得意系統から発展させていった己だけの究極を持つ四葉家の魔法師としての隠し切れない自負と誇りが渦巻いていた。以上を踏まえ、百合香は結論付ける。

 

「対外的な評価や退屈な価値観に左右されず、“魔法師”は己だけの究極を突き詰めるべきなのです」

 

「……お嬢様、そのことで一つ、ご質問が御座います」

 

「あら、貴方が自分から興味を持つことがあるなんて珍しいこともありますね。……聞きたいこととは何かしら。言ってみなさい、宗冬?」

 

 ティーカップをソーサーに置き、絶世の美貌を持つ少女は自らの従僕を無垢に見つめる。その視線に宿る魅了の魔力を受け流し、宗冬は不意に浮かんだ疑問を形とした。

 

「恐縮です。然らば、お尋ねしたいのですが。お嬢様、“優秀な魔法師”に求める条件とはどういったものとお考えに?」

 

「求める、条件ですか……」

 

「はい。一芸重視、特化型が魔法師の目指すべき姿であることは承知しました。しかし、努力や研鑽だけでは届かない領域というものが“魔法”には存在するのもまた事実。それを踏まえ、“優秀な魔法師”に求められるものとは何なのでしょうか」

 

 第一高校の差別を前提とした教育体制。そこに付け入るブランシュの反魔法主義、表の権力を放棄した十師族。権力構造の最も暗きところにある元老院に属している宗冬だからこそ突き当たってしまった疑問だと言える。

 

 僅かに考え込みながらも、魔法師としての名家、十師族の四葉家に生まれた少女はその命題について簡潔に結論を示してみせた。

 

「まず才能が三割、次いで血統で二割。まぁ、これらはほぼ同一の繋がりを持つもの。魔法師の基礎性能を決める上で血脈は土台部分ですから、おおよそ五割を占めると考えてよいでしょう」

 

「生まれで大半が決まる、というのも酷な話ですな」

 

「魔法という異様で曖昧模糊とした力を使うため、我ら十師族の先祖たちは多くの非人道的な実験と厳格な継承を重ねてきたのです。その積み重ねをしていない者が十師族に追いつけるはずもなく……こと魔法師の世界において一代で血を積み重ねた名家を凌駕する才能は生まれえないでしょう」

 

 生まれ出るとすれば、それは間違いなく異才、鬼才に例えられる怪物となるはず。それを敢えて言葉にはせず、百合香は血脈に関する事で捕捉を加える。

 

「血統を腐らせず育て続けるために必要なのは積み重ねた業。時代が変遷するたびに人道や倫理感が向上していきますが、どう取り繕っても魔法という人の領域から踏み外した研究をする以上、おぞましいことに手を染めなければ血脈の進化というものは顕在化しません。これについては心を削り取られた達也さんや、近親交配(インブリード)によって生まれた光宣(みのる)などが分かり易い例ですね」

 

 百合香の私室に気まずい、重苦しい空気が圧し掛かる。それを変えようと奈穂が朗らかな声で話の続きを伺った。

 

「百合香様、そうすると残った五割には何があるのでしょうか?」

 

「あとの五割は比較的に妥当なものですよ。二割が研鑽、これを怠る者に魔法は微笑みませんから。もう二割に経験、いかに魔法が学術であるとはいえ実践されていない机上の空論には何の意味も宿らない」

 

「然れば、残る一割とは──?」

 

「最後に求められるのは異端ともいえるような発想力。既存の常識に縛られることのない思考形態。“魔法”とは化学と神秘の淡い境界を征く綱渡りです。ゆえにそれを用いる者の発想は、化学と神秘の境界、狂気にも等しい閃きこそが優秀と称される魔法師に求められる要素と言えます」

 

 口を閉じた宗冬と奈穂は、百合香の語った内容を自分の中に落とし込もうとしている。百合香はそれを愛らしそうに眺め、常のように楽しげな微笑を浮かべている。

 

 今、百合香が語ったのは一般的に優秀とされる魔法師に求められるモノ。十師族の魔法師にもこれは適応される。しかし、百合香がもう一人の自分である四四八と達也の協力によって創り出した新技術は、百合香が語った定説を覆しうるポテンシャルを持つ。

 

 少なくとも血統と研鑽の部分を省略できるという点に関して言えば、あまりにも破格な技術である。大きな技術的ブレイクスルー、時代を変える次世代技術(パラダイムシフト)を四葉百合香は有しているのだ。

 

 

 少なくとも今はそれらの普及させるための前段階。小規模な人体実験場で運用するにとどまっているが実験データが揃い次第、百合香は元老院と交渉して時代を変える段取りを始める必要が出てくる。

 

 世論が魔法師の排斥を声高にしないうちは、元老院も急激な時代の変革を嫌って技術の封印を命じることは予想できていた。

 

 

 百合香の未来予測も不完全であるがゆえ確定こそしていないが少なくとも来年、いや再来年までは世界秩序が保ってくれることを祈り、少女は窓の外の透き通る満月を見つめる。時節は晩春から初夏へ移り変わり初め風の匂いが変わっていった。

 

 夜空の色合いも以前とは様相を変え、もうじき蝉の無く頃合いなのが夜景から感じ取れる。初夏の訪れを予感しながら、百合香は第四高校のスケジュールを頭の中で整理しながら、東京へと向かう日程も同時に考えていた。

 

 もうじき若き魔法師たちが熱戦を繰り広げる九校戦。熱い夏がやってくる。

 

 その前に四四八と代わり、東京の実験場の賑わいを確認してもらわねばならない。やることが山積みだが、心地よい煩わしさと多忙を抱えて百合香は卓上の白磁のカップの縁をなぞる。

 

 

 これからに思いを馳せ、少女はうっそりと口ずさむ。

 

「──さて、次の企みを始めましょうか」

 

 





 入学編、これにて完結。

 次回からは九校戦編前の幕間。オリジナルエピソード、魔法科世界観でやるエアギアみたいな短めの話を描いていこうかと。百合香の作った東京の実験場を舞台に若き魔法師たちが七転八倒するお話。メインキャラはエリカとレオ、そして千葉寿和。そして満を持してもう一人の主人公こと四葉四四八が登場します。

 副題は”祭囃子編”。
 四葉四四八、彼あるいは彼女の大活躍をどうぞお待ちください。
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